旧:短編まとめ
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《死人に口無し》
人は、呆気なく壊れる。
どんなに長く忠義を果たしても
どんなに長く努力を積んでも
どんなに長く祈りを捧げても
その時は一瞬だ。
誰であっても、平等に。
『……赤井さん』
帰って来ない人の名を口にしてみると、それは酷く脆い音だった。
自分の声が自分の耳に届いて、その名前の温かさと返事の無い冷ややかな沈黙が耳に刺さる。
来葉峠で死んだのだと聞いた彼は片想いの相手だった。
焼け焦げた体を見ることは叶わず、何もなかったかのように生活しろというお達しまで出て。
別れを悼むこともできず、かといって私程度の能力では恨みを晴らす程の捜査もできず。
ただただ時間だけがすぎた。
彼を好きになった時は、既にジョディと付き合っていると知っていた。
同僚から奪い取った幸せでは幸せになれないと、感情に蓋をした…一回目。
二回目は、宮野明美が死んだあと。
キールの一件の最中、彼の心には彼女が生き続けていると解ってしまって…
彼はジョディと復縁することもないし、明美を忘れて誰かを愛することも無いだろう。
……ストイックな赤井さんのことだから。
そこが彼の魅力だったから。
なんて、美談に出来たのはほんの一瞬。
その一件の最中に彼は死んでしまった。
こんなことなら…ダメ元で想いを伝えれば良かっただろうか。
興味無いと一蹴されても、後悔は残らなかったんじゃないか。
……どこまでも自分本意な自分自身に嫌気が差した。
告白されたところで、赤井さんには迷惑だったに違いないのだ。
だって、私はずっと彼を目で追っていたけれど。彼と目が合ったことは一度もない。
事務的な会話を数回したときですら、彼の視線は書類のままだった。
勝手に私が憧れて、それが恋に昇華して、今となっては未練になってしまっただけ。
もしかしたら、私には彼の死を悼む資格すら無いのかもしれない。
「……あの、失礼ですがそれをどうするつもりですか?」
『え?……ああ、沖矢さんですか』
回想に浸っていた私を呼び戻したのは同じアパートに住んでいた沖矢昴さん。
アパートが火事になってから仲良くなった不思議な関係。推理小説が好きだと聞いてつい、彼と重ねてしまったのだ。
話を戻すと、私は紙袋を強く握りしめて公園に立っていた。
長いこと握り締めていたので、紙袋にはシワが寄っている。
たまたま通りかかった沖矢さんが、それを見て首を傾げているのだ。
『……どう、しましょうかねぇ』
「てっきりプレゼントだと思ったのですが…渡さないのですか」
『どうしてプレゼントだと?』
「今日は2月14日ですし、いつもよりお洒落な装いの貴女を見たら…チョコレートだと思いませんか?」
『…正解です』
バレンタインに、おめかしをして。
彼が考えごとをするときに歩いたという公園に立っていたのだ。
勿論その情報は他人から仕入れたもので、キャメルとジョディが話しているのを盗み聞きしたもの。
もし、今日彼が通ったら、チョコレートを渡して告白しよう。
通らなかったら、縁がなかったのだ。
と、自分に言い聞かせた賭け。
彼の潜入が終わった二年前から三回目の勝負。
今回負けたら、私は彼との幸せは諦める。
彼を忘れることはきっと出来ないから、その思いは墓場まで持っていくのだ。
「待ち合わせ…にしては随分待っていますよね?」
『…、はい。待ち合わせではありませんので』
「もう夜になりますし、危ないから連絡を着けたらどうですか?」
『ふふ、連絡先なんて知りませんよ。私は、賭けをしてるんです。今回は最後だから…日付が変わるまでここにいます』
沖矢さんは、一瞬ムッとしたように見えた。
けど、また朗らかな声で返事をする。
「寒いですよ?」
『はい』
「来ないかもしれないのでしょう?」
『…というより、来ないでしょうね』
「なら…なぜ?」
その優しい声色に、心と涙腺がぐらぐら揺れる。
『……私の心を騙す為です』
「…騙す?」
『はい、諦めることもできず、忘れることもできず…伝えることももうできないから。私はここで、彼と待ち合わせをしたけどフラれた…ということにするのです。…でなければ、ずっと彼を待ってしまうから。そして、日付が変わったら』
「……」
『どう、しましょうかねぇ…このチョコレート』
言うはずの無かった計画に、沖矢さんは無言を紡ぐ。
私だって、彼にこんなにも話してしまうとは思わなかった。
「その"彼"とやらに渡せなかったら、私が貰いましょう」
『沖矢さんが?』
「はい。ここで逢えるかの縁なのでしょう?なら、彼が現れなければ私との方が縁があると見ていいはずです」
ね?と笑ってくれたのは、慰めてくれているのだろうか。
こんな、脈絡のない片想いの話を。わかろうとしてくれたというのか。
…推理好きとは恐ろしい理解力だ。
『あはは、なんて優しくて、お人好しなの、沖矢さん』
「誉めてるんですか?なら、お人好しついでです、彼との思い出聞いて差し上げますよ。12時までまだ6時間ありますし…暇でしょう?一人でいるのも危なっかしい」
『心配してくださるんですか?…本当につまらない話ですよ?』
「構いませんよ。立ち話もなんですね、座りましょうか」
彼は尚も朗らかな声で私をベンチに誘い、自動販売機で買った温かい飲み物を持たせてくれた。
『は、はは、誰かに話すの、初めてです。あの人、本当に眺めるばかりで…接点なんて全然なかったから』
私は、彼の何を知っていただろうか。
癖のある前髪、昔は長く伸ばしていた後ろ髪。
深い緑色の瞳、いつも取れない目の隈。
低くて暖かみのある声なのに、凛として冷たい一面のある話し方もする。
ほぉ、という口癖もあったっけ。
それから、彼は左利きだった。
最近は見なかったが煙草も吸っていて、コーヒーはブラック。
お酒は…ウィスキーが好きだと聞いた気がする。
ライフル射撃が得意で、洞察力もずば抜けていた。
『…思いの外、彼のことばかり見ていたんですね…私』
一つ一つ、その時の状況、背景、台詞を思い出しては話すうちに。
23時。
あと1時間で私の賭けが終わってしまう。
「長いこと見ていたんですね。5年?もっと?」
『もっと…ですね。恋になる前…憧れていた頃を含めたら10年近いかもしれません』
「…今日、彼に会いたいですか?」
ずっと黙って聞いていてくれた沖矢さんの問いに、私はすぐに返事が出来なかった。
『……。あいたい、ですよ。でも…彼が、いきていてくれるなら…私はそれいじょう、彼にのぞめません。…私いじょうに…赤井さんのかえりをまっているひとがいるから』
「…、では、貴女はなんのためにここにいたんですか?」
『…』
「そんな薄手のコートで。しかも持ち物はその紙袋ひとつ。財布すら持たないで…捨て身で待っていておいて」
『馬鹿…ですよね。沖矢さんまで巻き込んで…でも…現れないってわかってるから…待っていられたんです』
「…」
『…こんな長い片想い、フラれたらきっと立ち直れない。けど、フラれないと次にも歩き出せない…傷つかないフラれ方が、これしか思い付かなかったんです』
付き合わせてごめんなさい。
沖矢さんの顔を見て、深く頭を下げる。
『あと30分です、』
「…最後まで付き合いますよ。そのチョコレートは、俺がいだだくんですから」
『そう、でしたね。少し、苦めに作ったブラウニーです。あまりお菓子作りは得意じゃないので、市販のウィスキーボンボンも入っています』
「ほぉー、それは楽しみですね」
沖矢さんは、優しい。
そして、ひどい。ずるい。
「……23時59分」
『…赤井さん。1分だけ、私の告白を聞いてください』
「…」
『本当は、1回だけ目が合ったことがあるんです。FBIになって初めて、貴方を見付けたとき、ロビーですれ違ったあの一瞬だけ…。あれから気になって、とうとうこんなにも追いかけてしまいました。今思えば、一目惚れでしょうか。……アプローチしなかったこと、後悔はしていません。ジョディといるときの貴方は幸せそうでしたし、貴方といるときのジョディもとても幸せそうでした。だから、宮野さんもきっと幸せだったに違いありません。……私も、貴方を想う時は、苦しい分と同じだけ幸せでした。…赤井さん…大好きです、さようなら』
時計の針が、全て真上を向いた。
『沖矢さん、お付き合い頂いてありがとうございました』
「……」
『このチョコレートは、沖矢さんに差し上げます。…気に入らなければ、どうぞ捨ててください。っ、それから』
紙袋を彼の胸に押し付けて、私は俯く。
本当に、本当に、この人は…ひどい。
『騙すのなら、ちゃんと最後まで騙してください』
見上げた先には、見開かれた緑色の瞳。
私が盗み見ていた、大好きな翡翠。
「…っ、」
『私は、この話を"沖矢さん"にしました。"赤井さん"は、今夜この公園には居なかった。それが全てです…この先何があっても』
「…"赤井"からの返事は要らないのですか」
『要りません。それがもし、奇跡のような答えでも…今まで彼を愛してきた女性達の想いを背負って幸せになれる程、私は強くありません……それに、赤井さんは死んでしまいました。どうやって返事をするというのですか?』
「……」
『…沖矢さん、ありがとうございました。…さようなら』
紙袋を押し付けて私は公園を駆け抜けた。
あの人は、きっと追って来ない。
(どうして、最後にわざとボロを出したの)
一人称が俺になったこと。
口癖を口にしたこと。
目を、開いたこと。
(なんで私に確信させたの)
(なんで冬の夜に、外で何時間も一緒にいてくれたの)
(なんで会いたいかなんて聞いたの)
(なんで…なんで…)
巡り巡る疑問を振り払うように、頭を振った。
考えるだけ無駄だ。
だって、彼は死んだのだから。
たとえ、亡霊が現れようとも。
生き返ってこようとも。
私の恋心と一緒に死んだのだ。
(ああ、でも)
(最後にどうして…)
(彼らは悲しそうにしたのかしら)
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死人に口無し お前の言葉は届かない
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