番外編、SS詰め合わせなど
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写真下手くそ選手権
「最近は外で写真撮られること増えたよな」
「……俺の写真なんか撮ってどうするんだ。酔狂なヤツらだ」
「まぁ、そう言うなって。レンのファンなんだろ?笑顔で対応してやればいいのに」
それこそ猫と対面している時のように。そう言いかけたガストだが、紺碧の瞳に睨まれたので笑って誤魔化すことにした。
霧華の家に遊びに来たレンは猫と戯れている真っ最中。猫じゃらしを巧みに操り、子猫を右に左にと誘導していた。親猫は少し離れた場所で佇んでいる。まるでその様子を見守っているかのように。先程、紅蓮がおもちゃのぬいぐるみを与えてみたが、どうも今はその気分では無いようで、見向きもしなかった。
「写真か…そうだ、折角だしこの様子を思い出に残すとしよう」
「子猫の成長は早いっていうからな。いいんじゃないか?」
「ではガスト、頼む」
「って、なんで俺が撮るんだ。司令が撮ればいいだろ?その方が警戒もされないだろうし」
紅蓮はスマホのカメラを起動し、ガストに手渡した。
以前、この猫の親子と対峙した際に威嚇された経緯があるガスト。子猫の方はまだしも、親猫には牙を剥きだされたのだ。度々霧華の家に訪れる紅蓮の方が彼女たちにとっても慣れているはず。
何故自分に頼むかと再度訊ねると、紅蓮は真顔でこう答えた。
「私が写真を撮ると必ずブレる。若しくは発光してしまう」
「……それは単に手ブレか、フォーカスが変な所に合ってるんじゃないのか?」
「私もそうだと思って色々対策はしてみた。…それでも改善されなくてな。酷い時は残像しか映らない」
紅蓮は手渡したスマホのカメラモードを一度終了し、アルバムを呼び出した。そこには何を捉えたか分からない写真の一覧がずらりと並んでいる。そのうちの一枚を呼び出すが、辛うじて人だというのは認識できた。ピンク色が左右にブレている。
「ディノだ」
「嘘だろ!?なんか、忍者みたいに分身してるぜこれ?」
「こっちはレンだ」
「……あぁ、確かに発光してるな。むしろ神々しさが半端ない」
「これはジェイとビリー」
「頭の一部しか映ってねぇな。……どうやったらこんな写真が撮れるんだ」
もはや手ブレという問題ではないレベルの映りだ。一見ネタだろうと思えもするが、紅蓮の落ち込む様子から真実に違いない。
「昔からこうなんだ…何故か私がカメラを構えるとこうなる」
「姉さん、写真写りはいいのにね…」
「そういや、バレンタインの広告もノースシティに打ち出されてたよな。宣伝の仕方もだけど、あの目力にやられてる女子が沢山いたって風の噂で聞いた」
『今年のバレンタインは君と一緒に』と打ち出された看板広告。現役時代を兼ねてからのファンに頼まれ、撮影に応じたという。
「本当ならば【バレンタイン・リーグ】にも出演したかったんだがな。広報部から止められた」
「司令が会場に立ったら別の理由でカップルたちが争いそうだしな。……分かった。試しにポラリスと戯れてるレンを」
遊ぶのに夢中になっている彼らに気づかれないうちに、ガストは適当な場所へ移動してスマホを構えた。その場でしゃがみ込み、撮影モードを連写に変更。フォーカスを子猫に合わせてシャッターを切った。
連続でシャッターが切れた後、写真を一枚ずつ確認していく。猫じゃらしに飛びついている様子を鮮明に捉えることに成功した。
「よし……これでどうだ?」
「……天才だな。どれもブレていない」
「今気づいたんだけど、連写モード使えば流石に」
「連写でも全てブレる。かなりスピード感のある写真に仕上がるぞ」
「……司令もアキラと同じ様に機械音痴なのか?」
「オーブンを爆発させたことはない。ガスト、あと何枚か撮ってもらえないだろうか」
「了解」
レンが夢中になって遊んでいるその隙にとガストは再度カメラモードに切り替えた。その傍らで親猫がとてとてと歩き出し、霧華の膝上に落ち着く。前足を毛づくろいし始めた。これはシャッターチャンスだ。フォーカスをそちらに向け、いい感じにフレーム内に収める。
忙しなく部屋の中をあちこち移動する羽目になりそうだ。いい写真が撮れたらレンにも送ってやろうと頬を緩ませるガストなのであった。
ガストの恩返し
私はノースシティの路地裏から聞こえた猫の鳴き声に足を止めた。薄暗い路地裏からにゃあにゃあと助けを求めるような声。迷いなくその路地裏に入った私は、つきあたりで崩れた荷物の山を見つけた。
乱雑に積まれていたんだと思う。ダンボール箱はひしゃげているし、他にも本やよく分からない機械の部品、木材。何かの拍子で崩れたそれらの下から猫の鳴き声が聞こえてきた。
その周辺をくまなく探すと、瓦礫の隙間に挟まっている一匹の猫を見つけた。助けてくれとしきりに鳴いている。両前足が外に出ていて、顔も少し出ている状態。何かに体がつっかえてなければいいけど。そう思いながら私は辛うじて手が入りそうな隙間に両手を突っ込み、猫の体を掴んだ。幸い、身動きが取れなくなっていただけだった。瓦礫に引っかかることなく、猫を引きずり出すことに成功。
「良かった。もう大丈夫よ」
「にゃあー」
「……あら、あなた怪我してるじゃない」
その猫は右の前足に切り傷があった。荷物が崩れた時に切ってしまったんだろう。赤く滲んだその傷が痛々しい。その傷を舐めていた猫に何かしてあげられないだろうか。そう考えた私はハンカチをバッグから取り出して、細長く折りたたみ、猫の前足にきゅっと結びつけた。
応急手当にしか過ぎないし、猫にとっては邪魔かもしれない。それでもその時の私は、そうしてあげたかったんだと思う。
前足をじっと見つめていた猫が私の方を見上げる。緑色のビー玉みたいに綺麗な瞳で。小さく「にゃあ」と鳴いた。
「じゃあね。もう危ない所に近づいちゃダメよ」
◇
翌日、家のインターホンが鳴った。宅配便頼んでいたか思い出せないまま、玄関を開けると、見知らぬイケメンが笑顔でそこに立っていた。宅配業者の人じゃなさそうだ。
「……あの、何か御用ですか?…あ、隣に引っ越してきた人ですか?」
手にビニール袋を提げていたから、咄嗟に思いついたのはそれだった。引っ越しの挨拶に来たんだろうと。そう思いきや、彼はいい笑顔を見せたまま首を横に振った。
「昨日助けていただいた猫です。そのお礼に来たんだけど」
「すみません。ちょっと意味が分からない」
新手の詐欺だろうか。疑いの目を彼に向けると、慌て始めた。
「いや、ほら…昨日ノースシティの路地裏で崩れた荷物に押しつぶされかけてた、間抜けな猫がいただろ?こんな目した」
そう言いながら右手で自分の目を示す。彼は綺麗な緑色の目をしていた。昨日助けた猫と同じ色だ。
そして、右手の甲に巻かれた白いハンカチ。このハンカチは私がその猫に巻いてあげたもの。
「……そのハンカチ、私の」
「これは洗って返す。…荷物崩れてきた時に自力で抜け出そうとしたけど、もう少しって所で力尽きて。だから、本当に助かった。今日は一先ず、そのお礼に来たってワケだ。これ、良かったら貰ってくれないか?」
彼が差し出してきた袋には有名店の焼き菓子とアンシェルのチョコレートが入っていた。どっちも中々買えない人気商品だ。
「あ、ありがとう……こんな高そうな物いいの?気にしなくて良かったのに」
「勿論。あんたは命の恩人だからな」
「……ところで、貴方は猫なの、それとも人間なの?」
「ちょっとワケあって一時的に猫になっちまってたんだ。だから、人間だぜ」
日本の昔話に鶴の恩返しという物語がある。罠にかかった鶴を助けた翌日、美しい娘がやってきて、実はその正体が鶴だったという話。もしかして彼もと思っていたけど、どうやら違うみたいだ。
「そうだ。どこか行くなら俺が連れていってやるよ。空を翔べばあっという間だからな。背中に乗せて」
人当たりのいい笑顔で彼はそう言った。
「翔ぶ…?背中?」
「俺は鷹だからな!人を乗せて翔ぶことぐらい、簡単だぜ」
「さっきと言ってることが全然違うっ!」
目の前で人の姿から大きな鷹に変身したと私はガストに話して聞かせていた。
「…っていうよく分からない夢を今朝見たのよ」
「それは意味不明すぎるだろ…夢なら何でもありってか。猫だと思ったら人間で、人間だと思ったら…実は鷹でしたとか」
「しかも鷹に変身したガストがうちの玄関に挟まってた。翼が広げられなくて、この玄関狭すぎないかってしょんぼりしてたわ」
「荷物の下敷きになるといい、間抜けすぎだろ俺…!」
何故こんな話をしたのかと言うと、ガストがアンシェルのチョコレートを買ってきてくれたから。これを見て今朝見た夢の内容を思い出した。
チョコレートを摘まんで、ホットコーヒーを口に含む。コーヒーの熱でチョコレートが溶け出して、絶妙な味わいを楽しんでいた。アンシェルのチョコレートも美味しいから好き。
「自分の羽根で機織り始めたらどうしようって考えた所で目が覚めたわ」
「…鷹の恩返し、ってやつか?」
「ガスト、結局猫と鷹どっちが本当の姿なの?」
「頼むから人間っていう選択肢を入れてくれ」
鷲と鷹
「ところで、鷲と鷹の違いが分からないから教えてガスト先生」
「…話題が急に変わったな。しかも先生って…ガラじゃねぇんだけど」
アンシェルのチョコレートを摘まみながら、穂香が見た夢の話をしていた。俺が鷹だという奇妙な疑惑を晴らした直後に投げかけられたこの質問。
「ガストの【ナイトホーク】のホークは鷹、よね?でも、鷲と鷹って違いがよく分からない。見た目じゃ全然区別つかないし」
「明確な違いは無いらしい。どっちもタカ目タカ科だからな。まぁ、一般的には鷲の方がデカくて、鷹はそれより小さいって言われてるみたいだ。それでも鷹の中には全長がデカいやつもいる。まぁ、どっちにしても大空を悠々と翔ぶ姿はカッコいいよな」
鷹にならなくても、人間一人背負ってならもしかしたら翔べるかもしれない。空の散歩を二人で楽しめるかもな。
プリン騒動
─02研究室にて
ある実験に付き合わされていたガストはチェアにへたり込むように腰かけた。コーヒーを差し出したヴィクターは「お疲れ様でした」と笑いかける。
「ガストのおかげで例の研究も捗っています。元々本腰を入れるつもりはありませんでしたが…思いの外興味深いテーマになりそうです。いずれ試作段階の装置が完成した暁には、また貴方の力を貸してください」
「…俺の力っていうよりは、俺自体だろ。間違いなく元の時代に戻って来られるなら、協力する。だから、絶対に彼女は巻き込まないでくれ」
「ええ、分かっていますよ」
ヴィクターは笑みを口元に浮かべ、エスプレッソのカップを傾けた。
「全く関係ない話になるけど、ドクターはどうして司令と折が合わないんだ?」
「藪から棒ですね。…私は特にそう感じてはいませんが、顔を合わせても殆ど話しませんから親しいとは言い難いでしょう」
それを仲が悪いというのではないだろうか。敢えてツッコミを入れずにガストはコーヒーを口にしていた。
「……そうですね。原因といえば、一つ思い当たる節が。何年か前、彼女が大事にとっておいたプリンを私が取ってしまったことでしょうか」
「いやいや、それ絶対に嘘だろ」
嘘をつくにしても適当すぎるとガストは口の端を歪ませた。自分の知る司令はそんな小さなことで人を憎むような性格ではない。
「今のは少々語弊が…正しくは、ノヴァがどうしてもプリンを食べたいとごねたので、共用冷蔵庫で見つけたプリンを差し入れました。後から分かったことですが、そのプリンは彼女の物だったようで……かなり憤慨していましたね。おかげでノヴァも自分が食べたとは言いだせず、私のせいに」
「……司令がプリン一つでそこまで怒るのか?」
「それは妹さんから差し入れてもらった物だそうですよ」
「ああ、それは怒るだろうな。…っていうか、それは完全に濡れ衣じゃ」
「私が持ち出した事実には変わりませんからね」
仮にそのプリン一つで仲違いを起こしたとなると、器の大きさを疑いたくなるというもの。だが、これは話を適当にはぐらかされたのだとガストは理解していた。
◇
グレイは自室に戻る途中、廊下の反対側からやってくるアッシュを見つけた。どうやらひどく苛立った様子で、離れていてもその不機嫌オーラを感じる。これは向こうがこちらを認識するより先に、進路を変えた方が無難だろう。
そう、踵を返そうとした所で不運にもバチッと目が合ってしまった。マズイ。グレイは反射的に震えた肩を窄める。
機嫌が悪い。そう顔に書いたアッシュが距離をずかずかと詰めてきた。話しかけずに立ち去れば、それはそれで面倒なことになりそうだ。
「な、何かあったの…」
「あ?」
話しかけてもこの反応だ。どう対応するのが正解なのか未だに掴めずにいる。グレイは蛇に睨まれた蛙のようになっていたが、次のアッシュの台詞に耳を疑った。
「プリンがどこにも売ってねぇんだよ」
「………プリン?…僕の聞き間違いじゃなきゃ、あの…スイーツのプリン」
「そうだよ。セントラル周辺の菓子屋はどこも売り切れてやがる。クソッ…イライラしてきた。ねぇとなると無性に食いたくなる。ツーリングついでにイーストまで行ってくるか」
グレイは困惑していた。彼が何故プリン一つにそこまでこだわるのか。偶々食べようと気が向いたのがプリンで、それが偶然どこの店でも売り切れていた。だからわざわざセクター越えしてまで買いに行くと言う。執念深いにも程がある。
掛ける言葉を失っていたグレイはその場に呆然とし、その間にアッシュは立ち去って行った。
コンビニとかスーパーに行けば売ってるかもしれないのに、と考えているとジェットの声が聞こえてきた。
(おい、グレイ。先回りして買い溜めしちまおうぜ。あいつがプリン買えねぇようによ)
(な、なに言ってるんだよジェット…地味な嫌がらせすぎる。…それに、イーストヴィレッジの人たちが困るからダメだ)
グレイは語り掛けてくるもう一人の自分の声を振り解く。
何度か話しかけてきた声がようやく静まり、ほっと胸を撫でおろした時だった。
「グレイ!ビッグニュースをゲットしちゃったヨ~!」
「どっ、どうしたのビリーくん…ウキウキしてるね」
背後から掛けられた明るい声に今度は肩を跳ね上げた。ビリーは飛び切りのスマイルを浮かべ「偶然聞いちゃったコトなんだけど」と口早に話し始めた。
「ボスとヴィクターパイセンが仲悪い理由、実はボスが大事にとっておいたプリンをヴィクターパイセンが食べちゃったからなんだって~」
「司令がそんな小さいことで?……そんなに心の狭い人とは思えないけど。……というか、またプリン」
「食い物の恨みは恐ろしいっていうじゃない」
「まぁ、それは…そうだけど。ビリーくんもこの間、限定フレーバーのソーダをアッシュに飲まれて怒ってたもんね」
「そうそう、あれには流石のボクちんも怒っちゃった」
ビリーが入手した情報からすると、プリンは司令の好物なのだろうか。そんなことをぼんやり考えていたグレイはビリーが唸り始めたので、どうしたのかと訊ねた。
「なんか、プリンの話を聞いたり話してたら、食べたくなってきちゃった。お出かけするついでに買ってこよーっと。グレイの分も買ってくるね~」
「あっ……ビリーくん。……行っちゃった。この辺りのお店は売り切れてるかもって、伝えたかったのに…」
軽い足取りで去っていくビリーを見送っていたグレイ。
後にプリン騒動がタワー内で起きることを彼はまだ知らない。
つづく、かもしれない。
「最近は外で写真撮られること増えたよな」
「……俺の写真なんか撮ってどうするんだ。酔狂なヤツらだ」
「まぁ、そう言うなって。レンのファンなんだろ?笑顔で対応してやればいいのに」
それこそ猫と対面している時のように。そう言いかけたガストだが、紺碧の瞳に睨まれたので笑って誤魔化すことにした。
霧華の家に遊びに来たレンは猫と戯れている真っ最中。猫じゃらしを巧みに操り、子猫を右に左にと誘導していた。親猫は少し離れた場所で佇んでいる。まるでその様子を見守っているかのように。先程、紅蓮がおもちゃのぬいぐるみを与えてみたが、どうも今はその気分では無いようで、見向きもしなかった。
「写真か…そうだ、折角だしこの様子を思い出に残すとしよう」
「子猫の成長は早いっていうからな。いいんじゃないか?」
「ではガスト、頼む」
「って、なんで俺が撮るんだ。司令が撮ればいいだろ?その方が警戒もされないだろうし」
紅蓮はスマホのカメラを起動し、ガストに手渡した。
以前、この猫の親子と対峙した際に威嚇された経緯があるガスト。子猫の方はまだしも、親猫には牙を剥きだされたのだ。度々霧華の家に訪れる紅蓮の方が彼女たちにとっても慣れているはず。
何故自分に頼むかと再度訊ねると、紅蓮は真顔でこう答えた。
「私が写真を撮ると必ずブレる。若しくは発光してしまう」
「……それは単に手ブレか、フォーカスが変な所に合ってるんじゃないのか?」
「私もそうだと思って色々対策はしてみた。…それでも改善されなくてな。酷い時は残像しか映らない」
紅蓮は手渡したスマホのカメラモードを一度終了し、アルバムを呼び出した。そこには何を捉えたか分からない写真の一覧がずらりと並んでいる。そのうちの一枚を呼び出すが、辛うじて人だというのは認識できた。ピンク色が左右にブレている。
「ディノだ」
「嘘だろ!?なんか、忍者みたいに分身してるぜこれ?」
「こっちはレンだ」
「……あぁ、確かに発光してるな。むしろ神々しさが半端ない」
「これはジェイとビリー」
「頭の一部しか映ってねぇな。……どうやったらこんな写真が撮れるんだ」
もはや手ブレという問題ではないレベルの映りだ。一見ネタだろうと思えもするが、紅蓮の落ち込む様子から真実に違いない。
「昔からこうなんだ…何故か私がカメラを構えるとこうなる」
「姉さん、写真写りはいいのにね…」
「そういや、バレンタインの広告もノースシティに打ち出されてたよな。宣伝の仕方もだけど、あの目力にやられてる女子が沢山いたって風の噂で聞いた」
『今年のバレンタインは君と一緒に』と打ち出された看板広告。現役時代を兼ねてからのファンに頼まれ、撮影に応じたという。
「本当ならば【バレンタイン・リーグ】にも出演したかったんだがな。広報部から止められた」
「司令が会場に立ったら別の理由でカップルたちが争いそうだしな。……分かった。試しにポラリスと戯れてるレンを」
遊ぶのに夢中になっている彼らに気づかれないうちに、ガストは適当な場所へ移動してスマホを構えた。その場でしゃがみ込み、撮影モードを連写に変更。フォーカスを子猫に合わせてシャッターを切った。
連続でシャッターが切れた後、写真を一枚ずつ確認していく。猫じゃらしに飛びついている様子を鮮明に捉えることに成功した。
「よし……これでどうだ?」
「……天才だな。どれもブレていない」
「今気づいたんだけど、連写モード使えば流石に」
「連写でも全てブレる。かなりスピード感のある写真に仕上がるぞ」
「……司令もアキラと同じ様に機械音痴なのか?」
「オーブンを爆発させたことはない。ガスト、あと何枚か撮ってもらえないだろうか」
「了解」
レンが夢中になって遊んでいるその隙にとガストは再度カメラモードに切り替えた。その傍らで親猫がとてとてと歩き出し、霧華の膝上に落ち着く。前足を毛づくろいし始めた。これはシャッターチャンスだ。フォーカスをそちらに向け、いい感じにフレーム内に収める。
忙しなく部屋の中をあちこち移動する羽目になりそうだ。いい写真が撮れたらレンにも送ってやろうと頬を緩ませるガストなのであった。
ガストの恩返し
私はノースシティの路地裏から聞こえた猫の鳴き声に足を止めた。薄暗い路地裏からにゃあにゃあと助けを求めるような声。迷いなくその路地裏に入った私は、つきあたりで崩れた荷物の山を見つけた。
乱雑に積まれていたんだと思う。ダンボール箱はひしゃげているし、他にも本やよく分からない機械の部品、木材。何かの拍子で崩れたそれらの下から猫の鳴き声が聞こえてきた。
その周辺をくまなく探すと、瓦礫の隙間に挟まっている一匹の猫を見つけた。助けてくれとしきりに鳴いている。両前足が外に出ていて、顔も少し出ている状態。何かに体がつっかえてなければいいけど。そう思いながら私は辛うじて手が入りそうな隙間に両手を突っ込み、猫の体を掴んだ。幸い、身動きが取れなくなっていただけだった。瓦礫に引っかかることなく、猫を引きずり出すことに成功。
「良かった。もう大丈夫よ」
「にゃあー」
「……あら、あなた怪我してるじゃない」
その猫は右の前足に切り傷があった。荷物が崩れた時に切ってしまったんだろう。赤く滲んだその傷が痛々しい。その傷を舐めていた猫に何かしてあげられないだろうか。そう考えた私はハンカチをバッグから取り出して、細長く折りたたみ、猫の前足にきゅっと結びつけた。
応急手当にしか過ぎないし、猫にとっては邪魔かもしれない。それでもその時の私は、そうしてあげたかったんだと思う。
前足をじっと見つめていた猫が私の方を見上げる。緑色のビー玉みたいに綺麗な瞳で。小さく「にゃあ」と鳴いた。
「じゃあね。もう危ない所に近づいちゃダメよ」
◇
翌日、家のインターホンが鳴った。宅配便頼んでいたか思い出せないまま、玄関を開けると、見知らぬイケメンが笑顔でそこに立っていた。宅配業者の人じゃなさそうだ。
「……あの、何か御用ですか?…あ、隣に引っ越してきた人ですか?」
手にビニール袋を提げていたから、咄嗟に思いついたのはそれだった。引っ越しの挨拶に来たんだろうと。そう思いきや、彼はいい笑顔を見せたまま首を横に振った。
「昨日助けていただいた猫です。そのお礼に来たんだけど」
「すみません。ちょっと意味が分からない」
新手の詐欺だろうか。疑いの目を彼に向けると、慌て始めた。
「いや、ほら…昨日ノースシティの路地裏で崩れた荷物に押しつぶされかけてた、間抜けな猫がいただろ?こんな目した」
そう言いながら右手で自分の目を示す。彼は綺麗な緑色の目をしていた。昨日助けた猫と同じ色だ。
そして、右手の甲に巻かれた白いハンカチ。このハンカチは私がその猫に巻いてあげたもの。
「……そのハンカチ、私の」
「これは洗って返す。…荷物崩れてきた時に自力で抜け出そうとしたけど、もう少しって所で力尽きて。だから、本当に助かった。今日は一先ず、そのお礼に来たってワケだ。これ、良かったら貰ってくれないか?」
彼が差し出してきた袋には有名店の焼き菓子とアンシェルのチョコレートが入っていた。どっちも中々買えない人気商品だ。
「あ、ありがとう……こんな高そうな物いいの?気にしなくて良かったのに」
「勿論。あんたは命の恩人だからな」
「……ところで、貴方は猫なの、それとも人間なの?」
「ちょっとワケあって一時的に猫になっちまってたんだ。だから、人間だぜ」
日本の昔話に鶴の恩返しという物語がある。罠にかかった鶴を助けた翌日、美しい娘がやってきて、実はその正体が鶴だったという話。もしかして彼もと思っていたけど、どうやら違うみたいだ。
「そうだ。どこか行くなら俺が連れていってやるよ。空を翔べばあっという間だからな。背中に乗せて」
人当たりのいい笑顔で彼はそう言った。
「翔ぶ…?背中?」
「俺は鷹だからな!人を乗せて翔ぶことぐらい、簡単だぜ」
「さっきと言ってることが全然違うっ!」
目の前で人の姿から大きな鷹に変身したと私はガストに話して聞かせていた。
「…っていうよく分からない夢を今朝見たのよ」
「それは意味不明すぎるだろ…夢なら何でもありってか。猫だと思ったら人間で、人間だと思ったら…実は鷹でしたとか」
「しかも鷹に変身したガストがうちの玄関に挟まってた。翼が広げられなくて、この玄関狭すぎないかってしょんぼりしてたわ」
「荷物の下敷きになるといい、間抜けすぎだろ俺…!」
何故こんな話をしたのかと言うと、ガストがアンシェルのチョコレートを買ってきてくれたから。これを見て今朝見た夢の内容を思い出した。
チョコレートを摘まんで、ホットコーヒーを口に含む。コーヒーの熱でチョコレートが溶け出して、絶妙な味わいを楽しんでいた。アンシェルのチョコレートも美味しいから好き。
「自分の羽根で機織り始めたらどうしようって考えた所で目が覚めたわ」
「…鷹の恩返し、ってやつか?」
「ガスト、結局猫と鷹どっちが本当の姿なの?」
「頼むから人間っていう選択肢を入れてくれ」
鷲と鷹
「ところで、鷲と鷹の違いが分からないから教えてガスト先生」
「…話題が急に変わったな。しかも先生って…ガラじゃねぇんだけど」
アンシェルのチョコレートを摘まみながら、穂香が見た夢の話をしていた。俺が鷹だという奇妙な疑惑を晴らした直後に投げかけられたこの質問。
「ガストの【ナイトホーク】のホークは鷹、よね?でも、鷲と鷹って違いがよく分からない。見た目じゃ全然区別つかないし」
「明確な違いは無いらしい。どっちもタカ目タカ科だからな。まぁ、一般的には鷲の方がデカくて、鷹はそれより小さいって言われてるみたいだ。それでも鷹の中には全長がデカいやつもいる。まぁ、どっちにしても大空を悠々と翔ぶ姿はカッコいいよな」
鷹にならなくても、人間一人背負ってならもしかしたら翔べるかもしれない。空の散歩を二人で楽しめるかもな。
プリン騒動
─02研究室にて
ある実験に付き合わされていたガストはチェアにへたり込むように腰かけた。コーヒーを差し出したヴィクターは「お疲れ様でした」と笑いかける。
「ガストのおかげで例の研究も捗っています。元々本腰を入れるつもりはありませんでしたが…思いの外興味深いテーマになりそうです。いずれ試作段階の装置が完成した暁には、また貴方の力を貸してください」
「…俺の力っていうよりは、俺自体だろ。間違いなく元の時代に戻って来られるなら、協力する。だから、絶対に彼女は巻き込まないでくれ」
「ええ、分かっていますよ」
ヴィクターは笑みを口元に浮かべ、エスプレッソのカップを傾けた。
「全く関係ない話になるけど、ドクターはどうして司令と折が合わないんだ?」
「藪から棒ですね。…私は特にそう感じてはいませんが、顔を合わせても殆ど話しませんから親しいとは言い難いでしょう」
それを仲が悪いというのではないだろうか。敢えてツッコミを入れずにガストはコーヒーを口にしていた。
「……そうですね。原因といえば、一つ思い当たる節が。何年か前、彼女が大事にとっておいたプリンを私が取ってしまったことでしょうか」
「いやいや、それ絶対に嘘だろ」
嘘をつくにしても適当すぎるとガストは口の端を歪ませた。自分の知る司令はそんな小さなことで人を憎むような性格ではない。
「今のは少々語弊が…正しくは、ノヴァがどうしてもプリンを食べたいとごねたので、共用冷蔵庫で見つけたプリンを差し入れました。後から分かったことですが、そのプリンは彼女の物だったようで……かなり憤慨していましたね。おかげでノヴァも自分が食べたとは言いだせず、私のせいに」
「……司令がプリン一つでそこまで怒るのか?」
「それは妹さんから差し入れてもらった物だそうですよ」
「ああ、それは怒るだろうな。…っていうか、それは完全に濡れ衣じゃ」
「私が持ち出した事実には変わりませんからね」
仮にそのプリン一つで仲違いを起こしたとなると、器の大きさを疑いたくなるというもの。だが、これは話を適当にはぐらかされたのだとガストは理解していた。
◇
グレイは自室に戻る途中、廊下の反対側からやってくるアッシュを見つけた。どうやらひどく苛立った様子で、離れていてもその不機嫌オーラを感じる。これは向こうがこちらを認識するより先に、進路を変えた方が無難だろう。
そう、踵を返そうとした所で不運にもバチッと目が合ってしまった。マズイ。グレイは反射的に震えた肩を窄める。
機嫌が悪い。そう顔に書いたアッシュが距離をずかずかと詰めてきた。話しかけずに立ち去れば、それはそれで面倒なことになりそうだ。
「な、何かあったの…」
「あ?」
話しかけてもこの反応だ。どう対応するのが正解なのか未だに掴めずにいる。グレイは蛇に睨まれた蛙のようになっていたが、次のアッシュの台詞に耳を疑った。
「プリンがどこにも売ってねぇんだよ」
「………プリン?…僕の聞き間違いじゃなきゃ、あの…スイーツのプリン」
「そうだよ。セントラル周辺の菓子屋はどこも売り切れてやがる。クソッ…イライラしてきた。ねぇとなると無性に食いたくなる。ツーリングついでにイーストまで行ってくるか」
グレイは困惑していた。彼が何故プリン一つにそこまでこだわるのか。偶々食べようと気が向いたのがプリンで、それが偶然どこの店でも売り切れていた。だからわざわざセクター越えしてまで買いに行くと言う。執念深いにも程がある。
掛ける言葉を失っていたグレイはその場に呆然とし、その間にアッシュは立ち去って行った。
コンビニとかスーパーに行けば売ってるかもしれないのに、と考えているとジェットの声が聞こえてきた。
(おい、グレイ。先回りして買い溜めしちまおうぜ。あいつがプリン買えねぇようによ)
(な、なに言ってるんだよジェット…地味な嫌がらせすぎる。…それに、イーストヴィレッジの人たちが困るからダメだ)
グレイは語り掛けてくるもう一人の自分の声を振り解く。
何度か話しかけてきた声がようやく静まり、ほっと胸を撫でおろした時だった。
「グレイ!ビッグニュースをゲットしちゃったヨ~!」
「どっ、どうしたのビリーくん…ウキウキしてるね」
背後から掛けられた明るい声に今度は肩を跳ね上げた。ビリーは飛び切りのスマイルを浮かべ「偶然聞いちゃったコトなんだけど」と口早に話し始めた。
「ボスとヴィクターパイセンが仲悪い理由、実はボスが大事にとっておいたプリンをヴィクターパイセンが食べちゃったからなんだって~」
「司令がそんな小さいことで?……そんなに心の狭い人とは思えないけど。……というか、またプリン」
「食い物の恨みは恐ろしいっていうじゃない」
「まぁ、それは…そうだけど。ビリーくんもこの間、限定フレーバーのソーダをアッシュに飲まれて怒ってたもんね」
「そうそう、あれには流石のボクちんも怒っちゃった」
ビリーが入手した情報からすると、プリンは司令の好物なのだろうか。そんなことをぼんやり考えていたグレイはビリーが唸り始めたので、どうしたのかと訊ねた。
「なんか、プリンの話を聞いたり話してたら、食べたくなってきちゃった。お出かけするついでに買ってこよーっと。グレイの分も買ってくるね~」
「あっ……ビリーくん。……行っちゃった。この辺りのお店は売り切れてるかもって、伝えたかったのに…」
軽い足取りで去っていくビリーを見送っていたグレイ。
後にプリン騒動がタワー内で起きることを彼はまだ知らない。
つづく、かもしれない。