2017

■パルス・パレス

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「あっ、扇風機だー! 鵠沼クン扇風機出したんだ!」
「最近あっちーじゃん? やってらんなくてよ」
「つけていい!?」
「どうぞご勝手に」

 大学に近い部屋の宿命とは、何もイベントの会場になることだけではないと知る、今日この頃。空いた時間には、誰かがこうやって遊びに来ることもしばしば。今日は三浦か。
 この扇風機は、伊東サンが1人暮らしを終えて使わなくなった物を譲り受けた。それこそサークルに入ってすぐの頃に。そんなすぐ要るかなって思ったけど、必要だった。5月なのにクソ暑い。

「わーれーわーれーはー、宇宙人だー」
「小学生かよ」
「扇風機、解禁前に開襟ー」

 ――などと、三浦がジャージの胸元をチラリとはだける。もちろん中にシャツは着てるし三浦のやることなのでシャレだとわかっている。

「フルスイングでカッキーン、扇風機壊れたー、三浦旋風だー」
「はいはい」
「エアコンはダイキン。湿度100パー、耐えられずマッパ」

 三浦は見ての通りバカなのだが、逆に頭の回転は速いんじゃないかと今の件を見て思う。ただ、生かしどころが見つかってないような感じで。性格がバカなのには違いないけど。
 扇風機の前でゴロゴロ~、ゴロゴロ~と怠けている様はまるで実家のようだ。いや、俺の部屋だ。三浦は足がないから慧梨夏サンの車で小学校まで行くんだけど、それまでずっとこうやってるつもりか。

「おい三浦、いつまでもゴロゴロしてねーで準備はしとけよ」
「大丈夫だよ、慧梨夏サンまだ授業終わらないはずだし、そもそも小学校がまだ使えないでしょー?」
「小学校は使えなくても慧梨夏サンが授業に出てる保証はないじゃん?」
「鵠沼クン昨日の5限出たー? 社会学入門」
「まさかお前出てないのか。課題出てるぞ」
「ウソだ!」
「ウソじゃねーし」

 必修の授業で課題が出ているという事実に、三浦は勢いよく体を起こした。それこそ、「ガバッ」という効果音が目に見えるような勢いで。つか普通必修サボるか? 落としたら来年やり直しとか冗談じゃねーじゃん?
 課題が「指定した本を読んで4000字のレポートを書くこと」だとわかるとまた元のように扇風機の前でゴロゴロし始める。人の家で、家主よりもリラックス出来るこの神経だ。

「何かお菓子とかある~?」
「ない」
「じゃあおかずかごはんでいいよ」
「ねーよ」
「さすがにそれはウソだ!」
「いや、マジで」

 ガバッと起きた三浦が次に向かったのは台所。冷蔵庫を開けている。ただ、冷蔵庫の中は限りなく空に近く、強いて言えば卵と食パンが入れてあるくらい。他には何があったかな。

「鵠沼クン……そんなにお金ないの。鵠沼クン食べ盛りなのに何でこんなに何もないの」
「昼は基本学食だし、夜もサークル終わりの飯か学食でまかない食ってるから朝飯の分くらいしか置いてない」
「鵠沼クン、朝はパン派なの!? ごはんに味噌汁じゃないの!?」
「パンの方が楽だし」
「海の男は朝が早いんじゃないの!?」
「朝は早いけど、言うほど今は海行ってないじゃん?」

 と言うか、三浦は俺を何だと思ってるんだ。ちなみに、食パンと目玉焼きを同時に調理出来て、かつコーヒーメーカーまでついているというトースターで一気に準備している。
 そんなに大きなトースターでもないから食パン1枚と目玉焼き1コ、それからコーヒーという……まあ、確かに朝飯としては足りないんだけど、食わないよりはマシって程度のささやかな朝飯だな。

「鵠沼クン、三浦が今度何か作ろっか」
「いや、いい」
「何で拒否ったー! 慧梨夏サンよりは上手ー!」
「上手い下手の問題じゃない! 部屋で食う機会の問題だ!」

 はー……三浦の相手を真面目にやってると疲れる。しかもこのままだとうちに料理をしに押しかけてきそうな気がする。マジで怖いじゃん? どんなモン食わされるかわかんねーし。

「じゃあ三浦が鵠沼クンにお部屋で食べさせる機械になりますしー」
「そうじゃない」


end.


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ダジャレと言うか、この手のことを言わせることが不自然でないのは三浦のさっちゃんでないかと思いました、まる
鵠さんの住んでいるムギワンは大学から徒歩5分なのでそれこそ溜まり場になりやすかったりするので大変だね!
何気にさっちゃんて一人称でたまに自分の名前を使ってるんだけど、GREENsでは三浦だしゴティ先輩相手だとサチって使い分けてんだね

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