花と蝶 番外
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
《and half:2019はなたん②》
ヒロイン視点
急いで服を脱いで、急いで体を洗って、湯船に浸かった。
服を脱ぐとこ見られるのも恥ずかしいけど、体を洗ってるとこもあんまり見せたくないから、いつもより手早く。
……一緒にお風呂なんて初めてで、ドキドキする。
(あー…かっこよかったなぁ、真君)
湯船に肩まで浸かって、ふと、今日を振り返った。
試合前半、観察…彼の言葉で言う「解剖」の為の視線を盗み見ていた。注視するその鋭い瞳は、近くのものを分析するように、遠くのものを眺望するように、煌々キラキラと輝いて。
解剖結果を考察して、作戦としてメンバーを納得させていく。
真剣な声色、静かな声量で少し荒い言葉。
それでいて、確かな説得力を持つ文章。
その上で張り巡らされたクモの巣に、餌がかかったときの嬉しそうな顔。
伸びやかな腕、切り返しの速い脚。
ボールが離れていく瞬間の、しなやかな指先。
(本当、何回見ても惚れ直す)
(いや、惚れっぱなしだから、益々惚
れる…かな?)
なんて、一人でニヤニヤして、湯船に浸かってまだ数分なのに逆上せそうになった頃。
脱衣場に入ってくる音と、布擦れの音。
いよいよ、と思って、さして広くもない湯船で縮こまった。
「ふは、そんなに恥ずかしいか?背中向けててもいいが、顔くらいこっち向けろよ」
『ひぅ!』
「あと、そんな端寄らなくても大丈夫だぞ。洗ってから入るし、少しは体伸ばしてろ」
浴室に入ってきた真君は、背中を向けてた私の首を、指先でつついて。
見上げた私に笑いかけると、赤い液体をお湯に溶かした。
『うわぁ…すっごい、バラの匂い』
「気に入ったか?」
『うん!お湯も、綺麗な色になるね』
ローズガーデンにいるような濃いバラの香りと、花びらを溶かしたようなほんのり薄紅色のお湯。
濁りのない、透き通った色味がまた美しい。
「じゃあ、これも気に入ると思うぜ?」
お湯を見つめる私に、彼は何か丸い塊を渡す。
『なに?これ』
「お湯に沈めて見ててみな」
言われたとおり、手のひらに乗せたまま湯に浸して。胸の前でそれを抱えた。
すると、塊は徐々に膨らんで。
周りから1枚1枚剥がれるように、花びらの形を成して。
ゆっくりゆっくり開いたその花は、ぷっかりと水面に浮いた。
『可愛い…綺麗…』
「気に入ったみたいだな」
それを凝視している間に、真君は私を抱えるように湯船に入ってきた。
ああ、この花で体洗う時間稼いでたんだ…上手だなぁ、そういうの。
『うん。とっても…ありがとう』
「どうも」
脚の間に座る私は、真君の肩に頭を預けて寄りかかる。
『んふ、ふふふ』
「なんだ?」
『ううん、なんでもないの』
「?」
『ただ、なんだか嬉しくて。恥ずかしいけど、やっぱり、私は真君が居れば幸せなんだなぁって。しみじみしちゃった』
恥ずかしい。は、確かに消えてない。
彼の胸と私の背中は一糸纏わず密着してるし、お湯は半透明でボディラインなんか見え見え。
ごく一般の羞恥は、存在してるのだけど。
背中越しに真君の鼓動が伝わってくるのが、耳元で囁かれる声はおろか呼吸すら、愛しくて。
それだけ近くにいられることが、幸せだと思ってしまう。
「…そうだな。俺も、お前が居ればそれでいいや」
『……っ!ぅ、ん』
「なんだよ、人には散々言うくせに、自分が言われれば照れるのか」
『だって、真君、あんまり言わないから……』
「…まあな。今日は甘やかすって決めたから、できるだけ素直に行こうと思って」
『~っ!』
「おいおい、言葉だけで逆上せんなよ?髪洗ってやるから、少しあがれ」
ぽぽぽぽ、と。顔に熱が集まって。
見透かしたように真君は笑うと、私を風呂椅子に座らせる。
『じ、自分で洗えるから…』
「人に洗ってもらうと気持ちいいってきかねぇ?俺はそうでもないけど。ま、騙されたと思って」
彼は私の髪をお湯で流して、私のシャンプーを手のひらにとった。
…どこかで練習したり、洗い方を調べでもしたんだろうか。シャンプーを馴染ませる指が、地肌を滑る指がとても心地いい。
「痒いところはありますかぁ?」
『ん…ぅ…』
「ふは、どっちだよ」
『無いけど…気持ちいいからもうちょっとやってほしい、です』
「お望み通りに」
頭皮を揉むように、耳の後ろ側とか首の上とか洗ってもらうのが、すごく気持ち良かった。
意識してないだけで、案外洗いにくいとこなんだろうか。
「さ、流すから、目ぇ閉じろよ」
シャワーの音が近づいて。
髪に指を通しながら泡を流して貰う。
「そのまま閉じてろよ、トリートメントしちまうから」
今度は泡の立たないそれを、髪に馴染ませるように指を通す。
くすぐったいような気もするのに、やっぱり心地好さが勝った。
『…真君、』
「ん?」
『美容師さんになっちゃ駄目だよ』
「なんねーよ。ってかな、お前の髪じゃなかったら他人の髪なんて触りたくねーから」
『ふふ、よかった。こんな上手でカッコいい美容師さんいたら、絶対女の子殺到するもん。絶対ダメ』
「…、ばぁか」
『えー?あ、そもそもバスケしてるときがカッコいいんだから、プロ入りしたらファンクラブとかできちゃうよね、どうしよ』
「それもしねぇから。俺のファンはお前だけでいいし。…ほら、シャワーかけんぞ」
最後は照れ隠しのように、早口で。
お湯が頭から心地いい圧で降り注いでくる。
『はぁー、すっきりした。ありがと』
「どういたしまして。さ、温まり直してから出てこい」
『…?真君は、あがっちゃうの?』
「なんだ、やっぱりお前は着替えを見られんの趣味なのか?」
『なっ、違うよ!でも…』
「先に上がって、夕飯用意してるから。カッコつけさせろ、バァカ」
ちゅ、と。軽く額に唇を寄せて、彼は浴室を出ていった。
(い、今ので逆上せそうなんだけど…)
(もうちょっとしてから、出たほうがいいよね?)
(……ぬるいシャワーでも浴びよう)
浴室から出て、タオルで体を拭いて。
それから、いつもの部屋着を着ようと、Tシャツとショートパンツを探す。
『…!』
声に、ならなかった。
いつも、着替えを置くスペースに、1着のワンピース。
白くて柔らかな生地、小さなフロントボタンは良く見ると花の形をしてる。
袖の長さはリボンで調節できて、裾や襟には柔らかなフリルがあしらわれていた。
端的に、とても可愛いくて、好み。
且つ、こんなプレゼントの仕方は狡い。
浮き足だって、いそいそと袖を通す。
『真君!これ!ありがとー!』
次いで、髪も半乾きのまま、ダイニングに飛び出した。
「………、ああ」
『これ、ルームウェア?外に着ていけそうなくらい可愛いね』
「…駄目だ」
そんな私を、真君はため息混じりに抱き寄せて。
どこか自嘲じみた声で続ける。
「その服は、俺以外の奴に、見せないでくれ」
『…!』
「………、はあ、想像以上に似合ってんな。……可愛いよ、俺のお姫様」
最後、頬に唇を寄せて。
満足げに笑うのが、とても眩しい。
『私の王子様だってカッコいいよ。この世の、誰よりも』
「ふは、そりゃ光栄だ。さあ、お姫様、お席へどうぞ?」
いつもと変わらない、ダイニングテーブルと揃いの椅子へ案内される。
けど、テーブルの上はいつも通りじゃない。
『わぁ…すごい』
真君は、一昨年も去年も、グラタンを焼いてくれた。
私が大好きなグラタン。
最初は、マカロニグラタン。
次が、エビグラタンとコンソメスープ。
料理が苦手な真君が、少しずつ作れるようになってくのは微笑ましい。
それを、私のために練習してるのだということは、嬉しいなんて言葉では足りない。
今年は、
「ポテトグラタン、コンソメスープ、トマトサラダ……だ」
『うん!すごく美味しそう』
「冷めないうちに、な」
『ありがとう、いただきます』
品数が、一つ増えた。
サラダであるトマトは、綺麗な櫛切りで、オリーブ油と塩コショウ、レモン汁がかけられてお洒落。
グラタンも、ほうれん草をソースに混ぜたのか、鮮やかな緑が映える。
スープだって、去年より美味しい。
『彩りが綺麗ね、スープに具も入ってるし』
「…去年は玉ねぎだけだったからな、セロリと人参入れた」
『真君は元々器用だから、切るの上手なだね。全部同じ大きさに切るの大変なんだよ?サラダのトマトも均一に切れてて本当に綺麗』
「…お前程じゃない」
『そこは比べるところじゃないでしょ?私が真君を大切に想う気持ちと、真君が私を想ってくれる気持ちに、優劣なんてないじゃない』
「……それは、そうだが」
『ね?…ふふ、今年もグラタン美味しい。お腹も心も温かくて、幸せ』
正面の真君は、照れ臭そうに、ちょっとばかり膨れて。
けど、どこか呆れたように、それでも優しく笑ってくれた。
「そうか。お前が幸せなら、それ以上のことはねぇよ」
『…、ありがとう。全部、全部…真君がいるからだよ』
「知ってるよ。お前、俺のこと大好きだもんな」
『うん』
「…同じだけ、俺も好きだってこと解っててくれれば、それでいい」
空になるお皿と反比例するように、満たされて行く心。
ごちそうさま、で一杯になったのはお腹だけじゃない。
「さ、洗い物も俺がやるから、ソファーに行け」
『…洗い物は私もやる』
「たまには休めよ」
『ううん、あのね、……ちょっと、離れたくなくて』
「あー…なら、片付けは明日にするか」
甘えさせてくれる、のは本当らしい。
おいで、と。ソファーに呼ばれて、お皿も下げないまま、私は真君に抱きついた。
『いーの?本当に甘えて』
「なんだ。やっとその気になったのか」
『うーん…正直ね、甘えるとか我が儘とかまだピンと来ないの。だから、好きなだけ抱っこして貰おうと思って』
膝に乗り上げて、首にすがり付いて。
さながら、主人に構って貰おうとする猫みたいだ。
「…そりゃ、いくらでも」
『脚、痺れても知らないよ?』
「そしたら体勢変えるだけだ。今はこの、…姫抱きがご所望か?」
『うん、顔が良く見えるから』
「ふーん。なら、顔が見えるうちに渡すな」
『え?』
そんな私の首に、首輪よろしく銀色の細いチェーンが掛けられる。
トップの無いそれは、只の細やかな鎖にも見える。
「……エンゲージリング、料理するときは邪魔だろ」
『あ…これ、リングがトップになるの?』
「そうだ。だから飾りは無いが、留め金はプレートになってる」
『凄い、お洒落』
留め金、と言われて半周回して見た細長いプレートは、少し湾曲していて、縁に細かな模様が入っている。
そこに刻まれていたのが。
Dear…の先に私のイニシャルと、From…の先に彼のイニシャル。
裏に、私の生まれた西暦と今日の西暦と日付。
『…!』
「雨月が、今日まで生きた記念だ。ちゃんと生まれて、俺に会って、俺と…今日まで生きてくれた」
ずっと前は、さして関心もなさそうだったのに。
最初は、照れ臭そうに俯いていたのに。
前は、背後から顔を見せないように囁いていたのに。
なのに。
そんな。
真っ直ぐ瞳を合わせて。
はにかむように微笑んで。
穏やかなのに通る声で。
「ありがとな。それから、おめでとう」
そんなの。
こんなの。
『わ…たし、こそ。だって、真君が居たから、私、わたし…今日まで…っ!ありが、とう…っ』
涙が、滲んでくる。
「あー…泣かすつもりはなかったんだがなぁ」
『う、そ。絶対泣かすつもり、だった』
「まあ、本心を言葉にするのが一番喜ぶとは思ってた。…そんなにとは思わなかったが」
真君は、困ったように笑いながら、私を抱き寄せて頭を、背中を、あやすように撫でた。
『あぁ…もう、好き、大好き…。来年も、私の誕生日祝って。約束して、それが私の、我が儘だから』
「…頼まれなくても、祝うっての。ばーか」
止めの一押しは、嗚咽を飲み干すキスだった。
fin
はっぴばーすでー、いとしいひと