番外編、SS詰め合わせなど
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身体が縮んでしまった!
「姉さん…大変なの!レンくんがっ…!」
霧華は血相を変えて第13期ヒーローズの司令室に駆け込んだ。その腕には小さな男の子を抱えている。群青色の短い髪と同じ様に深い青の瞳。五才ぐらいに見える男の子は機嫌が悪いのか、大きな丸い目を尖らせていた。
司令室の正面に構えている執務机。そこに寄りかかり、腕を組んだ状態の紅蓮が立っていた。細い眉を眉間にきゅっと寄せていた彼女は、霧華とその腕にいる幼児を見るとさらに皺を額に寄せてみせた。
「……その腕に抱えているのは、レンだな?」
「う、うん。…そうだけど、どうして分かったの」
「前例がつい先程あったばかりだ」
溜息を交えた紅蓮は視線を部屋の奥へ向ける。その視線を追うように霧華もそちらを見ると、応接用のソファに先客の姿が見えた。
振り向いたのは面識のある相手、穂香だ。ゴシック調のソファに腰かけていた彼女は「久しぶり」と挨拶を返してくる。苦笑いを浮かべながら。
すると、ソファの背からレンガ色の頭がひょっこりと現れた。小さな体をソファの背から乗り出し、翠色の大きな瞳をにこりと笑わせる。
「よぅ。久しぶりだな霧華ちゃん」
霧華は困惑していた。見知らぬ子どもが自分の名前を呼び、久しぶりだと挨拶をしてくるのだ。しかし、よく見るとその顔には見覚えがある。愛想の良い笑みをいつも見せてくれる、知り合いのヒーローに似ていた。
「……もしかして、ガストさん…ですか?」
まさかと思いながらも、そのヒーローの名前を口にした。ニコッと返ってきた笑みが返事となった。
「な…何がどうなってるの?」
「驚くのも無理ないわ。ガストとタワーの下で待ち合わせして、ちょっと話してた間にこうなってたのよ」
「これからショッピングに行こう…っていう時にだもんな。参ったぜ」
小さな肩を竦めてみせるものの、彼は笑っていた。事の重大さを感じているのは自分だけかと霧華は更に戸惑う。ノースセクター所属のヒーローが二人も小さくなってしまっている。他のヒーローたちも同様の事態に陥っていたら【HELIOS】が機能しなくなる。
「霧華、落ち着くんだ。とりあえずレンを下ろしてやるといい。かなりご機嫌斜めのようだ」
「あっ……ご、ごめんねレンくん」
霧華は腕に抱いていた小さなレンを絨毯の上にそっと下ろす。彼は顔を顰めたまま黙っていた。
「まさかレンも縮んでるなんて、奇遇だな」
「…笑い事じゃない。こんな身体じゃ【イクリプス】と戦えない」
「あー…それは俺も同じだ。この腕や体幹じゃ小銃を支えられねぇ。…でもまぁ、なんとかなるだろ」
「…なんでそう気楽でいられるんだ」
「小さくなっちまった以上、騒いでも事態は変わらねぇだろ。とりあえず、他のヤツらは大丈夫そうなんだし、俺たちは元に戻る方法を考えようぜ」
自分に笑いかけてきたガストの様子は普段と何一つ変わらないようだった。
あまりにも突然の出来事だった為に、レンは焦燥感に駆られていた。幸い記憶だけは元の状態を保っているが、力を持たない子ども同然の姿になってしまったのだ。何かあったとしても力を発揮できず、大切な人を守ることが出来ないかもしれない。
「霧華。レンがそうなってしまった経緯を教えてくれないか」
「う、うん。…三十分くらい前に下のロビーで見かけたから、少し話をしていたんだけど…レンくんの背がみるみるうちに縮んでいったの。服も一緒に」
まるで猫型ロボットの道具を使ったみたいだったとその時の様子を語る。その現象と一致していると穂香も頷いた。
「私もそれと一緒。私よりも明らかに背が低くなったから、そんなに高いヒール履いてないはずなのにって思ってたら、あっという間にこうなってた。どうしたらいいか分からないし、とりあえずガストのID使って司令さんの所まで来たのよ」
「ここに来るまでの間、好奇の目で見られてたよな」
双方の話を聞きいた紅蓮は顎に手を当てた。
「ふむ…ロビーフロアで何か起きていると考えた方が良いか。同様の事例が確認されていないか、各部に連絡を入れる」
以前、タワー襲撃を目論んだトリニティの顔ぶれが紅蓮の頭に過る。ヒーローたちを無力化して再襲撃という線も考えられる。
まずは研究部に掛けた方が良いかと内線番号を打ち込み、電話の受話器を持ち上げた。
「それにしても」
「な、なんだ?…あまりジロジロ見られると恥ずかしいだろ」
ガストは穂香に顔をじっと覗き込まれ、思わず身を引きながら目を逸した。
「イケメンは小さい頃から顔のパーツが出来上がってるんだなぁ…って」
「…そ、そうか?」
「瞳も澄んでる気がする」
「純真な子ども時代だからな……って、自分で言ってて流石に寒いなこれ」
「うわ…ほっぺぷにぷにしてる」
「…っ、やめてくれ」
子ども特有の肌の弾力。最初は面白がってガストの頬を指でつついていたが、それが次第に羨ましくなった穂香は頬を軽くむにっと引っ張ってみた。
「…まさにもち肌」
つきたてのお餅のようだと感動を覚えた穂香が両手で頬を包み込むものだから、すっかりガストは茹で上がった蛸の様になってしまった。
その様子を静かに見守っていた霧華はちらりと下を向くと、ポケットに手を突っ込んで口をへの字に曲げているレンと目が合った。深い海を映したような瞳に胸がどきりとする。
「え、えっと……レンくんも座る?」
「いい。…あれに巻き込まれるのは御免だ」
「…じゃあ、あっちの椅子に」
立ちっぱなしも疲れるだろうと気を遣ったのだが、ソファに座ったら最後、もみくちゃにされそうだとレンは首を振った。他にも来客用の椅子が何脚かあるので、そこに座らないかと声を掛けた時だ。
司令室のドアが静かに開いた。刹那、会話をぴたりと止める。紅蓮以外の視線がそこに集まった。
「……一体どうしたんだ?注目されるようなことをした覚えはないが。ノックもしたぞ」
驚いたジェイはドアを開けたまま、首を少し捻って肩を竦めてみせた。「随分と賑やかのようだな」と室内を見渡し霧華の顔を見つけると、古い友人を見つけたように柔らかく微笑んだ。
「霧華ちゃんじゃないか。紅蓮の所に来るようになったのは知っていたが、こうして顔を合わせるのは随分と久しぶりだ」
「ジェイさん、お久しぶりです。私も皆さんをお見掛けはしていたんですけど、忙しそうで中々声を掛けられなくて…」
「そうか。でも、気にせずに声を掛けてくれて構わないぞ。今期はイーストの担当にもなったし、何か困ったことがあったらジェイ・キッドマンを頼ってくれて構わないからな」
「あ…ありがとうございます」
紅蓮が第13期ヒーローズの司令に就任した頃から、タワー内で度々その姿を見掛けていたが、ゆっくりと話をするタイミングを互いに逃していた。
辛くも四年前の襲撃をきっかけに、霧華を気に掛けるようになったジェイ。彼女と紅蓮の関係がぎくしゃくしていた事にも気を揉んでいたのだが、こうしてまた互いに気を遣わずに居られる関係に戻ったことを、そして何より霧華に笑顔が戻ってきたことを心から喜んでいた。
しみじみと感慨深く耽っていたジェイを他所に、霧華はまさに今困っているとは中々口にできずにいた。
彼は小さくなったノースのルーキ─二人の存在に気づき、暫くの間を置いてから口を開いた。
「……ところで、司令はいつからベビーシッターを引き受けることになったんだ?ブラッドからも特に聞かされてはいないが」
「え…えっと、これには事情が…その」
ジェイにとっては単に子どもが二人という認識であり、彼らが第13期ヒーローズの仲間であるとまだ気づいていない。
素直に相談した方がいいのだろうか。霧華は穂香の方へ視線を向けるが、彼女も容易に話すべきではないと口を閉ざしているようだった。その横には伏せた顔を手で覆うガスト。耳が赤い。
判断に迷っていた霧華は紅蓮へと助けを求める。ちょうど研究部との連絡が終わったのか受話器を置いていた。しかし、彼女からは只ならぬオーラが発せられている。その微々たる殺気を感じ取ったガストとレンは同時に顔を上げた。
「……司令?ど、どうしたんだ。何か、ヤバいことでも」
「お前たちがそうなってしまった理由と解決方法が判明した」
「そ、それはむしろ喜ばしいことなんじゃ……なんでそんなに怒ってるんだ…?」
「この件にヴィクターが絡んでいる。私は今から奴のラボに向かう」
低い地鳴りのような声を発した紅蓮。その場にいた全員の背筋がゾッと粟立つ。これはただ事ではない。瞬時にジェイは身体全体を使って紅蓮を阻む。司令室から出してはいけないと本能的に察知したのだ。彼の読み通り、紅蓮の瞳は濃いアンバーから青白い色に変化を遂げようとしていた。
「っ…落ち着かないか紅蓮!」
「止めてくれるなジェイ!もう我慢ならん!奴は一度ならず二度までもレンに妙な真似をした…!」
「いいから、先ずは気を鎮めるんだ!…ここには霧華ちゃん以外にも一般市民がいるんだぞ!」
「……っ」
ジェイの静止を振り解こうとしていた紅蓮だが、その言葉を受け止め、自分の立場を再認識する。揉め事を起こすわけにはいかないのだ。そして、尊敬している先輩を無視して同期を殴りに行くわけにもいかない。
紅蓮は奥歯を強く噛み締めた後、目を閉じて深く深呼吸を一つ。数秒後、ゆっくりと瞼を持ち上げた。その瞳の色は先程よりも薄いブラウンに落ち着いている。
ほっと胸を撫でおろしたジェイが「落ち着いたか」と静かに声を掛ける。
「……あぁ。すまない、ジェイ。取り乱してしまった」
「気にすることじゃない。まぁ、少し肝が冷えたがな。とりあえず、状況を教えてくれないか?」
すると、紅蓮は深い溜息を吐いた。前髪をくしゃりと掻き上げ、それから司令室の奥にジェイを招き入れる。
霧華たちはメジャーヒーローと元AAのヒーローのやり取りを、固唾を飲んで見守っていた。どうやら事無きを得たようで、いつの間にか強張っていた身体の力をようやく抜くことができた。
「この子たちは……もしかして、ノースのルーキー二人、か?」
「ああ、そうだ。レンとガストだ。…この二人がタワーのロビーフロアで彼女たちと話をしていた所、急に体がこのように縮んだそうだ」
紅蓮とジェイの視線がそれぞれガスト、レンへと向けられる。整えられた顎髭を撫で、ジェイは頷いた。
「…通りで見覚えのある顔だと。どういった経緯で子どもの姿になってしまったんだ?」
「レン、ガスト。今朝、ヴィクターが淹れたエスプレッソを飲まなかったか」
「ああ、飲んだぜ。ドクターが珍しく俺にもエスプレッソ淹れてくれたんだよ。……まさかそれが原因なのか?」
「あいつも俺たちと同じエスプレッソを飲んでいた。マリオンは…紅茶派だとか言ってたから、飲んでないと思う」
小さな子どもが随分と大人びた喋り方をするので、ジェイは軽く目を見開いた。その瞬間に半信半疑が確信へと変わる。あらゆる事態を乗り越えてきたレジェンドヒーローでも、このような事態は初めてだ。心してかからねばなるまいと気を引き締める。
「そのエスプレッソに薬が仕込まれていた。飲み物に分からぬよう混入させることぐらい造作ない。…その薬に身体が小さくなる成分を含む。イクリプスでもサブスタンスのせいでもない、奴の道楽だ」
「紅蓮。気持ちは分からんでもない」
語尾を強める紅蓮に対し、ジェイはそれを静かに宥めようとした。今ここで同期を責め立てるのは、市民に不安を与える要因となる。ルーキーや一般市民の前で感情を晒すのは控えた方が良い。
敢えてそう言葉にはせず、伏せる。長い付き合いだ。言いたいことは分かるだろうと鋭い視線を紅蓮へと送った。
ジェイの意図を汲んだ紅蓮は「まだまだ私も若いな」と内で自嘲した。浅い溜息を一つ吐き出し、戸惑いに揺れる霧華たちに優しく声を掛けた。
「身体に害は無い。時間の経過により元に戻るとのことだ。心配は不要だ」
「……良かった。そのうち元に戻るのね」
「一時はどうなるかと思ったけど、良かったわねガスト」
「そーだな。司令、具体的な時間はどのくらいなんだ?」
そこが要だとガストは質問を投げかけた。残り時間が一時間、半日、終日と変わればこの後の予定も大幅に変わってくる。このままの姿では穂香とショッピングに行くことも出来ない。折角のオフを無駄に溶かすのは相手にも悪い。
「薬の摂取から半日程で解脱する、と言っていた」
「半日、か。……じゃあ、あと四時間くらいか?……ショッピング行けなくなっちまうな」
「別に気にしなくていいわよ。ガストと如月くんが元に戻る方が先決だし。ね、霧華ちゃん」
「はい」
今日の予定を白紙に戻しても全く構わない。その意見が一致した穂香と霧華はお互いに頷きあった。
「…霧華、水無月さん。巻き込んでしまってすまない。できればこのままここで」
過ごしてはくれないだろうか、と紅蓮が続けるより先に司令室のドアが開いた。
「紅蓮、遊びに来たよー!」
次いで響く明るく朗らかな挨拶と笑顔。にこにこと人懐こい笑みを浮かべながらディノ・アルバーニが飛び込んできた。
彼は先客の数に空色の目を瞬かせ、三秒後にはその目を大きく見開かせた。
「紅蓮、いつ子どもが生まれたんだ?水臭いな〜。教えてくれれば、お祝いとか贈ったのに」
「確かに私の年になればこのくらいの子どもがいてもおかしくはないが、違う」
「え、違うの?……じゃあ、俺がいないうちに霧華ちゃんが結婚」
「断じて違う」
強い口調で紅蓮がそう否定した。その表情も険しい。まるで娘を持つ父親のようだ、とディノが笑い返した。四年前はここまで義妹煩悩では無かったはずだが、時を経て過保護が加速してしまったようだ。「可愛いジャパニーズの親戚がいる。妹みたいでとても愛らしい」と話していたのも懐かしい。
「冗談だって。えっと、ノースのルーキー…レンとガストだよな?なんでそんなに小さくなってるんだ?」
「相変わらず勘が冴えているな。……諸事情で半日程この姿で過ごすことになった」
ディノは話半分に聞きながら、興味津々といった様子でレンに近づいていく。
「へぇーそのまんまだなぁ。……あ、霧華ちゃん久しぶり。元気にしてた?」
「はい。…ディノさんに会えて、私…嬉しいです。お帰りなさい」
「うん。…ただいま。また君と話せて俺も嬉しいよ」
ディノは微笑んでいる霧華に安堵していた。最後に見た彼女の表情は暗く沈んだ、深い悲しみの色に染まっていたものだった。海の底に沈められしまった彼女の手を取り、引き上げてくれたのは傍らにいるこの小さなヒーローなんだろう。
「レンくん。今度、ピザ食べに行こう」
感謝の意を込めて、ディノはそう言ったつもりだったのだが。レンに訝しい視線を向けられてしまう。
「……意味が分からない」
「他セクターのルーキーとも親睦を深めたいと思って。勿論、ガストくんも一緒に」
「俺は構わないぜ」
「じゃあ、今度誘うよ。そうだ、ジュニアくんやフェイスくんにも声掛けよう。ピザパーティーは大勢の方が断然楽しい。あ、紅蓮とジェイも行くよな?」
キースやブラッドにも声を掛けよう。でも、二人とも面倒だとか忙しいとかで来れないかもしれない。楽しそうに独り言を連ねるディノは相変わらずだと紅蓮、ジェイは笑みを零した。
そこへまた司令室のドアがノックされた。丁寧にドアを叩いた人物、ブラッドが司令室に現れる。
「失礼する」
室内の状況を見たブラッドはその後に続く言葉を見失ったのか、暫く黙って立っていた。手には書類の束が握られている。
何故、今日に限ってここを訪れる者が多いのか。普段はここまで人が溜まることはない。紅蓮はブラッドと同様に頭を抱えたい気持ちなっていた。
「……何をどう突っ込めばいい」
「ブラッドがツッコミ入れようとしてるなんて、珍しい。もしかして、会議で疲れすぎてる?」
「ディノ…どういう状況なんだ」
目頭を押さえていたブラッドは改めて室内を見渡し、同期にそう訊ねた。
今朝、廊下ですれ違った時に五つ会議があると彼は話していた。その顔には薄っすら疲労の色が浮かんでいる。毎日会議ばかりで大変だろう、その友人に分かりやすく説明をするならばとディノは頭を捻らせた。
「えっと……端的に、効率よく現すなら……子どもです」
「それは見れば分かる。……誰の」
「こら、ディノ。説明を端折りすぎだぞ。それだと隠し子がいるみたいに勘違いされる」
「隠し子か……誰がいい?ガストくん、レンくん」
「なんでそれを俺たちに訊くんだ…!」
「司令。説明を求める」
これでは埒が明かないとブラッドは紅蓮に話を振った。
「ヴィクターが盛った薬のせいでレンとガストの身体が幼児の姿に縮んだ。中身はそれぞれ変わりない。時間経過で元の姿に戻る、おおよそ四時間後だ。以上」
「理解した」
ディノはその間にレンの身体を軽々と持ち上げていた。「やめろ」と抗議の声を上げるレンを気にも留めず、ブラッドと紅蓮のやり取りに「流石。ブラッドが二人で会話してるみたいだったな」と感心していた。
「それにしてもさ、四時間もこのままじゃ退屈だろ?何かして遊ぼうか」
「子ども扱いするな」
「キャッチボールは…ちょっと大変そうかな。人数もいるし、カードゲームならみんなで遊べる」
「勝手に決めるな。俺はいい」
「そんなこと言わずに。ブラッドも時間あるならやってく?」
紅蓮はブラッドから手渡された書類を確認していた。不備が無い証として最終ページにサイン、それをブラッドへ返却。書類を受け取ったブラッドは首を静かに横へ振った。
「折角の誘いだが、広報部との会議を控えている。ルーキー二人は元に戻るまでの間、ここで待機するように」
「そっか。残念だな。大丈夫、俺たちがちゃんと面倒見とくから」
「……では、失礼する。この件はくれぐれも他言無用とする。これ以上、野次馬が増えて騒ぎになるのは控えたい」
状況を把握したメンターリーダーはレンとガストに指示を出し、静かに去っていった。
「確かにこれ以上の野次馬は紅蓮にも迷惑がかかるな。…まぁ、俺もその内の一人みたいになってしまったが」
「そういえばジェイの用件を聞いていなかったな」
「あぁ、俺は時間が空いたから立ち寄っただけだ」
「それじゃ、みんなでカードゲームしよう。霧華ちゃんと、ガストくんのガールフレンドも参加してほしいな」
ディノの腕に抱えられていたレンがとうとう暴れ出したので、落としてしまう前にレンを下ろした。解放された後も、眉間に皺を寄せて不服を体現するレン。それが子どもらしからぬ表情なので笑いそうになってしまう。
「その表現、間違ってないんだろうけど。私、ただのフレンドですよ。よく間違われますけど彼女じゃないです」
「……うん、そうだな。友達、だよな」
そう訂正を入れた二人。ガストのしょぼくれた表情にディノは察した。彼は片思い中なのだと。青春真っただ中の青年を応援しようとディノは一人で頷いてみせた。
「よし、じゃあ俺、カード取りに行ってくる。ついでに適当に飲み物持ってくるよ」
「それなら俺も一緒に行こう。人数分の飲み物を抱えてくるのは大変だろうからな」
「助かるよ、ジェイ。紅蓮たちはテーブルのセッティングとかよろしく」
「分かった。椅子を用意しておこう」
紅蓮はちらりと執務机に目を向けた。そこには書類が溜まっている。期限が切迫しているものは先に片付けておいた。ディノが張り切っている以上、こうなってしまっては仕事にならない。今日は潔く諦めるとしよう。それにカードゲームに興じるのも久しい。
「見た目は子どもで、中身はそのまま……スリルでショックなサスペンスでも始まるのかと思ったわ」
「名探偵が二人誕生しちゃいますね」
「……何の話だ?」
「日本の漫画。興味あるなら今度読んでみる?英訳されたのも出版されてるはずよ」
「ああ、そいつは有難いな。楽しみにしてる」
楽しそうに会話を進めている彼らに紅蓮は目を細めていた。午後は賑やかに過ごせそうだ。
「姉さん…大変なの!レンくんがっ…!」
霧華は血相を変えて第13期ヒーローズの司令室に駆け込んだ。その腕には小さな男の子を抱えている。群青色の短い髪と同じ様に深い青の瞳。五才ぐらいに見える男の子は機嫌が悪いのか、大きな丸い目を尖らせていた。
司令室の正面に構えている執務机。そこに寄りかかり、腕を組んだ状態の紅蓮が立っていた。細い眉を眉間にきゅっと寄せていた彼女は、霧華とその腕にいる幼児を見るとさらに皺を額に寄せてみせた。
「……その腕に抱えているのは、レンだな?」
「う、うん。…そうだけど、どうして分かったの」
「前例がつい先程あったばかりだ」
溜息を交えた紅蓮は視線を部屋の奥へ向ける。その視線を追うように霧華もそちらを見ると、応接用のソファに先客の姿が見えた。
振り向いたのは面識のある相手、穂香だ。ゴシック調のソファに腰かけていた彼女は「久しぶり」と挨拶を返してくる。苦笑いを浮かべながら。
すると、ソファの背からレンガ色の頭がひょっこりと現れた。小さな体をソファの背から乗り出し、翠色の大きな瞳をにこりと笑わせる。
「よぅ。久しぶりだな霧華ちゃん」
霧華は困惑していた。見知らぬ子どもが自分の名前を呼び、久しぶりだと挨拶をしてくるのだ。しかし、よく見るとその顔には見覚えがある。愛想の良い笑みをいつも見せてくれる、知り合いのヒーローに似ていた。
「……もしかして、ガストさん…ですか?」
まさかと思いながらも、そのヒーローの名前を口にした。ニコッと返ってきた笑みが返事となった。
「な…何がどうなってるの?」
「驚くのも無理ないわ。ガストとタワーの下で待ち合わせして、ちょっと話してた間にこうなってたのよ」
「これからショッピングに行こう…っていう時にだもんな。参ったぜ」
小さな肩を竦めてみせるものの、彼は笑っていた。事の重大さを感じているのは自分だけかと霧華は更に戸惑う。ノースセクター所属のヒーローが二人も小さくなってしまっている。他のヒーローたちも同様の事態に陥っていたら【HELIOS】が機能しなくなる。
「霧華、落ち着くんだ。とりあえずレンを下ろしてやるといい。かなりご機嫌斜めのようだ」
「あっ……ご、ごめんねレンくん」
霧華は腕に抱いていた小さなレンを絨毯の上にそっと下ろす。彼は顔を顰めたまま黙っていた。
「まさかレンも縮んでるなんて、奇遇だな」
「…笑い事じゃない。こんな身体じゃ【イクリプス】と戦えない」
「あー…それは俺も同じだ。この腕や体幹じゃ小銃を支えられねぇ。…でもまぁ、なんとかなるだろ」
「…なんでそう気楽でいられるんだ」
「小さくなっちまった以上、騒いでも事態は変わらねぇだろ。とりあえず、他のヤツらは大丈夫そうなんだし、俺たちは元に戻る方法を考えようぜ」
自分に笑いかけてきたガストの様子は普段と何一つ変わらないようだった。
あまりにも突然の出来事だった為に、レンは焦燥感に駆られていた。幸い記憶だけは元の状態を保っているが、力を持たない子ども同然の姿になってしまったのだ。何かあったとしても力を発揮できず、大切な人を守ることが出来ないかもしれない。
「霧華。レンがそうなってしまった経緯を教えてくれないか」
「う、うん。…三十分くらい前に下のロビーで見かけたから、少し話をしていたんだけど…レンくんの背がみるみるうちに縮んでいったの。服も一緒に」
まるで猫型ロボットの道具を使ったみたいだったとその時の様子を語る。その現象と一致していると穂香も頷いた。
「私もそれと一緒。私よりも明らかに背が低くなったから、そんなに高いヒール履いてないはずなのにって思ってたら、あっという間にこうなってた。どうしたらいいか分からないし、とりあえずガストのID使って司令さんの所まで来たのよ」
「ここに来るまでの間、好奇の目で見られてたよな」
双方の話を聞きいた紅蓮は顎に手を当てた。
「ふむ…ロビーフロアで何か起きていると考えた方が良いか。同様の事例が確認されていないか、各部に連絡を入れる」
以前、タワー襲撃を目論んだトリニティの顔ぶれが紅蓮の頭に過る。ヒーローたちを無力化して再襲撃という線も考えられる。
まずは研究部に掛けた方が良いかと内線番号を打ち込み、電話の受話器を持ち上げた。
「それにしても」
「な、なんだ?…あまりジロジロ見られると恥ずかしいだろ」
ガストは穂香に顔をじっと覗き込まれ、思わず身を引きながら目を逸した。
「イケメンは小さい頃から顔のパーツが出来上がってるんだなぁ…って」
「…そ、そうか?」
「瞳も澄んでる気がする」
「純真な子ども時代だからな……って、自分で言ってて流石に寒いなこれ」
「うわ…ほっぺぷにぷにしてる」
「…っ、やめてくれ」
子ども特有の肌の弾力。最初は面白がってガストの頬を指でつついていたが、それが次第に羨ましくなった穂香は頬を軽くむにっと引っ張ってみた。
「…まさにもち肌」
つきたてのお餅のようだと感動を覚えた穂香が両手で頬を包み込むものだから、すっかりガストは茹で上がった蛸の様になってしまった。
その様子を静かに見守っていた霧華はちらりと下を向くと、ポケットに手を突っ込んで口をへの字に曲げているレンと目が合った。深い海を映したような瞳に胸がどきりとする。
「え、えっと……レンくんも座る?」
「いい。…あれに巻き込まれるのは御免だ」
「…じゃあ、あっちの椅子に」
立ちっぱなしも疲れるだろうと気を遣ったのだが、ソファに座ったら最後、もみくちゃにされそうだとレンは首を振った。他にも来客用の椅子が何脚かあるので、そこに座らないかと声を掛けた時だ。
司令室のドアが静かに開いた。刹那、会話をぴたりと止める。紅蓮以外の視線がそこに集まった。
「……一体どうしたんだ?注目されるようなことをした覚えはないが。ノックもしたぞ」
驚いたジェイはドアを開けたまま、首を少し捻って肩を竦めてみせた。「随分と賑やかのようだな」と室内を見渡し霧華の顔を見つけると、古い友人を見つけたように柔らかく微笑んだ。
「霧華ちゃんじゃないか。紅蓮の所に来るようになったのは知っていたが、こうして顔を合わせるのは随分と久しぶりだ」
「ジェイさん、お久しぶりです。私も皆さんをお見掛けはしていたんですけど、忙しそうで中々声を掛けられなくて…」
「そうか。でも、気にせずに声を掛けてくれて構わないぞ。今期はイーストの担当にもなったし、何か困ったことがあったらジェイ・キッドマンを頼ってくれて構わないからな」
「あ…ありがとうございます」
紅蓮が第13期ヒーローズの司令に就任した頃から、タワー内で度々その姿を見掛けていたが、ゆっくりと話をするタイミングを互いに逃していた。
辛くも四年前の襲撃をきっかけに、霧華を気に掛けるようになったジェイ。彼女と紅蓮の関係がぎくしゃくしていた事にも気を揉んでいたのだが、こうしてまた互いに気を遣わずに居られる関係に戻ったことを、そして何より霧華に笑顔が戻ってきたことを心から喜んでいた。
しみじみと感慨深く耽っていたジェイを他所に、霧華はまさに今困っているとは中々口にできずにいた。
彼は小さくなったノースのルーキ─二人の存在に気づき、暫くの間を置いてから口を開いた。
「……ところで、司令はいつからベビーシッターを引き受けることになったんだ?ブラッドからも特に聞かされてはいないが」
「え…えっと、これには事情が…その」
ジェイにとっては単に子どもが二人という認識であり、彼らが第13期ヒーローズの仲間であるとまだ気づいていない。
素直に相談した方がいいのだろうか。霧華は穂香の方へ視線を向けるが、彼女も容易に話すべきではないと口を閉ざしているようだった。その横には伏せた顔を手で覆うガスト。耳が赤い。
判断に迷っていた霧華は紅蓮へと助けを求める。ちょうど研究部との連絡が終わったのか受話器を置いていた。しかし、彼女からは只ならぬオーラが発せられている。その微々たる殺気を感じ取ったガストとレンは同時に顔を上げた。
「……司令?ど、どうしたんだ。何か、ヤバいことでも」
「お前たちがそうなってしまった理由と解決方法が判明した」
「そ、それはむしろ喜ばしいことなんじゃ……なんでそんなに怒ってるんだ…?」
「この件にヴィクターが絡んでいる。私は今から奴のラボに向かう」
低い地鳴りのような声を発した紅蓮。その場にいた全員の背筋がゾッと粟立つ。これはただ事ではない。瞬時にジェイは身体全体を使って紅蓮を阻む。司令室から出してはいけないと本能的に察知したのだ。彼の読み通り、紅蓮の瞳は濃いアンバーから青白い色に変化を遂げようとしていた。
「っ…落ち着かないか紅蓮!」
「止めてくれるなジェイ!もう我慢ならん!奴は一度ならず二度までもレンに妙な真似をした…!」
「いいから、先ずは気を鎮めるんだ!…ここには霧華ちゃん以外にも一般市民がいるんだぞ!」
「……っ」
ジェイの静止を振り解こうとしていた紅蓮だが、その言葉を受け止め、自分の立場を再認識する。揉め事を起こすわけにはいかないのだ。そして、尊敬している先輩を無視して同期を殴りに行くわけにもいかない。
紅蓮は奥歯を強く噛み締めた後、目を閉じて深く深呼吸を一つ。数秒後、ゆっくりと瞼を持ち上げた。その瞳の色は先程よりも薄いブラウンに落ち着いている。
ほっと胸を撫でおろしたジェイが「落ち着いたか」と静かに声を掛ける。
「……あぁ。すまない、ジェイ。取り乱してしまった」
「気にすることじゃない。まぁ、少し肝が冷えたがな。とりあえず、状況を教えてくれないか?」
すると、紅蓮は深い溜息を吐いた。前髪をくしゃりと掻き上げ、それから司令室の奥にジェイを招き入れる。
霧華たちはメジャーヒーローと元AAのヒーローのやり取りを、固唾を飲んで見守っていた。どうやら事無きを得たようで、いつの間にか強張っていた身体の力をようやく抜くことができた。
「この子たちは……もしかして、ノースのルーキー二人、か?」
「ああ、そうだ。レンとガストだ。…この二人がタワーのロビーフロアで彼女たちと話をしていた所、急に体がこのように縮んだそうだ」
紅蓮とジェイの視線がそれぞれガスト、レンへと向けられる。整えられた顎髭を撫で、ジェイは頷いた。
「…通りで見覚えのある顔だと。どういった経緯で子どもの姿になってしまったんだ?」
「レン、ガスト。今朝、ヴィクターが淹れたエスプレッソを飲まなかったか」
「ああ、飲んだぜ。ドクターが珍しく俺にもエスプレッソ淹れてくれたんだよ。……まさかそれが原因なのか?」
「あいつも俺たちと同じエスプレッソを飲んでいた。マリオンは…紅茶派だとか言ってたから、飲んでないと思う」
小さな子どもが随分と大人びた喋り方をするので、ジェイは軽く目を見開いた。その瞬間に半信半疑が確信へと変わる。あらゆる事態を乗り越えてきたレジェンドヒーローでも、このような事態は初めてだ。心してかからねばなるまいと気を引き締める。
「そのエスプレッソに薬が仕込まれていた。飲み物に分からぬよう混入させることぐらい造作ない。…その薬に身体が小さくなる成分を含む。イクリプスでもサブスタンスのせいでもない、奴の道楽だ」
「紅蓮。気持ちは分からんでもない」
語尾を強める紅蓮に対し、ジェイはそれを静かに宥めようとした。今ここで同期を責め立てるのは、市民に不安を与える要因となる。ルーキーや一般市民の前で感情を晒すのは控えた方が良い。
敢えてそう言葉にはせず、伏せる。長い付き合いだ。言いたいことは分かるだろうと鋭い視線を紅蓮へと送った。
ジェイの意図を汲んだ紅蓮は「まだまだ私も若いな」と内で自嘲した。浅い溜息を一つ吐き出し、戸惑いに揺れる霧華たちに優しく声を掛けた。
「身体に害は無い。時間の経過により元に戻るとのことだ。心配は不要だ」
「……良かった。そのうち元に戻るのね」
「一時はどうなるかと思ったけど、良かったわねガスト」
「そーだな。司令、具体的な時間はどのくらいなんだ?」
そこが要だとガストは質問を投げかけた。残り時間が一時間、半日、終日と変わればこの後の予定も大幅に変わってくる。このままの姿では穂香とショッピングに行くことも出来ない。折角のオフを無駄に溶かすのは相手にも悪い。
「薬の摂取から半日程で解脱する、と言っていた」
「半日、か。……じゃあ、あと四時間くらいか?……ショッピング行けなくなっちまうな」
「別に気にしなくていいわよ。ガストと如月くんが元に戻る方が先決だし。ね、霧華ちゃん」
「はい」
今日の予定を白紙に戻しても全く構わない。その意見が一致した穂香と霧華はお互いに頷きあった。
「…霧華、水無月さん。巻き込んでしまってすまない。できればこのままここで」
過ごしてはくれないだろうか、と紅蓮が続けるより先に司令室のドアが開いた。
「紅蓮、遊びに来たよー!」
次いで響く明るく朗らかな挨拶と笑顔。にこにこと人懐こい笑みを浮かべながらディノ・アルバーニが飛び込んできた。
彼は先客の数に空色の目を瞬かせ、三秒後にはその目を大きく見開かせた。
「紅蓮、いつ子どもが生まれたんだ?水臭いな〜。教えてくれれば、お祝いとか贈ったのに」
「確かに私の年になればこのくらいの子どもがいてもおかしくはないが、違う」
「え、違うの?……じゃあ、俺がいないうちに霧華ちゃんが結婚」
「断じて違う」
強い口調で紅蓮がそう否定した。その表情も険しい。まるで娘を持つ父親のようだ、とディノが笑い返した。四年前はここまで義妹煩悩では無かったはずだが、時を経て過保護が加速してしまったようだ。「可愛いジャパニーズの親戚がいる。妹みたいでとても愛らしい」と話していたのも懐かしい。
「冗談だって。えっと、ノースのルーキー…レンとガストだよな?なんでそんなに小さくなってるんだ?」
「相変わらず勘が冴えているな。……諸事情で半日程この姿で過ごすことになった」
ディノは話半分に聞きながら、興味津々といった様子でレンに近づいていく。
「へぇーそのまんまだなぁ。……あ、霧華ちゃん久しぶり。元気にしてた?」
「はい。…ディノさんに会えて、私…嬉しいです。お帰りなさい」
「うん。…ただいま。また君と話せて俺も嬉しいよ」
ディノは微笑んでいる霧華に安堵していた。最後に見た彼女の表情は暗く沈んだ、深い悲しみの色に染まっていたものだった。海の底に沈められしまった彼女の手を取り、引き上げてくれたのは傍らにいるこの小さなヒーローなんだろう。
「レンくん。今度、ピザ食べに行こう」
感謝の意を込めて、ディノはそう言ったつもりだったのだが。レンに訝しい視線を向けられてしまう。
「……意味が分からない」
「他セクターのルーキーとも親睦を深めたいと思って。勿論、ガストくんも一緒に」
「俺は構わないぜ」
「じゃあ、今度誘うよ。そうだ、ジュニアくんやフェイスくんにも声掛けよう。ピザパーティーは大勢の方が断然楽しい。あ、紅蓮とジェイも行くよな?」
キースやブラッドにも声を掛けよう。でも、二人とも面倒だとか忙しいとかで来れないかもしれない。楽しそうに独り言を連ねるディノは相変わらずだと紅蓮、ジェイは笑みを零した。
そこへまた司令室のドアがノックされた。丁寧にドアを叩いた人物、ブラッドが司令室に現れる。
「失礼する」
室内の状況を見たブラッドはその後に続く言葉を見失ったのか、暫く黙って立っていた。手には書類の束が握られている。
何故、今日に限ってここを訪れる者が多いのか。普段はここまで人が溜まることはない。紅蓮はブラッドと同様に頭を抱えたい気持ちなっていた。
「……何をどう突っ込めばいい」
「ブラッドがツッコミ入れようとしてるなんて、珍しい。もしかして、会議で疲れすぎてる?」
「ディノ…どういう状況なんだ」
目頭を押さえていたブラッドは改めて室内を見渡し、同期にそう訊ねた。
今朝、廊下ですれ違った時に五つ会議があると彼は話していた。その顔には薄っすら疲労の色が浮かんでいる。毎日会議ばかりで大変だろう、その友人に分かりやすく説明をするならばとディノは頭を捻らせた。
「えっと……端的に、効率よく現すなら……子どもです」
「それは見れば分かる。……誰の」
「こら、ディノ。説明を端折りすぎだぞ。それだと隠し子がいるみたいに勘違いされる」
「隠し子か……誰がいい?ガストくん、レンくん」
「なんでそれを俺たちに訊くんだ…!」
「司令。説明を求める」
これでは埒が明かないとブラッドは紅蓮に話を振った。
「ヴィクターが盛った薬のせいでレンとガストの身体が幼児の姿に縮んだ。中身はそれぞれ変わりない。時間経過で元の姿に戻る、おおよそ四時間後だ。以上」
「理解した」
ディノはその間にレンの身体を軽々と持ち上げていた。「やめろ」と抗議の声を上げるレンを気にも留めず、ブラッドと紅蓮のやり取りに「流石。ブラッドが二人で会話してるみたいだったな」と感心していた。
「それにしてもさ、四時間もこのままじゃ退屈だろ?何かして遊ぼうか」
「子ども扱いするな」
「キャッチボールは…ちょっと大変そうかな。人数もいるし、カードゲームならみんなで遊べる」
「勝手に決めるな。俺はいい」
「そんなこと言わずに。ブラッドも時間あるならやってく?」
紅蓮はブラッドから手渡された書類を確認していた。不備が無い証として最終ページにサイン、それをブラッドへ返却。書類を受け取ったブラッドは首を静かに横へ振った。
「折角の誘いだが、広報部との会議を控えている。ルーキー二人は元に戻るまでの間、ここで待機するように」
「そっか。残念だな。大丈夫、俺たちがちゃんと面倒見とくから」
「……では、失礼する。この件はくれぐれも他言無用とする。これ以上、野次馬が増えて騒ぎになるのは控えたい」
状況を把握したメンターリーダーはレンとガストに指示を出し、静かに去っていった。
「確かにこれ以上の野次馬は紅蓮にも迷惑がかかるな。…まぁ、俺もその内の一人みたいになってしまったが」
「そういえばジェイの用件を聞いていなかったな」
「あぁ、俺は時間が空いたから立ち寄っただけだ」
「それじゃ、みんなでカードゲームしよう。霧華ちゃんと、ガストくんのガールフレンドも参加してほしいな」
ディノの腕に抱えられていたレンがとうとう暴れ出したので、落としてしまう前にレンを下ろした。解放された後も、眉間に皺を寄せて不服を体現するレン。それが子どもらしからぬ表情なので笑いそうになってしまう。
「その表現、間違ってないんだろうけど。私、ただのフレンドですよ。よく間違われますけど彼女じゃないです」
「……うん、そうだな。友達、だよな」
そう訂正を入れた二人。ガストのしょぼくれた表情にディノは察した。彼は片思い中なのだと。青春真っただ中の青年を応援しようとディノは一人で頷いてみせた。
「よし、じゃあ俺、カード取りに行ってくる。ついでに適当に飲み物持ってくるよ」
「それなら俺も一緒に行こう。人数分の飲み物を抱えてくるのは大変だろうからな」
「助かるよ、ジェイ。紅蓮たちはテーブルのセッティングとかよろしく」
「分かった。椅子を用意しておこう」
紅蓮はちらりと執務机に目を向けた。そこには書類が溜まっている。期限が切迫しているものは先に片付けておいた。ディノが張り切っている以上、こうなってしまっては仕事にならない。今日は潔く諦めるとしよう。それにカードゲームに興じるのも久しい。
「見た目は子どもで、中身はそのまま……スリルでショックなサスペンスでも始まるのかと思ったわ」
「名探偵が二人誕生しちゃいますね」
「……何の話だ?」
「日本の漫画。興味あるなら今度読んでみる?英訳されたのも出版されてるはずよ」
「ああ、そいつは有難いな。楽しみにしてる」
楽しそうに会話を進めている彼らに紅蓮は目を細めていた。午後は賑やかに過ごせそうだ。