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[白詰草]
‐7周年記念 フリリク‐
伊澄様へ捧ぐ 花宮夢
※「花と蝶」の番外[トリカブト]の続編
2019/10/20
*****
いつも温厚で、怒るということを知らない彼女が。
『許せない!』
そう怒鳴って。
トマトジュースをぶっかける程憤った。
今は泣き疲れて眠ってしまったその顔を、悔しそうに歪めながら。
(…潰す)
彼女に殺された筈の悪童は、再び芽を吹いた。
実際には、同じものではない。
努力や友情を嗤う、そういう感情じゃなくて。
………純粋な、怒りだ。
世の中が因果応報なのはわかってる。
けれど、俺に向かうべき刃を、彼女に対して「カワイソウ」なんて言葉で向けたのが許せない。
きっと、俺は俺に向いた因果を上手く処理してしまうから、彼女を巻き込んだ…とでもいうのなら。
これからも彼女を傷つけるかもしれない輩は、排除した方がいい。
(…さて)
こういう自己顕示欲の高い奴は、大体SNSで見つけられる。
ほら。
#トマトジュース
〈今日のコンパでかけらた〉
〈シャツヤバい〉
〈ヒステリー女こわ〉
特定できた。
大体な、打ち上げをコンパって呼んでる段階で察する。
〈明日は憂さ晴らしにストバス大会出てくる〉
〈小規模だけど1対1のミニゲームもあるし〉
〈それ目当てなんで。応援よろよろ〉
おまけに、しっかり情報をくれた。
(…そうか、じゃあ、そこがお前の墓場だ)
明日。せいぜい楽しませてもらおうか。
翌日、雨月には学校の図書館でレポート。と告げて家を出る。
弁当まで持たせてくれた。
実際はそれより更に遠く、あまり来ない町でのミニストバスへの飛び入り参加。
トマトジュース野郎はご丁寧に顔も名前も載せてくれてあったから、本人の特定も容易く。
「……」
わざと、肩をぶつけて歩いた。
「っ、おい!」
「なにか?」
「なにか、じゃねぇよ!ぶつかっただろ!」
ふぅん、こういう反応するタイプか。
「ああ、ごめん。でも、脱臼もしてないし折れてもないみたいだね」
「はああ?」
少し煽って、軽く印象付ければよし。
「じゃあ」
適当に別れて、あとはミニゲームを待つだけ。
時間になったら参加したい奴だけ集まって、任意もしくは籤引きで相手を決める。
俺の場合は任意で…
「さっきぶつかった奴じゃん、………縁があるな?」
向こうからの指名だ。
「そうですね」
「けっ、余裕か」
この流れは予想済み。
なんせSNSに個人情報載せまくりの奴だったから。
都内A高校なのは知っていたが、帝光中出身だったことも、万年補欠で公式戦経験ゼロってこともわかったし、素行が悪いのも調べが着いた。
まあ、一言で言うなら「頭の悪い俺」とでも表すか。
ラフプレイを好み、性格が捻れてるとこなんかはそっくりだ。
だから、一層
(クモの巣を張るまでもねぇんだよ)
潰しておかなければ。
.
「tip off!!」
ゲームが始まってすぐ、相手の本質が見えた。
帝光中…は伊達じゃないか。人並みよりは出来る方だろう。
バスケセンスがそれなりにあって、それを荒いプレイでごり押ししているタイプ。
ただ、ストリートみたいな柔軟性があるわけじゃなくて、洗練されてなくて乱暴なスタイルってだけ。
(やっぱり、動きを読むのは楽勝だな)
言葉がいいのか悪いのか解らないが、ソイツは俺の劣化版だ。
中身のクズ加減も方向が少し違うだけで大差ないし、バスケも下手ではない。
ただまあ、俺の方が頭がよくて、不誠実なりに練習は重ねてたってだけの話。
プレイが乱暴でファールみたいなもんなのに、ボールに触れもしないのはそのせいだ。
観客もボランティアの審判も首を傾げているのが見える。
パワープレイの癖にパワーが足りてないんじゃ見るに耐えないからな。
(あーあー、ムキになっちゃって可哀想に)
コートの端から端まで、まとわりつくだけで一向に快方に向かわない。
その場で足踏みをしているだけで手も出せやしないのだ。
そのくせ、足を踏もうとしたり、エルボーしようとしたり……まあラフプレイも完成度低くて避けれてしまうんだが。
まるで地団駄を踏むガキのような動きを見かねて、少し早いが終わらせることにした。
(喧嘩売った相手を間違えたな)
(そんなに死にたきゃ死ねよ)
ボールは当然俺。ドリブルをしながら対峙する。
俺からカットしようとか、無謀だろ。
まあ、無理矢理奪おうってんのはわかってるから遊んでやるが。
左右に揺さぶって、少し高く、遅くボールをつく。
こいつはセンスそのものは持ってるから、直感で手を出した。
けど、渡してやらない。
奴が出した手と逆方向にボールを運びながら、僅かに後ろへステップを踏み変える。
俺はそのままフローターショットを放って、得点。
奴は。
腕を、俺が下がった分、目測より前へと伸ばして。
脚を、反対に切り替えた方へ向けようとした。
当然、体は捩れて、バランスを崩す。
「あああがががあああっ!!!」
俺のシュートへの細やかな歓声を裂くように、奴の断末魔のような絶叫が響く。
転んだ際、アスファルトのコートに肘を曲げたまま強打したらしい。
腕は、あらぬ方向に曲がっていた。
「大丈夫!?」
自分でも解るほど、わざとらしい声かけだった。
腹の声の方は
(片腕じゃ不平等だから、反対の腕も折ってやろうか)
ぐらいのことを考えていた。
その後は、主催が救急車を呼んでくれ、どうみても"事故"であったため俺への拘束や尋問はなし。
コートをさらりと抜け出してきた。
.
これだけで終わるか、って言ったらそうじゃない。
ひとまず大学へ行き、カフェテリアの隅で弁当を広げる。
ハムとチーズを巻いた卵焼き、ブロッコリーのマリネ、肉団子。五目飯のおにぎりが3つ。
昨日あんなに泣いて、疲れて眠ったくせに、変わらず美味しそうな(実際美味しい)弁当つくるんだから、すげぇと思う。
………ごちそうさま。
さて、救急車で運ばれたアイツも、そろそろ処置は終わっただろうか。
#トマトジュース
このタグ付けて投稿した写真で、「キチガイ」「メンヘラ」「ヒステリー」など散々な罵詈雑言を雨月に浴びせた奴だから。
いや勿論、雨月には見せなかったし、彼女は知らないままだけれども。
(目には目を、歯には歯を)
アイツは、SNSにストバス大会に出ることをアピールしていたから。
〈大会で怪我した人いたね〉
なんて。探りを入れる。
肘の骨折なら手術日を入れて入院は3、4日。
暇だろうから携帯は手放さない筈。
〈それ俺だよ!相手が下手だったからリズム狂った〉
〈どう考えても相手が変な動きしてたのに、転倒で片付けられたの不服だわ〉
処置終わってたんだな、返事が秒。
………やっぱり片腕、両腕と言わず脚ももらえばよかった。
〈お前かよ、ボールに触れもしなかった癖によく相手が下手とか言えんな〉
後は、自爆するまで煽ればいい。
〈俺も見てたけど、怪我した奴の方が変なプレイしてたよな。お前だとは〉
ふぅん、俺以外からも反応があるな。
奴はどうでる?
〈下手すぎるやつと対戦すると調子狂うだろ!試合見てたならわかると思うけど、全然無名の奴!〉
呆れて思わず溜め息をつく。
なんだよそれ、意味わからねぇ。
思わず拡散した。〈これ、理解出来る奴いたら教えて〉って。こいつのこと中高で知ってそうな奴らは見繕っておいたし、そこを狙って。
その後は他の奴から反応が続いたから、静観することにした。
〈謎理屈www無名に負けてなんで非が自分に無いってなるのw〉
〈弱い相手にあんなに肘振り回してたのかよ、余裕無さすぎだろ。弱い奴ほど吠えるよな〉
ここからはトマトジュース野郎の独壇場。
言葉とか文とか呼ぶには余りにお粗末なキレ芸が始まる。
面白がって他の奴にも拡散されれば収集はつかなくなり、
〈うるせえよ!元々怪我してた肘なんだぞ!高校の時に対戦校にやられてて!〉
〈お前まだ言ってんのwww公式戦出してもらったことないじゃんwww〉
〈大体怪我したのは水泳部の着替え覗こうとしてフェンスから落ちたからだろうが〉
〈クズすぎる〉
あとは拡散先の身内が叩いてくれる。
………中学でも高校でも評判良くなかったのは調べたからな。同級生やら知り合いやらのいいオモチャだ。
これで勝手に盛り上がってくれるんだから、本当、頭の軽い奴は使いやすくていい。
(…あとは、どうしてくれよう)
そんなことをしていたら日が暮れた。
家路を辿りつつ、レポートは書上がって提出してきたことにしよう…なんて思いながら玄関を開ければ
『おかえり』
鍵を開ける音で解ったのか、彼女が待っていた。
「ただい…」
ま。というとこで、彼女は俺の頬を両手で挟む。
玄関くらいの段差があれば、彼女も軽い背伸びで届くようだ。
後ろで、玄関の扉がガチャンと閉まる。
「…雨月?」
口を引き結んだままの彼女に、小さく問えば。
少し怒ったように、けど、少し困ったように。
『悪いことしてきた…って顔してる』
そう呟いた。
『咎めたいんじゃないよ。私は、どんな真君も赦すから』
「…」
『けどね、それが、私の為で、私のせいであってほしくないの。真君が楽しいならそれでもいいんだけど、楽しそうな顔、してないんだもの』
俺は思わず目を見張って、それからゆっくり閉じた。
(こいつが言うなら、そうなんだろうな)
今日のことは、彼女の為の復讐…と言えば聞こえのいい、エゴだけの怒りによる行動だった。
肘を貰うという目的を成し遂げてみても、そこに達成感も愉悦もなくて。
足りないのか…とSNSを煽ったところでそれは変わらず。
「……雨月、」
人の不幸は蜜の味なのに。
何故こんなにも満たされないんだろう。
自分のことなのに、よくわからない。
だって、今までの俺ならきっと、「ざまあみろ」って、嗤ってた。
いや、今だって今日のことは後悔してない。アイツは壊すべくして壊したガラクタだった。
けど、楽しくは、なかった。
俺より俺のことを知ってるのは、彼女だけだから。
そっと目を開けて、彼女の目を覗く。
『………、言わなくていいよ。聞かないし。でもね、真君はもう、悪童じゃないんだよ』
そうしたら。
彼女はにっこり笑って、俺に抱きついた。…いや、抱き締めてくれた。
昨日と同じように。
俺を守ろうと、必死に腕を背中に伸ばして。
(……ああ、そうか、そうなのか)
俺もきつく抱き締め返しながら、はぁ…と息を吐いた。
手放しに他人の不幸を喜べる程、悪でもなくなり。
しでかした事の大きさが理解出来ないほど、子どもでもなくなって。
なにより、そのしっぺ返しが、また彼女に向かうんじゃないかという恐怖が植わってしまったのだ。
遠回りにでも、彼女の不幸に繋がるかもしれないのなら、そんなの、楽しめないに決まってる。
「…レポート、書き終わった」
『お疲れ様。今夜はシチューだよ』
「どっち?」
『白い方』
レポートなんて嘘だって、気づいてる癖に。本当に咎めやしなくて。
なんでもないように笑うと、抱き締めた腕を徐にほどいていく。
『手、早く洗ってきて?今日は美味しくできたんだ』
「今日も、の間違いだろ」
廊下を先に進んでいく後ろ姿を、靴を脱ぎながら見やる。
彼女は少し振り返って、嬉しそうに短く笑った。
………確かに、俺は悪童ではないだろう。
彼女が俺の悪童を殺したのだから。
けれど。
(この花を毒す奴がいるなら)
(蜘蛛が牙を向かない道理はねえ)
(愉しさなんて、なかったとしても)
俺の根本は、結局変わりはしないのだ。
人より大きな嗜虐心と、人より小さな倫理観。
それから、雨月への依存。
どんなに嗜虐欲求を抑えても、どんなに倫理的価値観の溝を埋めても。
そんなの、雨月と共に生きられないなら、無意味だ。
(だから、お前の為じゃない)
(俺の、為)
俺に『幸せになって』と泣きついた彼女こそが、俺に幸せを教えたんだ。
『真君、冷めちゃうよ、早く』
「今行く」
だから。
二度としない、なんて言えないが。
この幸せを、ひいては、幸せにしてくれる彼女を………
(守りたい…と思う日がくるとはな)
[白詰草]
~復讐~ ~約束~
『真君、明日は予定ある?』
「ないな。なんかあるか?」
『ううん。あのね、今日、一人でちょっと寂しかったから…明日は二人でいれたらなって、思っただけ。用事があるわけじゃないの』
食後、既に就寝の直前。
彼女は俺の腕の中で はにかんだ。
「……っ」
思わず、強く抱き締める。
『んっ…真君?』
「………そうだな。明日は二人でゆっくりしよう。またゲームでもして、飽きたら適当に外を歩いたり、映画でも見に行けばいい。………ああ、水族館とかもいいな。お前、最近特集見てただろ」
『水族館も行きたい!…でも、明日はお家でのんびりしたいな』
「じゃあ、前者だな。寝坊して、二度寝して、二人でブランチ作ればいい」
『うん。そうしよ』
[白詰草]
~私を想って~
(私を)(俺を)
(満たしてくれるのは復讐じゃない)
(貴方の)(お前の)
(愛だけだから)
fin
‐7周年記念 フリリク‐
伊澄様へ捧ぐ 花宮夢
※「花と蝶」の番外[トリカブト]の続編
2019/10/20
*****
いつも温厚で、怒るということを知らない彼女が。
『許せない!』
そう怒鳴って。
トマトジュースをぶっかける程憤った。
今は泣き疲れて眠ってしまったその顔を、悔しそうに歪めながら。
(…潰す)
彼女に殺された筈の悪童は、再び芽を吹いた。
実際には、同じものではない。
努力や友情を嗤う、そういう感情じゃなくて。
………純粋な、怒りだ。
世の中が因果応報なのはわかってる。
けれど、俺に向かうべき刃を、彼女に対して「カワイソウ」なんて言葉で向けたのが許せない。
きっと、俺は俺に向いた因果を上手く処理してしまうから、彼女を巻き込んだ…とでもいうのなら。
これからも彼女を傷つけるかもしれない輩は、排除した方がいい。
(…さて)
こういう自己顕示欲の高い奴は、大体SNSで見つけられる。
ほら。
#トマトジュース
〈今日のコンパでかけらた〉
〈シャツヤバい〉
〈ヒステリー女こわ〉
特定できた。
大体な、打ち上げをコンパって呼んでる段階で察する。
〈明日は憂さ晴らしにストバス大会出てくる〉
〈小規模だけど1対1のミニゲームもあるし〉
〈それ目当てなんで。応援よろよろ〉
おまけに、しっかり情報をくれた。
(…そうか、じゃあ、そこがお前の墓場だ)
明日。せいぜい楽しませてもらおうか。
翌日、雨月には学校の図書館でレポート。と告げて家を出る。
弁当まで持たせてくれた。
実際はそれより更に遠く、あまり来ない町でのミニストバスへの飛び入り参加。
トマトジュース野郎はご丁寧に顔も名前も載せてくれてあったから、本人の特定も容易く。
「……」
わざと、肩をぶつけて歩いた。
「っ、おい!」
「なにか?」
「なにか、じゃねぇよ!ぶつかっただろ!」
ふぅん、こういう反応するタイプか。
「ああ、ごめん。でも、脱臼もしてないし折れてもないみたいだね」
「はああ?」
少し煽って、軽く印象付ければよし。
「じゃあ」
適当に別れて、あとはミニゲームを待つだけ。
時間になったら参加したい奴だけ集まって、任意もしくは籤引きで相手を決める。
俺の場合は任意で…
「さっきぶつかった奴じゃん、………縁があるな?」
向こうからの指名だ。
「そうですね」
「けっ、余裕か」
この流れは予想済み。
なんせSNSに個人情報載せまくりの奴だったから。
都内A高校なのは知っていたが、帝光中出身だったことも、万年補欠で公式戦経験ゼロってこともわかったし、素行が悪いのも調べが着いた。
まあ、一言で言うなら「頭の悪い俺」とでも表すか。
ラフプレイを好み、性格が捻れてるとこなんかはそっくりだ。
だから、一層
(クモの巣を張るまでもねぇんだよ)
潰しておかなければ。
.
「tip off!!」
ゲームが始まってすぐ、相手の本質が見えた。
帝光中…は伊達じゃないか。人並みよりは出来る方だろう。
バスケセンスがそれなりにあって、それを荒いプレイでごり押ししているタイプ。
ただ、ストリートみたいな柔軟性があるわけじゃなくて、洗練されてなくて乱暴なスタイルってだけ。
(やっぱり、動きを読むのは楽勝だな)
言葉がいいのか悪いのか解らないが、ソイツは俺の劣化版だ。
中身のクズ加減も方向が少し違うだけで大差ないし、バスケも下手ではない。
ただまあ、俺の方が頭がよくて、不誠実なりに練習は重ねてたってだけの話。
プレイが乱暴でファールみたいなもんなのに、ボールに触れもしないのはそのせいだ。
観客もボランティアの審判も首を傾げているのが見える。
パワープレイの癖にパワーが足りてないんじゃ見るに耐えないからな。
(あーあー、ムキになっちゃって可哀想に)
コートの端から端まで、まとわりつくだけで一向に快方に向かわない。
その場で足踏みをしているだけで手も出せやしないのだ。
そのくせ、足を踏もうとしたり、エルボーしようとしたり……まあラフプレイも完成度低くて避けれてしまうんだが。
まるで地団駄を踏むガキのような動きを見かねて、少し早いが終わらせることにした。
(喧嘩売った相手を間違えたな)
(そんなに死にたきゃ死ねよ)
ボールは当然俺。ドリブルをしながら対峙する。
俺からカットしようとか、無謀だろ。
まあ、無理矢理奪おうってんのはわかってるから遊んでやるが。
左右に揺さぶって、少し高く、遅くボールをつく。
こいつはセンスそのものは持ってるから、直感で手を出した。
けど、渡してやらない。
奴が出した手と逆方向にボールを運びながら、僅かに後ろへステップを踏み変える。
俺はそのままフローターショットを放って、得点。
奴は。
腕を、俺が下がった分、目測より前へと伸ばして。
脚を、反対に切り替えた方へ向けようとした。
当然、体は捩れて、バランスを崩す。
「あああがががあああっ!!!」
俺のシュートへの細やかな歓声を裂くように、奴の断末魔のような絶叫が響く。
転んだ際、アスファルトのコートに肘を曲げたまま強打したらしい。
腕は、あらぬ方向に曲がっていた。
「大丈夫!?」
自分でも解るほど、わざとらしい声かけだった。
腹の声の方は
(片腕じゃ不平等だから、反対の腕も折ってやろうか)
ぐらいのことを考えていた。
その後は、主催が救急車を呼んでくれ、どうみても"事故"であったため俺への拘束や尋問はなし。
コートをさらりと抜け出してきた。
.
これだけで終わるか、って言ったらそうじゃない。
ひとまず大学へ行き、カフェテリアの隅で弁当を広げる。
ハムとチーズを巻いた卵焼き、ブロッコリーのマリネ、肉団子。五目飯のおにぎりが3つ。
昨日あんなに泣いて、疲れて眠ったくせに、変わらず美味しそうな(実際美味しい)弁当つくるんだから、すげぇと思う。
………ごちそうさま。
さて、救急車で運ばれたアイツも、そろそろ処置は終わっただろうか。
#トマトジュース
このタグ付けて投稿した写真で、「キチガイ」「メンヘラ」「ヒステリー」など散々な罵詈雑言を雨月に浴びせた奴だから。
いや勿論、雨月には見せなかったし、彼女は知らないままだけれども。
(目には目を、歯には歯を)
アイツは、SNSにストバス大会に出ることをアピールしていたから。
〈大会で怪我した人いたね〉
なんて。探りを入れる。
肘の骨折なら手術日を入れて入院は3、4日。
暇だろうから携帯は手放さない筈。
〈それ俺だよ!相手が下手だったからリズム狂った〉
〈どう考えても相手が変な動きしてたのに、転倒で片付けられたの不服だわ〉
処置終わってたんだな、返事が秒。
………やっぱり片腕、両腕と言わず脚ももらえばよかった。
〈お前かよ、ボールに触れもしなかった癖によく相手が下手とか言えんな〉
後は、自爆するまで煽ればいい。
〈俺も見てたけど、怪我した奴の方が変なプレイしてたよな。お前だとは〉
ふぅん、俺以外からも反応があるな。
奴はどうでる?
〈下手すぎるやつと対戦すると調子狂うだろ!試合見てたならわかると思うけど、全然無名の奴!〉
呆れて思わず溜め息をつく。
なんだよそれ、意味わからねぇ。
思わず拡散した。〈これ、理解出来る奴いたら教えて〉って。こいつのこと中高で知ってそうな奴らは見繕っておいたし、そこを狙って。
その後は他の奴から反応が続いたから、静観することにした。
〈謎理屈www無名に負けてなんで非が自分に無いってなるのw〉
〈弱い相手にあんなに肘振り回してたのかよ、余裕無さすぎだろ。弱い奴ほど吠えるよな〉
ここからはトマトジュース野郎の独壇場。
言葉とか文とか呼ぶには余りにお粗末なキレ芸が始まる。
面白がって他の奴にも拡散されれば収集はつかなくなり、
〈うるせえよ!元々怪我してた肘なんだぞ!高校の時に対戦校にやられてて!〉
〈お前まだ言ってんのwww公式戦出してもらったことないじゃんwww〉
〈大体怪我したのは水泳部の着替え覗こうとしてフェンスから落ちたからだろうが〉
〈クズすぎる〉
あとは拡散先の身内が叩いてくれる。
………中学でも高校でも評判良くなかったのは調べたからな。同級生やら知り合いやらのいいオモチャだ。
これで勝手に盛り上がってくれるんだから、本当、頭の軽い奴は使いやすくていい。
(…あとは、どうしてくれよう)
そんなことをしていたら日が暮れた。
家路を辿りつつ、レポートは書上がって提出してきたことにしよう…なんて思いながら玄関を開ければ
『おかえり』
鍵を開ける音で解ったのか、彼女が待っていた。
「ただい…」
ま。というとこで、彼女は俺の頬を両手で挟む。
玄関くらいの段差があれば、彼女も軽い背伸びで届くようだ。
後ろで、玄関の扉がガチャンと閉まる。
「…雨月?」
口を引き結んだままの彼女に、小さく問えば。
少し怒ったように、けど、少し困ったように。
『悪いことしてきた…って顔してる』
そう呟いた。
『咎めたいんじゃないよ。私は、どんな真君も赦すから』
「…」
『けどね、それが、私の為で、私のせいであってほしくないの。真君が楽しいならそれでもいいんだけど、楽しそうな顔、してないんだもの』
俺は思わず目を見張って、それからゆっくり閉じた。
(こいつが言うなら、そうなんだろうな)
今日のことは、彼女の為の復讐…と言えば聞こえのいい、エゴだけの怒りによる行動だった。
肘を貰うという目的を成し遂げてみても、そこに達成感も愉悦もなくて。
足りないのか…とSNSを煽ったところでそれは変わらず。
「……雨月、」
人の不幸は蜜の味なのに。
何故こんなにも満たされないんだろう。
自分のことなのに、よくわからない。
だって、今までの俺ならきっと、「ざまあみろ」って、嗤ってた。
いや、今だって今日のことは後悔してない。アイツは壊すべくして壊したガラクタだった。
けど、楽しくは、なかった。
俺より俺のことを知ってるのは、彼女だけだから。
そっと目を開けて、彼女の目を覗く。
『………、言わなくていいよ。聞かないし。でもね、真君はもう、悪童じゃないんだよ』
そうしたら。
彼女はにっこり笑って、俺に抱きついた。…いや、抱き締めてくれた。
昨日と同じように。
俺を守ろうと、必死に腕を背中に伸ばして。
(……ああ、そうか、そうなのか)
俺もきつく抱き締め返しながら、はぁ…と息を吐いた。
手放しに他人の不幸を喜べる程、悪でもなくなり。
しでかした事の大きさが理解出来ないほど、子どもでもなくなって。
なにより、そのしっぺ返しが、また彼女に向かうんじゃないかという恐怖が植わってしまったのだ。
遠回りにでも、彼女の不幸に繋がるかもしれないのなら、そんなの、楽しめないに決まってる。
「…レポート、書き終わった」
『お疲れ様。今夜はシチューだよ』
「どっち?」
『白い方』
レポートなんて嘘だって、気づいてる癖に。本当に咎めやしなくて。
なんでもないように笑うと、抱き締めた腕を徐にほどいていく。
『手、早く洗ってきて?今日は美味しくできたんだ』
「今日も、の間違いだろ」
廊下を先に進んでいく後ろ姿を、靴を脱ぎながら見やる。
彼女は少し振り返って、嬉しそうに短く笑った。
………確かに、俺は悪童ではないだろう。
彼女が俺の悪童を殺したのだから。
けれど。
(この花を毒す奴がいるなら)
(蜘蛛が牙を向かない道理はねえ)
(愉しさなんて、なかったとしても)
俺の根本は、結局変わりはしないのだ。
人より大きな嗜虐心と、人より小さな倫理観。
それから、雨月への依存。
どんなに嗜虐欲求を抑えても、どんなに倫理的価値観の溝を埋めても。
そんなの、雨月と共に生きられないなら、無意味だ。
(だから、お前の為じゃない)
(俺の、為)
俺に『幸せになって』と泣きついた彼女こそが、俺に幸せを教えたんだ。
『真君、冷めちゃうよ、早く』
「今行く」
だから。
二度としない、なんて言えないが。
この幸せを、ひいては、幸せにしてくれる彼女を………
(守りたい…と思う日がくるとはな)
[白詰草]
~復讐~ ~約束~
『真君、明日は予定ある?』
「ないな。なんかあるか?」
『ううん。あのね、今日、一人でちょっと寂しかったから…明日は二人でいれたらなって、思っただけ。用事があるわけじゃないの』
食後、既に就寝の直前。
彼女は俺の腕の中で はにかんだ。
「……っ」
思わず、強く抱き締める。
『んっ…真君?』
「………そうだな。明日は二人でゆっくりしよう。またゲームでもして、飽きたら適当に外を歩いたり、映画でも見に行けばいい。………ああ、水族館とかもいいな。お前、最近特集見てただろ」
『水族館も行きたい!…でも、明日はお家でのんびりしたいな』
「じゃあ、前者だな。寝坊して、二度寝して、二人でブランチ作ればいい」
『うん。そうしよ』
[白詰草]
~私を想って~
(私を)(俺を)
(満たしてくれるのは復讐じゃない)
(貴方の)(お前の)
(愛だけだから)
fin