悪童の一目惚れ
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当日、翌週の水曜の放課後。
正門の脇で立っている彼女を見つけて、小走りで駆け寄る。
「お待たせ」
『ううん、大丈夫だよ』
にこりと音がしそうな笑顔で返事をした彼女は、行こう、と歩き始める。
本当に一緒に買い物に行くなんて、ちゃんと計画して運んだ事なのに…ソワソワする。
今は情報収集のタイミングだから、雑談でも会話は慎重にしないと。
『花宮君は図書委員なの?』
「え、違うけど、なんで?」
『本に詳しかったから。そっか。違うんだ』
彼女が振った話題は委員会の話。
「俺は風紀委員だよ。たまに正門で服装チェックやってる」
『ああ、あれ大変そうだよね。朝から立ってないといけないし、ちょっと怖い人にも声かけなきゃいけないでしょ?』
「うん、まあ、面倒ではあるけど…人は案外見た目じゃないから。俺も部員に髪染めしてピアス開けてるやついるけど、別に注意したからって殴り掛かるような奴じゃないし」
『や、殴られるまでは想定してないかな…睨まれるというか、凄まれるというか…』
「はは、ゴメン。そのくらいなら俺も怖くないし。実際俺も委員だから注意するけど、好きなことするのがそんなに悪いことかなって思うしね」
『へぇ…なんか、懐が深い感じ』
「はは、何それ。っていうか、なんで図書委員だと思ったの?」
『図書館にいたから。本の事も詳しかったし』
「ああ、読書好きだからね。結構なんでも読むよ」
『私も読まない訳じゃないんだけど、偏ってるんだよね。好きなジャンルで好きな作者しか読まないし、開拓もあんまりしないし』
「因みに、どういうのが好きなの?」
『青春ものとか恋愛ものかな。今、自分にタイムリーで一番感情移入できるやつ。まあ、朗読には向いてないけどね』
…俺からは一番遠いジャンルだな。感情移入もできねぇどころか共感もできねぇことが殆ど。話題になった作品は触りこそするが読み流しているに近い。
その話題から彼女に踏み入りたくても、俺が掘り下げるだけの情報を持っていないのだ。
惜しいが、話題を変えよう。
「朗読と言えば、ねぇ、羽影さんは委員会入ってる?放送部は放送委員会を兼ねてるから委員会免除って聞いたことあるんだけど」
『それは本当。だから昼の放送が委員会活動として強制なんだよね。部員の中には原稿を読む方を希望する人と機材の扱いを希望する人がいるから、折り合い難しいけど』
「機材って、マイクとか?」
『そうだね。場合によってはBGMとか照明とか』
「羽影さんは読む側希望なんだ」
『うん。朗読とかナレーションとかやりたくてね。小学生の時に音読を褒められて、ボランティアで読み聞かせやってたら、好きになっちゃって。それを職業にできるか…って言ったら自信無いけど、出来るところまで勉強と練習、したいんだ』
えへへ。と照れた笑いをする彼女は、きっとイイコちゃんなんだろうけど。
「青春をブッ壊してやろう」という気持ちよりも、「彼女なら叶えられるだろうな」という未来のビジョンが先に見えた。
「……羽影さんなら、職業にできるよ。図書館で読み聞かせしてるのも、テレビやラジオで朗読やボイスノベルが流れてくるのも、自然に想像できる」
『そう、かな?』
「うん。俺はそうだったらいいなと思う」
最後のは、半分本心で半分嘘だ。
彼女の声を、そうやってどこでも聴けるのはいいことだと思う反面、俺だけが彼女の声を知っていればいいとも思う。
…だから恋は面倒臭いんだ。自分の感情なのに多角的に見る視点が多すぎる。
『…じゃあ、そうなれたら、その時もファン1号でいてね』
「……!勿論」
あーーー…………今の…今のは、狡いだろ。
その肩書きは一瞬も譲らねぇし一生譲らねぇよ。
…脈がありそうな、気がする。
でも、あくまで“ファン”の括りな訳だ。
いやその括りは俺が作ったんだが、一般的な「お友達から」を「ファンから」にすり替えた俺は痛恨のミスだったと今気づく。
(お友達は、少なくともお互いに感情が向き合ってるが)
(ファンだと、一方通行じゃねぇか)
(羽影からの感情が俺に向いて無え)
(だからって“友達になって”とか小学生じゃあるまいし)
見下ろす先の彼女の話を聴きながら、いつもの店に着いた。
目当てのチョコを買ってしまえば、これで終い。
来るまでの道のりで一言一句聴き漏らすまいとしながらも逡巡させていた頭は、未だに彼女を引き留める文言を閃かない。
「…今日はありがとう、一緒に来てくれて」
『いいよ。おんなじもの買うんだし』
「このあと時間ある?少し歩かない?」
『あ、ごめんね、今日は帰んないと…』
「いいよ、こっちこそごめん。じゃあ、またね」
『うん、バイバイ』
結局、また店の前で別れた。
(…いやいや、少し歩かない?ってなんだよ)
(じゃあ、お茶でもどう?ってか。もっと無ぇよ)
(チョコ買った帰りに図書館?本屋?それも無いだろ)
(なんて言えば良かったんだ)
(……なんて言っても今日は帰られた、きっと、そう)
(…………アイツ、“またね”って言わなかった)
グルグルと回る脳内はバグってる。
会ったのも話したのも数回なのに深追いしすぎたんだ、それだけ。タイミングが悪かった、それだけだ。
(…次、いつ話せるんだ)
***
結局、火曜になった。1週間見かけてもない。
彼女の声を静かに聴くために、弁当を後回しにして放送の時間を図書館で過ごすことにする。
古橋は特段反応をせず、先に食べているとだけ返事をした。
(…今日は、連絡事項少ないな)
(朗読はまたショートショートだろうな、本が返ってきてない)
案の定、タイトルは「おーい、でてこい」という有名なもの。底無しの穴に落として廃棄していたゴミが、最後は自分達に振り掛かる風刺もの。
柔らかな声でさらりと読み上げられることで、落ちを理解した瞬間に不気味さが込み上げて秀逸だった。
(感想を書きに行って、待ち伏せて…)
(あんまりしつこいと気持ち悪いか)
(かといって他に接点な…クラス、部活、委員会、あとなんだ、チョコだって毎週買いに行かないだろ)
考えながら教室に戻って昼食を広げる。今日は後にするって決めてたから、早く片付くパンとパブリックジュースにした。あらかた食べ終わっていた古橋が、まじまじとこちらを見ている。
「…なんだよ」
「花宮は解りやすいな」
「は?」
「機嫌が良さそうだ。今日の放送の…##NAME1##さんか。聞くために静かなところへ行っていたんだろ」
「…それが?」
「ご執心だと思っただけだ。好きになる切っ掛けは気になるところだ、気が向いたら話してくれ」
「とりあえず今は話さねぇ」
こいつに筒抜けるとか、どんな顔してたんだ俺。
***
(感想…感想なぁ)
放課後、薄暗い放送室前の廊下で用紙とペンを手に佇む。
声が綺麗だった、朗読に引き込まれた、聴きやすかった、…好きだ…
浮かぶ言葉は沢山あるが、どうしても感情に引っ張られて若干ストーカーじみた気持ち悪さが出てしまう。
もっと爽やかな…俺は爽やか苦手なんだよ!爽やかな奴も、爽やかにするのも!
『あ、花宮君』
「ああ、羽影さん。また、書く前に会っちゃった」
『ほんとだ。今日は、どうだった?ドラマにもなった話だから、あらすじも簡単にすませちゃったんだけど…聴きやすかったかな?』
「うん。羽影さんの声は優しいから、風刺の効いた落ちが一層不気味に聴こえて、良かった。本当に、聴きやすい声だよね、綺麗でさ」
会える時間に調節したんだから、会うのは当然だ。
感想も口で伝えて、彼女の抜けた笑顔を眺める予定だったし。
文章よりも声の方がいくらか抑揚がついて気持ち悪さが減るだろう。得意の猫かぶりスマイルに、苦手な爽やかさを上掛けして彼女を見遣る。
『…よかった、きいてくれて、ありがと』
その辿々しさは、照れからくるものだろう。
…引いてる訳では無さそうだ。
「それで、リクエストって、できるんだっけ?」
『え?あ、うん、一応』
「羽影さんの声、優しいから童話とか絵本とか聴きたいなって。この前、読み聞かせしてたって言ってたから」
これは、話題の為に考えた策。
俺は別に心温まる話が好きな訳じゃない、“賢者の贈り物” も、“手袋を買いに” も特に感動しない。
まあ、似合うだろうとは思ったけど。
『…絵本、童話、かぁ』
「そんぬ幼児向けのじゃなくて、教科書に載ってて懐かしいくらいでもいいんだ…児童書っていうのかな」
『“ごんぎつね” とか、“少年の日の思い出” とか?』
「えぐい選択肢だね。後味の悪さが」
『だからこそ印象的というか…兵十の “ごん、おまいだったのか、いつも栗をくれたのは…” が切なくて』
「…羽影さんが言うと、本当に切なく聴こえる。エーミールの“そうかそうか、君はそういう奴なんだな”はどう?」
『いや…今のは、花宮君のが完璧だよ。その悪意の有無が解らない顔と声で言われたら立ち直れないよ』
顔を見合わせて、クスクス笑う。
エーミールの台詞は優等生の顔で言ったつもりだったが、いっそうキャラクターに合ってしまったらしい。
『えっと、他の、探してみようかな』
「ありがとう。ああ、でも、無理しないで、##NAME1##さんが読みたいやつでいいから」
『無理はしてないけど、ちょっと探すのと練習に時間貰おうかな。花宮君も、いい物語があったら教えて』
この流れになれば計算通りだ。
思い出したとか思い付いたとか言って、彼女にLINEが送れる。特段思い入れは無いが懐かしい話として小中校時代の話をすれば、接点や共通点でも出てくるだろう。
「うん。じゃあ、また」
『またね。部活がんばろ』
(今日は、またね、って言った)
***
(さて……何の本を話題に出すか)
これしか話題の糸口がないから、翌日になってからLINEの画面を開く。
「昨日の、リクエストの話なんだけど」
そこまで打って、また悩む。
これといって思い入れは無い。有名どころはなんだろうか。
「“注文の多い料理店”、は どうかな」
これなら知らないとはならないだろ。覚えてなくてもタイトルは知ってるはず。
『あー懐かしい!クラムボンの人のでしょ?私もね、“盆土産”とか“三つのお願い”とか考えてたんだけど』
「それも懐かしい」
『でしょ?あと思い付いたは“ちいちゃんの影送り”と“一つの花”だったから、こっちはさ、戦争の話でちょっとランチタイムに聞くのは重たいかなって』
このあとも一頻り“懐かしい”という話題で場を繋ぐ。
メールの時代であったならば、返事を少し遅らせることで期待させるとか気になるよう仕向けるとか、そういうこともあっただろうけど。
今は、話を終わらせない、飽きさせないのが優先だから。短い時間で返事を考えないといけななった。
(…さて、どうする)
(話をここで終わらせることもできる)
(向こうからしたら長引かせる必要のない話だ)
(……、テンポ落ちてきたな、潮時か)
「ねえ、やっぱり、“少年の日の思い出”がいいな」
これがベストかどうかはわからない。
俺にはどの話も特段思い入れはないのだから。
ただ、強いて言うなら
「羽影さんのエーミールの台詞、聴きたい」
それだった。
主人公が、エーミールという模範生の蝶の標本を盗んだうえに壊してしまって。謝りに行った主人公に対してエーミールは怒りもせず許しもせず、
“そうかそうか、君はそういう奴なんだな”
淡々とそう告げたのだ。
『いや、花宮君を超えるのは無理だと思うなぁ』
そんなに嵌まり役だったか?羽影に俺はどう見えてんだよ。
「俺は羽影さんが読んでくれれば、それでいいんだけどな。嫌なら、他の考えるよ」
『嫌じゃないよ。じゃあ、それにするね』
「ありがとう、楽しみにしてる」
おやすみ、またね。そうやって終わった。
(……この前、脈がありそうって思ったのはなんだったんだ)
(進歩が無い)
(遠退いてはないが、近付いてもない)
「おやすみ、またね」の文字は既読になったものの返事はない。スタンプすら送られてこない。
(脈無し?ふざけんな)
(……そうだよな、俺にあるのは脈じゃない、糸だ)
(クモの巣を張っても来ないなら、直接糸をかければいい)
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