2018(02)
■無実であると叫びたい
++++
丸の池ステージまで1週間を切った。ミーティングルームにはバタバタと人がひっきりなしに出入りしているようだし、機材を使っての練習や丸の池公園の現地に出向いてシミュレーションを行う班も。準備は大詰めだった。
日高班は机上の打ち合わせが主で、俺や高萩といったアナウンサーは台本を読み、ミキサーは使う音を確かめている。台本を上げて仕事を終えたプロデューサーの部長は、金属製のレールにビー玉を転がす遊びがお気に入り。
「部長、少々お時間をよろしいでしょうか」
「何だ、俺は今忙しいんだ」
宇部の呼びかけに、ビー玉の転がる音が止まる。せっかくの遊びを邪魔されて、部長はいかにも不満げな顔だ。
「日高班の台本がまだ提出されていないのですが。内容の確認をしたいので早急に提出していただけませんか」
「そんなもの、何を確認することがある。そのまま通せよ」
「公共の場を借りてステージを行う以上、内容が場に適したものであるかどうか、公序良俗に反したものでないかを確認するのは必要なことです」
「こうじょりょうぞく?」
「“公序”は社会一般の人々が守るべき秩序、“良俗”はよい風俗や習慣。これらを併せて“公序良俗”は公の秩序と善良の風俗、になります」
「つまりどういうことだ、わかるように言え」
「何かの間違いで台本に反社会的な内容や政治や宗教、その他諸々のセンシティブな内容が含まれていないかという確認です。トラブルを未然に防ぐためですので協力ください」
ステージをやる際には監査への台本提出が義務づけられている。その理由は先に宇部が言った通りだ。日高班の台本には反社会的な内容やセンシティブな内容は含まれていない。読み込んでいる俺が言うのだから間違いない。だからと言って、はいそうですかと提出出来ない理由があった。
この台本は、過去に提出された台本の継ぎ接ぎで制作されている。部長が所沢に指示をして台本や資料が保管されている戸棚から過去の本を複数盗ませ、それらを繋ぎ合わせて作られたもの。戸棚は監査の管理下にあるし、もし繋ぎ合わせた本の断片から宇部が何かに気付けば怪しまれるだろう。
ただ、あくまで本を継ぎ接ぎした実行犯は所沢だ。戸棚の合鍵を作ったのも。もし台本が実質的盗用だと気付かれたとしても、部長は自分がやったワケではないとシラを切ることも出来る。そういう保険とも呼べない保険を用意してある辺り、さすがは部長だ。
「とにかく、出す必要はない」
「それを判断するのは私です。失礼ですが部長、もしかして、台本がまだ書けていないのですか?」
「そんなワケあるか!」
ガシャンバラバラと床にビー玉が転がり散った。ビー玉の箱を投げつけられても微動だにせずソファにふんぞり返る部長を見下ろす宇部の目の鋭さだ。このままだとここが日高班であっても死神に刈られる。
「書けているのであれば、それを提出していただけませんか」
「台本は原型がなくなったんだ!」
「……というのは?」
「コイツが読みながら内容を書き換えやがったからな! 俺の手を離れた物は知ったこっちゃない。これ以上陰気くさい顔で俺に詰め寄るな」
マジかよ、俺に飛んで来やがった。するとどうだ、宇部の視線が部長からビー玉を拾い集める俺の方に向いてくる。やめろ、俺は何も知らない。いや、知ってるけど何も悪くない。悪いのは部長をこうまで荒れさせた朝霞じゃないか。
「あなたが台本を持っているのね、坂戸」
「し、知らない、俺は何も……」
余計なことを言うなという部長からの視線と、台本を出せという宇部からの視線に挟まれてしんどい、気持ち悪い。強烈なプレッシャーに押し潰されそうだ。脂汗が止まらない。屈んだ姿勢のまま体を起こすことも出来ず、震える手で握られた箱の中ではカタカタとビー玉がぶつかり合っている。
俺が何をしたって言うんだよ、普通にもらった台本で練習してただけじゃないか。内容だって変えてない。俺がいつ部長に逆らったことがある? 監査からの仕事だってちゃんとこなしてる。それなのに。どいつもこいつもウルサい黙れぶっ飛ばす、お前ら全員金毟り取ってやんぞひざまずいて俺に謝れ! 会計ナメんな!
「ひゃっひゃっひゃ! おーいお前、死にそうな虫けらみたく這いずり回ってんじゃねーよ。それでも誇り高き日高班の一員か?」
「す、すみません……うっ」
「坂戸、具合が悪いなら無理はしない方がいいわ」
「す、すまない……」
「とりあえず、明日また来ます」
き、気持ち悪い……リアルに吐きそうだ。
宇部が去っていってとりあえず危機はひとつ脱したけど、これからどうなる。こんな風に圧を毎日かけられ続けたら。俺はもしかしたら死んでしまうかストレスで発狂するかもわからないな。
「やっと監査が帰ったぞ。おい、ビー玉を貸せ」
「どうぞ」
スー、とレールの上を再びビー玉が転がり始める。ビー玉を転がして部長はご満悦そうだ。機嫌が戻ったならよかった。しかし、表に出すことの出来ない台本をどうしたものか。
end.
++++
たまにはこういうのも。幹部サイドの攻防だけども、部長と宇部Pとの間で板挟みになってる坂戸の神経はズタボロである。
坂戸は部長のやってることを全部知ってるけど、部長のやってることやし自分は知らん、悪くないしっていうスタンスなのかな。
プレッシャーでぐずぐずになりながらも腹の中では悪態をつく……いそうで案外いなかったかもしれないキャラクターですね。
.
++++
丸の池ステージまで1週間を切った。ミーティングルームにはバタバタと人がひっきりなしに出入りしているようだし、機材を使っての練習や丸の池公園の現地に出向いてシミュレーションを行う班も。準備は大詰めだった。
日高班は机上の打ち合わせが主で、俺や高萩といったアナウンサーは台本を読み、ミキサーは使う音を確かめている。台本を上げて仕事を終えたプロデューサーの部長は、金属製のレールにビー玉を転がす遊びがお気に入り。
「部長、少々お時間をよろしいでしょうか」
「何だ、俺は今忙しいんだ」
宇部の呼びかけに、ビー玉の転がる音が止まる。せっかくの遊びを邪魔されて、部長はいかにも不満げな顔だ。
「日高班の台本がまだ提出されていないのですが。内容の確認をしたいので早急に提出していただけませんか」
「そんなもの、何を確認することがある。そのまま通せよ」
「公共の場を借りてステージを行う以上、内容が場に適したものであるかどうか、公序良俗に反したものでないかを確認するのは必要なことです」
「こうじょりょうぞく?」
「“公序”は社会一般の人々が守るべき秩序、“良俗”はよい風俗や習慣。これらを併せて“公序良俗”は公の秩序と善良の風俗、になります」
「つまりどういうことだ、わかるように言え」
「何かの間違いで台本に反社会的な内容や政治や宗教、その他諸々のセンシティブな内容が含まれていないかという確認です。トラブルを未然に防ぐためですので協力ください」
ステージをやる際には監査への台本提出が義務づけられている。その理由は先に宇部が言った通りだ。日高班の台本には反社会的な内容やセンシティブな内容は含まれていない。読み込んでいる俺が言うのだから間違いない。だからと言って、はいそうですかと提出出来ない理由があった。
この台本は、過去に提出された台本の継ぎ接ぎで制作されている。部長が所沢に指示をして台本や資料が保管されている戸棚から過去の本を複数盗ませ、それらを繋ぎ合わせて作られたもの。戸棚は監査の管理下にあるし、もし繋ぎ合わせた本の断片から宇部が何かに気付けば怪しまれるだろう。
ただ、あくまで本を継ぎ接ぎした実行犯は所沢だ。戸棚の合鍵を作ったのも。もし台本が実質的盗用だと気付かれたとしても、部長は自分がやったワケではないとシラを切ることも出来る。そういう保険とも呼べない保険を用意してある辺り、さすがは部長だ。
「とにかく、出す必要はない」
「それを判断するのは私です。失礼ですが部長、もしかして、台本がまだ書けていないのですか?」
「そんなワケあるか!」
ガシャンバラバラと床にビー玉が転がり散った。ビー玉の箱を投げつけられても微動だにせずソファにふんぞり返る部長を見下ろす宇部の目の鋭さだ。このままだとここが日高班であっても死神に刈られる。
「書けているのであれば、それを提出していただけませんか」
「台本は原型がなくなったんだ!」
「……というのは?」
「コイツが読みながら内容を書き換えやがったからな! 俺の手を離れた物は知ったこっちゃない。これ以上陰気くさい顔で俺に詰め寄るな」
マジかよ、俺に飛んで来やがった。するとどうだ、宇部の視線が部長からビー玉を拾い集める俺の方に向いてくる。やめろ、俺は何も知らない。いや、知ってるけど何も悪くない。悪いのは部長をこうまで荒れさせた朝霞じゃないか。
「あなたが台本を持っているのね、坂戸」
「し、知らない、俺は何も……」
余計なことを言うなという部長からの視線と、台本を出せという宇部からの視線に挟まれてしんどい、気持ち悪い。強烈なプレッシャーに押し潰されそうだ。脂汗が止まらない。屈んだ姿勢のまま体を起こすことも出来ず、震える手で握られた箱の中ではカタカタとビー玉がぶつかり合っている。
俺が何をしたって言うんだよ、普通にもらった台本で練習してただけじゃないか。内容だって変えてない。俺がいつ部長に逆らったことがある? 監査からの仕事だってちゃんとこなしてる。それなのに。どいつもこいつもウルサい黙れぶっ飛ばす、お前ら全員金毟り取ってやんぞひざまずいて俺に謝れ! 会計ナメんな!
「ひゃっひゃっひゃ! おーいお前、死にそうな虫けらみたく這いずり回ってんじゃねーよ。それでも誇り高き日高班の一員か?」
「す、すみません……うっ」
「坂戸、具合が悪いなら無理はしない方がいいわ」
「す、すまない……」
「とりあえず、明日また来ます」
き、気持ち悪い……リアルに吐きそうだ。
宇部が去っていってとりあえず危機はひとつ脱したけど、これからどうなる。こんな風に圧を毎日かけられ続けたら。俺はもしかしたら死んでしまうかストレスで発狂するかもわからないな。
「やっと監査が帰ったぞ。おい、ビー玉を貸せ」
「どうぞ」
スー、とレールの上を再びビー玉が転がり始める。ビー玉を転がして部長はご満悦そうだ。機嫌が戻ったならよかった。しかし、表に出すことの出来ない台本をどうしたものか。
end.
++++
たまにはこういうのも。幹部サイドの攻防だけども、部長と宇部Pとの間で板挟みになってる坂戸の神経はズタボロである。
坂戸は部長のやってることを全部知ってるけど、部長のやってることやし自分は知らん、悪くないしっていうスタンスなのかな。
プレッシャーでぐずぐずになりながらも腹の中では悪態をつく……いそうで案外いなかったかもしれないキャラクターですね。
.