幼なじみの恋に/5題
貴方の名前
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埋めようのないゼロセンチ
「蓮二、今度の休みにどう?」
休み時間、瑞希は借りてきたであろうDVDを掲げて俺の前に現れた。
「ほう、『秋刀魚の味』か。」
「そう!また観たくなっちゃって。」
「予定を空けておこう、俺の家で良いな?」
瑞希は俺が興味を示したことで嬉しそうに頷く。
確かに映画自体も非常に好みではあるが、俺は瑞希に誘われたという事実に喜んでいる。
だが、彼女は気づかないのだろう。
俺も口角を少し上げて喜びを表現した。
それ以上顔に出すと引っ込まなくなってしまいそうだから。
幼なじみ、という表現だと少々過剰だが転校した先で初めて話しかけて来たのが彼女だ。
家も近かった為、帰りも時間さえ合えば二人で帰るし、休みの日は俺の家で遊ぶのが普通だった。
別段やり取りに疑問を感じたこともなかったし、彼女にとっても俺のことは友人という認識なのだろう。
俺自身この関係に名前を付けようと思ったことはなかったが、最近赤也から瑞希と話す俺を見た後に言われたことがある。
"柳先輩って好きな人いるんすね!"
その時、俺は否定したくないと思った。
次の休日がきてしまった。
いや、待ち遠しいと思っていたが、いざ当日になると今日が終わってほしくないと既に思う。
なんとなく普段より念入りに掃除をしてしまったし、どこか俺は浮わついている。
インターホンの音を聞いて胸が高鳴る。
俺らしくない。
いつもの表情を意識してドアを開ける。
「こんにちは、お邪魔します。」
「ああ、入ってくれ。」
瑞希に会えた喜びを思わず顔色に出してしまうが、彼女もつられて嬉しそうに笑う。
部屋へ案内した後に飲み物を取りにいく。
戻ってくると、彼女はいつもの定位置に座りDVDを取り出していた。
「ありがとう。」
「気にするな。」
お茶を手渡すと代わりにDVDを受け取る。
早速デッキに入れて再生ボタンを押す。
既に映画は観たことがあるので、俺の集中は自然と瑞希の方へ向く。
彼女は穏やかな表情で映画を観ている。
俺も今までならば、お互いが隣り合って観ている状況に安心すら感じる時間だった。
ふいに、彼女の無防備な手を握りたい衝動にかられるが寸で止める。
こんな感情を抱くことに自分でも驚く。
俺は赤也の言葉でやっと、瑞希のことが好きなんだと気付いた。
しかし、伝えようという気はない。
瑞希がこれからも笑顔なら俺はそれで構わない。
考えがまとまると、今はこの時間を楽しもうと映画にも意識を向ける。
だが、今まで見ていた映画とは全く違う感想を持ち始める。
確か、以前は娘を送り出す父親が祝福していながら淋しさを残す家族の映画だと思っていた。
今は違う。
その父親像が俺に重なって仕方がない。
彼女が笑顔なら、と思ったがそれは将来、俺の前に瑞希が居なくても笑顔なら喜べるのだろうか。
映画はラストシーン、1人でうなだれる父親。
俺は胸が締め付けられた。
どうか、行かないでくれ。
「蓮ニ?」
瑞希の言葉で我にかえる。
思っていたより感情移入していたようだ。
「ああ、すまない。」
「大丈夫だけど、いつもより真剣に見ててびっくりした。」
「いや、良い映画だと思ってな。」
「物語も良いけど映像が凄く綺麗だよね。」
「お前もそう思うか。奥行きや人物の配置が素晴らしい。」
彼女の感想を聞きながら、さっきの感情をまとめようと努力する。
明らかに映画を観ている間に気持ちが変わった。
どれだけ彼女の中で一番仲が良いのが俺であったとしても、俺はいつか見送る父親の様になってしまうのか。
それは耐え難い。
しかし、そうなると前提が変わってしまう。
俺は彼女に笑顔以上を求めている。
「やっぱり、蓮ニと居るのが一番楽しい。」
暫し感想を交換した後、さらっと言いのける瑞希の笑顔に、また俺は苦しめられる。
「…そうか。」
「ほんとだよ、いつも思ってること分かってくれるから。」
違う。
いや、理解しているという自負はある。
瑞希もまた、俺を理解していると思う。
でも、違う。
それは趣味嗜好や言動や感性が共感出来るといった点に関してだ。
俺は好きを自覚すればするほど、瑞希の感情を多角的に見れなくなる。
今はどういう気持ちで言っているのか分からない。
「…それはどうだろう。」
肯定した方が適切かと思ったが上手く言えず、そこで会話が途切れると瑞希は俺を見つめてから目を閉じた。
俺には瑞希が何をするか分からず、様子を伺う。
長い間。
「「どうかしたのか。」」
声が 重なる。
「と、蓮ニは言う。」
目を閉じていた瑞希は口角だけを上げて笑う。
いつもなら口元を手で隠しながら笑うのが彼女の癖だ。
「なるほど、俺の真似か。」
「当たり。」
目を開け、満足そうに微笑む瑞希。
思わず俺も笑ってしまう。
「…蓮ニが笑ってると安心する。」
「俺が?」
「そうだよ、嘘で笑うことないから。」
苦笑いはあるかもしれないが、瑞希の前で偽ったことは確かに思い当たらない。
「そうか。」
俺はそれだけ瑞希に心を開いていたのか。
「瑞希。」
「ん?」
「今度は俺のおすすめの映画を用意しよう。」
一段と嬉しそうに頷く瑞希。
今はまだ、その手に触れることは出来ない。
だが、大事なことに気づいた。
これは好きという感情だけではなかった。
彼女の笑顔の先は俺であってほしい。
いつまでも隣に彼女が居て欲しい。
これが恋、なのか。
埋めようのないゼロセンチ
俺は随分、欲張りな人間だったようだ
後書き
親愛の定義だとゼロだが、ゼロの認識を変えるのは難しいっていう切ない系にしようとしましたが、思ったより柳くんはポジティブでした。