花と蝶 番外
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《爪と唇に色を》
料理をよくするので、手元の装飾品は少ない。
真君がくれたブレスレット、時々指輪…くらい。
指輪もほとんどはネックレスのトップとして首もとにある。
そんな私は、マニキュアが好きだ。
それでも手指の爪に塗るわけにもいかず、足にペディキュアを施している。
お気に入りは桜色。派手さは無いが健康的。他にも、赤、紫、エメラルド、黒、キラキラ、等々。100円ショップで買い集めるのが密かな楽しみだったりする。
『んー…塗りムラ、なくならないなぁ』
けれど、手先の器用さはその楽しみに見合わない。
ソファーの上で体を丸めて、淡いピンクの液体を塗るのだけど。
これが中々綺麗にいかないのだ。
料理ができれば器用かといえば、やっぱり違う。
「……お前、その色好きだよな」
『うん。自然な感じがいいの』
「赤も買ったのに減らねぇのは?」
『赤は大人っぽすぎて…気恥ずかしい』
お風呂から上がってきたホカホカの真君が、私の足下と化粧セットを覗き込む。
それから私の前に回ると、カーペットに座って除光液を取り出した。
「塗ってやるよ」
『え、』
「1回落とすぞ」
コットンに除光液を染み込ませて、彼は親指の爪を撫でる。
まだその爪しか塗ってなかったから、あっという間に落とされてしまった。
本当は、下手なりに自分でやりたかったのだけど。
膝をつくように座った真君が、おとぎ話の王子様や騎士に見えてときめいてしまって。
しかもお風呂上がりの彼の手は温かく、
踵を支えるように添えられたのが心地よかったから…
断る術を失ってしまったのだ。
『…お願いします』
「ふはっ、仰せのままに?」
私の心を読んだかのように、わざとらしい口調を使って。
あまつ爪先に口付けまでした。
『…っ!』
「でもまあ、折角塗るんだから…普段使わないのを、な?」
恥ずかしさとトキメキに襲われた私は、近くにあったクッションを抱き抱え、行き先の無くなった手で握りしめる。
それをものともせず、真君は赤い液体の入った小ビンを手にして丁寧に塗り始めた。
(上手……)
なめらかに動かされる刷毛で、私の爪は綺麗に色づいていく。
ムラもないし、はみ出しもない。
それでいて手早くて。
思わず見入ってしまった。
「さて…足は終わりだな」
『"は"…?』
「どうせなら手もと思って」
足の爪を塗り終わった彼はその赤を仕舞うことはせず、一歩進んで膝をついたまま私の手を取った。
それからやっぱり、指先にキスをする。
「さあ、お手をどうぞ?」
『…はい』
何だって私の王子様はこんなにかっこいいんだろう。
壊れ物を扱うように手を添えられて、優しく支えられる指。
その爪を、あの赤が滑るように染めていく。
片手が終わると、クッションを抱き抱えている訳にはいかなくなって。
石のように固まったまま、残った左手の爪が赤くなっていくのを眺めていた。
「出来た」
ふっ、と。乾かすように息を吹き掛けて、彼はやっとその赤を仕舞う。
『ありがとう、凄く綺麗…』
「それは俺の台詞だろ?…綺麗だ」
『っ!もう…』
それから、私の顔を見てそんな歯の浮くような言葉を紡ぐ。
しかも、立ち上がって額にキスまでしてくれた。
今日の王子様はちょっと度が過ぎてる。
心臓が持たない。
お返しというか仕返しというか、とにかく口付け返そうと思って。腕を伸ばそうとして気づいた。
…マニキュア、まだ乾いてない。
ぐ、と。身動いだ私に気づいた真君は、愉しそうに笑う。
「折角だ、口紅もしようか?」
なんでこんな時間に…
――夜中だったのだ。夕飯も終わって、真君がお風呂から上がったら寝るだけだったのに――
私は粧しこむことになっちゃったんだ。
化粧セットから口紅を見つけた彼は、これも使ってるの見たことないな、とやっぱり笑う。
…普段は、口元の化粧も崩れ易いから色付きリップくらいしかしない。
ただ、その口紅は…真君に釣り合う"女性"になりたくて衝動買いしたのだ。
真っ赤な、深い紅色のルージュ。
それを言うのは恥ずかしくて、きゅっと口を結んでいれば。
彼にとってはそれも面白かったらしい。
ふはっ、と吐息を溢して私の顎をそっと支える。
「そのまま…動くなよ」
唇の端から、中心に向けてスティックを動かして。
上下とも塗り終えたら、薬指でトントンと叩いて馴染ませてくれた。
『…』
「…、いいぜ?」
『真君、どこで口紅の塗り方なんて覚えたの?』
「あー…母さんがやってたのを何回か見た。後は、こうすれば綺麗に出来そうだと思っただけ」
メイク落とし用のウェットティッシュで薬指を拭きながら、真君は思い出すようにそう話した。
頭がいいとこんなことにも活かせるらしい。
『そうなんだ…ねえ、この色似合う?』
鏡を見ていなくて、小首を傾げて聞いてみた。
が、なんか不味かったみたいだ。
ヒクッと口端をひきつらせた真君の
「ああ…滅茶苦茶そそる」
という言葉で、煽ってしまったと解る。
(この色は、当たりだったのか)
でも、大人っぽく見られたくて選んだ色だから、この反応は期待通り。
『ふふ、さっきまで王子様だったのに』
「ふはっ、そうだったな」
急に獣の目をした彼に、今度は私が笑えば。
彼も同じように笑って、言葉を正す。
「よく似合ってる…食べてしまいたいくらいに」
正したところで、内容はあんまり変わってない。
でも、
『貴方に食べられるなら本望よ、私の王子様』
(そろそろマニキュアは乾いただろうか)
そんなことを思いながら、私は真君の首に腕を周したのだ。
嗚呼、赤い花のなんと麗しいことか。
fin