番外編、SS詰め合わせなど
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24.December
「姉さん。レンくんと連絡が取れないの」
【HELIOS】の司令室に訪れた霧華は沈んだ顔でそう話した。
クリスマス・イブの夜を迎えたこの日、ヒーローたちは子どもたちの夢を叶えるために担当エリアに赴いていた。紅蓮は【ディアヒーロープロジェクト】を実際に経験していないのだが、夢のある企画だとかつてから気に留めていたもの。自分が現役であれば、はりきっていただろうと。今となっては立場も肩書も違うため、今回は裏方に回っていた。
ノースセクターのヒーローたちも、ブルーノースシティで子どもたちの願い事を聞いていたはず。現に日中の任務でもレンの顔を見ていたし、街にイルミネーションが輝き出した時間帯にタワーを出た所も見かけていた。ガストとマリオンに半ば引っ張られるようにしてではあるが。
だが、霧華は朝から連絡が取れないと言う。それに思い当たる節が一つ。紅蓮は揃えていた書類の束に目を伏せた。
十二月二十四日。今日はレンの家族の命日。辛くもクリスマス・イブの日に、彼は深い孤独の淵に落とされてしまった。それと同時に、紅蓮にとっては友を喪った日でもある。
レンの表情が入所した時よりも柔らかくなってきたと感じていたのだが。肉親の死をそう簡単に乗り越えられるものではない。音信不通がそれを物語っている。
紅蓮は窓の外へ目をやりながら、ぽつりと呟いた。
「今日はクリスマス・イブ。霧華、レンの家族が奴らに襲われたことは聞いているな」
「うん。……そのことを聞いたとき、とても辛かった」
六年前のレッドサウスストリートのある場所で、悲劇は起きた。十二歳の少年は家族と共にクリスマスディナーを楽しんだ帰り道で惨劇を目の当たりにした。以来、心を閉ざして、己の周囲に孤独の壁を築いてしまった。
レンと同じ様に【イクリプス】の襲撃で両親を喪った霧華は、その事実を初めてレンの口から聞いた時は言葉を失った。哀しみよりも、憎悪に囚われていると知った時は、胸が締め付けられたという。深い同情よりも、彼自身のことが心配だと。
「……紅蓮姉さん。レンくん、大丈夫よね」
家族の命日に姿を眩ました。心配して連絡を取ろうと試みるが、全く音沙汰がない。不安が募るばかりであった。ただ、日中や【ディアヒーロープロジェクト】に参加していたと聞いた霧華は少しだけ胸を落ち着かせることができた。
それでも胸に満ちた不安はまだ残る。そんな彼女を気遣うように「大丈夫だ」と紅蓮が優しく声を掛けた。
「霧華。…霧華なら、ご両親の命日はどこへ行く?」
「それは……お墓参りに……あ」
肝心な部分を見落としていた。普通に考えれば命日は墓前に花を供えに行く。その考えに辿りつかなかった霧華は眉を下げた。ごく当たり前のことだというのに、それに気づかずにいたのだ。無理もなかった。以前、家族の話を口にしたレンの様子ばかりが頭に焼き付いていたのだから。嫌な予感がぐるぐると渦巻いていたのだ。
昼間、そして夕方に『ヒーロー』として勤しんでいたのならば、家族の墓参りに行く時間は今しかない。
「レンの居場所は大方予想がつく。ご家族の墓前か、もしくは……」
紅蓮は揃えた書類の束を執務机の隅に置き、静かに席を立つ。コート掛けからトレンチコートを手に取り、まるでマントを羽織るように袖を通す。そして、霧華に優しく笑いかけた。
「レンに会いたいのだろう?私が案内する。…雪が酷くなりそうだ。傘を持っていった方がいい」
窓の外は静かに、音もなく、雪が降り続いていた。
◇
レッドサウスストリートの人通りが多い場所で、レンは佇んでいた。【ディアヒーロープロジェクト】を終えた後、クリスマス衣装から私服に着替えてダッフルコートを羽織り、黙ってタワーを出てきた。首元に巻きつけたマフラーに顔をうずめ、雑貨屋のフェンスに寄りかかっている。この雑貨屋は既に閉店時間を迎えていたようで、壁に飾られたイルミネーションだけが静かに、厳かに点滅を繰り返していた。
レンは花束を後ろ手に持ったまま、一点を見つめていた。
細かい雪が静かに、絶え間なく、音を消して降り続いている。
彼の周りでは家族の明るい声が響いていた。幸せそうな笑顔、会話、弾む足取り。六年前の自分もあんな風にはしゃぎ、笑っていた。家族で過ごす幸せなクリスマスが一転したことを、一度たりとも忘れたことはない。悲痛な叫び声と、苦しみながら息を引き取った、家族のことを。家族を喪い、独りになった日のことを。
閉じたレンの瞳から涙が一筋、流れ落ちる。
「レンくん」
優しい声がレンの耳に届いた。その声に俯いていた顔を静かに上げ、目を開く。視界に映ったのは青い傘と霧華の顔。彼女は憂いに顔を歪めていた。この表情はあまり見たくないと反射的にレンは感じていた。かつて、自分がそうさせてしまったからだ。
霧華はレンの頭上に傘を掲げ、肩や頭に積もった雪を手で掃い落とす。その様子を見ていた紅蓮は軽く笑いながら口を開いた。
「スノーマンになってしまうぞ、レン」
「……どうして、ここに」
「連絡が取れないから心配になったと霧華が駆け込んできた。だから、きっとここだろうと思ってな。…墓前にはすでに花が供えられていた。シオンが好きだった花が幾つもな」
レンは寒さで感覚が鈍る手を握りしめた。この花を見ると、生前の姉はとても喜んでくれた。その理由を知らずにいたが、喜んでくれるならと毎年誕生日に贈っていたことを懐かしむ。
「…生前、シオンが話してくれたよ。誕生日に弟が初めて自分のお小遣いで買ってくれた花だと。すごく嬉しくて、この花を見るとその時のことを思い出して笑顔になれる…と」
緩んでいた涙腺が、また涙を零しそうになる。再び顔を伏せたレンは、手の甲で目元を拭う。息を詰まらせるレンに霧華の視界も曇り始めていた。
「……いつも、墓前に花が供えられていた。姉さんが好きだった花を知っているのはウィルやアキラ、それにノヴァ博士。……いつも、一つ花束が多かったんだ。毎年、誰かがこの花を供えていた。……司令、だったんだな」
「ああ。…毎年、必ずこの日には彼女に会いに行っているよ。今年は【ディアヒーロープロジェクト】や【クリスマス・リーグ】の準備に追われていたので、朝早くだったから、シオンも寝ぼけていたかもしれないな」
傘の柄を肩に預けた紅蓮はレンの向いている前方を見据えた。幸せのひと時を過ごしていた家族が襲われた、惨劇の場所を。
「レン、花が萎れてしまうぞ」
「……ああ」
促されたレンは手にしていた花束を傍の街灯に供えた。静かに舞い降りてきた雪の粒が花びらに触れ、溶ける。その場でレンは静かに十字を切り、祈りを捧げた。花びらに集まった水滴が一滴、流れ落ちる。
「今夜は雪が降り続くそうだ。身体が冷えてしまう前に帰るぞ。今から霧華の家で鍋をするんだが…レンも来ないか?和風の出汁で美味いぞ」
「エビのすり身で作ったつみれ鍋にしようと思って…。その、お鍋はみんなで囲んだ方が美味しくなるから…レンくんも良かったら」
「あの子たちも最近レンの姿を見ないせいか、寂しがっているようだし」
この場に留まらせないようにと、姉妹はレンの気を引こうとした。前夜祭だから、というフレーズは敢えて使わずに。気の遣い方が幼馴染二人とは違う。それでも気を遣われていると感じたレンは静かに深く息を吸い込んだ。憂いに沈む霧華の顔をこれ以上は見ていたくないと一度目を瞑る。
「……わかった。行く」
彼の返答に霧華と紅蓮は口角にひっそりと笑みを浮かべた。どこか、ほっとしたような安堵が宿る笑みだ。この温もりにもう少しだけ触れていたいとレンは心のどこかでそう感じていた。
「よし、では行くぞ。そうそう、コタツを出したんだ。コタツに鍋、そして猫。これぞ日本の冬の風物詩。ミカンも買ってあるぞ」
「猫は…本当にコタツで丸くなるのか?」
「うん。二匹ともコタツの中で丸くなってる。コタツに入った私の膝の上で丸くなることもあるし」
「……羨ましいな。見てみたい」
「レンくんの膝にポラリスが来るかも。…久しぶりだし、たくさん遊んであげてね」
自然に二人は一つの青い傘に肩を並べて歩いていた。その表情は穏やかなもの。
彼が独りで家族の死を静かに悼む日が、いつの日か哀しみが薄れ、やがて消えることを紅蓮は心から願っている。司令として、友の代わりとして見守るために。
二つの足跡をゆっくりと追いかける紅蓮はそう思うのであった。
「姉さん。レンくんと連絡が取れないの」
【HELIOS】の司令室に訪れた霧華は沈んだ顔でそう話した。
クリスマス・イブの夜を迎えたこの日、ヒーローたちは子どもたちの夢を叶えるために担当エリアに赴いていた。紅蓮は【ディアヒーロープロジェクト】を実際に経験していないのだが、夢のある企画だとかつてから気に留めていたもの。自分が現役であれば、はりきっていただろうと。今となっては立場も肩書も違うため、今回は裏方に回っていた。
ノースセクターのヒーローたちも、ブルーノースシティで子どもたちの願い事を聞いていたはず。現に日中の任務でもレンの顔を見ていたし、街にイルミネーションが輝き出した時間帯にタワーを出た所も見かけていた。ガストとマリオンに半ば引っ張られるようにしてではあるが。
だが、霧華は朝から連絡が取れないと言う。それに思い当たる節が一つ。紅蓮は揃えていた書類の束に目を伏せた。
十二月二十四日。今日はレンの家族の命日。辛くもクリスマス・イブの日に、彼は深い孤独の淵に落とされてしまった。それと同時に、紅蓮にとっては友を喪った日でもある。
レンの表情が入所した時よりも柔らかくなってきたと感じていたのだが。肉親の死をそう簡単に乗り越えられるものではない。音信不通がそれを物語っている。
紅蓮は窓の外へ目をやりながら、ぽつりと呟いた。
「今日はクリスマス・イブ。霧華、レンの家族が奴らに襲われたことは聞いているな」
「うん。……そのことを聞いたとき、とても辛かった」
六年前のレッドサウスストリートのある場所で、悲劇は起きた。十二歳の少年は家族と共にクリスマスディナーを楽しんだ帰り道で惨劇を目の当たりにした。以来、心を閉ざして、己の周囲に孤独の壁を築いてしまった。
レンと同じ様に【イクリプス】の襲撃で両親を喪った霧華は、その事実を初めてレンの口から聞いた時は言葉を失った。哀しみよりも、憎悪に囚われていると知った時は、胸が締め付けられたという。深い同情よりも、彼自身のことが心配だと。
「……紅蓮姉さん。レンくん、大丈夫よね」
家族の命日に姿を眩ました。心配して連絡を取ろうと試みるが、全く音沙汰がない。不安が募るばかりであった。ただ、日中や【ディアヒーロープロジェクト】に参加していたと聞いた霧華は少しだけ胸を落ち着かせることができた。
それでも胸に満ちた不安はまだ残る。そんな彼女を気遣うように「大丈夫だ」と紅蓮が優しく声を掛けた。
「霧華。…霧華なら、ご両親の命日はどこへ行く?」
「それは……お墓参りに……あ」
肝心な部分を見落としていた。普通に考えれば命日は墓前に花を供えに行く。その考えに辿りつかなかった霧華は眉を下げた。ごく当たり前のことだというのに、それに気づかずにいたのだ。無理もなかった。以前、家族の話を口にしたレンの様子ばかりが頭に焼き付いていたのだから。嫌な予感がぐるぐると渦巻いていたのだ。
昼間、そして夕方に『ヒーロー』として勤しんでいたのならば、家族の墓参りに行く時間は今しかない。
「レンの居場所は大方予想がつく。ご家族の墓前か、もしくは……」
紅蓮は揃えた書類の束を執務机の隅に置き、静かに席を立つ。コート掛けからトレンチコートを手に取り、まるでマントを羽織るように袖を通す。そして、霧華に優しく笑いかけた。
「レンに会いたいのだろう?私が案内する。…雪が酷くなりそうだ。傘を持っていった方がいい」
窓の外は静かに、音もなく、雪が降り続いていた。
◇
レッドサウスストリートの人通りが多い場所で、レンは佇んでいた。【ディアヒーロープロジェクト】を終えた後、クリスマス衣装から私服に着替えてダッフルコートを羽織り、黙ってタワーを出てきた。首元に巻きつけたマフラーに顔をうずめ、雑貨屋のフェンスに寄りかかっている。この雑貨屋は既に閉店時間を迎えていたようで、壁に飾られたイルミネーションだけが静かに、厳かに点滅を繰り返していた。
レンは花束を後ろ手に持ったまま、一点を見つめていた。
細かい雪が静かに、絶え間なく、音を消して降り続いている。
彼の周りでは家族の明るい声が響いていた。幸せそうな笑顔、会話、弾む足取り。六年前の自分もあんな風にはしゃぎ、笑っていた。家族で過ごす幸せなクリスマスが一転したことを、一度たりとも忘れたことはない。悲痛な叫び声と、苦しみながら息を引き取った、家族のことを。家族を喪い、独りになった日のことを。
閉じたレンの瞳から涙が一筋、流れ落ちる。
「レンくん」
優しい声がレンの耳に届いた。その声に俯いていた顔を静かに上げ、目を開く。視界に映ったのは青い傘と霧華の顔。彼女は憂いに顔を歪めていた。この表情はあまり見たくないと反射的にレンは感じていた。かつて、自分がそうさせてしまったからだ。
霧華はレンの頭上に傘を掲げ、肩や頭に積もった雪を手で掃い落とす。その様子を見ていた紅蓮は軽く笑いながら口を開いた。
「スノーマンになってしまうぞ、レン」
「……どうして、ここに」
「連絡が取れないから心配になったと霧華が駆け込んできた。だから、きっとここだろうと思ってな。…墓前にはすでに花が供えられていた。シオンが好きだった花が幾つもな」
レンは寒さで感覚が鈍る手を握りしめた。この花を見ると、生前の姉はとても喜んでくれた。その理由を知らずにいたが、喜んでくれるならと毎年誕生日に贈っていたことを懐かしむ。
「…生前、シオンが話してくれたよ。誕生日に弟が初めて自分のお小遣いで買ってくれた花だと。すごく嬉しくて、この花を見るとその時のことを思い出して笑顔になれる…と」
緩んでいた涙腺が、また涙を零しそうになる。再び顔を伏せたレンは、手の甲で目元を拭う。息を詰まらせるレンに霧華の視界も曇り始めていた。
「……いつも、墓前に花が供えられていた。姉さんが好きだった花を知っているのはウィルやアキラ、それにノヴァ博士。……いつも、一つ花束が多かったんだ。毎年、誰かがこの花を供えていた。……司令、だったんだな」
「ああ。…毎年、必ずこの日には彼女に会いに行っているよ。今年は【ディアヒーロープロジェクト】や【クリスマス・リーグ】の準備に追われていたので、朝早くだったから、シオンも寝ぼけていたかもしれないな」
傘の柄を肩に預けた紅蓮はレンの向いている前方を見据えた。幸せのひと時を過ごしていた家族が襲われた、惨劇の場所を。
「レン、花が萎れてしまうぞ」
「……ああ」
促されたレンは手にしていた花束を傍の街灯に供えた。静かに舞い降りてきた雪の粒が花びらに触れ、溶ける。その場でレンは静かに十字を切り、祈りを捧げた。花びらに集まった水滴が一滴、流れ落ちる。
「今夜は雪が降り続くそうだ。身体が冷えてしまう前に帰るぞ。今から霧華の家で鍋をするんだが…レンも来ないか?和風の出汁で美味いぞ」
「エビのすり身で作ったつみれ鍋にしようと思って…。その、お鍋はみんなで囲んだ方が美味しくなるから…レンくんも良かったら」
「あの子たちも最近レンの姿を見ないせいか、寂しがっているようだし」
この場に留まらせないようにと、姉妹はレンの気を引こうとした。前夜祭だから、というフレーズは敢えて使わずに。気の遣い方が幼馴染二人とは違う。それでも気を遣われていると感じたレンは静かに深く息を吸い込んだ。憂いに沈む霧華の顔をこれ以上は見ていたくないと一度目を瞑る。
「……わかった。行く」
彼の返答に霧華と紅蓮は口角にひっそりと笑みを浮かべた。どこか、ほっとしたような安堵が宿る笑みだ。この温もりにもう少しだけ触れていたいとレンは心のどこかでそう感じていた。
「よし、では行くぞ。そうそう、コタツを出したんだ。コタツに鍋、そして猫。これぞ日本の冬の風物詩。ミカンも買ってあるぞ」
「猫は…本当にコタツで丸くなるのか?」
「うん。二匹ともコタツの中で丸くなってる。コタツに入った私の膝の上で丸くなることもあるし」
「……羨ましいな。見てみたい」
「レンくんの膝にポラリスが来るかも。…久しぶりだし、たくさん遊んであげてね」
自然に二人は一つの青い傘に肩を並べて歩いていた。その表情は穏やかなもの。
彼が独りで家族の死を静かに悼む日が、いつの日か哀しみが薄れ、やがて消えることを紅蓮は心から願っている。司令として、友の代わりとして見守るために。
二つの足跡をゆっくりと追いかける紅蓮はそう思うのであった。