旧:短編まとめ
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《群青》 [Cobalt]
※ジンが鬱キャラです 2020/09/25
幼い頃から、私にはちょっとした才能があった。
才能とも障害とも言えるそれ。
簡単に言えば、人の感情に敏感ということ。
視線や声色、仕草や表情、何とは無しに伝わってきてしまう。
相手が、隠している感情とか。気づかない振りをしている気持ちにすら。
(…だから、気になってしまった)
ジンという男は、自らに執着しない。
初めて会った時には、組織の為に生きていた。
自分の為に生きていなかったから、沢山の人を殺せたし、沢山の物を壊せたのかもしれない。
私には、それがとても痛ましかった。
「いらない」
『でも、』
「やるならさっさとしろ」
彼は、自分の腕を撃ち抜いてまで任務を遂行しようとする。
私は、その傷を縫合する医療部員で、組織お抱えのドクター。
他人を信用しない彼は、縫合に使う麻酔を頑なに使わせてくれなくて。歯を食い縛って処理が終わるのを待っていた。
『終わりました。暫くは毎日きてくださいね』
「来ねぇよ。仕事がある、暇じゃねぇんだ」
『…駄目です。その腕で仕事をするつもりなら、入院させますよ』
立ち上がろうとする彼を、衝動的に抱き留めた。
彼は咄嗟に、銃口を私の腹部に当てるが気にしない。
『こんな怪我をして、1日も休めないんですか。貴方が優秀なのは存じてます、代わりは居ないかもしれません。でも!医者だって、死んだ人を生き返らせることはできないんです。どうか、もっと自分を大切にしてください』
お腹を撃ち抜かれてもおかしくなかったけど。
彼は暫く沈黙して。
「…変わった女だ」
そう呟いただけ。私を引き剥がしもせず、ただ身を委ねていた。
翌日から、毎日消毒にもちゃんと来た。
それから、幾何か過ぎて。
両肩に防弾チョッキの上からの被弾と、左頬に弾丸が掠めた火傷をして彼は帰ってきた。
『…チョッキの上で良かったです。でも、内出血も酷いし、鎖骨も折れてますね。当分、安静にしてください』
火傷に塗り薬、鎖骨固定、痛み止の湿布に内服薬。
一通り終えて、彼の傷をまじまじと見てしまう。
白人だからか、内出血した赤や青の痣が良く映えて、痛々しい。肩も、胸も、脇腹も、全部。
『いいですか、安静ですよ。ちゃんと寝て、ちゃんと食べるんです。仕事なんて、させません』
「…お前はなんなんだ」
『お医者さんです。貴方の主治医、貴方を大切に想う人間の1人』
そっと、傷に響かないように彼を抱き締めた。
…沢山疲れてるのに、顔に出さないし、自覚もしてない。心の疲れに気づかない振りをしてるの、私には解ってしまう。
『……少し休んでいってください。そんな疲れた顔で帰せません』
「…おかしな女だ」
…自覚させてしまったかもしれない。
彼が、そっと背中に腕を回した。
話は変わるけど、私が組織の医者をしているのは、蒸発した親が借金のカタに売ったせい。
医師免許を持つ娘、に高値がついたのだとは思ったけど、まさか戸籍ごと売られてるとは思わなかった。
因みに借金先は今の組織ではなく、別の組。別の組から今の組織に売り渡されたから、多分借金自体はなくなってる。
「…借金がなくなっても、自由にはならねぇぞ。戸籍もないんじゃ病院勤務もできねぇし、組織から逃げようもんなら裏切り者として始末される」
『ええ。逃げる気はありません』
「ハッ、懸命だな。医者になったこと後悔してるか?」
『いいえ。医者になるのは幼い頃からの夢だったので。普遍的ですが、人の役に立ちたい、傷ついた人を助けたい…それは変わっていませんから』
それを聞いた彼…ジンは鼻で笑った。
「皮肉だな。てめぇが治してるのは、今までもこれからも、人の命を奪う奴だ」
そういって。
『ええ、解っています。わかって、いますけど。……私は此処にいます。貴方を、置いてはいけません』
「……」
『人を殺すことは赦されません。でもそれは、貴方が死んでもいい理由とは違います。貴方を警察に引き渡そうものなら、死を選ぶでしょう?上手くいっても、極刑でしょうし…なら、私は貴方が生きられる方法を選びたいのです』
今の心境を、思ったまま、ゆっくり紡いでいく。
『貴方が、貴方を大切にできないなら。私が貴方を大切にします。貴方が、貴方の為に生きられないなら、私が貴方の為に生きたいです』
左頬に焼き付いた傷が、痛々しい。
あれが、眼じゃなくてよかった、頭じゃなくてよかった、と。見るたびに思う。
「…おかしな女だ。 全く、なんなんだ」
そんな私を、今度は彼から抱き締める。
私は彼の背中に腕を回して、長い髪に指を絡めて撫でた。
『言ったでしょう、私はお医者さんです。』
多分、この日に私と彼の関係が変わった。
『おかえりなさい、ジン』
それから。彼は、医務室に隣接した私の部屋に直接来るようになった。
高い羽目殺しの小窓が1つついただけの、狭いワンルーム。一応キッチンとシャワールームはある。
「…ただいま」
壁も床も家具も全部白で統一されたここは、さながら
箱庭。
そんな部屋でも、彼は度々来てくれた。
毎日帰ってくる訳じゃないけれど、いつも、疲れた顔をしている。
崩れ落ちそうなくらい、脆さすら感じる声で。
『おつかれさまです』
彼に、目一杯微笑んで。目一杯腕を伸ばす。
私が、この部屋でしてあげられるのは、これだけだから。
「ああ…疲れた」
背中を抱き締めて、長い髪を撫でながら指先に力を込めた。
コートに染み付いた硝煙と鉄錆の匂いが一気に流れてくる。
それと同時に感じるのは彼の疲労、緊張、虚無、不安、焦燥。
いくら感じ取れたって、それより詳しくは解らないから。
少しでも、その背中の支えになりたい。
少しでも、その肩を軽くしてあげたい。
強く強く、彼の背を掻き抱いては、願っていた。
『お腹空きませんか?何か、食べたいものは?』
「甘いもの」
それから少しして、
『美味しいですか?』
「…ああ」
『良かった。久しぶりに焼いたんです、ホットケーキ』
1枚のホットケーキを、2人で切り分けながら食べた。
『もう少しどうですか?』
「いい」
彼は少食だ。背が高いのに、とても細かった。
私と半分にした量で、足りる筈ないのに。
明らかに不健康な量で食事を終えてしまう。
彼は、あまり食べることに興味がない。
食事を楽しむとか、体を維持するとか、そういう感覚が鈍い。空腹も、あまり感じないのかもしれない。
(…もっと、生きることに執着してほしい)
人は、食べないと生きていけない。
人は、眠らなければ生きていけない。
人は、愛されなければ生きていけない。
彼は、全部蔑ろにしてしまう。
だから、帰ってきたら、少しでも食べさせて、少しでも休ませたい。
『ジン。また寝てないでしょう?休んでいってくださいね』
「…」
『もう、ちゃんと寝ないと帰してあげませんから』
「は…なんだそれ」
なんだっていい、横になれば少しは休まる。
安くて固いベッドだけど、寝ないよりいい。
『…おやすみなさい、いい夢が見れますように』
子どもみたいな添い寝をして、私も一緒になって眠る。
(………貴方を、この世界から連れ出せたらいいのに)
(たとえ貴方が望まなくても)
(もっと、自由に、幸せに生きていてほしい)
2時間ばかりだろうか。隣の気配が身動いだのを感じて目を開ける。
『…もう起きちゃったの?』
そこには、横になったまま頬杖をつくジン。
前髪を掻き揚げながらこちらを見ていた。
「…長く寝れない質なんだ」
そう言って起き上がろうとする彼の腕を掴む。
『…だめ。そんな疲れた顔で帰せないです。眠らなくていいから、ちゃんと休んでいかないと、離れてあげません』
「これ、ドクターストップかよ」
『そうです。…ジンだけです、こんなに手がかかる患者さん』
抵抗しないのを良いことに、そのまま背中を抱き寄せて あやすように撫でた。
身動ぐ彼の銀髪が首筋に当たってくすぐったい。
「悪かったな、問題児で」
『本当に。…禁煙も禁酒もしてくれない。いつも大怪我ばっかりする。不眠症で拒食気味……毎日…心配で心配で堪らないです』
「……」
『私は、此処から出ることを許されていません。だから、何もなくても、顔を見せに来てくださいね。貴方が帰ってくるの、ずっと待ってますから』
私は。
彼の、拠り所になれるだろうか。
彼が欲しいものは此処にないかもしれないけど。
彼は、 永遠を感じてくれるだろうか。
(私は、永遠を感じる)
(ジンと吐息が重なると)
(今、世界が始まればいいのにと想う)
(この瞬間が、永遠ならいいのにって)
高すぎて届かない窓の向こうに、私は一緒に行ってあげられないけど。
『……ふふ、綺麗事だって、笑ってもいいですよ。』
違うね。
行ってあげられない、なんて。
この箱庭に囚われて、出られないだけなのに。
『貴方の幸せを祈っているのは勿論ですが…私が貴方に会いたいのも事実です。貴方の鼓動を聞くと、とても安心します。貴方の体温を感じると、泣きたいくらい嬉しくなります。…だから、この幸せな時間を…どうか、奪わないでください』
箱庭の羊は、貴方の孤独に触れた時。
どうしようもなく切なくなって、どうにかして埋めてあげたいと願っているうちに。
…恋をしてしまった。
彼が私の前では僅かに安寧や安穏を感じているのを気づいてしまえば、もっと癒してあげたいと欲が出る。
「……相変わらず、変わった女だな」
『…』
「そんなの、好きだって言ってるようなもんだろ」
彼は、私を強く抱き寄せて。
頬を擦り合わせるように肩口へ頭を預けた。
「……ここにいてくれ。狭くて暗くて不自由だが、此処なら、俺は帰ってこれる」
『…はい』
「俺も、お前の体温、嫌いじゃない」
(…この、感情は…)
箱庭の羊は君を待っている。
群青。
fin
羽目殺しの窓の向こうの色。
誰もが焦がれる色。
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