番外編、SS詰め合わせなど
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彼女が猫になりました~番外編~
「おい、ディノ。この先は危険だ。引き返した方がいいぜ」
ぴくりと小さな三角の耳をそばだて、注意を促したのはゴールドの毛並みが特徴である一匹の猫。彼はカールした耳先をしきりに警戒させていた。細かい説明は割愛するが、キースもまた猫型【サブスタンス】の影響を受けて猫化してしまったのである。
長毛に隠れた瞳を司令室のドアに向け、睨みつける。猫化した彼を腕に抱えてここまできたディノはきょとんとした顔で首を傾げた。
「なんで?司令室は別に危険な場所じゃないだろ」
「いいや、今の俺の勘は冴えわたってる。野生の勘ってヤツだ……とんでもなくやべぇ」
「紅蓮、入るぞー」
「って聞けよおい!」
忠告を華麗にスルーしたディノはドアを軽くノックし、司令室に足を踏み入れた。胸元でぎゃあぎゃあと騒いでいる同期にはお構いなしだ。
司令室に危険は無いと言い切ったディノであったが、執務机の脇に佇む黒豹を見つけると一瞬躊躇ってしまった。しかし、黒豹の顔がこちらに向くとその戸惑いがこれまた一瞬で消え去る。近くのソファにはレンが寛いでおり、その膝上にはマンチカンが丸くなっていた。
この状況下からとある推測をしたディノは顔を綻ばせてこう言った。
「猫カフェかな」
「どこがだよ!明らかに猫じゃねぇのがいるだろ…!」
「冗談だって。…おおーキースの毛並みすごい逆立ってる」
至って穏やかな対応を見せるディノに対し、キースは全身の毛並みを逆立て懸命に威嚇している。
「猫化が進んでるって聞いてたけど、まさか紅蓮まで豹になってるなんて思わなかったよ」
「私だとよく分かったな、ディノ」
先刻、ガストとレンの二人が司令室を訪ねてきた際は猛獣を見るような目で見られた、と紅蓮は茶化した。ふざけて唸りを上げたのもいけなかったが、と笑う彼女に「冗談きついだろ」とキースがボヤく。
正体をすぐに見破ったディノが笑みを浮かべる。
「瞳や目つきが紅蓮のものだったし、レンくんがそこで寛いでるってことは…そこでピンときたよ。それにしても、黒豹だなんてカッコいいよなぁ。紅蓮にピッタリだ」
「賛辞として受け取ろう。…第13期を中心に被害が出ている。自室待機と命じたはずだが、何かあったのか?」
不測の事態でも起きたのか、と紅蓮は目を鋭くする。
しかし、その不安は杞憂に終わったようで、ディノがキースの頭を撫でながら呑気に答えた。
「特に大変なことが起きたワケじゃないから、大丈夫だ。ちょっとジュニアくんがリビングで暴れちゃって、部屋がめちゃくちゃになったぐらい…かな?」
「ああ…ウエストはキースとジュニアが猫になっていたな」
「…何がそんなに嬉しいのか、猫の身体能力を試してぇとか言い出したんだよ。で、あちこちジャンプで飛び移ったり、部屋中走り回ってみたりだな」
小柄な体で部屋を駆け回る姿が容易に想像できる。「無邪気なところまでは良かったんだけどね」とディノが困った様に眉を下げて笑った。
勢いよくジャンプをしたはいいが、着地に失敗することが多かったと。跳び移った先で物が倒れ、ドミノ倒しのように次々と被害が起きた。食器類も幾つか割れてしまったようで、共用リビングが荒れてしまったそうだ。
「フェイスくんがジュニアくんを止めてくれたんだけど、片付けとかですっかり疲れちゃったんだ。今はリビングのソファでぐったりしてるよ」
「当の本人は遊び疲れたのか丸くなって寝ちまったし」
「ふむ…猫化した者に共通点が見られるようだ。元の性格よりも猫らしさが出ている」
「猫らしさ…ね。で、レンの膝で寛いでんのは誰なんだ」
打って変わって注目を浴びたレンと霧華。同時にびくりと肩を震わせた。霧華は瞳孔を見開き、キースの方を見ている。
この猫も【サブスタンス】のせいで姿を変えられてしまった同士なのだろう。ノースの連中かとキースは予想を立てる。だが、そうだとしたらレンが穏やかな表情で猫の背を撫でるだろうか。猫なら誰でも構わないのか。
レンは目を泳がせていた。正直に話すべきか、黙っているべきか。霧華は小さな頭を持ち上げ、レンの顔を見て、判断を任せるとアイコンタクトを送った。その目に軽く頷くレン。
「……これは、猫だ」
「にゃ、にゃぁー」
「…白々しすぎるだろその反応」
「その子、霧華ちゃんだよね」
咄嗟に吐いた嘘は全く意味を成さず、またも正体を見破ったディノ。これには紅蓮も目を丸くしていた。
今さら見え透いた嘘に恥ずかしくなってきたレンはバツが悪そうに目を逸らした。
「…どうして分かったんだ」
「まぁ、俺の勘…野生の勘ってやつ?紅蓮の所にいるし、レンくんが大事に抱えてたから」
「…ごめんなさい」
レンの膝上に伏せていた霧華は静かに人の言葉で答える。耳をぺたりと頭にくっつけて、しゅんと項垂れていた。
「霧華ちゃんが謝ることじゃないって。えーと、マンチカン?可愛いね。霧華ちゃんにピッタリだよ」
「あ…有難うございます」
「霧華が可愛いのは当然だ。…私がこの姿でなければ写真を撮りたかった」
「ええっ?!や、やめてよ…恥ずかしい」
「そうだ止めといてやれよ。お前がカメラ構えると何写したか分かんなくなんだろ」
紅蓮は写真の写りは良いのだが、自身が何か撮ろうとすると必ず手ブレや発光などを引き起こしてしまう。手ブレ防止機能が付いた高性能機器でも同じ結果となる。
以前撮ってもらった写真を思い出したディノは可笑しそうに吹き出した。
「俺が分身して写ってたヤツ、あれはあれで面白かったよ。そうだ、俺がみんなを撮ろうか?これも思い出として残そうよ」
「俺は遠慮す……って、勝手にソファに連れてくんじゃねぇよ」
「はい、レンくん。キースを押さえてて。そこのテーブルに本とか適当に積んで…よし、これならセルフタイマーで撮れそうだ」
ディノはキースをレンの横に連れていき、テーブルの上に高さを調整して本を積んでいく。スマホを上手く立てかけられるようにした後、カメラを起動して三人をフレーム内に収めた。
「紅蓮は霧華ちゃんの斜め前に立って…いや、しゃがむ?そうそう、その辺。で、俺がその隣にいくから」
「ディノ。タイマーセットした後に転ぶんじゃねぇぞ」
「そんなヘマしないって。…よし、タイマーセット!」
十秒後にシャッターが切れる様にセットしたディノが弾む足取りで駆け寄り、紅蓮の横で腰を屈める。
ピ、ピ、ピと音が鳴る中で「カメラにちゅうもーく!Say cheese!」とディノの声が響いた。
◇◆◇
ガストはぼんやりとしていた。いつの間にか眠りについてしまったようだ。しかし、どのくらいの間眠っていたのだろうか。室内はまだ自然光が入り込んでいて、明るい。
司令から自室待機だと指示を受け、猫になってしまった穂香を連れて自室に戻った。ベッドの上で丸くなって眠る彼女に寄り添って横になり、三毛猫の背を撫でているうちに微睡んでしまったのだ。
彼の手元にはふわふわの感触。猫と昼寝するのも悪くないものだ。背中をひと撫でしてから起きるとしよう。そう思い、伸ばした手がおかしなことになっているとガストはそこで気づいた。
白い毛並みに覆われた小さな手。その手を自分の意思でひっくり返すとピンクの肉球が見えた。まるで猫みたいな手だ。
「俺も猫になってる?!」
寝惚けていた頭は一瞬で覚醒。がばっと身体を起こしたガストは改めて自分の異変に向き合うことに。手足と胴体は白と茶色のふわふわした長い毛に覆われていて、長い尻尾はふさふさとしている。
ガストの声に驚いた穂香は目をパッと開けて、横になったまま固まっていた。つい先程まで人間だったはずのガストが長毛種の猫になっている。体の大きさは自分よりもかなり大きい。
「……びっくりした。急に大きな声出さないでよ」
「わ、悪い…。これ、状況悪化してないか…?穂香もまだ猫のままだし」
いつの間に例の【サブスタンス】がうろついていたのか。このままでは13期ヒーロー全員が猫になってしまうのでは。ガストがそう狼狽えている傍ら、四足を揃えて座る三毛猫がじっと彼を見つめた。
「ガスト」
「な、なんだ?」
「毛並みがいい。グリーンの瞳が素敵。顔つきも良すぎる」
猫になっても顔つきが良くてモテそうだと穂香が言った。胸元がふさふさとした柔らかい白毛で覆われている。もふもふの尻尾は毛先だけが白い。
「…褒められてんのになんか複雑な気分だ。これ、元に戻るんだよな…?」
前足と後ろ足を交互に見た後、尻尾を確認しようと頭を後ろへ向けたガストは無意識にくるりとそれを追いかけて回ってしまった。
「元に戻ってる人もいるんでしょ?それなら大丈夫よ」
「……穂香、結構冷静だな。俺ばっかり慌ててる気がしてきた」
「ガストの側にいると【サブスタンス】のトラブルになんだかんだで巻き込まれてるし…もう慣れっこよ」
穂香は背中をぐっと伸ばして、欠伸を一つした。それから前足で顔を洗い始める。
焦燥感に駆られていたガストであったが、彼女の冷静さを見習わなくてはと心を落ち着かせようとした。
「俺は出来れば巻き込みたくないんだけどな。…なんか【HELIOS】に入ってから【サブスタンス】関連のトラブルが増えて」
「仕方ないわよ。ヒーローなんだし、そういうの対処するのが仕事だもの。……ガストの猫種、なんだっけ。この大きな猫…メインクーンじゃなくて、それより大きい…なんとかジャン」
大型の猫種を順に思い浮かべ、ガストを見上げていた穂香。
その時、部屋のドアが開いて猫を抱えたレンが入口付近で立ち止まった。そしてガストの姿を見て口を揃える。
「…ノルウェージャンフォレストキャット!」
「あ、それだわ。一番大きい猫ちゃん」
「舌嚙みそうな猫種だな…レンと霧華ちゃんも戻ってきたのか」
「あぁ…」
抱えていた霧華を床に下ろしたレンは気もそぞろに答えた。
霧華は二匹の側まで近づき、ガストを見上げる。見上げられたガストは「俺まで猫になっちまったよ」と苦笑い。
「ノルウェージャン、初めて見ました。ガストさんらしいですね」
「そ…そうか?俺らしい猫ってなんなんだ…。レンは人間のままでホッとしたぜ。13期全員が猫になっちまったら大変……レン?」
レンの様子がおかしい。まるで思いつめたように険しい表情。彼は「どうして」とぽつりと呟いた。
「…どうして、俺は人間のままなんだ」
「それ深刻な顔で言うセリフじゃねぇからな…?!」
両手に視線を落としたレンはとても悔しそうにしていた。
「猫になれば猫と会話ができるのに…猫と話したい」
「如月くんって生粋の猫好きよね」
「よく考えればこの状況も猫と話が出来てるってことになるんじゃないのか?」
同期のガストまで猫になってしまったが、それが逆に羨ましい。レンはガストのふさふさの尻尾を目で追いかけていた。
「…猫になりたい」
物憂げにレンがそう呟いた瞬間、部屋のドアが開いた。彼らのメンターであるマリオンがそこに立っている。どうやら彼は猫から人間の姿に戻ることが出来たようだ。機嫌が良いとは言えない様子ではあったが、室内にいる猫三匹と憂いに沈むレンを見て更に眉を顰めた。
「これはどういうことだ。聞いた話じゃノースで猫になったのはボクとヴィクターのヤツと聞いていたが」
「あー…いや、実はだな。なんか、俺も気づいたら猫になっちまってて…」
「そのデカい図体と喋り方、ガストだな。…レンはここにいるし、あとの二匹は」
ガストの両脇にいる三毛猫とマンチカンを交互に見て、マリオンが訊ねた。こうして並んでいると親子の猫に見えてくる。むしろガストの大きさは犬に匹敵しそうなぐらいだ。
「マリオンさん、霧華です」
「私は水無月です」
「…ちょっと待て。一般市民にまで影響が出ているのか?」
「そうなんだよ。丁度俺たちがその場に居合わせて…って、マリオン。顔がコワイんだけど」
マリオンの表情が一掃険しくなり、眼光に怯えたガストが尻尾を自身の足元に巻き付けた。これは一鞭飛んできそうだと身構える。だが、マリオンは怒号を飛ばす代わりに一つ呼吸を整えた。
「……例の【サブスタンス】はさっき回収された。詳しい情報は解析待ちだけど、ボクみたいに時間経過で人間に戻れると思う。それまでは窮屈な思いをさせてしまうけど、此処で寛いでほしい」
「有難う、マリオンさん」
「お世話になります」
「こちらこそ巻き込んでしまってすまない。…それとレン」
落ち着いたマリオンの態度をぼんやり眺めていたレンは急に声を掛けられ、ハッとした。
「な、なんだ」
「悩みがあるならボクに話せ。迷いや悩みは動作に現れる。戦闘中に上の空でいられても迷惑だ」
「……いや、別に悩みは」
「さっき猫になりたいとか言っていただろ。…人間が現実逃避をする際に使う表現だ」
あの発言は現実逃避では無い。猫と話が出来たらいいのにという思いからだ。しかし、正直にそれを話したところで「馬鹿げている」と一蹴されるのが目に見えている。レンは仕方なく「あれば話す」と柔和な返答をしておいた。
「マリオンもなんつーか俺たちに優しくなったよなぁ」
「ガスト。お前は明日からトレーニング量を倍に増やしたメニューにするから覚悟しておけ」
「なんで俺だけ!?」
「ハーレム気取りが気に入らない」
マリオンの目には両手に花と見えているようだ。猫に囲まれている状態をレンは「…両手に猫」と羨ましそうに呟いた。
「そんなつもり一切ねぇんだけど!?」
「それだけじゃない。【サブスタンス】に対応出来なかったことも含めてだ。勿論、レンにも別メニューを考えておくからな。それと長毛種は抜け毛が多い。ジャックに掃除させないで自分たちで掃除しろ」
ガストの周囲を見ると、言ったそばから白と茶色の長い毛が抜け落ちていた。もふもふ、もさもさの猫は触り心地が良くても毛並みの手入れが大変だと聞く。
後に人間へ戻った二人にもふもふされてしまうことを、まだ彼は知らずにいるのであった。
「おい、ディノ。この先は危険だ。引き返した方がいいぜ」
ぴくりと小さな三角の耳をそばだて、注意を促したのはゴールドの毛並みが特徴である一匹の猫。彼はカールした耳先をしきりに警戒させていた。細かい説明は割愛するが、キースもまた猫型【サブスタンス】の影響を受けて猫化してしまったのである。
長毛に隠れた瞳を司令室のドアに向け、睨みつける。猫化した彼を腕に抱えてここまできたディノはきょとんとした顔で首を傾げた。
「なんで?司令室は別に危険な場所じゃないだろ」
「いいや、今の俺の勘は冴えわたってる。野生の勘ってヤツだ……とんでもなくやべぇ」
「紅蓮、入るぞー」
「って聞けよおい!」
忠告を華麗にスルーしたディノはドアを軽くノックし、司令室に足を踏み入れた。胸元でぎゃあぎゃあと騒いでいる同期にはお構いなしだ。
司令室に危険は無いと言い切ったディノであったが、執務机の脇に佇む黒豹を見つけると一瞬躊躇ってしまった。しかし、黒豹の顔がこちらに向くとその戸惑いがこれまた一瞬で消え去る。近くのソファにはレンが寛いでおり、その膝上にはマンチカンが丸くなっていた。
この状況下からとある推測をしたディノは顔を綻ばせてこう言った。
「猫カフェかな」
「どこがだよ!明らかに猫じゃねぇのがいるだろ…!」
「冗談だって。…おおーキースの毛並みすごい逆立ってる」
至って穏やかな対応を見せるディノに対し、キースは全身の毛並みを逆立て懸命に威嚇している。
「猫化が進んでるって聞いてたけど、まさか紅蓮まで豹になってるなんて思わなかったよ」
「私だとよく分かったな、ディノ」
先刻、ガストとレンの二人が司令室を訪ねてきた際は猛獣を見るような目で見られた、と紅蓮は茶化した。ふざけて唸りを上げたのもいけなかったが、と笑う彼女に「冗談きついだろ」とキースがボヤく。
正体をすぐに見破ったディノが笑みを浮かべる。
「瞳や目つきが紅蓮のものだったし、レンくんがそこで寛いでるってことは…そこでピンときたよ。それにしても、黒豹だなんてカッコいいよなぁ。紅蓮にピッタリだ」
「賛辞として受け取ろう。…第13期を中心に被害が出ている。自室待機と命じたはずだが、何かあったのか?」
不測の事態でも起きたのか、と紅蓮は目を鋭くする。
しかし、その不安は杞憂に終わったようで、ディノがキースの頭を撫でながら呑気に答えた。
「特に大変なことが起きたワケじゃないから、大丈夫だ。ちょっとジュニアくんがリビングで暴れちゃって、部屋がめちゃくちゃになったぐらい…かな?」
「ああ…ウエストはキースとジュニアが猫になっていたな」
「…何がそんなに嬉しいのか、猫の身体能力を試してぇとか言い出したんだよ。で、あちこちジャンプで飛び移ったり、部屋中走り回ってみたりだな」
小柄な体で部屋を駆け回る姿が容易に想像できる。「無邪気なところまでは良かったんだけどね」とディノが困った様に眉を下げて笑った。
勢いよくジャンプをしたはいいが、着地に失敗することが多かったと。跳び移った先で物が倒れ、ドミノ倒しのように次々と被害が起きた。食器類も幾つか割れてしまったようで、共用リビングが荒れてしまったそうだ。
「フェイスくんがジュニアくんを止めてくれたんだけど、片付けとかですっかり疲れちゃったんだ。今はリビングのソファでぐったりしてるよ」
「当の本人は遊び疲れたのか丸くなって寝ちまったし」
「ふむ…猫化した者に共通点が見られるようだ。元の性格よりも猫らしさが出ている」
「猫らしさ…ね。で、レンの膝で寛いでんのは誰なんだ」
打って変わって注目を浴びたレンと霧華。同時にびくりと肩を震わせた。霧華は瞳孔を見開き、キースの方を見ている。
この猫も【サブスタンス】のせいで姿を変えられてしまった同士なのだろう。ノースの連中かとキースは予想を立てる。だが、そうだとしたらレンが穏やかな表情で猫の背を撫でるだろうか。猫なら誰でも構わないのか。
レンは目を泳がせていた。正直に話すべきか、黙っているべきか。霧華は小さな頭を持ち上げ、レンの顔を見て、判断を任せるとアイコンタクトを送った。その目に軽く頷くレン。
「……これは、猫だ」
「にゃ、にゃぁー」
「…白々しすぎるだろその反応」
「その子、霧華ちゃんだよね」
咄嗟に吐いた嘘は全く意味を成さず、またも正体を見破ったディノ。これには紅蓮も目を丸くしていた。
今さら見え透いた嘘に恥ずかしくなってきたレンはバツが悪そうに目を逸らした。
「…どうして分かったんだ」
「まぁ、俺の勘…野生の勘ってやつ?紅蓮の所にいるし、レンくんが大事に抱えてたから」
「…ごめんなさい」
レンの膝上に伏せていた霧華は静かに人の言葉で答える。耳をぺたりと頭にくっつけて、しゅんと項垂れていた。
「霧華ちゃんが謝ることじゃないって。えーと、マンチカン?可愛いね。霧華ちゃんにピッタリだよ」
「あ…有難うございます」
「霧華が可愛いのは当然だ。…私がこの姿でなければ写真を撮りたかった」
「ええっ?!や、やめてよ…恥ずかしい」
「そうだ止めといてやれよ。お前がカメラ構えると何写したか分かんなくなんだろ」
紅蓮は写真の写りは良いのだが、自身が何か撮ろうとすると必ず手ブレや発光などを引き起こしてしまう。手ブレ防止機能が付いた高性能機器でも同じ結果となる。
以前撮ってもらった写真を思い出したディノは可笑しそうに吹き出した。
「俺が分身して写ってたヤツ、あれはあれで面白かったよ。そうだ、俺がみんなを撮ろうか?これも思い出として残そうよ」
「俺は遠慮す……って、勝手にソファに連れてくんじゃねぇよ」
「はい、レンくん。キースを押さえてて。そこのテーブルに本とか適当に積んで…よし、これならセルフタイマーで撮れそうだ」
ディノはキースをレンの横に連れていき、テーブルの上に高さを調整して本を積んでいく。スマホを上手く立てかけられるようにした後、カメラを起動して三人をフレーム内に収めた。
「紅蓮は霧華ちゃんの斜め前に立って…いや、しゃがむ?そうそう、その辺。で、俺がその隣にいくから」
「ディノ。タイマーセットした後に転ぶんじゃねぇぞ」
「そんなヘマしないって。…よし、タイマーセット!」
十秒後にシャッターが切れる様にセットしたディノが弾む足取りで駆け寄り、紅蓮の横で腰を屈める。
ピ、ピ、ピと音が鳴る中で「カメラにちゅうもーく!Say cheese!」とディノの声が響いた。
◇◆◇
ガストはぼんやりとしていた。いつの間にか眠りについてしまったようだ。しかし、どのくらいの間眠っていたのだろうか。室内はまだ自然光が入り込んでいて、明るい。
司令から自室待機だと指示を受け、猫になってしまった穂香を連れて自室に戻った。ベッドの上で丸くなって眠る彼女に寄り添って横になり、三毛猫の背を撫でているうちに微睡んでしまったのだ。
彼の手元にはふわふわの感触。猫と昼寝するのも悪くないものだ。背中をひと撫でしてから起きるとしよう。そう思い、伸ばした手がおかしなことになっているとガストはそこで気づいた。
白い毛並みに覆われた小さな手。その手を自分の意思でひっくり返すとピンクの肉球が見えた。まるで猫みたいな手だ。
「俺も猫になってる?!」
寝惚けていた頭は一瞬で覚醒。がばっと身体を起こしたガストは改めて自分の異変に向き合うことに。手足と胴体は白と茶色のふわふわした長い毛に覆われていて、長い尻尾はふさふさとしている。
ガストの声に驚いた穂香は目をパッと開けて、横になったまま固まっていた。つい先程まで人間だったはずのガストが長毛種の猫になっている。体の大きさは自分よりもかなり大きい。
「……びっくりした。急に大きな声出さないでよ」
「わ、悪い…。これ、状況悪化してないか…?穂香もまだ猫のままだし」
いつの間に例の【サブスタンス】がうろついていたのか。このままでは13期ヒーロー全員が猫になってしまうのでは。ガストがそう狼狽えている傍ら、四足を揃えて座る三毛猫がじっと彼を見つめた。
「ガスト」
「な、なんだ?」
「毛並みがいい。グリーンの瞳が素敵。顔つきも良すぎる」
猫になっても顔つきが良くてモテそうだと穂香が言った。胸元がふさふさとした柔らかい白毛で覆われている。もふもふの尻尾は毛先だけが白い。
「…褒められてんのになんか複雑な気分だ。これ、元に戻るんだよな…?」
前足と後ろ足を交互に見た後、尻尾を確認しようと頭を後ろへ向けたガストは無意識にくるりとそれを追いかけて回ってしまった。
「元に戻ってる人もいるんでしょ?それなら大丈夫よ」
「……穂香、結構冷静だな。俺ばっかり慌ててる気がしてきた」
「ガストの側にいると【サブスタンス】のトラブルになんだかんだで巻き込まれてるし…もう慣れっこよ」
穂香は背中をぐっと伸ばして、欠伸を一つした。それから前足で顔を洗い始める。
焦燥感に駆られていたガストであったが、彼女の冷静さを見習わなくてはと心を落ち着かせようとした。
「俺は出来れば巻き込みたくないんだけどな。…なんか【HELIOS】に入ってから【サブスタンス】関連のトラブルが増えて」
「仕方ないわよ。ヒーローなんだし、そういうの対処するのが仕事だもの。……ガストの猫種、なんだっけ。この大きな猫…メインクーンじゃなくて、それより大きい…なんとかジャン」
大型の猫種を順に思い浮かべ、ガストを見上げていた穂香。
その時、部屋のドアが開いて猫を抱えたレンが入口付近で立ち止まった。そしてガストの姿を見て口を揃える。
「…ノルウェージャンフォレストキャット!」
「あ、それだわ。一番大きい猫ちゃん」
「舌嚙みそうな猫種だな…レンと霧華ちゃんも戻ってきたのか」
「あぁ…」
抱えていた霧華を床に下ろしたレンは気もそぞろに答えた。
霧華は二匹の側まで近づき、ガストを見上げる。見上げられたガストは「俺まで猫になっちまったよ」と苦笑い。
「ノルウェージャン、初めて見ました。ガストさんらしいですね」
「そ…そうか?俺らしい猫ってなんなんだ…。レンは人間のままでホッとしたぜ。13期全員が猫になっちまったら大変……レン?」
レンの様子がおかしい。まるで思いつめたように険しい表情。彼は「どうして」とぽつりと呟いた。
「…どうして、俺は人間のままなんだ」
「それ深刻な顔で言うセリフじゃねぇからな…?!」
両手に視線を落としたレンはとても悔しそうにしていた。
「猫になれば猫と会話ができるのに…猫と話したい」
「如月くんって生粋の猫好きよね」
「よく考えればこの状況も猫と話が出来てるってことになるんじゃないのか?」
同期のガストまで猫になってしまったが、それが逆に羨ましい。レンはガストのふさふさの尻尾を目で追いかけていた。
「…猫になりたい」
物憂げにレンがそう呟いた瞬間、部屋のドアが開いた。彼らのメンターであるマリオンがそこに立っている。どうやら彼は猫から人間の姿に戻ることが出来たようだ。機嫌が良いとは言えない様子ではあったが、室内にいる猫三匹と憂いに沈むレンを見て更に眉を顰めた。
「これはどういうことだ。聞いた話じゃノースで猫になったのはボクとヴィクターのヤツと聞いていたが」
「あー…いや、実はだな。なんか、俺も気づいたら猫になっちまってて…」
「そのデカい図体と喋り方、ガストだな。…レンはここにいるし、あとの二匹は」
ガストの両脇にいる三毛猫とマンチカンを交互に見て、マリオンが訊ねた。こうして並んでいると親子の猫に見えてくる。むしろガストの大きさは犬に匹敵しそうなぐらいだ。
「マリオンさん、霧華です」
「私は水無月です」
「…ちょっと待て。一般市民にまで影響が出ているのか?」
「そうなんだよ。丁度俺たちがその場に居合わせて…って、マリオン。顔がコワイんだけど」
マリオンの表情が一掃険しくなり、眼光に怯えたガストが尻尾を自身の足元に巻き付けた。これは一鞭飛んできそうだと身構える。だが、マリオンは怒号を飛ばす代わりに一つ呼吸を整えた。
「……例の【サブスタンス】はさっき回収された。詳しい情報は解析待ちだけど、ボクみたいに時間経過で人間に戻れると思う。それまでは窮屈な思いをさせてしまうけど、此処で寛いでほしい」
「有難う、マリオンさん」
「お世話になります」
「こちらこそ巻き込んでしまってすまない。…それとレン」
落ち着いたマリオンの態度をぼんやり眺めていたレンは急に声を掛けられ、ハッとした。
「な、なんだ」
「悩みがあるならボクに話せ。迷いや悩みは動作に現れる。戦闘中に上の空でいられても迷惑だ」
「……いや、別に悩みは」
「さっき猫になりたいとか言っていただろ。…人間が現実逃避をする際に使う表現だ」
あの発言は現実逃避では無い。猫と話が出来たらいいのにという思いからだ。しかし、正直にそれを話したところで「馬鹿げている」と一蹴されるのが目に見えている。レンは仕方なく「あれば話す」と柔和な返答をしておいた。
「マリオンもなんつーか俺たちに優しくなったよなぁ」
「ガスト。お前は明日からトレーニング量を倍に増やしたメニューにするから覚悟しておけ」
「なんで俺だけ!?」
「ハーレム気取りが気に入らない」
マリオンの目には両手に花と見えているようだ。猫に囲まれている状態をレンは「…両手に猫」と羨ましそうに呟いた。
「そんなつもり一切ねぇんだけど!?」
「それだけじゃない。【サブスタンス】に対応出来なかったことも含めてだ。勿論、レンにも別メニューを考えておくからな。それと長毛種は抜け毛が多い。ジャックに掃除させないで自分たちで掃除しろ」
ガストの周囲を見ると、言ったそばから白と茶色の長い毛が抜け落ちていた。もふもふ、もさもさの猫は触り心地が良くても毛並みの手入れが大変だと聞く。
後に人間へ戻った二人にもふもふされてしまうことを、まだ彼は知らずにいるのであった。