花と蝶
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《高1冬 発端》
「お前、マネージャーやれ」
『え、無理だよ。スコアもまともにつけられないのに』
「…来年度も5泊の合宿が2回以上組まれる」
『頑張って覚えるのでよろしくお願いいたします』
雨月が霧崎第一高校男バスのマネージャーになったのは、高校1年生の終わりの頃だった。
「花宮ー、その子が新しいマネージャー?」
「これから紹介するから、原少し黙れ。ほら、」
『1年6組羽影雨月です。よろしくお願いします』
「羽影は普段練習には来ない。アイシング用の氷の準備、週末に監督補佐程度だ。基本合宿と試合の手伝いだけだが、見慣れた方がいいと思ってとりあえず紹介した」
「えー、"お疲れ様です"とかいってスポドリとタオルを渡すイベントはないの?」
「タオルとスポドリは今まで通り自分でやれ」
「何にせよ、試合や合宿だけでも手伝ってくれるにこしたことはない。花宮の紹介なら間違いないだろうしな」
「こっちも自己紹介するわ」
WCを終えて、監督が辞めた。それに伴って上級生やマネージャーも居なくなった。
そこで、新しいマネージャーとして雨月を一軍のメンバーを紹介し、一軍にも紹介をさせた。
「ねー、一応確認するけど、羽影ちゃんは俺らのプレイスタイル解ってんの?」
「ああ」
「だろうな。花宮が猫をかぶってない段階で予想できたが」
こいつをマネージャーにした理由の一つはそれだ。
俺の中身を知っているし、試合中の"事故"についても咎めない。
「これで話は終わりだ、各自アップしとけ。俺はこいつにアイシングの場所教えてから合流する」
「んー、よろしく羽影ちゃん」
『はい、こちらこそよろしくお願いします』
律儀に頭を下げてにこにこと笑う雨月に、各々が疑問を抱いた。
(この子、花宮の嫌いなイイコチャンじゃねぇの??)
(花宮のクラスメイトか、猫被りによく気づいたな)
(この時期からマネか。帰宅部だったのか?)
(zzz…)
「羽影、こっちだ」
『はい』
(((どうやって知り合ったんだろうか)))
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「…何やってんだ?」
『いくら雑用でいいっていっても、少しくらい解らないといけないかなって』
部活から帰れば、リビングにバスケのルール、スコアの付け方なんかをネットで調べる雨月。
因みに、俺の家だ。
「できるにこしたことはねぇが、出来なくて構わねえ。そんな時間があったら明日のタームテストの勉強しとけ」
『…ターム明日だっけ、忘れてた。あ、夕飯出来てるから着替えてきなよ』
「今日なに?」
『豚の生姜焼きと白菜の煮浸し』
「ん」
もう一度言うが、間違いなく俺の家だ。
制服から部屋着に着替えてリビングに戻れば、テーブルに二人分の食事が並んでいる。
『真くん、あとお箸とコップだけ』
「コップは持った」
『ありがと、よし、食べよ。いただきます』
「…いただきます」
雨月が俺の家で、俺と自分の夕飯を作って待っているのは殆ど日常だ。
週に1~2回、俺の母親が俺より先に帰宅して雨月と食べていることもある。
夜勤や休出が多い母は、もとより料理が苦手なのも手伝って雨月に任せっきりだ。
中学時代からそれは続いており、高校に入ってからは弁当も雨月が作っている。
『今回のタームテスト、ページ多かったよね…』
「ああ。でも覚える文法は決まってたろ、例外だけ押さえれば余裕だ」
『流石だね真くん。教科書持って部屋いってもいい?』
「…窓開けとく。風呂入ってくるから暫く一人でやってろ」
『ん、じゃあ1回教科書とりに家に帰るね』
何で雨月が花宮家の飯まで作ってるかといえば。
あいつが隣の家に住んでる幼馴染みで、仕事で滅多に帰ってこない父を持つ父子家庭。こっちも勤務時間が不規則な母をもつ母子家庭。
料理はできるが一人で食べたくない雨月と、料理をする時間はないが食べ盛りで運動部の俺。
全員にメリットがある形がそれだったということ。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「あ?なんでまだ下にいるんだ」
『お弁当作りきってなくて…今洗い物も終わった』
「そーかよ。鍵確認してくるからなんか飲み物持って上いってろ」
『ん、そーする』
風呂からあがると、まだは雨月台所にいた。
声をかければ雨月は2つのコップと麦茶を持って階段をあがっていく。
玄関の鍵を確認して自分も部屋へ向かった。
因みに玄関に彼女の靴はない。先程"窓開けとく"と言ったように、料理以外の用事の時、彼女は窓から入ってくる。
2階の俺の部屋の窓から。
ただ、別にそれは難しくない。なんの事故物件だか、隣の家の雨月の部屋の窓は、俺の部屋の窓と1mも離れていないのだ。
「で、どこから解らないって?」
『これとこれ。使い分け方がよく解んない』
「それはそっちの参考書開け。あと、様は暗記だ。理屈で使い分けんじゃなくてこれはこっちを使うもんなんだよ」
『それが覚えられない』
「それは自分で努力しろ、バァカ」
別に、雨月は頭が悪いわけじゃない。要領が悪いだけだから、中身を整頓して教えるだけでいい。
雨月が料理をする代わりに俺が勉強を教える、表向きはとても楽な交換条件だ。
『ん。多分頭に入った』
「ふざけんな。俺が教えたのに多分はねぇだろ。これで赤点出したら許さねぇからな」
『えー…赤点のボーダー70なんだよ?』
「余裕だろ」
『真くんはね。はぁ…でもできそう、ありがとう』
「…おう。そろそろ寝るぞ。雨月は朝練こなくていい、夕方だけ氷作っとけ」
『うん』
日付の変わった時計をみながら、勉強道具を片付けた。
雨月は窓からまた帰ろうと、窓の下に設置されたベッドにあがる。
「寝れるか?」
『…』
「今日は母さん、帰ってこない」
『……お願いします』
「ん」
雨月は上がったベッドにそのまま潜り込んだ。
電気を消して、俺もベッドに入る。
『…ねぇ真くん。合宿中私どうやって寝よう』
「雨月の部屋は否応なしに一人部屋だろ、俺がいく」
『ありがとう。私も、ご飯頑張って作る』
「ふはっ、二人分じゃねぇからな。頑張れよ」
『うん…じゃあ、おやすみ』
掛け布団を肩まで引き上げれば、雨月は数分も経たずに眠りに落ちた。
俺と雨月が結んでいる交換条件は、表向きとは若干異なる。
実際の二人の間の取り決めは――
雨月が食を提供し、俺が睡眠を提供すること。
それは交換条件や馴れ合いなんてレベルではない。
一言で関係を表すのなら、これが的確だろう、
共依存
(お互いがいないと)
(生きていけない)
.
「お前、マネージャーやれ」
『え、無理だよ。スコアもまともにつけられないのに』
「…来年度も5泊の合宿が2回以上組まれる」
『頑張って覚えるのでよろしくお願いいたします』
雨月が霧崎第一高校男バスのマネージャーになったのは、高校1年生の終わりの頃だった。
「花宮ー、その子が新しいマネージャー?」
「これから紹介するから、原少し黙れ。ほら、」
『1年6組羽影雨月です。よろしくお願いします』
「羽影は普段練習には来ない。アイシング用の氷の準備、週末に監督補佐程度だ。基本合宿と試合の手伝いだけだが、見慣れた方がいいと思ってとりあえず紹介した」
「えー、"お疲れ様です"とかいってスポドリとタオルを渡すイベントはないの?」
「タオルとスポドリは今まで通り自分でやれ」
「何にせよ、試合や合宿だけでも手伝ってくれるにこしたことはない。花宮の紹介なら間違いないだろうしな」
「こっちも自己紹介するわ」
WCを終えて、監督が辞めた。それに伴って上級生やマネージャーも居なくなった。
そこで、新しいマネージャーとして雨月を一軍のメンバーを紹介し、一軍にも紹介をさせた。
「ねー、一応確認するけど、羽影ちゃんは俺らのプレイスタイル解ってんの?」
「ああ」
「だろうな。花宮が猫をかぶってない段階で予想できたが」
こいつをマネージャーにした理由の一つはそれだ。
俺の中身を知っているし、試合中の"事故"についても咎めない。
「これで話は終わりだ、各自アップしとけ。俺はこいつにアイシングの場所教えてから合流する」
「んー、よろしく羽影ちゃん」
『はい、こちらこそよろしくお願いします』
律儀に頭を下げてにこにこと笑う雨月に、各々が疑問を抱いた。
(この子、花宮の嫌いなイイコチャンじゃねぇの??)
(花宮のクラスメイトか、猫被りによく気づいたな)
(この時期からマネか。帰宅部だったのか?)
(zzz…)
「羽影、こっちだ」
『はい』
(((どうやって知り合ったんだろうか)))
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「…何やってんだ?」
『いくら雑用でいいっていっても、少しくらい解らないといけないかなって』
部活から帰れば、リビングにバスケのルール、スコアの付け方なんかをネットで調べる雨月。
因みに、俺の家だ。
「できるにこしたことはねぇが、出来なくて構わねえ。そんな時間があったら明日のタームテストの勉強しとけ」
『…ターム明日だっけ、忘れてた。あ、夕飯出来てるから着替えてきなよ』
「今日なに?」
『豚の生姜焼きと白菜の煮浸し』
「ん」
もう一度言うが、間違いなく俺の家だ。
制服から部屋着に着替えてリビングに戻れば、テーブルに二人分の食事が並んでいる。
『真くん、あとお箸とコップだけ』
「コップは持った」
『ありがと、よし、食べよ。いただきます』
「…いただきます」
雨月が俺の家で、俺と自分の夕飯を作って待っているのは殆ど日常だ。
週に1~2回、俺の母親が俺より先に帰宅して雨月と食べていることもある。
夜勤や休出が多い母は、もとより料理が苦手なのも手伝って雨月に任せっきりだ。
中学時代からそれは続いており、高校に入ってからは弁当も雨月が作っている。
『今回のタームテスト、ページ多かったよね…』
「ああ。でも覚える文法は決まってたろ、例外だけ押さえれば余裕だ」
『流石だね真くん。教科書持って部屋いってもいい?』
「…窓開けとく。風呂入ってくるから暫く一人でやってろ」
『ん、じゃあ1回教科書とりに家に帰るね』
何で雨月が花宮家の飯まで作ってるかといえば。
あいつが隣の家に住んでる幼馴染みで、仕事で滅多に帰ってこない父を持つ父子家庭。こっちも勤務時間が不規則な母をもつ母子家庭。
料理はできるが一人で食べたくない雨月と、料理をする時間はないが食べ盛りで運動部の俺。
全員にメリットがある形がそれだったということ。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「あ?なんでまだ下にいるんだ」
『お弁当作りきってなくて…今洗い物も終わった』
「そーかよ。鍵確認してくるからなんか飲み物持って上いってろ」
『ん、そーする』
風呂からあがると、まだは雨月台所にいた。
声をかければ雨月は2つのコップと麦茶を持って階段をあがっていく。
玄関の鍵を確認して自分も部屋へ向かった。
因みに玄関に彼女の靴はない。先程"窓開けとく"と言ったように、料理以外の用事の時、彼女は窓から入ってくる。
2階の俺の部屋の窓から。
ただ、別にそれは難しくない。なんの事故物件だか、隣の家の雨月の部屋の窓は、俺の部屋の窓と1mも離れていないのだ。
「で、どこから解らないって?」
『これとこれ。使い分け方がよく解んない』
「それはそっちの参考書開け。あと、様は暗記だ。理屈で使い分けんじゃなくてこれはこっちを使うもんなんだよ」
『それが覚えられない』
「それは自分で努力しろ、バァカ」
別に、雨月は頭が悪いわけじゃない。要領が悪いだけだから、中身を整頓して教えるだけでいい。
雨月が料理をする代わりに俺が勉強を教える、表向きはとても楽な交換条件だ。
『ん。多分頭に入った』
「ふざけんな。俺が教えたのに多分はねぇだろ。これで赤点出したら許さねぇからな」
『えー…赤点のボーダー70なんだよ?』
「余裕だろ」
『真くんはね。はぁ…でもできそう、ありがとう』
「…おう。そろそろ寝るぞ。雨月は朝練こなくていい、夕方だけ氷作っとけ」
『うん』
日付の変わった時計をみながら、勉強道具を片付けた。
雨月は窓からまた帰ろうと、窓の下に設置されたベッドにあがる。
「寝れるか?」
『…』
「今日は母さん、帰ってこない」
『……お願いします』
「ん」
雨月は上がったベッドにそのまま潜り込んだ。
電気を消して、俺もベッドに入る。
『…ねぇ真くん。合宿中私どうやって寝よう』
「雨月の部屋は否応なしに一人部屋だろ、俺がいく」
『ありがとう。私も、ご飯頑張って作る』
「ふはっ、二人分じゃねぇからな。頑張れよ」
『うん…じゃあ、おやすみ』
掛け布団を肩まで引き上げれば、雨月は数分も経たずに眠りに落ちた。
俺と雨月が結んでいる交換条件は、表向きとは若干異なる。
実際の二人の間の取り決めは――
雨月が食を提供し、俺が睡眠を提供すること。
それは交換条件や馴れ合いなんてレベルではない。
一言で関係を表すのなら、これが的確だろう、
共依存
(お互いがいないと)
(生きていけない)
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