旧:短編まとめ
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《花冷え》
桜が綺麗だと思わなくなったのは何時からだろう。
小さい時は、小さな薄紅の花弁を確かに可愛いと思っていたし。
家族で提灯と屋台の並ぶ夜桜の花見に行った時は心が踊ったのに。
それが今や、桜色というほど色がある訳でもなく、枝の先に固まって咲いたり、幹の変なとこにポツリとついてる蕾を見ては『なんだかなぁ』という感想しか抱かなくなってしまった。
……いや、桜が綺麗で雅だと感じる人間は、危ない組織に属してたりなんかしないんだ。きっと。
なんて、真っ昼間のお花見会場を一人で歩きながら思う。
そんなこと考えるくらいなら来なければよかったんだけど。
たまにはこういう往来に身を置いて表の世界を感じないと、裏の世界が染みすぎて、感覚が麻痺してしまう。
(でもなぁ…花どころか屋台もそそられないし。花より団子にもならない)
会場を一周して。
たこ焼き、焼きそば、お好み焼き…と、ソース味ばかり見て飽きてしまった私は。
(桜のリキュールでも買って帰ろう、その方がまだ桜を愛でられる気がする)
出口…まあ、入ってきたとこだから入り口でもあるんだけど…に向かって歩き出した。
そこを。
「おや、一人で花見に来る人もいるんですね」
よく知った、いけ好かない声に呼び止められた。
『今時お一人様も珍しくないの。用もないのに一々突っかかって来ないでくれるかな』
バーボン。
「一人で楽しめる方が一人で来るんですよ?そんな詰まらなそうな顔でお一人だと、"寂しい人"という感じが溢れ出てます」
『じゃあ、そちらは一人で楽しみに来たと?随分小粋な趣味なのね』
「それほどでも」
食えない男で気に障る。
爽やかな笑顔も、愛嬌のある童顔も、小生意気な面を知ってると腹立たしいだけだった。
「とはいっても、今日は仕事です。安室探偵の尾行調査」
『へー、本当に探偵してるんだ』
「それなりに。どうせ暇でしょう?手伝ってくださいよ」
『嫌よ。バーボンの手伝いならまだしも、安室の手伝いなんて』
「そう言わずに。お花見の中を一人で尾行するのは目立つんです。連れのフリしてください」
『……お一人様も珍しくないんで』
「ほら、僕は一人で歩いてると声かけられてしまいますから」
『…………うざ』
ニコニコと、懐っこく笑われたところで私の胸には響かない。
こういうとこが、もう一般人から遠くなってしまったところなんだろうか。
「ちゃんと報酬出しますよ?屋台のものは全部僕持ちでいいですから」
『やっすい仕事ね』
「僕と恋人気分味わえますよ?一人で回るより寂しくないでしょ」
『………本気で言ってる?』
「まあ、真意を言えば、安室の探偵ステータスはバーボンとして情報を得るために必要なものなので。協力を仰ぎたいところですね」
『………………あっそ。じゃあ、精々私好みの男を演じて頂戴』
「それは、貴女が僕好みの女性を演じれるかに依ります」
『……。ほんっっっとに食えない男』
組織の仕事。と言われたら断れない。
私は、組織の中でもコードネームを貰うくらいには立場がある。
「僕のことは安室か透で呼んでくれて結構です。貴女のことはなんてお呼びしましょうか?まさかコードネームでは呼べませんし」
『そうね。じゃあ、雨月で』
「本名ですか?それとも源氏名?」
『どっちでもいいでしょ。どうせ安室透だって偽名の癖に』
「それもそうですね。あ、因みにターゲットはあの緑の鞄の男です。では、行きましょうか。雨月」
差し出された手を見て、やっぱり引き受けなければよかったと思う。
こいつと恋人のフリなんて、できる自信がない。
『……』
「…。仕事だと、割り切ってくれて構いませんよ。誰か違う想い人だと思って接してくれて結構です」
『心配してくれなくても、仕事だと思ってるわ。……待たせてごめんなさい、行きましょう?』
けど。
引き受けておいて蔑ろにするほど、組織をぞんざいにもしていない。
寧ろ、仕事としては真っ当にやってるから。
彼の手を、出来る限りの笑顔で取った。
「……ええ」
優しく握り返すあたり、彼も恋人を演じるつもりなのだろう。
……全く。なんで私がこんな役。
『…』
「…花見、好きなんですか?」
『…小さい頃によく行ったの。懐かしくなっただけ』
「雨月はどんな子供だったんです?」
『別に、普通よ。……ああ、外遊びは苦手だったわ、体力無くて』
適当な会話を営業スマイルで続けながら目的の人物を尾行するものの、怪しい素振りはない。
時折しゃがんだり、足元を気にする様子がある程度だ。
『……ねえ、依頼内容は?』
「素行調査です。彼の奥さんから、浮気を疑ってるので調査して欲しいと」
『……一人で花見に来てて浮気は無いでしょ』
「ええ。彼は、下見をしてるだけです」
『下見?』
「彼の奥さん、先月事故で足を不自由にしましてね。これからずっと車椅子生活なんです」
『……ふーん。ただのイイハナシな訳』
「はい。ただ事故のせいもあって、奥さんの精神衛生があまり良くないので……些細なことも疑ってしまうのでしょうね。帰りが遅い気がするとか、何か隠してる気がする…とか」
要するに、車椅子の奥さんを連れてお花見ができる場所を探してる訳だ。
しゃがんで、車椅子の高さでも桜が綺麗に見えるかどうか。
足元に大きな段差はないか、舗装はしっかりしているか。
そんなことを確かめているのだろう。
「まあ、お花見に誘うのは彼がサプライズしたいでしょうから…精々僕が報告するのは、誰かと会ってるわけではない。ということくらいですかね」
そんな推理をしているうちにも、ターゲットは公衆トイレに車椅子マークがあるのを確かめて。
満足そうに花見会場を出ていく。
『じゃあ、調査終わりね』
「ええ。確信が持てましたので、これで結構です」
見送る私たちは、ピーク帯を過ぎて疎らになった花見客の中で、その背中を見送った。
「さて、報酬出しますよ。一周しましたけど、何か欲しいものはありましたか?」
『………これといって』
「え?報酬にならないじゃないですか」
私は、繋ぎっぱなしの手を早く解きたいのだけど。
この男は強く握ったまま離そうとしない。
……律儀な奴、ほんと理解できない。
「なら、僕が気になったやつを…」
そう言って、優しく手を引きながら、また桜の中を進んでいく。
「雨月、お花見しましょう」
『……そうね』
バーボンは、にっこりと笑って。
あれもこれもと屋台に寄る。
たこ焼き、焼きそば、お好み焼き…ソース味ばかりで飽きると思ったそれら一連と。
わたあめ、りんごあめ、クレープ、チュロス……なんて甘いもの。
磯焼き、いか焼き、焼き鳥…といった、おつまみ系統。
定番の鶏の唐揚げ、最近ブームのチーズハットグまで買い足して。
『……それ、全部食べるの?』
「食べますよ?飲み物にラムネとタピオカドリンク買いましたけど、どっちがいいですか?」
『………タピオカで』
持ちきれなくなったところで、ちょうど空いていた桜の下のベンチへ腰を下ろす。
「一人で全部…じゃなくて、ちゃんと半分こしましょうね?雨月」
『……半分も食べれない気がするわ』
「それでも、一緒に食べてくださいよ。桜の下で食べる料理は別格でしょ?」
渡される安い割りばし、たこ焼きのパック。
彼は6コ入りのたこ焼きから3つ奪って、隙間に焼きそばと焼き鳥を乗せてくれた。
彼の器は残った焼きそばと、たこ焼き、磯焼きが乗っている。
『……ねえ、今も恋人ごっこ中?』
「そのつもりでしたけど?」
『…………。なら、口開けて。ほら、』
今日はずっと、こいつに振り回されてる気がして悔しかった。
切り分けることができなかったイカ焼きを、口元に差し出す。
少しぐらい、驚いたり恥ずかしがったり、面食らえばいい。
そう思ったのに。
「じゃあ、頂きます」
一瞬驚いたように見えた表情は、すぐに嬉しそうなものへ変わって。
パクりと、イカの耳に齧りついた。
「雨月も、どうぞ」
そして、私からイカ焼きを奪うと、私の口元へ差し出す。
『……どーも』
生憎、恥ずかしいとか、間接キスとか、特に思うこともなくて。
やっぱり屋台のイカは固いなー、くらいの認識で囓った。
「美味しいですか?」
『……ふつー』
「まあ、普通が一番ですね」
それを、やっぱりニコニコと眺めているのだ。
バーボンという男は。
残った料理も、分けながら食べ進めて。
りんご飴やクレープすら囓って交換したのに。
何も思わなかった私は相当トキメキを忘れてしまったらしい。
(安室透は、イケメンで通っててモテモテなんだけどなぁ)
まじまじと顔を見つめてみる。
褐色の肌と青い目、金髪、人懐っこい笑顔。どれもこれも、整っているからこそ。
(完璧に見えるからこそ、信用できない)
「……僕の顔に何か?」
『唇に青のりついてるよ』
「!?」
そんな彼が、珍しく慌てたから。
今の冗談は中々当たりだったようだ。
色男はカッコ悪いとこを見せたくないらしい。
『拭いてあげようか?』
屋台で貰ったおしぼりを手に顔を近づければ。彼は目を見開いて硬直する。
なにその顔、照れてるの?演技?
…ああ、そっか、恋人ごっこ中だったっけ。
本当は頬でもつねって、冗談だって教えてあげるつもりだったけど。
そんなに忠実に演技してくれるなら、ちょっとくらい応えてあげるよ。
それで、少しは面食らえばいい。
『……なんてね』
唇が半分くらいかかるキスをしてやる。
「…っ」
『……いつまで照れてんの。食べ終わったし、これで任務終わりだからね』
目をぱちくりさせて、口元を押さえるバーボンを嗤った。
「貴女って人は…」
『最初に恋人のフリ持ち掛けたのはそっちでしょ。次はもっと可愛いコにお願いすることね』
スルリとベンチから立ち上がって、彼を見下ろす。
秀麗眉目、料理も運転も得意、物腰も柔らか。
……こいつが敵だったら、嫌だなぁ。って、不意に脳裏を過った。
『………、裏切らないでね?…透』
それから、一度も偽名を呼んで無いことに気づいて。最後に呼び掛けたまま、背を向けて立ち去った。
(今日の桜が、ずっと綺麗でありますように)
「……裏切らないでね、ですか」
「それは、また……酷い願いを」
fin