花と蝶
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《高1冬 合宿2日目》
朝5時、隣に彼女はいなかった。
(寝れたのか、来なかっただけか…)
朝食は7時から、どのみち早く起きすぎてしまった。
春休みの課題でもやろうと思った時だ。
僅かに廊下を歩く音がする。
(雨月か)
7時から朝食、となれば。それ以前に起きて調理する必要がある。
まして、気を遣って静かに歩くなんて、あいつくらいだろう。
『あ、おはよう』
「おう」
その通りだった。ジャージにエプロンという格好で、キッチンへ向かっている。
「…洗濯物は各自っつったよな?」
『……水勿体ないし、下着以外ならいいかな…と』
「…はぁ…」
洗濯用洗剤、柔軟剤、その手の匂いが彼女から強くして。見遣った手先は冷えて赤くなっていた。
それで多い量の洗濯物を干してきたのではないかと思ったのだ。
練習着とタオルをまとめて洗ってくれたらしい。
「…練習着とタオルだけな」
『わかってるよ』
「自分のものを一緒に洗うのやめろよ?」
『…え』
「倫理的に」
『真君から倫理とか…嘘、ごめん、やらないから』
少し睨めば、肩をすくめてわざとらしく笑った。
「寝れたのか?」
『んー…ぼちぼち?トータル3時間くらい』
「少ねぇだろ。寝れる時に寝とけよ」
『はあい』
寝不足ではあるのだろうが、わりと顔色のいい彼女に安堵する自分がいた。
「…これから朝飯の準備か」
『そう。まあ、大した手間はないんだけど、量が多いから』
「雨月の朝飯、殆んど食ったことないな」
『あ、そうか。真君普段は朝ご飯食べないもんね。今日はどうする?』
「…食う。何?」
『トースト、スクランブルエッグ、ベーコン、サラダ、スープ。あとはお好みの飲み物を』
「…ふーん」
流れで食堂まで来てしまったが、俺はやることがない。というか、まだうすら寒い季節の早朝、台所や食堂なんて冷え冷えしていて御免だ。
「…おい、暖房いれて調理しろよ。かじかんでんだろ」
『ん?私一人しかいないなら勿体ないかなって。真君は飲み物かなんかとりに来たんじゃないの?』
「…、ここで課題やるから暖房いれろ。……あと、なんか温かいやつ」
『……。うん、じゃあストーブつけるね。甘くないココア?コーヒー?お茶もあるよ』
「コーヒー」
手に持ったまま出てきてしまった課題とペンをテーブルに置けば、彼女は一瞬驚いて、緩く笑った。
そしてストーブを俺の席の近くに持ってきて、電源をいれる。
「…ここじゃ台所は暖まらないだろ」
『でも、ここじゃないと真君が寒いよ?……あ、私、ここに材料持ってくる』
「……勝手にしろ」
結局、まな板とボールと食材を持ってきて俺の正面に座った。
そのまま食材を切りはじめて、リズミカルな小気味よい包丁の音をBGMに、ペンを進める。
『…真君、ありがとね。暖かいよ』
「、そうかよ」
6時を過ぎる頃には切るべき食材は切り終えて。
そう告げた彼女に、顔も上げずに答えた。
サラダを盛り付けて、スープを火にかけた雨月は自分のココアを持って再び俺の前に座る。
『ちょっと休憩』
「そうしろ、なんなら起こしてやるから少し寝れば?」
『…でも、お鍋火にかけてるし』
「どうせ弱火だろ?15分くらい平気だし、俺でも火を止めるくらいできる」
『…ありがとう、じゃあ15分だけ』
腕を組んで机に伏せた彼女に、「…おやすみ」と小さく声をかければ。魔法にかかったように寝息が聞こえてきた。
(やっぱり寝不足なんじゃねぇか)
多分、安らかであろう寝顔を隠す、流れた横髪に触れようとした自分の右手。
それは動き出す前に自制されて、ピクリと肩が揺れるに留まった。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
およそ15分たった頃、もとよりやりかけだった課題も丁度終わり、鍋からクツクツと音がし始めた。
開いていたノートを閉じて、人差し指でテーブルをトントンと叩く。
『んん…』
身を捩り、雨月は小さく呻いた。
身動ぎをしたために、隠れていた目が現れて。「おはよう」と声をかけるとゆっくりと瞬きをした。
『…ありがと、準備の続きしてくるね』
「おう」
何度か目元をこすりながら雨月は台所へ向かい、俺は課題とペンをしまいに一度部屋に戻る。
再び食堂へ向かえばすぐ後にヤマ、原と続いて。少し後に古橋がやってきた。
「羽影ちゃん、先にバター塗ってからトーストしてー」
「俺も」
『はーい。古橋君は?』
「そのままでいい。後で塗るから」
口々に注文をつけて、適当な席に座る。
トーストしている間に雨月がサラダや食器を運んできて、各々受け取った。
『…あれ、瀬戸君は?』
「7時になるな」
「まだ寝てんじゃね?ザキ起こしてきてよ」
「なんでも俺にやらせんなよ!」
「仕方ないなぁ一緒に行ってあげるよ」
原とヤマが瀬戸を起こしにいった。なんかヤバイ音がしてたけど、まあいいや。
10分過ぎたころには全員揃って、やっと朝食になった。
「瀬戸、飯の時間は守れよ」
「…善処する」
ああ、飯が少し冷めてしまった。
雨月のことだ、7時に温かい料理が並ぶよう逆算して作っていただろうに。
そう思って正面をみれば、少し困ったように眉を八の字にして笑っていた。
ちなみに並びは適当で、今度は雨月の隣に原、その奥に瀬戸。俺の隣にヤマで、古橋。
…真ん中がうるせぇ。
「食い終わったら8時から掃除な。玄関、廊下、トイレが一人ずつ。食堂は2人。終わったやつから風呂場と洗面所」
「ん?5人分?」
「羽影は女湯、女子トイレ、台所で固定だ」
「まあそうだよね」
そんな会話を挟みながら朝食を終えて。適当に食休みをしてから掃除に向かい、それも適当に終わらせる。
「準備できたやつから体育館な」
その声で部員は散り散りになり、雨月はどうしたらいい?と首をかしげた。
「掃除と食器の片付け、洗濯…は朝やってたな。昼は12時半からの予定だから、飯の準備以外で時間が空いたら好きにしていい。午後は14時から19時、風呂沸かすのと夕飯くらいだな」
『わかった。そっちで手伝うことある?』
「…ドリンクだけ作っとけばこっちで勝手にやる」
『うん、もう作ってあるよ。…練習、見に行ってもいい?』
「練習つーか筋トレしてるだけだからな、見ててもつまらないだろ。自分のことすれば?ばあさんとこ行ってもいいし」
『…そっか』
いってらっしゃい、と緩く手を振って。彼女は俺を送り出す。
手を振り返すことはないが、軽く手をあげて体育館に向かった。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
練習は本当に身体作りのためのもので。午前を終えた段階で部員は殆んどのびきっていた。
「これで午後もあるとか…冗談でしょ」
「あ?午前はウォーミングアップだろうが」
「…」
「だから寝るな、瀬戸」
そんな状態でも飯となれば別なようで。
食堂では相応にはしゃいでいる。
メニューは塩焼きそばで、食べ終わる頃には林檎もでてきた。
「羽影ちゃん、兎リンゴとか作れる?」
『できるよ。………はい、どうぞ』
「懐かしいな、久しくみてない」
『私も久しぶりに作ったよ。はい、兎2匹目』
「すげー、さっきと切り方違うじゃん」
林檎の剥き方ひとつで盛り上がれるあたり、元気そうだ。メニュー増やしてもいいだろうか。
『はい、花宮君の分』
「…俺のは兎じゃなくていいだろ」
『え、もう剥いちゃったよ』
「花宮、兎ちゃん似合わないねww」
「…」
「睨んでも兎りんごがあると怖く見えない不思議」
「…よし、お前ら午後のメニューにランニング足してやるから有り難く思え」
「げ…」
俺はただの巻き添えだろうが。と、古橋が睨んでいたが、笑いを堪えて肩が揺れたのを見逃してはいない。
同罪だ。
……林檎はちゃんと食った。
そんな元気も夕飯時には大分消耗されたらしい。
皿が並ぶまでテーブルに突っ伏す4人が目に入る。
『お疲れ様、今日は鯵フライだよ』
「やった、揚げ物!」
「…煮物の匂いがする」
『ふろふき大根もあるからね』
「なるほど」
それでも飯には反応できるらしい。…まあ、食欲がなくなるところまでいったら意味ないからいいが。
「……」
『…?花宮君?』
「…別に。キャベツの千切りとかできるんだな」
『、馬鹿にしないでよ。このくらいならできる』
「えー、うちの母さんできねぇよ?千っていうか百ぐらいだと思う」
今時スライサーあんじゃん、などと言い合いながら食事が進んでいく。
(…なんだかなぁ)
昨日と然程変わらない喧騒の中、正面に座る彼女の顔が。
またぎこちない笑い方をしているのだ。
寝不足だけなら朝のうちに気づいた筈だし、理由が思い付かない。
(無理に笑うことねぇのに、バカ)
「…風呂入ったら解散、ミーティングなし。予定は明日の朝伝える」
「よっしゃ、寝る」
「えー、トランプしようよー」
「一人でやれ。身体がもつ気がしない」
「…ちぇ」
原の提案は一蹴され、既に寝そうな瀬戸を引っ張っていく。
食堂を出るとき振り返り、雨月をみやれば。
やはりぎこちなく笑って見せたのだった。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
『…真君……』
「昼間何があったらそんな顔になるんだよ、お前」
『……』
夜中、部屋を仕切る襖が開いて。申し訳なさそうに雨月がやって来た。
「…はあ、とりあえず座れば」
『うん』
敷いた布団に並んで座り、彼女の肩に毛布をかけてやる。
「寝るのか?話すのか?」
『話しても…いい?』
「ん」
『今日の午後ね、またおばあちゃんが買い物してきてくれて…そのまま夕飯の下拵え手伝ってくれたんだけど…』
お母さんとお父さんのこと聞かれてさ。
と、俯いて。口籠もるようにしながら話し始めた。
父方の祖母なのだから、彼女の母からすれば姑であり、それほど仲良くはなかったようだ。
離婚の時も挨拶があるわけでもなく、雨月の父が理由を説明するでもなく、ただ事実だけ伝えられた祖母は雨月に質問したらしい。
もちろん、詰問のようではなかったが、彼女は「よくわからない」と、嘘を吐いた。
そして、離婚する前も、した後も、辛くないし困ってないし寂しくない、だから大丈夫。と、続けたのだ。
『おばあちゃんに、いっぱい嘘ついちゃったなぁ…』
「…」
『言葉にしちゃ駄目だね、考えちゃいけないんだ』
肩が不規則に振れて、呼吸も時折ひきつり出した。
が、
『…寝よう、明日も早いから』
彼女は話を打ち切って布団を降りた。
その腕を、瞬時に掴む。
「寝れねぇから来たんだろうが、そんな酷い面で明日もいるくらいなら泣き腫らしてここで寝てけ。ここまできて遠慮してんじゃねぇよバァカ」
言い切るまでに彼女の涙腺は決壊しはじめて。
嗚咽が漏れる前に布団に押し込んだ。泣き腫らせとはいったが、他の連中もいるから聞かれるのは後が面倒である。
『ま…こと、くん…手ぇ、繋いでもいい?』
「…ほら」
施設の布団は普段使っているベッドより狭かった。
二人が仰向けになるのはもとより、どちらかがなるのも厳しくて、お互い向かい合う。
肩口どころか口まで布団に入った彼女に久しぶりに手を要求されて、肘を曲げて差し出した。
『あ…りがと、寝る、から。ちゃんと、寝るから』
彼女はその手を両手できつく握りしめて、そう呟いたきり。暫く小さな嗚咽をもらしていた。
「寝たら、忘れちまえよ。そんな下らないこと」
ぼそりと彼女にそう声をかけ、差し出していなかった方の手を彼女の手に重ねる。
ふと、彼女の嗚咽が和らいで。
『真君は、いつも優しいね。…ありがとう』
少し掠れた声でそう呟くや、瞼をおろした。
(……結局なんだったんだよ)
親のことを訊かれて、彼女は何を思ったのだろう。
何を考えて、泣くことになったのだろう。
そんな嘘くらいついても構わないし、つく必要もそもそもなかったはず。
(本当…馬鹿な女)
重ねた手に僅かに力を込めて。
俺も瞼を閉じた。
Fin
朝5時、隣に彼女はいなかった。
(寝れたのか、来なかっただけか…)
朝食は7時から、どのみち早く起きすぎてしまった。
春休みの課題でもやろうと思った時だ。
僅かに廊下を歩く音がする。
(雨月か)
7時から朝食、となれば。それ以前に起きて調理する必要がある。
まして、気を遣って静かに歩くなんて、あいつくらいだろう。
『あ、おはよう』
「おう」
その通りだった。ジャージにエプロンという格好で、キッチンへ向かっている。
「…洗濯物は各自っつったよな?」
『……水勿体ないし、下着以外ならいいかな…と』
「…はぁ…」
洗濯用洗剤、柔軟剤、その手の匂いが彼女から強くして。見遣った手先は冷えて赤くなっていた。
それで多い量の洗濯物を干してきたのではないかと思ったのだ。
練習着とタオルをまとめて洗ってくれたらしい。
「…練習着とタオルだけな」
『わかってるよ』
「自分のものを一緒に洗うのやめろよ?」
『…え』
「倫理的に」
『真君から倫理とか…嘘、ごめん、やらないから』
少し睨めば、肩をすくめてわざとらしく笑った。
「寝れたのか?」
『んー…ぼちぼち?トータル3時間くらい』
「少ねぇだろ。寝れる時に寝とけよ」
『はあい』
寝不足ではあるのだろうが、わりと顔色のいい彼女に安堵する自分がいた。
「…これから朝飯の準備か」
『そう。まあ、大した手間はないんだけど、量が多いから』
「雨月の朝飯、殆んど食ったことないな」
『あ、そうか。真君普段は朝ご飯食べないもんね。今日はどうする?』
「…食う。何?」
『トースト、スクランブルエッグ、ベーコン、サラダ、スープ。あとはお好みの飲み物を』
「…ふーん」
流れで食堂まで来てしまったが、俺はやることがない。というか、まだうすら寒い季節の早朝、台所や食堂なんて冷え冷えしていて御免だ。
「…おい、暖房いれて調理しろよ。かじかんでんだろ」
『ん?私一人しかいないなら勿体ないかなって。真君は飲み物かなんかとりに来たんじゃないの?』
「…、ここで課題やるから暖房いれろ。……あと、なんか温かいやつ」
『……。うん、じゃあストーブつけるね。甘くないココア?コーヒー?お茶もあるよ』
「コーヒー」
手に持ったまま出てきてしまった課題とペンをテーブルに置けば、彼女は一瞬驚いて、緩く笑った。
そしてストーブを俺の席の近くに持ってきて、電源をいれる。
「…ここじゃ台所は暖まらないだろ」
『でも、ここじゃないと真君が寒いよ?……あ、私、ここに材料持ってくる』
「……勝手にしろ」
結局、まな板とボールと食材を持ってきて俺の正面に座った。
そのまま食材を切りはじめて、リズミカルな小気味よい包丁の音をBGMに、ペンを進める。
『…真君、ありがとね。暖かいよ』
「、そうかよ」
6時を過ぎる頃には切るべき食材は切り終えて。
そう告げた彼女に、顔も上げずに答えた。
サラダを盛り付けて、スープを火にかけた雨月は自分のココアを持って再び俺の前に座る。
『ちょっと休憩』
「そうしろ、なんなら起こしてやるから少し寝れば?」
『…でも、お鍋火にかけてるし』
「どうせ弱火だろ?15分くらい平気だし、俺でも火を止めるくらいできる」
『…ありがとう、じゃあ15分だけ』
腕を組んで机に伏せた彼女に、「…おやすみ」と小さく声をかければ。魔法にかかったように寝息が聞こえてきた。
(やっぱり寝不足なんじゃねぇか)
多分、安らかであろう寝顔を隠す、流れた横髪に触れようとした自分の右手。
それは動き出す前に自制されて、ピクリと肩が揺れるに留まった。
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およそ15分たった頃、もとよりやりかけだった課題も丁度終わり、鍋からクツクツと音がし始めた。
開いていたノートを閉じて、人差し指でテーブルをトントンと叩く。
『んん…』
身を捩り、雨月は小さく呻いた。
身動ぎをしたために、隠れていた目が現れて。「おはよう」と声をかけるとゆっくりと瞬きをした。
『…ありがと、準備の続きしてくるね』
「おう」
何度か目元をこすりながら雨月は台所へ向かい、俺は課題とペンをしまいに一度部屋に戻る。
再び食堂へ向かえばすぐ後にヤマ、原と続いて。少し後に古橋がやってきた。
「羽影ちゃん、先にバター塗ってからトーストしてー」
「俺も」
『はーい。古橋君は?』
「そのままでいい。後で塗るから」
口々に注文をつけて、適当な席に座る。
トーストしている間に雨月がサラダや食器を運んできて、各々受け取った。
『…あれ、瀬戸君は?』
「7時になるな」
「まだ寝てんじゃね?ザキ起こしてきてよ」
「なんでも俺にやらせんなよ!」
「仕方ないなぁ一緒に行ってあげるよ」
原とヤマが瀬戸を起こしにいった。なんかヤバイ音がしてたけど、まあいいや。
10分過ぎたころには全員揃って、やっと朝食になった。
「瀬戸、飯の時間は守れよ」
「…善処する」
ああ、飯が少し冷めてしまった。
雨月のことだ、7時に温かい料理が並ぶよう逆算して作っていただろうに。
そう思って正面をみれば、少し困ったように眉を八の字にして笑っていた。
ちなみに並びは適当で、今度は雨月の隣に原、その奥に瀬戸。俺の隣にヤマで、古橋。
…真ん中がうるせぇ。
「食い終わったら8時から掃除な。玄関、廊下、トイレが一人ずつ。食堂は2人。終わったやつから風呂場と洗面所」
「ん?5人分?」
「羽影は女湯、女子トイレ、台所で固定だ」
「まあそうだよね」
そんな会話を挟みながら朝食を終えて。適当に食休みをしてから掃除に向かい、それも適当に終わらせる。
「準備できたやつから体育館な」
その声で部員は散り散りになり、雨月はどうしたらいい?と首をかしげた。
「掃除と食器の片付け、洗濯…は朝やってたな。昼は12時半からの予定だから、飯の準備以外で時間が空いたら好きにしていい。午後は14時から19時、風呂沸かすのと夕飯くらいだな」
『わかった。そっちで手伝うことある?』
「…ドリンクだけ作っとけばこっちで勝手にやる」
『うん、もう作ってあるよ。…練習、見に行ってもいい?』
「練習つーか筋トレしてるだけだからな、見ててもつまらないだろ。自分のことすれば?ばあさんとこ行ってもいいし」
『…そっか』
いってらっしゃい、と緩く手を振って。彼女は俺を送り出す。
手を振り返すことはないが、軽く手をあげて体育館に向かった。
.
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練習は本当に身体作りのためのもので。午前を終えた段階で部員は殆んどのびきっていた。
「これで午後もあるとか…冗談でしょ」
「あ?午前はウォーミングアップだろうが」
「…」
「だから寝るな、瀬戸」
そんな状態でも飯となれば別なようで。
食堂では相応にはしゃいでいる。
メニューは塩焼きそばで、食べ終わる頃には林檎もでてきた。
「羽影ちゃん、兎リンゴとか作れる?」
『できるよ。………はい、どうぞ』
「懐かしいな、久しくみてない」
『私も久しぶりに作ったよ。はい、兎2匹目』
「すげー、さっきと切り方違うじゃん」
林檎の剥き方ひとつで盛り上がれるあたり、元気そうだ。メニュー増やしてもいいだろうか。
『はい、花宮君の分』
「…俺のは兎じゃなくていいだろ」
『え、もう剥いちゃったよ』
「花宮、兎ちゃん似合わないねww」
「…」
「睨んでも兎りんごがあると怖く見えない不思議」
「…よし、お前ら午後のメニューにランニング足してやるから有り難く思え」
「げ…」
俺はただの巻き添えだろうが。と、古橋が睨んでいたが、笑いを堪えて肩が揺れたのを見逃してはいない。
同罪だ。
……林檎はちゃんと食った。
そんな元気も夕飯時には大分消耗されたらしい。
皿が並ぶまでテーブルに突っ伏す4人が目に入る。
『お疲れ様、今日は鯵フライだよ』
「やった、揚げ物!」
「…煮物の匂いがする」
『ふろふき大根もあるからね』
「なるほど」
それでも飯には反応できるらしい。…まあ、食欲がなくなるところまでいったら意味ないからいいが。
「……」
『…?花宮君?』
「…別に。キャベツの千切りとかできるんだな」
『、馬鹿にしないでよ。このくらいならできる』
「えー、うちの母さんできねぇよ?千っていうか百ぐらいだと思う」
今時スライサーあんじゃん、などと言い合いながら食事が進んでいく。
(…なんだかなぁ)
昨日と然程変わらない喧騒の中、正面に座る彼女の顔が。
またぎこちない笑い方をしているのだ。
寝不足だけなら朝のうちに気づいた筈だし、理由が思い付かない。
(無理に笑うことねぇのに、バカ)
「…風呂入ったら解散、ミーティングなし。予定は明日の朝伝える」
「よっしゃ、寝る」
「えー、トランプしようよー」
「一人でやれ。身体がもつ気がしない」
「…ちぇ」
原の提案は一蹴され、既に寝そうな瀬戸を引っ張っていく。
食堂を出るとき振り返り、雨月をみやれば。
やはりぎこちなく笑って見せたのだった。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
『…真君……』
「昼間何があったらそんな顔になるんだよ、お前」
『……』
夜中、部屋を仕切る襖が開いて。申し訳なさそうに雨月がやって来た。
「…はあ、とりあえず座れば」
『うん』
敷いた布団に並んで座り、彼女の肩に毛布をかけてやる。
「寝るのか?話すのか?」
『話しても…いい?』
「ん」
『今日の午後ね、またおばあちゃんが買い物してきてくれて…そのまま夕飯の下拵え手伝ってくれたんだけど…』
お母さんとお父さんのこと聞かれてさ。
と、俯いて。口籠もるようにしながら話し始めた。
父方の祖母なのだから、彼女の母からすれば姑であり、それほど仲良くはなかったようだ。
離婚の時も挨拶があるわけでもなく、雨月の父が理由を説明するでもなく、ただ事実だけ伝えられた祖母は雨月に質問したらしい。
もちろん、詰問のようではなかったが、彼女は「よくわからない」と、嘘を吐いた。
そして、離婚する前も、した後も、辛くないし困ってないし寂しくない、だから大丈夫。と、続けたのだ。
『おばあちゃんに、いっぱい嘘ついちゃったなぁ…』
「…」
『言葉にしちゃ駄目だね、考えちゃいけないんだ』
肩が不規則に振れて、呼吸も時折ひきつり出した。
が、
『…寝よう、明日も早いから』
彼女は話を打ち切って布団を降りた。
その腕を、瞬時に掴む。
「寝れねぇから来たんだろうが、そんな酷い面で明日もいるくらいなら泣き腫らしてここで寝てけ。ここまできて遠慮してんじゃねぇよバァカ」
言い切るまでに彼女の涙腺は決壊しはじめて。
嗚咽が漏れる前に布団に押し込んだ。泣き腫らせとはいったが、他の連中もいるから聞かれるのは後が面倒である。
『ま…こと、くん…手ぇ、繋いでもいい?』
「…ほら」
施設の布団は普段使っているベッドより狭かった。
二人が仰向けになるのはもとより、どちらかがなるのも厳しくて、お互い向かい合う。
肩口どころか口まで布団に入った彼女に久しぶりに手を要求されて、肘を曲げて差し出した。
『あ…りがと、寝る、から。ちゃんと、寝るから』
彼女はその手を両手できつく握りしめて、そう呟いたきり。暫く小さな嗚咽をもらしていた。
「寝たら、忘れちまえよ。そんな下らないこと」
ぼそりと彼女にそう声をかけ、差し出していなかった方の手を彼女の手に重ねる。
ふと、彼女の嗚咽が和らいで。
『真君は、いつも優しいね。…ありがとう』
少し掠れた声でそう呟くや、瞼をおろした。
(……結局なんだったんだよ)
親のことを訊かれて、彼女は何を思ったのだろう。
何を考えて、泣くことになったのだろう。
そんな嘘くらいついても構わないし、つく必要もそもそもなかったはず。
(本当…馬鹿な女)
重ねた手に僅かに力を込めて。
俺も瞼を閉じた。
Fin