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メジロの恩返し
一羽のメジロが空の低い位置をパタパタと飛んでいた。彼は嘴に一輪の桜を咥え、地上を見下ろす。小さな頭をキョロキョロとさせて、何かを探しているようだった。
グリーンイーストの空を少しばかり飛び回り、以前訪れたことのある街路樹で羽を休めた。
縄張りをぐるりとしてきたのだが、目標物が見つからない。細い枝に止まった彼は歩道にいる人間をじっと観察していた。何枚も布を重ねたように着ぶくれした人間たちが行き交う。冷たい風が苦手なのは鳥も人間も同じ。ひゅっと吹いてきた北風に彼は目を細めた。
数分程地上の人間を観察していた彼は、一人の男に目を留めた。肩まで伸びた長いブラウンの髪、チャコールグレーの上着。彼が探していた人間、ガスト・アドラーだ。
彼は枝から前のめりに身を乗り出し、ガスト目掛けて飛び立つ。そして、ゆっくりと歩いていた彼の肩にしがみつくように降り立った。しかし、ガストは彼が肩に止まったことに気が付いていない。そこで彼は存在に気づいてもらおうと、左肩からちょんちょんと伝って腕に下りていった。
「?!」
メジロの姿を目視したガストは驚いて肩を震わせた。まさか、また件の【サブスタンス】が影響を及ぼしているのか。それが脳裏に過ったが、暫くしてもこのメジロ以外に近寄ってくる小鳥はいない。
ガストが左腕を水平に持ち上げると、メジロが手首の方まで伝ってきた。手の平を上に向けてやれば、親指を止まり木にして、彼の手の平に銜えていた桜の花をちょこんと置く。
「チィ」
「……もしかして、お前この間のメジロか?」
ガストがそう訊ねると、綺麗な鳴き声が返ってきた。桜の花とガストの顔を交互に忙しなく見比べている。
先日、丁度この辺りで歩道に落ちていたメジロを助ける出来事があった。冬空に凍えてしまった所を温めたのだ。その間、先述した【サブスタンス】に振り回されてしまったのだが。
手の平にちょこんと乗せられた桜の花。グリーンイーストに桜の名所があることは知っているが、今時期に咲くはずない。次の春に備え、花どころか葉を落としているはず。しかし、数日前に季節外れの暖かさが続いたという話を聞いた。春が来たと勘違いをした桜が花を咲かせたのかもしれない。
「この桜、俺にくれるのか」
「チィー」
「この前のお礼ってヤツか。サンキュ」
メジロは甘党だ。花の蜜や木の実、果物を好んで食べるという。栄養を補う為に昆虫を捕食することもある。
この桜の花はお裾分け、という意味で運んできてくれたのかもしれなかった。実に可愛い恩返しだ。
手の平にぴょんと飛び降りたメジロがそこにぺたりと座り込んだ。羽毛に空気を含ませ、体を膨らませている。それを見たガストが笑った。
「寒いから俺の所に来た…って感じもするな」
「チ」
「今日はこの間よりも寒くはねぇけど…風の当たらない場所に移動するか。それにしてもお前人懐っこいな」
餌で釣って手懐けた訳でもないのだが、やけに人馴れしている。手の上で羽繕いやチィチィと囀る姿は愛らしい。
「…愛嬌があるのは良いことだけど、中には悪い人間もいるからな。気をつけろよ」
「チィー」
言葉を理解したのかは分からないが、返事をしたメジロに困ったヤツだと笑みを零す。
一方、その様子を見ていた者が二人。
オフの日にグリーンイーストへ訪れていたアキラとウィル。彼らは偶然この通りを歩いており、ガストの姿を目撃していた。
先に彼の存在に気づいたアキラは声を掛けようと遠くから呼び掛けようとしたのだが。
ウィルがとんでもない物を目にしたと先に声を上げた。その目は困惑に満ちていた。
「あ……アドラーが抹茶大福に話しかけている…?」
「ウィル。あれ、鳥だぞ」
アキラは至極冷静にそう返した。
「えっ?!」
抹茶大福に見えた物体にクチバシと短い尾羽がぴょこりと生えた。黄緑色の小鳥が跳ねている。
それを見たウィルが恥ずかしそうに笑った。
「てっきりそうかと……ほら、植物は話しかけてあげると良く育つから」
「……大福に話しかけてるガストとか流石に引くってか、こえーよ」
「だよな。……えっと、うぐいすじゃなくて」
「メジロ、じゃねーの?目の周りが白いし」
「あぁ、それだ。目の周りが白いからメジロって分かりやすいよな」
二人の耳に小鳥の鳴き声が届いた。まるで鈴を転がしたような綺麗な声。あのメジロが囀っているのだ。
「あのメジロ、ガストに懐いてんだな。地鳴きじゃなくて囀ってるみてぇだし」
「え、そうなのか?」
「ガキの頃、レンが言ってたんだよ。鳥は地鳴きと囀りを使い分けてるって」
それはまだ彼らが幼い頃の話。幼馴染三人でよく遊んでいた頃だ。レンの姉も一緒にピクニックを楽しんでいた昔懐かしい日。
偶々その辺の木に止まっていた小鳥が綺麗な歌声を披露していたので、普段と鳴き方が違うとレンが訊ねたのだ。
「親鳥に甘える時とか、好きなヤツにアピールしたい時に囀るんだってよ。レンも姉ちゃんに教えてもらったとか言ってたな、そういや」
「そういえば、インコやオウムも飼い主に懐いてると甘えるように鳴くって聞いたことある。…あのメジロ、アドラーに懐いてるってことか」
「みたいだな。ま、どうせガストのことだから行き倒れそうになったトコを助けたとかなんとかで好かれたんじゃね」
面倒見が良い兄貴肌。それはこの一年を通してウィルも痛感。しかし人間だけではなく、鳥にまでとは。
小鳥に笑いかけている彼を見守りながらウィルはアキラに話しかけた。
「アキラ。……やっぱり、さっきの和菓子屋さんに寄ってもいいかな」
「別に構わないぜ。…抹茶大福買うのか?」
「な、なんで分かったんだ。確かにそれも買おうと考えてたけど」
「いや、今の流れからだとそうなんだろ。オレも腹減ったし何か食おうかな」
此処へ来る途中、リトルトーキョーの町並みを眺めながら散策していた二人。ウィルの好物である甘味を売る店を横目に通り過ぎてきた。
リンゴやミカンを使用した和菓子が店頭に並んでいたとウィルは嬉々とした笑顔で話す。抹茶大福やよもぎ饅頭、ウグイス餅も捨てがたいと菓子の話題が尽きない。
どうやら甘い物欲が刺激されてしまい、止まらなくなったようだ。これはまた両手に抱えるほど買い込むに違いない。なにせ小鳥が菓子に空目してしまうほど。ジャックやジャクリーンのことを「大きなふかし饅頭に見えた」と言いだす前に和菓子屋に連れて行かなければ。
彼らは踵を返してリトルトーキョーへと向かうのであった。
一方、アキラとウィルの反対側の道では。
「おい、見ろよ!ガストさんが……!」
「……鳥に懐かれてる!」
ガストの弟分である少年たちがその現場を目撃していた。
黄緑色の小鳥がぴょんぴょんと腕の上で跳ね回っている。小鳥は綺麗な声で囀っており、ガストはそれを温かい眼差しで見守っている。
「ガストさん……スゲェな。人だけじゃなくて鳥にもあんなに懐かれて。マジパネェ、尊敬しかねぇ……!」
「きっとここら一帯の鳥はガストさんに懐いてるに違いねぇ……!」
一度口笛を吹けばたちまち集まってくる。鳥たちを連れて空のツーリングをしているなど、様々な想像を掻き立てては話を盛り上げていた。
「肩に鷹とか乗っけてくんねーかな」
「それぜってぇカッコいい。なんつったけ、タカ…タカショーとかなんとかっていう」
「鷹匠だな。…似合いすぎてもう自然体だろそれ」
「だよな!さっすがガストさんだぜ!」
つい先日、まさに鷹が肩に止まるという事件があったことを彼らは知らない。
ひとつ、昔話を。
「あー……だめだ。二日酔いで動けねぇ〜」
ソファに大の字で沈み込んだキースは天井を仰いだ。
ズキズキと痛む頭。眩暈にも似た感覚。胃部のムカつき、そして嘔吐感と倦怠感。二日酔い症状のオンパレードにキースは青白い顔をしていた。
「昨日はご機嫌になるまで飲んでたもんな。ほら、二日酔いに効くドリンク」
ディノは笑みを交えて話しながら彼の目の前にドリンク剤を差し出した。
同僚のいつもと変わらぬその明るい表情が少し恨めしくも感じる。昨夜、店で一緒に同量の酒を飲んでいたというのにこのディノという男、全く酔わないのだ。ザルを通り越してもはや枠。
「サンキュー……うっ……頭動かすとガンガンしやがる」
「重症だな」
「……今日がオフで助かったぜ」
「次の日がオフじゃなくてもいつも飲んでるだろ」
ドリンク剤の金蓋に手をかけるが、力が入らない。捻り開けるのも一苦労だ。数秒格闘した末にカチリと音を立ててようやく開いた。
ガラス瓶の飲み口を顔に近づけ、キースはぼんやりとした眼で空虚を見つめる。
「……そういや、昨日どうやってタワーに帰ってきたんだオレ」
「ははっ……やっぱり記憶が飛んでるんだな。結構大変だったんだぞ」
昨夜、二人はいつもの店で飲んでいた。夜が更けるにつれ酒量も増え、キースの顔も赤らんでいく。ふにゃふにゃと笑うぐらいご機嫌に出来上がったキースは【エリオス∞チャンネル】で旧知の同期に呼びかけた。そのはずが、市民全体にそのコメントが公開されてしまい、ブラッドの熱烈なファンが店に押しかけてくる事態に発展。
店内にブラッドのファンが集い、ブラッドが来るまで店に留まると言い出す始末になり収拾がつかなくなってしまった。
「俺がブラッドに早く来てくれーって送った後に、紅蓮から連絡がきたんだ。店の近くにいるからそっちに向かうって」
「……薄っすら記憶の隅っこに紅蓮の顔見たような気がしてきたぜ」
「紅蓮にも酒一緒に飲もうって声掛けてたぞ。さっき飲んできたからって断ってた紅蓮の肩に腕回して、二次会に付き合えーとか」
その話は記憶にない。キースは目頭を指で抑えていた。酒豪二人を前に醜態を晒していたのかと思うと頭が更に痛むというもの。
「なんだかんだ紅蓮と仲良いよな、キース」
「勘弁してくれ…リリーと同じでアイツに付き合ってたら命が幾つあっても足りねぇつうの」
「俺は頼もしい存在だと思うけどな。現役ヒーローの頃も、司令になってからも」
ディノは彼女が現役で活躍していた頃の記憶を思い返す。老若男女問わず市民から厚い信頼を寄せられていた。司令職に就いた今も根強いファンが彼女を慕っているのだ。
「紅蓮とブラッドが揃うと大変なことになるのも変わらずだったし。二人共ファンサービスが良いから人気あるのも納得いくよな。黄色い声が飛び交ってたよ」
「ファンにもみくちゃにされてた様子が目に浮かぶぜ……つーかよくその状況から帰って来れたな」
「あー……それは。ブラッドと紅蓮に協力してもらったというか…その、囮になってもらったんだ」
ディノが眉尻を下げて笑った。少々バツが悪そうに。泥酔状態の自分を店から連れ出す為にはやむを得なかったと。
「お得意の囮作戦ってヤツか。…あいつは昔から引き付け役が板についてんな。そいつが良いのか悪いのかは分かんねぇけど」
「俺たちも随分紅蓮に助けられたけど、一人で背負い過ぎな気もする……どうしたんだキース。まだ気持ち悪いのか?」
ドリンク剤を片手に持ったキースは血の気の引いた顔で遠くを見つめていた。ぼんやりとした目をしているものだから、心配になる。
「いや……昔、飲みに行った時のこと思い出した。……あいつと飲んだ後、店の前でゴロツキに絡まれたんだよ」
「あぁー……そういえば。あったよなそんなこと。夏の頃だったよな。キースと紅蓮がパトロール帰りそのまま飲みに行って」
あれは確か七年前。サウスのパトロールを終えたキースと紅蓮がサウスの小さなバーに寄った帰りの話だ。
二人は上手い酒と肴でほろ酔い気分に。機嫌よくバーを出たのだが、店の前で複数のゴロツキに絡まれてしまった。最初は穏便に済ませようと話し合いを試みたのだが、相手が殴りかかってきたので正当防衛として応戦。一般市民相手にヒーロー能力は使わず、体術のみで対応した。しかし相手は刃物をギラつかせ振りかぶってきたのだ。
しかし、酒が入っていようが素手であろうがヒーローは揺らがない。二人は瞬く間にゴロツキたちを制圧することに成功。息巻いていた割にはあっけなかった。ゴロツキを警察に引き渡した後で飲み直しに行くかと紅蓮に声を掛けようとしたキースは絶句した。
警察と連絡を取っていた彼女の頭から血が流れており、額を伝って頬へ、赤い雫がシャープな顎先から地面へと滴り落ちていた。
「平然と警察とお店の人に状況説明してたんだっけ」
「頭からダラダラ血流しながらやることじゃねぇだろ……先に止血しろってマジで叫んだぜ」
「タワーに戻ってきた時、紅蓮はピンピンしてたのにキースが真っ青な顔してたよな。あと医療部の人も」
「あの端正な顔から血流してりゃな。……何故かオレが責められたのも思い出した」
当時在席していた研究部のシオンと紅蓮の先輩ヒーローであるリリーに「キースがついていながらなんでこんなことに!」と責め立てられた。実に苦い思い出だ。
「本人は「痛くも痒くもない」って澄ました顔で言いやがって……それは酒で麻痺してるからだっつうの」
「あはは……でも、紅蓮がそんなヘマするなんて珍しい気もする」
「……あぁー。確か、店の看板がどうとか言ってたな。避けたら傷がつくとかなんとか…看板よりも自分の顔を心配しろっての」
「私の顔がどうかしたか」
凛とした声がリビングに届いた。
気が付けばウエストチームのリビングに第13期の司令の姿。彼女は手に小さな紙袋を抱えていた。予想通りソファでバテているキースを見やり、ルージュを引いた口元に笑みを浮かべる。
「相当な二日酔いのようだな。まだ会話が出来ている分マシか」
「お疲れー。紅蓮も今日はオフなのか?」
「いや、この後に司令部の会議を控えている。その前に昨夜泥酔していたメンターの様子を見にきた」
紙袋を差し出した紅蓮はキースが恨めしそうに見てくるので、どうしたのかと訊ねる。
「……その澄ました顔は昔とぜんっぜん変わんねぇよなぁ」
「それは褒め言葉として受け取っておこう。二日酔いにもかかわらず私の話をするとは物好きだな」
「それを紅蓮が言うのも変だよなぁ。昔キースと紅蓮が飲みに行った時の話をしてたんだ。帰りにゴロツキの対応したっていう話」
ディノが簡単にそう説明すると、その頃の記憶を手繰り寄せた紅蓮は「あぁ」と懐かしむ様に頷いた。
「何故私が避けなかったか、ということだな。キースが憶えていた通り、その店の看板が私のすぐ後ろにあったんだ。その店は開店したばかりでな。オープン早々に傷がついてしまっては幸先が悪いだろう」
「そっか……それで」
ふふっとディノは笑みを零した。
「いや、紅蓮らしい理由だなぁと思って」
「おかげでリリーやシオン、医療部の人間に烈火の如く怒られてしまったがな。それも今となってはいい思い出だ」
「飛び火したこっちの身にもなれっての……あの時はマジで大変だったんだからな」
「襟首掴まれて揺さぶられてたよなぁ。懐かしい」
「う……思い出したら吐き気が酷くなってきた」
揺さぶられてた感覚が頭に過ったその時、視界がぐらぐらと揺れた気さえしたと。青白い顔をしたキースは口元を手で覆い、座ったまま身体を前屈みに。
それを見たディノが慌てて手近にあったゴミ箱を抱えて、キースに手渡す。
「今夜リリーとその店で約束をしているんだが、ディノも来るか?」
「行くいくー!」
「……お前らの肝臓、一体どうなってんだ」
酒豪二人を前にそう呟くので精一杯なキースであった。
夢はいつか、
「ふふ……楽しみだなぁ」
グレイは自室のカレンダーを眺めながら呟いた。
秋も深まった季節。カレンダーの日付に控えめな丸印がつけられていた。その日は彼が待ちに待ったゲームソフトの発売日だ。
それは過去に発売されたゲームソフトで、最新のハードでリメイク版が発売される。彼自身がとても楽しんだ作品であり、リメイク情報が出た際はあまりの嬉しさに我を忘れてジェイに語ってしまったほど。
バージョンが二つ用意されており、グレイは当時と同じバージョンを選ぶつもりだ。様々なモンスターを仲間にして壮大な冒険を繰り広げる物語。最初の相棒もあの時と同じ子にしようと決めていた。
ソーシャルゲームが主流となってきた今日、昔懐かしいゲームが発売されるのは本当に嬉しいものだ。
「こんなにゲームの発売日が待ち遠しいなんて、いつぶりだろう。……早く明後日にならないかなぁ」
現在プレイ中のゲームのイベントを攻略し、他のソーシャルゲームもログインボーナスをゲットした。日課を終えたグレイは明日に備えて早めにベッドに潜り込む。同室のビリーは深夜のスクープを撮りに行くと言ったきりまだ戻ってきていない。
彼が戻ってくるまで起きていようかと悩みもしたが、来る睡魔に勝てずに瞼をゆっくりと閉じた。
◇
グレイは司令室のドアを控えめにノックした。中から聞こえてきた声を確認し、司令室へと入る。
「司令、お疲れ様です。……報告書、提出に来ました」
「お疲れ様グレイ。随分と機嫌がいいみたいだな」
「そ、そうですか?」
報告書を受け取った紅蓮は普段よりも晴れやかな顔をしているグレイにそう訊ねた。
紅蓮はグレイの趣味を知っている。誂ったり、馬鹿にしたりするようなことはなく、それどころか「好きだと言える物に誇りを持て」と全肯定。どれだけグレイがマニアックで素人が知らない情報を語ろうとも嫌な顔一つせずに耳を傾ける。それがグレイにとって嬉しくもあったが語りすぎてふと我に返った際、羞恥心に襲われてしまうことも度々。
しかしそれでも話を聞いてくれる相手がいて、好きなことを語るのは心から楽しい。
「実は、もうすぐ楽しみにしているゲームの発売日なんです。……昔からすごく好きなゲームで、もう待ち遠しくて仕方がないんです」
「成程な。それで浮かれているのか」
「……あっ、すすすみません!確かに浮かれてはいますけど、パトロールや任務中はちゃんと……!」
「落ち着けグレイ。何も咎めているわけじゃない。むしろモチベーションが上がっているようで、良い傾向だと私は言いたい」
「そ、そう……ですか?」
ゲーム、アニメやコミックスに夢中になった翌朝は寝不足になり、それが続くこともある。それでもすべき事はしっかりこなしているが、それでも欠伸を噛み殺すのを忘れてしまったり集中力が欠けてしまうことも。
慌てふためくグレイに紅蓮は端正な顔をにこりと微笑ませた。
「趣味を謳歌するのは良いことだ」
「あ、ありがとうございます!そうだ、良かったら司令も……司令?」
紅蓮は徐に執務机から立ち上がり、チェアに引っ掛けたコートを羽織った。
「私もそろそろ行かなければ」
「え……行くって、司令に出動要請があったんですか?」
元ヒーローである紅蓮は司令職に就いた今も有事の際に前線で戦うことがある。何度かそれを目の当たりにしていたグレイはごくりと息を呑んだ。
しかし、その予想は大きく裏切られることになる。
紅蓮はコートのポケットから何やら小さなボールのような装置を取り出し、それ宙に軽く放ってみせた。
物凄く見覚えのある紅白のボール。ポンッと音を立ててボールが開口すると、中から眩い光が飛び出してきた。
次の瞬間、紅蓮の傍らに一頭の仔馬が現れた。その仔馬のたてがみと尻尾はオレンジ色の炎の様にゆらゆらと燃え、輝いている。
紅蓮の手が仔馬の背を優しく撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
「この子と共にノースシティより更に北へ向かう。神話をこの目で確かめる為に!」
「……ってええええっ?!ちょ、ちょっと待っ……!」
グレイは叫びながらベッドから飛び起きた。
布団を両手で握りしめたまま荒い呼吸を繰り返す。心臓がバクバクと強く波打っていた。
焦りながらも周囲をパッと見渡すも、何ら変哲もない自室の風景が映るだけ。ようやくさっきの会話が夢だと分かり、大きな溜息を吐いた。
「ゆ……夢かぁ……良かった。……そうだよね。司令がトレーナーになって旅立つなんて。……でも、司令にぴったりの相棒だった」
炎タイプの仔馬を相棒にするのは司令らしいとグレイはくすりと笑った。
ベッドから下り、ルームウェアから制服に着替えたグレイ部屋を出る前に隣のスペースを振り返る。もう一人の部屋の主は昨夜から留守にしているようで、戻ってきた形跡が無い。シーツの皺が一つもなかった。
(ビリーくん、まだ帰ってきてないんだ。今日はオフだって言ってたし…もしかしたら夕方まで帰ってこないかも)
ビリーは「とくダネに嗅ぎ付けそう」とウキウキした様子で昨夜グレイに話をしていた。
グレイはさっき見た夢の話が出来るタイミングがあることを祈りながら部屋を後にした。
◇◆◇
今日はノースのルーキーとペアでパトロールに当たる。その相手がガストなので、少しは気負わなくとも済みそうだった。ルーキー研修で同じ班に属したことをきっかけに話をするようになったからだ。
「よ、グレイ。おはようさん」
「……おはよう、ガストくん」
タワーのロビーフロアに既に来ていたガスト。グレイの顔を見ると「どうした?なんか浮かない顔してんな」と顔を顰めた。
夢見が悪かった時はその内容を誰かに話した方が良いと何かで聞いた。それが単にジンクスだったとしても、言葉にして形に纏めることで気持ちが楽になるというもの。ガストの言う様に一日中浮かない気分で居ては市民から後ろ指をさされてしまいかねない。
「実は」とグレイは今朝見た夢の内容をガストに話し始めた。
「……なるほどな。そりゃあ、何の前振りも無く目の前に現れたらびっくりしちまうよな」
「うん。現実には有り得ない内容だったけど、あの子の毛並みとか本物にしか思えなくて……自分の想像力にほんの少しだけ感心しちゃった」
美しい毛並みと燃える様なたてがみ。本当に紅蓮の相棒にぴったりだったとグレイは笑いながら小さく頷いた。あの夢には驚いてしまったが、好きなゲームの内容が出てきて楽しかったのも事実。
ガストは彼の隣でうんうんと相槌を打つ。そして、ニッといい笑顔をグレイに向けた。
「よし、じゃあグレイがびっくりする前に俺からも紹介しておくぜ」
「紹介?……が、ガストくん……!か、肩に……緑色で小さくて丸っこい、可愛らしい小鳥が止まってる!い、いつの間に」
「チィー」
ガストの左肩にちょこんと止まっている一羽のメジロ。チィチィと鈴を転がしたような鳴き声、小さな首を傾げる様はとても愛くるしい。
「しかも……なんかすごく誇らしげに胸を張っているような気がする…ドヤ顔」
「あぁ、コイツは俺の相棒なんだ。小さいけど、結構頼りになるヤツでさ。取っ組み合いでコイツに勝てるヤツはいないぜ」
「メジロってそんな凶暴なの……!こ、こんなに可愛らしい姿なのに」
「で、こっちが……みんな出てこい!」
ガストはどこからともなく取り出したボールを二つぽーんと宙に優しく投げ上げた。そのボールに見覚えがありすぎたグレイが「まさか」と思う間もなく彼らは姿を現した。
大きな鳥が二匹。一匹はその翼を悠々と羽ばたかせ、もう一匹はガストの隣に行儀よく佇んでいた。どちらも猛禽類の大型鳥で、立派なかぎ爪を持っていた。
「二匹とも昨日進化したばかりでさ。特にコイツはタマゴから育てたせいか、俺のこと親だと思ってるみたいで」
「タマゴから!?れ、レベル上げ頑張ったんだね……」
側でホバリングにも近い羽ばたき方を見せる鷲。ヒナの期間が長く、進化するまで相当な経験値を要する。深い愛情を注いで育てた辺りがなんともガストらしい。
「どうしたんだ、二人とも」
「あ、ガストくんのその子たちも進化したんだね」
そこへ聞こえてきた紅蓮とノヴァの声。グレイが恐る恐る振り向くと、紅蓮の傍らに一角獣が。燃え盛る立派なたてがみ、すらりとした脚、そして額に生えた一本の角。あの仔馬が進化した姿がそこにあった。
「進化してるっ!?」
「あぁ、昨日進化したばかりだ。ノヴァになつき度を調べてもらおうと声を掛けたところでな」
「へ、へぇ……そうなん、ですか。……きっと司令によく懐いてるんでしょうね」
「うん。信頼関係もバッチリ築かれてたし、紅蓮の事を大したヤツで誇りに思っている…って」
そのフレーズはなつき度が最高値である証。流石、司令。そう感心するグレイは心の奥底でツッコミを入れたい気持ちで溢れていた。
「そうだ、ガストくんの子も見てあげようか?」
「お、いいのか?じゃあ……」
どの子を見てもらおうかと彼らの顔を見渡そうとした時、耳の側でチィーチィーとアピールするようにメジロが囀った。ガストが指を近付けるとそこにぴょいと飛び移る。
「チィーヨチィーチィッ」
「ははっ、わかったわかった。ノヴァ博士、コイツを見てくれないか」
「よし、じゃあちょっと失礼して……っと。ふむふむ……なるほどねぇ」
じっとメジロを観察したノヴァは何度か頷き、こほんと一つ咳払いをしてから彼の声を代弁し始めた。
「ガストは大したヤツだ。寒さに凍えて震える私に手を差し伸べ……」
「可愛い顔して渋くてカッコいいこと言ってる……!!って、そもそもツッコミどころが沢山あるんだけど!」
そこでグレイの視界が突如暗転。ガバッと身を起こしたと同時に叫んだ。
「……二段階夢オチ!?」
「Wow!?どうしたのグレイ、朝からテンション高めダネ」
「あっ、ビリーくん……!ビリーくんは旅に出たりしないよねっ?あと今日って何年何月何日!?」
「ちょ、ちょっとちょっと~!グレイってば落ち着いてヨ。何の話かボクチンさっぱりワカンナイってば!」
ベッドから飛び起きてきたグレイがビリーに詰め寄った。鬼気迫るその様子にビリーはどうどうと宥めるのだが。そこへアッシュが「朝っぱらからうるせぇぞ!」と怒鳴り込んでくるまで後五秒。
◇
おかしな夢を見た後日。グレイはグリーンイーストの公園で休憩中のガストを偶然見つけた。
声を掛けようとベンチに近づくと、彼の肩に小鳥が止まっていることに気が付いた。メジロだ。
「お、グレイ。お疲れさん。そっちの様子はどうだった?」
「お疲れ様……ガストくん。ええと、今の所異常無し……なんだけど」
「けど?」
「そ、その……ガストくんの肩に、メジロが止まってる」
小さな嘴で羽繕いをするメジロにグレイはそっと目を向けた。その顔がこちらに向いたので、一瞬びくりと肩を震わせてしまった。
「あぁ、コイツか。なんか懐かれちまったみたいでさ。この辺に来る度に俺の所に飛んでくるんだよ」
「へぇ……そ、そうなんだ。ガストくんはすごいね……人だけじゃなくて、鳥にも好かれ……」
「チィー!」
「ひっ……!」
ただ一声発したメジロに驚き、グレイはつい後ずさりした。微妙な距離を取る彼にガストは首を傾げる。
「なんで微妙に離れてんだ?」
「ほ、ほら……僕が近づいて逃げちゃうといけないし」
「危害加えなきゃ逃げねぇと思うぜ」
「そんなことは絶対しない……こ、攻撃してこない?体当たりとか、嘴でつついてきたりとか、翼で叩いてきたりとか」
「流石にされたことねぇけど……あぁ、でもメジロの縄張り争いは取っ組み合いになるとか聞いた」
「こ、こんなに可愛い顔してるのに……その、勇ましい…んだね」
ちらりとメジロに目を向ける。気のせいだろうか。あの日に見た夢のように彼は誇らしげな表情を携えて「チィ」と短く鳴いた。
一羽のメジロが空の低い位置をパタパタと飛んでいた。彼は嘴に一輪の桜を咥え、地上を見下ろす。小さな頭をキョロキョロとさせて、何かを探しているようだった。
グリーンイーストの空を少しばかり飛び回り、以前訪れたことのある街路樹で羽を休めた。
縄張りをぐるりとしてきたのだが、目標物が見つからない。細い枝に止まった彼は歩道にいる人間をじっと観察していた。何枚も布を重ねたように着ぶくれした人間たちが行き交う。冷たい風が苦手なのは鳥も人間も同じ。ひゅっと吹いてきた北風に彼は目を細めた。
数分程地上の人間を観察していた彼は、一人の男に目を留めた。肩まで伸びた長いブラウンの髪、チャコールグレーの上着。彼が探していた人間、ガスト・アドラーだ。
彼は枝から前のめりに身を乗り出し、ガスト目掛けて飛び立つ。そして、ゆっくりと歩いていた彼の肩にしがみつくように降り立った。しかし、ガストは彼が肩に止まったことに気が付いていない。そこで彼は存在に気づいてもらおうと、左肩からちょんちょんと伝って腕に下りていった。
「?!」
メジロの姿を目視したガストは驚いて肩を震わせた。まさか、また件の【サブスタンス】が影響を及ぼしているのか。それが脳裏に過ったが、暫くしてもこのメジロ以外に近寄ってくる小鳥はいない。
ガストが左腕を水平に持ち上げると、メジロが手首の方まで伝ってきた。手の平を上に向けてやれば、親指を止まり木にして、彼の手の平に銜えていた桜の花をちょこんと置く。
「チィ」
「……もしかして、お前この間のメジロか?」
ガストがそう訊ねると、綺麗な鳴き声が返ってきた。桜の花とガストの顔を交互に忙しなく見比べている。
先日、丁度この辺りで歩道に落ちていたメジロを助ける出来事があった。冬空に凍えてしまった所を温めたのだ。その間、先述した【サブスタンス】に振り回されてしまったのだが。
手の平にちょこんと乗せられた桜の花。グリーンイーストに桜の名所があることは知っているが、今時期に咲くはずない。次の春に備え、花どころか葉を落としているはず。しかし、数日前に季節外れの暖かさが続いたという話を聞いた。春が来たと勘違いをした桜が花を咲かせたのかもしれない。
「この桜、俺にくれるのか」
「チィー」
「この前のお礼ってヤツか。サンキュ」
メジロは甘党だ。花の蜜や木の実、果物を好んで食べるという。栄養を補う為に昆虫を捕食することもある。
この桜の花はお裾分け、という意味で運んできてくれたのかもしれなかった。実に可愛い恩返しだ。
手の平にぴょんと飛び降りたメジロがそこにぺたりと座り込んだ。羽毛に空気を含ませ、体を膨らませている。それを見たガストが笑った。
「寒いから俺の所に来た…って感じもするな」
「チ」
「今日はこの間よりも寒くはねぇけど…風の当たらない場所に移動するか。それにしてもお前人懐っこいな」
餌で釣って手懐けた訳でもないのだが、やけに人馴れしている。手の上で羽繕いやチィチィと囀る姿は愛らしい。
「…愛嬌があるのは良いことだけど、中には悪い人間もいるからな。気をつけろよ」
「チィー」
言葉を理解したのかは分からないが、返事をしたメジロに困ったヤツだと笑みを零す。
一方、その様子を見ていた者が二人。
オフの日にグリーンイーストへ訪れていたアキラとウィル。彼らは偶然この通りを歩いており、ガストの姿を目撃していた。
先に彼の存在に気づいたアキラは声を掛けようと遠くから呼び掛けようとしたのだが。
ウィルがとんでもない物を目にしたと先に声を上げた。その目は困惑に満ちていた。
「あ……アドラーが抹茶大福に話しかけている…?」
「ウィル。あれ、鳥だぞ」
アキラは至極冷静にそう返した。
「えっ?!」
抹茶大福に見えた物体にクチバシと短い尾羽がぴょこりと生えた。黄緑色の小鳥が跳ねている。
それを見たウィルが恥ずかしそうに笑った。
「てっきりそうかと……ほら、植物は話しかけてあげると良く育つから」
「……大福に話しかけてるガストとか流石に引くってか、こえーよ」
「だよな。……えっと、うぐいすじゃなくて」
「メジロ、じゃねーの?目の周りが白いし」
「あぁ、それだ。目の周りが白いからメジロって分かりやすいよな」
二人の耳に小鳥の鳴き声が届いた。まるで鈴を転がしたような綺麗な声。あのメジロが囀っているのだ。
「あのメジロ、ガストに懐いてんだな。地鳴きじゃなくて囀ってるみてぇだし」
「え、そうなのか?」
「ガキの頃、レンが言ってたんだよ。鳥は地鳴きと囀りを使い分けてるって」
それはまだ彼らが幼い頃の話。幼馴染三人でよく遊んでいた頃だ。レンの姉も一緒にピクニックを楽しんでいた昔懐かしい日。
偶々その辺の木に止まっていた小鳥が綺麗な歌声を披露していたので、普段と鳴き方が違うとレンが訊ねたのだ。
「親鳥に甘える時とか、好きなヤツにアピールしたい時に囀るんだってよ。レンも姉ちゃんに教えてもらったとか言ってたな、そういや」
「そういえば、インコやオウムも飼い主に懐いてると甘えるように鳴くって聞いたことある。…あのメジロ、アドラーに懐いてるってことか」
「みたいだな。ま、どうせガストのことだから行き倒れそうになったトコを助けたとかなんとかで好かれたんじゃね」
面倒見が良い兄貴肌。それはこの一年を通してウィルも痛感。しかし人間だけではなく、鳥にまでとは。
小鳥に笑いかけている彼を見守りながらウィルはアキラに話しかけた。
「アキラ。……やっぱり、さっきの和菓子屋さんに寄ってもいいかな」
「別に構わないぜ。…抹茶大福買うのか?」
「な、なんで分かったんだ。確かにそれも買おうと考えてたけど」
「いや、今の流れからだとそうなんだろ。オレも腹減ったし何か食おうかな」
此処へ来る途中、リトルトーキョーの町並みを眺めながら散策していた二人。ウィルの好物である甘味を売る店を横目に通り過ぎてきた。
リンゴやミカンを使用した和菓子が店頭に並んでいたとウィルは嬉々とした笑顔で話す。抹茶大福やよもぎ饅頭、ウグイス餅も捨てがたいと菓子の話題が尽きない。
どうやら甘い物欲が刺激されてしまい、止まらなくなったようだ。これはまた両手に抱えるほど買い込むに違いない。なにせ小鳥が菓子に空目してしまうほど。ジャックやジャクリーンのことを「大きなふかし饅頭に見えた」と言いだす前に和菓子屋に連れて行かなければ。
彼らは踵を返してリトルトーキョーへと向かうのであった。
一方、アキラとウィルの反対側の道では。
「おい、見ろよ!ガストさんが……!」
「……鳥に懐かれてる!」
ガストの弟分である少年たちがその現場を目撃していた。
黄緑色の小鳥がぴょんぴょんと腕の上で跳ね回っている。小鳥は綺麗な声で囀っており、ガストはそれを温かい眼差しで見守っている。
「ガストさん……スゲェな。人だけじゃなくて鳥にもあんなに懐かれて。マジパネェ、尊敬しかねぇ……!」
「きっとここら一帯の鳥はガストさんに懐いてるに違いねぇ……!」
一度口笛を吹けばたちまち集まってくる。鳥たちを連れて空のツーリングをしているなど、様々な想像を掻き立てては話を盛り上げていた。
「肩に鷹とか乗っけてくんねーかな」
「それぜってぇカッコいい。なんつったけ、タカ…タカショーとかなんとかっていう」
「鷹匠だな。…似合いすぎてもう自然体だろそれ」
「だよな!さっすがガストさんだぜ!」
つい先日、まさに鷹が肩に止まるという事件があったことを彼らは知らない。
ひとつ、昔話を。
「あー……だめだ。二日酔いで動けねぇ〜」
ソファに大の字で沈み込んだキースは天井を仰いだ。
ズキズキと痛む頭。眩暈にも似た感覚。胃部のムカつき、そして嘔吐感と倦怠感。二日酔い症状のオンパレードにキースは青白い顔をしていた。
「昨日はご機嫌になるまで飲んでたもんな。ほら、二日酔いに効くドリンク」
ディノは笑みを交えて話しながら彼の目の前にドリンク剤を差し出した。
同僚のいつもと変わらぬその明るい表情が少し恨めしくも感じる。昨夜、店で一緒に同量の酒を飲んでいたというのにこのディノという男、全く酔わないのだ。ザルを通り越してもはや枠。
「サンキュー……うっ……頭動かすとガンガンしやがる」
「重症だな」
「……今日がオフで助かったぜ」
「次の日がオフじゃなくてもいつも飲んでるだろ」
ドリンク剤の金蓋に手をかけるが、力が入らない。捻り開けるのも一苦労だ。数秒格闘した末にカチリと音を立ててようやく開いた。
ガラス瓶の飲み口を顔に近づけ、キースはぼんやりとした眼で空虚を見つめる。
「……そういや、昨日どうやってタワーに帰ってきたんだオレ」
「ははっ……やっぱり記憶が飛んでるんだな。結構大変だったんだぞ」
昨夜、二人はいつもの店で飲んでいた。夜が更けるにつれ酒量も増え、キースの顔も赤らんでいく。ふにゃふにゃと笑うぐらいご機嫌に出来上がったキースは【エリオス∞チャンネル】で旧知の同期に呼びかけた。そのはずが、市民全体にそのコメントが公開されてしまい、ブラッドの熱烈なファンが店に押しかけてくる事態に発展。
店内にブラッドのファンが集い、ブラッドが来るまで店に留まると言い出す始末になり収拾がつかなくなってしまった。
「俺がブラッドに早く来てくれーって送った後に、紅蓮から連絡がきたんだ。店の近くにいるからそっちに向かうって」
「……薄っすら記憶の隅っこに紅蓮の顔見たような気がしてきたぜ」
「紅蓮にも酒一緒に飲もうって声掛けてたぞ。さっき飲んできたからって断ってた紅蓮の肩に腕回して、二次会に付き合えーとか」
その話は記憶にない。キースは目頭を指で抑えていた。酒豪二人を前に醜態を晒していたのかと思うと頭が更に痛むというもの。
「なんだかんだ紅蓮と仲良いよな、キース」
「勘弁してくれ…リリーと同じでアイツに付き合ってたら命が幾つあっても足りねぇつうの」
「俺は頼もしい存在だと思うけどな。現役ヒーローの頃も、司令になってからも」
ディノは彼女が現役で活躍していた頃の記憶を思い返す。老若男女問わず市民から厚い信頼を寄せられていた。司令職に就いた今も根強いファンが彼女を慕っているのだ。
「紅蓮とブラッドが揃うと大変なことになるのも変わらずだったし。二人共ファンサービスが良いから人気あるのも納得いくよな。黄色い声が飛び交ってたよ」
「ファンにもみくちゃにされてた様子が目に浮かぶぜ……つーかよくその状況から帰って来れたな」
「あー……それは。ブラッドと紅蓮に協力してもらったというか…その、囮になってもらったんだ」
ディノが眉尻を下げて笑った。少々バツが悪そうに。泥酔状態の自分を店から連れ出す為にはやむを得なかったと。
「お得意の囮作戦ってヤツか。…あいつは昔から引き付け役が板についてんな。そいつが良いのか悪いのかは分かんねぇけど」
「俺たちも随分紅蓮に助けられたけど、一人で背負い過ぎな気もする……どうしたんだキース。まだ気持ち悪いのか?」
ドリンク剤を片手に持ったキースは血の気の引いた顔で遠くを見つめていた。ぼんやりとした目をしているものだから、心配になる。
「いや……昔、飲みに行った時のこと思い出した。……あいつと飲んだ後、店の前でゴロツキに絡まれたんだよ」
「あぁー……そういえば。あったよなそんなこと。夏の頃だったよな。キースと紅蓮がパトロール帰りそのまま飲みに行って」
あれは確か七年前。サウスのパトロールを終えたキースと紅蓮がサウスの小さなバーに寄った帰りの話だ。
二人は上手い酒と肴でほろ酔い気分に。機嫌よくバーを出たのだが、店の前で複数のゴロツキに絡まれてしまった。最初は穏便に済ませようと話し合いを試みたのだが、相手が殴りかかってきたので正当防衛として応戦。一般市民相手にヒーロー能力は使わず、体術のみで対応した。しかし相手は刃物をギラつかせ振りかぶってきたのだ。
しかし、酒が入っていようが素手であろうがヒーローは揺らがない。二人は瞬く間にゴロツキたちを制圧することに成功。息巻いていた割にはあっけなかった。ゴロツキを警察に引き渡した後で飲み直しに行くかと紅蓮に声を掛けようとしたキースは絶句した。
警察と連絡を取っていた彼女の頭から血が流れており、額を伝って頬へ、赤い雫がシャープな顎先から地面へと滴り落ちていた。
「平然と警察とお店の人に状況説明してたんだっけ」
「頭からダラダラ血流しながらやることじゃねぇだろ……先に止血しろってマジで叫んだぜ」
「タワーに戻ってきた時、紅蓮はピンピンしてたのにキースが真っ青な顔してたよな。あと医療部の人も」
「あの端正な顔から血流してりゃな。……何故かオレが責められたのも思い出した」
当時在席していた研究部のシオンと紅蓮の先輩ヒーローであるリリーに「キースがついていながらなんでこんなことに!」と責め立てられた。実に苦い思い出だ。
「本人は「痛くも痒くもない」って澄ました顔で言いやがって……それは酒で麻痺してるからだっつうの」
「あはは……でも、紅蓮がそんなヘマするなんて珍しい気もする」
「……あぁー。確か、店の看板がどうとか言ってたな。避けたら傷がつくとかなんとか…看板よりも自分の顔を心配しろっての」
「私の顔がどうかしたか」
凛とした声がリビングに届いた。
気が付けばウエストチームのリビングに第13期の司令の姿。彼女は手に小さな紙袋を抱えていた。予想通りソファでバテているキースを見やり、ルージュを引いた口元に笑みを浮かべる。
「相当な二日酔いのようだな。まだ会話が出来ている分マシか」
「お疲れー。紅蓮も今日はオフなのか?」
「いや、この後に司令部の会議を控えている。その前に昨夜泥酔していたメンターの様子を見にきた」
紙袋を差し出した紅蓮はキースが恨めしそうに見てくるので、どうしたのかと訊ねる。
「……その澄ました顔は昔とぜんっぜん変わんねぇよなぁ」
「それは褒め言葉として受け取っておこう。二日酔いにもかかわらず私の話をするとは物好きだな」
「それを紅蓮が言うのも変だよなぁ。昔キースと紅蓮が飲みに行った時の話をしてたんだ。帰りにゴロツキの対応したっていう話」
ディノが簡単にそう説明すると、その頃の記憶を手繰り寄せた紅蓮は「あぁ」と懐かしむ様に頷いた。
「何故私が避けなかったか、ということだな。キースが憶えていた通り、その店の看板が私のすぐ後ろにあったんだ。その店は開店したばかりでな。オープン早々に傷がついてしまっては幸先が悪いだろう」
「そっか……それで」
ふふっとディノは笑みを零した。
「いや、紅蓮らしい理由だなぁと思って」
「おかげでリリーやシオン、医療部の人間に烈火の如く怒られてしまったがな。それも今となってはいい思い出だ」
「飛び火したこっちの身にもなれっての……あの時はマジで大変だったんだからな」
「襟首掴まれて揺さぶられてたよなぁ。懐かしい」
「う……思い出したら吐き気が酷くなってきた」
揺さぶられてた感覚が頭に過ったその時、視界がぐらぐらと揺れた気さえしたと。青白い顔をしたキースは口元を手で覆い、座ったまま身体を前屈みに。
それを見たディノが慌てて手近にあったゴミ箱を抱えて、キースに手渡す。
「今夜リリーとその店で約束をしているんだが、ディノも来るか?」
「行くいくー!」
「……お前らの肝臓、一体どうなってんだ」
酒豪二人を前にそう呟くので精一杯なキースであった。
夢はいつか、
「ふふ……楽しみだなぁ」
グレイは自室のカレンダーを眺めながら呟いた。
秋も深まった季節。カレンダーの日付に控えめな丸印がつけられていた。その日は彼が待ちに待ったゲームソフトの発売日だ。
それは過去に発売されたゲームソフトで、最新のハードでリメイク版が発売される。彼自身がとても楽しんだ作品であり、リメイク情報が出た際はあまりの嬉しさに我を忘れてジェイに語ってしまったほど。
バージョンが二つ用意されており、グレイは当時と同じバージョンを選ぶつもりだ。様々なモンスターを仲間にして壮大な冒険を繰り広げる物語。最初の相棒もあの時と同じ子にしようと決めていた。
ソーシャルゲームが主流となってきた今日、昔懐かしいゲームが発売されるのは本当に嬉しいものだ。
「こんなにゲームの発売日が待ち遠しいなんて、いつぶりだろう。……早く明後日にならないかなぁ」
現在プレイ中のゲームのイベントを攻略し、他のソーシャルゲームもログインボーナスをゲットした。日課を終えたグレイは明日に備えて早めにベッドに潜り込む。同室のビリーは深夜のスクープを撮りに行くと言ったきりまだ戻ってきていない。
彼が戻ってくるまで起きていようかと悩みもしたが、来る睡魔に勝てずに瞼をゆっくりと閉じた。
◇
グレイは司令室のドアを控えめにノックした。中から聞こえてきた声を確認し、司令室へと入る。
「司令、お疲れ様です。……報告書、提出に来ました」
「お疲れ様グレイ。随分と機嫌がいいみたいだな」
「そ、そうですか?」
報告書を受け取った紅蓮は普段よりも晴れやかな顔をしているグレイにそう訊ねた。
紅蓮はグレイの趣味を知っている。誂ったり、馬鹿にしたりするようなことはなく、それどころか「好きだと言える物に誇りを持て」と全肯定。どれだけグレイがマニアックで素人が知らない情報を語ろうとも嫌な顔一つせずに耳を傾ける。それがグレイにとって嬉しくもあったが語りすぎてふと我に返った際、羞恥心に襲われてしまうことも度々。
しかしそれでも話を聞いてくれる相手がいて、好きなことを語るのは心から楽しい。
「実は、もうすぐ楽しみにしているゲームの発売日なんです。……昔からすごく好きなゲームで、もう待ち遠しくて仕方がないんです」
「成程な。それで浮かれているのか」
「……あっ、すすすみません!確かに浮かれてはいますけど、パトロールや任務中はちゃんと……!」
「落ち着けグレイ。何も咎めているわけじゃない。むしろモチベーションが上がっているようで、良い傾向だと私は言いたい」
「そ、そう……ですか?」
ゲーム、アニメやコミックスに夢中になった翌朝は寝不足になり、それが続くこともある。それでもすべき事はしっかりこなしているが、それでも欠伸を噛み殺すのを忘れてしまったり集中力が欠けてしまうことも。
慌てふためくグレイに紅蓮は端正な顔をにこりと微笑ませた。
「趣味を謳歌するのは良いことだ」
「あ、ありがとうございます!そうだ、良かったら司令も……司令?」
紅蓮は徐に執務机から立ち上がり、チェアに引っ掛けたコートを羽織った。
「私もそろそろ行かなければ」
「え……行くって、司令に出動要請があったんですか?」
元ヒーローである紅蓮は司令職に就いた今も有事の際に前線で戦うことがある。何度かそれを目の当たりにしていたグレイはごくりと息を呑んだ。
しかし、その予想は大きく裏切られることになる。
紅蓮はコートのポケットから何やら小さなボールのような装置を取り出し、それ宙に軽く放ってみせた。
物凄く見覚えのある紅白のボール。ポンッと音を立ててボールが開口すると、中から眩い光が飛び出してきた。
次の瞬間、紅蓮の傍らに一頭の仔馬が現れた。その仔馬のたてがみと尻尾はオレンジ色の炎の様にゆらゆらと燃え、輝いている。
紅蓮の手が仔馬の背を優しく撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
「この子と共にノースシティより更に北へ向かう。神話をこの目で確かめる為に!」
「……ってええええっ?!ちょ、ちょっと待っ……!」
グレイは叫びながらベッドから飛び起きた。
布団を両手で握りしめたまま荒い呼吸を繰り返す。心臓がバクバクと強く波打っていた。
焦りながらも周囲をパッと見渡すも、何ら変哲もない自室の風景が映るだけ。ようやくさっきの会話が夢だと分かり、大きな溜息を吐いた。
「ゆ……夢かぁ……良かった。……そうだよね。司令がトレーナーになって旅立つなんて。……でも、司令にぴったりの相棒だった」
炎タイプの仔馬を相棒にするのは司令らしいとグレイはくすりと笑った。
ベッドから下り、ルームウェアから制服に着替えたグレイ部屋を出る前に隣のスペースを振り返る。もう一人の部屋の主は昨夜から留守にしているようで、戻ってきた形跡が無い。シーツの皺が一つもなかった。
(ビリーくん、まだ帰ってきてないんだ。今日はオフだって言ってたし…もしかしたら夕方まで帰ってこないかも)
ビリーは「とくダネに嗅ぎ付けそう」とウキウキした様子で昨夜グレイに話をしていた。
グレイはさっき見た夢の話が出来るタイミングがあることを祈りながら部屋を後にした。
◇◆◇
今日はノースのルーキーとペアでパトロールに当たる。その相手がガストなので、少しは気負わなくとも済みそうだった。ルーキー研修で同じ班に属したことをきっかけに話をするようになったからだ。
「よ、グレイ。おはようさん」
「……おはよう、ガストくん」
タワーのロビーフロアに既に来ていたガスト。グレイの顔を見ると「どうした?なんか浮かない顔してんな」と顔を顰めた。
夢見が悪かった時はその内容を誰かに話した方が良いと何かで聞いた。それが単にジンクスだったとしても、言葉にして形に纏めることで気持ちが楽になるというもの。ガストの言う様に一日中浮かない気分で居ては市民から後ろ指をさされてしまいかねない。
「実は」とグレイは今朝見た夢の内容をガストに話し始めた。
「……なるほどな。そりゃあ、何の前振りも無く目の前に現れたらびっくりしちまうよな」
「うん。現実には有り得ない内容だったけど、あの子の毛並みとか本物にしか思えなくて……自分の想像力にほんの少しだけ感心しちゃった」
美しい毛並みと燃える様なたてがみ。本当に紅蓮の相棒にぴったりだったとグレイは笑いながら小さく頷いた。あの夢には驚いてしまったが、好きなゲームの内容が出てきて楽しかったのも事実。
ガストは彼の隣でうんうんと相槌を打つ。そして、ニッといい笑顔をグレイに向けた。
「よし、じゃあグレイがびっくりする前に俺からも紹介しておくぜ」
「紹介?……が、ガストくん……!か、肩に……緑色で小さくて丸っこい、可愛らしい小鳥が止まってる!い、いつの間に」
「チィー」
ガストの左肩にちょこんと止まっている一羽のメジロ。チィチィと鈴を転がしたような鳴き声、小さな首を傾げる様はとても愛くるしい。
「しかも……なんかすごく誇らしげに胸を張っているような気がする…ドヤ顔」
「あぁ、コイツは俺の相棒なんだ。小さいけど、結構頼りになるヤツでさ。取っ組み合いでコイツに勝てるヤツはいないぜ」
「メジロってそんな凶暴なの……!こ、こんなに可愛らしい姿なのに」
「で、こっちが……みんな出てこい!」
ガストはどこからともなく取り出したボールを二つぽーんと宙に優しく投げ上げた。そのボールに見覚えがありすぎたグレイが「まさか」と思う間もなく彼らは姿を現した。
大きな鳥が二匹。一匹はその翼を悠々と羽ばたかせ、もう一匹はガストの隣に行儀よく佇んでいた。どちらも猛禽類の大型鳥で、立派なかぎ爪を持っていた。
「二匹とも昨日進化したばかりでさ。特にコイツはタマゴから育てたせいか、俺のこと親だと思ってるみたいで」
「タマゴから!?れ、レベル上げ頑張ったんだね……」
側でホバリングにも近い羽ばたき方を見せる鷲。ヒナの期間が長く、進化するまで相当な経験値を要する。深い愛情を注いで育てた辺りがなんともガストらしい。
「どうしたんだ、二人とも」
「あ、ガストくんのその子たちも進化したんだね」
そこへ聞こえてきた紅蓮とノヴァの声。グレイが恐る恐る振り向くと、紅蓮の傍らに一角獣が。燃え盛る立派なたてがみ、すらりとした脚、そして額に生えた一本の角。あの仔馬が進化した姿がそこにあった。
「進化してるっ!?」
「あぁ、昨日進化したばかりだ。ノヴァになつき度を調べてもらおうと声を掛けたところでな」
「へ、へぇ……そうなん、ですか。……きっと司令によく懐いてるんでしょうね」
「うん。信頼関係もバッチリ築かれてたし、紅蓮の事を大したヤツで誇りに思っている…って」
そのフレーズはなつき度が最高値である証。流石、司令。そう感心するグレイは心の奥底でツッコミを入れたい気持ちで溢れていた。
「そうだ、ガストくんの子も見てあげようか?」
「お、いいのか?じゃあ……」
どの子を見てもらおうかと彼らの顔を見渡そうとした時、耳の側でチィーチィーとアピールするようにメジロが囀った。ガストが指を近付けるとそこにぴょいと飛び移る。
「チィーヨチィーチィッ」
「ははっ、わかったわかった。ノヴァ博士、コイツを見てくれないか」
「よし、じゃあちょっと失礼して……っと。ふむふむ……なるほどねぇ」
じっとメジロを観察したノヴァは何度か頷き、こほんと一つ咳払いをしてから彼の声を代弁し始めた。
「ガストは大したヤツだ。寒さに凍えて震える私に手を差し伸べ……」
「可愛い顔して渋くてカッコいいこと言ってる……!!って、そもそもツッコミどころが沢山あるんだけど!」
そこでグレイの視界が突如暗転。ガバッと身を起こしたと同時に叫んだ。
「……二段階夢オチ!?」
「Wow!?どうしたのグレイ、朝からテンション高めダネ」
「あっ、ビリーくん……!ビリーくんは旅に出たりしないよねっ?あと今日って何年何月何日!?」
「ちょ、ちょっとちょっと~!グレイってば落ち着いてヨ。何の話かボクチンさっぱりワカンナイってば!」
ベッドから飛び起きてきたグレイがビリーに詰め寄った。鬼気迫るその様子にビリーはどうどうと宥めるのだが。そこへアッシュが「朝っぱらからうるせぇぞ!」と怒鳴り込んでくるまで後五秒。
◇
おかしな夢を見た後日。グレイはグリーンイーストの公園で休憩中のガストを偶然見つけた。
声を掛けようとベンチに近づくと、彼の肩に小鳥が止まっていることに気が付いた。メジロだ。
「お、グレイ。お疲れさん。そっちの様子はどうだった?」
「お疲れ様……ガストくん。ええと、今の所異常無し……なんだけど」
「けど?」
「そ、その……ガストくんの肩に、メジロが止まってる」
小さな嘴で羽繕いをするメジロにグレイはそっと目を向けた。その顔がこちらに向いたので、一瞬びくりと肩を震わせてしまった。
「あぁ、コイツか。なんか懐かれちまったみたいでさ。この辺に来る度に俺の所に飛んでくるんだよ」
「へぇ……そ、そうなんだ。ガストくんはすごいね……人だけじゃなくて、鳥にも好かれ……」
「チィー!」
「ひっ……!」
ただ一声発したメジロに驚き、グレイはつい後ずさりした。微妙な距離を取る彼にガストは首を傾げる。
「なんで微妙に離れてんだ?」
「ほ、ほら……僕が近づいて逃げちゃうといけないし」
「危害加えなきゃ逃げねぇと思うぜ」
「そんなことは絶対しない……こ、攻撃してこない?体当たりとか、嘴でつついてきたりとか、翼で叩いてきたりとか」
「流石にされたことねぇけど……あぁ、でもメジロの縄張り争いは取っ組み合いになるとか聞いた」
「こ、こんなに可愛い顔してるのに……その、勇ましい…んだね」
ちらりとメジロに目を向ける。気のせいだろうか。あの日に見た夢のように彼は誇らしげな表情を携えて「チィ」と短く鳴いた。