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[花と毒蜘蛛] 2016/08/20
‐4周年記念 フリリク‐
音於様へ捧ぐ 花宮夢
※
当話はIFであり番外ではなくパラレルです。
本編では彼らに起きなかった出来事です。
*****
隣の家に住んでいる幼馴染みは、絵に描いたようなイイコチャンだった。
最近それは恋人という関係になって、イイコチャンなのは相変わらずだが人間らしさが出てきたところ。
名前は雨月、父子家庭に育つ一人っ子。
彼女の異常なイイコチャンぶりは、AD(アダルトチルドレン)の傾向だろう。
スケイプラー(幼い親)、リトルナース(小さな看護師)、ロストワン(いない子)…その辺が入り交じったタイプ。
面倒見がよくて優しくて迷惑をかけないように。
それらを完璧にこなさなければいけない、と思い込んでいる。
片親とか両親の不仲とか、家族という機能が果たされないまま育たざるを得なかった、大人な子ども―子どもで居られない子ども達―と言われる、それ。
俺だって該当するだろう。
区分するならプリンス、ヒーロー、…その辺だろうが、ADは別に病気ではない。
生きていきにくい性格を持ってしまった自分達を、分析して生きやすくなる為の只の記号。
既に割りきった俺にとって、母も、顔も知らない父も、恨む対象ではない。
ラフプレーという捌け口も知っていたし、持っている才能で生きていけることは解っていたから。
ただ、彼女は違う。
『…っ』
「……?雨月?」
『…ごめ、起こしちゃっ…』
「起きた。…どうした」
夜中、隣が動く気配と手を握られる感覚で目を覚ませば、雨月が涙声を出しながら手を掴んでいた。
『……』
「…言いたくなったら言え。大方嫌な夢でも見たんだろ。ほら、」
嗚咽すら飲み込もうとする彼女を抱き寄せて頭を撫でる。
最近の出来事を思い返して、夢の予測を立てた。
『お父さん…夕飯食べてくれないの…お母さん…返事してくれないの…』
やっぱりな。
3年生になって進路相談とか三者面談とか、親が必要な書類が増えた。それに伴って彼女は父親に何回か連絡をしているが、まともな返事はない。必要最低限、偶に無視。
そんな中だ、トラウマを夢に見てもおかしくない。
「そいつが食わなくても俺が食うし、そいつが聞かなくても俺は何回だって応える」
『まことくん…』
「居る。俺はここに居るし、[#dn=2#]はここに居て良い。つーか居ろ」
『…ありがと…ごめんなさい…』
「お前は泣き顔も可愛いけど、謝んな」
『ふふ、可愛いっていってくれるの、真君だけだから…嬉しい』
よっぽど夢が堪えたのか、素直すぎる彼女を力いっぱい抱き締める。
雨月の中では、自分を捨てていった両親さえ、恨むことすらできていないのだ。
いつも自分が悪い、居る意味がない、という異常な自尊心の低さ。
そのくせ、何でもできなきゃいけないというプレッシャーを抱えている。
頭が悪いとか、そういう次元じゃない。
そんな矢先、それは偶然だった。
(あれは…)
(雨月の、父親)
実際は数える程しか見たことがないが、雨月の家にある写真で何度も目にしているそいつ。
父親だなんて到底思えないが、戸籍上それ以外に呼び方が思い付かない。
そんな奴が、夜中に駅前を歩いている。
「あれ?羽影さんじゃないですか?」
「…っ!?」
「やっぱり。ご無沙汰してます、ほら、隣の花宮です」
「…あ、ああ…」
チャンスだ、と思った。
持ち前の張り付けた笑顔で近づき、声をかける。
「こんな時間までお仕事ですか?終電もないのに、大変ですね」
「…君は、こんな時間に何を?」
「受験勉強の息抜きにランニングをしてまして。夜だし、明るい道がいいと思ったら偶然おじさんをみかけて…つい声をかけてしましました」
これは本当だ。最寄り駅から3つも離れた駅で出会うには、向こうも納得するだろう。
「そうか。…まあ、いくら明るくても子どもが彷徨く時間じゃない。早く帰りなさい」
「そうですね、そろそろ折り返します。おじさんは?この辺にいるってことは今日は帰るんですよね?」
「…あ…いや…」
「帰らないんですか?雨月が進路相談したいって言ってたから、てっきり連絡がついたのかと」
最初は、嫌味の1つでも言えればいいと思っていた。
正直見るだけでイラつく、関わりたくない。が。
気が変わった。
煮えきらない返事、女物の香水の匂い。そして、足を向けていた方向が歓楽街となれば。
雨月のことなんか、欠片も考えていないのは明白。
(虫酸が走る…ぶっ壊してぇ…)
高校生が社会人に楯突くのは限界があるだろう。
それでも、その限界まで行きたいと思ったのだ。
「最近ずっと悩んでいて、元気がないんです。雨月もお父さんは忙しいから困らせたくないと…直接でも本音を言えないでしょうし。僕から話を聞いてくれませんか?」
「……今は、ちょっと…明日も早いんだ…また、娘に聞いてみるから」
「明日日曜なのに早朝から仕事なんですか?今日の夜もこんなに遅くて…大変ですね」
「…」
「あと、雨月に聞いても話しませんよ?自由な時間に返せるメールの返事も貰えないでいるのに、雨月なら気を遣って『大丈夫』って言うに決まってます」
「…!」
周りの目ばかり気にする、プライドの高い男。
そのくせ、父親という視点は捨て腐った奴。
例え捨てていても、"できていない"という事実を突きつければ、そのプライドをじわじわ切り崩せるのは解っていた。
「だから、ちょっと話しませんか?」
24時間のファミレスへ連れ込んで向かい合う。
神経質そうで、そのわりに人の気持ちに無神経。
強欲であるが、その為に身を削ろうとは思わない。
本当は、こんなやつ、潰しがいもないのだ。
何でも持っているようで何も持っていないこの男は、プライド以外に傷つけるものがない。
「…話は」
「まず、雨月に生活費を与えていないって噂がたってます。貧乏だから進学も出来ないし、捨てられたんじゃないか…って言ってる人もいますよ」
「なっ!?」
「勿論極少数の噂です。本人は"お父さんは自分を養う為に休みなく働いてくれている。だったら、お金を使わなければ休めるはず"って言ってました。そんなに心配される程休めないんですか?」
「…出張が多いのを、勘違いしてるんだろう」
「3年も?何も説明してないんですか?」
「…」
「メール見れないくらい忙しいんですもんね。タイミングを掴めなかったんでしょう。でも、進路指導の面談くらい、出れませんか?雨月の歳を思えば大事な連絡くるの想像できませんか?」
バカじゃないんだから。
そこまで言って、もうどうでもよくなった。
因みに、最初の捨てられるとかは作り話だが、"お金を使わなければ休める"と雨月が思っていて、生活費を著しく削っていたことはある。
でも、それも諦めてしまった。いや、諦めさせた。そんな無理をしたって報われやしないから。
そして、進路の三者面談に出席して欲しいとメールした雨月を無視した件。この事実を話したとき、"余計なことを"と、口が動いたのが見えたのだ。
(本当に腐ってんな)
自己中心的で清々しい程に傲慢で欲深い。
そんなに他人の目が気になるなら、父親のフリもこなしてみせればいいのに。
犠牲になっているのは[#dn=2#]だけ。
イイコぶって平気で何かを踏みにじれる神経、吐き気がする。
「っ!?」
バカ、と俺に言われたことで奴の視線はやっとこちらへ向いた。
ずっとどうやって逃げようか交わそうかしか考えてなかった癖に、屑なりに自尊心抱えて笑える。
こっちに意識が向いたなら、言いたいこと全部言ってやろうか。
「ああ、バカなんですよね。知ってました。若い女に言い寄られて子供ができたから結婚してとか言われて。いざしたものの夫としても父親としても機能を果たせず。まあ元嫁も妻としても母としてもろくな働きはしてないし、似た者夫婦だったんでしょ?結局離婚したって、雨月の心になんて目も向けなかった。あいつが何を思ってあの家にいるかなんて気にもしなかった。その癖、平気で女連れ込んでんだもんな?学習しろ。あと、せめて痕跡くらい消せよ、ピアスにタオルにシャツ…やることやりましたって言わんばかりに置いてきやがって。何で知ってるか?むしろなんで知らないと思ったんだよ、本当にバカだな。俺はずっと雨月の隣にいたんだ。あんたは家にも居着かないのに口出しだけはしてた…って、母親に散々愚痴を聞かされたって聞いたし、最近女を連れ込んだのは見られてんだぜ?ほら、それも知らない。なあ、雨月の何なら知ってんだよ、お父さん?」
スラスラと、呼吸をするように奴の汚点をあげた。
その途中で崩れていく敬語や、一人称の違いにも驚いたんだろう。
"君は…"といって、顔を真っ赤にして肩を震わせている。
「何に怒ってんだよ、キレそうなのはこっちだ。寧ろ雨月。やろうと思えばネグレクトだとか精神的虐待とかで訴えれんだ。……でもまあ、生活費はそこそこ不自由なくくれてるからいいや。あれ、俺が何言いてぇかまだ解んないわけ?」
原なら、頭にババロア詰まってるとかいうんだろうな。
だとしたら、こいつの頭に入ってるババロアは腐ってるに違いない。
「ここまできたら、雨月が独立するまで生活費以外に関わるなよ。立ち退きの話が来てんのは知ってるよな?卒業前には引っ越してやるから、帰ってくんな。女連れ込むなんて論外だし、俺らの行動範囲彷徨くんじゃねぇ」
目障りだ。
「仕事と自分が大好きで仕方ないんだもんな?精々職場と女の家往復してろ。ああ、大学は奨学金でなんとかする、お前に頼る気はない」
そこまで言うと、奴は握り拳を作って"何様のつもりだ"と呻いた。
気持ち悪。
「何様?俺は雨月の家族だ。それ以下でもそれ以上でもねぇ。お前こそ誰だよ、金だけ与えるのは親じゃなくてもできるからな」
あーあ、もう意味わかんないって感じか。
こんなに罵られることなかったんだろうな、可哀想なやつ。
「俺は雨月が泣けば慰める、寂しいと言ったら傍に居る、嬉しいと言ったら一緒に笑う、飯が出来たと言ったら一緒に食べるし、美味しかったと思う。お前には何一つできないだろう?」
反論する気もないし、出来ないし、ってとこか。
プライドは削れたが、そもそも父親って概念を持ってないからこれ以上は傷つけられないだろう。
潮時だ。
「ふはっ、言いたいこと全部言えたし、子どもが彷徨く時間じゃないらしいから帰るわ。……ああ、言い忘れてた。――雨月は俺のだ。これ以上傷つけんのは許さねぇ」
テーブルにコーヒーの代金だけ置いて席をたつ。
言い逃げといえばそれまでだが、返事を待つ気にはならなかった。見ているだけで虫酸が走る。でもまあ、最後の間抜け面は最高だったが。
『…あ、お帰り。随分遠くまで走ってたんだね』
「まあな」
『スポドリ冷えてるよ、持ってくるね』
「…なあ」
『ん?なぁに?』
家に帰れば、既に寝巻きを着た雨月がコップを運んできてくれた。
それを1度テーブルに置き、彼女を緩く抱き締める。
『真君?』
「雨月…俺はお前のなんだ?」
『ふふ、なに言ってるの?真君は、大好きな人で、私の大切な家族。真君は?』
「ふはっ、言うまでもねぇな」
『え、狡いよ!』
「別に言ってやってもいいぜ?―…雨月は俺の全てだ」
『…!!…もっとずるい…』
「ほらな?言わなきゃよかったろ?」
『そんな、こと、ない…けど…幸せすぎて…涙でそう』
俺の腕の中で真っ赤になりながら、自らの腕を必死に背中へ回してくるのが愛しかった。
FIN
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