2017

■count cough drops

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 菜月先輩のアナウンサー七つ道具は、ネタ帳、ストップウォッチ、のど飴、水、フリスク、リップクリーム。そして7つ目は絶賛募集中らしいのだけど、そのうちのど飴に異変が起きていた。
 カリンエキスが配合された茶色いのど飴から、舐め方や個数などの用法容量がしっかり指定されたガチなのど飴に変わっていたのだ。もしかして、例の季節の到来なのではないかと、相方ミキサーとしては不安になるワケで。

「う~ん、おかしい」
「喉の調子が、でしょうか」

 喉元をさすりつつ、黄色い箱を翳している菜月先輩の不穏さだ。菜月先輩は毎年5月下旬から6月上旬にかけて夏風邪を患われる。咳が止まらなくなるタイプの喉風邪で、1週間は完全にダウンしてしまうのだ。
 ガチなのど飴に変わっているということは何かしらの違和感を覚えているのではないかと推測されるワケで、それなら早いうちに医者にでも行って元を断った方がいいのではないかと。

「いや、こののど飴なんだけど。15歳以上は1回につき3個舐めることになってるんだ」
「個数が決まっているのですね」
「で、子供が1回2個。そこまではいいんだけど、10個しか入ってないのはどういうことだと思う。15歳以上は1個余らせろということなのか」
「要は、のど飴の内容量が何故2と3の公倍数でないのかということですね」
「もっとわかりやすく言え、ヘンクツ理系男」
「この程度のことをわかりやすくと言われても……ええと、つまり、大人も子供も使い切れる個数、ですね。今の場合だと12個程度ですか」

 それくらいだな、と菜月先輩は例ののど飴をひとつ口に放り込む。1回3個を、1個ずつ舐めていかなければならないのだ。途中で噛み砕いてはいけないし、3個同時に舐めてもいけないのだと。
 飴を舐め溶かしながら、時折軽めの咳をひとつ、ふたつ。やっぱり例のヤツが始まっているような気がしてならない。去年見ただけでも相当酷そうだったのに、アレがまた来るのかと。

「あの、菜月先輩」
「何だ」
「もし今より酷くなることがあれば、昼放送の収録は中止することもご検討ください」
「何が酷くなるって? 昼放送をやらない理由はどこにもない」
「喉です。用法容量が定められた本格的なのど飴を舐めるからには、ご自分でも些細な不調を感じ取っているということでは? それに、俺は菜月先輩の声に異変があれば少し聞くだけでわかります」
「どこがおかしいって言うんだ」
「羅列しましょうか?」
「……いや、いい。長くなりそうだ」

 気分が悪くなるじゃないか。そう言って菜月先輩はガリッと飴を噛み砕いた。噛み砕いてはいけないはずの飴だ。それを突けば、割った欠片をひとつずつゆっくり舐めれば問題ないとの答え。
 少しかすれて、時折ひっくり返っている声。やっぱり、呼吸もままならなくなっていたのを見ていたから、少しの異変でも不安になるのだ。番組も大事だけど、何より菜月先輩の体が。

「どうしてこんなガチなのど飴を買ったのかって言ったら昨日圭斗や村井サンたちとカラオケに行ってたんだ」
「えっ、そんな楽しいことが行われていたのですか!?」
「それで調子に乗って高音域の曲を原曲キーで入れまくって」
「ああ……菜月先輩は原曲キー派でしたね、そう言えば」
「ただ高音なだけなら全然いいんだけど、圭斗からアニソンのリクエストも入るだろ。声を作るだろ、アニメ声的な感じのを」
「ああ~…!」
「だから今回の不調は風邪とかじゃなくて圭斗の所為だ」

 くううぅ~っ! 菜月先輩が思いっ切り声を作ったアニソンだって!? そんなの、聞きたかったに決まってるじゃないか! そんな楽しいことが行われていた現場にいなかっただなんて、天は俺に味方しないのか!

「今回はそういうことで納得しましたが、本当に風邪をひかれた場合に無理をしないようお願いします」
「それはそうと、のど飴の個数問題が気になって仕方ない」
「メーカーに問い合わせればよろしいのでは?」


end.


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菜月さんの夏風邪フラグかと思いきや、圭斗さんと村井サンとカラオケだってー!? そんな遊びをすることもあるのね
歌えと言われれば歌う菜月さん、知らない曲でも聞いて覚えて歌ってくれるぞ! しかし圭斗さんからのリクエストにはなかなかのムチャ振りもあったようで
時期が時期なのか、少しずつノサカが始まっているような雰囲気。天はノサカに味方しないのか。

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