純白の花と紺碧の蝶

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*2日目 [ヒロイン視点]



朝、目を開けて。彼がいることに、とても安心する。


『…おはよう』

「はよ。良く寝れたか?」

『うん』

「そうか」


異国の地であれば、殊更に。



洗面台を交互に使って身支度をした後、ラウンジに向かえば。


『いい匂い…!』


焼きたてのパンの匂いで満ちていた。


「ふぅん、ホテルに窯があるのか。知らなかった」


小さく呟いた彼は、そっと手を握って私達のテーブルへ連れていってくれた。
テーブルには、バスケットに小さな丸パンがこんもり入っている。


『ふふ、朝から焼きたてパンなんて、幸せ』

「…ギリシャは殆どパン食じゃなかったか?」

『うん。多分、朝食つきのホテルは大体パンじゃないかな?』


最初の飲み物は従業員さんが持ってきてくれて、あとは自由にドリンクバー。
コーヒーとジュースが何種類か置いてある。

私はオレンジジュース、真君はブラックコーヒー。
丸パンはホリアティコといって、ギリシャの田舎パンにあたり、少し固くてもっちりしてる。
シンプルに小麦の味がするパンだ。

それと一緒に、オリーブオイル、ハーブソルト、蜂蜜、イチゴジャムが小瓶に入って提供される。


『…美味しい』


私は、千切ったパンにオリーブ油を垂らして食べていた。
現地の人は、これにオレガノをかけるみたい。


「良かったな」

『一口どう?』


真君は朝ごはん食べない派。
合宿とかで、私が全員分作れば「自分だけ食べないのは嫌」と言って食べるけど。家では基本食べない。
私は、一汁三菜は流石にいらないけど、ちょっと食べたい派。卵かけご飯とか、トーストとか、簡単なものでもお腹にいれないとお昼までエネルギーが持たない。

そんな真君だから。コーヒー以外は要らなそうだけど、一口分千切って差し出せば口を開けてくれる。


「…あ」

『はい、どーぞ』


腕を伸ばして、パンを彼の口へ。
ちょっとした悪戯心で、その唇を、ツン…とつついてみれば。

ニヤニヤ、っと。彼は口角を緩めた。


「その指、どうするつもりだよ」


そうだよ。どうしよ。

でも、彼の笑顔は意地悪してる顔じゃない。
…、照れてる?ちょっと、喜んでる?
なんか、そんな顔。


『どうもしないよ?』


彼の唇に触れた、その指で。
私はまた、パンを千切って頬張る。
美味しいって、自分の唇を撫でながら。


「……ふはっ、朝から夜が待ち遠しくなること、すんなよ」

『えー。駄目よ、今日はクレタ島でのんびりするんだから』


私はバスケットから2つ目のパンをとって、今度は蜂蜜をかけて食べる。…蜂蜜も美味しい。
真君も、1つ丸パンを手にとって食べ始める。
…、美味しかったのかな?日本でも作れるといいんだけど。

因みに、自分のテーブルで余ったパンは持って帰っていいんだって。
ホールのお姉さんが紙袋に3個詰めてくれた。




そんな、ゆっくりした朝食を終えて。荷物をまとめてフロントに行く。
チェックアウトの時間までは預かってくれるみたいなので、その間にお散歩。

ホテルから20分歩けば、アテナイのアゴラ、と呼ばれる遺跡群がある。
昨日見たパルテノン神殿みたいに神々の時代ではなく、倫理の教科書に出てくる人達の集会所だったとこ。ソクラテスとかね。


「これがヘパイストス神殿」


そこには、神々の名をとった建物もある。
ドリア式、と呼ばれる大きな石柱。それがささえる大きな屋根は装飾も多くて綺麗。
相変わらず地図を見ない真君に着いていけば、看板もないのに次々と説明をしてくれるものだから。
私は景色と真君の顔を交互に眺めているだけでいい。
至れり尽くせりである。


「ここは鍛冶の町だったから、祀られてんだろうな。…報われない印象しかないが」

『…アフロディテとの神話?』

「ああ」


ヘパイストスは、鍛冶と炎の神さま。足が悪くて見た目も綺麗ではなかったけど、手先が器用な男神。
アフロディテは、英名ビーナス…といえばその通りの美と愛の女神。

ヘパイストスは、母親のヘラから見た目を理由に冷遇されていた。それを恨んだ彼はある日「解放されたければ、アフロディテと結婚させろ」と女神ヘラを椅子に拘束する。
ヘラはその条件を飲み、2人は結婚することとなった。けれど、アフロディテはそれに納得できず別の神さまと浮気して、結局離婚することに…という話。

アフロディテやゼウスの名前がついた神殿や柱廊も回りにあるから尚更。複雑な気持ちになる。


『…結婚てさ、ああやってするものじゃないと思う』


何かの代償や対価として、誰かと人生を歩む誓いをするのは…どうかなって。
やむをえない…とかあるかもしれないけど。
そうまでして傍にいたい…とかあるかもしれないけど。

けど。でも。


「ソウルメイトって、知ってるか」


真君は、遮るように言葉を紡ぐと、絡めるように指先を繋いだ。
そのまま、綺麗な石の柱廊をゆっくり歩いていく。


『そうるめいと?』

「ツインソウル、ソウルリンク、言い方は色々あるしそれぞれ意味合いも若干違うが…起源はギリシャ神話にある。プラトンという人物が唱える神話では、神々の時代、人間は2つの頭と四本の腕、四本の脚を持つ生き物だった」

『え…?』

「ギリシャ神話の中で、人間が生まれた経緯は不明確なんだ。プロメテウスが土を捏ねて作ったとか、ゼウスによる創造だとか、ノアの方舟の話では石ころや土塊から生まれるんだからな。…兎に角この話では、人とはそういう形だったんだ」


初めて聞く話に、思わず真君の顔を見上げる。
彼は私を一瞥すると、視線を前に戻して歩みを続けた。
午前中の涼しく乾いた風が、繋いだ手の表面を撫でていく。


「ある日、神は知恵を持つ人間という生き物を恐れ、その体を割くことにした。それが今の人間だな、頭が1つ、腕と脚は2本ずつ。当然、体と一緒に魂も2つに別れてしまった。…プラトンの独解では、魂の片割れを探すことに人生を費やさせるため、だそうだ」

『…!soul、mate?』

「そ。解釈として多いのは、欠けたものを補いあう伴侶や自分の一部だったと言える運命の相手は、そういう魂の結びつきがあった…って話」


柱廊を渡り終わって、石像や神殿を眺めた後。
彼は私に視線を移す。
穏やかに、目を細めて見下ろしている。


「その説で言えば、最初から完成形であるカミサマには、自分以上に愛しかったり…“お前しかいない”って感じたりする相手は存在しない。だから、カミサマとやらの結婚に、俺達みたいな意味は無くてもいい」

『…っ』

「…こんな、“やっと1つになれた”なんて感覚は、不完全な俺達だから持ち合わせる。…一度引き裂かれた割りに、存外幸せだろ?」

『うん。確かに…結ばれる喜びは、割かれてないと感じなかったと思う。…私達、きっと、同じ魂だったよね?』

「きっとな。…、でも。お前に別のソウルメイトがいたところで、もう、手放してやれない」


絡めたままの指先を、きつく繋ぎ直して。
真君は、やっぱり穏やかに笑う。


『有り得ないよ。貴方以外、何もいらないんだから…解ってるくせに』

「ふはっ!ああ、お前以外、有り得ない。要らねぇよ」


私も笑い返して、“私は神様じゃなくてよかった”なんてことを思いながら、アテナイのアゴラを後にした。




.




**********


遺跡でのんびりしすぎて、町の散策はほとんど出来ずにホテルへ戻ってチェックアウトする。
けれど、乗る予定のバスには時間があるから、ギリシャヨーグルトのお店でテイクアウトしたものをシンタグマ広場で食べた。


『すごい…濃厚』

「水分がかなり少ないな。かといって、水切りヨーグルトとは違うような」

『水切りヨーグルトって、ちょっとパサつくでしょ?どっちかというとカッテージチーズみたいな…これはクリームチーズだよね。もったり、ねっとり』

「ああ…そんな感じか」


アイスのワゴン車みたいに、ギリシャヨーグルトのワゴン車売りがある。
カップのプレーンヨーグルトに、好きなトッピングを撰べるスタイル。

私は、蜂蜜とナッツ。真君はブルーベリーソース。


『…おいしぃ』

「バスを待つくらいなら丁度いい量だな」


本場のギリシャヨーグルトに舌鼓を打てば、真君は自分の分を一口すくって私に差し出す。


『…ん』


躊躇せず口にすれば、満足げ。
彼にも、私の分を一口あげる。


「…なんか、ギリシャはハチミツも濃いよな」

『特産品だよ。水分が少なくて香りがいいの』

「気候が乾燥してるとそういうものの水分まで抜けんのか?」

『え…そういうこと?』

「違うだろうな」


他愛もないことを話して、10時半のバスに乗った。
12時には空港について、そこからクレタ島行きの飛行機に乗る。
道の混み具合で到着時間がとても変わるから…と余裕をもったバスにしたのだけど。


『早くついたね』

「つっても…空港の回りは見るもんねぇし、ここで昼飯食うか?」

『そうしよっか…実は、あそこのGREGORY'Sってお店、入ってみたくて』


空港のロビーにある、ギリシャのサンドイッチとサラダのチェーン店。
何種類ものサンドイッチやピタパンが山積みになっていて、カップに入ったサラダも棚一面に犇めいている。


「ああ。…すごいな、種類も量も半端ない」

『サラダも1パック大きいね。…いくら?』

「1~2ユーロ。ピタパンが200円、サラダが500円くらいだな。コンビニ価格だ」


真君がポテトサラダとハムのピタパン、私はザジキと蒸し鶏のピタパンを買って、空いていた席で食事する。


「…ん」

『ありがと。はい、私のも』


真君は私と違う味の物を食べると、高頻度で一口分けてくれる。
す、と差し出されるピタパンを噛って。私のピタパンも差し出した。彼も躊躇わずに一口噛って咀嚼する。


「昨日のザジキってソースはオールマイティーなんだな」

『ねー。はまっちゃった。真君のも、ポテトサラダだと思ってたけど…タラモサラダだね?』

「ああ。なんか、不思議な味だ。日本のタラモサラダは明太ポテトだろ?タラモって魚卵があるとは」

『これはこれで美味しいけど、明太ポテト食べ慣れてると違和感あるね』


同じものを共有したい、とか。違う味も食べたい、とか。
私のそういう感情を、彼は解ってくれるし大切にしてくれる。




手早く済ませた昼食の後、飛行機で1時間。
途中、小腹が空いてしまって。アテネのホテルから持ち帰った丸パンを2人で食べてしまった。
それから、14時に到着したのはクレタ島のハニア。
空港までホテルから迎えの車が来てくれて、15時にエリア・パルティノというホテルへチェックイン。


『…、綺麗』


デラックスシービュー、という部屋。名前の通り、目の前にオーシャンビューが広がるバルコニー付きの部屋。勿論ダブルベッド。


「ベネチアンハーバーを歩くのは、少し休んでからにするか?日が高くて暑い」

『そうだね、散策は夕方にしよっか。お部屋からも海、見えるし』


真君とバルコニーからセリアンブルーの海を眺める。
海辺で釣りをする人、小さな船、賑やかな往来。
日本ではない景色に暫し眺めいる。

それから、隣に並ぶ彼を見上げれば。
午後の陽射しが強いのか、眩しそうに目を細めて海を遠く見ていた。


『………、ねえ』

「ん?」


その視線を、袖を引っ張って私に移させる。
細めていた目は、優しく微笑んでくれた。


『少し、お昼寝しない?』

「…ああ、疲れたか?昨日も今日も歩いてばっかだもんな」


袖を摘んでいた指先をそっと握られて。
青と白を基調とした部屋へ戻ってくる。


「なんだ、ベッドじゃなくていいのか?」


ベッドへ足を向けた真君を、ソファーへ引っ張れば。
ちょっと首を傾げながら着いてきてくれる。


『ベッドだと、ぐっすり寝ちゃいそう』

「ふぅん?」


ニヤニヤ、と笑った彼は。
ソファーに深く座ると私を強く引き寄せ、一瞬でお姫様抱っこに。


「てっきりホームシックかと。ベッドじゃ、“俺達の”ベッド、思い出すもんなぁ?」


彼は、私以上に私を知ってる。
指先で頬を撫でられて、ああ、と。納得してしまった。
さっき、胸を一瞬掠めた寂寥は、ホームシックというものらしい。


『…うん』

「なんだ、素直だな」

『痛感したの。私は、真君無しに生きられないって。私が、“帰りたい”と思う場所をくれたのも、寂しさを埋めてくれるのも、真君。…好きすぎて苦しいって、今でも思う』


未だに頬を撫でてくれる指先に擦り寄った。
真君の視線が海の向こうを向いていただけで不安になってしまうほど、あの目は私をいつも見ていてくれる。
その優しさに、抱きついた。


「…何処にも行かないから、黙って寝ろ」


そしたら、頬を撫でていた指先は私の目蓋に覆い被さって。心地よい温もりと薄暗さに、私はあっという間に眠りの淵へ。
けど、指の隙間から僅かに。顔を赤くした真君が一瞬見えた。











目が覚めたとき、窓からの陽射しは赤みを帯びていて。長めの昼寝だったことを察すると同時に、体勢に違和感。

…私、お姫様抱っこで寝たような。ベッドに寝かせてくれたのかな?それにしては温かくて、固い気が…


『…?』


うっすら瞼を持ち上げて、納得。
ソファーで仰向けに寝る真君に、私は俯せで覆い被さるように眠っていた。
あれ。トト○の上で寝そべるメイちゃんみたいな感じ。私は首に抱きついてたけど。


「おはよ」

『…おはよう、重かったでしょ?』

「いや?掛け布団には丁度良かった」

『うそ』

「まあでも、お前が起きたの直ぐ解っていいな。雨月だって寝心地よかったろ?もう18時だ」

『え、2時間も寝てたの!?』


ぐっすり寝ないように…とソファーを撰んだのに。
昼寝にしては、少し寝すぎ。


『…海洋博物館も考古学博物館も行きたかった』

「そんなに歴史好きだったか?」

『折角来たんだもの。その土地のこと、少しでも知りたいなって』

「島の遍歴なら俺が説明するから、そう拗ねるな」

『…それ言われると、もう反論できない』


宣言通り、オールドベネチアンハーバーを散策中、真君は歴史の先生だった。
道すがら、ギリシャ特有の白い壁の建物が少ないとは思っていたのだけれど、名前の通りベネチアに統治されていた時期も長かった土地なのだという。
ベネチア文化とクレタ文化が入り交じり、ギリシャだけどギリシャだけじゃない町並みと文化を持っている。
あと、オスマン帝国に侵略されたとか、ナチスドイツに侵略されたとか、中々ギリシャ本国の統治下にならなかった歴史もある。


『…真君に教わると、高校生のときみたい。わかりやすくて、聞いてて楽しい』

雨月に歴史教えたことは殆どないだろ、お前は筋道が立ってるものは理解できるタイプだ。先に略歴を教えてから肉付けしてけば割りと覚える。数学みたいに筋道も何もない奴がダメだったな」

『う…頭が固いんだよね。公式を覚えるとか、公式を当てはめるとか、しっくりこなくて』

「ふはっ、その嫌そうな顔、久しぶりに見た」

『本当に嫌だったんだもん…数学も英語も。真君いなかったら徹夜したって覚えられなかった。でも、お陰で今はレストランのメニューくらいなら英語読めるし、分量とお金の計算はできる』

「それは生活に必要だからだろ。今さら空間ベクトルや指数関数使えるか?」

『…むり』


おかしいな。綺麗な海と海岸と町並みを見て、なんでそんな嫌いな教科思い出さないといけないんだ。
…でも、一緒に勉強した夜も思い出せる。
並んでノートを書いていると、肘や手が触れるのが擽ったくて、ときめいて、仕方なかった。


『…』


こつん。と、彼の手の甲に自分の手の甲をぶつけてみる。
並んで歩いていた真君は、また、ふはっ…て軽く息を吐いた。
それから、スルスルと絡め取られて握られる指。


「このままレストランでいいか?もう少し歩く?」

『レストラン。…それで、帰りもゆっくり散歩しよう?』

「ああ。ここは夜景も綺麗だからな」


私も手を握り返して、ふふ、なんて息が溢れた。





因みに夕食のレストラン、パラゾ・アルマーレは予約してあって、灯台が見えるテラス席。
日没と灯台の組み合わせがロマンチックで、暫く飲み物だけで眺めいってしまった。
藍色の空に、濃いオレンジの夕陽が沈んでいく。
その手前には小波うつ港と、岬に立つ灯台のシルエット。…絵画みたいだ。


『……いやもう、むしろ漫画みたい』

「骨付きステーキとは言うが、塊だな」


風景も絵に描いたように素敵だけれど、メニューの方も迫力がすごい。
サラダも山盛りだし、ステーキなんて『まな板かな?』って思うサイズのお皿で提供される。海老のスパゲッティだって大盛だった。

個人的な話、大盛のスパゲッティを見て思い出すアニメ映画がある。
2匹の犬が知らない内に1本のスパゲッティを両端から食べていて、ポッキーゲームの要領でキスしてしまうシーンがあるそれ。

(…その予告で流れる曲が…好きだったな)

“ただなにも考えずひたすら生きてた、誰にだって心を閉ざしていた”
“…あなたが、その手を優しくさしのべてくれた”


なんだかそれが、頭を過ってしまって。


『真くん』

「ん?」

『帰りも、手、繋ごうね』

「………。ああ」


私を救ってくれた指先に、早く触れたくなってしまった。







2日目終。



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