2018(02)
■束ねる激動の十年
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盆だからと言って実家に帰る理由はない。墓参りなんかは一人で勝手にすればいい。家族が揃わないと参っちゃいけないなんて法は聞いたことがない。実家からは距離を置いているが、死んだ祖母ちゃんには顔を見せると決めている。今年も顔見せはスタンドプレーだ。
星港で評判の花屋に立ち寄り、花を調達する。祖母ちゃんの好きだった薔薇の花だ。何でも、クソ爺が祖母ちゃんへのプロポーズの時に束でくれたとか何とか。相当お熱い恋愛結婚だったんだと。その話をするときの祖母ちゃんは娘気分に戻るのか、相当可愛かったなと思う。
「ようユーヤ」
「あ?」
「バラなんざ抱えて、プロポーズか?」
声の方に振り向けば、そこには最近やたらよく会うシルバーアッシュの短髪。拓馬さんだ。
「冗談よしてください。墓参りっす」
「墓参り? にしちゃあまた派手な花を仕入れたな」
「故人が好きだった花を手向けても別に問題ないそうっすよ」
「ふーん」
「そう言う拓馬さんこそ、こんなトコでどうしたんすか」
「……墓参りのな、準備だよ」
拓馬さんという人と墓参りという行動は俺の中で全く結びつかなかった。拓馬さんのことは少し話に聞いている。16だか17で塩見の家と親を見限って家出したこと。それから星港の中で転々としていたことなど。
こないだ焼き肉で会った院生は、拓馬さんが今住んでいる部屋を借りる前にルームシェアをしていた相手らしい。拓馬さんの仕事が安定したのとあの院生のクズっぷりに嫌気が差して部屋を出たそうだ。
「墓参りって。一時的に距離を置いてる俺と違って、拓馬さんの家出っつか独立ってガチなヤツっすよね」
「参るのは塩見の墓じゃねえ。親戚のな」
「ああ、親戚すか。世話になってたんすか」
「いや、会ったことはない。塩見の家が相手方の家を嫌ってたからな。ユーヤ、ちょっと時間寄越せ」
近くのカフェに落ち着き、墓参りの話の続きを。今日の俺はひたすら聞き役に徹する。どうやら拓馬さんにはここ最近でいろいろなことが飛び込んで来て、整理が必要らしかった。もちろん、ここで聞いたことは誰にも言ってはいけない。
「俺が塩見の家を出たのは、親がクソみたいな連中だからだ。人を見もしないで何もかもを決めつけるし、自分らの理想通りに生きてない奴らは総じて見下す。……10年程前かな、その親戚家の夫婦が事故って死んでよ。子供が2人遺されたんだ」
「よくある話すね」
「まあ、兄の方は成人してたから働けるし問題ないだろうっつって。で、弟の方な。小学……5年とかかな。そっちをどうするって話になって。兄の方は女装癖があるっつーか、まあ、白い目で見られがちな趣味をしてたんだと。だから塩見の家はその家ごと嫌ってたんだけど、あんな兄と一緒にしといたら弟に悪影響だっつって、弟の方を養子縁組で引き取ろうとしたんだ」
――と、ここまで聞いて点が線で結びついてきた。こないだの焼き肉の後に拉致られた二軒目がこの話の答えなのではないかと。ただ、今日の俺は聞き役だ。何か気付いても、何も言わない。拓馬さんの気持ちの整理に付き合うのが役目。
「散々兄をディスって半ば誘拐するみたく引き離そうとしたらどうだ、弟の方が啖呵切ったんだよ。お前らに兄貴の何がわかる、自分の家族は兄貴だけだっつって。家族を悪く言うお前らは親戚でも何でもないっつってよ。親がキレながらしてたその話を聞いて、俺も塩見の家が嫌になってな。こんな奴らを家族だなんて呼べるかっつって。まあ、それからの俺はお前も知っての通りヤンキー街道まっしぐらだ」
「グレるにはそれなりの理由があるんすね」
「だな。俺はその現場にいたワケじゃねえからその兄弟のことをちゃんとは知らなかったんだ。それでなくても兄弟は親戚と、俺も塩見の家と絶縁したワケだし。それがどうした、やっぱ狭いよ世の中なんざ」
そして俺は、答えをわかっていながら敢えてこう聞いた。
「会ったんすか、その兄弟と」
「そんで俺は確信した。生き方にナリは関係ねえし、会わねえと人は判断出来ねえ。千晴君はガチで人が出来てるし、千景の選択は間違ってなかった」
「大石がバイトで来たときに気付かなかったんすか?」
「人の家のことにはそう首を突っ込まない主義だからな、俺は」
女装が趣味でその格好でバーを開いているベティさんと、その弟の大石。俺も人の家のことを根掘り葉掘りは聞かない主義だが、ややこしい家だとは聞いていた。そして拓馬さんはこうも続ける。会ったことはないから確信出来ないけど、亡くなった夫婦もきっと芯のある人だったのだろう、と。
どんな人でもまずは会って、それからどんな人か判断するという拓馬さんのポリシーのルーツが見えた気がする。趣味や服装で人格を否定するとかされるとか、所詮それは見た目だけであって相手の中身の何を知っているのだと。
「悪いなユーヤ、墓参りの時間取っちまって」
「いえ、大丈夫っす」
「故人の好きだった花なー……知らなかったら普通によくある墓参りセットみたいなのでいいよな?」
「大丈夫っすよ」
「塩見の家は関係ない、俺個人の気持ちっつーヤツを置いてこようと思って」
「いいと思います。あ、さっきの花屋で見繕ってもらったらいいっすよ。若い男の店員、喋り方がふにゃふにゃしてる割に仕事はちゃんとしてますし」
「おっ、じゃあソイツを紹介してくれ」
end.
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高崎のお墓参り話と、今年らしい要素の塩見さんです。元ヤンの塩見さんにはどうやら家を飛び出した理由があったようです。
恐らく、当時も大人だったベティさんはすべてをわかっていたし、何ならちーちゃんが会社での出来事をお喋りしてる時点で気付いていそうだなと
塩見さんもベティさんも血縁のことをこれ以上は喋らないし、ちーちゃんに伝えることもしばらくはないのかな。
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盆だからと言って実家に帰る理由はない。墓参りなんかは一人で勝手にすればいい。家族が揃わないと参っちゃいけないなんて法は聞いたことがない。実家からは距離を置いているが、死んだ祖母ちゃんには顔を見せると決めている。今年も顔見せはスタンドプレーだ。
星港で評判の花屋に立ち寄り、花を調達する。祖母ちゃんの好きだった薔薇の花だ。何でも、クソ爺が祖母ちゃんへのプロポーズの時に束でくれたとか何とか。相当お熱い恋愛結婚だったんだと。その話をするときの祖母ちゃんは娘気分に戻るのか、相当可愛かったなと思う。
「ようユーヤ」
「あ?」
「バラなんざ抱えて、プロポーズか?」
声の方に振り向けば、そこには最近やたらよく会うシルバーアッシュの短髪。拓馬さんだ。
「冗談よしてください。墓参りっす」
「墓参り? にしちゃあまた派手な花を仕入れたな」
「故人が好きだった花を手向けても別に問題ないそうっすよ」
「ふーん」
「そう言う拓馬さんこそ、こんなトコでどうしたんすか」
「……墓参りのな、準備だよ」
拓馬さんという人と墓参りという行動は俺の中で全く結びつかなかった。拓馬さんのことは少し話に聞いている。16だか17で塩見の家と親を見限って家出したこと。それから星港の中で転々としていたことなど。
こないだ焼き肉で会った院生は、拓馬さんが今住んでいる部屋を借りる前にルームシェアをしていた相手らしい。拓馬さんの仕事が安定したのとあの院生のクズっぷりに嫌気が差して部屋を出たそうだ。
「墓参りって。一時的に距離を置いてる俺と違って、拓馬さんの家出っつか独立ってガチなヤツっすよね」
「参るのは塩見の墓じゃねえ。親戚のな」
「ああ、親戚すか。世話になってたんすか」
「いや、会ったことはない。塩見の家が相手方の家を嫌ってたからな。ユーヤ、ちょっと時間寄越せ」
近くのカフェに落ち着き、墓参りの話の続きを。今日の俺はひたすら聞き役に徹する。どうやら拓馬さんにはここ最近でいろいろなことが飛び込んで来て、整理が必要らしかった。もちろん、ここで聞いたことは誰にも言ってはいけない。
「俺が塩見の家を出たのは、親がクソみたいな連中だからだ。人を見もしないで何もかもを決めつけるし、自分らの理想通りに生きてない奴らは総じて見下す。……10年程前かな、その親戚家の夫婦が事故って死んでよ。子供が2人遺されたんだ」
「よくある話すね」
「まあ、兄の方は成人してたから働けるし問題ないだろうっつって。で、弟の方な。小学……5年とかかな。そっちをどうするって話になって。兄の方は女装癖があるっつーか、まあ、白い目で見られがちな趣味をしてたんだと。だから塩見の家はその家ごと嫌ってたんだけど、あんな兄と一緒にしといたら弟に悪影響だっつって、弟の方を養子縁組で引き取ろうとしたんだ」
――と、ここまで聞いて点が線で結びついてきた。こないだの焼き肉の後に拉致られた二軒目がこの話の答えなのではないかと。ただ、今日の俺は聞き役だ。何か気付いても、何も言わない。拓馬さんの気持ちの整理に付き合うのが役目。
「散々兄をディスって半ば誘拐するみたく引き離そうとしたらどうだ、弟の方が啖呵切ったんだよ。お前らに兄貴の何がわかる、自分の家族は兄貴だけだっつって。家族を悪く言うお前らは親戚でも何でもないっつってよ。親がキレながらしてたその話を聞いて、俺も塩見の家が嫌になってな。こんな奴らを家族だなんて呼べるかっつって。まあ、それからの俺はお前も知っての通りヤンキー街道まっしぐらだ」
「グレるにはそれなりの理由があるんすね」
「だな。俺はその現場にいたワケじゃねえからその兄弟のことをちゃんとは知らなかったんだ。それでなくても兄弟は親戚と、俺も塩見の家と絶縁したワケだし。それがどうした、やっぱ狭いよ世の中なんざ」
そして俺は、答えをわかっていながら敢えてこう聞いた。
「会ったんすか、その兄弟と」
「そんで俺は確信した。生き方にナリは関係ねえし、会わねえと人は判断出来ねえ。千晴君はガチで人が出来てるし、千景の選択は間違ってなかった」
「大石がバイトで来たときに気付かなかったんすか?」
「人の家のことにはそう首を突っ込まない主義だからな、俺は」
女装が趣味でその格好でバーを開いているベティさんと、その弟の大石。俺も人の家のことを根掘り葉掘りは聞かない主義だが、ややこしい家だとは聞いていた。そして拓馬さんはこうも続ける。会ったことはないから確信出来ないけど、亡くなった夫婦もきっと芯のある人だったのだろう、と。
どんな人でもまずは会って、それからどんな人か判断するという拓馬さんのポリシーのルーツが見えた気がする。趣味や服装で人格を否定するとかされるとか、所詮それは見た目だけであって相手の中身の何を知っているのだと。
「悪いなユーヤ、墓参りの時間取っちまって」
「いえ、大丈夫っす」
「故人の好きだった花なー……知らなかったら普通によくある墓参りセットみたいなのでいいよな?」
「大丈夫っすよ」
「塩見の家は関係ない、俺個人の気持ちっつーヤツを置いてこようと思って」
「いいと思います。あ、さっきの花屋で見繕ってもらったらいいっすよ。若い男の店員、喋り方がふにゃふにゃしてる割に仕事はちゃんとしてますし」
「おっ、じゃあソイツを紹介してくれ」
end.
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高崎のお墓参り話と、今年らしい要素の塩見さんです。元ヤンの塩見さんにはどうやら家を飛び出した理由があったようです。
恐らく、当時も大人だったベティさんはすべてをわかっていたし、何ならちーちゃんが会社での出来事をお喋りしてる時点で気付いていそうだなと
塩見さんもベティさんも血縁のことをこれ以上は喋らないし、ちーちゃんに伝えることもしばらくはないのかな。
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