花と蝶
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《高1冬 合宿1日目》
「急な予定だったにも関わらず、お忙しいところお車を出して頂きありがとうございます。遠方で申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
合宿初日、施設まで送ってくれる古橋君のお母さんへ、真君からの挨拶である。
完璧なまでの猫被りで、とても爽やかな笑顔をしていた。
教室でしか見ない顔なので物珍しくまじまじと見てしまい、横目で睨まれた。
が、そちらの方が見慣れているのでかえって安心する。
「じゃあ、荷物は後ろでお願いね」
うっすらと笑った古橋君のお母さんは、黒目の大きな美人さんだった。古橋君はお母さん似かもしれない。
「羽影さん、悪いが真ん中の席に座ってくれないか」
『え?』
「そこだけシートが狭いんだ」
てっきり、女一人の私が道案内を兼ねて助手席だと思っていたが、後部座席を見て納得した。
7人乗りの車は3列構成で、中央列の真ん中の席は折り畳みのできる簡易席。
ガタイのいい彼らには窮屈だろう。
『わかった』
「助かる」
そうこうして後列に瀬戸君と山崎君。中央列に原君、私、真君。
どうせ寝るからと瀬戸君が後ろへ追いやられ、山崎君も寝不足だから寝たいと後ろへ。
親の隣は気まずかろうと古橋君が助手席に座り、残った3人が中央列へ。
「ザキ、合宿前に眠れないとか遠足前の小学生みたいだね」
「うっせぇ!」
「ヤマのがうるせぇ。すみません、お願いします」
荷物の確認をした真君が最後に乗り、施設へ向かって出発した。
「…」
「…」
「…」
「…」
車中はとても静かだった。
まず、後部座席の2人は即寝た。
原君はイヤホンして何かゲームしてるし、真君もイヤホンしながら練習メニューを書いている。
時折古橋君の地図を読み上げる声がする以外は、誰の声もしないのだ。
(暇だなぁ)
真君みたいに何か作業してもいいけど、献立も粗方考えてあるし、そもそもそんなことしたら酔う。
かといって、車に乗せてもらったのに音楽を聞いてるのも気が引けてしまう。
そんなことを逡巡していると、古橋君が声をかけてくれた。
「羽影さん、寛いでいていい。疲れるだろ」
『ありがとう。でも、大丈夫』
「…そうか。無理しなくていい。もう少しかかるからな」
『ごめんね、なんか遠いところになっちゃって』
「そういえば、羽影さんの進言だったな。今回の施設」
『おばあちゃんの家が近くにあるの。それで思い付いたんだ』
「なるほど」
二人とも進行方向を向いているため、顔を見ることはできなかったけど、古橋君は施設に着くまで道案内をしながらずっと話し相手になってくれたのだった。
「遠いところをようこそ。まあ、大した物も規則もありませんからご自由に使ってください」
「ありがとうございます、お世話になります」
施設へついてひとまず管理人さんへ挨拶をする。
「おや、もしかして羽影さんのお孫さんですか?」
『あ、はい』
「すっかり大きくなったねぇ。でも、若い頃のおばあさんにそっくりで、すぐわかったよ」
『覚えててくださったんですね。祖母は元気ですか?』
管理人さんは小さい頃の人と変わっておらず、気さくな笑顔で出迎えてくれた。
「元気元気。よく畑や田んぼで仕事してるよ。時間があったら顔を出してやりな、喜ぶよ」
『はい、ありがとうございます。そうします』
「じゃあ簡単だけど施設案内しちゃうから」
青年の家、は小さな施設である。だから案内も短時間で終わり、各自部屋へ荷物を運びいれた。
寝る部屋は和室で、小さな部屋が4つずつ繋がっている。襖を開けば横長な大部屋になる設計だ。
連続した部屋に真君以外のメンバー、壁を挟んで真君、一部屋空きをいれて私。という部屋割りになった。
幸い、宿泊するのは私達だけのようで、食堂やキッチンは気兼ねなく使える。
飲食は基本食堂のみ、早めのお昼もそれぞれ持ってきたお弁当をそこで食べた。
「13時に玄関前集合。指定のジャージじゃなくてもいいが動きやすいもの」
「玄関前?外いくの?ランニング?」
「筋トレを兼ねた買い出しだ」
「は?」
「お前ら、自分らがどんだけ食うと思ってんだよ。羽影だけで持てるわけないだろ」
『すみません、お願いします』
そう、本当は古橋君のお母さんに手伝って貰おうかとも思っていた。が、用事もあり忙しそうだったので真君に相談したらこうなった。
「構わないが…何を買うんだ?」
『人参、じゃがいも、玉ねぎ、米、牛乳…あと諸々』
「因みに箱買いな」
「きつっ!」
食堂でそんな話をしていたら管理人さんがやってきた。
「羽影さん、さっき出先でおばあさんに会ったから君のことを伝えたんだ。そしたら、古い米と余りの野菜でよければ持ちにおいで。と伝言を頼まれたよ」
『わざわざありがとうございます!』
「いやいや。じゃ、私は裏にある自宅にいるんで困ったら呼んで。施錠はしっかりね」
「はい、ありがとうございます」
真君も挨拶をして、管理人さんは帰って行った。
「…予定変更。取り敢えず羽影のばあさん家にいく」
「え、全員?」
「米と野菜がどんくらいかわかんねぇだろ」
祖母に会うのは久しぶりで緊張するが嬉しい。
私は、優しくて料理上手な祖母が大好きだった。
祖父も優しくもの作りが上手であったが、数年前に他界。その葬儀以来、ここには来ていないのだ。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「思ったより近かったな」
「徒歩45分は近いですねそうですね」
「坂道じゃなけりゃな!」
急勾配な上り坂の上に、私の祖母は住んでいる。まあ、登った先は暫く平坦で、田んぼも畑もあるのだけど。
「雨月かい?」
『おばあちゃん!久しぶり!ごめんね、なかなかこれなくて』
「いいさぁ、便りがないのはいい便りっていうだろ?まあ大きくなって…おや、後ろの坊や達がお友だちかい?」
『うん。私今、部活のお手伝いしてるの。その部活の人達だよ』
「そうかい。孫がお世話になってます、仲良くしてやってくださいな」
まあ、お入りよ。
そう言って招き入れられた庭に、御座が敷いてあって。
段ボールや袋が置かれていた。
「野菜を買いにいくなら、好きなだけ持っていきな。一人じゃ食べきれないから。まだ納屋にもあるよ」
段ボールの中身は大根やじゃがいも、玉ねぎ。米やお歳暮の余りらしい調味料まであった。
『いいの?おばあちゃん?すごく嬉しいけど…こんなに運べるかな』
「何、積んでくれれば軽トラ出してやるよ」
「「「「「積みます」」」」」
余りの量に真君ですら口元をひきつらせていたので、祖母の申し出に甘えることにした。
ついでにスーパーも軽トラで寄ってもらい、合宿中の食材を買う。
「軽トラってテンション上がるよね」
「荷台に乗ってる時な」
「少し休憩いれようかと思ったが、お前ら元気そうだからこのまま基礎練にするわ」
「げ」
祖母ともう少し話したかったが、地区の会合やらなんやらで名残惜しく帰っていった。(というか、現役で地域の仕事をしているのに早退してくれていた)
積み荷を全ておろし終わったのは15時。
真君達は体育館で練習するらしい。
「羽影は飯の仕度、風呂の準備。掃除は明日からであいつらと分担する。洗濯は後で説明するわ。今回は氷の他にスポドリも任せる。質問は?」
『大丈夫。しいていえば、夕飯何がいい?』
「……カレー」
『よし、今夜はカレー。練習、いってらっしゃい』
「…」
軽く手を振って食堂から見送れば、真君は振りこそしないが控え目に手を上げて応えてくれた。
『……私もがんばろ』
冷たいようで、真君はなんだかんだ優しいと思うのだ。
そんな彼に、私ができるのはご飯をつくることくらいなので。
取り敢えず、この大量の食材を冷蔵庫にしまうところから始めよう。
『…だ、大丈夫?』
「やばい。今回はマジやばい」
「まさか筋トレだけで4時間みっちりとは」
「あの体幹のはきつい」
「zzz…」
「寝るな瀬戸。着替えて飯だ」
19時、追加のスポドリとタオルを持って体育館に行くと、丁度終わったところだった。
真君が終了と言ったとたん、全員が床に崩れ落ちて。瀬戸君なんかそのままイビキをかきはじめる。
『はい、タオル。お疲れ様、着替えたら食堂に来てね』
床に伸びたメンバーにタオルとスポドリを配って回る。最後に、ただ一人立ったままメニューのチェックをする真君に渡した。
『お疲れ様、花宮君。着替えたら食堂ね』
「ああ」
体育館の消灯を確認して、私は先に食堂に戻った。
そして、テーブルに食器やサラダを並べていく。
今夜はカレーとコールスローだ。
.
「この匂いは…」
「カレーだな」
「合宿の定番だよな!」
『装うから注文あったら言ってね』
皆が集まり始めたところで、炊飯器とカレー鍋をテーブルへ移す。大盛とか、人参少なめとか。口々に叫ばれる注文通り装っていった。
私は鍋が近い一番端に座り、正面が真君。その横が古橋君で、その向こうが瀬戸君。私の隣は山崎君で、奥に原君。
召し上がれ、と声をかければ思い思いが"頂きます"と口ずさんでスプーンをとった。
「原、俺の皿に人参避けてんじゃねーよ!」
「取り敢えず食べろ」
「えー…カレーの人参って土臭くて固いじゃん」
「食えっつってんだろ」
人参を嫌がる原君に、山崎君はじめ真君や古橋君までなだめすかして食べさせている。
「…え、食えた」
「これだけ煮込んでくれてあれば臭いも固さも残らないだろ。詳しくは解らないが、色々工夫してくれてあるようだし」
「市販のルゥを減らしてあるんじゃない?カレー粉と…なんだろうな」
『古橋君も瀬戸君もよくわかるね。なんか嬉しい』
「まあ、カレーを普通より美味しく作るとなれば一工夫どころじゃないだろうしな。美味しいよ、羽影さん」
「羽影ちゃん、おかわり」
「早ぇな、原。俺も」
話ながらだったのに、あっという間に空になった皿は再び鍋に集まり。また個人のもとへ帰っていく。
『花宮君は?』
「…ん」
『はい、ちょっと待ってね』
お皿が数㎝前に出された段階でわかったけど、形式上聞いてお皿を受けとる。
「羽影ちゃん、隠し味とか入ってる?」
『うん、何種類か入ってるよ』
「マジで?全部当てる」
「ザキには無理でしょwww」
「んなことねーし!リンゴとか入ってるだろ!」
入ってないよ、山崎君。
と思いつつ、"内緒"とごまかした。
「…ニンニクと、ウスターソースとコーヒー」
『花宮君…お見事』
てっきり参加してないと思ってたのに、皆が飽きてきた頃になに食わぬ顔で正解を叩きつけてきた。
そりゃあ、わかるよね。
いつも出してるカレーと同じ味だもの。
「ご馳走さまでした」
「花宮が一番食うとは思わなかったな」
「瀬戸が思いのほか食べないね」
「…途中から寝ぼけてたしな」
ガヤガヤと食事を終え、私が片付けをしている間に皆が風呂に。入れ替わって、私がお風呂の間に皆がミーティング。
「消灯だぞ」
「せっかくの合宿だし、遊ぼうと思ってゲーム持ってきたのに…」
「今日は無理だ…トラックの荷積みが意外と利いてる」
「とっとと寝ろ。騒いでたら体力が有り余ってると判断してメニュー増やすからな」
「「「「………。おやすみなさい」」」」
風呂から上がってくれば、食堂からそんなやりとりが聞こえて。
すれ違うメンバーと挨拶をかわす。
最後に、残っている真君に近づいて声をかけた。
『初日お疲れ様、花宮君』
「…、お前もな。あと、あのばあさんは?」
『父方の祖母。可愛がってもらったし、料理も教わったよ』
「……」
『大丈夫、大丈夫だよ』
「はっ、心配なんざしてねぇよ」
嘘。
いぶかしんだ目が、探るように揺れた。
心配ではないのかも知れないが、気にしてくれているのだ。
逸らされない目が訴えている、今日は寝れるのか、って。
『ならいいの。今日は少し疲れたし、目を瞑っていれば寝れるかも』
「…そうか」
答えを聞けば、その目はふいと逸らされて。彼は割り当てられた部屋へ足を進める。
「まあ、なんかあったら言えよ」
『うん。ありがとう』
「……、じゃあな」
それに答えようとしたら、自分でも不自然だと解る少しひきつった声がでた。
『っまた、明日ね』
「…。ああ、またな」
その声に気づいた彼は一瞬動きを止める。
既に背中を向けていたのに、振り返って答えてくれた。
いや、言い直してくれたんだ。
(彼は、私が欲しいものをくれる)
また。の
約束が欲しかった。
Fin
「急な予定だったにも関わらず、お忙しいところお車を出して頂きありがとうございます。遠方で申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
合宿初日、施設まで送ってくれる古橋君のお母さんへ、真君からの挨拶である。
完璧なまでの猫被りで、とても爽やかな笑顔をしていた。
教室でしか見ない顔なので物珍しくまじまじと見てしまい、横目で睨まれた。
が、そちらの方が見慣れているのでかえって安心する。
「じゃあ、荷物は後ろでお願いね」
うっすらと笑った古橋君のお母さんは、黒目の大きな美人さんだった。古橋君はお母さん似かもしれない。
「羽影さん、悪いが真ん中の席に座ってくれないか」
『え?』
「そこだけシートが狭いんだ」
てっきり、女一人の私が道案内を兼ねて助手席だと思っていたが、後部座席を見て納得した。
7人乗りの車は3列構成で、中央列の真ん中の席は折り畳みのできる簡易席。
ガタイのいい彼らには窮屈だろう。
『わかった』
「助かる」
そうこうして後列に瀬戸君と山崎君。中央列に原君、私、真君。
どうせ寝るからと瀬戸君が後ろへ追いやられ、山崎君も寝不足だから寝たいと後ろへ。
親の隣は気まずかろうと古橋君が助手席に座り、残った3人が中央列へ。
「ザキ、合宿前に眠れないとか遠足前の小学生みたいだね」
「うっせぇ!」
「ヤマのがうるせぇ。すみません、お願いします」
荷物の確認をした真君が最後に乗り、施設へ向かって出発した。
「…」
「…」
「…」
「…」
車中はとても静かだった。
まず、後部座席の2人は即寝た。
原君はイヤホンして何かゲームしてるし、真君もイヤホンしながら練習メニューを書いている。
時折古橋君の地図を読み上げる声がする以外は、誰の声もしないのだ。
(暇だなぁ)
真君みたいに何か作業してもいいけど、献立も粗方考えてあるし、そもそもそんなことしたら酔う。
かといって、車に乗せてもらったのに音楽を聞いてるのも気が引けてしまう。
そんなことを逡巡していると、古橋君が声をかけてくれた。
「羽影さん、寛いでいていい。疲れるだろ」
『ありがとう。でも、大丈夫』
「…そうか。無理しなくていい。もう少しかかるからな」
『ごめんね、なんか遠いところになっちゃって』
「そういえば、羽影さんの進言だったな。今回の施設」
『おばあちゃんの家が近くにあるの。それで思い付いたんだ』
「なるほど」
二人とも進行方向を向いているため、顔を見ることはできなかったけど、古橋君は施設に着くまで道案内をしながらずっと話し相手になってくれたのだった。
「遠いところをようこそ。まあ、大した物も規則もありませんからご自由に使ってください」
「ありがとうございます、お世話になります」
施設へついてひとまず管理人さんへ挨拶をする。
「おや、もしかして羽影さんのお孫さんですか?」
『あ、はい』
「すっかり大きくなったねぇ。でも、若い頃のおばあさんにそっくりで、すぐわかったよ」
『覚えててくださったんですね。祖母は元気ですか?』
管理人さんは小さい頃の人と変わっておらず、気さくな笑顔で出迎えてくれた。
「元気元気。よく畑や田んぼで仕事してるよ。時間があったら顔を出してやりな、喜ぶよ」
『はい、ありがとうございます。そうします』
「じゃあ簡単だけど施設案内しちゃうから」
青年の家、は小さな施設である。だから案内も短時間で終わり、各自部屋へ荷物を運びいれた。
寝る部屋は和室で、小さな部屋が4つずつ繋がっている。襖を開けば横長な大部屋になる設計だ。
連続した部屋に真君以外のメンバー、壁を挟んで真君、一部屋空きをいれて私。という部屋割りになった。
幸い、宿泊するのは私達だけのようで、食堂やキッチンは気兼ねなく使える。
飲食は基本食堂のみ、早めのお昼もそれぞれ持ってきたお弁当をそこで食べた。
「13時に玄関前集合。指定のジャージじゃなくてもいいが動きやすいもの」
「玄関前?外いくの?ランニング?」
「筋トレを兼ねた買い出しだ」
「は?」
「お前ら、自分らがどんだけ食うと思ってんだよ。羽影だけで持てるわけないだろ」
『すみません、お願いします』
そう、本当は古橋君のお母さんに手伝って貰おうかとも思っていた。が、用事もあり忙しそうだったので真君に相談したらこうなった。
「構わないが…何を買うんだ?」
『人参、じゃがいも、玉ねぎ、米、牛乳…あと諸々』
「因みに箱買いな」
「きつっ!」
食堂でそんな話をしていたら管理人さんがやってきた。
「羽影さん、さっき出先でおばあさんに会ったから君のことを伝えたんだ。そしたら、古い米と余りの野菜でよければ持ちにおいで。と伝言を頼まれたよ」
『わざわざありがとうございます!』
「いやいや。じゃ、私は裏にある自宅にいるんで困ったら呼んで。施錠はしっかりね」
「はい、ありがとうございます」
真君も挨拶をして、管理人さんは帰って行った。
「…予定変更。取り敢えず羽影のばあさん家にいく」
「え、全員?」
「米と野菜がどんくらいかわかんねぇだろ」
祖母に会うのは久しぶりで緊張するが嬉しい。
私は、優しくて料理上手な祖母が大好きだった。
祖父も優しくもの作りが上手であったが、数年前に他界。その葬儀以来、ここには来ていないのだ。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「思ったより近かったな」
「徒歩45分は近いですねそうですね」
「坂道じゃなけりゃな!」
急勾配な上り坂の上に、私の祖母は住んでいる。まあ、登った先は暫く平坦で、田んぼも畑もあるのだけど。
「雨月かい?」
『おばあちゃん!久しぶり!ごめんね、なかなかこれなくて』
「いいさぁ、便りがないのはいい便りっていうだろ?まあ大きくなって…おや、後ろの坊や達がお友だちかい?」
『うん。私今、部活のお手伝いしてるの。その部活の人達だよ』
「そうかい。孫がお世話になってます、仲良くしてやってくださいな」
まあ、お入りよ。
そう言って招き入れられた庭に、御座が敷いてあって。
段ボールや袋が置かれていた。
「野菜を買いにいくなら、好きなだけ持っていきな。一人じゃ食べきれないから。まだ納屋にもあるよ」
段ボールの中身は大根やじゃがいも、玉ねぎ。米やお歳暮の余りらしい調味料まであった。
『いいの?おばあちゃん?すごく嬉しいけど…こんなに運べるかな』
「何、積んでくれれば軽トラ出してやるよ」
「「「「「積みます」」」」」
余りの量に真君ですら口元をひきつらせていたので、祖母の申し出に甘えることにした。
ついでにスーパーも軽トラで寄ってもらい、合宿中の食材を買う。
「軽トラってテンション上がるよね」
「荷台に乗ってる時な」
「少し休憩いれようかと思ったが、お前ら元気そうだからこのまま基礎練にするわ」
「げ」
祖母ともう少し話したかったが、地区の会合やらなんやらで名残惜しく帰っていった。(というか、現役で地域の仕事をしているのに早退してくれていた)
積み荷を全ておろし終わったのは15時。
真君達は体育館で練習するらしい。
「羽影は飯の仕度、風呂の準備。掃除は明日からであいつらと分担する。洗濯は後で説明するわ。今回は氷の他にスポドリも任せる。質問は?」
『大丈夫。しいていえば、夕飯何がいい?』
「……カレー」
『よし、今夜はカレー。練習、いってらっしゃい』
「…」
軽く手を振って食堂から見送れば、真君は振りこそしないが控え目に手を上げて応えてくれた。
『……私もがんばろ』
冷たいようで、真君はなんだかんだ優しいと思うのだ。
そんな彼に、私ができるのはご飯をつくることくらいなので。
取り敢えず、この大量の食材を冷蔵庫にしまうところから始めよう。
『…だ、大丈夫?』
「やばい。今回はマジやばい」
「まさか筋トレだけで4時間みっちりとは」
「あの体幹のはきつい」
「zzz…」
「寝るな瀬戸。着替えて飯だ」
19時、追加のスポドリとタオルを持って体育館に行くと、丁度終わったところだった。
真君が終了と言ったとたん、全員が床に崩れ落ちて。瀬戸君なんかそのままイビキをかきはじめる。
『はい、タオル。お疲れ様、着替えたら食堂に来てね』
床に伸びたメンバーにタオルとスポドリを配って回る。最後に、ただ一人立ったままメニューのチェックをする真君に渡した。
『お疲れ様、花宮君。着替えたら食堂ね』
「ああ」
体育館の消灯を確認して、私は先に食堂に戻った。
そして、テーブルに食器やサラダを並べていく。
今夜はカレーとコールスローだ。
.
「この匂いは…」
「カレーだな」
「合宿の定番だよな!」
『装うから注文あったら言ってね』
皆が集まり始めたところで、炊飯器とカレー鍋をテーブルへ移す。大盛とか、人参少なめとか。口々に叫ばれる注文通り装っていった。
私は鍋が近い一番端に座り、正面が真君。その横が古橋君で、その向こうが瀬戸君。私の隣は山崎君で、奥に原君。
召し上がれ、と声をかければ思い思いが"頂きます"と口ずさんでスプーンをとった。
「原、俺の皿に人参避けてんじゃねーよ!」
「取り敢えず食べろ」
「えー…カレーの人参って土臭くて固いじゃん」
「食えっつってんだろ」
人参を嫌がる原君に、山崎君はじめ真君や古橋君までなだめすかして食べさせている。
「…え、食えた」
「これだけ煮込んでくれてあれば臭いも固さも残らないだろ。詳しくは解らないが、色々工夫してくれてあるようだし」
「市販のルゥを減らしてあるんじゃない?カレー粉と…なんだろうな」
『古橋君も瀬戸君もよくわかるね。なんか嬉しい』
「まあ、カレーを普通より美味しく作るとなれば一工夫どころじゃないだろうしな。美味しいよ、羽影さん」
「羽影ちゃん、おかわり」
「早ぇな、原。俺も」
話ながらだったのに、あっという間に空になった皿は再び鍋に集まり。また個人のもとへ帰っていく。
『花宮君は?』
「…ん」
『はい、ちょっと待ってね』
お皿が数㎝前に出された段階でわかったけど、形式上聞いてお皿を受けとる。
「羽影ちゃん、隠し味とか入ってる?」
『うん、何種類か入ってるよ』
「マジで?全部当てる」
「ザキには無理でしょwww」
「んなことねーし!リンゴとか入ってるだろ!」
入ってないよ、山崎君。
と思いつつ、"内緒"とごまかした。
「…ニンニクと、ウスターソースとコーヒー」
『花宮君…お見事』
てっきり参加してないと思ってたのに、皆が飽きてきた頃になに食わぬ顔で正解を叩きつけてきた。
そりゃあ、わかるよね。
いつも出してるカレーと同じ味だもの。
「ご馳走さまでした」
「花宮が一番食うとは思わなかったな」
「瀬戸が思いのほか食べないね」
「…途中から寝ぼけてたしな」
ガヤガヤと食事を終え、私が片付けをしている間に皆が風呂に。入れ替わって、私がお風呂の間に皆がミーティング。
「消灯だぞ」
「せっかくの合宿だし、遊ぼうと思ってゲーム持ってきたのに…」
「今日は無理だ…トラックの荷積みが意外と利いてる」
「とっとと寝ろ。騒いでたら体力が有り余ってると判断してメニュー増やすからな」
「「「「………。おやすみなさい」」」」
風呂から上がってくれば、食堂からそんなやりとりが聞こえて。
すれ違うメンバーと挨拶をかわす。
最後に、残っている真君に近づいて声をかけた。
『初日お疲れ様、花宮君』
「…、お前もな。あと、あのばあさんは?」
『父方の祖母。可愛がってもらったし、料理も教わったよ』
「……」
『大丈夫、大丈夫だよ』
「はっ、心配なんざしてねぇよ」
嘘。
いぶかしんだ目が、探るように揺れた。
心配ではないのかも知れないが、気にしてくれているのだ。
逸らされない目が訴えている、今日は寝れるのか、って。
『ならいいの。今日は少し疲れたし、目を瞑っていれば寝れるかも』
「…そうか」
答えを聞けば、その目はふいと逸らされて。彼は割り当てられた部屋へ足を進める。
「まあ、なんかあったら言えよ」
『うん。ありがとう』
「……、じゃあな」
それに答えようとしたら、自分でも不自然だと解る少しひきつった声がでた。
『っまた、明日ね』
「…。ああ、またな」
その声に気づいた彼は一瞬動きを止める。
既に背中を向けていたのに、振り返って答えてくれた。
いや、言い直してくれたんだ。
(彼は、私が欲しいものをくれる)
また。の
約束が欲しかった。
Fin