純白の花と紺碧の蝶
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*3日目 [花宮視点]
3日目の朝、ホテルを出立するのは早かった。
次の目的地はクレタ島の東側、イラクリオン。
今いるのが西側のハニアで、バスで2時間はかかる。
ただ、道中は山道で悪路、酔いやすいと聞いているから、中間のレシムノで1度降りて、1時間休む予定。
『オレンジジュース、おいしいね』
「そうだな」
実際にレシムノに着いたのは10時。チケットは先に買っておいて、今はターミナル近辺のカフェで小休止している。
クレタ島はオレンジも特産品らしく、フレッシュジュースがそこかしこで飲めた。
…ストローをくるくる回しながら嬉しそうにしている彼女を見ていると、新婚旅行よりはデートのような初々しさを感じる。
『イラクリオンまで、またバスで1時間だっけ』
「ああ。ターミナルまで1時間。悪路らしいからな、酔い止め飲んどけよ」
『うん。真くんもね』
イラクリオンで回る観光地は、クノッソス宮殿と古代博物館。
時間があればディクテオン洞窟も行きたいが…ターミナルから片道90分なんだよな…。
イラクリオンに着くのが12時、古代博物館を見てからホテルにチェックインするのが14時、それから昼飯とクノッソスが16時迄に回れれば…ってところ。
タクシーで行くしかないから、上手く捕まればいい。
「昼飯忙しいかもしれないから、何か食べておくか」
『そうだね。スブラギのお店、あったはず』
スブラギ、は。羊の串焼きだ。日本でいう焼き鳥の、羊肉版。豚もあるし牛も使うことがあるとか。
『昨日のお昼もピタパンだったけど、いいかな?』
スブラギの店の前で、雨月は首を傾げる。
串焼き、を解してピタパンに巻いて提供されるらしい。
「雨月がよければ。…というか、お前が好きな味じゃないか、ピタパン」
『えへへ、実はザジキと同じくらい気に入ってる』
「ならいいだろ。…、Παρακαλώ δώστε μου δύο σουβλάκι」
店員に声をかけて、マトンのスブラギピタを2つ注文する。
…こうやってギリシャ語を披露する度に、彼女はキラキラした視線で見上げてくる。顔に『すごーい!』と書いてあるのが見えそうだ。
『やっぱり羊、美味しい』
「ハーブが効いてるな。焼き鳥みたいなもんだってきいてたが、肉の切り方がでかい」
『ひとくちサイズよりちょっと大きくカットするのが、ジューシーの秘訣だからね』
「…………だからうちの唐揚げはあの大きさなんだな」
『そういうこと』
おかしいな、ハネムーンもまだ半分あるのに、妙に家が恋しくなった。
(雨月が作った唐揚げが食いたい)
バスに揺られて1時間。聞いていた通りの悪路。
ガタガタ揺れるし道も曲がってる。俺は頭痛に苛まれていたが、『遊園地の乗り物みたい』なんて彼女は楽しそうだった。…なによりだ。
イラクリオンのターミナルに着いたら、タクシーを拾って古代博物館。
クノッソス宮殿にあった遺物のオリジナルが展示されている。
『ギリシャの文化って、エジプト文明と似た雰囲気あるよね』
「海挟んでるが隣だからな。壁画は似てるかもしれねぇ。百合の王子とか」
『タイトル聞いた時に絵画みたいなの想像したから、“ああ壁画だ”って実物見てやっと認識できた』
「これはフレスコ画っつって、平面じゃなくてレリーフみたいに盛り上がりを付けて描かれてんだ。当時は鮮やかだったが、流石に紀元前1500年ともなればオリジナルが残ってるだけ奇跡ってもんだろ」
『3000年は昔だもんね。…当時の美少年だったのかな。色も白いし動きも優雅な感じ』
壁画のオリジナルを眺めて、彼女にアレコレと説明する。回りの石像も遺跡のオリジナルだから、まあ、喋りっぱなしだ。
話せば話すほど、雨月は『それでそれで?』と続きを欲しがる。……、俺の解説以外にコイツが理解する材料ないしな。
『色白で美少年といえば、真君だって負けてないのにね』
「ふはっ、俺に百合の花冠が似合うかよ」
ふと、会話の端に出たそれ。
似合うわけない、と嗤ったつもりだったのに。
彼女は俺をじっと見上げて、数秒の後、頬を染める。
『……本物の王子様だよ。負けてないとか、もう、圧勝』
あー…そうだよな、俺に対する色眼鏡の度が、ホントに可哀想なくらい強い。
「花が似合うのはお前の方だ。バーカ」
未だに見上げる彼女の額を小突いて、微笑ってやった。
はう、と間抜けな声を上げて俯いた彼女の手を引いて次の展示へ向かう。このペースじゃ何時まで経っても回りきれない。
***
古代博物館を後にして、すぐ傍のホテルへ。
カプシス・アストリア・イラクリオンホテル、チェックインを済ませて早々にクノッソスへ向かった。
クノッソス宮殿跡は、さっき見てきた遺物が発見された遺跡で、今はレプリカが飾られている。
昼飯時だったんだが、思いの外スブラギが腹に溜まってるので抜くことにした。
『…ここもスニーカーで正解だね』
「そうだな」
遺跡は広いし足場が悪い。
カラフルなレプリカに彩られたそこは、日差しを遮るものも風を凌ぐものもなかった。
『え、百合の王子ってこんなだったの』
「結構きつい色してるよな」
『なんか、あれ、やっぱりエジプトを感じる』
「……なんでお前はギリシャ文明に対して白いイメージなんだろうな」
『なんでだろ。勉強した記憶がないから未知の筈なんだけどね』
なんでだろうなぁ、なんて。
ゆるゆると遺跡を一周した。説明は古代博物館の方で殆どしてしまったから、予定より早く見て回れる。
『この時間なら、ディテクオン洞窟行けるかな』
「ディ“ク”テオンな。…まあ、間に合うだろ。タクシーも居そうだし」
タクシーは難なく捕まり、片道60分揺られていく。
…帰りもホテルまでと頼んだら了承してくれたので助かった。
『ディ…クテオン洞窟って、ゼウスが産まれたとこ』
「ああ、父親のクロノスが子どもを殺しちまうんで、母親のレアがここに匿わせたっていう」
『ゼウスも子ども、丸のみにしてたよね?』
「その結果、頭からアテナが産まれることになったんだがな。まあ、権力争いはカミサマでも同じなんだろ。ギリシャ神話の神々は人間より人間らしいし」
そんな会話をしていれば、目的の地へ到達する。
ディクテオン洞窟、神話の上では全知全能の神・ゼウスが産まれ育った場所であり、実際に食器何かが見つかった信仰と儀式の場所でもある。
…見たまんまの、洞窟だ。
『洞窟って、初めて』
「これは期待通り想像通りの洞窟だろ?」
『うん。もっと、洞穴みたいな感じかとも思ってたんだけど…鍾乳石、すごいね』
鍾乳石に石筍、ちゃんとライトも点けてあって。
割りと幻想的だ。
「足元、気を付けろ」
『うん』
…まあ、幻想的というか現実味ないとは思うんだが。
特筆することはないんだ。
俺からすれば、只の洞窟だから。
雨月が居なければ、訪れることもなかったし、そもそも興味を持つことも無かっただろう。
『すごいね!だって、何百年の月日がないと、こんなにならないんだもんね』
洞窟では響くから。
小さな声で話す彼女が、可愛かった。
「…ああ、人間では到達出来ない年数がかかる。…ふはっ、何百年後か、生まれ変わった頃にまた見に来るか?なんか変わってるかもしれねぇ」
『ふふ、そのときも2人で来ようね』
来年の話をすると鬼が笑う、なんて諺を思い出した。
来世の話をしたら誰が笑うんだろうか。
神か、悪魔か?
誰が笑ったって構うもんか。
「……そうだな。雨月と来たい」
それは、本心なんだから。
3日目終.
3日目の朝、ホテルを出立するのは早かった。
次の目的地はクレタ島の東側、イラクリオン。
今いるのが西側のハニアで、バスで2時間はかかる。
ただ、道中は山道で悪路、酔いやすいと聞いているから、中間のレシムノで1度降りて、1時間休む予定。
『オレンジジュース、おいしいね』
「そうだな」
実際にレシムノに着いたのは10時。チケットは先に買っておいて、今はターミナル近辺のカフェで小休止している。
クレタ島はオレンジも特産品らしく、フレッシュジュースがそこかしこで飲めた。
…ストローをくるくる回しながら嬉しそうにしている彼女を見ていると、新婚旅行よりはデートのような初々しさを感じる。
『イラクリオンまで、またバスで1時間だっけ』
「ああ。ターミナルまで1時間。悪路らしいからな、酔い止め飲んどけよ」
『うん。真くんもね』
イラクリオンで回る観光地は、クノッソス宮殿と古代博物館。
時間があればディクテオン洞窟も行きたいが…ターミナルから片道90分なんだよな…。
イラクリオンに着くのが12時、古代博物館を見てからホテルにチェックインするのが14時、それから昼飯とクノッソスが16時迄に回れれば…ってところ。
タクシーで行くしかないから、上手く捕まればいい。
「昼飯忙しいかもしれないから、何か食べておくか」
『そうだね。スブラギのお店、あったはず』
スブラギ、は。羊の串焼きだ。日本でいう焼き鳥の、羊肉版。豚もあるし牛も使うことがあるとか。
『昨日のお昼もピタパンだったけど、いいかな?』
スブラギの店の前で、雨月は首を傾げる。
串焼き、を解してピタパンに巻いて提供されるらしい。
「雨月がよければ。…というか、お前が好きな味じゃないか、ピタパン」
『えへへ、実はザジキと同じくらい気に入ってる』
「ならいいだろ。…、Παρακαλώ δώστε μου δύο σουβλάκι」
店員に声をかけて、マトンのスブラギピタを2つ注文する。
…こうやってギリシャ語を披露する度に、彼女はキラキラした視線で見上げてくる。顔に『すごーい!』と書いてあるのが見えそうだ。
『やっぱり羊、美味しい』
「ハーブが効いてるな。焼き鳥みたいなもんだってきいてたが、肉の切り方がでかい」
『ひとくちサイズよりちょっと大きくカットするのが、ジューシーの秘訣だからね』
「…………だからうちの唐揚げはあの大きさなんだな」
『そういうこと』
おかしいな、ハネムーンもまだ半分あるのに、妙に家が恋しくなった。
(雨月が作った唐揚げが食いたい)
バスに揺られて1時間。聞いていた通りの悪路。
ガタガタ揺れるし道も曲がってる。俺は頭痛に苛まれていたが、『遊園地の乗り物みたい』なんて彼女は楽しそうだった。…なによりだ。
イラクリオンのターミナルに着いたら、タクシーを拾って古代博物館。
クノッソス宮殿にあった遺物のオリジナルが展示されている。
『ギリシャの文化って、エジプト文明と似た雰囲気あるよね』
「海挟んでるが隣だからな。壁画は似てるかもしれねぇ。百合の王子とか」
『タイトル聞いた時に絵画みたいなの想像したから、“ああ壁画だ”って実物見てやっと認識できた』
「これはフレスコ画っつって、平面じゃなくてレリーフみたいに盛り上がりを付けて描かれてんだ。当時は鮮やかだったが、流石に紀元前1500年ともなればオリジナルが残ってるだけ奇跡ってもんだろ」
『3000年は昔だもんね。…当時の美少年だったのかな。色も白いし動きも優雅な感じ』
壁画のオリジナルを眺めて、彼女にアレコレと説明する。回りの石像も遺跡のオリジナルだから、まあ、喋りっぱなしだ。
話せば話すほど、雨月は『それでそれで?』と続きを欲しがる。……、俺の解説以外にコイツが理解する材料ないしな。
『色白で美少年といえば、真君だって負けてないのにね』
「ふはっ、俺に百合の花冠が似合うかよ」
ふと、会話の端に出たそれ。
似合うわけない、と嗤ったつもりだったのに。
彼女は俺をじっと見上げて、数秒の後、頬を染める。
『……本物の王子様だよ。負けてないとか、もう、圧勝』
あー…そうだよな、俺に対する色眼鏡の度が、ホントに可哀想なくらい強い。
「花が似合うのはお前の方だ。バーカ」
未だに見上げる彼女の額を小突いて、微笑ってやった。
はう、と間抜けな声を上げて俯いた彼女の手を引いて次の展示へ向かう。このペースじゃ何時まで経っても回りきれない。
***
古代博物館を後にして、すぐ傍のホテルへ。
カプシス・アストリア・イラクリオンホテル、チェックインを済ませて早々にクノッソスへ向かった。
クノッソス宮殿跡は、さっき見てきた遺物が発見された遺跡で、今はレプリカが飾られている。
昼飯時だったんだが、思いの外スブラギが腹に溜まってるので抜くことにした。
『…ここもスニーカーで正解だね』
「そうだな」
遺跡は広いし足場が悪い。
カラフルなレプリカに彩られたそこは、日差しを遮るものも風を凌ぐものもなかった。
『え、百合の王子ってこんなだったの』
「結構きつい色してるよな」
『なんか、あれ、やっぱりエジプトを感じる』
「……なんでお前はギリシャ文明に対して白いイメージなんだろうな」
『なんでだろ。勉強した記憶がないから未知の筈なんだけどね』
なんでだろうなぁ、なんて。
ゆるゆると遺跡を一周した。説明は古代博物館の方で殆どしてしまったから、予定より早く見て回れる。
『この時間なら、ディテクオン洞窟行けるかな』
「ディ“ク”テオンな。…まあ、間に合うだろ。タクシーも居そうだし」
タクシーは難なく捕まり、片道60分揺られていく。
…帰りもホテルまでと頼んだら了承してくれたので助かった。
『ディ…クテオン洞窟って、ゼウスが産まれたとこ』
「ああ、父親のクロノスが子どもを殺しちまうんで、母親のレアがここに匿わせたっていう」
『ゼウスも子ども、丸のみにしてたよね?』
「その結果、頭からアテナが産まれることになったんだがな。まあ、権力争いはカミサマでも同じなんだろ。ギリシャ神話の神々は人間より人間らしいし」
そんな会話をしていれば、目的の地へ到達する。
ディクテオン洞窟、神話の上では全知全能の神・ゼウスが産まれ育った場所であり、実際に食器何かが見つかった信仰と儀式の場所でもある。
…見たまんまの、洞窟だ。
『洞窟って、初めて』
「これは期待通り想像通りの洞窟だろ?」
『うん。もっと、洞穴みたいな感じかとも思ってたんだけど…鍾乳石、すごいね』
鍾乳石に石筍、ちゃんとライトも点けてあって。
割りと幻想的だ。
「足元、気を付けろ」
『うん』
…まあ、幻想的というか現実味ないとは思うんだが。
特筆することはないんだ。
俺からすれば、只の洞窟だから。
雨月が居なければ、訪れることもなかったし、そもそも興味を持つことも無かっただろう。
『すごいね!だって、何百年の月日がないと、こんなにならないんだもんね』
洞窟では響くから。
小さな声で話す彼女が、可愛かった。
「…ああ、人間では到達出来ない年数がかかる。…ふはっ、何百年後か、生まれ変わった頃にまた見に来るか?なんか変わってるかもしれねぇ」
『ふふ、そのときも2人で来ようね』
来年の話をすると鬼が笑う、なんて諺を思い出した。
来世の話をしたら誰が笑うんだろうか。
神か、悪魔か?
誰が笑ったって構うもんか。
「……そうだな。雨月と来たい」
それは、本心なんだから。
3日目終.