2018(02)
■2人を結ぶもの
++++
「ふ~、ただいま~」
そう挨拶をしても部屋からの返事はない。それはそうだよね、家主はまだ俺に負ぶわれたまま眠っているのだから。
背負っていた朝霞クンをベッドに下ろし、服を緩める。服の場所なんかは知ってるから勝手に着替えさせることも出来るけど、目覚めたときにびっくりするだろうから敢えてそのままで。
2日間の丸の池公園ステージが終わった。星ヶ丘大学放送部の一大イベントだからそれはもう盛大な規模でのお祭り。当然気合は入ってたし、何としても成功させたいよね、みんなに楽しんでもらいたいよねって。
ステージ前の朝霞クンは寝る間を惜しみ、飲まず食わずでステージと向き合っていた。命を削りながらっていうのが適してるような、鬼気迫る物がある。それだけ緊張の糸も張ってるし、気力だけで動いていて。
それが終わればピンピンに張られていた糸がプツッと切れて、倒れ込むことも多々。今回もそのパターン。班長会議が終わって、帰ろうとしても足腰が立たなくなって。それで俺が負ぶって帰ることにしたんだけど。まあこうなるよね、知ってた。
しばらくぶりに入った朝霞クンの部屋には、ワンドア式の冷蔵庫が増設されていた。台本執筆の時に、少し手を伸ばせばすぐレッドブルやゼリー飲料に手が届くようにっていう物。台所に歩く時間までも削ろうとした結果の産物。中を開けてみればたった1本、レッドブルが佇む。
しばらく朝霞クンの様子を見ていると電話が鳴った。俺のだ。
「もしもし。うん、開いてるよ」
間髪おかずに玄関のドアが開いた。電話は部屋の前に来ているのだけど、という要件。メグちゃんだ。買い物袋を提げて来てくれた。
メグちゃんも朝霞クンのパターンはよく知っている。その度に俺がこうして朝霞クンについていることも。いつだったかな、メグちゃんが料理をしてくれたんだ。朝霞クンが起きたときに何かあればいいでしょ、と。1年生の頃の話。
「例によって倒れたのね」
「えっと、本人的には“仮眠”だから」
「と言うか、この記録的な猛暑の中で死んでないのが救いよ」
「ホントに。まあでも、その辺朝霞クンは誰よりも気を配ってたから。俺たち班員のこともね」
「朝霞班の場合、誰か一人欠ければ終わりだというのがその意識を強くさせるのかしら」
「ううん、そうじゃなくても朝霞クンならきっとみんなに声をかけてくれてるよ」
メグちゃんがこうして朝霞クンを見舞ってくれるのは、監査の仕事という体裁をとっている。体調を崩したりケガをした部員の状態を把握しておかなければならない、というのは本当みたいだけど。
本当は、一友人としてという面もそこそこ大きいのかもしれない。ただ、部内では立場がある。大体いつもメグちゃんは朝霞クンが目覚める前に姿を消している。メグちゃんが作ってくれた料理も、朝霞クンには俺が作りましたと説明するのだ。
「何か作るわ」
「手伝おうか?」
「いいえ、あなたは朝霞を見ていてちょうだい。食べやすい物の方がいいわよね」
「あ、買い物の中にじゃこってある?」
「あるわよ、卵もね。洋平、心配しなくても私は副菜か汁物に留めておくわ」
「ありがと。あ、買い物のお金」
「いいわよ、卵とじゃこと鶏肉くらいだもの。野菜は自前だし」
ステージが終わって中途半端に寝ると逆に疲れという概念を思い出すのが朝霞クンのパターン。疲れに疲れてご飯も食べれないってくらいに動けなくて。だけど、そんなときでも朝霞クンが食べたくなるような物は俺とメグちゃんにはお見通し。
そんないつものメニューを作りながら、俺がメグちゃんと話すのはやっぱり朝霞クンのことで。いつしか、びっくりするくらいに自分たちの話っていうのはしなくなってたんだ。いつか出来るようになるかなあ。出来ればいいな。
「メグちゃん、今年の夏ってまだ暑いかな? メグちゃんなら野菜の管理もあるから天気はチェックするでしょ?」
「残念ながらまだ続きそうよ」
「そっか。う~ん、朝霞クン、大丈夫かな」
「あら、朝霞はまだ外での活動があるの?」
「インターフェイスの方で、向舞祭のMCに駆り出されてるんだよ。定例会は強制参加で」
「そうだったの。でも、朝霞がMCだなんてイメージにないわ」
「今日もちょろっとMCやってたよ?」
「もちろん見てたわよ。でも、イメージかしらね。さ、これくらいでいいかしら。味を見てもらえる?」
トマトベースの赤い汁の入った小皿を受け取り、一口。うん、美味しい。夏野菜のミネストローネはきっと栄養満点。じゃこたまごかけごはんとの相性はわからないけど、それはそれ、これはこれで美味しければいいんだ。朝霞クンが食べてくれることが大事だから。
「それじゃあ、私はそろそろお暇するわ」
「うん、ありがとメグちゃん」
「冷蔵庫の中に朝霞用のプリンと、あなたへの差し入れを入れてあるからまた食べてちょうだい」
「重ね重ねありがとう」
メグちゃんを見送ると、さっそく冷蔵庫の中を確認する。朝霞クンへのプリン。あ、コンビニとかじゃなくて洋菓子店のプリンだ。それと、俺への差し入れ。
「……やられたな」
プリンの横には、パイナップルの果肉がごろごろしてるゼリー。俺が大好きなヤツだ。そんな話をしたことはあったかもしれないけど、覚えてたんだ。今度金つば買ってお返ししよう。
朝霞クンはまだもう少し目覚めそうにない。パイナップルゼリーを食べるタイミングはいつが正解だろう。1人で過去を噛みしめるか、2人でこれからを見つめながらか。
さ、俺も“いつもの”の準備をしよう。
end.
++++
丸の池ステージが終わり、例によって仮眠の朝霞Pです。今回は帰宅後の朝霞P宅からお送りします。
さて、ステージ後に洋めぐです。朝霞Pの部屋でご飯を作ってた、というようなことがこれまでにちょいちょい語られていたのでそんなお話を。
でも思いがけず話が洋めぐに向かって行ったなあ。まあ、何やかんや山口洋平さんはまだ完全には諦めきれてないもんなあ
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「ふ~、ただいま~」
そう挨拶をしても部屋からの返事はない。それはそうだよね、家主はまだ俺に負ぶわれたまま眠っているのだから。
背負っていた朝霞クンをベッドに下ろし、服を緩める。服の場所なんかは知ってるから勝手に着替えさせることも出来るけど、目覚めたときにびっくりするだろうから敢えてそのままで。
2日間の丸の池公園ステージが終わった。星ヶ丘大学放送部の一大イベントだからそれはもう盛大な規模でのお祭り。当然気合は入ってたし、何としても成功させたいよね、みんなに楽しんでもらいたいよねって。
ステージ前の朝霞クンは寝る間を惜しみ、飲まず食わずでステージと向き合っていた。命を削りながらっていうのが適してるような、鬼気迫る物がある。それだけ緊張の糸も張ってるし、気力だけで動いていて。
それが終わればピンピンに張られていた糸がプツッと切れて、倒れ込むことも多々。今回もそのパターン。班長会議が終わって、帰ろうとしても足腰が立たなくなって。それで俺が負ぶって帰ることにしたんだけど。まあこうなるよね、知ってた。
しばらくぶりに入った朝霞クンの部屋には、ワンドア式の冷蔵庫が増設されていた。台本執筆の時に、少し手を伸ばせばすぐレッドブルやゼリー飲料に手が届くようにっていう物。台所に歩く時間までも削ろうとした結果の産物。中を開けてみればたった1本、レッドブルが佇む。
しばらく朝霞クンの様子を見ていると電話が鳴った。俺のだ。
「もしもし。うん、開いてるよ」
間髪おかずに玄関のドアが開いた。電話は部屋の前に来ているのだけど、という要件。メグちゃんだ。買い物袋を提げて来てくれた。
メグちゃんも朝霞クンのパターンはよく知っている。その度に俺がこうして朝霞クンについていることも。いつだったかな、メグちゃんが料理をしてくれたんだ。朝霞クンが起きたときに何かあればいいでしょ、と。1年生の頃の話。
「例によって倒れたのね」
「えっと、本人的には“仮眠”だから」
「と言うか、この記録的な猛暑の中で死んでないのが救いよ」
「ホントに。まあでも、その辺朝霞クンは誰よりも気を配ってたから。俺たち班員のこともね」
「朝霞班の場合、誰か一人欠ければ終わりだというのがその意識を強くさせるのかしら」
「ううん、そうじゃなくても朝霞クンならきっとみんなに声をかけてくれてるよ」
メグちゃんがこうして朝霞クンを見舞ってくれるのは、監査の仕事という体裁をとっている。体調を崩したりケガをした部員の状態を把握しておかなければならない、というのは本当みたいだけど。
本当は、一友人としてという面もそこそこ大きいのかもしれない。ただ、部内では立場がある。大体いつもメグちゃんは朝霞クンが目覚める前に姿を消している。メグちゃんが作ってくれた料理も、朝霞クンには俺が作りましたと説明するのだ。
「何か作るわ」
「手伝おうか?」
「いいえ、あなたは朝霞を見ていてちょうだい。食べやすい物の方がいいわよね」
「あ、買い物の中にじゃこってある?」
「あるわよ、卵もね。洋平、心配しなくても私は副菜か汁物に留めておくわ」
「ありがと。あ、買い物のお金」
「いいわよ、卵とじゃこと鶏肉くらいだもの。野菜は自前だし」
ステージが終わって中途半端に寝ると逆に疲れという概念を思い出すのが朝霞クンのパターン。疲れに疲れてご飯も食べれないってくらいに動けなくて。だけど、そんなときでも朝霞クンが食べたくなるような物は俺とメグちゃんにはお見通し。
そんないつものメニューを作りながら、俺がメグちゃんと話すのはやっぱり朝霞クンのことで。いつしか、びっくりするくらいに自分たちの話っていうのはしなくなってたんだ。いつか出来るようになるかなあ。出来ればいいな。
「メグちゃん、今年の夏ってまだ暑いかな? メグちゃんなら野菜の管理もあるから天気はチェックするでしょ?」
「残念ながらまだ続きそうよ」
「そっか。う~ん、朝霞クン、大丈夫かな」
「あら、朝霞はまだ外での活動があるの?」
「インターフェイスの方で、向舞祭のMCに駆り出されてるんだよ。定例会は強制参加で」
「そうだったの。でも、朝霞がMCだなんてイメージにないわ」
「今日もちょろっとMCやってたよ?」
「もちろん見てたわよ。でも、イメージかしらね。さ、これくらいでいいかしら。味を見てもらえる?」
トマトベースの赤い汁の入った小皿を受け取り、一口。うん、美味しい。夏野菜のミネストローネはきっと栄養満点。じゃこたまごかけごはんとの相性はわからないけど、それはそれ、これはこれで美味しければいいんだ。朝霞クンが食べてくれることが大事だから。
「それじゃあ、私はそろそろお暇するわ」
「うん、ありがとメグちゃん」
「冷蔵庫の中に朝霞用のプリンと、あなたへの差し入れを入れてあるからまた食べてちょうだい」
「重ね重ねありがとう」
メグちゃんを見送ると、さっそく冷蔵庫の中を確認する。朝霞クンへのプリン。あ、コンビニとかじゃなくて洋菓子店のプリンだ。それと、俺への差し入れ。
「……やられたな」
プリンの横には、パイナップルの果肉がごろごろしてるゼリー。俺が大好きなヤツだ。そんな話をしたことはあったかもしれないけど、覚えてたんだ。今度金つば買ってお返ししよう。
朝霞クンはまだもう少し目覚めそうにない。パイナップルゼリーを食べるタイミングはいつが正解だろう。1人で過去を噛みしめるか、2人でこれからを見つめながらか。
さ、俺も“いつもの”の準備をしよう。
end.
++++
丸の池ステージが終わり、例によって仮眠の朝霞Pです。今回は帰宅後の朝霞P宅からお送りします。
さて、ステージ後に洋めぐです。朝霞Pの部屋でご飯を作ってた、というようなことがこれまでにちょいちょい語られていたのでそんなお話を。
でも思いがけず話が洋めぐに向かって行ったなあ。まあ、何やかんや山口洋平さんはまだ完全には諦めきれてないもんなあ
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