花と蝶 番外
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《half:2019はなたん①》
花宮視点
それは大学2年生、午後8時、自宅リビングのソファーの上でのこと。
隣には雨月が座っていて、食事は済んでいる。
(あ……被った)
連絡網で送られてきた試合の日程表を見て、思わず眉間を寄せた。
strkyに所属して2年、試合に出ることが多い。
その、出場試合と、彼女の二十歳の誕生日がブッキングしたのだ。
(あー…いや、どうもしないが、どうにかならねぇかな、なんねぇな)
練習試合だが、公式戦を見据えた調整試合。
マネージャーを務める彼女を引き抜いて欠席は許されないだろう。
というか、彼女が頷かないだろうな。
『真君、出番多いね』
「うちはPG経験者ばっかりだからな。戦法や流れ変えんのを、そのポジション変えるだけで出来るってのは強みなんだろ」
『あ、それで笠松さんとか今吉さんと交代するんだ』
「幸い、あの人らとはゲームメイクの仕方が違うからな。パターンを掴まれるってことが少ない」
何せ、メンバー表に俺の名前があるだけでニコニコと笑顔が止まらない奴だ。
コイツの為に試合休みます。なんて、喜ぶはずがない。
『相変わらず凄いね、真君』
そう言って、彼女は名簿に載る俺の名前を、指先で愛しげになぞる。
いやもう顔が、うっとりしてんだよ。
「あー…お前のそういうとこな」
『へ?』
「何でもねえよ」
首を傾げてスマホを放り出す彼女は、同じくスマホを放り出した俺を下から覗き込む。
『なんか、変なことした?』
「別に?」
『……でも、真君、なんか悩んでない?』
「なんで?」
『え…っと、言いたいことがある、って顔してるから』
「ふはっ、よくわかるなぁ」
その頭を撫でながら、なんて伝えたものだろうかと思う。
「今年の誕生日、どう過ごしたい?」
思っただけで、もうストレートに聞くことにした。
結局、どう聞いたって同じことだ。
『え?…ああ、試合と被ったの気にしてくれたんだ』
「そりゃな。二十歳ってのも区切りだと思うし、俺が祝いたい」
『ふふ、私はそう思ってくれただけで十分なんだけどなぁ』
一昨年、初めて彼女の誕生日を祝って。
夕飯にマカロニグラタンを焼いて、シルバーのブレスレットを送った。
気恥ずかしくて顔も見れないまま、「おめでとう」と言ったのを覚えている。
去年は、都内にできた水族館へ行って。
夕飯にエビグラタンとコンソメスープを作って、シンプルなエンゲージリングを送った。
「マリッジリングは妥協したくねぇから、それまでの虫除けだ」なんて、やっぱり顔を見ながら渡せない俺は、後ろから抱きすくめるようにして彼女の左手を取ったのだ。
その後の今年は、試合で丸潰れというのもどうかと思って。
勿論別日ということも無くはないけども、当日に意味があるとも思ってしまう。
「俺が、嫌なんだが」
『なんで。私は、誕生日に大好きな人が、一番かっこよく輝いてる瞬間を、一等近い場所から見れるんだよ?そんな幸せなことないでしょ』
「……」
俺に対して隠すことのない好意は、真っ直ぐ胸を貫いてきて苦しい。
だいたい、バスケに関しては一番不誠実とまで言われた俺に『一番かっこよく輝いてる』なんて。盲目すぎる。どんだけ色眼鏡かかってんだよ、惚れすぎだろバァカ。
『それにね、私に何かしようって考えてくれてるのが嬉しいのは本当だよ。どんなに高いプレゼントより、どんなに美しい景色より、私のことを考えるのに費やしてくれた時間が、一番尊いの』
なんだってこんな、質の悪い清純さを持っているんだ、こいつは。
「…っ、あのな!お前がそうやって欲しがらないから、我が儘を言わないから!誕生日くらい無条件に甘えさせたくて、我が儘を叶えてやりたいって!……クッソ、俺のエゴなのは解ってんだよ、けど!」
『それがエゴなら、私だって、真君の誕生日はエゴを貫いてる。…あと、それ、凄く嬉しい。だって、結局、私を喜ばせないと満足できないエゴなんでしょ?…幸せすぎる、他に何を望んだらいいか、わかんないよ』
雨月を目の前にすると、嘘を吐くどころか言葉を取り繕うことすら儘ならないのは。
雨月が俺に対して取り繕わないからだ。
さっき貫かれた筈の心臓に、また真っ直ぐな言葉が刺さる。
苦しくて、愛しい痛みだ。
「……まず、決定事項な」
『うん?』
「俺は試合に出る。お前はマネージャーとして観戦する」
『うん』
「夕飯は、俺が作る」
『え、試合後じゃ疲れてるでしょ』
「決定事項っつってんだろ。グラタンな。……それとも嫌か?」
『…っ…嫌な訳ないじゃん!ばぁか!』
「ふは。俺の口癖移ってるぞ。お前が言うと可愛いもんだな?」
『そりゃ、移るよ。真君の言葉を、私は誰よりも聞いてる』
顔を隠すように抱きついた彼女を、抱き留めて髪を撫でた。
「…脱線したな。他に…本当に欲しいものないのか?したいこととか」
『んー…こうやって、ぎゅってしてくれればそれでいいよ。それからキスして、寝る時もぎゅってしてくれたらいい』
「………欲、ねえのな」
『だってもう、エンゲージリングまで貰ってるんだよ?真君の人生貰ったのに、これ以上ねだったらバチあたる』
「……………っ、わかった。じゃあ、俺がしたいように甘やかす」
『えっとね、だから、試合の日じゃなくたっていいんだよ?』
「俺の体力舐めんな。お前が疲れてて嫌だってんなら考えるが…いや、疲れてんなら尚更甘えろ、甘やかす」
『……ふふ、わかった。じゃあ、いっぱい甘やかして。それから、いっぱい祝って』
「ああ」
彼女は抱きついたまま擦り寄って、嬉しそうに、恥ずかしそうに頬を緩める。
俺は、そんな彼女の髪を、撫で続けながら思った。
(無欲とはまた違うな。欲が全部、俺に向いてる)
(…っ、あー…くそ、全部くれてやる)
.
当日、対戦相手には見知った顔がいて。
「いやん、まこっちゃん久しぶり!」
「その呼び方やめろっつってんだよ!」
実渕。
「あ、それって彼女サンが妬くからですか?」
「……いや、それでなくともあれは嫌なのだよ」
「真ちゃんは俺にも真ちゃんって呼ばれてんじゃん」
「お前は馬鹿だから諦めたのだよ」
「ひでえwww」
それから、高尾と緑間までいた。
『あ、高尾君、緑間君、久しぶり』
「久しぶりっす!まだ花宮さんとはラブラブっすか?」
『えへへ』
「試合前に聞くんじゃなかったなー、めっちゃ幸せそうじゃないっすか」
因みに、緑間と高尾がラッキーアイテム探し回ってるのに出会したことがあって。
その時の雨月の対応もあって、時折連絡をとる仲だ。
まあ、高尾のコミュニケーション能力がものを言っているんだが。
「…高尾、実渕がいるチーム行ったのか」
「高校から大学もとか、仲ええな」
同校だった宮地さん、桐皇から誰も来ない今吉さん。
「いや……入った後から知らされたんです」
「俺も勧誘受けて入ったら高尾がいたのだよ」
『でも、これで対戦の夢は叶ったね』
「ちょっと、私も交ぜてよ」
「お前はややこしくなるから試合の後だ」
実渕が雨月と高尾達の話に乱入するのを妨げて。
とりあえずコート端のチームの所まで雨月を連れ戻す。
「高尾と緑間、知り合いだったんだな」
『はい。ラッキーアイテムが見つからないって、困ってたので』
「ラッキーアイテムが雨月だったっていう話です」
「……お、おう?」
この際、その件はどうでもいいんだ。
「それはさておき試合やな。これと言って作戦変更もあらへんし、出方次第や」
「PG笠松でスタートだな。途中花宮、その後戻すかは戦況次第」
「ああ。他は岡村、氷室、宮地、今吉…で行く。実渕のシュートも緑間のシュートも厄介だからな。頼んだぞ、イージス」
この試合が、彼女への誕生日プレゼントだというのは、俺しか知らないこと。
無様なゲームをするつもりはない。
勝ち負けも関係ない。
勝利をプレゼント…なんて、そんな安っぽいこともしない。
俺が、俺のやりたいように、俺のゲームをする。
(だって、それが、アイツが好きになってくれた俺だから)
前半戦では、出番がなく。
笠松さんの正確なパス回りと、それを拾う宮地さんの足。
それを見抜いて裏をかこうと視野を広げる高尾。
それすら止めようと暗躍してるのが今吉さん。
で、ものともせず独立プレーしてんのが実渕。
食い止めてんのが、氷室と岡村さん。
拮抗した戦いは攻防が続くばかりで、お互い点数もろくに入らないまま。
「…ひとまず、花宮と交代だな」
「はい」
「ゆうてな、このままだと埒あかん」
「…チーム、編成し直していいですか?」
「確かにPG変えるだけではとも思うが、メンバー変える程か?作戦じゃなくて?」
次の司令塔になる俺の発言に、視線が集まる。
「単純に、高尾と緑間が宮地さんの動向を癖として見抜いて行動してる点が引っ掛かる。宮地さんも把握しててお互い様…ではあるが、2対1なのと高尾の視野のせいで不利」
「…否定はしない」
「それから岡村さん。……脚の違和感、今無理しない方がいい。実渕が見抜いてて攻撃に戸惑いを見せてるから、氷室に防御が集中して氷室自身が攻撃できなくなってる」
「……」
「今吉さんも気づいてんだろ」
「…せやな。岡村、公式戦のが大切や。大事をとって休み」
「よく、わかったの」
「伊達に悪童してねえからな」
生憎、他人の弱点は目につきやすい性格なもんで。
膝をかばう岡村さんにはすぐ気づけた。
「で、二人除外するとなると、こっちの手は出し尽くしちまうぞ」
「先発が笠松、宮地、岡村、今吉、氷室。後発に花宮、水戸部、森山、今吉、氷室……うちのレギュラーはフル面子だな」
「花宮は嫌いやろ、手の内晒すの。ワシも好かんし」
「ああ。だから、まあ、ものは試し」
俺の作戦は、バスケという競技では普通ない選択肢だろう。
「俺と、氷室、水戸部、今吉さん……あとは、笠松さん」
「は?」
「おま、確かにオールラウンダーやで、けど、PGメインを3って、どう振り分けるつもりや」
「振り分けるも何も、メインPGは俺だ。けど、俺も攻撃に回るから、その時の補助が欲しい。今吉さんは俺がカットするパスを読めるから残した上でフィールドに必要。笠松さんの状況判断力を思えばそれが合図なんてなくても回る……と、踏んだ」
「…」
「氷室は少し防御から解放されるだろ。シュート決めろよ。水戸部は防御メインになると思うが……緑間はあの距離で打ってくるからな、センターに張り付かなくていいぞ。動きたいように動け、隙見てパス回すから気ぃ抜くなよ」
司令塔が5人中3人。
異例だろう。
自分でも結構滅茶苦茶なこと言ってるとは思う。
「……わかった、第3クォーターはそれでいこう」
「また回らなければ考えるが、今吉さんと笠松さんならなんとかなんだろ」
「…」
「まあ、やってみようか」
「……つーか気になってたんだけど、花宮、お前しれっとタメ口きいてんじゃねーよ!轢くぞ!」
「え、ああ、そんなことで怒んないで下さいよ、先輩」
「せやでー、宮地。花宮が敬語忘れんのは本気の時だけや。あの悪童が、本気でワシらとバスケしようとしてるん、微笑ましいやろ?」
「アンタは黙ってください!」
「それ聞けば可愛いもんだな。さ、気張ってやってこいよ」
最終的には納得してくれて。
些か不本意な会話を挟まれたけど、もうコートに立つしかない。
コートに入る前に、端から見守っていた#雨月に視線を向ければ。
キラキラと輝く瞳を、何か眩しいものでも見るように細めて笑っていた。
あの目を、俺は知ってる。
(……霧崎にいた時も、この顔で、練習を、試合を、俺を見てた)
(愛しい…とでも、言いたげな顔で)
試合の結果は。
「案外、3PGってのもいけるな」
「特殊戦術には違いないから、普段からって訳にはいかないけどね」
strkyの勝利だった。
高尾の目を掻い潜ってスティールすんのは骨が折れたが、今吉さんのお陰でクモの巣は張りやすく。
シュートを打たせない方向にゲームを傾けた。
その上で、守りに徹してると思わせた氷室と水戸部が得点を稼ぐのだから、翻弄する…という点では上手く行ったのだ。
「あー、もう!花宮さんの試合は本当強烈っすね!」
試合後、挨拶にと駆け寄ってきた高尾が悔しそうに、けど、楽しそうに笑う。
「お前とは視点とかゲーム運びの話しちまってたからな。どう動かそうかと思ったんだが、まだ追い付かれずに済みそうだ」
「あ゛ー悔しい!」
「やっぱりまこっちゃんと今吉さんの組み合わせは、厄介よねー」
「……不本意だがな」
「なんやねん。ワシありきの作戦だったくせに」
「宮地さんも!次は勝ちますんで!」
「負けないのだよ」
「言ってろ言ってろ」
また、急いでチームに戻ってく彼らを見送って。
俺達は俺達で着替えて反省会。
「どうする?飯でもいくか?」
「あー…いいな、腹へった」
その後は各々帰りの話を始めた。
「はなちゃんと花宮は?」
「いえ、今日は帰ります」
「即答」
「ってことは、はなちゃんも来ないよな。はあ…俺の癒しが」
「人の嫁で癒されないでください」
巻き込まれて足を止めてる俺に、雨月はそろそろと近づいてきて。
ちょんちょん、と。袖を摘まむ。
『真君、早く帰ろ。皆さん、お疲れ様でした』
ハチミツレモンの入っていたタッパーやスコア帳の入ったバッグを提げて。
彼女は俺を手を引いていく。
「そういうことで、お疲れ様でした」
促されるように、自分も着替えやらを引っ提げて更衣室を出た。
「ただいま…っ、」
玄関を閉めて、まだ靴も脱がないうちに。彼女は俺に抱きついた。
『ただいま』
「着替えてはあるがシャワー浴びてねぇんだよ、ちょっと離れ 『やだ』 …」
『はぁーっ、かっこ良かった…いつもかっこいいんだけど、もう、無理、言葉にはできない、この高揚感』
「……満足できるもんだったか?」
『十分。真君が、真君してる試合だった。真君はパフォーマンスだけがカッコいいとかじゃないんだよ、コートの外にいる私ですら、ジリジリと追い詰められてるあの、緊張感?緊迫感?ドキドキする、本当にカッコいい』
「…」
『何回見ても、ときめくの。ボールを持ってる時だけじゃなくて、作戦を立ててる時でさえ…見る度に、真君に恋をする』
真っ赤に染まった頬を胸に擦り寄せて。
彼女はうっとりと目を閉じる。
「…ふはっ。……ほんとに、お前ってやつは…。馬鹿だよな。本当に、見る目ない」
その顎をスッと引いて、何か言いたげな唇を塞いでしまった。
『む、……んんっ』
「…。そんなお前を…雨月を好きになったんだ。これ以上、俺を恋に落とさないでくれ」
『…っ』
俺が言われっぱなしな訳ねーだろ、ばーか。
今日は甘やかすって決めた。
だから、今まで面と向かって言えなかったことも、…できるだけ、言う。つもり。
「…さて、グラタンは焼くだけにしてあるから、先に風呂入ろうぜ」
『…?入ろうぜ?』
「"ぎゅってしてくれればいい" なんて欲のないおねだりだったからな。四六時中抱き締めててやろうかと」
『な…っ、や、だ。恥ずかしい…』
「そう言うなよ。お前と入ろうと思ってわざわざ湯船の湯張り、タイマーにしたんだから」
『ぅ…でも、』
「バスアロマも用意したんだぜ?すっげぇバラの匂いするやつ。恥ずかしいなら、背中向けてていいから」
『………ぅ…ん』
本当に嫌なことならしない。
けど、揺れる瞳で、是と非の天秤もグラグラしてんのが見え見えだったのだ。
そんなに一緒にいたいのか。
(こういうのが…可愛いんだよな)
「じゃあ、先に入ってろ」
『へ?』
「なんだ、見られながら脱ぎたいってんなら、俺は大歓迎だが?」
『ち、違うよ!』
「ふはっ、そんな慌てんなよ、解ってるって。ほら、荷物置いてとっとと行け」
一度、ぎゅっと強く抱きしめ直してから、彼女をそっと放す。
靴を脱ぎ、荷物を傍らに置いた彼女は小さくはにかんで。
『でも、あんまり待たせちゃ、やだからね』
と。
小走りで遠ざかっていった。
(あー…)
(俺が持つだろうか、これ)
(甘え方、可愛いすぎるだろ)
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