花と蝶 番外
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《クリスマスケーキ》
雨月は菓子作りがあまり得意ではない。
いや、他の料理と比較して…という意味だが。
そんな彼女が
『今年はクリスマスケーキを焼きます!』
と、何故か敬語で高らかに宣言してきた。
「…おう」
『なので、デコレーションを一緒にやりたいです』
「…ああ」
『チョコレートケーキでよろしいでしょうか?』
「構わねぇが…なんだ、どうした」
変なテンションとノリで進められていくクリスマスケーキ計画。
異議はないので頷くものの、違和感しかない。
『んー?真君とクリスマスしたいだけだよ?』
「………」
『無言で見つめないでよ。穴が開いちゃう』
「じゃあ、はぐらかすな」
『…真君てば、本当に私のこと良くわかってるね』
そう言って傍らから携帯を取り出すと、なにやら画像を探して見せてきた。
「…クリスマスツリー?……ああ…チロルチョコか?」
『そう。友達がね、彼氏と作ったんだって』
「へー。良く積み上げたな」
『それで、クリスマスって当日より準備の方が楽しいって話になって…私も真君と準備したいなーって思ったの』
駄菓子を積み上げたクリスマスツリーの写真と、それを二人で作る工程の画像が何枚か。
…まあ、雨月が家族行事に思い入れがあるのは知ってるし、羨ましくもなったのだろう。
「…なんで誤魔化したんだよ」
『…今更、って思われると思って』
「確かに今更だが、別にいいんじゃねぇの?時間のあるクリスマスが毎回過ごせる訳じゃないし」
『ふふ、真君なら、そう言ってくれる気がした』
「なら尚のこと誤魔化そうなんて思うな。バレバレ」
『はーい』
それから彼女は携帯をしまい、レシピノートを広げる。
『ココアケーキに、白いホイップクリーム。そこに、チョコペンでお絵描きしようかなって』
「ふーん。クリームはチョコじゃねぇんだ」
『チョコばっかりは飽きちゃうと思うんだよね。それに、クリスマスケーキは白いイメージ』
「苺は?」
『生地に挟もうかなって。上でもいいけど』
「両方あればいいな。デコレーションがメインなら材料が多い方が楽しい」
『そうだね!』
レシピノートの他にクロッキー帳を取り出して、材料の案と果物の切り方、ホールケーキの土台を描き上げる。
「果物は苺だけの方が綺麗じゃないか?」
『そう?じゃあ、色を絞る?クリームの白、チョコの茶…黒系、苺の赤で3色』
「足すとすれば、クリスマスらしさで緑だな」
『メロンとか飾るよりは、ヒイラギみたいな濃い緑がいいよね。抹茶チョコは一応用意して…』
紙の上を滑るペンは、次々に材料を書いたり消したりしていく。
『挟むのは苺とクリームだけでいいかな。苺は、ちょっと細か目に切って、食べやすさ重視』
多分固定である断面の図を大まかに書いて色づけた。
『こんなのは?』
「そんなの作れんのか。……なら、これは?」
『いいね!私たちっぽい』
「最早クリスマスではないな」
『……サンタさんとか、飾る?』
「…いらねーな。どうせチキンもつくるんだろ?聖夜感はそれでいい」
『キリストのお誕生日祝いなのにね』
「親しい人との交流の日だろ、問題ない」
出来上がった完成図は、色こそクリスマスだったけれど。
なんというか、クリスマスケーキの絵ではなかった。
『じゃあ、スポンジは私が焼くね』
「メレンゲ、俺がやる」
『ハンドミキサーないから大変だと思うけど、いい?』
「尚更俺の役目だな」
一緒にエプロンを着て、キッチンに並ぶ。
彼女は薄力粉を振るって、俺は卵白を泡立てた。
…案外、根気がいるんだな。
それから、溶かしたバターと卵黄、砂糖、ココアパウダーを混ぜて、最後にメレンゲと合わせる。
『あとは、温めたオーブンで焼くだけ』
「焼いたら、ホイップか?」
『うん。ケーキが冷めてからね。…じゃあ、ちょっと休憩して、焼けてから他の準備しようか』
エプロンを脱ごうとする雨月の手を遮って、後ろのリボンをほどいた。
「服を脱がすのは旦那の特権だろ?」
『な…っ!!昼間からそういうこと…っ』
「おー、トナカイの鼻にも負けないくらい真っ赤だな」
『…っ!もう!真君のも私が脱がすから!』
「ふーん?積極的だな」
『違う!』
ちょっとからかっただけなのに、随分と反応が良くて。
愉しくて仕方ない。
辿々しく俺のエプロンのボタンを外して、頬を膨らませながらもコーヒーを淹れてくれるあたり。
本当に可愛い。
「…バターコーヒーか」
『うん。バターが中途半端に余ったから入れてみた』
「悪くねーよ」
『…逆にさ、私が作って悪かったものってあるの?』
キッチンのカウンターに椅子を寄せて、余りのチョコを摘まみながら考える。
「…」
『ないの?』
「…………ないな」
『え…たまにレシピ考案で変な組み合わせするのに?』
「奇抜…と思うことはあるけどな。不味いと思ったことはない。なんなら生卵の天婦羅はもう一回食いたいくらいだ」
『…じゃあ、年越しそばには黄身天、乗せようね』
「まだクリスマスケーキも焼けてないんだがな」
そうだな。
雨月の飯で二度と食いたくない、なんてものはなかった。
ちょっと焦がした…くらいのことはあっても、致命的な失敗は記憶にない。
(…それだけ、気を使って作ってくれてんだよな。不味いわけがねぇ)
『ん?…ケーキいい感じだよ』
「熱くないか?俺が出そうか?」
『大丈夫。私が出すから、真君は苺出してきて』
「そうか。…ほら、その前にエプロン」
そんな話をしていれば、オーブンは焼き上がりを告げる。
コーヒーカップを下げてキッチンに向かうのをひき止めて、エプロンを渡す。
『着せるのも、旦那の特権?』
「ああ。紐結ぶから、後ろ向け」
そして、背中のリボンを結んだ。
ヒラヒラと揺れるそれを見るのが、案外好きだったりする。
『真君のも留めて上げる』
俺のエプロンはボタンで留めるだけ。
それを雨月は、俺の背中に回らず、前から抱き締めるようにして嵌めていく。
「…どーも」
それなら、俺が自分で留めんのと変わらなくね?とも思いつつ。
どさくさに紛れて抱き締められたからいいやとも思った。
俺もこいつの前では単純だ。
ケーキのあら熱を取る間、俺はクッキングシートの上でチョコペンを走らせていた。
…直接描くより、ここで固めてから乗せた方がいいと思って。
なんせ、細かい。
抹茶のペンで描かれたそれは、蝶。
隣で彼女が苺を切って作っているのは、花。
クリスマスとは関係ないが、俺ららしいケーキではあると思う。
「…器用だな」
『これね、そんなに難しくないんだ。薄く切れさえすれば、巻くだけ。拘るとすれば、崩れないように溶かした飴を挟むくらいかな』
薄切りの苺で作ったバラが、1輪。
緑色のチョコで作った蝶が、1匹。
バットの上に仲良く並んでいる。
それを乗せるべく、ケーキの周りを削いでから、ホイップクリームを塗っていく。
泡立ては俺、塗りは雨月。
間に、刻んだ苺とクリームをたっぷり挟んだ分、周りはコーティングするだけで、絞り出したりしない。
『バラと蝶が真ん中だよね』
「ああ。…周り、すこし寂しいか?」
『うーん…アラザンでも撒く?でも、雪の上で二人っきり、って感じもする』
「………じゃあ、アラザンすら邪魔だな。俺とお前だけでいい」
『…っ、なら、これで完成』
小さなホールケーキが出来上がって、達成感と雨月と作ったという一体感みたいなのが込み上げてくる。
(……何効果っつーんだったかな)
一緒に作る。という工程にはメンバー内の連結感が生まれやすくなる。
『結局、デコレーション用の諸々、使わなかったね』
そして、チョコレートには幸福ホルモンと呼ばれるオキシトシンが分泌されやすくなる効果もある。…まあ、チョコに関わらず甘くて旨いものならなんでもいいんだろうが。
「いいんじゃね?また今度でも。そのまま食っても」
だから、この二つを組み合わせると。
お互いの間に一体感と幸福が生まれるわけで。
特別でない関係は、特別になりやすくなるし、
特別な関係は、いっそう大切なものになる。
(俺も、例外じゃなかったな)
『うん。じゃあ、これからチキン焼こうかな、シャンパンも開ければクリスマスっぽいよね』
「いいな。洗い物は俺がやるから、そっちの準備始めろよ」
『え、ダメだよ、バスケやる手なんだから。洗い物は私が…』
「俺がやりたいんだよ。たまには手伝わせてくれ」
『……ありがと』
愛しい。
大切にしたい。
ぐるぐると胸に渦巻いて。
溢れてしまう熱に、洗い物の冷たさが心地よかった。
『……そんなこと考えてたの』
「ん……だから、ケーキ、食うの勿体ない」
『これを食べて、その…幸福ホルモン?分泌させるところまでじゃないの?』
「いい。もう十分幸せだから、明日までとっておきたい」
さて、シャンパンを2杯飲んだあたりから真君は饒舌だった。
目元を赤く染めて口説かれてしまえば、落ちるしかないというもの。
『じゃあ、明日食べようね。明日も休みだから、おやつにしよう』
「…食うの勿体ない」
『また作ろ。ね?来年も一緒に作ってくれるでしょ?』
「ああ」
ふわふわと笑みを溢す彼が愛しいのは、私だって同じだ。
なんなら、彼の言う原理を使って、バレンタインはチョコフォンデュでもいい。
ケーキを冷蔵庫にしまって、テーブルの上を片付ける。
そんなに広くないシンクなのに、彼は一緒に洗い物をすると言って聞かなかった。
『ありがと』
「どういたしまして。ほら、手」
洗い物が終わると、ソファーに招く彼は何やら缶を持っていて、私の手を取る。
『…ハンドクリーム?』
「ああ。クリスマスプレゼントだ」
綺麗なレースがプリントされた缶の中身は、白くて柔らかいクリーム。
とても良い匂いがする。
それを真君は指で掬って、私の手に優しく擦り込んだ。
丁寧に、ゆっくり、慈しむように。
手首から指先まで、じんわりと温めるように塗り込まれて。
ほぅ、と。ため息が出てしまった。
気持ちがいい、とても安らぐ感じ。
『…嬉しい…素敵なプレゼントありがとう』
「気になってたんだよな。お前、水で洗い物するだろ?電気代なんて気にすんな、お湯で洗うと手が荒れる…って言い訳もさせないからな」
『…うん』
私も缶からクリームを掬って、彼の手に馴染ませる。
この、嬉しい、温かい気持ちは、言葉だけじゃ届かない気がした。
「…指、あったかいな」
『真君が触ってくれたからだよ』
『ふはっ…そうか』
もう、指先は目的を忘れて。
ただただ絡んでいるだけだ。
触れていたい、離れたくない、それだけ
『…私からのクリスマスプレゼント、実はリップクリームなんだけど…』
「へぇ?塗ってくれんの?」
『……お望みとあらば』
真君の缶より、小ぶりの缶。
中身を掬って…
「…………?」
私は、自分の唇に厚くそれを塗って。
『っ』
真君のそれに押し付けた。
「…っ、ふは、塗ってねぇし」
非難するような台詞とは裏腹に、彼は目を細めて笑う。
『…デザートなかったから、口寂しくなっちゃって』
「悪かったな。これで良ければいくらでも」
図らずしも、リップクリームはチョコレートの香り。
重なるキスはケーキよりずっと幸福なもの。
『…メリー、クリスマス』
「ん。メリークリスマス」
チョコケーキはまた明日。
聖夜の福音が、これからも響きますように。
fin
あとがき
後輩が
「クリスマスに恋人が欲しかったら、その前に吊り橋の上でチョコフォンデュパーティーするといいっス」
と教えてくれて出来た話。
吊り橋効果を上乗せするのはやめました。