番外編、SS詰め合わせなど
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ダブルデートも一苦労
「なぁ、レン。今週末はオフだし、イーストで開催するフードフェスティバルに行かないか。実は知り合いから招待券四枚貰ったんだ。だから、誰か誘って四人で」
俺は赤や黄色でデザインされたカラフルな招待券を四枚、扇状にしてレンの個人スペースに身を乗り出した。
声を掛けると、手元の本からちらりと目を上げたが睨みつけてくる。読書の邪魔だと言わんばかりに。ちょっと前まではこうやって声を掛けても無視を決め込まれていた。今は割と一言二言の反応を返してくれるから、少しは仲良くなったと思いたい。
「興味ない」
返事は相変わらず素っ気ないけどな。だが、ここで「はいそうですか」と引き下がるわけにはいかない。
「せっかくなんだし、行こうぜ。世界中の美味いモンが集まる日だぞ。食欲の秋っていうし、行かない手はないだろ?」
「俺には関係ない。……誰か他を誘えばいいだろ」
「海鮮系もあるらしいぜ。産地直送ってのがウリらしくて、そこらの店で食うよりも美味いんじゃないか。例えば…エビとか」
仕入れたこの情報に間違いは無い。イベント関係者の知り合いから聞いた確かなものだ。近海で獲れた魚介類を使用したフードも並ぶっていうし。エビはレンの好物だと知っている。これには多少なりとも食い付くだろうと、顔色を窺う。ビンゴだ。食に興味が薄いとはいえ、好物には興味を惹かれている。その証拠に仏頂面に変化が少し見られた。よし、あと一押しだな。
「ジャパニーズフードも出るっていうし、霧華ちゃん誘ってみたらどうだ?喜ぶと思うぜ」
「……」
「俺も誘いたい子いるし、ちょうど四人になるから良くないか?」
「……聞いてみる」
よし。エビと霧華ちゃんでレンが釣れた。心の中でガッツポーズを決めるが、まだちょっと早かったな。お互い相手の予定を確認してからだ。
自分のスペースに戻った俺はクッションに腰を下ろして、スマホにメッセージを打ち込む。すぐに返事は来ないだろうと分かっていながらも、画面をそのままにしてテーブルの上に手を伸ばす。さっきまで弄っていたダーツのバレル。タングステンでおススメがあればって訊かれたから買ってきたんだ。構え方や癖も考慮した。気に入ってくれると嬉しい。
ちらとスマホの画面に目をやると、既読マークが見えた。それに返事が続いて表示される。
『どうしたの?』
『週末、空いてたらフードフェスティバルに行かないか』
『ちょっと待って。電話掛けてもいい?』
『ああ、大丈夫だ』
その後すぐにメッセージ画面から着信を報せるものに切り替わった。スマホを耳に当てて電話に応じると、穂香の声が少し奥まって聞こえてきた。
『ごめん、ちょっと手が放せなくて。ハンズフリーでもいい?』
「問題ないぜ。この時間は…家にいるはずだよな」
『そうよ。木曜に提出のサンプル品、縫ってるところなの』
「そいつは手が放せないな。忙しいトコ悪い。手短に話すよ」
『あっ』
「どうした?」
急に驚いた声を上げた。遠くで何か喋っているのが聞こえてくる。カラカラと木材がぶつかりあう音も。
『ごめん、なんでもない。色鉛筆が転がっただけ。……それで、フードフェスティバルだっけ?毎年イーストでやってるやつよね』
「実は知り合いから招待券貰ったんだ。ブースで売ってる商品が一品無料になるサービス付きでさ。四枚あるから、一緒に行かないかと思って」
『今週末は何も予定無いからいいわよ。四枚ってことは、あと二人誰か来るんでしょ?ガストの友達?』
「ああ、俺の同期とそのダチの予定。今、聞いてもらってるところだ」
部屋の仕切りになっている低い本棚の向こう側を覗く。レンも相手と連絡を取っていて、通話の様子を見る限りでは良い返事が期待できそうだった。レンの表情が穏やかだし。今、ポラリスっていう単語が聞こえてきた。猫の話かよ。
『オッケー。じゃあ待ち合わせ時間と場所はまた後日決めましょ』
「そうだな。決まったら連絡する。手、縫わないように気をつけろよ。弘法にも筆の誤りとかなんとかって言うだろ」
『流石に縫わないわよ。さっき三回くらい指は刺したけど』
「……指、穴だらけにするなよ」
デザイナーという職業柄、よく手首に湿布巻いてることがある。それに加えて左の指先が絆創膏だらけの時期があった。生地に血が着くから仕方なく貼ってるとも言ってた。指先の感覚が狂うからなるべく素手で縫いたいらしい。そもそも、どんだけ深く刺したら血が出るんだよ。爪の間にも刺さるって聞いた時は想像して顔が強張っちまった。
「ガスト」
用件だけを手短に済ませた後、レンが呼びかけてきた。スマホを片手に持った状態で、俺の方を見てくる。なんか、こうやって呼んでくれることも普通になってきたから、感慨深いな。
「そっちはどうだった?」
「行きたいと言ってた。…俺も行く」
「よしっ、これで決まりだな。待ち合わせ場所はイーストにするとして…時間は後で決めようぜ」
「分かった」
本棚の上に寄りかかりながら、レンの方へ笑顔を向ける。今から週末が待ち遠しい。明日の任務も頑張れるってもんだ。
上機嫌な俺をレンが無表情で見てくる。どうしたんだと訊いても「別に」としか返ってこない。温度差が激しいな。
「着ていく服も決めとかないとな。なぁ、レンはどういうのがいいと思う」
「……なんで俺に聞くんだ」
「一緒に行く俺のダチがデザイナーなんだよ。あんま変な服着ていくと、ダメ出しされちまう」
ブルーノースで店舗構えるくらいだし、スマートできっちり系が好きなのかと最初は思っていた。でも意外と幅広いファッションを好むんだ。人それぞれ似合うものが違うから、その人に合うものを提供できるようになりたいって、夢を語ってたこともあった。
俺の服もそこまでダメ出しされたことは無い。だからって、いつもの感じでいいものか。もう少し捻りを加えたい気もする。これって、いわゆるダブルデートだし。
俺が一人で悩んでる間、すっかり興味を失ったレンは本をまた読み進めていた。
「あ。……そういや、レンってああいう系統の服も着るんだな」
「……何の話だ」
「なんか、普段着なさそうなTシャツ一枚持ってただろ。意外だなぁって思って」
普段シンプルな物を好んで着ている。服だけじゃない、家具もそうだ。あまりごちゃごちゃした物が好きじゃないらしい。だから、珍しいと思ったんだ。
レンが小さく頷いた。今俺たちは同じTシャツのデザインを思い浮かべているに違いない。黒地にオレンジと緑のラインが左胸でクロスした模様のシャツ。確か、襟の部分にも模様が入って凝ったデザインなんだ。
「あれには一回しか袖を通していない」
「なんだ、やっぱりか。着てるとこ見たことないもんな」
「それがどうしたんだ」
「あ、いや……俺の好きなブランドなんだよ。だから、もしかしたらレンも同じ服の趣味なのかなーって……一瞬思ったけど、違うみたいだな」
偶々、洗濯物片付けてる時にそのTシャツが目に留まったんだ。それきり見かけていない。どうやらこの様子だとずっとクロークの奥で眠ってるみたいだな。
レンの表情が険しい。お前と同じにするなってそこに書いてある。
「あんなウルサイ柄、趣味じゃない」
「…そんなにウルサイ柄だったか?確かにレンはワンポイントとかシンプル系が好きそうだよな。まぁそれはいいけど…それならなんで持ってるんだ?誰かから貰ったのか」
「お節介な人に押し付けられた。どっかの誰かみたいにな」
俺の方を睨みながらそう言ったが、お節介なヤツに押し付けられたってどういう状況だったんだ。想像がつかねぇ。
パタンと乱暴に本が閉じられた。完全に読書の邪魔をしちまったようだ。機嫌損ねたかな。そう思っていたら、自室のクロークをガサガサと漁り始めた。見つけたそれをハンガーごと俺の方に押し付けてくる。例のTシャツだ。
「俺には必要ない。欲しいならやる」
「え……いいのか?今度その店で買おうと思ってんだけど」
「この間のカップみたいになるのは御免だからな」
ペアルックなんて考えたくもない、と悪態を吐かれてしまった。いや、あれは形からでも仲良くなりたいなぁと思ってやったことで。イニシャル入りのカップを買ってきたんだけど、一度も使ってくれてないんだよな。捨てられてはいないけど、共有スペースにある食器棚の奥に追いやられている。
まぁ、折角くれるって言うんだ。有難く貰わないと。それにこんなこと、滅多に起きないだろうし。礼を言ってそのVネックのTシャツをレンから受け取った。
ロング丈で両裾にスリットが入っている。改めてデザインも見たけど、そんなにウルサイ柄じゃないだろ。むしろシンプルな方じゃないか。ああ、でもこのサイズはレンだと少し大きめか。
部屋着のタンクトップを脱いで、このTシャツに袖を通した。やっぱり、身長が無いと着丈が長すぎるみたいだが、何故か俺にはぴったりだった。
鏡の前に立って、肩を軽く回してみる。きつくないし、肩幅もちょうどいい。まるで誂えた物のようだ。なんでこんなにジャストサイズなんだ。不思議で仕方ないと思っていたことがつい声に出てしまった。
「今度はなんだ」と煩わしそうに反応を返すレンの視線が刺さる。
「あ、いや……なんか、サイズぴったりすぎて。驚いてたんだよ。窮屈じゃないし、でかくもないし……なんでだ?」
「……さあな。俺はもう寝る」
今の間、何か知ってそうな取り方だったぞ。目覚まし時計に手を伸ばしたレンはそれ以上答えてくれる様子が無い。
これ、確か限定品だったはずだ。二ヶ月くらい前に店頭で見かけて、五十着限定とPOP広告で強調されていた。しかも結構な値段だ。そんな貴重な物を押し付けていくって、ホントどんなヤツだったんだ。
ああ、でもこれ気に入ったな。週末、これ着ていくか。この時期なら上に長袖のパーカーを羽織れば寒くないだろうし。どれと併せようか。やっぱ今から考えておくのが正解だな。
前髪を指先で弄りながら、週末の予定に胸を躍らせていた。
◇◆◇
午前十一時。俺たちはグリーンイーストヴィレッジの駅に三分前に到着した。レンが十時に起きた時は正直焦ったぜ。霧華ちゃんも穂香も少し遅れたからって怒るような性格じゃないけど、誘った方が遅れるって単にカッコ悪い。
駅前のオブジェ前で霧華ちゃんと合流し、挨拶を交わす。
「お久しぶりです。今日はお誘い有難うございます」
「久しぶり。こっちこそ来てくれてサンキュ……って、珍しく穂香が来てないな。待ち合わせるといつも早く着いてんのに」
「寝坊したんじゃないのか」
「いやいや、レンじゃあるまいし…あ、連絡来てたみたいだ。……そろそろ来るはずだ」
「ごめん、五分くらい遅れる!」というメッセージを受信していた。通知時間は今からちょうど五分前。返事を打ち込もうとする矢先に「ガスト!」と呼ばれた。
振り向くと、穂香が息を切らしながら走ってきていた。
「ごめん。ちょっと家出るの遅くなって……待ったでしょ」
「いや、今ちょうど揃ったところだ。…大丈夫か?」
「…そう、それなら良かった……うん。そちらが、同期の人とお友達?」
「同期のレンと、俺たちの司令の妹さんで……って、どうしたんだ二人とも」
二人を紹介しようと顔を見れば、何やら驚いて目を丸くしていた。いや、二人とも日本人は見慣れてるはずだよな。それとも、俺に女の子の友達がいるってことに驚いてるのか。
その答えはどちらでもなかったようだ。
おずおずと霧華ちゃんが前に出て、穂香に話しかける。
「あの……憶えていないかもしれませんが、その節はカーディガンとTシャツ有難うございました。おかげで本当に助かりました」
「……あっ!猫ちゃん抱えてたあの時の…こんな所でまた会うなんて奇遇ね」
「はい。親切にして頂いたので、御礼をしたかったんです…でもどこの誰かも分からなくて」
「御礼なんて、気にしなくていいわよ。私が勝手にやったことなんだし。猫ちゃん、元気にしてる?」
「ええ、二匹とも元気です」
二人は日本語でニコニコしながら雑談を交わしているようだった。どうやら初対面っていう雰囲気では無さそうだな。レンも穂香のこと知ってるみたいだし。
「……友達のヒーローって、やっぱりガストのことだったんだな」
「何の話か全く見えてこねぇんだけど……とりあえず、初対面じゃないんだな。レンは日本語少しは分かるんだよな?何話してるんだ」
「その時のことは話したくない」とでも言いたげにふいっと目を逸らされた。俺だけ事情が飲み込めてねぇんだけど。見た感じ、悪い関係じゃなさそうなことだけは分かる。
少しばかりのけ者にされて寂しい気分に囚われたが、会話がひと段落したところで穂香がこっちを向いた。
「ごめんごめん。夏に一度会ったことがあるのよ。そこの彼も一緒にね」
夏のある日、ブルーノースシティの公園で猫の親子を【イクリプス】から庇ったという話から始まる。司令が数日落ち着かない様子だったことを思い出した。あの頃は第13期チームがバタバタしていて大変だったんだよな。
子猫を抱えて歩いていたその時に、穂香からカーディガンと買ったばかりのTシャツを譲り受けたそうだ。ああ、なるほどな。それでこのTシャツに繋がるってわけか。
「そうだったのか。レンも霧華ちゃんも驚いてたのはそういう理由だったんだな」
「ええ。改めまして水無月穂香です。彼の友人です。よろしくね」
「葉月霧華です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「…如月レン。ガストと同期で所属はノースセクターだ」
お互いに簡単な自己紹介を済ませ、フードフェスティバルが行われている会場へ向かった。
◇◆◇
駅からそれ程遠くない広場に設営されたイベント会場。白を基調としたテントが幾つも張られている。その中で調理したものを客に提供するスタイルだ。基本は食べ歩きだけど、テーブル席も少し設置されている。
秋晴れで過ごしやすい気候だ。風も穏やかだし。会場は大勢の市民で賑わっていた。
「穂香さんは初めてなんですか?」
「うん。なんだかんだ忙しくて来れてなかったの。だから今日は楽しみにしてた。…どうせなら、普段売ってないものが食べたいわね。霧華ちゃんはどうする?」
三つ折りのリーフレットを開き、各ブースのチェックを始める。世界中の料理が集まっているというだけあって、種類は豊富だ。パエリア、ガレット、ガパオライス、小籠包、ビビンバ。ケバブもある。こんだけあると目移りしちまう。ジャパニーズフードはタコ焼き、お好み焼き、焼きソバがあるみたいだ。そういえば、ソバって名前なのに麺がソバじゃないんだよな。
「おっ、ターキーレッグもあるのか。これはいよいよ迷っちまうな……レンはもう決めたのか」
「ああ。シーフード専門店に行く」
「オーケー。そっちは決まったか?」
「私はタコ焼きにする。霧華ちゃんはお好み焼きがいいって」
「お店の場所、確認したら同じ方向みたいですね」
リーフレットに記載された店の場所を順に示す。シーフード専門店とジャパニーズフードのブースは隣合っている。
俺たちの少し前を歩く二人は「お祭りの屋台みたいでワクワクしてきた」「なんだか懐かしいですね」と既に打ち解けている様子だった。いつの間にか名前で呼び合ってたし、二人とも人見知りする方じゃないからな。
「じゃあ、まずはそっちに向かうか。俺はもうちょっと悩むよ。……人が多いからはぐれないようにしねぇと」
「はい」
「……霧華ちゃん。レンのこと任せてもいいか」
レンが余所見をしている間に、こっそりと彼女に耳打ちした。レンはリーフレットを何度も見て、現在地から目的地までどう行けばいいのか把握しようとしている。その努力は認めるよ。ただ、白いテントが立ち並んでいていかにも迷いそうな場所だ。先頭に立たせるには不安しかない。単独行動は以ての外だ。
方向音痴のレンを俺が誘導したら機嫌を損ねる。霧華ちゃんについてもらった方が素直に聞いてくれるだろう。彼女は俺の意図を汲み取ってくれたようで、こくりと頷いてくれた。さりげなくレンの隣に並び、猫の話を交えながら目的地へ歩き出す。これでひと先ずは安心だな。
「ガスト。それ、似合ってる」
必然的に俺の隣へ並んだ穂香が、このTシャツを見る。それから前を歩くレンの方を見ながらこう言った。
「如月くんはもっとシンプルな服が好きそうよね。今日の格好もそうだし」
「…このTシャツ、サウスのショップで売ってたやつだよな」
「うん。ガストの誕生日プレゼントにって買ったもの。でも緊急事態で困ってたみたいだから、放っておけなくて。次の休みにもう一度買いに行こうと思ったら、もう完売してた。だから新しいの用意できなかったんだけど…まさかこんな形でガストの手に渡ると思わなかったわ」
だからサイズもぴったりだったのか。謎が全て解けた。
ああ、でもこれだと誕生日プレゼント二つ貰ったことになる。使い勝手が良くて、センスのいいタンブラーを貰ったんだ。愛用の一品になってるし、マリオンにも「オマエにしては洗練された物を使っているな」と褒められたし。気分良く話していたら、自慢するなってウザがらたけどな。
何か見繕ってくるかとも考えた。そういえば、タングステンのバレルをちょうど買ってある。
「…これの代わりにはならないかもしれねぇけどさ、ダーツのバレル買ってきたんだ。それプレゼントさせてくれよ」
「この間話してたやつ?いいの?」
「ああ、おススメのバレルだ。それで今度勝負しようぜ」
「ありがと!楽しみにしてる。……ところで、如月くん。もしかして方向音痴なのかしら」
こっちも話に華を咲かせていたが、どうも目の前の二人が気になってしまう。二人というよりはレンだ。さっきから違う方向に行こうとするのを霧華ちゃんが服の袖を引っ張っては方向を修正している。
「こっちじゃないのか」
「え、えっと…このまま真っすぐ行った方が近道だと思うの」という会話も聞こえてきた。
「……もしかしなくとも、方向音痴だ。本人は否定してる」
「方向音痴の人ってそうなのよね。自分で認めないっていうか…でも、あれだと目離せないわね。いっそ手繋いでた方がいいんじゃないかしら」
「俺もそう思う。俺が誘導してやると怒るんだよ、あいつ。だから、霧華ちゃんに任せたんだ」
「ふーん。……なるほどね。ガストってホント世話焼きよね。人の恋路まで面倒見てさ」
「そっ、そりゃぁ…あの二人はお似合いだし、上手くいってほしいと思ってる」
「程々にしとかないと、自分の恋路が上手くいかなくなるわよ。私の友達でもそういう子、結構いたし」
「はは……無茶苦茶染みるぜ、その言葉」
レンが明後日の方向に踏み出そうとするのを引き留める。これで何回目かな。ふと、二人がぴたりと足を止めた。その背にぶつかる手前で俺たちも立ち止まる。肉の焼ける匂いとハーブの香りが漂っていた。
すぐ側にターキーレッグを売ってるテントがある。そこに見知った顔が二つ。真っ赤な髪とその隣に薄い金色の髪。まだ向こうはこっちに気づいていないみたいだ。目聡くその姿を見つけたレンはどうしたものかと迷っていたんだろう。気づかれないうちに道を逸れるか、それとも声を掛けるか。
立ち往生しているレンに気づいたのか、アキラとウィルが俺たちの方を捉えた。レンと霧華ちゃんを見た時は花が咲いたみたいに、パッと笑顔を見せたウィル。俺を見るなりそれが一瞬にして枯れたように思えた。相変わらずあからさますぎる。
「よぅ、ガスト。お前たちも来てたんだな。レンが一緒なのは驚いたけど」
「俺が居たら悪いか」
「誰もそんなこと言ってねぇだろ。……えーと、あと、そっちは確か司令の妹…」
レンの隣を見て、名前を思い出そうとしている。顔は憶えてる、でも名前までは憶えてなかったみたいだ。
「こら、失礼だぞアキラ。霧華さんだよ。ちゃんと名前憶えなきゃダメじゃないか」
「憶えてるっつーの。今のは、思い出せなかっただけだ」
「はいはい。これを機にちゃんと憶えような。……そちらは」
ウィルのヤツ、俺のことは完全に無視してるな。あからさまなスルーをかまして、穂香に目を向ける。流石にこっちは初対面のようだ。レンのことも知ってたし、他にヒーローの知り合いがいるかと思ったけど。
「水無月です」
「ご丁寧にありがとうございます。俺はウィル・スプライトです。こっちは幼馴染の鳳アキラ。俺たちもレンと同じでヒーローです。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「あの、つかぬ事伺いますけど……アドラーとはどういった関係で」
「友人ですけど?」
不意打ちの質問に身構える。何の迷いもなく穂香はそう答えた。いや、そうだよな。うん。友人以外の何ものでもないよな、悲しいことに。
その返事が不満だったのかは知らないが、何故かウィルが顔を顰めた。
「……失礼かもしれませんけど、悪いことは言いません。あまり深く関わらない方がいいかと」
「いやいや、それ失礼すぎるだろ!アキラのことはともかく、俺の交友関係に口出ししないでくれよ」
「お前が真っ当なヤツなら俺だって口を挟まない。品行方正な女性をたぶらかそうとするなんて、黙っていられるわけないだろ」
「ああ、ご心配なく。たぶらかされてもいないし、彼が昔やんちゃしてたのも知ってますから」
サラリと言ってのけた穂香。それを分かっている上で親交を深めていると。差別なく付き合ってくれんのは本当にありがたいと思っている。
それでもウィルはまだ納得がいかないのか、渋い顔のまま俺を一瞥した。
「……そうですか。何かあったらいつでも言ってください。俺、ルーキーですけどヒーローなので。力になれると思います」
「何の力になるんだ…?それに、俺も一応ヒーローなんだけど」
ぼそりと俺が呟くと、無表情のウィルが睨みつけてきた。間違ったこと言ってないだろ。
場の空気が少し悪くなってきたのを察した霧華ちゃんがウィルの手元を見て、その紙袋はどうしたのかと訊ねた。すると、パッと表情が切り替わる。
「抹茶ティラミスが売っていたので、さっき買ってきたんです」
「こいつ、メシじゃなくてデザートばかり買ってるんだぜ」
「だってどれも此処でしか買えないようなものだし…そうだ、レンにもあげ」
「いらない」
きっぱりと即答したレンにウィルが眉尻を下げる。「普通の甘さなんだけど」と寂しそうに。紙袋にはかなりの量が入っているようだ。
「沢山買ったんですね」
「はい。抹茶ティラミス二十個とお餅入りどら焼き十五個、もみじ饅頭を三十個…」
「……すごい。お土産買うのも大変ですね」
「あ、お土産用はこれから選ぶつもりで……これは全部自分用です」
にこにこ笑いながらウィルがそう言った。それを疑問に思ったのか、穂香が真顔で俺に訊ねてくる。
「……聞き間違いじゃなければ、全部自分用って聞こえたんだけど」
「まぁ、うん。そうだな。穂香の和訳間違ってないぜ」
「あ…甘いものって疲れた時にいいですよね…?」
「霧華…フォローしなくていい。ウィルの甘党は尋常じゃない」
流石に霧華ちゃんも引いているようで、笑顔に戸惑いの色が浮かんでいる。レンが首を静かに横へ振っていた。
「ウィルの超甘党のせいでガキの頃に被害にあってるしな…俺たち」
「そ、そうなの…それはご愁傷様。…あれ、そういえば君、どこかで見たことある」
「ん?あー……そういや、俺もあんたの顔見たような……」
アキラが首を捻りながら俺と穂香を交互に見る。多分昔、俺と一緒にいるところ見かけたんじゃないか。高架下でバスケしてる所も見られてたみたいだし。
「結構ガストと一緒にいること多いよな」
「そう?私だけじゃないと思うけど」
「んー…そうかぁ?俺はいっつもあんたといるの見かけてるけど……あ」
アキラの頭上に電球が閃いた気がした。そしてニヤニヤと笑みを深めて俺を肘でつついてくる。
「もしかして、ガストの好…」
「ああーっ!ストップ、アキラ!」
その先を言わせまいとアキラの口を強引に手で塞いだ。
「え、なに。どうしたの?」
「あ、ああ…その、俺の好きなサーモンのベーグルサンドがあるかもなぁ!って話をだな」
「…探せばありそうだけど。よほど好きなのね、サーモンのベーグルサンド」
「あれ、大好きなんだよなぁ。こういう秋空の下で食うのもまた格別になりそうだし」
ものすごく無理やりにだけど、なんとか誤魔化せたよな。アキラが苦しそうにもがきだしたから手を離す前に「余計なこと言うなよ」と忠告する。
そういえば、アキラにちょっかい出しているにもかかわらず、保護者クンが口を挟んでこなかったな。どうしたんだ。
少し先の方にいた二人を見つけると、霧華ちゃんが血相を変えていた。
「ガストさん…大変です。レンくんが…!」
「え、レンがどうしたんだ」
「ちょっと目を離したすきに逸れたみたいだ」
「ごめんなさい…私」
頼まれていたのに、はぐれてしまったと。自分を責めようとする霧華ちゃんに首を振る。
「霧華ちゃんは全然悪くないって。俺らが長話してたせいで、レンが痺れ切らしちまったんだろうし。とにかく、手分けして捜そう」
「しょうがねぇなー。俺たちも迷子のレン捜し手伝ってやるよ。な、いいだろウィル?」
「そうだな。…俺もそこの店に気を取られていたから、気づけずにいたし。みんなで捜そう」
そういうことか。そこのクレープ屋に目を取られてたってわけだな。
「おお、サンキュ。こんだけ人数いりゃすぐ見つかるだろ。穂香も悪いな、バタバタしちまってさ」
「気にしないで。私は霧華ちゃんと一緒に向こう見てくるわね」
「ああ、頼んだぜ」
落ち込んでる霧華ちゃんを宥めながら、向こう側へ。穂香に任せておけばとりあえず大丈夫だろう。
ウィルには目的地の方を見てもらうように頼む。流石に進行方向と逆には行ってないと思いたい。でもレンだからな、今までの経験からして有り得ないとも言い切れない。
「おい、ガスト。レンを捜し終わったら、なんか奢ってもらうぜ。さっきの口止め料と併せてな」
「分かったよ。……なぁ、なんでお前って妙なトコ鋭いんだ」
「ん?いや、だってそりゃ…見て分かるだろ。ガストが女の人と一緒にいること自体珍しいし、それに」
「それに?」
「機嫌がいい。今もだけど、すげー楽しそうにしてるよな」
そう聞いた俺は何も言い返せなかった。
「なぁ、レン。今週末はオフだし、イーストで開催するフードフェスティバルに行かないか。実は知り合いから招待券四枚貰ったんだ。だから、誰か誘って四人で」
俺は赤や黄色でデザインされたカラフルな招待券を四枚、扇状にしてレンの個人スペースに身を乗り出した。
声を掛けると、手元の本からちらりと目を上げたが睨みつけてくる。読書の邪魔だと言わんばかりに。ちょっと前まではこうやって声を掛けても無視を決め込まれていた。今は割と一言二言の反応を返してくれるから、少しは仲良くなったと思いたい。
「興味ない」
返事は相変わらず素っ気ないけどな。だが、ここで「はいそうですか」と引き下がるわけにはいかない。
「せっかくなんだし、行こうぜ。世界中の美味いモンが集まる日だぞ。食欲の秋っていうし、行かない手はないだろ?」
「俺には関係ない。……誰か他を誘えばいいだろ」
「海鮮系もあるらしいぜ。産地直送ってのがウリらしくて、そこらの店で食うよりも美味いんじゃないか。例えば…エビとか」
仕入れたこの情報に間違いは無い。イベント関係者の知り合いから聞いた確かなものだ。近海で獲れた魚介類を使用したフードも並ぶっていうし。エビはレンの好物だと知っている。これには多少なりとも食い付くだろうと、顔色を窺う。ビンゴだ。食に興味が薄いとはいえ、好物には興味を惹かれている。その証拠に仏頂面に変化が少し見られた。よし、あと一押しだな。
「ジャパニーズフードも出るっていうし、霧華ちゃん誘ってみたらどうだ?喜ぶと思うぜ」
「……」
「俺も誘いたい子いるし、ちょうど四人になるから良くないか?」
「……聞いてみる」
よし。エビと霧華ちゃんでレンが釣れた。心の中でガッツポーズを決めるが、まだちょっと早かったな。お互い相手の予定を確認してからだ。
自分のスペースに戻った俺はクッションに腰を下ろして、スマホにメッセージを打ち込む。すぐに返事は来ないだろうと分かっていながらも、画面をそのままにしてテーブルの上に手を伸ばす。さっきまで弄っていたダーツのバレル。タングステンでおススメがあればって訊かれたから買ってきたんだ。構え方や癖も考慮した。気に入ってくれると嬉しい。
ちらとスマホの画面に目をやると、既読マークが見えた。それに返事が続いて表示される。
『どうしたの?』
『週末、空いてたらフードフェスティバルに行かないか』
『ちょっと待って。電話掛けてもいい?』
『ああ、大丈夫だ』
その後すぐにメッセージ画面から着信を報せるものに切り替わった。スマホを耳に当てて電話に応じると、穂香の声が少し奥まって聞こえてきた。
『ごめん、ちょっと手が放せなくて。ハンズフリーでもいい?』
「問題ないぜ。この時間は…家にいるはずだよな」
『そうよ。木曜に提出のサンプル品、縫ってるところなの』
「そいつは手が放せないな。忙しいトコ悪い。手短に話すよ」
『あっ』
「どうした?」
急に驚いた声を上げた。遠くで何か喋っているのが聞こえてくる。カラカラと木材がぶつかりあう音も。
『ごめん、なんでもない。色鉛筆が転がっただけ。……それで、フードフェスティバルだっけ?毎年イーストでやってるやつよね』
「実は知り合いから招待券貰ったんだ。ブースで売ってる商品が一品無料になるサービス付きでさ。四枚あるから、一緒に行かないかと思って」
『今週末は何も予定無いからいいわよ。四枚ってことは、あと二人誰か来るんでしょ?ガストの友達?』
「ああ、俺の同期とそのダチの予定。今、聞いてもらってるところだ」
部屋の仕切りになっている低い本棚の向こう側を覗く。レンも相手と連絡を取っていて、通話の様子を見る限りでは良い返事が期待できそうだった。レンの表情が穏やかだし。今、ポラリスっていう単語が聞こえてきた。猫の話かよ。
『オッケー。じゃあ待ち合わせ時間と場所はまた後日決めましょ』
「そうだな。決まったら連絡する。手、縫わないように気をつけろよ。弘法にも筆の誤りとかなんとかって言うだろ」
『流石に縫わないわよ。さっき三回くらい指は刺したけど』
「……指、穴だらけにするなよ」
デザイナーという職業柄、よく手首に湿布巻いてることがある。それに加えて左の指先が絆創膏だらけの時期があった。生地に血が着くから仕方なく貼ってるとも言ってた。指先の感覚が狂うからなるべく素手で縫いたいらしい。そもそも、どんだけ深く刺したら血が出るんだよ。爪の間にも刺さるって聞いた時は想像して顔が強張っちまった。
「ガスト」
用件だけを手短に済ませた後、レンが呼びかけてきた。スマホを片手に持った状態で、俺の方を見てくる。なんか、こうやって呼んでくれることも普通になってきたから、感慨深いな。
「そっちはどうだった?」
「行きたいと言ってた。…俺も行く」
「よしっ、これで決まりだな。待ち合わせ場所はイーストにするとして…時間は後で決めようぜ」
「分かった」
本棚の上に寄りかかりながら、レンの方へ笑顔を向ける。今から週末が待ち遠しい。明日の任務も頑張れるってもんだ。
上機嫌な俺をレンが無表情で見てくる。どうしたんだと訊いても「別に」としか返ってこない。温度差が激しいな。
「着ていく服も決めとかないとな。なぁ、レンはどういうのがいいと思う」
「……なんで俺に聞くんだ」
「一緒に行く俺のダチがデザイナーなんだよ。あんま変な服着ていくと、ダメ出しされちまう」
ブルーノースで店舗構えるくらいだし、スマートできっちり系が好きなのかと最初は思っていた。でも意外と幅広いファッションを好むんだ。人それぞれ似合うものが違うから、その人に合うものを提供できるようになりたいって、夢を語ってたこともあった。
俺の服もそこまでダメ出しされたことは無い。だからって、いつもの感じでいいものか。もう少し捻りを加えたい気もする。これって、いわゆるダブルデートだし。
俺が一人で悩んでる間、すっかり興味を失ったレンは本をまた読み進めていた。
「あ。……そういや、レンってああいう系統の服も着るんだな」
「……何の話だ」
「なんか、普段着なさそうなTシャツ一枚持ってただろ。意外だなぁって思って」
普段シンプルな物を好んで着ている。服だけじゃない、家具もそうだ。あまりごちゃごちゃした物が好きじゃないらしい。だから、珍しいと思ったんだ。
レンが小さく頷いた。今俺たちは同じTシャツのデザインを思い浮かべているに違いない。黒地にオレンジと緑のラインが左胸でクロスした模様のシャツ。確か、襟の部分にも模様が入って凝ったデザインなんだ。
「あれには一回しか袖を通していない」
「なんだ、やっぱりか。着てるとこ見たことないもんな」
「それがどうしたんだ」
「あ、いや……俺の好きなブランドなんだよ。だから、もしかしたらレンも同じ服の趣味なのかなーって……一瞬思ったけど、違うみたいだな」
偶々、洗濯物片付けてる時にそのTシャツが目に留まったんだ。それきり見かけていない。どうやらこの様子だとずっとクロークの奥で眠ってるみたいだな。
レンの表情が険しい。お前と同じにするなってそこに書いてある。
「あんなウルサイ柄、趣味じゃない」
「…そんなにウルサイ柄だったか?確かにレンはワンポイントとかシンプル系が好きそうだよな。まぁそれはいいけど…それならなんで持ってるんだ?誰かから貰ったのか」
「お節介な人に押し付けられた。どっかの誰かみたいにな」
俺の方を睨みながらそう言ったが、お節介なヤツに押し付けられたってどういう状況だったんだ。想像がつかねぇ。
パタンと乱暴に本が閉じられた。完全に読書の邪魔をしちまったようだ。機嫌損ねたかな。そう思っていたら、自室のクロークをガサガサと漁り始めた。見つけたそれをハンガーごと俺の方に押し付けてくる。例のTシャツだ。
「俺には必要ない。欲しいならやる」
「え……いいのか?今度その店で買おうと思ってんだけど」
「この間のカップみたいになるのは御免だからな」
ペアルックなんて考えたくもない、と悪態を吐かれてしまった。いや、あれは形からでも仲良くなりたいなぁと思ってやったことで。イニシャル入りのカップを買ってきたんだけど、一度も使ってくれてないんだよな。捨てられてはいないけど、共有スペースにある食器棚の奥に追いやられている。
まぁ、折角くれるって言うんだ。有難く貰わないと。それにこんなこと、滅多に起きないだろうし。礼を言ってそのVネックのTシャツをレンから受け取った。
ロング丈で両裾にスリットが入っている。改めてデザインも見たけど、そんなにウルサイ柄じゃないだろ。むしろシンプルな方じゃないか。ああ、でもこのサイズはレンだと少し大きめか。
部屋着のタンクトップを脱いで、このTシャツに袖を通した。やっぱり、身長が無いと着丈が長すぎるみたいだが、何故か俺にはぴったりだった。
鏡の前に立って、肩を軽く回してみる。きつくないし、肩幅もちょうどいい。まるで誂えた物のようだ。なんでこんなにジャストサイズなんだ。不思議で仕方ないと思っていたことがつい声に出てしまった。
「今度はなんだ」と煩わしそうに反応を返すレンの視線が刺さる。
「あ、いや……なんか、サイズぴったりすぎて。驚いてたんだよ。窮屈じゃないし、でかくもないし……なんでだ?」
「……さあな。俺はもう寝る」
今の間、何か知ってそうな取り方だったぞ。目覚まし時計に手を伸ばしたレンはそれ以上答えてくれる様子が無い。
これ、確か限定品だったはずだ。二ヶ月くらい前に店頭で見かけて、五十着限定とPOP広告で強調されていた。しかも結構な値段だ。そんな貴重な物を押し付けていくって、ホントどんなヤツだったんだ。
ああ、でもこれ気に入ったな。週末、これ着ていくか。この時期なら上に長袖のパーカーを羽織れば寒くないだろうし。どれと併せようか。やっぱ今から考えておくのが正解だな。
前髪を指先で弄りながら、週末の予定に胸を躍らせていた。
◇◆◇
午前十一時。俺たちはグリーンイーストヴィレッジの駅に三分前に到着した。レンが十時に起きた時は正直焦ったぜ。霧華ちゃんも穂香も少し遅れたからって怒るような性格じゃないけど、誘った方が遅れるって単にカッコ悪い。
駅前のオブジェ前で霧華ちゃんと合流し、挨拶を交わす。
「お久しぶりです。今日はお誘い有難うございます」
「久しぶり。こっちこそ来てくれてサンキュ……って、珍しく穂香が来てないな。待ち合わせるといつも早く着いてんのに」
「寝坊したんじゃないのか」
「いやいや、レンじゃあるまいし…あ、連絡来てたみたいだ。……そろそろ来るはずだ」
「ごめん、五分くらい遅れる!」というメッセージを受信していた。通知時間は今からちょうど五分前。返事を打ち込もうとする矢先に「ガスト!」と呼ばれた。
振り向くと、穂香が息を切らしながら走ってきていた。
「ごめん。ちょっと家出るの遅くなって……待ったでしょ」
「いや、今ちょうど揃ったところだ。…大丈夫か?」
「…そう、それなら良かった……うん。そちらが、同期の人とお友達?」
「同期のレンと、俺たちの司令の妹さんで……って、どうしたんだ二人とも」
二人を紹介しようと顔を見れば、何やら驚いて目を丸くしていた。いや、二人とも日本人は見慣れてるはずだよな。それとも、俺に女の子の友達がいるってことに驚いてるのか。
その答えはどちらでもなかったようだ。
おずおずと霧華ちゃんが前に出て、穂香に話しかける。
「あの……憶えていないかもしれませんが、その節はカーディガンとTシャツ有難うございました。おかげで本当に助かりました」
「……あっ!猫ちゃん抱えてたあの時の…こんな所でまた会うなんて奇遇ね」
「はい。親切にして頂いたので、御礼をしたかったんです…でもどこの誰かも分からなくて」
「御礼なんて、気にしなくていいわよ。私が勝手にやったことなんだし。猫ちゃん、元気にしてる?」
「ええ、二匹とも元気です」
二人は日本語でニコニコしながら雑談を交わしているようだった。どうやら初対面っていう雰囲気では無さそうだな。レンも穂香のこと知ってるみたいだし。
「……友達のヒーローって、やっぱりガストのことだったんだな」
「何の話か全く見えてこねぇんだけど……とりあえず、初対面じゃないんだな。レンは日本語少しは分かるんだよな?何話してるんだ」
「その時のことは話したくない」とでも言いたげにふいっと目を逸らされた。俺だけ事情が飲み込めてねぇんだけど。見た感じ、悪い関係じゃなさそうなことだけは分かる。
少しばかりのけ者にされて寂しい気分に囚われたが、会話がひと段落したところで穂香がこっちを向いた。
「ごめんごめん。夏に一度会ったことがあるのよ。そこの彼も一緒にね」
夏のある日、ブルーノースシティの公園で猫の親子を【イクリプス】から庇ったという話から始まる。司令が数日落ち着かない様子だったことを思い出した。あの頃は第13期チームがバタバタしていて大変だったんだよな。
子猫を抱えて歩いていたその時に、穂香からカーディガンと買ったばかりのTシャツを譲り受けたそうだ。ああ、なるほどな。それでこのTシャツに繋がるってわけか。
「そうだったのか。レンも霧華ちゃんも驚いてたのはそういう理由だったんだな」
「ええ。改めまして水無月穂香です。彼の友人です。よろしくね」
「葉月霧華です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「…如月レン。ガストと同期で所属はノースセクターだ」
お互いに簡単な自己紹介を済ませ、フードフェスティバルが行われている会場へ向かった。
◇◆◇
駅からそれ程遠くない広場に設営されたイベント会場。白を基調としたテントが幾つも張られている。その中で調理したものを客に提供するスタイルだ。基本は食べ歩きだけど、テーブル席も少し設置されている。
秋晴れで過ごしやすい気候だ。風も穏やかだし。会場は大勢の市民で賑わっていた。
「穂香さんは初めてなんですか?」
「うん。なんだかんだ忙しくて来れてなかったの。だから今日は楽しみにしてた。…どうせなら、普段売ってないものが食べたいわね。霧華ちゃんはどうする?」
三つ折りのリーフレットを開き、各ブースのチェックを始める。世界中の料理が集まっているというだけあって、種類は豊富だ。パエリア、ガレット、ガパオライス、小籠包、ビビンバ。ケバブもある。こんだけあると目移りしちまう。ジャパニーズフードはタコ焼き、お好み焼き、焼きソバがあるみたいだ。そういえば、ソバって名前なのに麺がソバじゃないんだよな。
「おっ、ターキーレッグもあるのか。これはいよいよ迷っちまうな……レンはもう決めたのか」
「ああ。シーフード専門店に行く」
「オーケー。そっちは決まったか?」
「私はタコ焼きにする。霧華ちゃんはお好み焼きがいいって」
「お店の場所、確認したら同じ方向みたいですね」
リーフレットに記載された店の場所を順に示す。シーフード専門店とジャパニーズフードのブースは隣合っている。
俺たちの少し前を歩く二人は「お祭りの屋台みたいでワクワクしてきた」「なんだか懐かしいですね」と既に打ち解けている様子だった。いつの間にか名前で呼び合ってたし、二人とも人見知りする方じゃないからな。
「じゃあ、まずはそっちに向かうか。俺はもうちょっと悩むよ。……人が多いからはぐれないようにしねぇと」
「はい」
「……霧華ちゃん。レンのこと任せてもいいか」
レンが余所見をしている間に、こっそりと彼女に耳打ちした。レンはリーフレットを何度も見て、現在地から目的地までどう行けばいいのか把握しようとしている。その努力は認めるよ。ただ、白いテントが立ち並んでいていかにも迷いそうな場所だ。先頭に立たせるには不安しかない。単独行動は以ての外だ。
方向音痴のレンを俺が誘導したら機嫌を損ねる。霧華ちゃんについてもらった方が素直に聞いてくれるだろう。彼女は俺の意図を汲み取ってくれたようで、こくりと頷いてくれた。さりげなくレンの隣に並び、猫の話を交えながら目的地へ歩き出す。これでひと先ずは安心だな。
「ガスト。それ、似合ってる」
必然的に俺の隣へ並んだ穂香が、このTシャツを見る。それから前を歩くレンの方を見ながらこう言った。
「如月くんはもっとシンプルな服が好きそうよね。今日の格好もそうだし」
「…このTシャツ、サウスのショップで売ってたやつだよな」
「うん。ガストの誕生日プレゼントにって買ったもの。でも緊急事態で困ってたみたいだから、放っておけなくて。次の休みにもう一度買いに行こうと思ったら、もう完売してた。だから新しいの用意できなかったんだけど…まさかこんな形でガストの手に渡ると思わなかったわ」
だからサイズもぴったりだったのか。謎が全て解けた。
ああ、でもこれだと誕生日プレゼント二つ貰ったことになる。使い勝手が良くて、センスのいいタンブラーを貰ったんだ。愛用の一品になってるし、マリオンにも「オマエにしては洗練された物を使っているな」と褒められたし。気分良く話していたら、自慢するなってウザがらたけどな。
何か見繕ってくるかとも考えた。そういえば、タングステンのバレルをちょうど買ってある。
「…これの代わりにはならないかもしれねぇけどさ、ダーツのバレル買ってきたんだ。それプレゼントさせてくれよ」
「この間話してたやつ?いいの?」
「ああ、おススメのバレルだ。それで今度勝負しようぜ」
「ありがと!楽しみにしてる。……ところで、如月くん。もしかして方向音痴なのかしら」
こっちも話に華を咲かせていたが、どうも目の前の二人が気になってしまう。二人というよりはレンだ。さっきから違う方向に行こうとするのを霧華ちゃんが服の袖を引っ張っては方向を修正している。
「こっちじゃないのか」
「え、えっと…このまま真っすぐ行った方が近道だと思うの」という会話も聞こえてきた。
「……もしかしなくとも、方向音痴だ。本人は否定してる」
「方向音痴の人ってそうなのよね。自分で認めないっていうか…でも、あれだと目離せないわね。いっそ手繋いでた方がいいんじゃないかしら」
「俺もそう思う。俺が誘導してやると怒るんだよ、あいつ。だから、霧華ちゃんに任せたんだ」
「ふーん。……なるほどね。ガストってホント世話焼きよね。人の恋路まで面倒見てさ」
「そっ、そりゃぁ…あの二人はお似合いだし、上手くいってほしいと思ってる」
「程々にしとかないと、自分の恋路が上手くいかなくなるわよ。私の友達でもそういう子、結構いたし」
「はは……無茶苦茶染みるぜ、その言葉」
レンが明後日の方向に踏み出そうとするのを引き留める。これで何回目かな。ふと、二人がぴたりと足を止めた。その背にぶつかる手前で俺たちも立ち止まる。肉の焼ける匂いとハーブの香りが漂っていた。
すぐ側にターキーレッグを売ってるテントがある。そこに見知った顔が二つ。真っ赤な髪とその隣に薄い金色の髪。まだ向こうはこっちに気づいていないみたいだ。目聡くその姿を見つけたレンはどうしたものかと迷っていたんだろう。気づかれないうちに道を逸れるか、それとも声を掛けるか。
立ち往生しているレンに気づいたのか、アキラとウィルが俺たちの方を捉えた。レンと霧華ちゃんを見た時は花が咲いたみたいに、パッと笑顔を見せたウィル。俺を見るなりそれが一瞬にして枯れたように思えた。相変わらずあからさますぎる。
「よぅ、ガスト。お前たちも来てたんだな。レンが一緒なのは驚いたけど」
「俺が居たら悪いか」
「誰もそんなこと言ってねぇだろ。……えーと、あと、そっちは確か司令の妹…」
レンの隣を見て、名前を思い出そうとしている。顔は憶えてる、でも名前までは憶えてなかったみたいだ。
「こら、失礼だぞアキラ。霧華さんだよ。ちゃんと名前憶えなきゃダメじゃないか」
「憶えてるっつーの。今のは、思い出せなかっただけだ」
「はいはい。これを機にちゃんと憶えような。……そちらは」
ウィルのヤツ、俺のことは完全に無視してるな。あからさまなスルーをかまして、穂香に目を向ける。流石にこっちは初対面のようだ。レンのことも知ってたし、他にヒーローの知り合いがいるかと思ったけど。
「水無月です」
「ご丁寧にありがとうございます。俺はウィル・スプライトです。こっちは幼馴染の鳳アキラ。俺たちもレンと同じでヒーローです。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「あの、つかぬ事伺いますけど……アドラーとはどういった関係で」
「友人ですけど?」
不意打ちの質問に身構える。何の迷いもなく穂香はそう答えた。いや、そうだよな。うん。友人以外の何ものでもないよな、悲しいことに。
その返事が不満だったのかは知らないが、何故かウィルが顔を顰めた。
「……失礼かもしれませんけど、悪いことは言いません。あまり深く関わらない方がいいかと」
「いやいや、それ失礼すぎるだろ!アキラのことはともかく、俺の交友関係に口出ししないでくれよ」
「お前が真っ当なヤツなら俺だって口を挟まない。品行方正な女性をたぶらかそうとするなんて、黙っていられるわけないだろ」
「ああ、ご心配なく。たぶらかされてもいないし、彼が昔やんちゃしてたのも知ってますから」
サラリと言ってのけた穂香。それを分かっている上で親交を深めていると。差別なく付き合ってくれんのは本当にありがたいと思っている。
それでもウィルはまだ納得がいかないのか、渋い顔のまま俺を一瞥した。
「……そうですか。何かあったらいつでも言ってください。俺、ルーキーですけどヒーローなので。力になれると思います」
「何の力になるんだ…?それに、俺も一応ヒーローなんだけど」
ぼそりと俺が呟くと、無表情のウィルが睨みつけてきた。間違ったこと言ってないだろ。
場の空気が少し悪くなってきたのを察した霧華ちゃんがウィルの手元を見て、その紙袋はどうしたのかと訊ねた。すると、パッと表情が切り替わる。
「抹茶ティラミスが売っていたので、さっき買ってきたんです」
「こいつ、メシじゃなくてデザートばかり買ってるんだぜ」
「だってどれも此処でしか買えないようなものだし…そうだ、レンにもあげ」
「いらない」
きっぱりと即答したレンにウィルが眉尻を下げる。「普通の甘さなんだけど」と寂しそうに。紙袋にはかなりの量が入っているようだ。
「沢山買ったんですね」
「はい。抹茶ティラミス二十個とお餅入りどら焼き十五個、もみじ饅頭を三十個…」
「……すごい。お土産買うのも大変ですね」
「あ、お土産用はこれから選ぶつもりで……これは全部自分用です」
にこにこ笑いながらウィルがそう言った。それを疑問に思ったのか、穂香が真顔で俺に訊ねてくる。
「……聞き間違いじゃなければ、全部自分用って聞こえたんだけど」
「まぁ、うん。そうだな。穂香の和訳間違ってないぜ」
「あ…甘いものって疲れた時にいいですよね…?」
「霧華…フォローしなくていい。ウィルの甘党は尋常じゃない」
流石に霧華ちゃんも引いているようで、笑顔に戸惑いの色が浮かんでいる。レンが首を静かに横へ振っていた。
「ウィルの超甘党のせいでガキの頃に被害にあってるしな…俺たち」
「そ、そうなの…それはご愁傷様。…あれ、そういえば君、どこかで見たことある」
「ん?あー……そういや、俺もあんたの顔見たような……」
アキラが首を捻りながら俺と穂香を交互に見る。多分昔、俺と一緒にいるところ見かけたんじゃないか。高架下でバスケしてる所も見られてたみたいだし。
「結構ガストと一緒にいること多いよな」
「そう?私だけじゃないと思うけど」
「んー…そうかぁ?俺はいっつもあんたといるの見かけてるけど……あ」
アキラの頭上に電球が閃いた気がした。そしてニヤニヤと笑みを深めて俺を肘でつついてくる。
「もしかして、ガストの好…」
「ああーっ!ストップ、アキラ!」
その先を言わせまいとアキラの口を強引に手で塞いだ。
「え、なに。どうしたの?」
「あ、ああ…その、俺の好きなサーモンのベーグルサンドがあるかもなぁ!って話をだな」
「…探せばありそうだけど。よほど好きなのね、サーモンのベーグルサンド」
「あれ、大好きなんだよなぁ。こういう秋空の下で食うのもまた格別になりそうだし」
ものすごく無理やりにだけど、なんとか誤魔化せたよな。アキラが苦しそうにもがきだしたから手を離す前に「余計なこと言うなよ」と忠告する。
そういえば、アキラにちょっかい出しているにもかかわらず、保護者クンが口を挟んでこなかったな。どうしたんだ。
少し先の方にいた二人を見つけると、霧華ちゃんが血相を変えていた。
「ガストさん…大変です。レンくんが…!」
「え、レンがどうしたんだ」
「ちょっと目を離したすきに逸れたみたいだ」
「ごめんなさい…私」
頼まれていたのに、はぐれてしまったと。自分を責めようとする霧華ちゃんに首を振る。
「霧華ちゃんは全然悪くないって。俺らが長話してたせいで、レンが痺れ切らしちまったんだろうし。とにかく、手分けして捜そう」
「しょうがねぇなー。俺たちも迷子のレン捜し手伝ってやるよ。な、いいだろウィル?」
「そうだな。…俺もそこの店に気を取られていたから、気づけずにいたし。みんなで捜そう」
そういうことか。そこのクレープ屋に目を取られてたってわけだな。
「おお、サンキュ。こんだけ人数いりゃすぐ見つかるだろ。穂香も悪いな、バタバタしちまってさ」
「気にしないで。私は霧華ちゃんと一緒に向こう見てくるわね」
「ああ、頼んだぜ」
落ち込んでる霧華ちゃんを宥めながら、向こう側へ。穂香に任せておけばとりあえず大丈夫だろう。
ウィルには目的地の方を見てもらうように頼む。流石に進行方向と逆には行ってないと思いたい。でもレンだからな、今までの経験からして有り得ないとも言い切れない。
「おい、ガスト。レンを捜し終わったら、なんか奢ってもらうぜ。さっきの口止め料と併せてな」
「分かったよ。……なぁ、なんでお前って妙なトコ鋭いんだ」
「ん?いや、だってそりゃ…見て分かるだろ。ガストが女の人と一緒にいること自体珍しいし、それに」
「それに?」
「機嫌がいい。今もだけど、すげー楽しそうにしてるよな」
そう聞いた俺は何も言い返せなかった。