2017

■ムギチャ・サマー

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「はー、暑い。学内の移動ばかりなのにやたら暑い」
「夏ほど冷房がかかっとらんからだろう。情報センターの自習室は冷房もフル稼働しているが」
「今日はマシン系の教室じゃないのが痛かった」

 どうやら、徹とリンがやって来た様子。最近では星港でも25度を超える日が増え、日差しの強さも初夏になりつつあった。私は紫外線対策をしつつも、冷房による冷えの対策にも忙しい。
 私の背中側では、隣り合った席で2人が手元にあるファイルや紙で風を作っている。履修が似通っている私たち3人。だけど今ほどの講義を私は取っておらず、ここに籠っていた。外は相当気温が上がっている様子。

「ガラクタ置き場に扇風機はなかったか。リン、お前ならあの何があるかさっぱりわからない山にも土地勘があるだろう」
「知らん。扇風機など見たことはないぞ」
「チッ、使えねーな」
「何を言う。お前こそ早く去年のようにUSB扇風機を出して来ればいいだけの話ではないか」

 どうやら、2人とも暑さでイライラしているよう。そんな2人を後目に薄手のカーディガンを羽織っている私。仕方ない、冷えるのだから。冷え対策に白湯を飲んでみているのだけど、効果がわかるのはこれから。
 こんなこともあろうかと、用意しておいてみた例の物を取りに冷蔵庫の前へ。作っておいたものの誰もまだ手を付けていないそれを、2人のマグカップに注いでいく。

「……あの、もしよかったら……」
「ん?」
「冷たい、麦茶……」
「ああ、もらおう」
「美奈、ありがとう」

 このゼミ室では各人が好きな物を飲んだり食べたりすることがあるのだけど、そろそろ気温も上がっていることもあって冷たい飲み物があるといいかもしれないとは考えていた。
 私自身、冷たいものを飲み過ぎると体が冷えるからあまり飲むことは出来なさそう。岡本ゼミ冷蔵庫の掟では、個人の所有物には名前を書いておかなくてはならない。だけど、この麦茶はご自由にどうぞ、そういう物。

「美奈、もう一杯もらえるか」
「……わかった」
「それくらい自分で注いだらどうだ」
「徹は…? 遠慮しないで……」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「言っていることとやっていることが一致しないではないか」

 2人に麦茶のおかわりを注ぎながら、会話に耳を傾ける。さっきよりは落ち着いたみたい。今日は本当に外が暑かったのだと窺い知ることが出来る。私がここに入ったのはまだ気温が上がる前だったのだと。

「しかし、麦茶だなんて。すっかり夏だな」
「甘味処でも氷菓の取り扱いが始まっているしな」
「リン、髭の氷はいつからだ?」
「確か6月に入らないと出ないのではなかったか」
「あとはそうめんか冷やし中華か。チョコは溶けやすくなるから大変だ」
「チョコレートは室内か冷蔵庫で保管すればよかろう」
「名前を書いとかないと食われるな、お前とかに」

 私はヤカンで沸かした白湯を飲み、背中越しに2人の会話を聞いていた。夏と言えば。私はそろそろ新しいサンダルが欲しいし、夏物の服も。お金は……まあ、何とか捻出して。

「ところで美奈、この麦茶の出所はどこなんだ? ゼミの財布だったら別にいいんだけど、自費だったら少し申し訳ない」
「別に……麦茶のパックは、大した額じゃない……」
「ゼミの財布から出させればいい。冷蔵庫に「麦茶あります」とでも書いて貼っておけば皆飲む。すれば、金を取る理由にはなる」
「だな。ここに入ると出るのが面倒なんだ。自販も遠いし」
「ああ。麦茶があって助かったと言わざるを得ん」

 否応なしにレシートを預かられてしまって、私はわずかないくらかを請求したことになってしまった。請求してしまったからには、夏の仕事をやり遂げなくてはならない。
 麦茶に関する仕事は、まずお茶を沸かし、冷まし、ガラスポットに移して空になれば洗い物。そして最初に戻る。使った後のパックの処理も忘れてはいけない。こう言っては難だけど、他の人たちにそれが継続的に出来るとは……思えないから。

「で、これは誰に請求すればいいんだ?」
「おかもっちゃんでいいだろ」


end.


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岡本ゼミの台所を預かるのは美奈さんだよ! 自分は飲まないのにお茶を沸かす美奈が健気である。
イシカー兄さんとリン様もやいやい言わせてるくらいがちょうどいいなあ。リン様の周りはやいやい言う奴ばっかりじゃねーか
美奈だから夏の仕事を全うしてくれるとは思うけど、お前さんたちもなんかせーよ

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