リクエスト1
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《追憶から先へ》
ガチャリ。
ノックもせずに開いた私の部屋のドア。
刑事だったら叱り飛ばそうと顔を上げた瞬間、言葉を失った。
『久しぶり。元気にしてた?』
「な……」
昔からよく知っている顔。
ここにはいる筈のない存在。
『まあ。噂は兼ね兼ね聞いてるけどね』
その人物は、スタスタと自分の部屋のように入って来て。私の目の前でピタリと止まった。
「…私も、貴女の噂は耳にしている」
『あはっ、裏切り者って?』
どこか楽しそうに言葉を返す彼女に、ぐっと口を噤んだ。
「…まあ、悪く言えばそうだろうな」
『ちょっとくらいフォローしてくれてもいいんじゃない?』
笑いながらデスクを離れて、勝手にソファーに座り込む彼女。
「こんな所にまで何の用なのだ」
『何よ、可愛い弟の顔を見に来ちゃいけない?』
「弟、は語弊があるな」
『私からすれば弟よ。怜侍だって、"雨月お姉さん"って呼んでたじゃん』
「…今はもうお互い大人だろう」
彼女は、私の従姉だ。幼い頃から往来があって、少なからず私は彼女に懐いていた。…"雨月お姉さん"と呼び慕う程には。
「で…裏切り者が何の用だろうか?」
『あーあ、いつの間にそんな毒舌になっちゃったの?君のお父さんと同じ職業になっただけじゃない』
「ついこの前まで私と同じ職業だったがな」
『何、同じ職業がよかった?』
「…そんな事は言っていない」
彼女の胸に光る弁護士バッジ。半年前までは、ポケットの中に秋霜烈日の紋章が入っていたというのに。
『いいじゃん、将来の夢取り替えっこしただけだよ』
なんともないように、無邪気に笑って見せる。
「そうだな……」
確かに。彼女は幼い頃から検事になりたいと言っていた。
"おじさんと怜侍君が弁護士なら、私は検事になって、事件の真相を見つけるよ"
その意味がまだ解らなかった私は、何故検事になりたいのか見当もつかなかったが。
『ちなみに、本当に顔見に来ただけだよ。時間があれば紅茶の一杯でも貰って世間話でもと思ったけど』
「…押しかけてきた割には図々しいな」
『お茶うけはちゃんと持ってきたんだよ?』
差し出されるケーキの箱。
白い外枠で、メーカーも店名も入っていないそれには見覚えがあった。
「弁護士はそんなに暇なのか?」
『まあ、個人営業だから。予定も自由なんだよ』
箱の中身はスクエアのショートケーキ。イチゴと生クリームが綺麗に飾られている。
先程の発言になった理由は、それが手作りであると知っているから。
「…懐かしいな」
ぽつりと口をついて出た言葉。
彼女が我が家に来る時はいつも、手作りのケーキを持ってきてくれていた。
『上手になったと思わない?』
「まあ……な」
『ちょっと、褒めなさいよ』
不機嫌な台詞の割に、口調は冗談めかした楽しげなもの。
紅茶の入ったカップを差し出しながら、それに応じる。
「見た目だけ褒めても仕方あるまい」
『昔はウサギ型のカップケーキ喜んでたくせに』
「……あのな」
『でも、イチゴが乗ってるケーキが一番好きだったよね』
ケーキを皿に移して、目線で勧める彼女。
別に、15年以上昔の記憶を辿っても彼女の作るものがマズイという印象はないが。
余りに久しぶりで緊張する。
「…」
『どう?』
「…む。その、美味しい」
きっとあの頃より数段上手くなっている。
スポンジも膨らんでいるし、甘さ加減も丁度いい。
『前はもっと"おいしいっ!"って、目をキラキラさせてたのになー』
「…そうだったか?」
『うん。…でも、美味しいっていって貰えてよかったよ』
ティーカップを持って、にこりとする彼女に、つい、ドキリとした。
きっと、全部が懐かしくなってしまったのだ。
イチゴのケーキも、突然現れた彼女の存在も、その笑顔も、…彼女に抱いていた憧れさえも。
「…」
『怜侍君?』
「あ、ああ。なんだろうか?」
『いや、なんかボーッとしてたから。ごめんね、忙しいとこお邪魔して』
「そう思うなら、次からは連絡してからきて欲しい。というか、検事局でない場所でお願いしたい」
そういうと、彼女は目を丸くして。クスクスと笑いだした。
『じゃあ、次からは君の家に行くから。連絡先と住所教えてくれない?』
「……そうだったな」
そうだ。そこから伝えなければならないのだ。
卓上のメモに連絡先を書いて彼女に渡す。
『じゃあ私の連絡先もあげるね』
手帳を一枚破いて私によこす彼女。
そのまま立ち上がって伸びをすると、ドアに向かって歩きだす。
「帰るのか」
『あんまり長居していい立場じゃないからね』
「そうだな。……次は…」
ふとフラッシュバックする光景。
………
「お姉さん、もう帰るの?」
『うん、遅くなっちゃうから』
「…、次はいつ来てくれる?」
………
まるで同じだ。
間の開いた私に、彼女は楽しそうに笑みをこぼす。
『今度は、怜侍君から会いに来てくれてもいいんじゃない?』
「…!」
いつの間にか、彼女を追い抜いていた身長。その差を背伸びで埋めながら、ポンポンと頭を撫でていた。
「…では近いうちに伺おう」
『あはっ、楽しみにしてる』
背伸びをやめて、見上げるように見つめる彼女に、やっぱりドキリとして。
『来る時は連絡頂戴ね。間に合ったらウサギ型のケーキ焼いといてあげる』
「いや、普通ので構わないが」
『普通、ケーキそのものを遠慮しない?』
「貴女の図々しさが移ったのだろうな」
『ひどいなー』
笑ってるあたり、彼女も解っているのだろう。
全てが冗談で交わされた言葉だということも。
全てが本心から生まれた言葉だということも。
私が彼女の焼いたケーキが好きなことも。
ケーキなど会いに行く口実に過ぎないことも。
全部。
「それでは…また」
『うん、また。…あ、一個宿題出しとく』
「ム!貴女は本当に…」
『私の呼び方。決めておくこと』
「…ぐっ!」
やはり。お見通しだったようだ。
『私は"雨月お姉さん"のままでいいんだけどね』
"じゃあ"
反論する間もなく、スルリとドアの向こうに消えた彼女。
もう子供ではないのだ。
雨月お姉さんなどとは口が裂けても呼べない。
かといって、今さら苗字で羽影さんなんていうのもおかしい。
雨月さん…が妥当だろうか。
彼女に会わない間も、だされた宿題のせいで。
あの、楽しそうに笑う顔が離れなかった。
(怜侍君、大きくなったね)
(あんまり格好よくなってたから)
(ちょっとドキドキしちゃったよ)
Fin.