番外編、SS詰め合わせなど
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
カツン、カツンと廊下に響く足音にディノ・アルバーニは顔を上げた。
こちらに近づいてくる足音。癖のある響き方に懐かしさすら覚える。制限された自由が利かない空間のガラス壁に身を寄せて、足音の方へ顔を向けた。
そこにはかつて共に闘った仲間の姿。紅蓮の顔を見た途端に、ディノの胸に思い出が溢れるてくる。
「…紅蓮!」
「ディノ。久しぶりだな」
「ああ……久しぶり。司令になったんだって?さっきキースから聞いたよ」
「そうか」
記憶が無い状態で拘束されていたディノは、ふとしたきっかけで過去の記憶を取り戻したという。その報せを聞いた紅蓮は雑務を中断しこの場所に訪れた。
特別部隊とは別に13期ウエストチームにしか知られていない事情ではあったが、とあるルーキーがこの場所へ忍び込んだ。褒められる事態ではないが、結果的に仲間の記憶を呼び戻すことに。
和らいだディノの表情に紅蓮も頬を緩める。
「…紅蓮がまだここにいてくれて、良かったよ。俺の知ってる仲間が欠けていなくて、本当に嬉しい。…アキラくん、って言ったけ?彼も紅蓮と同じ炎の【サブスタンス】使うんだな」
「それもキースから聞いたのか」
「いや、これはブラッドから。ブラッドのメンティーなんだって?なんか元気一杯で期待のルーキーって感じがした」
「破天荒さに私も期待している。よくスパーリングの相手をさせられているしな」
「紅蓮のお墨付きか」
会話の途中、ディノが思い出したように笑みを零した。
「訓練中にキースが黒焦げになりかけたこと、思い出した。髪もクルクルになって、どうすんだよこれってボヤいてたよな」
「毛先が焦げただけだろ。大袈裟な上に人聞きが悪い」
ディノは涙を薄っすらと目尻に浮かべるほど笑っていた。そして本当に懐かしい、と呟く。
【HELIOS】にこのような形で帰還したが、抜け落ちた四年間は彼にとって気の遠くなるような年月なのだろう。まるで浦島太郎の状況ではあるが、周囲には見知った仲間がいる。一番気にかけていた同期も二人揃っている。
これからのことに心配は不要だろう。
「身体の調子はどうだ?」
「うん、体調面に問題は無さそうだ」
「それならいい」
「紅蓮。…一つだけ、聞いておきたいことがあって」
サッと明るい表情に影が落ちた。空色の目がきゅっと細められる。
「…霧華ちゃん、元気にしてる?ほら、四年前に御両親を喪くしただろ。あのノースシティの襲撃があってすぐに俺は離脱してしまったから…どうしてるのか、気になって」
いわばそこで記憶が止まってしまっている。それからどうしたのか、現状はと気に病んでいたとディノは話した。
襲撃の直後、紅蓮の様子もおかしかった。タワーで一時的に保護されていた霧華の表情は哀しみに暮れていて、とても声を掛けられる雰囲気ではなかった。それが心残りだったんだと振り返るようにディノは俯く。
「あの時の表情が一緒に記憶と蘇ってきた。何度か霧華ちゃんとは話をしたことがあるし。…だから」
「ディノ。心配は要らない。元気にしているよ。…確かに色々とあったが、今では猫二匹を迎えて賑やかに暮らしている」
「……そうなのか?そっか…良かった」
「ノース所属のルーキ─、レンのおかげだよ。…あの子が霧華を助けてくれた。感謝してもしきれない」
アンバーカラーの瞳がゆっくりと閉じられる。その表情は穏やかなもので、自分の心配は不必要だったとディノは口元を綻ばせた。
「それを聞けて安心した。そっか、猫ちゃん飼ったのか。今度会えるといいなぁ…」
「ああ、霧華もお前が戻って来たのを知れば喜ぶ」
「楽しみにしてる。あと、そのルーキーにも早く会ってみたい。霧華ちゃんにとってのヒーローだし。あ、勿論紅蓮もだ。というか、霧華ちゃんにとっては紅蓮が一番大きな存在だと思うし」
「……そうだな。そうでありたいが、これからはどうなるか分からん。レンにそれを奪われるかもしれない」
少し寂しそうに笑った紅蓮の表情。その意味をディノが知るのはまだ少し先の事だ。
懐かしのゲーム
「お、あったあった!」
自室で寛いでいたキースは隣から聞こえた声に頭をそちらへ傾けた。
何やら探し物があったようで、同室のディノが先程からガサゴソとダンボールを漁っていた。四年前にキースが詰め込んだディノの私物。それを片っ端から取り出していたせいか、覗き込んだ部屋の荒れ具合に思わずギョッとした。
ただでさえ物が多く、追い打ちをかけるように通販の品々が運び込まれていく。とてもではないが、ブラッドには見せられない有様だ。つい先日、片付けろと言われたばかりでもある。
この部屋がスッキリ片付いていたためしがない。それでもがらんどうで殺風景だった部屋よりも何百倍もマシだ。
「今度は何を発掘したんだ、ディノ隊長」
「これ」
「ゲームソフト…か。それ、だいぶ古い型のヤツじゃねぇのか?」
ディノの親指と人差し指に挟まれた正方形の小さなゲームソフト。ソフトのパッケージとゲーム機本体が彼の側に転がっており、随分と懐かしいものを引っ張りだしたものだとキースが隣のスペースへ足を運ぼうとした。
「って…足の踏み場がねぇ」
「どの箱開けても全然見つからなくてさ。本体と充電器だけはすぐ見つかったんだけど、ソフト類が全然なくて」
「あー…そいつはオレのせいだな。とりあえず纏めてた箱に全部入らなくてよ。適当に分けて入れちまった気がする」
足の踏み場をようやく見つけたキースはそこに腰を下ろし、ディノの周りに目を向けた。掘り返したお宝に囲まれて嬉しそうに笑っている、と最初は思っていたのだが。
「…どーした?」
「俺の荷物、捨てないで纏めておいてくれたの、ほんと嬉しかったと思って。サンキュー、キース」
「…捨てたら面倒なことになりそうだと思ってたしな」
「ははっ。…ほら、これも通信対戦でみんなで遊んだよな。今じゃオンラインで離れた所で一緒に遊べるけど、俺はやっぱりお互いの顔見ながら遊ぶのが楽しい」
「前にも言ってたな、それ。……つーか、せめて通路ぐらい確保しておけよ。ブラッドの抜き打ちチェックが来たら一発アウトだ。全部捨てろとか言われちまうぞ」
「うわ…それは困る。全部思い出が詰まった品だし、捨てられないものばかりなんだ。…早速このゲームで遊びたいけど、先に片付けた方がいいかもな」
ディノは一度手にした物を手放せない性分。これは初めて自分で買った記念、そっちは試験で最高点を取った時の記念など、とにかく記念が多い。その思い出の品と称した物がこの先も増えていきそうだ。そんな未来を予知したキースは手近に転がっていたサインペンをディノに差し出した。
「ダンボールに何が入ってるか分かるように書いとけ。そうすりゃ次に探す時にここまで散らかさなくて済むだろ」
「それナイスアイディアだなキース。よし、じゃあ片付けてる間に本体の充電をしておこう。終わったらすぐ遊べるように」
ディノは物で散らかった床の僅かなスペースに足を置き、ベッドまで移動していく。充電器をコンセントに差し込んでゲーム機の本体に繋ぐ。それをベッドの上に置き、ディノは何気なくそこに腰かけた。改めて見渡した室内は酷い有様だ。
「……いやぁ、なんか凄いなこの光景」
「お前が散らかしたんだろうが…!」
「とりあえず寝る場所あるし…明日で良くないか」
「良くねぇ。……明日、ブラッドが来そうな予感がする」
「おお、キースの未来予知。うーん……じゃあ仕方ない、頑張ろうぜキース」
両手でガッツポーズを決め、笑顔を向けてきたディノに「やっぱり手伝わされるのか」と溜息をつくキースであった。
◇◆◇
談話室から賑やかな声が聞こえてきたので、グレイは足を止めた。
中の様子をちらりと盗み見ると、馴染みの顔ばかりが集まっている。ディノ、キースの向かいにはガストと紅蓮。彼らは何やら楽しそうに談笑していたが、紅蓮を交えているのが珍しいとグレイは感じていた。
談話室のドアプレートに手をかざそうとしたが、一瞬躊躇う。その手を一度引き戻して拳を軽く握り、今一度プレートに手をかざした。
シュッと開いたドアから談話室の中に踏み込み、彼らがいたスペースへゆっくり近づいていく。勇気を出したのはいいが、なんて声を掛けようか。そう悩んでいると、紅蓮がグレイに気づいた。柔らかい微笑みと共に「グレイ、お疲れ様」と呼ばれる。先程までドキドキしていた胸の鼓動も落ち着きを取り戻し始めた。
「お疲れ様です…皆さん」
「よ、お疲れ。こっち、座れるぜ」
「ありがとう、ガストくん。…失礼します」
ガストは席を少し詰め、自分の隣を示した。快く迎え入れてくれた彼らに感謝の気持ちを噛みしめていたグレイであったが、急にディノが「グレイくん!」と話し掛けてきたので飛び上がりそうになってしまう。
「はっ、はい!」
「今、このゲームの総勢モンスターって本当に八百匹以上いるの!?」
「………え?」
グレイの目の前に突き出されたもの。それはだいぶ型が古いもので、二つ折りになっているタイプのポータブルゲーム機。液晶画面にはゲームのタイトルが映し出されていた。
これは自分もよく知っているゲームソフトだ。殿堂入りは勿論、図鑑もコンプリートした。懐かしさがこみ上げてきたが、訊ねてきたディノの表情があまりに真剣かつ必死なので先ずはその質問に答えようと固唾を飲み込んだ。
「います、ね。最新作だとそのぐらいいます」
「……そうなんだ」
「だから本当だって言っただろ。ここ何年かで爆発的に増えてるって」
「新種発見し過ぎじゃない…?俺の知らない間にそんなに増えてるなんて…どうりで知らない子ばかりだと思ったよ」
「ど、どうかしたんですか。…それに、そのゲームすごく懐かしいし」
昨夜ディノが部屋をひっくり返して探し当てたゲーム機とソフトだと軽くキースが説明をする。その後、部屋の片付けに深夜までかかったとゲンナリしていた。
盛り上がっていた話題がゲームだと知ったグレイは意外に感じていた。このメンツでゲームの話をするのかと。
「司令もゲームするんですか」
「最近は全く手つかずだがな。昔、日本のカルチャーを知ろうと手探りで色々とやっていた」
「そうだったんですか」
「今は昔発売されたゲームのリメイク版が出てて、画質がすげぇキレイだったりするよなぁ。ほら、金髪ツンツン頭の主人公がデカい剣振り回すRPG。あれも最近リメイク版が出たよな」
「うん。グラフィックがすごく綺麗で…操作性も格段にアップしてる。あと、バイクでハイウェイを疾走するシーンがカッコよくて。キャラクター毎のストーリーも掘り下げられて、伏線の回収も鮮やかで…続編が待ちきれないんだ」
「…そこまで言われると、実際にやってみたくなってきた。最新型のゲーム機、今度買おうかな」
「それ置く場所を確保してからにしろよ」
キースの鋭いツッコミにディノは乾いた笑みを浮かべた。
「…もし、買うことになったらプレイ環境で選ぶといいですよ。同じゲーム機でもハードやスペックが異なるので」
「うん。じゃあ、買う前にグレイくんに相談するよ。この中だと、一番詳しくて頼りになるし」
「は、はい…!僕でよければいつでも声掛けてください」
どっきりエイプリルフール その1
「明日はエイプリルフールだから、姉さんをびっくりさせようと思うの」
彼女は実にほんわかとした様子でその話をしていた。四月一日はエイプリルフール。嘘をついてもいい日だ。
二人の滞っていた関係はようやく解け始め、仲睦まじい姉妹となってきている。それが嬉しかったのだろう。普段真面目な霧華も偶にはと思いついたのである。
沢山の猫が自宅に押し寄せて、大変なことになっている。そんな嘘をついてみるとレンに喜々と話していた。
レンはその可愛らしい企てを事前に聞いており、偶然その電話がかかってきた場面に居合わせることになった。
「霧華、どうした?」
『ええと、あの……姉さん。その、言いにくいんだけどね』
「私に話せることであれば遠慮無く言ってくれ」
報告書の提出を終えたレンはその通話の行く末を見守る為、室内の彫刻品に目を何となしに向けていた。白々しい行動ではあるが、紅蓮は通話に集中している。例えここで棒立ちしていたとしても何も言われないだろう。
『実は、家に…猫ちゃんが』
「ポラリスとレグルスがどうしたんだ?」
『ううん、この子たちじゃなくて…。その、家に沢山猫ちゃんが押しかけてきたの。どこから来たのかは分からないんだけど…百匹近くいて』
沢山の猫が押しかけてきた。どこからどう聞いても嘘に思えるその話。これに引っかかる紅蓮ではないだろう。レンは絵画を見るフリをしながら、視線をちらりと紅蓮の方へ向ける。彼女は表情を一つも変えずに「成程」と頷いていた。
「よし、エサ代及び必要な経費は私が工面しよう。それだけの猫がいるとなれば、部屋も手狭だ。霧華の居場所がなくなってしまう。部屋を引っ越した方がいい。ああ、そういえば一戸建てていい物件がちょうどあってな、セントラルにあるんだが……」
『えっあの……』
「何も心配は要らない。セントラルであれば私もすぐ様子を見に駆け付けることができるしな。よし、善は急げだ。今から不動産会社に」
「司令、落ち着けっ!今日はエイプリルフールだ!」
話の雲行きが怪しいどころか、真に受けた紅蓮が本当に家を買ってしまう。どこか嬉しそうに話していた紅蓮にレンが慌てて待ったをかけた。
「………四月一日。ああ、そうか今日はエイプリルフールか」
素でぽかんとしていた紅蓮は日付を確認し、ゆっくりと状況を飲み込んだ。
『ごっ、ごめんなさい…!その、偶には…と思って』
「いや、気にしなくていい。すっかり騙されてしまったよ。……猫ちゃんは増えていないんだな?その方がいい、急に家族が増えたら二匹も困惑してしまうだろうからな。ああ、それじゃあ」
霧華との通話が切れた途端、紅蓮は組んだ両腕に額を乗せる。深い溜息がレンの耳に届いた。
「……まさか本気で信じていたのか、あんな嘘みたいな話を」
「あの子が嘘を吐いたことは無いからな…素直で正直なんだ」
「百匹の猫が押し寄せてくるなんて話は普通信じない…。その資料、前から用意していたのか」
執務机に不動産の資料が置かれている。先程、通話をしながら取り出したもののようだ。既に印や書き込みがされていて、前々から考えていたのだろう。
「……いい機会だと思ったんだがなぁ」
「相変わらず過保護だな。…勝手に決めたら流石に霧華も怒る。司令の気持ちも分からなくもないが、ちゃんと話をした方がいい」
「ああ、そうするよ。レンはもう誰かに嘘を吐いたのか?」
「俺はそういうのはやらない。…急に言われても、嘘なんて出てこない」
と、返したレンだが。今の紅蓮の様子から、何か適当な嘘でも信じてしまいそうだなと思うのであった。
どっきりエイプリルフール その2
「そうそう、母さんと父さんがガストと話をしたいって言ってるのよ。オンライン通話で」
「えっ?!」
グリーンイーストのストリートを歩いている途中、穂香はさも今思い出したように話を振ってきた。
今月の中旬に穂香が日本へ里帰りするので、それに付き添う予定だ。その時に両親に挨拶をするので、事前準備とやらを進めている最中なのだが。まさかその予定が前倒しになるとは夢にも思わず。
「い、いや……なんで急に。だってもうすぐ実際に会うわけだし…その時で良くないか」
「先にどんな感じの人か話してみたいって、言ってた」
「まぁ、その気持ちは分かるけどよ。でも回数が多いほど俺の方が堪えるっつーか…」
なにせ第一印象が悪い状態からのスタートだ。辛いことにガストのやんちゃぶりが向こう側に筒抜けている。そのイメージをどう覆すか、試行錯誤している矢先にいきなり通話をしたいと言われても。墓穴を掘る気がしてならない。
「あ、ちょうど電話。…もしもし。ん、今一緒にいるわよ。代わる?」
「?!」
「冗談よ。…うん、オッケー。それじゃ、またあとで」
両親からの電話に応じていた穂香は通話を切り、顔色の悪いガストにからりと笑い返した。悪戯が成功した子どものように。
「なーんてね。今日はエイプリルフールよ」
「……心臓に悪いっての。こっちにも心の準備ってヤツがだな」
「ごめんごめん。で、この先のカフェに両親がいるんだけど。今から会いに来てほしいって」
「……それもエイプリルフールだよな?」
「ううん、これはホント。ほらあそこ」
穂香が示した先、カフェのオープンテラスに日本人が二人いた。座っていた妙齢の女性がこちらに気づき、にこやかに手を軽く振ってくる。その反対側の席には無表情で珈琲を飲む男性。
彼女の両親を目の当たりにしたガストはひゅっと息を呑む。
「年末年始で帰省しなかったし、チケット取れたから行くって聞かなくて…」
「ちょ、待ってくれ。…俺はどんな顔して何を話せばいいんだ。既に頭ん中が真っ白だ」
「変に取り繕わなくていいわよ。私もフォローするから。いつも通りで」
「……ガンバリマス」
「顔、引きつってる」
固まりかけた頬の筋肉が解れる様にと穂香はガストの頬を両手で包む。一度むにっと引っ張り、軽くぱしんと叩いた。
「行きましょ。私の最高の恋人だって紹介するわ」
彼女の手に引かれ、動き出したガストの足取りは少しだけ軽いものになっていた。
こちらに近づいてくる足音。癖のある響き方に懐かしさすら覚える。制限された自由が利かない空間のガラス壁に身を寄せて、足音の方へ顔を向けた。
そこにはかつて共に闘った仲間の姿。紅蓮の顔を見た途端に、ディノの胸に思い出が溢れるてくる。
「…紅蓮!」
「ディノ。久しぶりだな」
「ああ……久しぶり。司令になったんだって?さっきキースから聞いたよ」
「そうか」
記憶が無い状態で拘束されていたディノは、ふとしたきっかけで過去の記憶を取り戻したという。その報せを聞いた紅蓮は雑務を中断しこの場所に訪れた。
特別部隊とは別に13期ウエストチームにしか知られていない事情ではあったが、とあるルーキーがこの場所へ忍び込んだ。褒められる事態ではないが、結果的に仲間の記憶を呼び戻すことに。
和らいだディノの表情に紅蓮も頬を緩める。
「…紅蓮がまだここにいてくれて、良かったよ。俺の知ってる仲間が欠けていなくて、本当に嬉しい。…アキラくん、って言ったけ?彼も紅蓮と同じ炎の【サブスタンス】使うんだな」
「それもキースから聞いたのか」
「いや、これはブラッドから。ブラッドのメンティーなんだって?なんか元気一杯で期待のルーキーって感じがした」
「破天荒さに私も期待している。よくスパーリングの相手をさせられているしな」
「紅蓮のお墨付きか」
会話の途中、ディノが思い出したように笑みを零した。
「訓練中にキースが黒焦げになりかけたこと、思い出した。髪もクルクルになって、どうすんだよこれってボヤいてたよな」
「毛先が焦げただけだろ。大袈裟な上に人聞きが悪い」
ディノは涙を薄っすらと目尻に浮かべるほど笑っていた。そして本当に懐かしい、と呟く。
【HELIOS】にこのような形で帰還したが、抜け落ちた四年間は彼にとって気の遠くなるような年月なのだろう。まるで浦島太郎の状況ではあるが、周囲には見知った仲間がいる。一番気にかけていた同期も二人揃っている。
これからのことに心配は不要だろう。
「身体の調子はどうだ?」
「うん、体調面に問題は無さそうだ」
「それならいい」
「紅蓮。…一つだけ、聞いておきたいことがあって」
サッと明るい表情に影が落ちた。空色の目がきゅっと細められる。
「…霧華ちゃん、元気にしてる?ほら、四年前に御両親を喪くしただろ。あのノースシティの襲撃があってすぐに俺は離脱してしまったから…どうしてるのか、気になって」
いわばそこで記憶が止まってしまっている。それからどうしたのか、現状はと気に病んでいたとディノは話した。
襲撃の直後、紅蓮の様子もおかしかった。タワーで一時的に保護されていた霧華の表情は哀しみに暮れていて、とても声を掛けられる雰囲気ではなかった。それが心残りだったんだと振り返るようにディノは俯く。
「あの時の表情が一緒に記憶と蘇ってきた。何度か霧華ちゃんとは話をしたことがあるし。…だから」
「ディノ。心配は要らない。元気にしているよ。…確かに色々とあったが、今では猫二匹を迎えて賑やかに暮らしている」
「……そうなのか?そっか…良かった」
「ノース所属のルーキ─、レンのおかげだよ。…あの子が霧華を助けてくれた。感謝してもしきれない」
アンバーカラーの瞳がゆっくりと閉じられる。その表情は穏やかなもので、自分の心配は不必要だったとディノは口元を綻ばせた。
「それを聞けて安心した。そっか、猫ちゃん飼ったのか。今度会えるといいなぁ…」
「ああ、霧華もお前が戻って来たのを知れば喜ぶ」
「楽しみにしてる。あと、そのルーキーにも早く会ってみたい。霧華ちゃんにとってのヒーローだし。あ、勿論紅蓮もだ。というか、霧華ちゃんにとっては紅蓮が一番大きな存在だと思うし」
「……そうだな。そうでありたいが、これからはどうなるか分からん。レンにそれを奪われるかもしれない」
少し寂しそうに笑った紅蓮の表情。その意味をディノが知るのはまだ少し先の事だ。
懐かしのゲーム
「お、あったあった!」
自室で寛いでいたキースは隣から聞こえた声に頭をそちらへ傾けた。
何やら探し物があったようで、同室のディノが先程からガサゴソとダンボールを漁っていた。四年前にキースが詰め込んだディノの私物。それを片っ端から取り出していたせいか、覗き込んだ部屋の荒れ具合に思わずギョッとした。
ただでさえ物が多く、追い打ちをかけるように通販の品々が運び込まれていく。とてもではないが、ブラッドには見せられない有様だ。つい先日、片付けろと言われたばかりでもある。
この部屋がスッキリ片付いていたためしがない。それでもがらんどうで殺風景だった部屋よりも何百倍もマシだ。
「今度は何を発掘したんだ、ディノ隊長」
「これ」
「ゲームソフト…か。それ、だいぶ古い型のヤツじゃねぇのか?」
ディノの親指と人差し指に挟まれた正方形の小さなゲームソフト。ソフトのパッケージとゲーム機本体が彼の側に転がっており、随分と懐かしいものを引っ張りだしたものだとキースが隣のスペースへ足を運ぼうとした。
「って…足の踏み場がねぇ」
「どの箱開けても全然見つからなくてさ。本体と充電器だけはすぐ見つかったんだけど、ソフト類が全然なくて」
「あー…そいつはオレのせいだな。とりあえず纏めてた箱に全部入らなくてよ。適当に分けて入れちまった気がする」
足の踏み場をようやく見つけたキースはそこに腰を下ろし、ディノの周りに目を向けた。掘り返したお宝に囲まれて嬉しそうに笑っている、と最初は思っていたのだが。
「…どーした?」
「俺の荷物、捨てないで纏めておいてくれたの、ほんと嬉しかったと思って。サンキュー、キース」
「…捨てたら面倒なことになりそうだと思ってたしな」
「ははっ。…ほら、これも通信対戦でみんなで遊んだよな。今じゃオンラインで離れた所で一緒に遊べるけど、俺はやっぱりお互いの顔見ながら遊ぶのが楽しい」
「前にも言ってたな、それ。……つーか、せめて通路ぐらい確保しておけよ。ブラッドの抜き打ちチェックが来たら一発アウトだ。全部捨てろとか言われちまうぞ」
「うわ…それは困る。全部思い出が詰まった品だし、捨てられないものばかりなんだ。…早速このゲームで遊びたいけど、先に片付けた方がいいかもな」
ディノは一度手にした物を手放せない性分。これは初めて自分で買った記念、そっちは試験で最高点を取った時の記念など、とにかく記念が多い。その思い出の品と称した物がこの先も増えていきそうだ。そんな未来を予知したキースは手近に転がっていたサインペンをディノに差し出した。
「ダンボールに何が入ってるか分かるように書いとけ。そうすりゃ次に探す時にここまで散らかさなくて済むだろ」
「それナイスアイディアだなキース。よし、じゃあ片付けてる間に本体の充電をしておこう。終わったらすぐ遊べるように」
ディノは物で散らかった床の僅かなスペースに足を置き、ベッドまで移動していく。充電器をコンセントに差し込んでゲーム機の本体に繋ぐ。それをベッドの上に置き、ディノは何気なくそこに腰かけた。改めて見渡した室内は酷い有様だ。
「……いやぁ、なんか凄いなこの光景」
「お前が散らかしたんだろうが…!」
「とりあえず寝る場所あるし…明日で良くないか」
「良くねぇ。……明日、ブラッドが来そうな予感がする」
「おお、キースの未来予知。うーん……じゃあ仕方ない、頑張ろうぜキース」
両手でガッツポーズを決め、笑顔を向けてきたディノに「やっぱり手伝わされるのか」と溜息をつくキースであった。
◇◆◇
談話室から賑やかな声が聞こえてきたので、グレイは足を止めた。
中の様子をちらりと盗み見ると、馴染みの顔ばかりが集まっている。ディノ、キースの向かいにはガストと紅蓮。彼らは何やら楽しそうに談笑していたが、紅蓮を交えているのが珍しいとグレイは感じていた。
談話室のドアプレートに手をかざそうとしたが、一瞬躊躇う。その手を一度引き戻して拳を軽く握り、今一度プレートに手をかざした。
シュッと開いたドアから談話室の中に踏み込み、彼らがいたスペースへゆっくり近づいていく。勇気を出したのはいいが、なんて声を掛けようか。そう悩んでいると、紅蓮がグレイに気づいた。柔らかい微笑みと共に「グレイ、お疲れ様」と呼ばれる。先程までドキドキしていた胸の鼓動も落ち着きを取り戻し始めた。
「お疲れ様です…皆さん」
「よ、お疲れ。こっち、座れるぜ」
「ありがとう、ガストくん。…失礼します」
ガストは席を少し詰め、自分の隣を示した。快く迎え入れてくれた彼らに感謝の気持ちを噛みしめていたグレイであったが、急にディノが「グレイくん!」と話し掛けてきたので飛び上がりそうになってしまう。
「はっ、はい!」
「今、このゲームの総勢モンスターって本当に八百匹以上いるの!?」
「………え?」
グレイの目の前に突き出されたもの。それはだいぶ型が古いもので、二つ折りになっているタイプのポータブルゲーム機。液晶画面にはゲームのタイトルが映し出されていた。
これは自分もよく知っているゲームソフトだ。殿堂入りは勿論、図鑑もコンプリートした。懐かしさがこみ上げてきたが、訊ねてきたディノの表情があまりに真剣かつ必死なので先ずはその質問に答えようと固唾を飲み込んだ。
「います、ね。最新作だとそのぐらいいます」
「……そうなんだ」
「だから本当だって言っただろ。ここ何年かで爆発的に増えてるって」
「新種発見し過ぎじゃない…?俺の知らない間にそんなに増えてるなんて…どうりで知らない子ばかりだと思ったよ」
「ど、どうかしたんですか。…それに、そのゲームすごく懐かしいし」
昨夜ディノが部屋をひっくり返して探し当てたゲーム機とソフトだと軽くキースが説明をする。その後、部屋の片付けに深夜までかかったとゲンナリしていた。
盛り上がっていた話題がゲームだと知ったグレイは意外に感じていた。このメンツでゲームの話をするのかと。
「司令もゲームするんですか」
「最近は全く手つかずだがな。昔、日本のカルチャーを知ろうと手探りで色々とやっていた」
「そうだったんですか」
「今は昔発売されたゲームのリメイク版が出てて、画質がすげぇキレイだったりするよなぁ。ほら、金髪ツンツン頭の主人公がデカい剣振り回すRPG。あれも最近リメイク版が出たよな」
「うん。グラフィックがすごく綺麗で…操作性も格段にアップしてる。あと、バイクでハイウェイを疾走するシーンがカッコよくて。キャラクター毎のストーリーも掘り下げられて、伏線の回収も鮮やかで…続編が待ちきれないんだ」
「…そこまで言われると、実際にやってみたくなってきた。最新型のゲーム機、今度買おうかな」
「それ置く場所を確保してからにしろよ」
キースの鋭いツッコミにディノは乾いた笑みを浮かべた。
「…もし、買うことになったらプレイ環境で選ぶといいですよ。同じゲーム機でもハードやスペックが異なるので」
「うん。じゃあ、買う前にグレイくんに相談するよ。この中だと、一番詳しくて頼りになるし」
「は、はい…!僕でよければいつでも声掛けてください」
どっきりエイプリルフール その1
「明日はエイプリルフールだから、姉さんをびっくりさせようと思うの」
彼女は実にほんわかとした様子でその話をしていた。四月一日はエイプリルフール。嘘をついてもいい日だ。
二人の滞っていた関係はようやく解け始め、仲睦まじい姉妹となってきている。それが嬉しかったのだろう。普段真面目な霧華も偶にはと思いついたのである。
沢山の猫が自宅に押し寄せて、大変なことになっている。そんな嘘をついてみるとレンに喜々と話していた。
レンはその可愛らしい企てを事前に聞いており、偶然その電話がかかってきた場面に居合わせることになった。
「霧華、どうした?」
『ええと、あの……姉さん。その、言いにくいんだけどね』
「私に話せることであれば遠慮無く言ってくれ」
報告書の提出を終えたレンはその通話の行く末を見守る為、室内の彫刻品に目を何となしに向けていた。白々しい行動ではあるが、紅蓮は通話に集中している。例えここで棒立ちしていたとしても何も言われないだろう。
『実は、家に…猫ちゃんが』
「ポラリスとレグルスがどうしたんだ?」
『ううん、この子たちじゃなくて…。その、家に沢山猫ちゃんが押しかけてきたの。どこから来たのかは分からないんだけど…百匹近くいて』
沢山の猫が押しかけてきた。どこからどう聞いても嘘に思えるその話。これに引っかかる紅蓮ではないだろう。レンは絵画を見るフリをしながら、視線をちらりと紅蓮の方へ向ける。彼女は表情を一つも変えずに「成程」と頷いていた。
「よし、エサ代及び必要な経費は私が工面しよう。それだけの猫がいるとなれば、部屋も手狭だ。霧華の居場所がなくなってしまう。部屋を引っ越した方がいい。ああ、そういえば一戸建てていい物件がちょうどあってな、セントラルにあるんだが……」
『えっあの……』
「何も心配は要らない。セントラルであれば私もすぐ様子を見に駆け付けることができるしな。よし、善は急げだ。今から不動産会社に」
「司令、落ち着けっ!今日はエイプリルフールだ!」
話の雲行きが怪しいどころか、真に受けた紅蓮が本当に家を買ってしまう。どこか嬉しそうに話していた紅蓮にレンが慌てて待ったをかけた。
「………四月一日。ああ、そうか今日はエイプリルフールか」
素でぽかんとしていた紅蓮は日付を確認し、ゆっくりと状況を飲み込んだ。
『ごっ、ごめんなさい…!その、偶には…と思って』
「いや、気にしなくていい。すっかり騙されてしまったよ。……猫ちゃんは増えていないんだな?その方がいい、急に家族が増えたら二匹も困惑してしまうだろうからな。ああ、それじゃあ」
霧華との通話が切れた途端、紅蓮は組んだ両腕に額を乗せる。深い溜息がレンの耳に届いた。
「……まさか本気で信じていたのか、あんな嘘みたいな話を」
「あの子が嘘を吐いたことは無いからな…素直で正直なんだ」
「百匹の猫が押し寄せてくるなんて話は普通信じない…。その資料、前から用意していたのか」
執務机に不動産の資料が置かれている。先程、通話をしながら取り出したもののようだ。既に印や書き込みがされていて、前々から考えていたのだろう。
「……いい機会だと思ったんだがなぁ」
「相変わらず過保護だな。…勝手に決めたら流石に霧華も怒る。司令の気持ちも分からなくもないが、ちゃんと話をした方がいい」
「ああ、そうするよ。レンはもう誰かに嘘を吐いたのか?」
「俺はそういうのはやらない。…急に言われても、嘘なんて出てこない」
と、返したレンだが。今の紅蓮の様子から、何か適当な嘘でも信じてしまいそうだなと思うのであった。
どっきりエイプリルフール その2
「そうそう、母さんと父さんがガストと話をしたいって言ってるのよ。オンライン通話で」
「えっ?!」
グリーンイーストのストリートを歩いている途中、穂香はさも今思い出したように話を振ってきた。
今月の中旬に穂香が日本へ里帰りするので、それに付き添う予定だ。その時に両親に挨拶をするので、事前準備とやらを進めている最中なのだが。まさかその予定が前倒しになるとは夢にも思わず。
「い、いや……なんで急に。だってもうすぐ実際に会うわけだし…その時で良くないか」
「先にどんな感じの人か話してみたいって、言ってた」
「まぁ、その気持ちは分かるけどよ。でも回数が多いほど俺の方が堪えるっつーか…」
なにせ第一印象が悪い状態からのスタートだ。辛いことにガストのやんちゃぶりが向こう側に筒抜けている。そのイメージをどう覆すか、試行錯誤している矢先にいきなり通話をしたいと言われても。墓穴を掘る気がしてならない。
「あ、ちょうど電話。…もしもし。ん、今一緒にいるわよ。代わる?」
「?!」
「冗談よ。…うん、オッケー。それじゃ、またあとで」
両親からの電話に応じていた穂香は通話を切り、顔色の悪いガストにからりと笑い返した。悪戯が成功した子どものように。
「なーんてね。今日はエイプリルフールよ」
「……心臓に悪いっての。こっちにも心の準備ってヤツがだな」
「ごめんごめん。で、この先のカフェに両親がいるんだけど。今から会いに来てほしいって」
「……それもエイプリルフールだよな?」
「ううん、これはホント。ほらあそこ」
穂香が示した先、カフェのオープンテラスに日本人が二人いた。座っていた妙齢の女性がこちらに気づき、にこやかに手を軽く振ってくる。その反対側の席には無表情で珈琲を飲む男性。
彼女の両親を目の当たりにしたガストはひゅっと息を呑む。
「年末年始で帰省しなかったし、チケット取れたから行くって聞かなくて…」
「ちょ、待ってくれ。…俺はどんな顔して何を話せばいいんだ。既に頭ん中が真っ白だ」
「変に取り繕わなくていいわよ。私もフォローするから。いつも通りで」
「……ガンバリマス」
「顔、引きつってる」
固まりかけた頬の筋肉が解れる様にと穂香はガストの頬を両手で包む。一度むにっと引っ張り、軽くぱしんと叩いた。
「行きましょ。私の最高の恋人だって紹介するわ」
彼女の手に引かれ、動き出したガストの足取りは少しだけ軽いものになっていた。