四季折々
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《梅雨③ じとじと》花宮視点
春が終わって夏が来るこの時期、窓の外は水のカーテンで遮られている。
外の世界と完全に隔たれ気になるくらいの雨音と、風景が霞むくらいの雨量。
まあ、いわゆる、梅雨だ。
『暑い』
「寒い」
梅雨の湿気を『蒸し暑さ』と感じている彼女と、「肌寒い」と感じている俺。
真逆な意見であるが、何方にしても嫌な季節に変わりなかった。
彼女の場合は特に、気圧に伴った頭痛や目眩、吐き気なんかにも悩まされていて。
今朝は額に冷えピタ、首の後ろに氷枕を当てて、カーペットに仰向けにひっくり返っていた。
『まこと、ごめんね』
顔に腕を被せて視界を遮りながら、彼女は力なく呻く。
今日は、彼女が企画したデートの日。『夏本番になる前に出かけよう』と、暑がりな彼女からのお誘いで、美術館と映画館に行く予定だった。
それが、予定より早くやってきた梅雨前線のせいで彼女自身が行けそうにない体調になっている。
今にもぐずりそうな声色は、多分誘った手前…という罪悪感と、自身も行きたかったのに…という悔しさからだろう。
彼女が着ているコットン生地の白いワンピースは、どう見ても部屋着じゃない。
デート、しかも美術館に行くのだから…と、具合悪い中で必死に選んだ装いのはずだ。
「気にすんな、美術館も映画館も、いつでも行ける」
彼女の隣に座って頭を撫でれば、顔を覆っていた腕をどけて『ありがと』と弱々しく微笑んだ。
彼女は極度の暑がりだ。でも、病弱でも脆弱でもない。
感情に素直ではあるけど、甘え上手でも癇癪持ちでもない。
だからこそ、ただぐったりと弱っている姿が、とても、煽情的だった。
俺が加虐嗜好なのもある。人の悔しそうな顔、他人の不幸、そういうものが好物の俺にとって。
特別なやつが、珍しく苦悶の表情をしている。しかも、俺のせいじゃないから俺に縋る表情も見せる。
「…二人っきりなら、何しててもデートだろ?」
デート以上に魅力的だ。
なんて、言わないけれど。我ながら性格悪い。
『…』
頭痛や吐き気で目を潤ませた彼女は声を出すのも億劫なのか、緩く頷いた。
「…なんか飲むか?この前ハーブティー買ってたろ」
不思議なもので、加虐欲求が満たされると俺でも庇護欲というものが湧くらしい。
汗で張り付いた前髪を払ってやれば、目を細める。
『まことが淹れてくれるの?』
「ああ」
たしか、ミントとレモングラスのハーブティーがあった。熱湯で淹れるが、氷を入れてアイスでも良かったはず。
すっきりしたもので、胃に優しい。カフェインも脂質もなくて丁度いいだろ。
『ん…でも、まことはミント苦手じゃなかった?』
「俺はコーヒー淹れるから」
キッチンへ向かうべく立ち上がろうとすれば。くんっ、と裾を引かれる。
『なら、私もコーヒー』
「吐き気あるならカフェインは止めとけ」
『…コーヒーが、いい』
その言い草が。まるで。
「ふぅん?ああ、でも、たまには薄荷もいいか」
『…なら、私も』
かわいい。
裾まで掴んでおいて、甘え方がいじらしい。
「すぐ淹れてくる」
***
すーっとした香りの湯気が立つ俺のマグカップと、カランカランと涼し気な音を立てる彼女のグラスの中身は同じ。
ミントとレモングラスのハーブティーに、はちみつが一匙。
はちみつは冷たい方が甘みを感じやすいから、彼女の方が少し甘く感じる。
『ありがと、おいし』
「そ」
なんとか起き上がった彼女は、グラスの結露を指に絡ませながら、うれしそうにハーブティーを啜っていた。
俺はと言えば、やっぱりミントは得意じゃないが、湿気を払うにはちょうどよかった。
『…でも、美術館、行きたかったな』
彼女は空になったグラスを置きながらうなだれる。
俺もマグカップを置いて彼女の隣に座り込んだ。
「俺は十分、観たけどな」
『え?』
「なんだ。そのワンピース、モネの日傘を差す女、だろ?」
それから、件のワンピースのヒラリと裾を触る。
『ふふ、気づいてくれたの?』
「まあな。…似合ってる、また今度行こう」
『…うん。ありがと』
まだ本調子じゃないけど、柔く笑って顔を上げた彼女が可愛らしくて。
顔にかかる髪を掬って耳にかけてやる。
(あつ…)
そこで、不意に触れた頬がとても熱を帯びていた。
氷枕してたのに、まだ暑いのかと驚きながら、徐ろにリモコンを取ってエアコンの設定温度を下げた。
『いいよ、まこと。寒いでしょ』
彼女はそれを俺が羽織ってるストールをつまんで阻止しようとするが、あまりに弱々しくて、甘えられてるみたいだ。
「いいんだよ、お前がいれば」
そう返事をして、端折りすぎたなと、一人で可笑しくなる。
「お前があったかいから、大丈夫」
彼女に比べたら、ずっと冷たい俺の手のひらを彼女に翳して。瞼をすっと下ろさせる。
『…ふふ、冷たくて気持ちいい』
「そりゃ良かった。…ほら、もう少し休んでろよ」
はぁい。なんて間延びした嬉しそうな声で、彼女は笑った。
(再び眠った彼女は、暫くして熱さで目が覚める)
(隣で同じように眠ったまことが)
(無意識のうちに彼女で暖を取ろうと抱きついていたから)
『……っ、心臓に悪い…!』
fin
春が終わって夏が来るこの時期、窓の外は水のカーテンで遮られている。
外の世界と完全に隔たれ気になるくらいの雨音と、風景が霞むくらいの雨量。
まあ、いわゆる、梅雨だ。
『暑い』
「寒い」
梅雨の湿気を『蒸し暑さ』と感じている彼女と、「肌寒い」と感じている俺。
真逆な意見であるが、何方にしても嫌な季節に変わりなかった。
彼女の場合は特に、気圧に伴った頭痛や目眩、吐き気なんかにも悩まされていて。
今朝は額に冷えピタ、首の後ろに氷枕を当てて、カーペットに仰向けにひっくり返っていた。
『まこと、ごめんね』
顔に腕を被せて視界を遮りながら、彼女は力なく呻く。
今日は、彼女が企画したデートの日。『夏本番になる前に出かけよう』と、暑がりな彼女からのお誘いで、美術館と映画館に行く予定だった。
それが、予定より早くやってきた梅雨前線のせいで彼女自身が行けそうにない体調になっている。
今にもぐずりそうな声色は、多分誘った手前…という罪悪感と、自身も行きたかったのに…という悔しさからだろう。
彼女が着ているコットン生地の白いワンピースは、どう見ても部屋着じゃない。
デート、しかも美術館に行くのだから…と、具合悪い中で必死に選んだ装いのはずだ。
「気にすんな、美術館も映画館も、いつでも行ける」
彼女の隣に座って頭を撫でれば、顔を覆っていた腕をどけて『ありがと』と弱々しく微笑んだ。
彼女は極度の暑がりだ。でも、病弱でも脆弱でもない。
感情に素直ではあるけど、甘え上手でも癇癪持ちでもない。
だからこそ、ただぐったりと弱っている姿が、とても、煽情的だった。
俺が加虐嗜好なのもある。人の悔しそうな顔、他人の不幸、そういうものが好物の俺にとって。
特別なやつが、珍しく苦悶の表情をしている。しかも、俺のせいじゃないから俺に縋る表情も見せる。
「…二人っきりなら、何しててもデートだろ?」
デート以上に魅力的だ。
なんて、言わないけれど。我ながら性格悪い。
『…』
頭痛や吐き気で目を潤ませた彼女は声を出すのも億劫なのか、緩く頷いた。
「…なんか飲むか?この前ハーブティー買ってたろ」
不思議なもので、加虐欲求が満たされると俺でも庇護欲というものが湧くらしい。
汗で張り付いた前髪を払ってやれば、目を細める。
『まことが淹れてくれるの?』
「ああ」
たしか、ミントとレモングラスのハーブティーがあった。熱湯で淹れるが、氷を入れてアイスでも良かったはず。
すっきりしたもので、胃に優しい。カフェインも脂質もなくて丁度いいだろ。
『ん…でも、まことはミント苦手じゃなかった?』
「俺はコーヒー淹れるから」
キッチンへ向かうべく立ち上がろうとすれば。くんっ、と裾を引かれる。
『なら、私もコーヒー』
「吐き気あるならカフェインは止めとけ」
『…コーヒーが、いい』
その言い草が。まるで。
「ふぅん?ああ、でも、たまには薄荷もいいか」
『…なら、私も』
かわいい。
裾まで掴んでおいて、甘え方がいじらしい。
「すぐ淹れてくる」
***
すーっとした香りの湯気が立つ俺のマグカップと、カランカランと涼し気な音を立てる彼女のグラスの中身は同じ。
ミントとレモングラスのハーブティーに、はちみつが一匙。
はちみつは冷たい方が甘みを感じやすいから、彼女の方が少し甘く感じる。
『ありがと、おいし』
「そ」
なんとか起き上がった彼女は、グラスの結露を指に絡ませながら、うれしそうにハーブティーを啜っていた。
俺はと言えば、やっぱりミントは得意じゃないが、湿気を払うにはちょうどよかった。
『…でも、美術館、行きたかったな』
彼女は空になったグラスを置きながらうなだれる。
俺もマグカップを置いて彼女の隣に座り込んだ。
「俺は十分、観たけどな」
『え?』
「なんだ。そのワンピース、モネの日傘を差す女、だろ?」
それから、件のワンピースのヒラリと裾を触る。
『ふふ、気づいてくれたの?』
「まあな。…似合ってる、また今度行こう」
『…うん。ありがと』
まだ本調子じゃないけど、柔く笑って顔を上げた彼女が可愛らしくて。
顔にかかる髪を掬って耳にかけてやる。
(あつ…)
そこで、不意に触れた頬がとても熱を帯びていた。
氷枕してたのに、まだ暑いのかと驚きながら、徐ろにリモコンを取ってエアコンの設定温度を下げた。
『いいよ、まこと。寒いでしょ』
彼女はそれを俺が羽織ってるストールをつまんで阻止しようとするが、あまりに弱々しくて、甘えられてるみたいだ。
「いいんだよ、お前がいれば」
そう返事をして、端折りすぎたなと、一人で可笑しくなる。
「お前があったかいから、大丈夫」
彼女に比べたら、ずっと冷たい俺の手のひらを彼女に翳して。瞼をすっと下ろさせる。
『…ふふ、冷たくて気持ちいい』
「そりゃ良かった。…ほら、もう少し休んでろよ」
はぁい。なんて間延びした嬉しそうな声で、彼女は笑った。
(再び眠った彼女は、暫くして熱さで目が覚める)
(隣で同じように眠ったまことが)
(無意識のうちに彼女で暖を取ろうと抱きついていたから)
『……っ、心臓に悪い…!』
fin