花と蝶 番外
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
《トリカブト:2019まこたん⑦》
バタン、と。荒々しく玄関が開いた。
ゼミの打ち上げで遅くなる、と申し訳なさそうに出掛けて行った雨月が駆け込んでくる。
時間は20時、遅い…という程でもない。
用意してくれてあった夕飯の皿を片付けたところへ、彼女は無言で抱き付いた。
「…雨月?」
『………』
「……。お帰り」
『……………………ただいま』
その上、帰宅の挨拶は震えているとなれば。
何もなかったわけがない。
「…話せるか?」
ゆっくり顔をあげさせれば、涙が滲んだ目元が見えて。
何より、悔しそうに歪んだ眉と、怒りに戦慄く唇が目を引く。
そんな雨月が、嗚咽を交えて話始めた。
*****
ゼミの打ち上げで居酒屋へ集まった。
正面はあまり話したことのない、同い年で軽そうな男性。
未成年もいるのでノンアルコールで盛り上がっていた。
途中、高校で何をやってたかの話になって、正面の男が
「俺、バスケやってて結構いいとこまでいってたんだぜ!」
と話始めた。
「強かったんだ!高校どこ?」
「都内のー、」
対戦したことのない高校で、顔に覚えもなかったから、都内とはいえ別ブロックだったのだろう。
と、当時を懐かしく思いながら聞いていたのだけど
「でもさ、3年の時に怪我しちまってインハイ行けなかったんだよなー。俺らの代って、悪童っつーラフプレイばっかする奴がいて、そいつに肘やられて」
その台詞に耳を疑った。
(同い年で、3年時…真君はその年一回も事故を起こしてない。…というか、その高校と対戦したことがない)
マネージャーをしていた2年生と3年生の対戦校は今でも全て覚えている。
……高校に入ってから、″事故″で怪我をさせた選手は全員記憶してる。
「無冠のなんとかって強い扱いされてたけど、卑怯なだけだったと思うんだよな。あんとき怪我してなければ俺、インハイ優勝してたかも、マジねーわ」
つまり、嘘。
悪意のある虚偽。
自分に言い訳するために、真君を出しに使っただけ。
「アイツ絶対まともな人生歩めねぇよ。あ、名前思い出したわ。花宮だ。…そういえば名字一緒じゃんね、あんな奴と同じとか、カワイソー」
ガタン!!
椅子を跳ね退けて立ち上がった私は、手元のジョッキに入っていたトマトジュースを、全部その男の頭からかけた。
髪からシャツまで赤い液体を滴らせる男に、間髪いれずに声を上げる。
『インハイ予選、何戦目だったか答えなさいよ。この、霧崎第一バスケ部のマネージャーだった私に。…対戦校も事故の相手もは全部覚えてる自負があるけど、アンタは記憶にない。…………何黙ってんの?答えなさいよ、花宮真と一緒にインハイに行った私に!!』
自分が、こんなに低い声が出せるなんて知らなかった。
『知らないと思って真君に悪者を全部押し付けて。戦ってもいない癖に好き勝手言って。その程度でインハイ優勝?笑わせんな!!……それにね、私は好きで花宮になったの!真君から、苗字をもらったのよ!!』
静まり返る店内を気にする余裕はなかった。
何か言い返そうとする男に、さらにコップの水をかける。
『クリーニング代、私の無駄になったトマトジュースでチャラだから』
そして、会計を先に集めているのをいいことに、そのまま帰宅した。
*****
ギリギリと歯を食い縛って、尚も悔しそうに雨月は涙を溢す。
『………対戦校だったなら、何言われても仕方ないって、それが代償だと思ってるけど!あんな、都合よく悪者にされるの、許せない!!』
俺は、雨月が怒ったところなど見たことがなかった。
嫌なことがあっても、せいぜい悲しむだけだ。
俺に笑顔を取り繕わなくなったけれど、イイコちゃんであろうとする性格…優しさや忍耐強いところは変わっていなかったから。
そんな彼女が。
声を荒げて、口調を乱して。
あまつ、人にトマトジュースをぶっかける程怒った。
(俺のために)
(俺が、雨月のイイコチャンを殺した)
「…悔しかったのか」
『悔しかったよ!何も知らない癖に、って………。それに、こんな私を大切にしてくれる人を、私は守れないのかなって…』
「…」
『こんな苦しい気持ちになるんだね。プレイのこと言われるの、覚悟してたつもりだったのに。あんな奴の言葉、笑って聞き流してやるつもりだったのに…ダメだった、そんなイイコじゃ、いられなかった』
雨月は吐き出し切ったように、脱力して俺に身を預ける。
けれど、腕だけは俺を抱き締めようと必死に伸ばされていた。
「…」
『ああいうの、言われて一番辛いのは本人の真君のはずなのに…一人で飲み込めなくてごめんね。言われて嫌なことは、私も一緒に、怒るから。哭くから。…守るから』
「…………別に、俺は辛くねぇよ。俺がしてきたことだし、負け犬の遠吠えくらいにしか聞こえない。…が、お前がそれで傷つくのは辛いな。それだけが、後悔だ」
伸ばされた腕が、俺を守ろうとしているのだとわかって。
彼女を一層抱き締めた。
……こんな俺にも、譲れない、大切なものがある。
(雨月が、全て)
(雨月が、俺の悪童を殺した)
~貴方は私に死を与えた~
「けど、そうか、お前がそこまでするって相当だな」
『…だって……まともな人生歩めないとか、私が可哀想なんて、決めつけられたくなくて…』
「……俺はな、世界中の奴らにまともな人生歩めないだの、まともな死に方しないだの言われて、実際そうであっても。俺の為に泣いて、怒って、叫んでくれるお前がいれば、それで幸せだ。十分だ」
『…っ』
「俺は、雨月にしか優しくないから。誰かが俺を非難しても、お前しか怒らないし、傷つかないんだよ。そんな俺でもいいって言ってくれた雨月だ。…雨月だけは、幸せにする」
(……だから、お前をこれだけ苦しめたその男には)
(それなりのお礼をさせてもらうけどな)
『…私を幸せにできるのは、真君だけだよ。だから、お願い。真君も幸せになって』
fin
花:トリカブト
~貴方は私に死を与えた~
~復讐~猛毒~人間嫌い~
食:トマトジュース