一年の計は…
貴方の名前
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(今日こそこの関係にケリをつけてやるぜ!)
俺は強く拳を握り締めながら寒空の下を勢い良く走っていく。吐く息は白く、顔に触れる外気がピリっと刺激を与えてくる。もうすっかり冬になっちまったんだよな。いや、何ならもうとっくにクリスマスも過ぎちまってるし。今日はある意味それ以上に特別な日……大晦日だっての。
目的の場所に近付くにつれて人混みも増していく。ったく、どうしてこうも全員同じ発想になっちまうんだか。大人しく家でコタツに入りながらテレビでも見て年越ししてろっての。特に小さな子供連れの家族を見るとそう悪態づきたくもなる。けど、単純な俺は待ち合わせ相手の姿を確認した途端にそんなささくれだった気持ちはすぐに何処かへ消えてしまった。
「葉月先輩、待たせちゃったみたいですんません!!」
「ううん、私も今着いたところだから気にしないで。それに約束の時間までまだあるよ?」
そう言って身に付けていた腕時計を俺に見せてくる葉月先輩。確かに約束の時間よりまだ10分程早い。……あれっ、いつの間にか新しい腕時計に変わってんじゃん!?前まではベルトが綺麗な水色で、文字盤に星柄がアクセントで入ってたはず。今付けてるのは女性らしいピンクゴールドのベルトで、文字盤にも四つ葉のクローバーをあしらった可愛らしいデザインだ。
「せ、先輩、その腕時計って…」
情けねーけど声が震えちまって、最後まで言葉が続けられない。もしかして俺の決意は無駄になるんじゃないか。いや、それならその見知らぬ相手から葉月先輩を奪い取ってやる。そんな物騒な考えが頭を過っていた時に質問の答えが返ってきた。
「これはお姉ちゃんとお母さんからのクリスマスプレゼント。来年からは私も高校生になるしそのお祝いも兼ねてね」
「な、なーんだ、安心した」
「安心したってどう言う意味?」
しまった、思わず心の声が出ちまったじゃん。こう言う時に限って葉月先輩も聞き逃さないで追求してくるし。この人って恋愛関係の話に疎すぎでしょう。いや、だから部の先輩達も苦労してるわけで俺にもこうやってチャンスが巡ってきたんだけど。
「……葉月先輩に彼氏ができたと思って焦ったって意味ッスよ」
よーし、言ってやったぜ。考えてたシチュエーションとは全然違ったけど、葉月先輩もこれで俺の気持ちに気が付いて
「アハハ、赤也ってばお子様なんだから。そう言うのをシスコンって言うんだよね。あっ、もしかして本当のお姉さんに彼氏ができた時もヤキモ」
「誰が妬くか!!俺が気になるのは、嫉妬するのは葉月先輩だけッス。俺にとって葉月先輩は特別な人だから」
トンチンカンな事を言い出す葉月先輩を前にするとこう言う人だったと改めて思い出す。遠回しな言い方をしても伝わらない。それなら直球勝負でいくしかないだろう。葉月先輩の両肩に手を置いて、真正面から顔を見据える。……ヤバい、マジで可愛いんだけど。こんな間近から葉月先輩を見る事なんてそうそうないから心臓がバクバク鳴ってうっさいっての。
「赤也、それって」
「おっ、やっぱり赤也と葉月の二人で間違いなかっただろぃ?」
「赤也の大声もこう言う時には役に立つなり」
今はあまり聞きたくない人達の声が後ろから聞こえてきた。いや、何なら首にすっかりと腕を巻き付けられて少し苦しいんだけど。
「これはこれは切原君と葉月さんじゃありませんか。こんな所で会うなんて奇遇ですね」
「柳生、それは流石に白々しいんじゃねーか。それに……目が全然笑ってねーよ」
そうツッコミを入れるジャッカル先輩が言うように柳生先輩は目が全く笑ってなくて、素早く葉月先輩の肩から俺の手を引き剥がしていた。敵意剥き出しってこう言う時に使う言葉なんじゃねーの。
「この人出の中で会えるなんて凄い確率だよね…あれっ、精市達は一緒じゃないの?」
あーっ、せっかくいい雰囲気だったのに葉月先輩の意識はもう先輩達の方に移っちゃってるじゃんかよ。くそっ、肝心な所で邪魔が入っちまったぜ。
「あの三人が一緒だと口うるさくて敵わんからのぉ…特に真田が」
仁王先輩がバツ悪そうに口を開きながら首元に手を当てれば葉月先輩も納得したように笑い出す。
「アハハ、それはよく分かる。でも仲間外れは酷いんじゃないの?」
「それを言うなら葉月と赤也だって二人きりで初詣しようとするなんてズルいだろぃ」
「グェッ!?い、いい加減離して下さいって」
丸井先輩の腕が俺の首元を締め付けて離さない。その腕から必死に逃れようとするも許しては貰えない力の強さに己の不甲斐なさを覚える。
「う〜ん、これは赤也との約束だったからね。期末の英語で80点以上取ったら大晦日に付き合うって」
「あー、思い出したぜ!赤也が知恵熱出したって騒いでた時のこと。そう言う理由があったのかよ」
葉月先輩の言葉を聞いた途端にジャッカル先輩が大きな声を出して思い出す。いちいち余計な事を覚えてなくていいのにさ。すると丸井先輩の口元が俺の耳元に近付けられた。
「いい度胸してんじゃないか赤也。苦手な英語を克服する位なんだから、今の練習メニューを3倍にしたってどうって事ないだろぃ?」
「いや、それとこれとは別で」
「頼もしい後輩が居てくれるから俺達も安心して高等部に進学できるぜよ。高等部では俺達もまた下級生に出戻りじゃし、マネージャーに甘えさせて貰わんとのぉ」
俺に口を挟ませる隙を与えない仁王先輩。しかもちゃっかり葉月先輩の肩に頭を乗せるとか羨まし過ぎるっての!ったく、いい加減にしてくれよ。一体何処から俺の計画が崩れていったんだ。これじゃあ去年までの年越しと何も変わらな
「そっか……来年からは赤也と一緒に居られなくなっちゃうんだね」
ポツリと呟かれた葉月先輩の表情からはいつもの明るく元気な笑顔がすっかりと消え落ちていた。いや、何処か遠くを見るような……寂しそうな顔をしていないか。これって世に言う脈アリのサインってやつなんじゃねぇ!?ここは他の先輩達の事なんか気にしてる場合じゃないだろう。もう一度葉月先輩に俺の気持ちを伝えて
「そんな顔をする必要はありませんよ。同じ敷地内に居るのですから会おうと思えばいつでも会えます。それよりもこちらをどうぞ」
またしてもいい所で邪魔されちまった。しかも甘酒の差し入れとかポイント高過ぎだっての。
「おっ、美味そうな匂いじゃんか!」
「えっと、これはブン太にあげるよ!」
甘酒の匂いに釣られて丸井先輩がようやく俺の首元から腕を外してくれた。カイロ代りに手の中で甘酒の入った紙コップを転がしていた葉月先輩がそのまま丸井先輩へと渡してしまったのには驚いたけど。
「おやおや、紳士からのプレゼントも不発に終わってしまったみたいじゃのぉ」
「仁王君、からかわないで下さいよ。単に葉月さんがお優しいだけ」
「お詫びに皆の分の甘酒も買ってくるからさ!ほら、赤也も行くよ」
そう言って俺の手首を強引に掴んで走り出す葉月先輩の行動にまだ頭が追い付いていけない。他の先輩達もただ見送ってるだけだし……一体どう言う状況だよ!?
「葉月ー、俺の分もおかわり頼むな!」
「相変わらず花より団子だな、ブン太は……それで、お前等は放っておいて良かったのかよ」
「それは俺じゃなくて柳生に聞きんしゃい」
「何故私に振るのですか?……何も私はあの二人の邪魔をしたいわけじゃありませんよ。葉月さんご自身の意思を尊重するだけです」
俺達の知らない所でそんな話がされていたなんて全く予想だにもしていなかった。だって今の俺にそんな余裕があるわけないだろう。ずっと憧れていた葉月先輩が俺の手を掴んだままなんだからさ。
「……ここまで来ればもういいかな」
それから暫くして一件の甘酒の屋台を見つけるとそこで立ち止まり、俺の手首から手を離した葉月先輩。ずっとこのままでも良かったのに残念だな。そんな事を考えていたら葉月先輩が先に注文を済ませてるし。ただ、葉月先輩が頼んだ個数は
「はい、こっちは赤也の分ね」
「あ、あざっす。でも、他の先輩達のぶ」
「皆には悪いけど、今日は赤也と二人きりで初詣する約束だったからね」
悪戯っ子のように笑う葉月先輩は年よりも幼く見えるから改めて不思議な人だって思う。さっき飲み損ねた甘酒にフゥフゥと息をかけながら喉の奥に流し込んでいく様子も見ていてホント飽きないし。
「う〜ん、温まる!赤也も早く飲みなよ、冷めちゃうって」
「そんな冷蔵庫の中にいるわけじゃないんスから。でもまぁいっただきまーす……あちっ!?」
「アハハ、ちゃんと冷まさないからだよ」
「どっちなんスか!?すぐ飲まないと冷めるって言ったり、冷まさないで飲むから火傷しかけたり」
俺を指差しながら笑ってくる葉月先輩はとても楽しそうで、その笑顔を見られただけでもう十分な気持ちになっていた時だった。
「…来年もまた二人で初詣に来ようか?」
葉月先輩の頬が薄っすらと紅く染まっていたのは甘酒を飲んでいたからじゃないよな。だって、耳まで紅く染まっているのを確認したから。顔を隠そうとして甘酒の入った紙コップを慌てて飲み干そうとする葉月先輩の仕草がかわいくて仕方が無い。だから俺も自分の気持ちに正直になってみる。
「そんなんイエスの一択に決まってるじゃないっスか!!約束ですからね」
そう言って葉月先輩の事を後ろから抱き締めると「うひゃっ!?」ってこれまた可愛い悲鳴を上げていた。その後で「また来年の期末で全教科80点以上取れたらね」なんて難易度を上げてきたけどそんなの関係ないね。葉月先輩の為なら俺は何だってできるし。そうだ、まだ俺の気持ちを言葉にして伝えてなかったじゃん。
「葉月先輩、あの、俺……ずっと前から葉月先輩の事がす」
ゴーン ゴーン
「いつの間にか年が明けちゃったんだね。赤也、今年も宜しくね」
くっそー、最後の最後まで邪魔されちまった。いや、最初の最初って言うべきなのか?だーっ、どっちでもいい!!ここは仕切り直しでもう一回だ。
「葉月先輩、さっきも言いましたけど俺はずっと前から葉月先輩の事がす」
「ほらっ、本日のメインイベントに行かなきゃ!」
そう言うと葉月先輩は俺の腕から逃げ出して先を歩き出す。どうして最後まで言わせてくれないんだよ。……いや、今年の目標ができたぜ。この一年を掛けて葉月先輩に俺の気持ちをたーっぷりと伝えさせて貰うんで覚悟してて下さいよ。いつもの癖で唇を舌先で舐めると珍しく甘い味が感じられた。そうか、さっき飲んだ甘酒の……俺に温もりと安らぎを与えてくれる存在、それが葉月先輩だから。絶対に逃しませんからね。
先を歩く葉月先輩から再び呼び掛けられて手招きされると俺もすぐに駆け出していく。隣に並べば今度は俺から葉月先輩の手を掴んで歩き出す。葉月先輩も振り解こうとはしないから。今年も良い年になりそうだな。そんな事を思いながら少し冷めかけた甘酒を喉の奥へと流し込んでやった。その時に見上げた月がとても綺麗だったのを今でも覚えている。
「葉月先輩、今日も可愛いッスね!さっすが俺の自慢の彼女ッス!!」
→御礼