木漏れ日のように
貴方の名前
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「深司おはよー!!」
朝っぱらからあんなに大きな声を出して挨拶してくる知り合いは二人しかいない。その内の一人は既に俺の隣にいて新しい曲を聞いている。自然と体が揺れて鼻歌を口ずさんでいることに本人は気付いてるのかな。
(こう言うのって迷惑行為だったりするんじゃないの。イヤだなー、一緒に居る俺まで文句言われそうじゃん…ブツブツブツ)
そんな心の声が現実とリンクしようとした時に頭に衝撃が走る。
「無視すんなっての、バカ深司!」
「いってぇー……暴力反対。そんなんだから14年間一度も彼氏ができないんだろ。まぁ、そりゃそうだよね。誰が好き好んでこんなガサツで乱暴で不器用で声だけやたらでかい女と付き合いたいと思うかよ」
叩かれた頭を擦りながら葉月に視線を向けると引き攣った笑みが目に飛び込んでくる。あっ、こめかみに血管が浮かび始めてるよ。ヤバいなー、少しホントのことを言い過ぎちゃったか。二発目のチョップが繰り出される前に神尾を盾にして逃げる。
「後は任せたよ、じゃあね」
「あっ、コラっ深司、ズルいよ!逃げるなー!!」
神尾を前にすると振り上げていた腕を慌てて下ろして俺に向かって叫んでいる葉月。誰が素直に言うことを聞くのさ。俺はその場に二人だけ残して先を急ぐ。
「あーぁ…また逃げられちゃった」
ガックリと肩を落とせば神尾君がヘッドホンを外して私と向き合ってくれる。面白いショーでも観た後のようにニヤニヤと笑いながら。
「毎度毎度飽きないねー。ケンカするほど仲が良いってこう言うことだろう!」
「茶化さないでよ。私だって別に深司とケンカしたいわけじゃないし…」
本音を溢して口を窄めると神尾君に髪の毛をグシャグシャにかき乱されてしまった。
「ハハッ、悪い悪い。ケンカじゃなくてじゃれ合ってるの言い間違いだったぜ」
「そんな変わらないし!!……あーぁ、少しは女の子らしくしようとして髪も伸ばしてるのにな」
乱された髪を手櫛で直しながら一房を自分の人差し指に巻き付けてみる。ようやく肩まで伸びてきたくらいだ。
「ヘェー、葉月ちゃんにもそんな殊勝な面があったとは驚きだ」
「そうやってすぐにからかうし。流石は深司の友達なだけあるね」
八つ当たり的に意地悪な言葉を神尾君にぶつけてしまう。でも本人は気にする様子もなく、逆に不敵な笑みを浮かべてきた。
「女の子らしくしたいのは深司のため、なんだろう?」
「べ、別にそんなんじゃないし!?そ、そっちこそ杏ちゃんとはどうなのよ!」
このままでは神尾君のペースに持っていかれると思って咄嗟に杏ちゃんの名前を出すと効果てきめん。顔を染めてしどろもどろになり始めた。
「お、俺と杏ちゃんはただの友達って言うか、顔馴染みみたいなもんで…ブツブツ」
「ハハッ、今の神尾君ってば深司みたいだよ!よーし、深司に追い付いてやるんだから」
珍しく口籠っている神尾君をからかうとその場から駆け出して深司の後を追う。どうせのろのろ歩いているだろうしすぐに追い付くはず。今度は背中から抱き着いて離してやらないんだから。
「つーかまえたっ!!」
「うっ、苦しい。ギブギブっ!!」
わざと遅く歩いていたら思った通りに葉月が後ろから抱き着いてきた。いや、突進してきたって言い方の方が正しいか。葉月の腕を軽く叩いて解くように頼んでみるも緩む様子はない。
「挨拶は基本でしょう。おはようとごめんなさいは?」
「……あー、はいはい。おはようとすんまそん」
こうなったら自力で脱出するしかないよね。葉月の腕からスルッと抜け出すと再び学校までの道のりを歩き出す。いつもと変わらない朝の一コマ。うるさいのは苦手なはずなんだけどな。でも葉月とは小学校からの付き合いで腐れ縁だし。もうすっかり習慣化してるんだろうな。こんな変な癖はつけたくないけど慣れって恐ろしいよ。
「もうっ……ところで、物理の課題ってやってきた?」
「あー、そう言うこと。さっきまでは俺に説教しておいて本当の目的はそれか。ズルいよな、俺は自分の時間を削って、自分の頭を使って解いてきたって言うのにさ。それを横からただ写そうとするだけとか考えられないよね」
「うっ、ごめん……今日は私が当てられる番でさ!!後でジュース奢るから何と、いたっ」
自分の顔の前に両手を合わせて頭を下げてくる葉月に上から腕を振り下ろしてやった。さっきチョップされたお返しってやつだね。
「そう言う問題じゃないだろ。意味を理解しないで写したってテストの時に困るのは誰なわけ?後で俺のせいにされたっていい迷惑だ」
「そんなこと言わないよ!!それは自己責任であって深司は何も悪くないから」
俺の言葉を遮ってバツ悪そうに俯いて地面と睨めっこ。そう言うのホント止めて欲しいんだよね。俺がイジメてるみたいじゃん。
「……プリントは見せてやるけど後で勉強会な。根本的な問題を解決しないと意味ないだろ。それと、さっき言ってたジュースの他にオバさんが作った漬物も付けろよ?」
「うんっ、ありがとう深司!!」
「わっ、いちいち飛び付いてくるなよ!?」
さっきまではこの世の終わりみたいな顔してた癖にすぐ笑顔に変わってるし。いや、その前は俺に対して怒ってたんじゃなかったっけ。感情の起伏が激し過ぎるだろ。ったく、まいっちゃうよな……そんな葉月に弱いって言うんだからさ。
「何だ何だ、もう仲直りしてんじゃねーか!」
遅れてやってきた神尾が冷やかすように声を投げかけてくる。それにすぐさま反応すると葉月と声が重なった。
「「初めからケンカなんてしてないし」」
「ハハッ、確かに仲の良いことで」
何だよこれ、恥ずかしいんだけど。暫く神尾にからかわれるパターンだよな。でも……俺の隣で葉月が笑っててくれるならまぁいっか。
「深司、少しペースアップしよう!プリントを写す時間を確保しないと」
そう言って俺の手を掴んで急かしてくる葉月。その言葉を聞いて神尾も課題のことを思い出したんだろう。
「そのプリントって物理だよな?俺も写させてくれよ!!」
デジャヴかのように俺に向かって頭を下げてくる神尾は葉月とよく似ている。そうか、俺が神尾に気を許せたのは葉月と重なって見えたからかもしれない。俺の小言に付き合っていつも傍にいてくれる二人。物好きな連中だよね、自分でもそう思う。
「……神尾は惣菜パンで手を打つよ」
「うっし!!じゃあリズムに乗るぜ♪」
神尾のいつもの口癖が出ると俺達より先にその場を走り出していく。それに釣られるようにして葉月も俺の手を引いて走り出す。
「ほらっ、私達も」
「はいはい、分かったよ」
こんな騒々しい日常なんて本当は苦手なはずなのに。掴まれた手も振り払おうとはしないでそのまんま。葉月の手があまりにも温かったから気持ち良かったのかもしれない。風に揺れる葉月の髪を目の端に捉えるといつの間にここまで伸ばしていたのだろうと気が付く。
「葉月はショートが楽で好きだったんじゃないの?」
「へ?」
間抜けな声を出す葉月はまだ意味を理解していなかったから「これ」と言って一房を手にとってみる。途端に顔を真っ赤に染め出した葉月は今までに見たことがない表情だった。まるで恋する女の子みたいで。
「……茹でダコみたいだな」
「た、タコ?……もうっ、先に行ってるからね!!」
茹でダコに例えられたことで気分を損ねた葉月が俺の手を離して先を歩き出す。ホント…からかい甲斐があって面白いよね。思わず自分の口元が上がってしまうのを感じる。俺を笑わせられるのは限られた人物だけ。その中には葉月も当然入っているわけで。……今はまだもう少しだけこの居心地の良い関係を続けていたいんだよね。
「そんなに怒るなって、冗談の通じない奴だなー。熟れたリンゴみたいだって言えば良かったのか?」
「そう言う問題じゃない!!深司はもう少し女心ってものを勉強するべきだよ」
葉月の背中に声を掛ければ勢いよくこちらを向いて俺に人差し指を突き付けてくる。ただ、その後ろから自転車が走ってきたことには気付いてないみたいだ。手のかかる幼馴染だよね。
「じゃあ、葉月はもっと危険察知能力を身に付けないとダメじゃん」
葉月の腕を引いて脇に避ければ無事に自転車事故を回避。自分の真横を通り過ぎていく自転車にようやく危機感を覚えた葉月の顔色が青く染まると吹き出してしまう。
「ブッ、勘弁してよね。一人で人間信号機とか面白過ぎるんだけど」
「へ?人間信号機って何?」
まーた間抜けな声出して、意味も分かってないんだから。そんな葉月の鼻を摘んですぐに離してやると今度はまた赤くなる。
「ほら、一人で赤くなったり青くなったりの繰り返しで信号機みたいでしょ」
「あっ、成る程!……って、私で遊ぶなー!!」
一度はすんなりと納得してしまうのが葉月らしい。けど、すぐにまた腕を振り上げて向かってきたから今度はその手を俺が掴んでやる。
「こんな所で油売ってる暇はないんでしょう?急がないとね」
走っていく先には校門の前で律儀に待っている神尾の姿が見えた。またからかわれる前にこれだけは伝えておこうかな。
「その髪型、まぁまぁ良いんじゃない……女の子みたいに見える」
「…あのね、私は元々女の子なんですけど?」
どうしてもまだ素直にはなり切れないから余計な一言のオマケ付き。でも、そんな俺の性格をよく知る葉月はさっきみたいに本気で怒ったりはしない。心なしか口元が笑ってるみたいだし。そうだな、葉月の髪がもう少し長くなったら……今度は「可愛いよ」って言ってやるか。どんな顔をするのか想像しただけで笑えるよ。
「お前等おせーよ!しかも手なんか繋いでさ。やっぱり」
「「羨ましいんだろう・でしょ」」
葉月と声が重なるとわざと手を掲げて見せた。更に葉月は神尾のことを逆にからかい始めたみたいだし。
「神尾君も杏ちゃんと手繋ぎ登下校できるといいね!」
「う、うるせー!!俺は別にそんなの……ブツブツ」
「……せっかく早く着いたのにプリントを写す時間がなくなるんじゃない?まぁ、俺は困らないから別に構わないんだけどさ。ホントに俺って人が良過ぎるんじゃないかな…ブツブツブツ」
葉月の手をそっと離して一足先に教室へと向かい始めると、すぐに二人が俺を追いかけてきて両サイドから挟まれてしまう。
「待て待て、置いてくなよ!」
「深司にはホント感謝してるって!いい友達を持ったってね」
そう言って顔を見合わせる二人の息は実によく合っている。大袈裟に頷き合って極端なゴマすりをしてくるしさ。でも、俺を真ん中に挟んで大切な人が二人も隣に居てくれるのは贅沢な気分だったりするし、大目に見てもいいかな。
「はいはい、分かったよ。……それじゃあ行こうか」
もう少しだけこの時間を楽しもう。今しか味わえないものだろうから。だって、次のステージにはまた違う景色が待っているんでしょう。ねぇ、葉月?
→御礼
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