2018(02)
■幻影のステージスター
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向舞祭当日、いつもは一緒に練習をしていたインターフェイスの定例会チームは各々の持ち場へと散ることになっていた。俺は1人、2週間前には自分の書いた物をやっていた場所を背にして他人様から寄越された台本を開く。
日によってその顔を変えるのが丸の池公園だ。今日は丸の池公園前の道が大々的に封鎖されて、道路の上に設置されたステージでの仕事になる。公園内のステージ近辺では屋台が出ていたり、出場チームが練習をしていたりと通りとはまた違う賑わいを見せていた。
向舞祭は向島エリア内に何ヶ所かあるサテライトステージでの予選を経て、最終日の準決勝と決勝に臨むことになる。準決勝と決勝まで勝ち進むことでメイン会場・花栄大通り公園にあるメインステージでの演舞が出来るのだ。
台本を開いたり閉じたり。自分が書いた物でもないから記憶への定着度合いも少し不安が残る。不安をごまかそうにもいつものように仲間たちとやいやい言い合えるでもなく、緊張して縮こまるばかり。これまでも練習はしてきたけど、それでも本番となると。
「カオルちゃん、リラーックスッ!」
「水鈴さん」
俺たち定例会メンバーはメインで進行するプロのMCの人の補佐係としてステージに立つことになっている。俺が付かせてもらうのは何という偶然か、星ヶ丘放送部のOGである水鈴さんだ。知った人で良かったと思うべきか、知った人だからこそ緊張するのか。どっちだ。
「カタいねえカオルちゃん」
「緊張してて」
「いつも通りでいいよ」
――と水鈴さんは言うけれど、俺の部活でのパートは水鈴さんも知っているはずで。プロデューサーとしての“いつも通り”ならステージを俯瞰で見られて落ち着きもするんだろうけど、そうなるとMCが立ち行かなくなる。
「水鈴さん、俺、いつもはステージに立たないです」
「あっ、そうだった」
「えっ、地?」
「確かにカオルちゃんはプロデューサーだからあんまりステージには立たないかもしれないけど、ここは丸の池公園! アタシたち星ヶ丘放送部にとってのホームみたいなモンでしょ?」
「まあ、そうですけど」
「あっ、レッドブルタワー立てた方がいい?」
「もしかして山口が何か言ってました?」
「うん。当日の朝にシャンパンタワーみたいにして朝霞班4人で乾杯したって」
「あ、えっと、レッドブルタワーは大丈夫です、はい」
レッドブルタワーはとりあえず措いといてもらって、本番前にも関わらず緊張でガチガチになってる俺に付き合ってもらって水鈴さんには本当に申し訳なく思う。水鈴さんにとってはこれもガチな仕事なのに。
それからも水鈴さんは何とかして俺の緊張が解れないかといろんな方法を提示してくれていた。手の平に人を書いて飲み込んでみるとか、深呼吸をするとか大きく肩を回してみるとか。だけど、どれもこれもしばらくするとまたそわそわしてしまうのだ。
「うーん。ステージ前にこんなにそわそわしてるカオルちゃんてレアかも。洋平には内緒にしとくね」
「越谷さんにも絶っ……対に! 言わないでくださいね」
「平気平気、言わないよ」
「Pとしてならどっしり構えられますけど、MCだとどうも。練習はしましたけど下手なことには変わりないですし」
「カオルちゃんはさ、どういう風にやりたいとかっていうイメージはする?」
「イメージですか?」
「そう、イメージ」
どういう風にやりたいかと言うか、MCと言われて俺がイメージするのはそれこそよく見知った姿で。MCとしての技量が伴わない自分ではなく、“ステージスター”を自称して独りで場を作るマスターオブセレモニー。
今なら水鈴さん、その他にはインターフェイスのアナウンサーたち。俺の周りにはもっといろんなアナウンサーたちがいるし、誰のどんなところを真似してという想像と言うか目論見だろうか、それらを事細かに考えることだって出来たはずだ。
自分の能力のことは俺が一番わかっている。そして、それ以上のことを自分に要求して勝手に不安がっていることも理解している。俺は自分自身に“ステージスター”たれと無茶な要求をしている。だけど、それが一番確率が高いのだ。俺自身が山口洋平を体現する、その方法が。
「MCとして自分自身がありたい姿をイメージはあまりしないです。台本を書いているときなら、こういうステージにしたいっていうイメージは常に」
「それでいいじゃんッ! いいイメージを持ってステージに上がろうッ! カオルちゃんは大船に乗ったつもりで、水鈴さんに任せなさーいッ!」
「……はい、よろしくお願いします」
大きく息を吐き、人という字を手の平に書く。通りの様子を見れば踊る人に応援の人、観衆にマスコミといろんな人が集まっている。果たして俺にやれるだろうか。いや、違う、そうじゃない。
「すぅ……ふーっ……よし。俺は行ける、でしょでしょ」
「カオルちゃん、大丈夫そう?」
「はい、行けます」
end.
++++
ファンフェスのときにもありましたが、アナウンサーとしての技術的にインターフェイスの主な3年生で一番不安があるのは朝霞Pです。
慣れないステージMCとしての仕事に緊張しているようです。自分が書いた物だったら自信を持ってやれてるんだろうけど、今はちょっとモードが違うらしい。
緊張していることを洋平ちゃんだけでなくこっしーさんにも絶対に言わないでくださいと水鈴さんに念押しする朝霞Pよ……そら水鈴さん経由ならこっしーさんを警戒するわな
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向舞祭当日、いつもは一緒に練習をしていたインターフェイスの定例会チームは各々の持ち場へと散ることになっていた。俺は1人、2週間前には自分の書いた物をやっていた場所を背にして他人様から寄越された台本を開く。
日によってその顔を変えるのが丸の池公園だ。今日は丸の池公園前の道が大々的に封鎖されて、道路の上に設置されたステージでの仕事になる。公園内のステージ近辺では屋台が出ていたり、出場チームが練習をしていたりと通りとはまた違う賑わいを見せていた。
向舞祭は向島エリア内に何ヶ所かあるサテライトステージでの予選を経て、最終日の準決勝と決勝に臨むことになる。準決勝と決勝まで勝ち進むことでメイン会場・花栄大通り公園にあるメインステージでの演舞が出来るのだ。
台本を開いたり閉じたり。自分が書いた物でもないから記憶への定着度合いも少し不安が残る。不安をごまかそうにもいつものように仲間たちとやいやい言い合えるでもなく、緊張して縮こまるばかり。これまでも練習はしてきたけど、それでも本番となると。
「カオルちゃん、リラーックスッ!」
「水鈴さん」
俺たち定例会メンバーはメインで進行するプロのMCの人の補佐係としてステージに立つことになっている。俺が付かせてもらうのは何という偶然か、星ヶ丘放送部のOGである水鈴さんだ。知った人で良かったと思うべきか、知った人だからこそ緊張するのか。どっちだ。
「カタいねえカオルちゃん」
「緊張してて」
「いつも通りでいいよ」
――と水鈴さんは言うけれど、俺の部活でのパートは水鈴さんも知っているはずで。プロデューサーとしての“いつも通り”ならステージを俯瞰で見られて落ち着きもするんだろうけど、そうなるとMCが立ち行かなくなる。
「水鈴さん、俺、いつもはステージに立たないです」
「あっ、そうだった」
「えっ、地?」
「確かにカオルちゃんはプロデューサーだからあんまりステージには立たないかもしれないけど、ここは丸の池公園! アタシたち星ヶ丘放送部にとってのホームみたいなモンでしょ?」
「まあ、そうですけど」
「あっ、レッドブルタワー立てた方がいい?」
「もしかして山口が何か言ってました?」
「うん。当日の朝にシャンパンタワーみたいにして朝霞班4人で乾杯したって」
「あ、えっと、レッドブルタワーは大丈夫です、はい」
レッドブルタワーはとりあえず措いといてもらって、本番前にも関わらず緊張でガチガチになってる俺に付き合ってもらって水鈴さんには本当に申し訳なく思う。水鈴さんにとってはこれもガチな仕事なのに。
それからも水鈴さんは何とかして俺の緊張が解れないかといろんな方法を提示してくれていた。手の平に人を書いて飲み込んでみるとか、深呼吸をするとか大きく肩を回してみるとか。だけど、どれもこれもしばらくするとまたそわそわしてしまうのだ。
「うーん。ステージ前にこんなにそわそわしてるカオルちゃんてレアかも。洋平には内緒にしとくね」
「越谷さんにも絶っ……対に! 言わないでくださいね」
「平気平気、言わないよ」
「Pとしてならどっしり構えられますけど、MCだとどうも。練習はしましたけど下手なことには変わりないですし」
「カオルちゃんはさ、どういう風にやりたいとかっていうイメージはする?」
「イメージですか?」
「そう、イメージ」
どういう風にやりたいかと言うか、MCと言われて俺がイメージするのはそれこそよく見知った姿で。MCとしての技量が伴わない自分ではなく、“ステージスター”を自称して独りで場を作るマスターオブセレモニー。
今なら水鈴さん、その他にはインターフェイスのアナウンサーたち。俺の周りにはもっといろんなアナウンサーたちがいるし、誰のどんなところを真似してという想像と言うか目論見だろうか、それらを事細かに考えることだって出来たはずだ。
自分の能力のことは俺が一番わかっている。そして、それ以上のことを自分に要求して勝手に不安がっていることも理解している。俺は自分自身に“ステージスター”たれと無茶な要求をしている。だけど、それが一番確率が高いのだ。俺自身が山口洋平を体現する、その方法が。
「MCとして自分自身がありたい姿をイメージはあまりしないです。台本を書いているときなら、こういうステージにしたいっていうイメージは常に」
「それでいいじゃんッ! いいイメージを持ってステージに上がろうッ! カオルちゃんは大船に乗ったつもりで、水鈴さんに任せなさーいッ!」
「……はい、よろしくお願いします」
大きく息を吐き、人という字を手の平に書く。通りの様子を見れば踊る人に応援の人、観衆にマスコミといろんな人が集まっている。果たして俺にやれるだろうか。いや、違う、そうじゃない。
「すぅ……ふーっ……よし。俺は行ける、でしょでしょ」
「カオルちゃん、大丈夫そう?」
「はい、行けます」
end.
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ファンフェスのときにもありましたが、アナウンサーとしての技術的にインターフェイスの主な3年生で一番不安があるのは朝霞Pです。
慣れないステージMCとしての仕事に緊張しているようです。自分が書いた物だったら自信を持ってやれてるんだろうけど、今はちょっとモードが違うらしい。
緊張していることを洋平ちゃんだけでなくこっしーさんにも絶対に言わないでくださいと水鈴さんに念押しする朝霞Pよ……そら水鈴さん経由ならこっしーさんを警戒するわな
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