2018(02)
■分岐の先は地獄か地獄か
++++
「で、オレをこんなところに、しかもキーボードを持って来いと言ったからには然るべき事情があるんでしょうね」
「それはもう、然るべきも然るべき事情よ」
「アンタの言うことは大体ロクでもないですから、信用はしませんが」
「ンだとコラぁ!」
とあるバイト明け、粗暴な柄シャツに呼び出されたのは星港市内某所スタジオだ。オレはキーボードを持ってくることを指定され、柄シャツこと春山さんも自前のベースを持ってきている。春山さんの相棒はウッドベースのようだ。コントラバスとも言う。
ベーシストには変態が多いとはよく聞くが、春山さんも例に漏れず奇人変人だし大体間違ってはいないだろう。エレキベースも弾けるらしいがやはりそこはジャズ畑の人間、それなりにこだわりがあるのかもしれない。音楽に関してはまあまあ信用出来る人でもある。
しかしウッドベースとなるとやはり持ち運びに難があるのか、春山さんの荷物の脇には折り畳み式のキャリーカートが置かれている。これに乗せてコロコロと運んでくるのだろう。しかし、ジャガイモの箱を載せて運ぶのにもちょうど良さそうな……なるほど、先日の芋の運搬にはこれも使っていたのだな。
「で? オレも春山さんもそれぞれの楽器を持ってきていますが、まさかここでセッションでもすると言うんですか」
「まあ強ち間違ってもいねーな。でもドラムが遅れてんだよ。来たらぶん殴ってやる」
「ドラムまで用意しているとなると、本格的にピアノトリオか何かが始まりそうですね」
「カンがいいなァ、リン様よォ。さすが自称今世紀最後の天才だけあって」
「む」
ニヤニヤとしたしたり顔でオレを見上げる表情のまあ悪いこと。いつものことではあるが、これは確実に何かを企んでいるに違いない。ドラムと一緒になってオレをハメようとしているな。用心するに越したことはない。
すると、ドタドタとやってきたのは180センチを軽く越えて来るであろう長身ともさっとした髪、それから黒縁眼鏡の男だ。やたらニコニコとしているが、もしやこの男が春山さんの言うドラムの奴なのだろうか。
「ごめーん芹ちゃん遅くなっちゃったー」
「おせーぞ和泉、どんだけ待たせんだ」
「ごめんごめん。あっ、この子が芹ちゃんの言ってたピアノの子?」
「ああそうだ。情報センターの後輩でリンっつーんだ」
「リン君って言うんだ。俺は芹ちゃんと同ゼミで軽音サーの青山和泉っていいます。バンドに入ってくれるってことでいいんだよね! じゃあさっそく適当に音を出してみて」
「いや、ちょっと待て。何と言った」
ちゃんと聞いてはいないが恐らく4年生であろう青山さんに対して思わずタメ口が出るくらいには話が唐突に進んだのだ。バンドに入る? このオレが? いやいや、ちょっと待てと。いつの間にそういう話になっているのかと。
「え、バンドに入ってくれるピアノの子だよね?」
「バンドの話自体初耳ですが」
「えー!? 芹ちゃん言ってなかったの!?」
「言うと絶対出て来ないからな。不可抗力じゃねーと動かせねーんだよこのクソ後輩はよ」
「アンタの企みはわかったが、人の居ないところで話を進めるとは相変わらず悪趣味ですね」
「しょーがねーだろ、バンドやりたくなったんだから」
「アンタの人脈で適当なピアノを連れて来ればよかっただけの話では」
「あー、ムリだね。芹ちゃんてすっごい人を選ぶから。それにバンド自体気紛れでやったりやらなかったりだし」
「とりあえず、オレがアンタにとって都合のいい存在だったということだけは理解しました」
「じゃあやるよな」
「誰がやるか」
春山さんの気紛れジャズバンド。11月のアタマにある大学祭の中夜祭ステージに出ることを目標に結成することにしたそうだ。スタンダードからアレンジ、それからオリジナルまで好き勝手に音を楽しむためだけのそれだ。
そう聞くと悪い話でもなさそうだが、如何せん不可抗力であるというのと春山さんの下に置かれての活動というのが引っかかる。春山さんが人を選ぶという青山さんからの証言に関しては「まあそうでしょうね」と一定の理解を示すのだが。
「リン、テメーにやらないって選択肢は用意してねーんだよなァ」
「何を言う。いくら積まれてもやらんぞ」
「おー、守銭奴が金で動かないってか」
「ああ」
「じゃあ、これでもか?」
そう言って突きつけられた紙には罫線が引かれており、そこには見覚えのある人名がいくつか並んでいる。そこにはオレの名前もあって、オレの欄には「A」という文字だけがびっしりと埋められていた。
「もしや」
「バイトリーダーの権力ナメんなよ。もしやらないっつーんなら、向こう3ヶ月お前はA番固定シフトだ」
「む」
「2ヶ月バンドでピアノ弾くか、3ヶ月A番固定シフトか。さあどうする」
「バンドで弾けば、現状通りの割合でシフトは組まれるのだな」
「そこは約束してやるよ」
「2ヶ月だけだからな」
「よーし、契約成立だ」
不可抗力でないと動かせないとはよく言ったものだ。しかしまあ、とんでもないド畜生に目を付けられてしまったなという思いが沸々と芽生えて来る。さて、これからどんなバンド活動が始まるのやら。先が思いやられる。
end.
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久々にブルースプリング結成云々のところに触ったような気がするよ! リン様は脅されてバンドに加入したぞ!
短編でやったことは“本当にあったこと”扱いなので年末のシャッフルバンド音楽祭はある設定だし、これからリン様を取り巻く環境が大きく変わりそうだ
しかし、A番が好きでないリン様に3ヶ月A番固定シフトというのは何気にとんでもない鬼畜生のやることですね……
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「で、オレをこんなところに、しかもキーボードを持って来いと言ったからには然るべき事情があるんでしょうね」
「それはもう、然るべきも然るべき事情よ」
「アンタの言うことは大体ロクでもないですから、信用はしませんが」
「ンだとコラぁ!」
とあるバイト明け、粗暴な柄シャツに呼び出されたのは星港市内某所スタジオだ。オレはキーボードを持ってくることを指定され、柄シャツこと春山さんも自前のベースを持ってきている。春山さんの相棒はウッドベースのようだ。コントラバスとも言う。
ベーシストには変態が多いとはよく聞くが、春山さんも例に漏れず奇人変人だし大体間違ってはいないだろう。エレキベースも弾けるらしいがやはりそこはジャズ畑の人間、それなりにこだわりがあるのかもしれない。音楽に関してはまあまあ信用出来る人でもある。
しかしウッドベースとなるとやはり持ち運びに難があるのか、春山さんの荷物の脇には折り畳み式のキャリーカートが置かれている。これに乗せてコロコロと運んでくるのだろう。しかし、ジャガイモの箱を載せて運ぶのにもちょうど良さそうな……なるほど、先日の芋の運搬にはこれも使っていたのだな。
「で? オレも春山さんもそれぞれの楽器を持ってきていますが、まさかここでセッションでもすると言うんですか」
「まあ強ち間違ってもいねーな。でもドラムが遅れてんだよ。来たらぶん殴ってやる」
「ドラムまで用意しているとなると、本格的にピアノトリオか何かが始まりそうですね」
「カンがいいなァ、リン様よォ。さすが自称今世紀最後の天才だけあって」
「む」
ニヤニヤとしたしたり顔でオレを見上げる表情のまあ悪いこと。いつものことではあるが、これは確実に何かを企んでいるに違いない。ドラムと一緒になってオレをハメようとしているな。用心するに越したことはない。
すると、ドタドタとやってきたのは180センチを軽く越えて来るであろう長身ともさっとした髪、それから黒縁眼鏡の男だ。やたらニコニコとしているが、もしやこの男が春山さんの言うドラムの奴なのだろうか。
「ごめーん芹ちゃん遅くなっちゃったー」
「おせーぞ和泉、どんだけ待たせんだ」
「ごめんごめん。あっ、この子が芹ちゃんの言ってたピアノの子?」
「ああそうだ。情報センターの後輩でリンっつーんだ」
「リン君って言うんだ。俺は芹ちゃんと同ゼミで軽音サーの青山和泉っていいます。バンドに入ってくれるってことでいいんだよね! じゃあさっそく適当に音を出してみて」
「いや、ちょっと待て。何と言った」
ちゃんと聞いてはいないが恐らく4年生であろう青山さんに対して思わずタメ口が出るくらいには話が唐突に進んだのだ。バンドに入る? このオレが? いやいや、ちょっと待てと。いつの間にそういう話になっているのかと。
「え、バンドに入ってくれるピアノの子だよね?」
「バンドの話自体初耳ですが」
「えー!? 芹ちゃん言ってなかったの!?」
「言うと絶対出て来ないからな。不可抗力じゃねーと動かせねーんだよこのクソ後輩はよ」
「アンタの企みはわかったが、人の居ないところで話を進めるとは相変わらず悪趣味ですね」
「しょーがねーだろ、バンドやりたくなったんだから」
「アンタの人脈で適当なピアノを連れて来ればよかっただけの話では」
「あー、ムリだね。芹ちゃんてすっごい人を選ぶから。それにバンド自体気紛れでやったりやらなかったりだし」
「とりあえず、オレがアンタにとって都合のいい存在だったということだけは理解しました」
「じゃあやるよな」
「誰がやるか」
春山さんの気紛れジャズバンド。11月のアタマにある大学祭の中夜祭ステージに出ることを目標に結成することにしたそうだ。スタンダードからアレンジ、それからオリジナルまで好き勝手に音を楽しむためだけのそれだ。
そう聞くと悪い話でもなさそうだが、如何せん不可抗力であるというのと春山さんの下に置かれての活動というのが引っかかる。春山さんが人を選ぶという青山さんからの証言に関しては「まあそうでしょうね」と一定の理解を示すのだが。
「リン、テメーにやらないって選択肢は用意してねーんだよなァ」
「何を言う。いくら積まれてもやらんぞ」
「おー、守銭奴が金で動かないってか」
「ああ」
「じゃあ、これでもか?」
そう言って突きつけられた紙には罫線が引かれており、そこには見覚えのある人名がいくつか並んでいる。そこにはオレの名前もあって、オレの欄には「A」という文字だけがびっしりと埋められていた。
「もしや」
「バイトリーダーの権力ナメんなよ。もしやらないっつーんなら、向こう3ヶ月お前はA番固定シフトだ」
「む」
「2ヶ月バンドでピアノ弾くか、3ヶ月A番固定シフトか。さあどうする」
「バンドで弾けば、現状通りの割合でシフトは組まれるのだな」
「そこは約束してやるよ」
「2ヶ月だけだからな」
「よーし、契約成立だ」
不可抗力でないと動かせないとはよく言ったものだ。しかしまあ、とんでもないド畜生に目を付けられてしまったなという思いが沸々と芽生えて来る。さて、これからどんなバンド活動が始まるのやら。先が思いやられる。
end.
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久々にブルースプリング結成云々のところに触ったような気がするよ! リン様は脅されてバンドに加入したぞ!
短編でやったことは“本当にあったこと”扱いなので年末のシャッフルバンド音楽祭はある設定だし、これからリン様を取り巻く環境が大きく変わりそうだ
しかし、A番が好きでないリン様に3ヶ月A番固定シフトというのは何気にとんでもない鬼畜生のやることですね……
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