悪童の一目惚れ
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《悪童の一目惚れ》花宮
10周年記念 フリリク 紅葉様へ
2024/01/12
*****花宮視点
近隣で自分の好物が買える店は此処しかない。
輸入食品店の奥、カカオ100%のチョコレートは棚の上の方に陳列されていた。
板チョコ1枚で600円、甘ったるいチョコなら5分の1の値段で買えるのに。
いつも、月に1回、3枚買って帰る。
今日はそこに、先客がいた。
この売場に他人がいること自体珍しく、あまつ同じ高校の制服だなんて初めてで。
その手を見たら、自分が買おうとしているカカオ100%のチョコレートが掴まれていた。
(俺以外に買ってるやつ、初めて見たな)
なんとなく、掴まれたチョコレートから、指先、腕、肩と視線をやって。
最後、横顔を伺えば。満足そうに上がった口角が『やっと見つけた』と呟いた。
細められた瞳から、嬉しさが零れるような表情。
(良かったな、見つけられて)
心の中で声をかけて、レジへ向かう後ろ姿を眺める。
人の不幸を悦ぶ俺が、まさか他人の幸せに「良かったな」と相槌をうつ日がくるなんて。
……まあ、俺だってこの店を見つけるの苦労したし?ネットで買うと送料が馬鹿にならないの知ってるし?
同じ味覚の奴に会ったことないから、純粋に「嬉しかっただろうな」と共感しただけだ。うん。
(……リボンの色からして同学年だよな)
(何組だ?委員会でも見かけねぇし)
(部活も運動部じゃねぇのかな。見たことがない)
棚には丁度、件のチョコレートが3枚残っていて。
全部引っ付かんでレジへ向かった。
頭の中に彼女の横顔が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
その上、横顔しか見えなかったのに、こちらを振り向いて笑う姿が脳裏を過った。
─ 一目惚れ ─
弾き出された言葉を、頭を振って追い払う。
まさか。
確かに綺麗だとは思った。少し好みだとも思った。
いやでも。
話したこともないやつ、好きになるわけ。
(そんなわけねーだろ、バァカ)
この場合、馬鹿は俺なのだけど。その辺を論理で打ち負かせない程には狼狽えている。
…彼女のことが頭から離れない。
***
モヤモヤしたまま翌日になり、朝練の為に早く登校する。
隣のコートの女バスやグラウンドの陸上部やソフトボール部を見ても、彼女とおぼしき横顔はなかった。
(そりゃそうか、運動してそうな体つきじゃなかったし)
その考えで、また狼狽える。
体つきを覚えるほど凝視した記憶はない。
記憶にないが、実際に見ていたわけだ。
手足が細かったことも、体格が華奢だったことも。
「おーい花宮?朝練終わるぞ?片付けるからな?」
ぼんやりしてたら朝練が終わって山崎に声を掛けられた。本当にどうかしてる。
しばらく経ったある日の放課後、彼女を見つけたのは偶然だった。
図書館で、文学の棚に向かって本を選ぶ姿。見間違うもんか、あの日見た、その横顔。
小柄な彼女は棚の一番上に目を留めて背伸びをする。
触れられるが、みっちり詰まった本棚から引き抜くのは難しいようで、暫くすると腕を下ろした。
踏み台を探す素振りを見かねて、声を掛ける。
「どれ?」
見かねて、というのは嘘。
チャンスだと思った自分がいる。
『あ…その、“ショートセレクション”を』
「星新一?好きなの?」
『始めて読むのでまだなんとも…』
「そう。まあ、星新一のショートショートは外れが無いな。他もあれば手伝うけど」
『とりあえずは』
小声で話しながら名札を盗み見た。
(2組…羽影雨月)
自分の記憶を探ってみれば、今まで関わったことのない人間だと解る。
『あの…ありがとうございました』
なのに。控えめに はにかんだ、その微笑に既視感。
それは、昨日脳裏に描いた、振り返り様の笑顔と同じ。
(やっぱり、好きだな)
そう感じてしまえば認めるよりなかった。
あの一瞬は一目惚れで。この胸の高鳴りは恋で。
「どういたしまして」
渾身の猫かぶりスマイルを浮かべたのに、緊張して声が少し震えた。
彼女には声を潜めただけにしか聞こえなかったのか、小さく会釈して立ち去っていく。
彼女を引き留める台詞が一つも浮かばなかった自分が情けない。いや、恋愛小説なんて殆ど読まないから頭の引き出しにそもそも入っていない。
(……なんだかなぁ)
まさか、自分から近づきたいと思う相手と出会うなんて。
まして、名前と顔しか知らない奴を好きになるなんて。
それでいて、それが一目惚れな上に初恋だ。
我ながら信じられなかった。
信じられないけれど、彼女と話せて良かったと、素直に喜んでる自分も確かにいる。
(……友情も青春も嫌っておいて、人並みに恋はできるってか)
(初恋も一目惚れも実らないのが定石だっていうが)
(まあ、人並みに終わるつもりはねえな)
さて、彼女を落とすのにどれだけかかるだろうか。
***
(……あいつ、普段どこにいるんだ)
クラスがわかったのだから、教室を覗けば一目見ることくらい容易いと思っていた。
実際には彼女とおぼしき人影はなく、それが朝礼前も昼休みも放課後も…となれば。意図的に教室にいないのだ。
居たくないからなのか、常に行きたい場所があるのかは定かでない。少なくとも、あれから図書館で出会すこともないから、図書館に居着いてる訳でもなさそうだ。
強いて言えば、教科ごとクラスをシャッフルして講座を組む霧崎第一高校において授業が被らないところをみると、純粋な文系だろうということ。それくらいしか解ってない。
図書館で出会って2週間、彼女に初めて会ってから3週間だ。忘れられればそれでも良かったのに、昨日は夢にまで出てくる始末。
何か進展がないと妄想が一人歩きを始めてしまう。
「最近、ぼうっとしてないか」
「は?気のせいだろ」
古橋に言われるくらいだ。いよいよ不味い。
昼休み中は古橋が隣の席にくる。別に何を話す訳じゃないが、自分の席を女子グループに占拠されて行く場所がないらしい。
弁当の蓋をあけて、箸をとりだした、その時。
─これより、お昼の放送を開始します─
いつもと変わらない放送が入った。
霧崎第一には放送委員会がない。放送に関するものは全て「放送部」という部活が担っていて、昼の放送は各委員会や教科担当からの連絡と放送部の自由活動の構成。
昼の開始のフレーズは決まってそれで、続いて放送担当が名乗る。今日は
─本日は、羽影雨月が担当します─
彼女だった。
「!?」
(あいつ放送部だったのか)
(教室にいないわけだ、朝も放課後も放送あるしな)
「…花宮?食べないのか?」
「静かに食え」
彼女の声を聞き取るには自分の咀嚼音すら邪魔で、箸を置いて弁当の蓋を閉じる。
内容は、保健委員の臨時委員会があること、来週から交通安全週間だということ、1年生の世界史の補習が明日に延期されたこと。
そして、自由活動が、彼女の朗読だった。
─本日の朗読は、星新一 作、“ショートセレクション”より“ボッコちゃん”です─
彼女が探していたのは放送するための短編小説なのだど解って納得。
ショートショートに関して言えば、星新一の作品に外れはない。あとは音声だけで理解できるオチなのかを吟味するだけだ。彼女が選んだのは“人造美人”でも知られる“ボッコちゃん”。
端的に、上手だった。“ボッコちゃん”の台詞は艷があるのに冷たく、男の台詞は恋の未練を感じるような、声は同じなのに どちらが話しているか情景が浮かぶような語りだったのだ。
(声優でも目指してんのか…)
(アナウンサーとか?ラジオとかもいいな)
(クソ、もっと前から聴いてればよかった)
ひとり没入して聴き入っていた俺は古橋の視線も意に介さず
─これで、お昼の放送を終わります─
を聴いてから再び弁当の蓋をあけた。
***
うちの学校は授業終わりから部活の開始までに20分時間がある。力を入れているところは20分のうちに準備をしたり基礎練終わらせたりしているし、緩いところはただの自由時間だ。
バスケ部は1年生が準備と筋トレを課せられていて、2年生以上は着替えとストレッチのみ。
だからこの前、図書館で彼女を見つける時間があったわけで。今回は放送室の前に来ている。
放送室は昇降口に近い。けれど、角を曲がったところにあって目立たない場所でもある。
その部屋の前に「お昼の放送、リクエスト・意見箱」という手作り感の溢れた小箱が置いてあった。
隣にメモ用紙と鉛筆も用意してあって、徐に鉛筆をとりあげる。
感想でも書けば、彼女の目に入るだろう。
図書館で選んだ本だとほのめかせば、書き手が俺だと解るだろう。匿名でも可、とはあるが名前を書く欄もあるし。伝えられるはず。
名前を書いて、これから感想欄を書こうと思ったところで。
『あ…図書館の』
後ろから声がした。
「ああ。あの時の、…あの本だったから、感想書こうと思って」
彼女だった。
部活のために来たのだろう、鞄や荷物を持って佇んでいる。
『そうですか、ありがとうございます。どれも面白かったのですが、結局一番有名な話にしてしまいました。解りやすかったでしょうか』
「とても。登場人物も少ないし、台詞のメリハリもあって凄く聴きやすかった。次回も楽しみです…って書こうとしたんだけど、直接伝えられて良かった」
振り向いて視線を合わせる俺は、出来る限りの猫かぶりスマイルに、爽やかボイス。
今回は震えることなく上手く言えた。
彼女は控えめに、照れたような笑顔を見せる。
『聞いてくれた人がいて嬉しいです、感想貰えたのも初めてで…ありがとうございます』
「そうなの?放送部のお昼放送、結構人気なんだって聞いたけど。特定の人にファンもいるとか」
『他の人は居るみたいですね。私は、そういうの無かったんです。隔週火曜が担当なんですけど、なにも反応貰えなくて』
笑顔を少し曇らせて、寂しげな影が落ちたのが、また可愛かった。
いやでも、あんな聴きやすい朗読、放送好きなやつなら感想書くのでは?実際放送部に探りを入れたら声優オタクみたいなファンがいる奴もいて。
彼女にもファンが付いているものだと思ってた。それをどう潰そうか考えるまでしていたのに。
(…聴きやす過ぎるのかもな)
(俺も気づかなかったわけだし)
(ま、言わねぇけど)
「じゃあ、俺がファン1号だね。今日まで聞き流しちゃってたの、勿体ないって思うくらい、その、素敵だったから。また、再来週の火曜日、楽しみにしてる」
今度は、爽やかさに少し辿々しさを混ぜて。
渾身のスマイルも少し崩して、はにかむ様に。
『…ありがとうございます、次も面白いお話選べるように頑張りますね。…えっと、、はなみや、くん?』
応えるように再び笑顔を見せた彼女は、俺の手元のメモ用紙から名前を拾おうとする。
「そう。はなみや、まこと。1組だよ」
『2組の、羽影雨月です。同じ2年生だったんだね』
「え。気づいてなかったの?だから敬語で?」
『うん、落ち着いてたから、てっきり3年生だと思って…そっか、花宮君、大人びてるね』
「リボンとネクタイの色で解るでしょ。羽影さんって面白いね。…じゃ、そろそろ俺も部活行かないと。またね」
“花宮君は部活どこ?”
“俺はバスケだよ”
“バスケ部って強いんだよね、頑張って”
“ありがとう”
小さく手を振る彼女と分かれて体育館へ向かう。
胸中でガッツポーズをする程の浮かれ具合だが、涼しい顔は出来ているだろうか。
(名前と、クラスと、部活)
(彼女と持っている情報が対等になった)
(俺だけじゃなく、アイツも俺を知っている)
感触は良かった。
放送部としてファンだということは伝わっているのだし、好意的に受け取られているはず。
…次に話せるのはいつだろう。確実なのは再来週の火曜日、彼女の放送を聞いた感想を伝えに行けばいい。
今日のように書いている時に偶然…という体で話をするのが自然だ。会えなければ意見箱に入れてしまえばいいのだし。
あとは、部活や委員会の連絡を放送部に依頼するとか?彼女のクラスは知れたのだし、別に疚しくもないだろう。
探りを入れた放送部員も原がつるんでいる女友達だから、疑問を持たれることも無いだろうし。
「………」
それにしたって、再来週だろう。長すぎる。
来週、いや、明日も話すためにはどうしたらいい。
(…賭けだな)
駄目で元々。それくらい望み薄なもの。
部活を終えて、向かう先は、彼女に一目惚れした場所。
(賭けとは言ったが、居るわけねぇよな)
カカオ100%のチョコレートが買える店。
月に一回買いにくる俺だって決まった曜日や時間じゃないのだから、あの時初めて見つけただろう彼女と出会う可能性なんて微塵もない。
実際居なかったし、チョコレートもまだ入荷してなくて、空の商品棚には入荷予定日が書かれている。…来週か。
(…やっぱ明日にでも放送を頼むか。適当に臨時委員会でも開いて…いや、それだとアイツの声じゃ聞けねぇし。再来週なら結局今と変わんねぇ)
折角店まで来たから適当に見て回りながら考えよう…と、振り返った。そしたら
『あれ?花宮君?』
彼女が立っていた。
「……え……羽影…さん?」
居ないものだと思っていたから動揺が激しい。
『やっぱりそうだ、偶然だね』
えへへ、と笑ったのが可愛くて心臓が変な脈を打つ。
「そうだね。よく来るの?」
俺は偶然だなんて思ってない。運命に近いものを感じ
いるし、必然だったらいいと思ってる。
『ううん、まだ2回目。最近苦いチョコにハマってね、ほら、カカオ99%とかあるでしょ?そこまであるなら100%もないかなーって探してたら、ここで見つけたんだ』
てことは、前回と今回。両方立ち会った俺はやっぱり運命では。
『…あ、でも売り切れてる。花宮君は?何を買いに来たの?』
「ん?ああ、俺も同じチョコ。この辺じゃここでしか買えないから…次の入荷は来週だって」
『花宮君もあのチョコ好きなんだ。美味しいよね、まあ、苦いんだけど、なんかこう、癖になる』
「わかる。俺はあのチョコ食べ慣れてからミルクチョコ食えなくなった」
『え、甘すぎるってこと?食べ慣れるってどのくらい前から』
「高校入る前だから…2年以上。3年近く?」
『あはは、高カカオチョコの大先輩だった。もう玄人だね、流行る前からじゃない』
彼女が段々砕けた話し方や笑い方になっていくのが楽しくて。
なんだかずっと前から知っていたような気がしてきた。
「来週、水曜だって。一緒に買いに来ない?」
因みに水曜は部活が短い日だ。話の流れで軽く頷いてくれれば…と思って誘ってみる。
『うん…?いいけど、なんで一緒に?』
あーー……それ、言うのか。嫌なら適当な理由で断ればいいし、良いなら二つ返事だろうに。『なんで』って聞くか。
いや、まあ、俺は好意を持って距離を詰めようとしているが、彼女からしたら先日図書館で見かけて今日話しただけの人間だ。友達とも言えないし距離を詰める理由もない。
「……今、一緒に話してて楽しかったから、また話せればと思って。都合悪ければ、構わないけど」
寂しげな表情を作って、控えめな声を少し震わせて。
ここで感情を押し付けて嫌われたら意味がない。
引きたければ引けるくらいの退路は残して誘えればいい、二度と関われないよりは次があるように。
『…ううん、大丈夫。じゃあ、来週の水曜ね』
「ありがとう。あ、待ち合わせ用に連絡先交換してくれるかな?」
『そうだね。LINEでいい?』
連絡先まで交換できれば上々。
嬉しい感情は隠さず、できるだけ爽やかに微笑んでスマホを弄る。
明日会う口実は作れなかったけど、来週の約束を取り付けられたのは大きい。
彼女も訝しむような表情ではないし、良かった。
『じゃあ、またね』
家の方向が違うらしい。
店の前で分かれる時は「送ろうか」と言わなかった。
なんで、と聞かれるくらいなのだから押す時じゃないはずだ。
LINEだって交換したけれど、用もなくメッセージを送る程の距離感にはなれてないだろう。
前日に、「明日の放課後、昇降口で」そのくらいで十分。
.
10周年記念 フリリク 紅葉様へ
2024/01/12
*****花宮視点
近隣で自分の好物が買える店は此処しかない。
輸入食品店の奥、カカオ100%のチョコレートは棚の上の方に陳列されていた。
板チョコ1枚で600円、甘ったるいチョコなら5分の1の値段で買えるのに。
いつも、月に1回、3枚買って帰る。
今日はそこに、先客がいた。
この売場に他人がいること自体珍しく、あまつ同じ高校の制服だなんて初めてで。
その手を見たら、自分が買おうとしているカカオ100%のチョコレートが掴まれていた。
(俺以外に買ってるやつ、初めて見たな)
なんとなく、掴まれたチョコレートから、指先、腕、肩と視線をやって。
最後、横顔を伺えば。満足そうに上がった口角が『やっと見つけた』と呟いた。
細められた瞳から、嬉しさが零れるような表情。
(良かったな、見つけられて)
心の中で声をかけて、レジへ向かう後ろ姿を眺める。
人の不幸を悦ぶ俺が、まさか他人の幸せに「良かったな」と相槌をうつ日がくるなんて。
……まあ、俺だってこの店を見つけるの苦労したし?ネットで買うと送料が馬鹿にならないの知ってるし?
同じ味覚の奴に会ったことないから、純粋に「嬉しかっただろうな」と共感しただけだ。うん。
(……リボンの色からして同学年だよな)
(何組だ?委員会でも見かけねぇし)
(部活も運動部じゃねぇのかな。見たことがない)
棚には丁度、件のチョコレートが3枚残っていて。
全部引っ付かんでレジへ向かった。
頭の中に彼女の横顔が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
その上、横顔しか見えなかったのに、こちらを振り向いて笑う姿が脳裏を過った。
─ 一目惚れ ─
弾き出された言葉を、頭を振って追い払う。
まさか。
確かに綺麗だとは思った。少し好みだとも思った。
いやでも。
話したこともないやつ、好きになるわけ。
(そんなわけねーだろ、バァカ)
この場合、馬鹿は俺なのだけど。その辺を論理で打ち負かせない程には狼狽えている。
…彼女のことが頭から離れない。
***
モヤモヤしたまま翌日になり、朝練の為に早く登校する。
隣のコートの女バスやグラウンドの陸上部やソフトボール部を見ても、彼女とおぼしき横顔はなかった。
(そりゃそうか、運動してそうな体つきじゃなかったし)
その考えで、また狼狽える。
体つきを覚えるほど凝視した記憶はない。
記憶にないが、実際に見ていたわけだ。
手足が細かったことも、体格が華奢だったことも。
「おーい花宮?朝練終わるぞ?片付けるからな?」
ぼんやりしてたら朝練が終わって山崎に声を掛けられた。本当にどうかしてる。
しばらく経ったある日の放課後、彼女を見つけたのは偶然だった。
図書館で、文学の棚に向かって本を選ぶ姿。見間違うもんか、あの日見た、その横顔。
小柄な彼女は棚の一番上に目を留めて背伸びをする。
触れられるが、みっちり詰まった本棚から引き抜くのは難しいようで、暫くすると腕を下ろした。
踏み台を探す素振りを見かねて、声を掛ける。
「どれ?」
見かねて、というのは嘘。
チャンスだと思った自分がいる。
『あ…その、“ショートセレクション”を』
「星新一?好きなの?」
『始めて読むのでまだなんとも…』
「そう。まあ、星新一のショートショートは外れが無いな。他もあれば手伝うけど」
『とりあえずは』
小声で話しながら名札を盗み見た。
(2組…羽影雨月)
自分の記憶を探ってみれば、今まで関わったことのない人間だと解る。
『あの…ありがとうございました』
なのに。控えめに はにかんだ、その微笑に既視感。
それは、昨日脳裏に描いた、振り返り様の笑顔と同じ。
(やっぱり、好きだな)
そう感じてしまえば認めるよりなかった。
あの一瞬は一目惚れで。この胸の高鳴りは恋で。
「どういたしまして」
渾身の猫かぶりスマイルを浮かべたのに、緊張して声が少し震えた。
彼女には声を潜めただけにしか聞こえなかったのか、小さく会釈して立ち去っていく。
彼女を引き留める台詞が一つも浮かばなかった自分が情けない。いや、恋愛小説なんて殆ど読まないから頭の引き出しにそもそも入っていない。
(……なんだかなぁ)
まさか、自分から近づきたいと思う相手と出会うなんて。
まして、名前と顔しか知らない奴を好きになるなんて。
それでいて、それが一目惚れな上に初恋だ。
我ながら信じられなかった。
信じられないけれど、彼女と話せて良かったと、素直に喜んでる自分も確かにいる。
(……友情も青春も嫌っておいて、人並みに恋はできるってか)
(初恋も一目惚れも実らないのが定石だっていうが)
(まあ、人並みに終わるつもりはねえな)
さて、彼女を落とすのにどれだけかかるだろうか。
***
(……あいつ、普段どこにいるんだ)
クラスがわかったのだから、教室を覗けば一目見ることくらい容易いと思っていた。
実際には彼女とおぼしき人影はなく、それが朝礼前も昼休みも放課後も…となれば。意図的に教室にいないのだ。
居たくないからなのか、常に行きたい場所があるのかは定かでない。少なくとも、あれから図書館で出会すこともないから、図書館に居着いてる訳でもなさそうだ。
強いて言えば、教科ごとクラスをシャッフルして講座を組む霧崎第一高校において授業が被らないところをみると、純粋な文系だろうということ。それくらいしか解ってない。
図書館で出会って2週間、彼女に初めて会ってから3週間だ。忘れられればそれでも良かったのに、昨日は夢にまで出てくる始末。
何か進展がないと妄想が一人歩きを始めてしまう。
「最近、ぼうっとしてないか」
「は?気のせいだろ」
古橋に言われるくらいだ。いよいよ不味い。
昼休み中は古橋が隣の席にくる。別に何を話す訳じゃないが、自分の席を女子グループに占拠されて行く場所がないらしい。
弁当の蓋をあけて、箸をとりだした、その時。
─これより、お昼の放送を開始します─
いつもと変わらない放送が入った。
霧崎第一には放送委員会がない。放送に関するものは全て「放送部」という部活が担っていて、昼の放送は各委員会や教科担当からの連絡と放送部の自由活動の構成。
昼の開始のフレーズは決まってそれで、続いて放送担当が名乗る。今日は
─本日は、羽影雨月が担当します─
彼女だった。
「!?」
(あいつ放送部だったのか)
(教室にいないわけだ、朝も放課後も放送あるしな)
「…花宮?食べないのか?」
「静かに食え」
彼女の声を聞き取るには自分の咀嚼音すら邪魔で、箸を置いて弁当の蓋を閉じる。
内容は、保健委員の臨時委員会があること、来週から交通安全週間だということ、1年生の世界史の補習が明日に延期されたこと。
そして、自由活動が、彼女の朗読だった。
─本日の朗読は、星新一 作、“ショートセレクション”より“ボッコちゃん”です─
彼女が探していたのは放送するための短編小説なのだど解って納得。
ショートショートに関して言えば、星新一の作品に外れはない。あとは音声だけで理解できるオチなのかを吟味するだけだ。彼女が選んだのは“人造美人”でも知られる“ボッコちゃん”。
端的に、上手だった。“ボッコちゃん”の台詞は艷があるのに冷たく、男の台詞は恋の未練を感じるような、声は同じなのに どちらが話しているか情景が浮かぶような語りだったのだ。
(声優でも目指してんのか…)
(アナウンサーとか?ラジオとかもいいな)
(クソ、もっと前から聴いてればよかった)
ひとり没入して聴き入っていた俺は古橋の視線も意に介さず
─これで、お昼の放送を終わります─
を聴いてから再び弁当の蓋をあけた。
***
うちの学校は授業終わりから部活の開始までに20分時間がある。力を入れているところは20分のうちに準備をしたり基礎練終わらせたりしているし、緩いところはただの自由時間だ。
バスケ部は1年生が準備と筋トレを課せられていて、2年生以上は着替えとストレッチのみ。
だからこの前、図書館で彼女を見つける時間があったわけで。今回は放送室の前に来ている。
放送室は昇降口に近い。けれど、角を曲がったところにあって目立たない場所でもある。
その部屋の前に「お昼の放送、リクエスト・意見箱」という手作り感の溢れた小箱が置いてあった。
隣にメモ用紙と鉛筆も用意してあって、徐に鉛筆をとりあげる。
感想でも書けば、彼女の目に入るだろう。
図書館で選んだ本だとほのめかせば、書き手が俺だと解るだろう。匿名でも可、とはあるが名前を書く欄もあるし。伝えられるはず。
名前を書いて、これから感想欄を書こうと思ったところで。
『あ…図書館の』
後ろから声がした。
「ああ。あの時の、…あの本だったから、感想書こうと思って」
彼女だった。
部活のために来たのだろう、鞄や荷物を持って佇んでいる。
『そうですか、ありがとうございます。どれも面白かったのですが、結局一番有名な話にしてしまいました。解りやすかったでしょうか』
「とても。登場人物も少ないし、台詞のメリハリもあって凄く聴きやすかった。次回も楽しみです…って書こうとしたんだけど、直接伝えられて良かった」
振り向いて視線を合わせる俺は、出来る限りの猫かぶりスマイルに、爽やかボイス。
今回は震えることなく上手く言えた。
彼女は控えめに、照れたような笑顔を見せる。
『聞いてくれた人がいて嬉しいです、感想貰えたのも初めてで…ありがとうございます』
「そうなの?放送部のお昼放送、結構人気なんだって聞いたけど。特定の人にファンもいるとか」
『他の人は居るみたいですね。私は、そういうの無かったんです。隔週火曜が担当なんですけど、なにも反応貰えなくて』
笑顔を少し曇らせて、寂しげな影が落ちたのが、また可愛かった。
いやでも、あんな聴きやすい朗読、放送好きなやつなら感想書くのでは?実際放送部に探りを入れたら声優オタクみたいなファンがいる奴もいて。
彼女にもファンが付いているものだと思ってた。それをどう潰そうか考えるまでしていたのに。
(…聴きやす過ぎるのかもな)
(俺も気づかなかったわけだし)
(ま、言わねぇけど)
「じゃあ、俺がファン1号だね。今日まで聞き流しちゃってたの、勿体ないって思うくらい、その、素敵だったから。また、再来週の火曜日、楽しみにしてる」
今度は、爽やかさに少し辿々しさを混ぜて。
渾身のスマイルも少し崩して、はにかむ様に。
『…ありがとうございます、次も面白いお話選べるように頑張りますね。…えっと、、はなみや、くん?』
応えるように再び笑顔を見せた彼女は、俺の手元のメモ用紙から名前を拾おうとする。
「そう。はなみや、まこと。1組だよ」
『2組の、羽影雨月です。同じ2年生だったんだね』
「え。気づいてなかったの?だから敬語で?」
『うん、落ち着いてたから、てっきり3年生だと思って…そっか、花宮君、大人びてるね』
「リボンとネクタイの色で解るでしょ。羽影さんって面白いね。…じゃ、そろそろ俺も部活行かないと。またね」
“花宮君は部活どこ?”
“俺はバスケだよ”
“バスケ部って強いんだよね、頑張って”
“ありがとう”
小さく手を振る彼女と分かれて体育館へ向かう。
胸中でガッツポーズをする程の浮かれ具合だが、涼しい顔は出来ているだろうか。
(名前と、クラスと、部活)
(彼女と持っている情報が対等になった)
(俺だけじゃなく、アイツも俺を知っている)
感触は良かった。
放送部としてファンだということは伝わっているのだし、好意的に受け取られているはず。
…次に話せるのはいつだろう。確実なのは再来週の火曜日、彼女の放送を聞いた感想を伝えに行けばいい。
今日のように書いている時に偶然…という体で話をするのが自然だ。会えなければ意見箱に入れてしまえばいいのだし。
あとは、部活や委員会の連絡を放送部に依頼するとか?彼女のクラスは知れたのだし、別に疚しくもないだろう。
探りを入れた放送部員も原がつるんでいる女友達だから、疑問を持たれることも無いだろうし。
「………」
それにしたって、再来週だろう。長すぎる。
来週、いや、明日も話すためにはどうしたらいい。
(…賭けだな)
駄目で元々。それくらい望み薄なもの。
部活を終えて、向かう先は、彼女に一目惚れした場所。
(賭けとは言ったが、居るわけねぇよな)
カカオ100%のチョコレートが買える店。
月に一回買いにくる俺だって決まった曜日や時間じゃないのだから、あの時初めて見つけただろう彼女と出会う可能性なんて微塵もない。
実際居なかったし、チョコレートもまだ入荷してなくて、空の商品棚には入荷予定日が書かれている。…来週か。
(…やっぱ明日にでも放送を頼むか。適当に臨時委員会でも開いて…いや、それだとアイツの声じゃ聞けねぇし。再来週なら結局今と変わんねぇ)
折角店まで来たから適当に見て回りながら考えよう…と、振り返った。そしたら
『あれ?花宮君?』
彼女が立っていた。
「……え……羽影…さん?」
居ないものだと思っていたから動揺が激しい。
『やっぱりそうだ、偶然だね』
えへへ、と笑ったのが可愛くて心臓が変な脈を打つ。
「そうだね。よく来るの?」
俺は偶然だなんて思ってない。運命に近いものを感じ
いるし、必然だったらいいと思ってる。
『ううん、まだ2回目。最近苦いチョコにハマってね、ほら、カカオ99%とかあるでしょ?そこまであるなら100%もないかなーって探してたら、ここで見つけたんだ』
てことは、前回と今回。両方立ち会った俺はやっぱり運命では。
『…あ、でも売り切れてる。花宮君は?何を買いに来たの?』
「ん?ああ、俺も同じチョコ。この辺じゃここでしか買えないから…次の入荷は来週だって」
『花宮君もあのチョコ好きなんだ。美味しいよね、まあ、苦いんだけど、なんかこう、癖になる』
「わかる。俺はあのチョコ食べ慣れてからミルクチョコ食えなくなった」
『え、甘すぎるってこと?食べ慣れるってどのくらい前から』
「高校入る前だから…2年以上。3年近く?」
『あはは、高カカオチョコの大先輩だった。もう玄人だね、流行る前からじゃない』
彼女が段々砕けた話し方や笑い方になっていくのが楽しくて。
なんだかずっと前から知っていたような気がしてきた。
「来週、水曜だって。一緒に買いに来ない?」
因みに水曜は部活が短い日だ。話の流れで軽く頷いてくれれば…と思って誘ってみる。
『うん…?いいけど、なんで一緒に?』
あーー……それ、言うのか。嫌なら適当な理由で断ればいいし、良いなら二つ返事だろうに。『なんで』って聞くか。
いや、まあ、俺は好意を持って距離を詰めようとしているが、彼女からしたら先日図書館で見かけて今日話しただけの人間だ。友達とも言えないし距離を詰める理由もない。
「……今、一緒に話してて楽しかったから、また話せればと思って。都合悪ければ、構わないけど」
寂しげな表情を作って、控えめな声を少し震わせて。
ここで感情を押し付けて嫌われたら意味がない。
引きたければ引けるくらいの退路は残して誘えればいい、二度と関われないよりは次があるように。
『…ううん、大丈夫。じゃあ、来週の水曜ね』
「ありがとう。あ、待ち合わせ用に連絡先交換してくれるかな?」
『そうだね。LINEでいい?』
連絡先まで交換できれば上々。
嬉しい感情は隠さず、できるだけ爽やかに微笑んでスマホを弄る。
明日会う口実は作れなかったけど、来週の約束を取り付けられたのは大きい。
彼女も訝しむような表情ではないし、良かった。
『じゃあ、またね』
家の方向が違うらしい。
店の前で分かれる時は「送ろうか」と言わなかった。
なんで、と聞かれるくらいなのだから押す時じゃないはずだ。
LINEだって交換したけれど、用もなくメッセージを送る程の距離感にはなれてないだろう。
前日に、「明日の放課後、昇降口で」そのくらいで十分。
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