旧:短編まとめ
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《サヨナラだけの僕と貴女に》
※安室夢というべきか、降谷夢というべきか
※名前変換のできないオリキャラが出ます。しゃしゃり出ます。
生まれてこの方、物事をストレートに進められたことは一度もなかった。
計画を立てても、不器用や運動音痴、引っ込み思案、何かしらの欠点が見事に遮ってきて。
両親他諸々の人々に助けられた回数は数えてもきりがない。
他諸々、というのは。
実家が名家の為、家に仕えてくれていた執事やメイドも含まれる。
そんな人間では駄目だと思い立ち、家を出ることを希望したのは高校入学の時。
社会勉強になるから、と、侍女を1人連れていくのを条件に母が許可をくれた。
…父は大層悲しんだけど。
いや、悲しむだけならいざ知らず、
「ならば、高校を卒業したら直ちに実家に戻り花嫁修業をすること」
と結構な条件を付けてきて。
その時、私はそれが普通だと思い込んでいたため(中学は女子校でお嬢様学校だった)特に異議もなく頷いた。
そうして始まった高校生活。
周囲には大学進学で上京した姉と二人暮らし、と話して過ごしている。
侍女は基本的な家事や保護者としての役割をしてくれる一方、他のメイドや執事に比べて年が近かったこともあって叱るべきところは叱ってくれた。
過度に手も貸さず、かといって突き放さず、時には一緒に買い物をしたり、本当の姉のようで。私生活はとても充実していた。
学校生活も勿論とても楽しかった。
小学校以来の共学で戸惑いもあったけど、蘭ちゃんと園子ちゃんという友達に恵まれ、打ち解けるのに時間はかからず。
一年生の時は蘭ちゃんの幼なじみだという工藤くんのおかげで、少し同年代の男の子にも免疫がついた…と思う。
男の子はサッカーと推理が好き。
「雨月!二年生もクラス一緒だね!」
『うん!蘭ちゃんも園子ちゃんも一緒で良かった』
「工藤くんも一緒で良かったね、蘭」
「べ、別に…!」
賑わう春、しかし程なくして工藤くんはあまり登校しなくなった。
なんでも、難事件を追ってるらしい。
そこから今年は目まぐるしく、蘭ちゃんの元に工藤くんの親戚だという小学生がやってきて、園子ちゃんに彼氏が出来て……私は、初めて恋をした。
蘭ちゃん達とお喋りするのによく利用していた喫茶ポアロに、新しく入ったスタッフの安室さん。
サンドイッチもコーヒーも美味しく作れて、優しくて、時折お茶目で、かっこよくて、今まで会った人の中で誰より素敵な人だった。
「いらっしゃい、今日もコーヒーですか?」
『は、はい』
「私と蘭も」
『3つですね』
にこり、と。音の出そうな笑顔を向けられて、心臓が飛び出しそうな程脈うつ。
「…雨月ってさぁ、わかりやすい」
『え?』
「うんうん、大好きですって顔に書いてある」
『ええ!?』
ひっそり、ひっそり想ってるつもりだったのに、二人はニヤニヤと私を見つめて
「確かにかっこいいよね、安室さん」
ズバリと言い当ててしまった。
『…っ、内緒、内緒です』
自分のことのように楽しそうな園子ちゃんと蘭ちゃんに、しーっと人差し指を立てる。
「おや、内緒話ですか?」
『ぴゃっ!』
そこへコーヒーを持った安室さんがやってきて、変な声を出してしまった。
ああ、恥ずかしい。
「ガールズトークってやつです」
「それはそれは。交ぜて、とはいかないですね」
「いいですよー、ね?雨月?」
『うぇっ!?や、あの、』
「はは、遠慮しておきます。さて、これは僕からのサービスです。試作品ですのでお代はいりません」
それから、小さなクッキーが6枚乗ったお皿を出してくれる。
「安室さんが焼いたんですか?」
「ええ。まだ改良の余地ありですが、女の子の意見も聞きたいので、遠慮せずどうぞ」
「良かったね、雨月」
『な!…あ、あぅ…』
「…?クッキー好きなんですか?」
「大好きだよねー?」
『うぅ…はぃ…』
園子ちゃんも蘭ちゃんも、意地悪だ。
でも悪意がある意地悪じゃなくて、安室さんが私に興味を持つように誘導してくれてる。
優しい意地悪。
『もう…蘭ちゃんも園子ちゃんも…』
安室さんがカウンターの内側に戻ったのを確認して、彼女達をじっと睨む。
「ごめんごめん、だって雨月奥手そうだから」
「お膳立て…というか、応援させてよ」
『ありがたいですけど…ちょっとヒヤヒヤしました…』
「だからごめんて」
「ほら、私のクッキー1枚あげるから」
「私のも」
結局、安室さんのクッキーは私が4枚食べて。
「本当にクッキー好きなんですね」
なんて。クッキーの子認定されてしまった。
「いらっしゃい、今日は1人ですか?」
『あ、はい、あの、待ち合わせで…コーヒー頂いてもいいですか?』
「どうぞ。お一人なら、良ければカウンターへ」
『は、はい』
足げく通う頻度、週2、3。
お小遣いの殆どはポアロのコーヒー代に消えていて、それに友人を巻き込むのは気が引けるので、頑張って1人で来ることもある。
「待ち合わせ…彼氏ですか?」
『か…っ!?』
「あれ、外れました?…じゃあ、お姉さん、ですかね」
『な…なんで』
「これでも毛利探偵の弟子、ですから」
にこり。惚れ惚れする笑顔で安室さんは推理を披露する。
「蘭さんや園子さんとの待ち合わせなら学校で済みますし、まあ、蘭さんはこの上の階に住んでますから論外ですね。店に入るまでもありません。彼氏…と思ったのはソワソワしてるように見えたので。お姉さん、は消去法です」
『…流石です』
「これも推理なのですが…夕方ここで待ち合わせということは、お姉さんは学校帰りですね。以前大学進学で上京と言ってたので。…時間的に待ち合わせの内容は買い物でしょうか。仲良しですね」
『…はい』
全部、当たり。
姉…もとい侍女は家にいるけれど。誰と待ち合わせ…と聞かれたらそう答えるつもりでいた。
私が用意した言い訳が、全て見破られてしまうなんて。
『安室さんは、何でもわかってしまうんですね』
「そんなことはありませんよ。いくら探偵でも情報無しに推理はできません」
『はあ…』
「貴女について他にわかることは…ポアロのコーヒーがとても好きなこと、くらいですかね」
『…え?』
ゆっくり飲んでいた、安室さんが淹れてくれたコーヒーのカップを、両手できゅっと握る。
「高校生のお小遣いなんて、毎月せいぜい5000円くらいでしょう。貴女は月に10杯はこの450円のコーヒーを飲んでいる…となれば、お小遣いの殆どが消えてしまうでしょう」
『……』
「それでもいい、と思ってもらえる程美味しかった…というのは自惚れですかね。単にお金持ちのお嬢様ということも考えたんですけど、それならまあ、変な話、ここまで飲みに来なくても…と」
どうですか?
と屈んで視線を合わせられたことに驚いて、ときめいて、恥ずかしくて。
声も出せず小さく頷いた。
「そうですか、そんなに気に入って頂けて嬉しいです。さすがにケーキやサンドイッチはサービス出来ませんが…クッキーでしたら」
ニコニコと、小さなお皿に小さなクッキーが2枚。
絞り出し型で、綺麗な白色。バニラの甘い匂いがする。
『…わあ!ドレッセ・バニーユ』
「よく知ってましたね、余程のクッキー好きとみました」
『あ…あぅ』
「遠慮なくどうぞ。余った材料で、遊びで作ったものですが」
とても。とても嬉しかった。
余った材料とは言え、クッキーにしてくれたこと。
『…いただきます』
お客さんと店員さん、それ以下でもそれ以上でもないけれど。
甘くて甘くて、素敵な時間だった。
「お嬢様…牛歩にもほどがあります」
『でも、でも!今日は二人で話せました!』
「…何ヵ月通って、その成果ですか?」
『うう…』
姉もとい侍女の雨月さんに報告したら、ため息を吐かれた。
「…その時『コーヒーじゃなくて、貴方に会いたいから』と言えれば100点だったのですが」
『…思い付きもしませんでした』
「そこがお嬢様らしいところです。欠点ではありませんから、落ち込まないでください」
優しく雨月さんは微笑んで。
それから暫く考えこみ、徐に口を開いた。
「…しかしその男…余り良い印象ではありませんね」
『え、なんでですか!クッキー焼いてくれましたし、近所の子供を守ってくれたり、優しくて正義感のある人です』
「そこですよ、お嬢様。優しくて、正義感ある賢い男が、こんなにヘビーローテーションで店に来る高校生を唯のコーヒー好きと推理しますか?」
私に投げ掛けられた質問の意図が解らず、首を傾げる。
「お嬢様は初めてクッキーを出して貰えた時、既に顔を覚えらえる程の常連でした。その時、他の友人達に茶々をいれられているのも当然聞いていたでしょう。して、それからさらに密に通うお嬢様に気づけば…少なからず自分に好意を寄せてるのでは?と考えると思うのです」
『…え、いや、でも』
「特に、お嬢様は顔に出ますので」
『あぅ…』
「それを踏まえての本日です。そこまで推理しておいて、女子高生が毎月の小遣いを全額コーヒーに費やしてると結論付けたのか。理解不能です」
言われてみれば、確かに、そうかもしれない。
途中まで、全て見透かされてるみたいだったのに、最後…
顔を近づけられて、それどこじゃなかった。
(はぐらかされたの?)
「…お嬢様、あくまで私の意見です。その男は、貴女の好意に気づかないふりをしている、気づいていてかわしている、そのように見受けられます」
冷静になって、浮き足だっていたものが地に着いた。
私はこの恋のスタート地点から、まだ一歩も動けていなかったのだ。
それに気づくことすら、一人ではできない私。
「………ですが、お嬢様は旦那様と高校を卒業したら花嫁修業をすると約束なされております。命短し恋せよ乙女。全力でぶつかりましょう」
そんな私を、雨月さんは笑顔で励ましてくれた。
もとより、どうこう成りたい恋ではない。
ただただ好きなのだから、その思いは全力でもよいだろう。
『…ありがとうございます』
雨月さんが他の侍女の方と違うところ。
他の方は父と母の意見が優先。「旦那様がそう仰っています」というのに対し、彼女は私を対等に扱ってくれた。
「お嬢様は如何なさいますか?」その言葉は彼女しか口にしない。
まあ、私も大概両親の意見に反することはないので大事になったことはないけれど。
そんな彼女が、翌日私が学校から帰宅すると、とても渋い顔で佇んでいた。
『…雨月さん?』
「お嬢様、旦那様からのお手紙なのですが…」
『何か悪いことが?』
手渡された紙には、癖のある父の字が並んでおり
『縁談?婿養子!?』
私が高校を卒業した暁には、経歴素晴らしい輩を見つけたのでそれを婿養子としたい。婿がくるんだから、花嫁修業も入籍してから追々で構わない。
できることなら高校を辞めて家に帰ってきてほしい、駄目なら実家から通える女子高に編入でもいい。
そんな内容だった。
「……お話が急すぎます。まして、高校卒業まではお戻りにならないお話でしたのに」
私を嫁に出さなくていいのも大きかっただろう。
そして、私を非常に可愛いがってくれた父が選んだ人だ。好い人に違いない。
それでも。羽影家に生まれた意味を、初めて酷だと思った。
そして、安室さんを諦めろという啓示だとも思った。
後戻りできなくなる前に踏み留まれ、という。
『……このお話は、お相手とお話してから考えようかと思いますが…実家に戻るのはいいかもしれませんね』
「…!」
『もとより高校生活のみの自由という約束でしたから。…叶いもしない夢を見続けるよりは、断ち切る機会と猶予があるだけ救いです』
昨日、あんなに甘かったクッキーのように。
噛み締めたらホロホロと崩れてしまうのが恋というもの。幸せというもの。
…それを感じることができたのだ、米花町で過ごした日々にも意味はあった。
「…それで、よいのですか?」
『………友達ともちゃんとお別れしたいので、2年生は全うしようと思いますが』
「お嬢様…」
その日々に、自分なりに区切りを付けようと思う。
高校生活は楽しくて、充実していて、新しいことばかりで。
宿題に悩んだり、友達と放課後に遊んだり、…人並みに片思いをしたり。
とてもとても幸せだった。
そんな日々をくれたのだ、父にも母にも感謝こそしても、恨みがましくなど思わない。
…ポアロには、後1度だけ、行こうと思う。
叶う叶わないを抜きにして、あの人の笑顔を目に焼き付けたいから。
そういう、素敵な笑顔だから。
!!安室のターン!!
探偵としてポアロで働く日々に、一つ変化がやってきた。
雨月、という女の子が頻繁に来店するようになったこと。
友人と来る彼女の会話で小耳に挟んだ情報は
・大学進学で上京した姉との二人暮らし
・共にバイトはしていない
・住んでいるのはアパートではなくマンション
・そのマンションは高級住宅街にある
…一介の女子高生にしては豪勢な暮らしに疑問を抱いて、万が一と調べたらすぐわかった。
かの有名な資産家、羽影氏のご息女だ。
姉妹がいるという情報はないので、姉とは恐らく侍女とかそんなあたり。
社会勉強でもしているのだろう。
なんせ、世間知らずというか、反応が初で。敵でないことは明らかになったけど、ある意味、僕の目にはとても普通の女子高生には見えなかった。
「クッキー、美味しかったですか?」
営業トーク、営業スマイル。
そんな僕に対して、彼女は真っ赤になって視線を泳がせる。
『…ぁ、はい、とっても…お、美味しかった、です』
紅潮した頬からは恥じらいを、鞄の紐を握り絞める白い指先からは緊張を感じて。
もっというなら、泳ぐ視線は時折僕を見つめて。眩しいものを視るように目を細める仕種に気づいてしまえば。
(これは…ひょっとして)
恋された、と認識せざる得なかった。
(羽影氏の娘、というカードは押さえていて損はない…が)
彼女なりの必死のアプローチ、蘭さんや園子さんからの誘導を見れば、確信したようなものだったけど。
(僕、は安室であると同時に、降谷でありバーボンだ)
自分の感情より優先すべきものはいくらでもある。
(特別な誰か、は在り得ない)
それに応えようとは思わなかった。
(思わなかった、よな)
手元にある、焼き上がったクッキー。
バニラの匂いをさせた、白くて可愛い絞りだしのそれを見て、ため息が出そうになった。
(何してるんだ、僕)
今日は、恐らく彼女が来る日。
多分、1人で。
「いらっしゃいませ」
ほら。
いつもは好きな席へ、と通してしまうけれど、今日はカウンターへ案内した。
羽影氏の娘であることの確証、今の暮らしが社会勉強なのか、あわよくば羽影家の動向…聞きだそうと思って。
その前菜に、今日の彼女を推理した。
まあ、姉云々は言い訳として用意したものだろうけど、何だって構わない。
きっかけにさえなれば。
『何でもわかってしまうんですね』
ただ、余りに純粋に、尊敬した、憧憬の眼差しを向けられて。
素性を推理するのが憚られた。
「貴女について他に解ることは…」
だから、コーヒーが好き。
なんて、コナン君でもいたらさぞ盛大にオレンジジュースを吹き出しただろう、自分でも苦しい言い訳をした。
そうでもしなければ、
「僕が好きなんですか?」
とすら言いそうだったのだ。
バニラみたいに可愛い匂いで、クッキーみたいな可愛い音で笑う彼女。
特別では、あり得ない、彼女。
そんな葛藤を嘲笑うように、事態は変わる。
羽影家に、婿養子として縁組みされる予定の男がいる…と、情報がリークされた。
…しかも、ブラックリストでマークされてる奴。過激派宗教組織の、資金繰り担当だと思われる。
挙げ句、
「いらっしゃいま…せ」
情報が入ってから2日後、来店した彼女は泣き疲れたような顔をしていた。
顔は蒼白いのに目元だけがやけに赤い。
『…コーヒー、ください』
「はい」
『あと、サンドイッチも』
「珍しいですね。何がいいですか?」
『……安室さんの、オススメで…』
この感じは、縁談を受けることにして、最後に…みたいな心構えだろうか。
……全然諦められそうにないけど。
食い入るように僕の手元を見つめて、出されたサンドイッチを噛み締めるように味わって。
まるで、最後の晩餐。
『…っ!?』
「そんな、悲しそうに食べないでください。お口に合いませんか?」
カウンターに座る彼女と僕だけの店内。
頭をそっと撫でれば、はっとしたように目を見開いて。
丸くて澄んだ瞳と目が合えば、途端涙の膜が張って、あっという間に決壊した。
『…っ、好きです……好きっ、でした…』
トリガーを引いてしまったのだろう。
決壊したのは涙だけでなく、絞り出される声。言葉の最後は嗚咽にまみれて聞き取りずらい。
「お口に合いませんか?」の返事として受けとるには、無理があった。
「…サンドイッチの話、ではなさそうですね?」
『ごめんなさい……言わないつもりだったのに…っ』
カウンターに腕をついて、目線を合わせれば。彼女は一つ瞬きをして。
口元を歪めて本格的に泣きながら語り出す。
彼女の自由は高校生活のみで、今年をもって退学する予定なのだという。
大切に育ててくれた両親の意向に沿いたいから、縁談も受けるつもりでいると。
(その縁談の相手が、ちょっと訳ありなんだよな)
「…なら、こうしませんか?期間限定、契約彼氏。契約内容は…そうですね、お互いの関係は周囲に秘密…で、どうでしょう。婚約者がいるのに他人と付き合うのもタブー、僕が未成年と付き合うのもタブーです。お互い、秘密の方が都合がいい」
『限定、かれし?契約…?』
「高校生活は自由なのでしょう?青春の思い出の1ページくらい作ってもいいんじゃないですか?僕だって、君との思い出が作れるわけですし、WinWinです」
『……』
彼女の性格上、押されたら断れない。
僕の頼みなら、なおのこと。
「貴女が3年生になるまで、僕の彼女になりませんか?」
『……本当に?』
「ええ。それとも、僕がこんな嘘を吐くとでも?」
『あ……あぁ、なんて、こと』
「決まり、ですね」
数ヶ月の契約彼氏。
その間に、婚約者という男を捕らえてしまわなければ。
(さて、どうしたものか)
彼女の婿養子(仮)を、捕らえる方法は数少ない。
というか。彼女が僕と恋人ごっこをして時間を稼いでいる間に、他のメンバーに捕らえてもらうようになるだろう。
……事が動いてしまう前に、止められればそれでいい。
だから、風見たちに任せておけばそちらは大して問題ないだろう。
問題は、目の前の彼女だ。
彼女から聞きたい情報、裏付けしたいことは山ほどあるのに。
距離を縮めるには随分時間がかかりそう。
なんせ
「じゃあ、今週末にデートしましょう」
と、あの告白の後誘ったら
『いきなりデートなんてそんな!あの、こ、交換ノートとかからで…』
ときた。
(携帯電話がこれだけ普及してて、交換ノートなんて今も機能してるのか?)
あまりに途方のない時間がかかりそうだったから、無理矢理デートの日程を組んで今に至る。
「何を飲みますか?ここのカフェはコーヒーも紅茶も美味しいですよ」
待ち合わせに使った隣町の喫茶店。目の前に座る彼女は、借りてきた猫の如く縮こまっていた。
『…………あ、安室さんのオススメで…』
「オススメ…でもいいですが、君の好みが知りたいです。悩んでいいですから、自分で選んでください」
そんな彼女にドリンクメニューを広げてみせれば、暫く視線を泳がせて。
ふと、一点を見つめて止まった。
「それにしますか?」
『え、あ、……はい』
自家製イチゴミルク、練乳入り。
(コーヒーが好きな訳じゃ、なかったのか)
「じゃあ、僕もそれにします」
『え、コーヒーじゃないんですか?』
「それは、僕の台詞なんですが」
『……』
「まあ、僕の場合コーヒーだと、どうしても評価をしてしまいますので。仕事とデート、割り切りたいじゃないですか」
驚く彼女に一つ微笑みかけて、苺牛乳を2つ注文する。
『……』
「今の僕の推理は2択。コーヒー以上に苺が好き、若しくはコーヒーが苦手。答えはありますか?」
『……後者です』
(ん?コーヒーが苦手ならなんで……)
「つかぬこと聞きますが、なぜ、ポアロではコーヒーを?メニューにはソフトドリンクもありますし、コーヒーよりジュースの方が値段も安いのに」
飲み物が運ばれてくるまでの間、彼女に首を傾げて見せれば。
困ったように、凄く恥ずかしそうに口を開く。
『ジュースは、注いだらお仕舞いでしょう?…………少しでも長く……』
安室さんが調理してるのを見ていたくて
安室さんが触れていた物を飲みたくて
安室さんが居るお店に居たくて
『…気持ち悪い、ですか』
ぽつり、ぽつりと。
懺悔のような面持ちで彼女は呟いた。
彼女自身が気持ち悪くないか、と訊ねている通り。ストーカーの行動と似ていなくもない。
そもそも、ストーカーのそれは片想いの過剰のようなものだったりするし、紙一重である。
……少なくとも僕は、それをいじらしいと捉え、好ましく感じた。
「まさか」
苦手なものを我慢してでも、目的に近づこうとする…その強かさは悪くない。
『良かった………あの、確かにコーヒーは苦手なのですが、安室さんのコーヒーは美味しいんです。……本当にお上手なんですね、凄いです』
その割には鈍い。
そしてずれている。
(そこは、僕が作ったコーヒーだから…って解釈するところだろ。惚れた弱味とか……なんで僕の力量の話になるんだ)
「……。気に入って頂いたなら何よりです。まるで、君の特別ですね」
デート、ならばこのくらい浮わつかなければ。
渾身のスマイル。甘い台詞。
時間は限られている、彼女を利用するためなら労力は惜しまない。
『…ええ、安室さんは、私の特別です』
鈍い癖に、ずれている癖に。
素直にそんな言葉を吐いてみせた。
恥ずかしそうに、嬉しそうに。
眩しそうに目を細めてはにかんでみせた。
「………っ。それ、は。ありがとうございます」
ウェイトレスの、イチゴミルクお待たせしました、の声で会話が中断される。
美味しそう、可愛いと目を輝かせる彼女に勧めながら、自分もストローをくわえた。
(…僕は、君を特別には出来ない)
(調査対象、監視対象、それ以上でもそれ以下でもない)
「美味しいですね、イチゴミルク」
『はい!とても』
なのに、彼女が苺牛乳ごときで顔を綻ばせたのが気にくわない。
僕のコーヒーは美味しかったんだろ?
それより幸せそうな顔をするなんてどういうことだ。
「………。それでしたら、ポアロのメニューにも加えましょうか?」
『え、あ、それは…大丈夫です』
「いいんですか?イチゴミルクなら切ったりミキサーにかけたり、僕の手間もかかりますけど」
『お気遣いありがとうございます。でも、ポアロには、貴方と貴方の作ったコーヒーとサンドイッチがあれば十分ですから』
ああ、振り回される。
突き刺さる程の好意を向けられてるのはわかるのに。それでも確認したくなる。
その好意が前提の契約彼氏なのに、提案したこっちが欲してるなんて。
「…………そうですか。はは、嬉しいですね」
馬鹿らしい。
「飲み終わったら映画でもみましょうか。それとも、ショッピング?」
そんな、胸中人知れず逡巡する僕の提案を、彼女ははにかんで振り払ってしまう。
『…何処へでも。私は、貴方の事がもっと知りたいです』
そのニュアンスは。
僕と居られれば、何処か特別な場所へ行かなくたっていい。そう捉えられる。
「それは、僕もですよ」
情報を聞くために距離を縮めようとしていたけれど、お互いの情報を交換しないと距離が縮まらない。
……それは、当然のことだよな。普通に生きていれば。
『…ふふ、ありがとうございます』
「?」
『変ですか?好きな人に興味を持って貰えるの、嬉しいじゃないですか』
「……君は、思ってた以上に純粋ですね」
『安室さんは、思ってたより、なかなか分かりにくい人です』
「はは、すみません」
だから。
結局僕達はそのカフェでひたすら話し込んだ。
昼時になったら店を変えて、またそこでも話し込む。
「安室透」とはどんな人物なのか、こんなに丁寧に考察、解説したことはなかったし、これからも無いだろうという程。
勿論、これ以上他人を事細かに推理…ではなく理解する日も来ないだろうと思うくらいには彼女の話も聞いた。
『……、安室さん、もう1つ質問してもいいですか?』
「なんでしょう?」
『……………なぜ、私と期間限定とはいえ、恋人に?』
夕刻、彼女は申し訳なさそうに、そう紡いだ。
確かに、僕は「君との思い出が作れるから」としか言わなかったな。
「………野暮ですね。せっかく片思いの人に告白してもらえたのに、断れない縁談が来ているなんてオマケがついてたんですよ?」
『…!』
「契約、限定、とでもつけなければ手放し難い」
(僕、は。君と契約がしたかった)
(安室は。君と恋人になりたかった)
「また、デートしましょうね?」
『……はい』
(いいだろ、これで)
(悪では、ないだろ)
契約してからも、彼女は変わらず毎週2回来店する。
決まってカウンター席に座り、コーヒーを一杯たのみながら。
『安室さん、あの、予定のない日はありますか?』
「そうですね…探偵の仕事が入らなければ来週末は」
『よければ、その…』
「君は真面目ですね。デートのお誘いに良ければも悪ければも無いですよ。会いたい時に会いたい、一緒に過ごしたい時や場所が有ったら誘う。なんの遠慮もいりません」
僕たちの他は誰もいないポアロの店内。
少しだけ声を潜めて笑いかければ、彼女は嬉しそうにはにかむ。
『安室さん……』
「惚れ直しました?」
『…っ、はい!』
なんてことない、この時間が、やりとりが、特別だった。
「本当に、真面目で素直ですね。それで?来週末…土曜日はどうですか?」
『私は全然大丈夫です!』
「では土曜日に」
普遍こそ、何よりかけがえの無いもの。
そう痛感する。
「降谷さん、例の男ですが…黒確定です。奴が羽影グループを出入りするようになって金が動いています」
だから。
その特別を守るのが、僕だ。
「…武器の調達に使うだろう。現場を押さえる、上も末端も全部まとめて囲むぞ」
「羽影グループの中に仲間がいる可能性は?」
「ある。娘の話だと、会長に助言をして発言が通るのは長年の執事と秘書、風水師らしいから、その3人は見張るべきだろう。…俺は娘をそちらに近づけないよう動くから、頼んだぞ」
風見達の働きで、宗教組織がテロを起こそうと企てていること。
組織に金が流れていること。
密輸の界隈で武器が集まっていることを知る。
……もう、彼女との時間も長くない。
終わらせなくては。
×
×
Gift
サヨナラだけの僕と貴女に
冬が終わる頃。…彼女との契約が切れる間際。
「…さあ。叩きだそうか、僕らの日本を蹂躙する悪を」
羽影グループに根を張ろうとしていた宗教団体は、拍子抜けするほどあっさりと尻尾を出して。
関連していた密輸組織から、他グループの横領、他諸々の悪事が芋づる式に発覚したのだ。
「……なんて浅はかな行動を。よくこんなんで今まで救道師が勤まりましたね」
首謀者を捕らえれば、奴はニタニタと気味悪く笑って。
「我らには神のご加護がある!逃げも隠れもしない!」
気が触れているのだと理解に容易かった。
そんな騒動があって。
羽影家は婚約破棄、使用人から全スタッフの取り調べなど慌ただしく。
そんな時期に編入、退学では落ち着かないから、彼女は今の高校を卒業することになったそうだ。
『安室さん…あの、実は…』
「…婚約、破棄になりましたね」
『!』
「僕はこれでも探偵ですよ?君が羽影家の一人娘だということは知ってました。…でも、ご令嬢ではなく、普通の高校生として過ごしたかったでしょうから…黙ってましたけど」
ポアロを店じまいして。
薄暗くなる店内で、彼女を見据える。
「………ですが、これで契約は終了です」
『…っ』
婚約がなくなった以上、彼女は淡い期待をしただろう。
僕と契約ではない、恋仲を。
「君と付き合って、わかったんです。…僕には、特別な誰かがいてはなりません。探偵という職業柄、君を人質にとられることも考えなければなりませんし、酷い真実を伝えなければならない時もあれば嘘を吐かなければならない時もある。……それは、僕が望む関係ではありません」
最初から、こうやって終わるつもりだった。
何ヵ月も前から用意していた台詞なのに、彼女の潤む瞳を見ると、声が震える。
「でも、忘れないで頂きたいことがあります。安室透が…本気で君に恋していたこと。これは、紛れもない事実ですから」
降谷零は、彼女を手放すだろう。
自分の為に。
安室透だって、彼女を手放す。
けれど、それは、彼女の為に。
彼女を利用して仕事をしようとした癖に、いざ手放そうとしたら、視界が滲む程…それだけ、もう、特別になってしまっていた彼女を。
そんな僕に、彼女は涙をポロポロこぼしながら微笑む。
「…っ!」
『私、不器用なので、これからも安室さんが大好きなままです。ずっと、ずっと、大好きです。……幸せな時間を、ありがとうございました』
必死に笑っているのに、涙は止まるどころか止めどなく溢れて。
そういえば僕は、その小さく震える肩を抱いたこともなかった。
手を繋いだことすらなかったと思い出す。
「………一体、いつから、雨月は僕の特別だったんだ」
程好い距離でのスキンシップ、ハニートラップとしては常套手段なのに使えなかった。
不用意に触れるのが憚られるくらい、彼女を意識していた。
『安室さん…?』
「僕としたことが、名前を呼んだのも初めてですね。ハグどころか手も繋げなかった…」
契約彼氏だなんて、僕は彼女に、恋人らしいことは何もしてあげてなかった。
『…いいんです。最初に安室さん、言ってたじゃないですか。"契約でもなければ手放しがたい"って。…手を繋いでしまったら、離したくないと願ってしまったでしょう』
「……」
『今なら、今だけは、聞き分けのいい私でいられます。…さようならを、しましょう』
真面目で、素直な彼女は。
駄々を捏ねるでもなく、僕を困らせまいと、尚も必死に笑っている。
悲しい、寂しい、素直に涙は零れ落ちるというのに。
契約だから、約束だから、と真面目に守ろうとしている。
(…惚れ直したのは、僕の方だった)
「……ええ。さようなら、です」
真っ直ぐな君が、真っ直ぐ生きていける国で在るために
fin.
???
「…あまりお嬢様を泣かせないで欲しいのですが」
「僕だって好きで泣かせた訳じゃありませんよ」
「でしょうね。わざとでしたら赦しません。…というか、貴方の方が未練があるのでは?」
「………」
「お嬢様曰く、もう片想いを忘れようと縁談を承知するような真似はしないそうですよ」
「………賢明ですね」
「…馬鹿ですか?」
「…何がです?」
「″私、不器用なので、これからも安室さんが大好きなままです。ずっと、ずっと大好きです″」
「…!!」
「未練の清算、何年先でもいいのでしてください。お嬢様は真っ直ぐですからね、何年なんて単位はものともせず想い続けると思いますよ」
(まさかお前がメイドだったとは)
(警察学校以来ですね)
(なんで卒業したのに警察してないんだよ)
(………向いてないので。私、誰か1人を守る事には長けてますが、皆を、とか、国を、などは興味なくて)
(……辞めて正解だな、雨月)
(ええ。今の生き甲斐は雨月お嬢様だけ。……ですから、もしものときは、お覚悟を)
end
オマケ
『…っ、』
「そんなに緊張しないでください、取って食ったりしませんから」
『は、はい、』
僕と彼女の数少ないデートは、ドライブが多かった。
なんせ、彼女との契約は公安として仕事をするためだから、バーボン側…組織にバレるのはまずい。
かといって、18歳以下との交際は社会的にNG。降谷側…公安にだって「娘を説得して思い止まらせてる」としか伝えてない。
本当に、「安室」だけの秘密だった。
ともなれば、米花町、杯戸町での行動は憚られ、人の多い場所へは行けなかったから。
……冒頭は、僕の車の助手席に座った彼女へ放った言葉だった。
「特にご希望が無ければ、海岸沿いを走って…海水浴には遅いですが浜辺でも降りましょうか」
『はい!今年は海へ行っていないので…是非』
「そうでしたか。僕も今年の海は初めてです」
助手席で固まる彼女は、海が見え始めると窓に釘付けになる。
彼女の家柄ではどんな景色も別段珍しくはないだろうに。
「海、好きなんですか?」
『あ…はい、そうですね。好きです、というより、あまり来たことがないのでドキドキします』
「…?ご家族と夏休みに遊んだりしないんですか?」
『うちは、両親が忙しくて。海に来たのは姉がこっそり連れ出してくれた数回だけなんです。…ふふ、ドキドキするの、そのせいかもしれません』
「では、今後はドキドキする理由に″秘密のデート″が入りますね」
『~っ!』
「ほら、運転してる僕の分まで見てください」
見なくてもわかるほど、隣の彼女は焦って恥ずかしがって、一頻りあたふたしたあと。
窓にかじりつくように外を向いてしまった。
(随分と、初な反応をしてくれる)
青く広がる空、続く海。
彼女の目にも、それは自由な色として映るだろう。
彼女の赤く染まった頬とのコントラストが可笑しかった。
「さすがに人も少ないですね」
『少ないというか、二人ぼっちです』
「そこは、二人っきり、と言いましょうよ」
『あ、あぅ…』
適当に車を停めて、浜辺へ降りる。
僅かに足が砂辺埋もれる感覚と、潮風が耳を撫でていく感じが、海だなぁと、漠然と…かつ確実に思わせた。
彼女は足を砂にとられながら、目を細めて周りを見渡していたけれど。
海へ向かって歩く最中、今度は言葉に気を取られたらしい。
『きゃっ!』
砂浜へ、ぺしゃん、と。
尻餅をついた。
立ち上がろうとするのだけど、慌て過ぎて上手くいかない。
ジタバタ、とでも言おうか。
ちょっとドジで、不器用なその動きが可愛らしくて。
「お隣、お邪魔しても?」
僕は隣に座りこむことにした。
『あ、もちろん、です…』
「座った方が海との目線が近くていいですね。…君との目線も同じになりますし」
『…っ!』
ズボンが砂だらけになるのも気にならないくらい、真っ赤になる君から目が離せなかった。
『…安室さんは、私をドキドキさせるの、上手でズルいです』
「狡い、ですか?」
『…私、ばっかり…と…』
「おやおや。僕だって、君にはドキドキさせられていますよ」
(……今は、安室だから)
『本当に?』
「ええ。君を助手席に座らせるのだって緊張したんですから」
(彼女に素直でも、許されるだろ)
(…いや、許されたい、だな)
僕らは、水平線を眺めて、とりとめのない話をした。
二人だけの海辺はどこか異国みたいで。
彼女がいるだけで、世界の見え方が変わってしまうのだと、胸中、嘲笑する。
(…だから、特別はダメなんだ)
(伝染する…)
彼女が特別になったら、彼女と見たこの海も特別になる。彼女が乗った助手席も、彼女が好きなクッキーも。
大切なものが、切り捨てられないものが、どんどん増えてしまう。
『あ…』
「おや、夕立ですね。…走りましょう」
急に暗くなった空から、雫がポタポタと降って来て。
車のドアを開ける頃には激しい音を立て始めた。
『すみません、シート、濡らしちゃって…』
「構いませんよ。僕のタオルしかありませんが、髪くらいなら拭けるでしょう。どうぞ」
『ありがとうございます。あ、安室さんも。私のハンカチ、どうぞ』
「ありがとうございます」
タオルとハンカチを交換して。
僕らは笑い合った。
「なんで交換したんでしょうね、僕達」
『本当ですね、ふふ、可笑しい』
何にも囚われず、何もかも忘れて。
ただ、ただ、笑うことができる。
降谷にも、バーボンにも許されない、特別な存在と普遍的な日常。
安室が手に入れたそれらを、己の手で終わらせなければならない。
(わかってたじゃないか、最初から)
(何を今さら)
「さあ、風邪を引かないうちに帰りましょうか」
『……はい』
「そんなに残念そうにしないでくださいよ。また、出掛けましょう?今度はコスモス畑とか、高原でピクニックとか」
あからさまに悄気た彼女に、車のエンジンをかけながら笑いかける。
「今日を長く楽しむのもいいですけど、体調を崩して君がポアロに来れなくなってしまうのは、寂しいじゃないですか」
すると、彼女は頬を染めて、コクコクと無言で何度も頷いた。
…言葉にできない、という感じだろうか。
「では、帰りましょう」
僕だって。
君を帰したくないと言えたら。
どれだけ良かったか。
end