2018(02)

■標準化と投じる環境

++++

 9月に入り、情報センターには実家に帰った川北と入れ替わりで春山さんが復帰してきた。いつものように日持ちのする土産物を爆買いしてきた結果、事務所は大変なことになっているのだろうな。そんなようなことを想像しながら扉を開けば。

「よーうリン」
「スタッフの人ですか? こんにちは」
「あ、ああ」

 オレを見るなりくりくりとした目を輝かせる男がいた。センターでは見たことのない顔だが、暢気にコーヒーなんぞを飲んでいる春山さんはきっと事情を知っているのだろう。ちなみに土産物の壁は案の定形成されていた。

「生物科学科3年の、烏丸大地です」
「応用化学科3年の林原雄介だ。春山さん、この男は」
「ああ、昨日面接に来たから採用した。人手が欲しいっつー話はしてただろ」
「そういうことでしたか。アンタの面接をパスしたからには只者ではないんでしょう。採用の最終的な合否に関してはお任せしてますから」
「まあ、どっか会話が噛み合わないところもあるがマシンは最低限使えるし、業務に関しては教えればモノになると判断した。お前もいろいろ教えてやってくれ」
「わかりました」

 曰く、学生課の掲示板にあった張り紙を見て来たらしい。こちらとしては1年か2年の応募を想定していたのだが、3年だろうと人手は人手だ。慢性的な人手不足のおかげでオレと春山さんの労働形態が限りなくブラックになっているからな。
 ちなみにこの烏丸は西京の高専卒で、今年から星大に編入してきたそうだ。履修コマ的に言えば1年とそう変わりはないそうだが人手は人手だ。土田がシフトを無視して気紛れに来るおかげで面倒なことになっているからな。

「ところで烏丸」
「何ですか」
「お前は今年からの編入かつ理系の学生ということはセンターの利用経験はほとんどなさそうだが」
「そうですね、履修登録で使ったくらいです」
「……誰に対してもそういう話し方がデフォルトならいいが、オレは同学年なのだから普通にタメ口でも構わんぞ」
「本当!? ユースケありがとう!」
「あ、ああ」
「あーあ。リンめ、ダイチに懐かれたな」

 タメ口でいいと言った瞬間詰め寄られた距離感だ。と言うかそういう話し方がデフォルトなのかは知らんが、下の名前で呼ばれることなどそうそうないから変な感じがする。しかし、テンションもキャラも違うしどんな皮をかぶっていたのかと。

「ねえねえユースケ、昨日春山さんがさ、マグカップ持ってくるといいって言ってたけどユースケはどんなの飲んでるの?」
「オレはミルクティーだな」
「ミルクティーって紅茶の仲間だよね確か」
「ああ。飲んだことがないのか」
「普通の紅茶なら飲んだことがあったかなあ。ミルクティーって透明じゃないヤツだよね!」
「……えーと、普通の紅茶やレモンティーなどとは異なりミルクティーはその名の通り牛乳と紅茶を合わせた飲料だ」
「わかったよ! ありがとう!」

 ちらりと春山さんを窺えば、ずずーと暢気にコーヒーを飲んでいる。その横では烏丸が「コーヒーも飲んだことがないんだー」ときゃいきゃい語っている。なるほど、会話が噛み合わないというのはこういうところか。

「ところで、今になってセンターでバイトをするなど、どういうきっかけだ」
「アルバイトをしてみたいと思ったんだ。本当は普通のお店とかでやろうと思ったんだけど、友達に相談したら、俺は社会での経験とか人と接する経験が足りてないからまずは学内から始めたらどうかーって」
「ほう。エスカレーター式で高専まで進んだとかか」
「ううん、中学までは行ってなくて、高校からは寮生活だったんだよ。友達は、俺はみんなが知ってる当たり前のことを知らないから本当に社会に出る前に少しずつ覚えなさいって」
「いい友人を持ったのだな」
「中学までのこと、聞かないの?」
「聞いてどうなる。お前の人格形成に多少影響はあったのかもしれんが、オレが接しているのは今のお前だろう」

 理由はどうあれ中学までは行ってなかったとしても、今現在は大学にまで通えるようになっているのだし、社会生活に馴染もうとしているのだから何をどう変な目で見る必要がある。同情して欲しいと言うならともかく、烏丸にはそんな様子は全くない。
 多少オレたちの常識となっている事柄を知らん程度はどうとでもなる。言ってしまえば、センターにおいては業務に必要な技術があれば人格は一般的な店に比べれば問われにくい。仕事が出来れば後は朱に交わっていくだろう。好奇心は旺盛なようだし。

「ユースケ、カッコいいな~」
「何を言う。ごく普通のことではないか」
「ところでユースケ、番の候補はいる? もしいるなら紹介してね。俺がその雌はユースケの種と掛け合わせるのに適した個体かチェックしないと」
「何を言っているのだお前は」
「リン、意訳してやろうか」
「して要らん」
「俺が認めた女じゃないとお前とはヤラせないからな」
「意訳するなと言っただろう」
「ユースケ! このシャーレに!」
「どこから出してきた」
「どうか生殖細胞を~…! ユースケの遺伝子構造を研究するんだ…!」
「やめんか」
「だーっはっはっは! ひー、出してやれよリン!」


end.


++++

9月に入ったら、情報センターにも新顔が入ってくるということを思い出しました。ダイチ加入でセンターがいろいろ加速しそうです。
まだまだ序盤なのでダイチも大人しめだし、リン様も様子見の段階と言ったところでしょうか。春山さんは安定のコーヒーずずー
そういやダイチはひかりと高専の同級生で友達でしたね。一緒にこっちに出てきたのでちょっと安心といったところなのかしら

.
79/100ページ