旧:短編まとめ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
《二度と会わない筈の貴方は》
※原作「赤白黄色と探偵団」を挟みます。事件そのものは素通りですが、アパート火災を話題に入れております。
初恋は叶わない。というのは、どうやら本当らしい。
失恋だって青春の醍醐味かもしれないけど。それならば尚の事、フラれるとか告白するとかいうイベントも体験したかった。
それらを飛び越えて失恋してしまった理由は。
「シュウ、…赤井は…来葉峠の事故で……死んだわ」
想い人がこの世を去ってしまったから。
私の初恋である、2年間の片思いは。
「詳しくは教えてあげられないの。ごめんなさい」
たった10秒の死亡報告で幕引きとなってしまったのだった。
(赤井さん…死んじゃった…)
(そんなの、嘘…)
(ああでも、ジョディ先生も…凄くつらそうだった)
(本当…なんだ…)
じくじくと蝕むような痛みが、胸に広がっていく。
その痛みはやがて、胸にぽっかりと大きな穴を作って。
塞ぎ方がわからない私は、ただただ、その傷を、大事に大事に抱えていた。
ただ、抱えた傷が大きかったから。
小さな私の腕ではそれ以上何も手をつけられず。
学校に行っても上の空、登校できない日も増えている。
ご飯も美味しくないし、作る気力もない。
そんな日だ。
突然玄関のベルが鳴って。
「隣に越してきました。沖矢昴といいます。どうぞよろしく」
彼が、訪ねてきた。
顔も声も、何もかも違うのに。
一瞬、赤井さんが頭を過って。
私は返事もできずに固まってしまった。
「えっと、失礼ですが高校生ですか?ご両親は?」
『…あ、はい。あの、私一人です』
「そうですか。私は大学院生で…同じ学生ですね。何か困りごとがあればお互い様という事で、お願いします」
『…ええ』
にこやかな表情と爽やかな声で挨拶を済ませて立ち去った、沖矢さん。
なんで赤井さんを思い出したのだろう。
似てるのなんて、身長くらいなのに。
(…!…思い出した、なんて、忘れてたみたい)
大事に大事に抱えてた傷から、知らないうちに"赤井さん"が零れ落ちて。
傷ごと、無かったかのように、消えてしまう…?
(…忘れたくない、あの人を…!)
恐怖が一瞬で体を駆け巡った。
血の気が引く自分の体躯を抱き締めて、玄関にそのままうずくまる。
零れ落ちてしまった彼を拾い集めては、また、傷口に戻すように。
…最初に会ったのは、2年前だ。
高校に上がる直前の春休み、誘拐されそうになったのがきっかけ。
道を教えてほしいから、と知らない車に乗せられそうになっていたところを
「今来た道に交番があっただろう?それを素通りして、人気がない道に来てからわざわざ子供に道を訪ねるとは…誘拐と思われても文句言えないな」
と、割って入ってくれた。
「お嬢ちゃんも知らないならはっきり断った方がいい。うっかり犯罪に巻き込まれるぞ。なあ?」
睨み付けられた運転手とその相方は震え上がって、
「用心棒がいるなんて聞いてねぇぞ!」
という捨て台詞と共に逃げていった。
『あ、あの!ありがとうございました』
「何、大したことじゃない。偶々見かけた事件を未然に防いだだけさ。…ちょうど、君くらいの妹がいるから、見過ごせなくてね」
鋭い視線を若干緩ませて私を見下ろしたその人は、綺麗な緑色の目をしていた。
『…』
「それにしても用心棒か。君はどこかのご令嬢かね」
『…え、えっと』
簡単に名乗ってはいけない、と。防犯教育は受けていたから。一瞬言い淀んだ。
けれど、助けてくれた方への礼儀を優先すべきと判断した私は
『羽影雨月と申します。この度は、助けて頂きありがとうございました』
しゃんと背筋を伸ばして名乗った後、直角以上に頭を下げて礼をした。
「羽影…ああ、もしかして羽影グループのお嬢さんか」
『はい。あの、どうかお礼をさせてください』
「別に構わないさ」
『だ、駄目です。貴方がいなければ、一体どれだけの人に迷惑をかけたことか…』
「気にするな、大人としての役割だ」
『でも…!』
お礼をしたい私と、頑なに断る彼の押し問答が続いて。
とうとう彼が折れた。
「わかった。で、君がしたいお礼とやらはなんだ」
『…あ……えっと、うちで、お茶でも?』
しかし、内容まで考え至ってなかった私はそこで狼狽える。
「クク、お茶でも、か。親切に応えたい気持ちはわかるが、初対面の人間を自宅に呼ぶのは…些か不用心だな」
『…そうですか…。あの、それでも…』
「君も粘るな。そこまでいうなら…そうだな、少し手伝ってほしい」
表情は変わらないのに、少し困ったような、子供をあやすような雰囲気で彼は1枚の紙切れを差し出す。
『…赤井、秀一さん?』
「ああ。ちょっと特殊な仕事なもんで、いつでも繋がる連絡先ではないが…渡しておく」
『…?』
「君と同じくらいの妹がいると言っただろ?普段会えない分誕生日プレゼントくらい送ってやりたいんだが、如何せん若い者の流行には疎くてね。君が好きなものでも周りで話題になってるものでも構わない、気が向いたら教えてくれ」
名前とメールアドレスらしい英数字の羅列を渡された私は、一瞬フリーズした。
生まれて初めての、親族以外の異性の連絡先。
同級生の男子ともろくに話せない私が、こんな素敵な男性と話してる!
『ーーー』
素敵な。
自分で気づいてしまったら、鼓動が急に早くなって。
顔が熱い。言葉が出ない。
「お嬢ちゃん?」
『あ、あ…か、必ず連絡します!』
「そうか。なら、セキュリティのしっかりした媒体を使ってくれ」
一目惚れなんて、少女マンガの世界にしかないのだと思ってた。
けど、この胸の高鳴りは。
恋、ではないだろうか。
心をぎゅっと握られるような、苦しくて、甘くて、暖かなあの感覚が。
私の初恋だった。
実際にメールしたのは、翌日。
今私が好きなもの。
ぬいぐるみ、本、お花
今私がほしいもの。
軽い折り畳み傘、大人っぽい靴、書きやすいペン
友達と話題にしてるもの
新作のお菓子、ペンギンのキャラクター、ヘアアクセサリー
お礼も書き添えて、思い切って送信したそれ。
返事が来たのは一週間後だった。
「妹は運動が好きで、やんちゃな性格だが、気に入ってもらえるだろうか」
悩む言葉と、勉強をしろ、という意味合いでペンを買おうかと思うという文が規則正しい文字列で並んでいる。
それは、赤井さんの真面目で優しい人という印象を深くした。
それから、妹さんは私とは正反対の性格なのかも、と思った。
『ペン、大切にできていいと思います
運動をなさるなら、バスソルトなんかどうですか?疲れも取れて、色も見た目も可愛いのが多いです』
喜び勇んでメールの返信をする。
あんな、素敵な人の役に立ててるのかと思うと、浮き足だって仕方なかった。
今度の返信は10日程経ってから。
「売り場がファンシー過ぎて、一人で買いに行けなかった」
と、ペンとバスソルトの案を採用してくれたという内容のもの。
同僚の女性に頼むのも、からかわれそうで面倒だ。オススメの通販サイト等はあるか、とのこと。
同僚…そういえば、赤井さんは何の仕事をしてる人なのだろう。
それはともかく、通販などは使ったことがなく、かといって、「知りません」と言ったらこのメールは終わってしまう。
(どうしよう…)
今回は、その日のうちに返信が書けなくて。
翌日、晴れて通うことになった高校でも、休み時間ともあれば考えていた。
「なーに、そんな眉間寄せて」
『え、眉間寄ってました?』
「凄く考えこんでたよ、どうしたの?」
高校生になってできた友人、園子ちゃん蘭ちゃんがお昼休みに寄ってきて。
かいつまんで事情を打ち明ける。
異性が苦手で、ことごとく逃げてきた私よりは、幼馴染みのいる蘭ちゃんやフレンドリーな園子ちゃんの意見を仰ぎたかったから。
「そんなの簡単よ。誘えばいいじゃない」
『誘う?』
「私が一緒に選びに行きますよって」
『え、え!』
「むしろ、その一言を待ってる気がする」
「通販云々は、ワンクッション置きたかっただけかもね」
ただ、まさかそんなアクティブな意見とは予想してなくて。
そんなの、断られちゃったらメールも出来ないのに。
「本当にその場しのぎでメアドくれたんなら、一回のメールで済ませてるでしょ。わざわざ返信しなきゃいけない返事くれたんだから、もっと強気でいきなさい」
その台詞が、他人事じゃなくて、本気で言ってくれてるとわかった私は。
『通販は利用したことがないのですが、オススメのお店はあります。私で良ければ、一緒に行きませんか?』
その場でそう打ち込んで、二人に見守られながら送信した。
「いいなぁ、方や王道の幼馴染みに方や少女マンガ級の出会いでしょ?私もロマンほしいわぁ」
「だ、だから新一はそんなんじゃないって!」
羨ましそうにため息をつく園子ちゃんと、慌てる蘭ちゃんは。
その後もからかいながら、私を応援してくれた。
それからまた10日、胸を焦がして待っていた返信は。
「君に迷惑じゃないならお願いしたい。仕事の都合で空いてる日が少ないんだが、この中に都合のいい日はあるか?」
なんと、承諾だった。
慌てて、どの日でも大丈夫です、と送信し。
それしか伝えてないことに気づいて、また慌てて
『迷惑どころか、また会えるのが嬉しいです』
と、追加送信した。
…送信してから、妹さんへの誕生日プレゼント選びを出しに使っているようで申し訳なくなって。
それに加え、素直に会いたい旨を伝えてしまったのが恥ずかしかった。
あれよあれよと決まって行く、待ち合わせ場所、日にち、時間。
それから全く決まらない、当日の服装。
(可愛い服を…やっぱりスカートで)
(でも、清楚に…派手じゃなくて…動きやすくて…カジュアルな…)
まさかドレスで行くわけにも行かないし。
と、自室のクローゼットとにらめっこしていたら。あっという間に約束の日になってしまったのだ。
(変じゃないかな…)
当日、約束より30分も早く待ち合わせ場所に着いて。
ソワソワとスカートの裾を気にしたり、ブラウスの袖を弄ったりと落ち着かない。
一緒に行くと決まった時は、それは嬉しくてふわふわとした甘い気持ちで一杯だったけど。
今や逃げ出してしまいたいくらいに緊張している。なんならいっそ、吐き気がするくらいに。
「ほう、随分早いな」
『ひゃっ…!あ、あ、あ、あ…』
そんな時、後ろから声を掛けられて。
振り向けば、待ち焦がれた赤井さんが立っていて。
出すべき言葉を完全に見失った。
「落ち着け。ほら、深呼吸」
『は、はい。すーー…はーー…』
「素直でよろしい。今日は時間を割かせてすまないな」
『いえ、あの、だって、お礼、したかったので!』
バクバクと高鳴る心臓を抱えたまま、緑色の瞳を見つめる。
ああ、なんて綺麗。
「助かるよ、なんせ中々会わないから趣味も好みもよく解らなくてな。しかも年頃とあっては、なにがいい?などと迂闊に聞けん」
『サプライズが好きな人もいますよね』
「君は違うのか?」
『え?あ、そうですね…私は、その人が私を考えて選んでくれたものなら何でも嬉しいですし、大切な人なら、一緒にいてくれるだけで幸せです』
「…」
『あ、その、私の両親は忙しいので、当日に祝って貰えるって中々無かったんですよ。だから、、えっと、、、大丈夫です!お兄さんが選んだプレゼント、妹さん、喜びますよ!』
「…そうか」
緊張しすぎて、逆に口が回る。
言わなくていいことまで言った気がしないでもないけど、赤井さんは咎めるでもなく、「案内してくれ」と促した。
それからは、本当にあっという間だった。
緊張しっぱなしだったから余り覚えてないけど、手が触れそうな距離でプレゼントを選んだり、店員さんに「可愛い彼女さんですね」なんて言われて顔から火が出そうになったり、挙げ句それを赤井さんは否定せず「ええ」なんて笑って見せたりして。
一向に心臓の休まらない1日を終えた。
最後に、赤井さんは
「今日のお礼だ。何も気にせず受け取ってくれ」
と、ペンをくれた。
妹さんに選んだのとは別で、『私はこういうのが好きですけど、妹さんへのプレゼントならこっちですね』と、選ばれなかった…私が気に入っていた方を。
『……素敵』
「君が選んだんだがな」
違う。素敵なのは、貴方です。
なんて、それは言えず。曖昧に笑った。
『ありがとうございます。これで、一人でも寂しくないです』
「…?ひとり?」
『あ…高校生の間だけ、一人暮らしするんです。家の都合で自由も少ないし、いい機会だと…』
うっかり口を滑らせた事情に、赤井さんは眉を少しひそめて、低いトーンで口を開く。
「君は…危機感がないな。この前誘拐されかけただろ」
『ええ。でも、だからこそ、実家から遠いここにいるんです。周りには、私立高校の寮に入ったことになってます』
「………はあ。君とは駅で別れようと思っていたが、駄目だ。車に乗れ、家まで送る」
『え!でも、あの、』
「信用ないなら携帯のGPSでもなんでも両親に送りながらでいい、危なっかしくてほっとけん」
『う…ごめんなさい』
きっと、そんな会話をしたから。
私達はこれっきりになることはなく、時折メールして、電話して。
赤井さんの友人だと紹介された人も交えて(まさかジョディ先生とは思わず驚いた)食事をしたり、時にはテスト勉強を見て貰うことまであった。
(赤井さん…)
片思いをし続ける、ギリギリの距離。
仕事が忙しいからいつもコンタクトが取れる訳じゃないけど、必ず返事をくれるメールも、必ず一言気遣う科白を残す電話も、胸を焦がすには十分な材料で。
燻るような火種も、ジリジリと燃えて、彼に会えた日には燃え上がって熔けてしまいそうにすらなる。
綺麗な目が、可愛い癖毛が
低い声が、クールなポーカーフェイスが
キザな台詞が、大好きだったのに。
(なんで、こんなに、霞んでるの)
傷口に戻す思い出は、どれもこれもセピア色で。
『赤井さんと全然連絡が取れないんです…携帯も変わってしまったみたいで、何か知りませんか?私、心配で、怖くて…』
ジョディ先生にそう泣きついたのは、そう昔じゃないのに、それすら、色褪せている。
(赤井さん…会いたい…)
もらったペンは、ずっと持っている。
勿体無くて使えないまま、いつも持ち歩いている。
(おかしいな…これがあっても…寂しい)
元々、赤井さんが亡くなったと聞いてからは余り眠れて無かったけど。
今回は一睡も出来なくて。
(来葉峠…行ってみようかな)
彼が死んだことを、受け止められるかもしれない。
彼が見た景色を見たい。
思考は何も纏まって無かったけれど、何も手につかないなら、思い付いたことはしてみようと思って。
財布と携帯だけ持ってフラフラと外へ出たら、沖矢さんがいた。
「おはようございます。…おや、余り眠れなかったのですか?顔色が良くないですね」
顔を覗き込む仕草が、なんだか懐かしくて。思わずはにかんでしまった。
『ええ。ちょっと考え事をしていて、夜更かしをしてしまいました』
「そうですか。根詰めるとよくないですよ、気晴らしも大切です」
『はい。なので、これから来葉峠に行こうかと…』
「来葉峠…奇遇ですね。私もこれからそこへ行くんです」
『…え?』
「見晴らしがいいので、ぼんやりしたり、考えたり…そういうことをしにいくのですが…良ければご一緒しても?」
『いいですけど…』
そんなことって、あるだろうか。
バスに乗るつもりだったのに、いつの間にか沖矢さんの車に乗っている。
落ち着くようで落ち着かない、他人の車の匂いを感じながら助手席で縮こまった。
つい昨日出会った人の車に乗っているなんて、赤井さんは危機感がないとまた怒るだろうか。
ああでも、私は赤井さんの名前しか知らないのに、随分信用していたな。
「警備の仕事みたいなもの」と仕事すらろくに明かされないままだったのに。
…それでも好きだったんだ。
ただただ好きで、深く知りたいと思うより、少しでも同じ時を過ごしたいと思う、そんな、恋をしていた。
「…さて、着きましたよ。来葉峠」
『ここが…来葉峠…』
「おや。初めて来るのですか?」
『はい……来ておかなければならないと思って…』
思考を巡らせているうちに、車は峠の頂上へ。
道中、沖矢さんは、窓の外の景色を追う私を気遣ってか「眠くなったら寝ていいですよ」と言ったきり無言だった。
今は、一緒に車を降りて、隣り合って峠を眺めている。
つづら折りの車道、所々崖、木々、草原、遠くに街並み。
…赤井さんは、事故にでもあったのだろうか。詳しく言えないとは、仕事は危ないことだったのだろうか。
(妹さんも、きっと、悲しんでるだろうな)
こんな場所で。
誰にも看取られず。
葬儀すら無くて。
(赤井さんも、寂しがっているだろうか)
あのポーカーフェイスのまま。
「来てくれたのか」
なんて、語尾を和らげたりしないだろうか。
(……わからないや。全然)
結局、私は赤井さんの死を受け止めることはできなかった。
忘れたくないけど、この痛みを感じ続けるのは苦しすぎる。
「……冷えますか?」
自分を抱きしめるように腕を回せば、沖矢さんが心配そうに声をかけてくれた。
『いえ…ただ…さみしいと…』
「……」
『ごめんなさい、変なこと言って。どうか私は気にせず』
「…いや、私はもうリフレッシュできました。君さえ良ければ帰ります」
促されて、私はまた沖矢さんの車に乗った。
…赤井さんは、この峠にまだいるのだろうか。一緒に、降りてきてくれているだろうか。
「そういえば、お腹すきましたね」
『え?』
ぼんやりと窓の外を眺めていた私に、沖矢さんはそう呟いて。
「よければご一緒しませんか?一人暮らしの食事はなかなか寂しくて」
と、眉を下げた。
『……そうですね。私も、誰かと食べるの久しぶりです。是非』
なぜだか、沖矢さんには気を許してしまう。
それからというもの、沖矢さんは度々私を食事に誘ってくれた。
外食では私が会計で気を遣うと思ってか、
「作りすぎてしまったんです。良ければいっしょに」
と、鍋いっぱいのハヤシライスだったり、山盛りのスパゲッティーだったりを口実に、夕食に招いてくれることが多かった。
「最近、顔色がよくなりましたね。学校も通えているようですし、何よりです」
『……そうですか?』
「ええ。君は笑っている方がいいですよ。辛い時まで笑えとは言いませんが、周りを幸せに出来る笑顔です。無理に悲しみ続ける必要はないと思います」
『……!』
「推理好きの悪い癖だと思って聞いてください。…君は誰かを忘れない為に苦しんでいませんか?……それは、その誰かの望んだことですか?君が苦しんでまで大切にする人だ、その人も、君を大切に想っているでしょう。私と同じように君の笑顔を望んでいるのではありませんか?」
沖矢さんに言われて、想う。
……優しい赤井さんのことだから、彼を忘れない為に、傷を抉り続ける私を良くは思わないだろう。
沖矢さんに警戒心を解いてしまった私を「危なっかしい」と言いながらも、少しずつ笑えるようになった私を、誉めてくれるだろう。
…………たとえ、恋愛感情は片思いでも、赤井さんが私を気遣ってくれていたのは知っている。……解っていた。
『…………沖矢さんの、言う通りですね。こんな私のままじゃ、合わせる顔も有りません』
「…」
『でも、沖矢さんの言葉だから、受け入れられる私もいます。…まだ、一人では歩けそうにないですが…ゆっくり、頑張ろうと思います』
「………ええ。それでいいと思います」
声色を柔らかに、微笑んでくれた沖矢さんを見て。私もつられて笑った。
″私と同じように君の笑顔を望んでいる″
そう、言ってくれるのだから。
沖矢さんも、私を、想ってくれている人。
応えたい。
そう願ったし。
幸せだ。
とも感じた。
沖矢さんが引っ越してきて暫く。
……アパートが火事になって、私は煙に巻かれて気を失ってしまった。
(…………このまま目が覚めなければ、赤井さんに会えるのかな)
(……………でも………沖矢さん、心配してるかな)
(……………?私、いつから、沖矢さんを…)
『…………!!』
暗転した世界が、急に明るくなった。
いや、閉じていた瞼を、自分で一気に開けたせいなのだけど。
それにしても、白い天井だったのだ。
『……病院?』
見渡せば、包帯だらけの腕に刺さる点滴が見える。
……ナースコールでも、押したらいいんだろうか。
「あ!気がついたんですね!」
そんな折、ちょうど入ってきた看護師さんが気づいてくれて。
医師を呼び寄せると、事情を説明してくれた。
火事に巻き込まれて、熱されたドアノブを取った右の手のひらに深い火傷を。
腕や足など、露出していた場所に軽い火傷をしていること。
煙を吸ったせいで、2日ほど意識不明だったこと。
後遺症がなければ、後2、3日で退院できる…といったこと。
……説明の途中で両親が飛び込んできたので、これ以上詳しくはわからなかった。
「ああ!心配したぞ雨月!無事でよかった!!」
『心配かけてごめんなさい…お父様、お母様』
「ええ。でも、無事で何よりよ」
涙を流して喜んでくれる両親は、私の自慢の家族だ。
「やはり、一人暮らしは心配だ。今、アパートも無くなってしまったことだし、実家に戻っておいで」
「そうね。一人暮らしの時間は、ちょっと減らしてしまうことになるけれど…もう、十分楽しめたでしょ?」
『………』
「学校は…まあ、通えないからな。近くの高校へ編入になるが。あの学園も悪くない」
「貴女なら、すぐお友達もできるわよ」
だからこそ。
こうなったとき、私は……意見できずに口を閉ざしてしまう。
「許嫁の彼も、とても心配していたぞ。優しい奴だ、な?悪くないじゃないか。そろそろ書面での婚約をしたいところだ」
それから、すっかり忘れていた許嫁なんてものを思い出してしまえば。
……選択肢など。無に等しい。
(……そうね。悪くない)
(……赤井さんの面影を、沖矢さんに見てるなんて)
(そんな、失礼な恋をしてるより)
(ずっと、ずっといい…筈)
『………お友達と、お別れをする時間を頂いても?』
「勿論。礼節は大切だからな!」
今度の私の片思いは。
数分の家族会議で幕引きだ。
「そういえば、夕方になったらきっと、お見舞いにいらっしゃいますよ」
『……?友人ですか?』
「え?てっきり恋人かと。眼鏡をかけた、若い男性の方ですよ」
両親が帰って。
担当ナースだという雨月さんが教えてくれたのは、沖矢さんが当日を含めて連日お見舞いに来てくれていること。
当日は血相を変えて飛び込んできたらしい。
「消防士や救急隊の方にも、貴女の所在や容態を聞いていたようなので、とても心配なされてたんだと思いますよ」
『沖矢さん…』
「是非、面会してあげてください」
『…はい』
両親との会話を思い出して、これが、お別れの挨拶になるかと思うと。
余り晴れた気持ちではなかったけれど。
沖矢さんが私を心配してくれていたと聞いて、嬉しくなる自分もいる。
「……!気が、ついたんですね」
『はい。今日の昼頃に。わざわざ来てくださって、ありがとうございます』
実際、沖矢さんを目の前にしたら、どちらの感情も雑ざって、ギクシャクした動きをしてしまった。
「何言ってるんですか。僕の安否を確かめようとしたせいで逃げ遅れたのは解ってます。……無事でよかった…」
『流石推理好き…ですね。私は、沖矢さんが無事でよかったです』
そんな私の手をとって、彼は細い目を一層細める。
「……ええ。お互い命があって何よりです。しかし、嫁入り前の君に火傷をさせてしまいましたね」
手のひらの火傷は、沖矢さんの部屋のドアノブに手をかけた時に出来たものだ。
でも、そんなの気にしなくていい。
『傷物でも、貰い手はいるので大丈夫ですよ』
「……どういう?」
『縁談があるんです。部屋が無くなってしまいましたので、実家に戻るのですが…その際に婚約手続きをしようかと』
幕引きを終えた片思いに、もう告白はいらないだろう。
できるだけ、笑顔で。
彼が、周りを幸せにすると言ってくれた笑顔で。
「沖矢さん、お隣さんとして、とても支えて頂いてありがとうございました。沖矢さんと食べるご飯、とても美味しくて、悲しいのも、寂しいのも、乗り越えてこられました。………お世話に、なりました」
彼と、私の恋心に、さようならを。
「…………忘れてしまいましたか?辛いときまで笑えとは言いませんが、とお伝えした筈です」
『…!』
「それに、君に傷をつけた責任は私がとるつもりです。少なくとも、お隣さんで終わる気はありません」
そんな私の頭を撫でて、彼はベッドサイドに屈む。
「実家に戻るの、止めませんか?私は、君と食事を共にした日々を、ドライブした時間を、手放したくないのです」
まるで、王子様だった。
私を目覚めさせる、王子様。
「私は…君の幸せを願っています」
『……っ』
「だから、君が望まない道を歩んでいるなら、その道から引きずり下ろしますよ。どんな手を使っても」
もしくは、騎士。
私を救ってくれる、騎士。
『………私も、貴方と……っ、居たい』
「ええ。一緒に、居ましょう。大丈夫、ご両親とも、ご友人とも、決別させたりしませんよ」
『…でも、そんなこと…』
「私を信じてください。ね?」
それから、勇者。
それを本当にやってのける、勇者。
『………ここ、工藤君の家…』
「おや、お知り合いでしたか。偶然親戚の子に会って、居候の許可をもらったんです」
退院した私は、沖矢さんと工藤邸に住むことになった。
『コナン君ですか?ふふ、世間は狭いですね』
「………ええ、全く」
沖矢さんがどうやって両親を説き伏せたのか解らないけれど。
言い出したら聞かない父が
「約束は守るものだからな。高校の間は…というのは反古にしない。沖矢君が一緒なら心配することもないだろう」
と、私と沖矢さんの同棲に許可を出したのだ。
『では不束ですが、暫くの間、宜しくお願いします』
「暫く…なんてとんでもない。僕は、状況さえ整えば君と住む家を用意するつもりですよ。居候なんて形ではなく」
『………え……』
「もしかして、伝わっていないのですか?」
けれど、許嫁のことは解決していないと思っていた私に。
沖矢さんは一つ首を傾げて。
それから愉しそうに笑う。
「君が高校を卒業するまでに相応しい男になるのを条件として、婚約を棄却して頂いたんです。書面のやり取りはまだでしたので、結構穏便に済みました」
『え、待ってください、その、それは、つまり』
「……ええ。プロポーズです。受けてくださるでしょう?」
失恋したと思っていたら。
恋人をすっ飛ばして、プロポーズされた。
『…喜んで』
良いことなのか、悪いことなのか。
私は天秤で量ることができなかった。
でも、彼は、信じていい。
それだけは確信できる。
「相変わらず危機感がないな。どうしてそう、何の素性も知らない相手を信用して、プロポーズまで受けてしまうんだ」
『……え?』
「…………と、かの人は言うでしょうね」
悪戯に笑ったまま、彼はそう呟いて。
「大丈夫。時が来たら、全て君に話します。そうしたら、何も心配しなくてよくなりますから」
私の手を、そっと握った。
『…………不思議ですね。貴方の言葉は、信じてしまうのです。…よくは解りませんが…待っています。その時を』
私もその手に応えて、ゆっくり握り返した。
******
『んん、くすぐったいです』
沖矢さんは、私の手のひらにキスをするのが好きだ。
未だ残る火傷の痕に、優しく唇を寄せてくる。
「……この痕を見ると、労らずにはいられないので」
彼は、私がこの火傷をしたのを、とても気にしていた。
本当に見る度、挨拶のように手を取っては、撫でて、さすって、口づけて。
いたわる、というか、癒したい、というのが伝わってくるくらい。
『気にしなくていいんですよ?』
口ではそう言いつつも、私はこの瞬間が好きだった。
工藤邸に居候する以上、また、私が高校生であるうちは。
プロポーズした仲…という行動、過度なスキンシップは控えようという取り決めがある。
だから。この、手のひらへの口づけが、最上級の触れ合いであり、彼の特別だという実感がもてる一時だったのだ。
……好きとはいえ、ただくすぐったい訳じゃない。
最初なんか、腰を抜かす程ときめいた。
勿論、今だってときめきもするし照れもするけど。
「…気にしますよ。私も、炎に巻かれる恐怖は知ってるつもりです」
『……』
「とても、怖い思いをさせてしまいました。…それに、君が失われていたかもしれないと思うと……胸が詰まります」
眉間を寄せ、苦い顔をする彼は。
私の右手を、今も尚も掴んでいる。
「……けれど、そこまで私を大切に想ってくれていたのだと、喜びを感じてしまうのも事実です。……君はとても痛かったでしょうに、酷い男ですよね」
それから、手のひら、指の腹に広がる赤い痕に目線を伏せて。
困ったように眉を下げた。
『……沖矢さん。私は、この痕があるから貴方に触れて貰えます。…き、キスもして貰えます。えっと、だから、……これがあると、私も愛されているのだと実感できて嬉しいから……お相子、です』
そんな顔をしないでほしい…と、私も視線を伏せたまま思うところを告げる。
当然本心だけれど、それ故に恥ずかしくて顔をあげられない。
「…ああ、それは、fifty-fiftyですね」
彼は一拍おいて、そう声をかけると。
視線を上げた私と目を合わせる。
「しかし、この疵が治ったら愛されてるか解らなくなる…ともとれます」
『な、ちが…』
「ええ、勿論そんなことはありません。ただ……早く、」
それから、人差し指をそっと自分の唇に当てて、その指で、私の唇に触れた。
『!!』
「……君と本物のキスがしたくなっただけです」
(ああ!)
(今も燃えるように頬が、熱い)
(煙もないのに胸が、苦しい)
fin
******
「…かの人と、君は恋人だったのですか?」
色々と片が付いたので…と、工藤邸から新居へ引っ越すことになった折り。
沖矢さんは、不意に私にそう聞いた。
『いいえ。…そうだったらよかったんですが、残念ながら片思いでした』
「おや、それは恋敵ということですね」
『……沖矢さんと、同じくらい素敵な人でしたよ。亡くなってしまいましたので、告白もできずに失恋してしまいました』
「………なんと告白するつもりで?」
『…、沖矢さんにそれを告げるのは、失礼ではありませんか?』
「そんなことありません。ライバルに対するちょっとした興味です。彼も、聞きたかったと思いますよ」
それから、そう、催促する。
かの人……赤井さん。忘れたことはない。
今でも大好きで、これからも、ずっと好きだろう。
沖矢さんのことだって、好きなのに。
同じだけの好きを抱えたまま生きている。
『………好きです。…っ………貴方と、もっと、一緒に…居たかった…っ』
強いて違いを言うなれば、沖矢さんへの″好き″は届く。
…赤井さんへの″好き″は、届かない。
「……。ああ、俺も、一緒にいたい」
そう、思ったのに。
『!?!?…その、声…』
「ホォ?声を、まだ覚えてくれていたか」
『あ…、あか…い、さん』
目の前の人が、かの人だったなんて。
「言っただろ?君は何も心配しなくてよくなると」
『…もっと、はやく!早く教えてくれれば…』
「君を巻き込めない事情があったんだ。沖矢を信じてくれた君を信じて、今まで黙っていたし、今伝えられた」
『生きて、るんですね』
「ああ。……なあ、赤井からのプロポーズも受けてくれるのか?」
言いたいことは山ほどあるのに。
赤井さんは、全部ぶっ飛ばしてのプロポーズをしてくる。
『…喜んで』
私の答えなんか、知ってたくせに。
end