悪童の一目惚れ
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『あれ、花宮君?』
「部活おつかれさま。一緒に帰ろうと思って」
探しても探しても、接点も共通点も見当たらないから。
ならば、いっそ。
『え、約束、してたっけ?』
「ううん。急に話したくなったから、待っててみただけ」
『あ…そうなの?…じゃあ、うん』
正面突破しかないんじゃないか。
これでも、情報収集はした方だ。
同じ中学校だった奴を探したら、いなかったし。同じクラスの友人を当たろうとしたら、差程仲良くないらしいし。同じ部活の奴に、最初のように原を経由して話そうとしたら“真面目ちゃんでノリが悪い”としか返ってこなかった。
挙げ句、原に「花宮って、ああいうのタイプじゃなさそうなのに。いかにも真面目でイイコじゃん。ウケる」と笑われる始末。
だから、先にも言った通り、埋める外堀が無い。
『駅まででいいかな?家の方向、違ったもんね』
「うん」
(いっそ、嫌いになれるなら、それでもいい)
(進捗が無いよりは)
(進めないなら、退がる理由が欲しい)
『…いや、でも、うん、びっくりした。部活の人とかと、帰んないの?』
「あんまりね。部員とは、部活でも話せるし」
『……』
「羽影さんと話すタイミング、これしか思い付かなくて」
困ったように笑ったつもりだった。切実さとか、思慕にあたる感情を演技できただろうか。
彼女の表情からは是非が伺えない。
『そうなんだ』
「…うん」
いや、是でも非でもないのだろう。
俺が「話したい」と言ったから、話すのを待っている。
「羽影さんは、」
取り留めの無い話しをした。
前にチョコを買いに行った時より中身の無い話。
中学がどこ、とか。最近部活どう、とか。もう知ってる話を確認していくだけ。
ただの質疑応答だったから、自分の話もした。
でも、彼女の短い相槌は、なんだかとても話しやすくて、俺が一方的に喋ってる時間の方が長かった。
こんな予定じゃなかったのに。
彼女の声が聞きたくて、彼女のことが知りたくて、声をかけたんだろ。校門で待ってるなんて、目立つことまでして。
『花宮君、すっきりした?』
「…え」
『無性に人に聞いて欲しいときってあるよね。部活の人とか友達だと、近すぎて話せないこともあるし』
優しい声で問いかける彼女の意図を察した。
“困ったように笑う”演技は出来ていたのだ。
なにか俺が思い悩んでいて、相談相手や愚痴を溢す相手に、彼女を選んだと思われた。
『友人ほど距離の近くない適当な人選』の結果、彼女を待っていたのだと。
そして、愚痴を溢すことはできなかったが、誰かに聞いて貰う過程をこなして満足したと思われている。
(そうじゃない)
(俺は、羽影と話したくて)
「……聞いてくれて、ありがとう。また、話してもいい?」
『いいよ。今度は、先に連絡してね』
『またね』と控え目に手を振ってくれた彼女を、また、好きになってしまった。
思ったことは言えなかったけど、口実ができたのは良かったと思う。
彼女のバスを見送ってから、小さな溜め息が出た。
*****
「…花宮さぁ、作戦名は“ガンガン行こうぜ”なの?」
「は?」
「いや校門で出待ちとか古風だよね。しかも毎日じゃん」
「毎日じゃない、隔日だ」
「いやいや逆になんで隔日」
部活終わり、手早く片付けていたら話しかけられた。
原が風船ガムを噛みながら嗤っている。
今日は羽影と帰れる日だ、相手をする時間が惜しい。
「…別にいいだろ」
「いいけどさ。授業の教室移動の時とか、すれ違えるようにコース変えたでしょ。バレバレだよ」
聞こえない聞こえない。バレててもいい、というか隠してない。
彼女が気づけばいいのに、多分彼女は気にもしてない。
「……なんか、一周回って健気だよね」
聞こえない聞こえない。
**********
「…花宮は、本当にわかりやすいな」
「なにが」
「隔週の火曜、とても落ち着きがない」
「気づくのはお前ぐらいだろ」
「羽影さんが休みで放送当番が変わったの、そんなにショックだったか」
「…」
「図星か」
図星だ。彼女の放送を何より楽しみにしている。
今回は『次はリクエストの“少年の日の思い出”朗読するからね』とLINEが来ていた回だったから、一層。
古橋が微苦笑にも満たない苦笑いを浮かべる。
「……楽しみが先に延びただけじゃないか」
「双六の一回休みと同じで、延びたんじゃなくて二度と埋まらないんだよ」
生き甲斐が一つ取り上げられた気分だ。
今日は、一緒に帰れる日でもあったから二つ取り上げられてる。
…もう適当な仮病で午後の授業は帰ってしまおうか。
そう思った矢先、LINEの着信音。
「…!」
「反応速すぎないか」
「……」
静かに呟いた古橋を無視してアプリを開けば、彼女から。
『今日は、約束してたのにごめんね。風邪引いちゃって』
『学校は明日から行くけど、しばらく部活お休みするんだ』
ポツポツとメッセージが続いて。
暫く間を置いてから
『一緒に帰れなくてごめんね。お話、聴くのはできるから、また今度一緒に帰ろ。電話でもいいよ』
そう締め括られた。
「花宮、変な顔してるが」
「生まれつきだ」
「相好の話だ。喜怒哀楽が全部混ざったような顔をしてるぞ」
「…実際そういう感情なんだよ」
彼女が、羽影から、『一緒に帰ろ』と言ってくれた。電話もしていいと言ってる。
今かけたところで、短い相槌以外は返ってこないだろうけど。
羽影が繋がるきっかけをくれたことが嬉しかった。
「……帰る」
こんな、ぐちゃぐちゃな感情では、きっと何も手に付かない。
午後の授業を休むことにして、適当に荷物をまとめれば。
「そうだな、具合が悪そうに見える」
俺とは裏腹に感情の乗らない顔付きで古橋は続ける。
「さしずめ病名は“恋患い”だ」
*****
家に帰っても落ち着かなくて、延々とLINEの画面を睨み付けては
「 お大事に」
LINEにそう打ち出して、沈黙する。
それしかない文面を見て、もう、嗤うしかない。
もう日も暮れたというのに、人並み以上だと自負している頭脳を持っても、まともな文章は浮かんできやしないのだから。
(なんて、言えばいい)
(どんな顔で、会えばいい)
思い巡らす頭に浮かんだのは、
原の言葉。古橋の言葉。
「一周回って健気だよね」
「さしずめ病名は恋患い」
(健気?俺が?)
(恋患う?俺が?)
(違うだろ、蜘蛛の巣に誘い込めないなら)
(直接糸を掛けるんだろ)
ならば。
「お大事にね。ゆっくり休んで
明日、もし来れたら一緒に帰れる?」
それだけ送って、携帯を投げ出した。
夕飯も風呂も終わって。
やってもやらなくても変わらない課題をこなして。
そろそろ深夜、人によっては寝る頃。
『いいよ』
その文面が届いた。
たったそれだけが、妙に緊張して、心臓がバクバク動いた。
(まあ…患うってのは当たってるかもな)
(こんなの、病も同然だ)
***
翌日は、水曜。普段より部活の時間が短く設けられている曜日。
彼女は部活を休むと言っていた。ならば、俺が部活に出た段階で彼女を待たせることになる。
「…あれ?花宮 今日も休み?授業はいた気がするんだけど」
「ああ。部活だけ休みだ。……まあ、体調が優れないんだろうな」
「ふーん。あんな倫理観踏み違えたことする割には授業も部活も真面目にやってんのに、珍しいな」
「あー、なるほど?そういう変な真面目さが惹かれ合うのかもね」
「そういうもんか」
「は?なんの話?」
だから、部活は休んだ。きっと今日だけだろうから。
『あ…部活…いいの…?』
か細く掠れた声を出す彼女に、にっこり笑って手を振る。彼女のクラスの入り口が見える廊下に佇んで、俺は彼女が来るのを静かに待っていたのだ。
ただ、にこやかに。彼女の歩調に合わせて昇降口まで歩き、靴を履き替えて、校門を出て。
言葉をかけない俺を不思議そうに見上げる彼女に、やっぱり静かに笑いかけるだけ。
いつもなら、駅まで。彼女がバスに乗るのを見送るだけ。
でも、今日は。
『はなみや、くん?』
彼女の手をとって、道を変えた。
公立図書館の裏庭に出る細い路地がある。
駅や学校の喧騒が遠ざかって、石畳と広葉樹のある裏庭へ抜ける。
夕暮れ時、ここは人気が少なくなるのを知っていた。
「病み上がりなのに、連れ回してごめんね。どうしても、言いたいことがあって、2人きりになりたかったんだ」
手を離して。向かい合って。
渾身の演技をした。
爽やかさと、優しさと、儚さを出しながら、真剣さが伝わるように。
「好きなんだ、付き合ってくれる?」
シンプルで、わかりやすい。
飾らずに、要件だけを。
心に留めて悶えているのが、性に合わなかったから。
伝えるって決めた。疑問系で終わったが、否と言わせる気はなかった。
だって、少なからず好意がなければ、2人で帰ったりしないだろう?手を捕まれた時点で振りほどいただろう?なあ?
真っ直ぐ彼女を見据えれば、彼女も真っ直ぐこちらをみていた。
そして、首を横に振った。
「…っ!?」
それが、よくわからない。
なんでだよ、お前に恋人がいないのは知ってる。
恋愛に興味があるのも知ってる。だって、青春モノや恋愛モノを「自分にタイムリーな作品」として読むんだろう?
なあ、その顔はどういう意図だ?
彼女の表情は『ごめんなさい』ではなかった。
冷静に首をただ横に振る仕種は、まるで。
「…違う…?」
嫌い、とか。駄目、という感情でもない、その表情に。こちらが思わず首を傾げれば、彼女は縦に頷いた。
『花宮くんは、話し相手が欲しいだけ、でしょ?』
掠れたその声に息を飲む。
彼女は未だに、俺が彼女を相談相手として気に入っていると思っている。
それを、恋愛感情と履き違えたと思っている。
「羽影さんと話したかったのは間違ってないよ。誰でも良かった訳じゃなくて、君が」
そこまで言って、彼女はまた、首を横に振った。
『違う』と。
「…っ違わねぇんだよ馬鹿!お前の可否なら兎も角、俺がお前を好きなことは事実だぞ、ふざけんな!」
演技を続けられないくらいの衝動に任せて、素のままの言葉を吐き出す。
「お前は知らねぇだろうけど、図書館で本を選ぶより前に惚れたんだよ。いつも行く店で俺と同じチョコレートを選んで喜んでるお前を見つけてから、何しててもお前の顔が頭に浮かんで離れねぇし!なぁ!これが“好き”じゃなければお前は何を愛だの恋だのって呼ぶんだ!」
言葉をかける、だとか。言葉を紡ぐ、なんて優しいものじゃない。投げつける勢いのそれは、辛うじて声量だけ絞られているけれど、表情や語尾に感情がありありと乗っている。
苛々と募る怒りや焦り。
思い通りに行かないことが嫌いな自分は、素直に言葉を受け取らない彼女にも、自身の感情すら御せない自分にも歯ぎしりをしている。
『……』
「なんか言えよ、逃げるな。俺の言葉から逃げるな」
彼女は暫く、無言のまま静かに瞬きをしていた。
「対象外だって言うなら、しょうがない。ただ、俺が満足するまで付きまとうし、首を縦に振るまでは満足しない」
酷い言葉だ。
我が儘で身勝手で悪質な執着。
なのに
『いいよ』
彼女は掠れた声でクスクス笑った。
「え」
あまりに意外で短い返答に、間抜けな声が出る。
『それが花宮君の本当の言葉なら、もっと仲良くなりたい、たくさん話したい』
「……言葉に偽りはないし、この喋り方が素なんだが。優等生じゃない俺でも変わらない答えか?」
『変わらないよ。むしろ今の方が好き』
変わらず掠れた喉で笑う彼女に、拍子抜けした。
でも、首を横に振られた時とは比べ物にならないくらい高揚している。
「なんだよ、ずっと取り繕ってたのに」
『取り繕ってるって気付いちゃったんだもの。…エーミールの台詞の時に』
「あれで?」
『そう。ただの優等生じゃないなって。そんな人が、ずっと私の声を褒めてくれるんだもの。“声だけ”好きで、何か意図があるのかと思ってた』
自慢の声を上擦らせてケホケホと咳き込む彼女に、慌てて近寄って背中をさする。
「声が好きなのも嘘じゃないし、俺はお前を騙すための嘘は一つも吐いてない」
そうだ。
児童書や絵本なんか好きじゃないけど、彼女の声に似合うと思ったのは本心だ。
独り占めしたいとも思ったが、彼女のアナウンスや朗読劇が社会で通用すると思ったのも事実だ。
「繕ってた割には真剣に向き合ってんだ、それなりの態度と返事じゃなきゃ納得できないだろうが」
悪童が、真剣に向き合うなんて、聞いて呆れる。
けれど、彼女に思考も感情も行動も全部持っていかれているのだ。
強いていうなれば、彼女を逃す気のない傲慢さと幼稚さはそれらしい。
『そうだよね。ごめんね、違うなんて言って。…君が私を好きだなんて、そんな奇跡あり得ないって、思っちゃったんだ』
「…は、なぁ、おい」
『私のこと好きならいいのに。好きになるはずがない。でもまだ話していたい。私のこと、本当に好きならいいのに。……って、あんな短い時間で、私も沢山向き合った』
「それは、都合よく解釈していいんだな?」
『うん。花宮君のこと、好きだよ。今のほうが好き。でも、優等生の君も好き。だから、違う君を見ても好きになれる気がする』
はにかむ羽影の言葉に、耳までサッと赤くなるのが分かった。
背中を擦っていた手を妙に意識して動かせないでいれば、彼女の方から空いていた手を繋ぎ直される。さっき掴んだ手はこんなに温かかっただろうか。
「…俺も、今、お前の事また好きになったわ」
今度は彼女の顔が真っ赤になって、繋いだ手に力を込めれば更に握り返された。
(きっと俺も、違うお前を見ても好きになれる気がする)
「今日は帰るか、風邪が治ったら何処か一緒に行こうぜ」
遠くじゃなくていい、特別じゃなくていい。羽影を、もっと知れるところへ。
(横顔しか知らなかった恋が)
(声に惹かれて)
(結局全て好きになってしまうなんて)
Fin