肩に落ちる雨音
貴方の名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
雨が降りしきる部活終わり。
空は厚い雲を覆っており、普段なら夕焼けが見える時間だが既に沈んでしまったかのように隠れている。
朝は晴れていたのに、と嘆きながらカバンを雨除けに走り去る者や、何時止むだろう、と立ち往生する者など、いつもとは違った騒がしさが聞こえてくる。
俺は傘をさし、校門に向かおうとするところでチラと振り返る。
予想通り玄関口から赤也がこちらを見て声をあげる。
「柳センパーイ!入れてくださいよー!」
しょうがない後輩だ、と思いながら歩き始めると校内で職員室以外で点いている明かりが1つ。
視線を送ると窓際に佇む人影。
図書室にこの時間まで残っているのは瑞希だろう。
また委員会の仕事を1人でしているのか…彼女は頼まれると断れないからな。
ならば明日返却しようと思っていた本を持っていけば、その流れで手伝っても自然ではないか…と、帰ろうとしていた気持ちから会う理由を探したくなるほどには惹かれている自分に驚いてしまう。
「上見てどうしたんすか?」
「ああ、悪い。…赤也、これは貸そう」
「へっ?」
傘を差し出すと不思議そうにこちらを伺う。
確かに、濡れて帰ると言っているようなものだ。
「忘れ物をしてな。もう一つあるから気にしなくていい」
「そうっスか…?じゃ、ありがとうございます!」
突然の流れで怪訝そうにしている赤也。
しかし、近くの女子に声をかけられて相傘をすることになったらしく満更でもない様子が目に入る。
結果を予測しようとするのは野暮だな、と目線を外して足早に図書室に向かう。
図書室の扉を開けると予想通り、窓際に彼女は立っていた。
そして扉の音も気づかずに窓を眺めている。
その後ろ姿が雨も相まってどこか物悲しく感じられる。
「……瑞希?」
声をかけると、ハッとして振り返る瑞希。
そして前髪を触りながら目を隠そうとしているが、目元が赤くなっていることに俺の方が驚かされる。
「あ、あれ?部活は、」
「もう終わったぞ。だからそろそろかと思ってな」
「え?…ほんとだ!早く片付けないと」
時計を見た彼女は慌てながら窓際から離れて机に積んでいた本を抱えて棚に戻す。
「声かけてもらえてよかった〜、思ったより返却が多くて」
「そうか、では俺も手伝おう」
「いやいや悪いよ!部活で疲れただろうし」
「気にするな、それに俺も返却したい本があってな。手伝わせてもらえないだろうか?」
「そ、そうは言っても…」
俺が近づくほど少し気まずそうに目元を隠す瑞希。
ただ、それ以上は拒否をする訳でもなかったので彼女の抱えている本から高所に直す本を選んで抜き取る。
「この分は俺に任せるといい」
「…ありがとう」
俺の言葉に瑞希は少し顔を上げて口元に笑みを作る。
本を抱え直して棚に向かう姿に、頭の中にモヤがかかるような嫌な感覚。
訊くべきか、訊かざるべきか。
こんな葛藤…普段は起こらない。
大抵は答えを推測できることであり、あくまで質問は答え合わせをしているようなものだ。
ただ、瑞希に対してはいつも不確定だ。
計算の過程で、どうしても俺の願望や悪い想像が混じり、結果の振り幅が大きすぎて参考にもならない。
だからこそ、傷つけてしまう可能性がないとは言い切れない。
考えながら本を直していたが、いや、寧ろ考えながらが良かったのか片付け自体はすぐに終わった。
こちらにやってくる瑞希は、普段の様子に見えるが目元だけ僅かに赤い。
「手伝ってくれてありがとう!」
「気にするな」
なぜ泣いていた?誰かが泣かせたのか?
俺が支えになれないのだろうか。
「蓮二、どうしたの?」
「どうした、とは?」
「険しい顔してるよ…?」
瑞希は不安そうに俺を見つめている。
俺の態度で不安にさせるのは不本意だ。
少し口角を上げて、安心してもらえるよう笑顔に努める。
「すまない、違うことを考えてしまった」
俺の態度に安心したのか瑞希も少し笑う。
「そっか。そんな顔してるの珍しいね」
「珍しい、か…そうかもしれないな」
瑞希を泣かした奴は誰なのか、既に心配は憤りに変わっている。
だが彼女に対しては冗談っぽく言葉を返す。
「瑞希もこんな顔をしていたぞ、どうかしたのか?」
「あっ……やっぱり分かった?」
困ったように笑顔を浮かべる瑞希。
その表情に訊かない方が正解だったのだと分かる。
ここは引き際だが、引きたくなかった。
ただ、俺が知りたいという我儘。
沈黙のまま彼女を見ていると、少し恥ずかしそうに口を開く。
「うーん、さっきのは失恋した…って思って」
「失、恋…」
その言葉で胸の奥が鈍く痛む。
「あっでも、解決したから!だから大丈夫だよ。ほら、もう帰ろ」
すぐに笑ってこの場を終わらそうとする彼女が、却って俺に何か行動をしなければと急きたてる。
背中を見せる瑞希の手を咄嗟に掴む。
「…そうは見えなかったが」
彼女は背中を向けたままこちらを見ようとしないが、止めることはできない。
こんなにも俺は胸が締め付けられているのに、瑞希の痛みは計り知れない。
「俺に少しでも、辛い気持ちを分けて…「ま、待って!」」
俺の手を慌てたように振り解き、振り返って俺を見つめる。
一瞬通じ合った目線は段々と彼女の方が左右に揺れる。
「確かにそう思ってたんだけど、でも、蓮二が来たからまだフラれていないというか…」
「俺が?」
俺の言葉に瑞希は目元だけでなく頬も紅潮していく。
まるで俺のことを好きなのだと言われているようで勘違いもしたくなるが、失恋という言葉が指すような告白をされた覚えもない。
しかし考える間もなく、小さな声だがはっきり聞こえた。
「でもやっぱり言わないと、って…分かったし」
と、その言葉に続くように深呼吸をする彼女。
彷徨っていた視線が俺を一点に見つめる。
先程と明らかに違う雰囲気に、理解は追いついていないが瑞希のこれから言うことが分かってしまった。
今度は俺が慌てて彼女の肩に手を置いて静止する。
「ま、待ってくれ」
どうやって想いを伝えるかなど、まだ先だと思っていた。
しかし俺が黙っていると、最初は驚きつつも言葉を待っていた瑞希が不安そうにこちらを見上げている。
そんな表情を瑞希にさせる訳にはいかない。
感情のままに声を出す。
「俺はずっと前から瑞希が好きだ」
見上げていた瑞希の目が大きくなったかと思うと、紅潮した顔は更に赤くなっていく。
そして目尻に涙が溜まっていく。
でもこの涙は喜びだと表情が物語っている。
俺は返事を待たずに彼女を抱きしめていた。
「私も好き…ずっと前から」
恥ずかしかったのか、最後の方は俯いて消え入りそうな声の瑞希。
涙でシャツが濡れたことを感じると抱きしめた手に自然と力が入ってしまう。
そのままでいると彼女はおずおずと俺に手を回して、服を少し掴んで応えてくれる。
俺自身も形容し難い喜びを落ち着かせたくて、彼女の髪を撫でていると俯いたままの瑞希から小さな笑い声が漏れる。
「すごい音が聞こえるよ?」
「…瑞希の音だろう」
「ふふ、そうかも」
俺の胸にわざとらしく耳を寄せる瑞希。
強がりを言っても何も意味がないが、彼女は受け入れて笑ってくれる。
「俺の…彼女に、お願いがあるのだが。」
「お願い?」
不思議そうに顔を上げる瑞希。
俺は抱きしめていた手を緩めて、ハンカチを取り出す。
そして彼女の頬を伝っている涙を拭き取る。
今日は随分と泣かせてしまったようだ。
「実は傘が無くてな。一緒に帰ってはもらえないだろうか?」
「え、傘?……もちろん、いいよ。」
いつもより柔らかい微笑みで答えてくれる瑞希が愛おしくて仕方がない。
空は暗く、雨の勢いも変わらない帰り道。
「結局片付けもしてもらったし、傘持ってもらってるし、なんだか悪い気がする」
「俺が好きでしているのだから気にするな。それより濡れていないか?」
折り畳み傘で相合傘をすると、自ずと近付く距離。
「大丈夫だよ、ありがとう」
俺を見上げて照れたように笑う瑞希。
彼女が使うには丁度いいサイズの傘だが、俺が入るとどうしても肩の方が濡れてしまう。
だが、これは俺が彼女の隣を歩くことを許された証。
鳴り止まない雨音ですら、巡り合わせてくれた祝福の音に感じる。
「…好きだ」
俺は瑞希を直視出来ず、彼女の肩にかけた声も雨音で消える。
だが、これからは何度でも言わせてくれ。
好きだ、と。
→後書き