旧:短編まとめ
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《優しい故に縛られた貴女を》
「羽影」
声をかけられて、肩が振れた。
それからすぐに、短く深呼吸して振り返る。
『はい、なんでしょう』
そこにいるのは、室内だというのに黒いニット帽を被った、目付きの悪い男性。
FBIの切れ者、赤井秀一…その人だ。
「この男を…防犯カメラの映像で探してほしい。時系列は逆行だ」
『わかりました』
「仮眠室にいる。できたら起こしてくれ」
データの入ったUSBを差し出すと、彼は私のデスクを離れて行った。
その後ろ姿が部屋から出るのを確認して、今度は大きく息を吐く。
『はぁ…』
「貴女って本当にシュウのこと苦手よね。彼は愛想ないけど、悪い人じゃないわよ」
『…ジョディ、うん、それは、そうなんだけど』
「なあに?それとも、好きで緊張しちゃうの?」
『……』
「ジョークよ、そんなに怒らないで」
それを、隣のデスクで聞いていたジョディに揶揄された。
…好きで緊張しちゃう、何て。ピュアな感情だったらどんなに良かったか。
彼と業務連絡をするだけで、深呼吸が必要になってしまう…この感情は
憧憬、羨望、敬慕、思慕、情愛、それから劣等、恐怖、罪悪感。
それらが複雑に絡まったものだった。
『…怒ってないよ、さ、仕事に戻ろ』
USBをパソコンに挿しながら、今度はジョディに聞こえないよう、心の中で溜め息をついた。
絡まる感情の糸を抱えて生活するのは存外苦しい。
羨望や情愛のような、まっすぐな想いですら、今や錆びた針金の如く固く縺れている。
…昔は、そうじゃなかった。
入社したての頃は、赤井さんの、若くしてその能力を遺憾無く発揮するその手腕に、純粋に憧れていた。
確かに愛想はなかったけど、それでも彼の周りには沢山の人がいて、羨ましくもあった。
そのうち私も"沢山の人"の1人になって、彼の下で働けるようになってからは尊敬もした。
もっというなら、仕事であっても一緒にいられるのが嬉しいと思えるくらいには慕っていて。
…ジョディと彼が恋人同士だと知っていても、好きになるのを止められずにいた。
(自業自得、だよね)
それが今や、罪悪感で縛り付けられて、どうしようもないくらいに縺れているのは。
私が、過ちを犯したせい。
*******
5年前、赤井さんと一緒に組織へ潜入した。
宮野明美を中心に活動する彼と狙撃班として活動する私は、顔を合わせることは殆どなく、潜入当初関係を疑われることはなかった。
けれど、狙撃班の私には、人を殺める仕事が回ってくる。
毎回失敗するわけにもいかず、ターゲットを生かす手段も毎回成功するわけではない。
……私は、どうしても、目の前にいるターゲットを撃てなかった。
組織の金を横領した男、それどころか至るところで詐欺を働いていて、FBIとしても放置するわけにはいかないターゲットではあったけれど。
押し入ったターゲットの部屋、そいつと若い女性と幼い子供の……家族写真が何枚も飾られていた。
「…っ、殺さないでくれ!この子に、手術を受けさせたい…組織の金は返す、だからっ…!」
銃口を向けられたターゲットは、金の入ったボストンバッグをこちらへ投げて。
両手を上げて膝をついた。
目視でも、組織から横領された金額と同じくらいはあるだろう。
『…っ、行きなさい』
「!!」
『30秒後、ここに火を付けるわ。車はダメよ、人の多い方へ、静かに逃げて』
そう言って、私は床に向かって発砲した。
ターゲットは無事に逃げた。
けれど、私は任務失敗がバレて組織に追われる身に。
その後FBIだということも露呈し、潜入捜査を離脱した。
…結果、同時期に潜入していた赤井さんも疑われて。
顛末は周知の通りだ。
(あの時、ターゲットを撃てていれば)
どんな理由でも人殺しはダメだ。
それでも、私に与えられていた任務は組織への潜入。
組織として、任務を遂行できていれば…
(赤井さんの取引は成功したかもしれない)
私が、組織に残っていれば、赤井さんの助けになれたかもしれない。
赤井さんが疑われなければ、宮野明美は死ななかったかもしれない。
赤井さんは、大切な人を、失わずに…
(誰かが死ななければならなかったのなら、いっそ)
私さえ 、
私が っ
私なんか !
********
………、私は、大好きな人から、大切な人を奪う一因になってしまった。
赤井さんなら、上手く切り抜けただろう、という劣等。
赤井さんは、私を、恨んでいるだろうかという恐怖。
『私のせいで』と言えるほどの実力も持たない私は、謝ることもできない罪悪感。
好き、だなんて、想うことも許されないだろう。
だって、私なら、私を恨むだろうから。
防犯カメラの映像は駅の構内から始まって、乗った駅、歩いてきた商店街、立ち寄ったコンビニまで遡れた。
その先では見当たらないので、この辺りを拠点にしていただろうと思われる。
『……』
報告に行くのが、憚れる。
彼は私に仕事を頼むけれど、仕事の評価はしない。
結果を見て、報告を受けるだけだ。
(その視線が、苦手なんだよね)
冷ややかに見下ろされているような、物言わぬ視線を投げる彼に。
仕事の出来は期待通りなのか、結果は芳しいものなのか、そんなことを聞くこともできない。
…マイナスの返答だったら、立ち直れないから。
『映像確認、終わりました』
「……そうか」
『地図に詳細は書いてありますが、このエリアが当日で、ここから先は一週間前までの映像範囲です』
「ああ…ご苦労」
今日も今日とて、それだけの報告。
彼がそもそも、私に仕事の情報を与えないのだから、それを踏まえた解析や推察など述べようもない。
なのに、彼は黙ったまま、私を見下ろしている。
睨むとも、見つめるともつかない視線を、ただ、投げかける。
何か言いたいことがあるのか。
私が、何か言わなければいけないことがあるのか。
私はいつもわからなくて。
『…失礼しました』
逃げるように立ち去った。
(…そりゃ、言いたいことはあるよね)
休憩スペースの、一人用のテーブルにカフェオレとお気に入りのチョコを並べながら溜め息をつく。
(…今度は失敗してないだろうな、とか)
(この程度しかできないのか、とか)
(よく、のうのうと此処に居られるな、とか)
カフェインを摂っても、糖分を補っても、心はモヤモヤとするばかりで満たされない。
(…キライだろうな、私なんて)
(いや、赤井さんなら。そんな率直で漠然とした拒絶はしないか)
(………失望、怨嗟、憂戚……諦め、呆れ)
考えても考えても、物事はいい方へ転がらない。
最後のチョコを口に入れて、もう少しゆっくりしてからデスクに戻ろう…と、背もたれに凭れ直した。
その時。
休憩スペースに赤井さんが入ってきて…目が合った。
既に缶コーヒーを手にしていて、こちらに向かってくる。
(…なんで)
(席なんて他にいくらでも…)
彼は、ここで鉢合わせると、必ず私の近くに座る。
今日みたいに、隣に座ることも少なくない。
それでいて
「……」
『……』
ご自慢のポーカーフェイスで私を見据えるだけ。
私から言葉をかけることもできない、物言いたげな…不思議な間。
背もたれに背中を預けた瞬間を見られた以上、すぐに立ち上がるのはいくらなんでも大人の対応ではないと思ったけれど。
(ああ、ダメだ、耐えられない)
手早くテーブルの上を片付けて立ち上がった。
焦ったせいで椅子がガタッと大きな音を立てて、一層焦るし居たたまれない。
振り返らず、小走りで逃げるように自分のデスクに戻った。
「あ、戻ってきた。さっきシュウが書類とデータ置いてったわよ。まとめて欲しいって」
『……了解、伝言ありがと、ジョディ』
「まったく…シュウはすぐ事務仕事押し付けるんだから。貴女も自分の仕事もあるんだから、ダメな時はちゃんと断りなさい?」
『うん、そうするね』
戻ったデスクには、紙束とUSB。
それから呆れ顔のジョディ。
(休憩スペースで、言ってくれれば良かったのに)
(ああでも、本人にも私の挙動がおかしいのは解るだろうし)
(話すの、避けてくれたのかな)
時折渡される、赤井さんの報告書。
さっきみたいな映像追跡、映像解析、諸々確認事項、そういったちょっと重要な雑務なんかも回してくる。
…もちろん、断ったことはないし、これからも断るつもりはない。
少しでも役に立てるのならば、残業だろうが休出だろうが構わなかった。
それが、罪滅ぼしになればいい。
赤井さんは、オフィスのほぼ対角にあたる遠いデスクの私に、わざわざ仕事を頼む。
彼のいいように使ってくれれば、少しは罪悪感が紛れるというもの。
…私の判断が、失敗を招いたのだから、彼の意向に沿い続けるのが、正解。
私が、選ぶべき道。
(それでも、居たたまれないし)
(…そういう、受動的な行動も好かれてないってわかってる)
(好かれたいなんて、今更、望めないけど)
自分の仕事を隅に避け、赤井さんが持ってきたUSBをパソコンに繋げた。
第一優先はこっち。
私の仕事は、夜までやれば終わる。
『……』
纏めたデータを、束ねた書類を、行くべき場所へ届けて。
定時からが私の仕事。
報告書を纏めて、上司のロッカーに入れれば終わり。
半分ほど書き上げて、ふと、視線を上げて、息が詰まる。
『……っ!』
「……」
赤井さんが、デスク脇に立っていた。
「……」
『……』
仕事を、頼むでもなく。
帰りの挨拶を、するでもなく。
彼は、缶コーヒーを片手に黙していた。
(…え…どうしたら)
席を立つわけにもいかず。
かける言葉もわからず。
私は、彼を見つめ返すだけ。
痛いほどの沈黙を破ったのは、赤井さんの、小さな声。
「……無理するなよ」
それから、デスクに置かれる缶コーヒー。
『え』
意外過ぎて、素っ頓狂な声が出る。
それを聞いて、赤井さんは何か言いたげに口元を歪ませた。
けれど、言葉は紡がれず。
尚も彼はそこに立ち続ける。
(な…に?)
(労って…くれた…?)
怖々と缶コーヒーを手に取れば、まだ温かい。
(そうだ、この人は、なんだかんだ、優しい)
嫌われているものだと、思っていた。
私の立場など、雑務を押し付ける都合のいいもので。
仕事以外、無言で近づいてくるのは威圧したいからだと思っていた。
それなのに。
無理するなよ、とは。
彼の声の抑揚では、これからする無理に釘を刺されたのか、今している無理を咎められたのか解らない。
けど、どちらでも構わなかった。
少なくとも、気にかけていてくれる。
(こんな私でも、優しくしてくれる)
(そういうとこ、好きになったんだ)
未だ、私を見下ろして、ポーカーフェイスを続ける彼に、やっと、返事ができた。
『ありがとう、ございます。…これで、頑張れます』
罪悪感や劣等感は、嬉しさで今は鳴りを潜める。
彼の前で、久しぶりに笑った気がした。
「……だから、頑張るな。無理をするなと言ったばかりじゃないか」
『あ…』
「たまには休め。羽影が倒れたら俺も困る」
そしたら、初めて、彼の笑顔が見れた。
…いや、苦笑っぽかったけど。
『……』
「………仕事が多すぎるなら言ってくれ。押し付けたいわけじゃない、優先順位も、相談してくれて構わないから」
『…はい、ありがとうございます』
それで、やっと。
彼の沈黙は、私に言葉をかけようとしていてくれたのだと理解した。
私がいつも、逃げてしまっていただけで、何か、言おうとしてくれていた。
(もっと、そこにいるべき、だった)
(話して、よかったんだ)
(倒れては困る…存在であれたんだ)
「……………羽影」
『はい』
「……お前の優しさは長所だ、欠点じゃない。そんなに、悩まなくてもいい」
『っ!』
「……その判断を間違いだなんて、思わなくていいんだ」
(もしかして、ずっと、これを言うために)
(話すタイミングを伺って…)
(私の近くに、来てくれていた?)
彼の、優しさに、今になって気づけた。
缶コーヒーを両手で握りしめれば、その温もりは彼と同じようで。
涙がハラハラと零れてしまう。
『……っ、あ、かい…さん、私、わたし…っ!』
「いい。お前が苦しんでいたのは、よく解っていたから。もう、いいんだ」
そんな私に、彼は不器用に笑いかける。
「もっと早く言えず…すまないな。羽影を前にすると、どうしても、上手く言葉が出ないんだ」
『………え?』
「……俺にも、緊張する相手くらい、いるってことだ」
それから、そんな言葉を続けた。
私は、その言葉の意味を上手く飲み込めなくて。
キョトンと、彼を見つめる。
私を、許してくれた人を。
私を、心配してくれた人を。
私を、労ってくれた人を。
私に、優しくしてくれた人を。
私に、笑いかけてくれた人を。
私が …好きになった人を。
じっと、見つめて、考えた。
『赤井…さん』
「…………もう、逃げないでくれ。お前と、ゆっくり話したい。………二人で…と言えば、察してくれるか?」
『は…い…』
いつものポーカーフェイスを僅かに崩して、尚も不器用に微笑む彼に。
私は頷いた。
そしたら、
「なら善は急げだ。このまま食事に行こう、その仕事は明日だな」
『え!』
「明日俺も手伝うから、気にすることはない」
『ま、待ってください!』
「ほら、早く」
急に饒舌になった赤井さんは、私をまくし立ててオフィスを出ていく。
(まって、まって)
(善は急げって…私と話すことは、善なのですね?)
(私が察するべきものは…期待してもいいのですか?)
慌てて荷物を纏めた私を、彼はシボレーの助手席に案内して。
運転席に座った彼は、エンジンをかける前に私に向き直る。
「………すまない、店まで行こうと思ったが、抑えられない。……伝えたいことがある」
そして、そう、口を開いた。
fin.
(なあ、お前は、)
(好き)
(だなんてチープな言葉で)
(信じてくれるだろうか)
End