花と蝶
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《高1冬 練習》
朝、6時頃に二人とも起きる。
雨月は窓づたいに自宅へ帰り、洗濯やゴミだしやら最低限の家事をして普通登校。
俺は身支度をして朝練へいく。
「おはよう、羽影さん」
『おはよう、花宮君』
朝練を終えて教室へ入れば、斜め前の席に教科書を読み耽る雨月。
「1限はタームテストだっけ?」
『そうだよ。花宮君はまた満点かな?』
「おだてないでよ、偶々だから」
(なわけねぇだろバァカ。満点とれて当たり前だ)
心の声が聞こえたのだろう、可笑しそうに笑った雨月との会話を適当に切り、席についた。
お互いに学校ではクラスメイト以上に関わることはない。名前の呼び方にしろ、口調にしろ。
隠しているわけではないが、知られていない方が楽だから。
(割と解けてるみたいだな)
タームテスト中、テスト用紙に向かう雨月の背中を見て視線を落とした。
小テストと呼ぶには余りに簡単なそれは退屈でしかない。
余った時間で部活の練習メニューや休日練習の予定を考えることにした。
「え、次の土日両方練習にすんの!?」
「日曜は午前だけだ、その代わり来週の日曜と土曜の午後をオフにしようと思う」
「ああ、模試前か」
「再来週末だもんねー。ザキとか勉強しないとヤバイから??」
「そんなとこだ。体育館の使用制限もかかってるしな」
「ぐっ…」
「wwww」
で、考えたメニューを放課後に伝える。
今は1年生しかいない部活、このメンバーさえ納得すれば問題はない。
『土日かぁ。何したらいいの?』
ところ変わって自宅。
いつものように彼女が夕飯を並べる。
「別に…これといってねぇな。タイムキーパーは俺がやってるし、タオルやドリンクは自分もちだしな。…ああ、始めと終わりに備品の確認」
『ん。リストとかある?』
「ある。壊れてるとか、救急箱の中身で終わりそうなものとかもメモしとけ」
『それだけ?』
「………俺の弁当作り」
『!ふふ、それは大仕事だね』
雨月はわざとらしくおどけて笑って見せた。
俺の弁当なんて、高校に入ってからほとんど毎日作っている。
そのうえ、手抜きや前夜の夕飯の余りがそのまま入っているなんてことは一度もなかったくせに。
『差し入れとか必要?』
「大会でもねぇし、いらねぇよ」
『そっか。またできることあったら言って?真君にはお世話になってるし、やるからにはちゃんと役にたちたいから』
「…じゃあ、明日の数学の問題、自力で解いてけ」
『え…それは無理かも』
「ふはっ、だろうな」
彼女は数学が苦手だし、数学の教師は数学科で最も教え下手な奴だ。
俺が教えた方がはるかに効率がいい。
『…教えてください』
「それは構わねぇよ。条件に入っているしな」
『ありがとう』
食器洗うから貸して?
と、彼女は台所へ消えていく。
よくあるその後ろ姿を見送った。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
そして土曜日である。
(ボールの数合ってる、摩耗も大丈夫、救急セットもあるし、氷も…)
「できたか」
『うん、大丈夫。ありがとう』
「後は…見てるなり自習室行くなり好きにしろ」
『じゃあ見てる』
「ステージに登るかギャラリー行けよ?」
『わかった、ステージにいるね』
今日、彼女がマネージャーとして部活に参加するのは初めて。
ただ、あんまり仕事がないので一日の大半を見学に費やすのだけど。
雨月は楽しそうに練習を眺めていた。
「羽影ちゃん、お昼一緒にどう?」
『え、いいの?』
「だって俺らに慣れるのが目的なんでしょ?ならその方がいいって。花宮ー、いーよねー?」
「構わねぇ。ってかそんなデカイ声出さなくても聞こえる」
「おい、俺達の意見は」
「言い出したのはザキで、俺と花宮は賛成。瀬戸は寝てるし…多数決的な?」
『あ…あの』
「嫌な訳じゃない。何故聞かないのか気になっただけだから」
『そう、なの?じゃあ、古橋君もお昼一緒によろしくね』
ヤマや原の提案で雨月を交えた昼休憩。
古橋も笑ってはないが怒ってもいないようだ。
瀬戸は相変わらず寝ぼけたまま。
「羽影ちゃん、午後も見学してるの?」
『あ…花宮君、仕事ある?』
「特にない。片付けの備品チェックもこっちでやってもいいし」
「まあ…今までそれでやってきたしな」
「帰ってもいいぞ」
『見てたいんだけど…いいかな』
「…好きにしろ」
じゃあ試合形式にしてカッコいいとこ見せよう、と提案した原を睨んだものの。
"見てみたいなぁ"
という雨月の呟きが聞こえてしまったために結局3on3の練習が追加された。
再び雨月はステージに登って練習を眺める。
(真君のプレイ見るの、久しぶり…)
やっと起きた瀬戸君、瀬戸君との交代要員松本君を交えて一軍同士での対決。
勿論、監督である真君もチームに入っている。
「おい、花宮と瀬戸はばらけろよ!」
「はぁ?練習になんねぇだろ」
「いやいや、こっちの練習になんねぇわ」
最初は、
花宮君・瀬戸君・古橋君
山崎君・松本君・原君
と分かれていたけど、揉めて瀬戸君と松本君が入れ替わった。
(流石強豪って言われるだけある)
動きや思考の速さ、バスケに詳しくなくても凄いのだけは解った。
寝てばかりと思っていた瀬戸君は先回りが上手で、山崎君はそれに追い付く脚の速さがあって。飄々としている癖に原君は確実にシュートを狙っていく。
松本君はその先々で守備に入っているし、古橋君は真君の動きをよく把握して動いている。
何より、その真君が群を抜いていた。
体格的に不利ではあるけど、3人しかいない中でのパスコースや動きの癖なんかは読み取りやすいのか。
ボールを奪ったあともガードを掻い潜ってのシュート。
距離があっても仲間の居るであろう場所へすぐにパスが回せる。
(無冠の五将って言われるだけあるなぁ)
そう思いながら見ていれば、真君にパスが回る。
後3秒――
3
2
1…
ブザービーターと同時に真君のレイアップが決まった。
(す…ごい)
「あーあ、カッコいいとこ花宮に持ってかれたー」
「今日は随分張り切ってたな」
「はあ?いつも通りだろ」
遠くでそんなやり取りをしてる最中、私は開いた口が塞がらない。
「羽影ちゃん、どうだったー?」
『皆、バスケ上手だね』
「まあ、バスケ部だしな」
「だてに一軍じゃねぇって」
『あと、すごくかっこよかった!』
「「「「「…」」」」」
"あったりまえじゃん"と原が茶化すまで暫く全員がフリーズしていた。
古橋と瀬戸は顔にでていないが動揺していて、ヤマはあからさまに照れていた。
俺は…
(こういうやつだよな、雨月は)
彼女が部に馴染むのも時間の問題と判断していた。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
練習を終え、仕事の終わった雨月を先に帰して。
軽いミーティングの後、ロッカーで着替えながらのこと。
「花宮ー、聞きたいことがあんだけどマジバいかね?」
「行かない。用があるなら今すませろ」
「長くなりそうなんだよー、体育館ももう閉まるじゃん?ザキがコーヒー奢るからさー」
「俺!?」
「それは俺も聞きたかった話か?」
「多分みんなじゃない?」
「花宮行こう」
「チッ…」
好きでもないジャンクフード店にいくことになってしまった。
『お帰り、遅かったね』
「部員とマジバ行ってきた」
『え…』
「コーヒーしか飲んでねぇから腹減って死にそうなんだけど」
『待っててすぐ温めるから!』
台所で忙しなく準備をする[#dn=2#]の後ろ姿をみながら、眉間を寄せて溜め息を飲み込んだ。
"羽影ちゃんとはどんな関係なの?"
"はぁ?"
"花宮の中身を知ってるし、花宮自身もマネージャーとして呼んだ割には仕事させる気ないし。不思議なんだよねー"
『はい、お待たせ!』
「魚か」
『鰈の煮付けだよ。いただきます』
「いただきます」
ちなみに、こいつを先に帰したのは、夕飯の用意があるとわかっていたからだ。
『みんなでマジバなんて仲いいね。真君、ハンバーガー食べないのに』
「お前とどういう関係なんだ、って話をしにな。仕方ないだろ、コーヒー奢るって連れてかれた」
『あー…クラスメイトじゃ駄目だったんだ。コーヒーは大丈夫だったの?』
「幼馴染みだとは話した、それ以上は答えてない。…ブラックならな、苦いだけだから」
『…そっか』
俺が食を雨月に依存しているというのは。
雨月が作ったものしか味を感じない。
雨月の料理以外を美味しいと感じない。
そういうことだった。
冷食やチルド食品も物足りなく(どちらかというと無味)感じるし、ジャンクフードを始め外食は不味いと舌が判断する。
『幼馴染みだけど、切り離せないんだよね』
「お互いにな」
『今年の合宿で思い知らされたよ、本当に』
今年のバスケの合宿、5泊6日のそれから帰ってきた俺は貧血と軽度の栄養失調を起こしていた。
練習がきついのも勿論だが、それに見合った食事量をとれていなかったから。
初日は、味が薄いと思いながら食べた。
2日目は味がしない。周りの様子からして自分の舌がおかしいのだと解った。
3日目、とうとう不味いと感じるようになったが、何がどう不味いのか解らなかった。
ただでさえ、そんな味の食事は満足に食べれていなかったのに。4日目、5日目には飲み込むのが辛くて殆ど残してしまっていた。
帰りのバスで、強い空腹感と吐き気で得も言われぬ不快感を抱きながら
"消化のいいもの。腹へった"
と雨月にメールした。
彼女の料理なら食べれると直感したから。
案の定、鍋いっぱいに作られていた野菜スープを完食したし、不思議なことに美味しいという感覚もあった。
『真くん、本当に私のご飯じゃないと受け付けないんだもんね』
「雨月も俺がいないと眠れないだろうが」
雨月の依存は睡眠だ。
ガキが特定の枕、ぬいぐるみ、毛布がないと眠れないのと同じ。
俺が隣にいないと眠れない。
あの合宿から帰ってきて、食事を終えてまじまじと見た彼女の顔。
隈がやけに色濃くて、疲れがにじみ出ていた。
"真くん、お腹一杯になった?"
"ああ。…お前、寝れてねぇの?"
"うん、ちょっと…ねえ、少し寝てっていいかな"
食べ終わった食器を自室から下げて、再び戻ってきた彼女の足取りは覚束なくて。
返事をする前にベッドへ倒れ込んだ。
"!、おい"
"大丈夫、ごめん、凄く眠いのに…目が…"
"………解った、好きなだけ寝ろ"
後で聞いたら最初の二晩は寝付きや寝覚めが悪いものの3~4時間寝れていた。
が、3日目には寝ても悪夢で疲れがとれない。
4日目、5日目は寝つくことすらできず、うたた寝すら10分もたなかったらしい。
『…だって、真君がいると怖い夢見ないで寝れるんだもん』
「そうかよ。ご馳走さま。……………美味かった」
『…!ありがとう!お粗末様でしたっ』
俺が滅多に言わない賛美の言葉に浮かれる雨月を横目に、小さく笑みがこぼれた。
Fin
朝、6時頃に二人とも起きる。
雨月は窓づたいに自宅へ帰り、洗濯やゴミだしやら最低限の家事をして普通登校。
俺は身支度をして朝練へいく。
「おはよう、羽影さん」
『おはよう、花宮君』
朝練を終えて教室へ入れば、斜め前の席に教科書を読み耽る雨月。
「1限はタームテストだっけ?」
『そうだよ。花宮君はまた満点かな?』
「おだてないでよ、偶々だから」
(なわけねぇだろバァカ。満点とれて当たり前だ)
心の声が聞こえたのだろう、可笑しそうに笑った雨月との会話を適当に切り、席についた。
お互いに学校ではクラスメイト以上に関わることはない。名前の呼び方にしろ、口調にしろ。
隠しているわけではないが、知られていない方が楽だから。
(割と解けてるみたいだな)
タームテスト中、テスト用紙に向かう雨月の背中を見て視線を落とした。
小テストと呼ぶには余りに簡単なそれは退屈でしかない。
余った時間で部活の練習メニューや休日練習の予定を考えることにした。
「え、次の土日両方練習にすんの!?」
「日曜は午前だけだ、その代わり来週の日曜と土曜の午後をオフにしようと思う」
「ああ、模試前か」
「再来週末だもんねー。ザキとか勉強しないとヤバイから??」
「そんなとこだ。体育館の使用制限もかかってるしな」
「ぐっ…」
「wwww」
で、考えたメニューを放課後に伝える。
今は1年生しかいない部活、このメンバーさえ納得すれば問題はない。
『土日かぁ。何したらいいの?』
ところ変わって自宅。
いつものように彼女が夕飯を並べる。
「別に…これといってねぇな。タイムキーパーは俺がやってるし、タオルやドリンクは自分もちだしな。…ああ、始めと終わりに備品の確認」
『ん。リストとかある?』
「ある。壊れてるとか、救急箱の中身で終わりそうなものとかもメモしとけ」
『それだけ?』
「………俺の弁当作り」
『!ふふ、それは大仕事だね』
雨月はわざとらしくおどけて笑って見せた。
俺の弁当なんて、高校に入ってからほとんど毎日作っている。
そのうえ、手抜きや前夜の夕飯の余りがそのまま入っているなんてことは一度もなかったくせに。
『差し入れとか必要?』
「大会でもねぇし、いらねぇよ」
『そっか。またできることあったら言って?真君にはお世話になってるし、やるからにはちゃんと役にたちたいから』
「…じゃあ、明日の数学の問題、自力で解いてけ」
『え…それは無理かも』
「ふはっ、だろうな」
彼女は数学が苦手だし、数学の教師は数学科で最も教え下手な奴だ。
俺が教えた方がはるかに効率がいい。
『…教えてください』
「それは構わねぇよ。条件に入っているしな」
『ありがとう』
食器洗うから貸して?
と、彼女は台所へ消えていく。
よくあるその後ろ姿を見送った。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
そして土曜日である。
(ボールの数合ってる、摩耗も大丈夫、救急セットもあるし、氷も…)
「できたか」
『うん、大丈夫。ありがとう』
「後は…見てるなり自習室行くなり好きにしろ」
『じゃあ見てる』
「ステージに登るかギャラリー行けよ?」
『わかった、ステージにいるね』
今日、彼女がマネージャーとして部活に参加するのは初めて。
ただ、あんまり仕事がないので一日の大半を見学に費やすのだけど。
雨月は楽しそうに練習を眺めていた。
「羽影ちゃん、お昼一緒にどう?」
『え、いいの?』
「だって俺らに慣れるのが目的なんでしょ?ならその方がいいって。花宮ー、いーよねー?」
「構わねぇ。ってかそんなデカイ声出さなくても聞こえる」
「おい、俺達の意見は」
「言い出したのはザキで、俺と花宮は賛成。瀬戸は寝てるし…多数決的な?」
『あ…あの』
「嫌な訳じゃない。何故聞かないのか気になっただけだから」
『そう、なの?じゃあ、古橋君もお昼一緒によろしくね』
ヤマや原の提案で雨月を交えた昼休憩。
古橋も笑ってはないが怒ってもいないようだ。
瀬戸は相変わらず寝ぼけたまま。
「羽影ちゃん、午後も見学してるの?」
『あ…花宮君、仕事ある?』
「特にない。片付けの備品チェックもこっちでやってもいいし」
「まあ…今までそれでやってきたしな」
「帰ってもいいぞ」
『見てたいんだけど…いいかな』
「…好きにしろ」
じゃあ試合形式にしてカッコいいとこ見せよう、と提案した原を睨んだものの。
"見てみたいなぁ"
という雨月の呟きが聞こえてしまったために結局3on3の練習が追加された。
再び雨月はステージに登って練習を眺める。
(真君のプレイ見るの、久しぶり…)
やっと起きた瀬戸君、瀬戸君との交代要員松本君を交えて一軍同士での対決。
勿論、監督である真君もチームに入っている。
「おい、花宮と瀬戸はばらけろよ!」
「はぁ?練習になんねぇだろ」
「いやいや、こっちの練習になんねぇわ」
最初は、
花宮君・瀬戸君・古橋君
山崎君・松本君・原君
と分かれていたけど、揉めて瀬戸君と松本君が入れ替わった。
(流石強豪って言われるだけある)
動きや思考の速さ、バスケに詳しくなくても凄いのだけは解った。
寝てばかりと思っていた瀬戸君は先回りが上手で、山崎君はそれに追い付く脚の速さがあって。飄々としている癖に原君は確実にシュートを狙っていく。
松本君はその先々で守備に入っているし、古橋君は真君の動きをよく把握して動いている。
何より、その真君が群を抜いていた。
体格的に不利ではあるけど、3人しかいない中でのパスコースや動きの癖なんかは読み取りやすいのか。
ボールを奪ったあともガードを掻い潜ってのシュート。
距離があっても仲間の居るであろう場所へすぐにパスが回せる。
(無冠の五将って言われるだけあるなぁ)
そう思いながら見ていれば、真君にパスが回る。
後3秒――
3
2
1…
ブザービーターと同時に真君のレイアップが決まった。
(す…ごい)
「あーあ、カッコいいとこ花宮に持ってかれたー」
「今日は随分張り切ってたな」
「はあ?いつも通りだろ」
遠くでそんなやり取りをしてる最中、私は開いた口が塞がらない。
「羽影ちゃん、どうだったー?」
『皆、バスケ上手だね』
「まあ、バスケ部だしな」
「だてに一軍じゃねぇって」
『あと、すごくかっこよかった!』
「「「「「…」」」」」
"あったりまえじゃん"と原が茶化すまで暫く全員がフリーズしていた。
古橋と瀬戸は顔にでていないが動揺していて、ヤマはあからさまに照れていた。
俺は…
(こういうやつだよな、雨月は)
彼女が部に馴染むのも時間の問題と判断していた。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
練習を終え、仕事の終わった雨月を先に帰して。
軽いミーティングの後、ロッカーで着替えながらのこと。
「花宮ー、聞きたいことがあんだけどマジバいかね?」
「行かない。用があるなら今すませろ」
「長くなりそうなんだよー、体育館ももう閉まるじゃん?ザキがコーヒー奢るからさー」
「俺!?」
「それは俺も聞きたかった話か?」
「多分みんなじゃない?」
「花宮行こう」
「チッ…」
好きでもないジャンクフード店にいくことになってしまった。
『お帰り、遅かったね』
「部員とマジバ行ってきた」
『え…』
「コーヒーしか飲んでねぇから腹減って死にそうなんだけど」
『待っててすぐ温めるから!』
台所で忙しなく準備をする[#dn=2#]の後ろ姿をみながら、眉間を寄せて溜め息を飲み込んだ。
"羽影ちゃんとはどんな関係なの?"
"はぁ?"
"花宮の中身を知ってるし、花宮自身もマネージャーとして呼んだ割には仕事させる気ないし。不思議なんだよねー"
『はい、お待たせ!』
「魚か」
『鰈の煮付けだよ。いただきます』
「いただきます」
ちなみに、こいつを先に帰したのは、夕飯の用意があるとわかっていたからだ。
『みんなでマジバなんて仲いいね。真君、ハンバーガー食べないのに』
「お前とどういう関係なんだ、って話をしにな。仕方ないだろ、コーヒー奢るって連れてかれた」
『あー…クラスメイトじゃ駄目だったんだ。コーヒーは大丈夫だったの?』
「幼馴染みだとは話した、それ以上は答えてない。…ブラックならな、苦いだけだから」
『…そっか』
俺が食を雨月に依存しているというのは。
雨月が作ったものしか味を感じない。
雨月の料理以外を美味しいと感じない。
そういうことだった。
冷食やチルド食品も物足りなく(どちらかというと無味)感じるし、ジャンクフードを始め外食は不味いと舌が判断する。
『幼馴染みだけど、切り離せないんだよね』
「お互いにな」
『今年の合宿で思い知らされたよ、本当に』
今年のバスケの合宿、5泊6日のそれから帰ってきた俺は貧血と軽度の栄養失調を起こしていた。
練習がきついのも勿論だが、それに見合った食事量をとれていなかったから。
初日は、味が薄いと思いながら食べた。
2日目は味がしない。周りの様子からして自分の舌がおかしいのだと解った。
3日目、とうとう不味いと感じるようになったが、何がどう不味いのか解らなかった。
ただでさえ、そんな味の食事は満足に食べれていなかったのに。4日目、5日目には飲み込むのが辛くて殆ど残してしまっていた。
帰りのバスで、強い空腹感と吐き気で得も言われぬ不快感を抱きながら
"消化のいいもの。腹へった"
と雨月にメールした。
彼女の料理なら食べれると直感したから。
案の定、鍋いっぱいに作られていた野菜スープを完食したし、不思議なことに美味しいという感覚もあった。
『真くん、本当に私のご飯じゃないと受け付けないんだもんね』
「雨月も俺がいないと眠れないだろうが」
雨月の依存は睡眠だ。
ガキが特定の枕、ぬいぐるみ、毛布がないと眠れないのと同じ。
俺が隣にいないと眠れない。
あの合宿から帰ってきて、食事を終えてまじまじと見た彼女の顔。
隈がやけに色濃くて、疲れがにじみ出ていた。
"真くん、お腹一杯になった?"
"ああ。…お前、寝れてねぇの?"
"うん、ちょっと…ねえ、少し寝てっていいかな"
食べ終わった食器を自室から下げて、再び戻ってきた彼女の足取りは覚束なくて。
返事をする前にベッドへ倒れ込んだ。
"!、おい"
"大丈夫、ごめん、凄く眠いのに…目が…"
"………解った、好きなだけ寝ろ"
後で聞いたら最初の二晩は寝付きや寝覚めが悪いものの3~4時間寝れていた。
が、3日目には寝ても悪夢で疲れがとれない。
4日目、5日目は寝つくことすらできず、うたた寝すら10分もたなかったらしい。
『…だって、真君がいると怖い夢見ないで寝れるんだもん』
「そうかよ。ご馳走さま。……………美味かった」
『…!ありがとう!お粗末様でしたっ』
俺が滅多に言わない賛美の言葉に浮かれる雨月を横目に、小さく笑みがこぼれた。
Fin