花と蝶

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《高1冬 合宿3日目》



ふと目が覚めた。

(う、わ…)

瞼をゆっくり持ち上げると、目の前に真君の顔があってびっくりした。

(あ…狭いから向かい合って寝たんだ)

いつも、真君は仰向けに寝ていて。私が起きてすぐに見るのは天井か彼の肩、もしくは横顔である。
しかも、布団の端は寒いので自然と真ん中に寄って、寝たときよりも少し近くなったのだろう。
もとの距離に戻そうと身動ぐと、布団にすきま風が通って少し冷えた。それに縮こまり、手に力が入ったのか。真君も少し身動いで目を開けた。

そして、一瞬驚いたように目を大きく開いて。すぐに目を細める。


『…おはよう』

「……はよ」


昨日は何か悲しくて泣いた気がするけど「寝たら、忘れちまえよ」と、優しげな声が残っていたから。それ以上考えなかった。


「…5時か」

『あ…ご飯作らなきゃ…洗濯も…』

「…」

『真君はまだ寝てていいよ、練習ハードみたいだし。食堂はまだ寒いから』

「…課題やりにいくから、暖房いれとけよ」


手の力を緩めた彼は、少し口の端を吊り上げてそう笑った。
彼なりの優しさである。
私一人でいたら暖房を着けないだろうから、自分の我が儘にして私を守ってくれているんだ。


『わかった。お湯も沸かしておくね』


それに応えるように小さく笑い、布団と彼の部屋を出た。

(寒っ…)

そして気づいた。
真君の手が、とても温かかったこと。





















『お湯沸いてるよ。コーヒー?』

「ああ」


ストーブをつけたまま洗濯物を干しにいき、食堂に戻ってきてすぐ。真君はやってきた。


「野菜、昨日より大分少ねぇけど、何作んだ?」

『今朝は和食だよ。味噌汁と塩鮭、玉子焼き』

「サラダがねぇのか」

『大根おろしと白菜のお新香はつけるよ。味噌汁の具を多目にするつもり』

「へぇ」


興味があるのかないのか、視線は課題に向いたまま。
手も止まらない。
考えるのと書くのが同時なのだろう、消ゴムは持ってきてすらいないようだ。

私は味噌汁の具を刻みながら、時折それを見遣る。
部活を見る限り、優しさというか、そういうものはあまり感じさせず、どちらかというと我が儘な彼。
同族と呼べそうな面子の集まりだからか、それを非難されることはないし、多少冷たく当たったりすることもある。

そんな真君が。

どういう気持ちなのか知らないが、私に優しさを向ける。
彼にとっては優しさではないのかもしれないが、猫を被らない彼が、人のために何かをするところなど見たことがないから。

(自惚れちゃいそう)

躊躇わずに正面に座り、文句を言わずに私の作った料理を食べ、夜中でも私を布団に招き入れる彼に、


「…何ニヤついてんだよ」

『別に?解くの速いね』


思わず笑みが零れることがあるのだ。



.
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今日はちゃんと7時に瀬戸君も席について朝食になった。

それぞれ食べたら掃除に向かい、用意しておいたスポドリとタオルを持って体育館へ向かう。
私は洗い物と台所の掃除を終え、グッと伸びをした。


(なに、しよっかな)


風呂掃除、は風呂上がりに粗方してあるから沸かす時でいい。
トイレ掃除、も自分しか使わないうえに、洗面台なんかもその都度拭いてるから汚れてない。
スポドリや氷はできているし、洗濯物も干してある。
昼食の準備、夕飯の下拵えでもしようか…早いよなぁ…私も課題やろうかな。


なんて、考えを巡らせていると食堂の入り口が開く音がした。
何事かと視線を移せば、不機嫌そうに真君が立っている。


『…?忘れ物?』

「違う。―、お前時間あるか?」

『あるよ、寧ろちょっと暇。何、手伝うことあるの?』

「なんで嬉しそうなんだよ」


なんではこっちの台詞だ、なんでそんなに不機嫌なの。


『や、マネージャーっぽいことできるのかなって』

「…そんなとこだ、とりあえず体育館来い。あと、体育館は寒いからな」

『、うん。上着着てからいくね』

「おう」


結局、不機嫌そうに顰められた眉はそのままに彼は先に体育館へ戻っていって。
私もジャージを羽織りながらその後を追った。


『えっと、何したらいいの?』

「あ!羽影ちゃん来た!タイマーとカウントやってよ」

「上体起こしするにも、何にしても奇数だとさ」

『ああ、そういうこと』


タイマーはセットしてあるから押すだけ、カウントもまあ、体力テストとかでやってるからできるはず。


「花宮が一人でやるのはやりづらいだろうと思ってな。羽影さんに組んでもらえばいいだろうと」

『え、一人でできてたの?』

「花宮だからな」


反復横とびとか、シャトルランとか、自分で数えるの大変なのに…


「なんで俺で確定してんだよ」

「少しでも小さい方が腹筋とかで支えるとき羽影ちゃんが楽でしょ?瀬戸とかだったら吹っ飛んじゃうかもしんないじゃん」

「んなわけあるか」


ああ、こうやって並ぶと確かに、花宮君が小さい方なのか。
私からすれば十分大きいのに。


「…、記録用紙はこれだ。走るぞ、アップ終わってるか?」

「ああ」


ぶっきらぼうに渡された紙とペン。
走るというのは、どうやら5分走り、1分歩く…を3回繰り返すものらしい。
何周できたかをターン毎にペンの色を変えて記録して欲しい、とのこと。

(これは全員分見るのか…)

タイマーは自動で動いてくれるからいいとして、走るペースが疎らな彼らをそれぞれ数えるのは大変だった。
でも、2ターン目以降疲労が見えてきた彼らが自身で数えている方が辛いだろう。
と、3色ボールペンを走らせた。


(なるほどね)


ペース配分が見たかったのか。
山崎君は初めが多くて後半に向けて減っていくし、古橋君は後半に数が伸びていて原君は真ん中が多い。
瀬戸君と花宮君は殆ど回数の乱れはないけど、トータルが多いのは花宮君である。




.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯


反復横とびや腹筋は二人一組で交互に行うようで、最初に決められたように真君と組んだ。

反復横とびは数えるだけだしよかった。

腹筋、となれば脚を押さえなければいけなくて。


羽影ちゃん、しっかり乗ってないと大変だよ?」

「起きる側も起きにくいしな」

『う、うん』


足首に跨がってタイマーをスタートさせた。


(う…わ、)


そして、本日2回目のびっくりである。
至極当然ながら、近いのだ。真君が起き上がる度に顔が近づいて、彼の匂いがする。

寝るときに近いのは慣れてしまった、というより安心する。起きた時も驚きはしたが、やはりどこか安心しているのだ。

でも今は。


(ち、かい…)


非常事態といっても過言でない。普通に近いというのは慣れないし、恥ずかしい。
この前合宿所を探している時も、近くに座りすぎて、振り返った時に平常心を保つのが大変だった。

まして脚をしっかり押さえていなければ本当に吹き飛ばされてしまいそうで。
触れているというのを意識したらいっそう恥ずかしかった。


「…、30秒経ったら交代な」


やっとタイマーが鳴って、その近さから解放されたのに。


「マネもやってみなよ、せっかく組んでるんだし」

『え…私全然できないんだよね…』

「なおのこといいんじゃね?4月にまた体力テストあるし、練習と思えば」


なぜこうなった。
私の脚を押さえながらタイマーを弄る真君。
私のが小さいし彼の方が力もあるから、足に乗る必要はなかったみたいだけど、両手で押さえられた足首に意識が向く。


「、始め」


ブザーが鳴って皆が動き始める。山崎君も古橋君も、速い。


「ふはっ、羽影、遅っ」

『だ…って』


もとより苦手な腹筋。
全然起き上がれないし、起き上がれば真君の顔も近いし。


「ほら、せめて2桁いけよ」

『む…り』


なんで真君平気なの…、ってまあ、一緒に寝てくれるくらいだから気にならないよね。
意識したら負けなんだろうか。
なんて。意地悪に笑う彼を見ながら思った。


「…お前、7回ってどういうことだ」

羽影ちゃんwww運動音痴なんだwww」

『0じゃないだけ頑張ったと思う』

「0とか…意味がわからないが」

「やめろよ羽影が可哀想だろ!」


…本当に中学の時は1回も起き上がれなかったのだ。随分進歩したはず。


「…まあいいや。羽影、戻っていいぞ」

『うん、お昼の準備してくるね』


その言葉を聞くや、逃げるように体育館を出た。





顔が熱い。






.
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お昼にチャーハンを出して、洗濯物を畳み、また夕飯の準備。明日も手伝うことになるなら、明日のお昼とかも下拵えした方がいいだろうか。
薄ぼんやり考えながらハンバーグを捏ねる。
男子高生5人分となると、そこそこ力仕事な量だ。



「よっしゃハンバーグ!」

「グラッセも作れるのか」

「古橋昨日からメイン以外に食いつくのはなんなの?」


ただまあ、皆喜んでるし。
真君も満更でも無さそうなので作った甲斐があるというもの。


(食べる時も、平気なのにな)


正面に座る彼を見ても、やはり安心感が沸き上がる。
さっきの恥ずかしさや躊躇なんてものは影を潜めてしまって。


『花宮君、お代わりは?』

「…ん」


こんなやりとりも自然にできてしまうというのに。





















(…やっぱり寝れない)


夜中の12時。
流石に寝ないと5時に起きるとなれば支障が出る。


(真君…)


疲れているし、眠いのに、一向に眠りに落ちない頭を動かして襖を開ける。

彼は既に布団に入っていた。


「…早く閉めろ、寒い」

『ごめん』

「…」


それでも薄目を開けて、私が入るスペースを空けてくれる。


「お前風呂入ったんだろ、なんでこんな冷たいんだよ」

『廊下歩いてたら冷えちゃった』

「靴下も持ってけよバァカ」


布団に潜る時に足先が触れたらしく、彼が眉を顰めた。
でも、そういいながら毛布をかけてくれる彼は、とても優しくて。


「…、」


別に、今日は手を握らなくても眠れそうだったけど。ついその手を掴んでしまえば、"冷てぇ"と文句を言いながらも反対の手を重ねてくれるのだ。






(ああ、気づいちゃいけないかもしれない)

この安心感も。

昼間の躊躇も。

この感情にも。



蓋をしよう。


寝たら、忘れてしまえばいい。








Fin.
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