番外編、SS詰め合わせなど
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ハッピーハロウィン!
十月三十一日。
街中はハロウィンの飾り付けで賑やかに彩られている。
このノースシティでは目鼻と口をくり貫かれたパンプキン、魔女の箒やランタン、コウモリのオブジェなどをあらゆる場所で見かけた。俺が見慣れたサウスストリートとはまた違う雰囲気を味わえている。
この日は現世の人間が幽霊や悪魔に扮して町中を歩き回る。その中に本物が混ざっているケースもあるとか、ないとか。なんにせよ、今日はどの街も活気に溢れる日だ。
そして【HELIOS】のヒーロー達が忙しくなる日でもある。パレードが終わったあとはハロウィン・リーグでチーム毎に披露しなきゃいけない。いつもと違う【LOM】という理由もあるけど、メンターのマリオンがルーキー指導に力を入れ始めたせいもあって、ここ最近はトレーニング量が半端じゃなかった。クタクタになってベッドに倒れ込む日もあったし、うっかり寝坊した日にはマジで血の気が引いたこともあった。当然、同室のレンは起きてないからな。何度か夢見が悪いとかで俺より先に起きてたこともあったけど。
可愛らしいお化けに仮装した子どもたちからの「トリック・オア・トリート」の声に応じるマリオンの表情はいつになく柔らかくて、ハロウィンを楽しんでいるんだろうと言えば否定されちまった。挙句、手を休めずに市民にお菓子を配ってこいと鞭を振るわれそうになる。
集まってくる子どもたちにお菓子を配り歩いていたら、見覚えのある顔を見つけた。気兼ねなく話せる相手だから、こっちから声を掛けに行く。勿論、側にいたレンも連れて。「なんだよ」と怪訝そうにされるが、霧華ちゃんがいることに気づくと目を見張った。
「ハッピーハロウィン。レンくん、ガストさん」
俺たちに気づくと、にこやかに手を振ってくれた。街中が仮装した人で溢れてるけど、彼女は普段と変わらない服装のようだ。
「Happy Halloween!わざわざノースまで来てくれたのか」
「うん。レンくんに渡したいものがあったから」
「…俺に?」
そう言って霧華ちゃんがショルダーバッグから薄くて平たい箱を取り出して、レンに手渡した。それに心当たりがどうも無いようで、暫く考えていたが、結局相手に訊ねていた。
「ほら、この間…あの子が爪引っ掛けた時。手袋、破けちゃったでしょ。だから、新しいの買ってきたの」
「……ああ、あの時の。別に、あれは俺の不注意でもあった。気にすることない」
そう言い聞かせながらも、箱に視線を落としながら何か呟いていた。空耳でなければ「ありがとう」と聞こえた気がする。
俺にはその共通の話がわからなくて、首を捻っていると霧華ちゃんが丁寧に話し始めてくれた。
「子猫の爪がレンくんの手袋に引っかかって…破けちゃったんです」
「そうだったのか。遠慮なく貰っとけよ、レン」
「…なんでガストが決めつけるんだ」
「だってそれ渡すためにわざわざイーストから来てくれたんだろ?受取拒否の選択肢は無いんじゃないか」
間違ったことは何一つ言ってないと思うんだが、何故か睨まれた。はいはい、わかったよ。俺はもう余計なこと言わないようにする。と、決めたつもりが一つ言い忘れてたことがあった。
「そうだ、レン。昨日焼いた……わかった、わかったよ。俺は口出ししないから好きにしてくれ」
一切口を挟むなという無言の圧力に今度こそ沈黙を守ることにした。
二人が話している間、マリオンの方をちらっと盗見る。ストリートの反対側で子どもたちの相手をしているようだった。俺はその隙に返事が来てないかスマホを覗いた。
相手とのトーク画面にはタワーを出る前と何一つ変化のない画面。俺のメッセージだけが連なっている状態だ。相手からの返事は一切ない。ただ、既読の印だけはついている。見るだけ見て、無視する。今日という日だけは毎年こうなんだよな、あいつは。
再度メッセージを送っておこうかと、その内容を考えている端で、レンと霧華ちゃんの会話が頭に入ってきた。
「手袋の礼にはならないかもしれない…俺の所属チームで焼いた」
「クッキー…すごい、可愛い。絵が上手なのね」
「それはメンターが描いた」
「あ…この猫ちゃん、もしかして」
「…上手くは描けなかった」
「ううん。すごく可愛い。特徴が二匹ともちゃんと出てる。これ、貰ってもいいの?」
「今日はハロウィンだろ。……それは霧華が、喜ぶと思ったから」
「ありがとう、レンくん」
「……こっちこそ」
俺はスマホに打ち込んだメッセージを送信してから、二人の方へ目を向けた。霧華ちゃんは嬉しそうに笑ってたし、レンの表情もいつになく優しい顔つきだった。その表情、普段見たことないぞ俺。
まぁ、幸せそうで何よりだよ。羨ましい限りだまったく。
市民に配るクッキーを焼いている時、レンがハチワレ猫のアイシングを描いていた時の集中力は凄まじかったもんな。俺も一つ真似て、アイシングに細工してみたけど。渡す相手が来なきゃ意味がないんだよな。周囲をいくら見渡しても、穂香の姿は見当たらないし。この様子だと今年も家に引きこもってるんだろう。
いつの間にか溜息をスマホの画面に吹きかけていた。
「ガストさん、お疲れですか…?」
「え?…あ、あぁいや……これは別に。そうだ、霧華ちゃんはこの後どうするんだ」
「エリオスタワーで姉さんと待ち合わせます」
「と、いうことは…ハロウィン・リーグの観戦だな」
「はい。二人共頑張ってくださいね、観客席から応援してます。…それにその衣装、レンくんもガストさんもよく似合ってます」
「褒めてくれてサンキュ。霧華ちゃんが応援してくれるなら、これは頑張らないといけないよな、レン」
「…いちいち俺に話を振らないでくれ。言われなくてもわかってる」
さっきの笑みは完全に消えていて、いつもの無愛想なレンに戻っていた。ぷいっとそっぽを向いて歩き出しちまった。気のせいか、少し耳が赤くなっているような。それ指摘したらまた怒られそうだから言わないでおこう。
さてと、そろそろ雑談も切り上げないとマリオンの鞭が飛んできそうだな。
「ごめん。俺もそろそろ行かないと。ハロウィン・リーグが始まる前までにお菓子配って歩かないといけないんだ」
「あ…こちらこそ引き留めてすみませんでした。……久しぶりのリーグ観戦、とても楽しみなんです。それに今年は特別に…」
そう言いかけて、口元を上品に抑えた。これは内緒だったという風に、にこにこ笑って誤魔化している。霧華ちゃんって陽だまりみたいだよな。だから猫に好かれるのか。彼女のおかげでレンも少しは丸くなってきてるみたいだし。
「きっと、ガストさんたちもびっくりすると思います。楽しみにしててください」
「ああ…なんかわかんねぇけど、それを励みに頑張るか。霧華ちゃんも楽しんでってくれよ」
「はい」
今年のハロウィン・リーグは例年とは一味違うサプライズがあるらしい。良いサプライズなら大歓迎だな。
タワー方面に向かう霧華ちゃんを見送りながら、ホント元気になって良かったと思う。色々あって、一時はどうなるかと思ったし。あの二人も良い方向に進むといいな。
それから俺は反対側のストリートで子どもたちにお菓子を配って歩いていた。少年たちには「かっこいい!」と褒めてもらったりもした。
なんだかんだで、この格好は気に入っている。衣装の作りだって、素人の俺にでもわかるくらい拘っているし、是非ともあいつに見てもらいたい。家から出ないなら、ネット中継でリーグを見てくれとも伝えたいが。絶対に見ないな。うん。これだけは断言できる。
穂香は大が付くほどのハロウィン嫌いだ。その理由を聞いたら、日本にいた時に菓子をあげたにもかかわらず、酷い悪戯されたとかで。それ以来ハロウィン当日は親しい友人にすら会わないようにしていると苦い顔で話していた。だから今こうして無視され続けてるってわけだ。メッセージに既読が付くだけマシだと思うようにしている。まぁ、誰にだってトラウマはあるしな。
「うわっ、見て見て!なんかかっこいいヴァンパイアがいる!」
「ホントだ~!イケメンヴァンパイア!」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、進行方向から歩いてくる二人連れの女の子と目が合った。その瞬間に小走りで距離を詰めらたせいで、思わず身を後ろに引きたくなる。
「あの〜すみません。トリックオアトリートしてもいいですか?」
「ヴァンパイアさんの名前はなんていうんですか?っていうか何歳?付き合ってる人いますか~?連絡先教えてくださーい。あ、そうだ今から私たちとハロウィンパーティー行きませんか?」
ちょ、ちょっと待ってくれ。なんだこの状況。この子たちから妙な圧を感じる。なんか色々聞かれたけど、付き合ってる人とか、連絡先がどうのとか。どう対応すりゃいいんだ。
対応に困っているところに、偶然レンが通りかかった。咄嗟に声を上げて助けを求める。
「おい、レン!…こっちだこっち!」
俺の声は確かにレンに届いていた。こっちを見たし、目もあった。それなのにだ、見なかったフリをして去っていく。おいおい、絶対に気づいてただろ今の。お前も無視するのかよ。今日の乙女座、占い最下位な気がしてならない。
一瞬で過ぎ去った助けに頼ることもできなくなったし、とりあえずこの場をなんとか切り抜けないと。どうするよ。グイグイ来てるぞこの女の子たち。
とりあえず、一歩後ろへ下がる。が、その開いた一歩の距離を向こうに詰められる。これは逃げられそうにないっつーか、市民から逃げ出したってのがマリオンにバレたら何回打たれるか分からないぞ。だからって、気軽に答えていいもんじゃないだろうし、それに俺は。
穂香の顔がふっと頭に浮かんできた。
「……わ、悪いんだけどさ。その、好きな……あ、いや彼女…いるんだよ」
「えー。うそぉ。そうなの?ざんねーん」
何気ないその発言で嘘が秒でバレたのかと内心バクバクしていた。相手の出方に身構えていると、もう一人の女の子が俺の方を見ながらやけにニヤニヤと笑っていた。
「へぇ~。そっかー。真面目なヴァンパイアさんね。一途っていうか。うん。がんばって~」
「えー勿体ないってば」
「ほらほら、行くよ。じゃあね~。ハッピーハロウィーン」
意味深に笑っていた子がもう一人の腕を引っ張っていく。なんだかわからないが、とにかく助かった。嫌な汗が噴き出している。リーグ前だってのに、変な汗かいちまった。
でも、この場を乗り切る手段とはいえ、勝手に彼女だなんて嘘を吐いた。バレたら怒られるかもな。でも、近いうちには。そう考えては伝えられず今に至るわけだが。不甲斐ない自分が情けなくて、落ち込みそうになる。
それにしたって、最近顔見てないんだよな。こっちはハロウィン・リーグに向けてトレーニング量増えたし、パトロール中も出くわすこともなかった。
今日はハロウィンだから返事がくるどころか、会ってくれる可能性はゼロに等しいだろうな。それでも、せっかく頑張って作ったクッキーだ。特別に細工したアイシングが無駄になるのもなんか残念だ。
相変わらず既読のみがつくトーク画面を見つめ、一人頷く。ハロウィン・リーグが終わって、チームのパーティーが終わった後にでも連絡入れてみるか。ダメ元で家まで足も運んでみるか。門前払いされないよう、今のうちに祈っておくか。
自分の格好を見返して、今の俺が祈りを捧げるのは可笑しいかと、人知れず苦笑いを浮かべた。
十月三十一日。
街中はハロウィンの飾り付けで賑やかに彩られている。
このノースシティでは目鼻と口をくり貫かれたパンプキン、魔女の箒やランタン、コウモリのオブジェなどをあらゆる場所で見かけた。俺が見慣れたサウスストリートとはまた違う雰囲気を味わえている。
この日は現世の人間が幽霊や悪魔に扮して町中を歩き回る。その中に本物が混ざっているケースもあるとか、ないとか。なんにせよ、今日はどの街も活気に溢れる日だ。
そして【HELIOS】のヒーロー達が忙しくなる日でもある。パレードが終わったあとはハロウィン・リーグでチーム毎に披露しなきゃいけない。いつもと違う【LOM】という理由もあるけど、メンターのマリオンがルーキー指導に力を入れ始めたせいもあって、ここ最近はトレーニング量が半端じゃなかった。クタクタになってベッドに倒れ込む日もあったし、うっかり寝坊した日にはマジで血の気が引いたこともあった。当然、同室のレンは起きてないからな。何度か夢見が悪いとかで俺より先に起きてたこともあったけど。
可愛らしいお化けに仮装した子どもたちからの「トリック・オア・トリート」の声に応じるマリオンの表情はいつになく柔らかくて、ハロウィンを楽しんでいるんだろうと言えば否定されちまった。挙句、手を休めずに市民にお菓子を配ってこいと鞭を振るわれそうになる。
集まってくる子どもたちにお菓子を配り歩いていたら、見覚えのある顔を見つけた。気兼ねなく話せる相手だから、こっちから声を掛けに行く。勿論、側にいたレンも連れて。「なんだよ」と怪訝そうにされるが、霧華ちゃんがいることに気づくと目を見張った。
「ハッピーハロウィン。レンくん、ガストさん」
俺たちに気づくと、にこやかに手を振ってくれた。街中が仮装した人で溢れてるけど、彼女は普段と変わらない服装のようだ。
「Happy Halloween!わざわざノースまで来てくれたのか」
「うん。レンくんに渡したいものがあったから」
「…俺に?」
そう言って霧華ちゃんがショルダーバッグから薄くて平たい箱を取り出して、レンに手渡した。それに心当たりがどうも無いようで、暫く考えていたが、結局相手に訊ねていた。
「ほら、この間…あの子が爪引っ掛けた時。手袋、破けちゃったでしょ。だから、新しいの買ってきたの」
「……ああ、あの時の。別に、あれは俺の不注意でもあった。気にすることない」
そう言い聞かせながらも、箱に視線を落としながら何か呟いていた。空耳でなければ「ありがとう」と聞こえた気がする。
俺にはその共通の話がわからなくて、首を捻っていると霧華ちゃんが丁寧に話し始めてくれた。
「子猫の爪がレンくんの手袋に引っかかって…破けちゃったんです」
「そうだったのか。遠慮なく貰っとけよ、レン」
「…なんでガストが決めつけるんだ」
「だってそれ渡すためにわざわざイーストから来てくれたんだろ?受取拒否の選択肢は無いんじゃないか」
間違ったことは何一つ言ってないと思うんだが、何故か睨まれた。はいはい、わかったよ。俺はもう余計なこと言わないようにする。と、決めたつもりが一つ言い忘れてたことがあった。
「そうだ、レン。昨日焼いた……わかった、わかったよ。俺は口出ししないから好きにしてくれ」
一切口を挟むなという無言の圧力に今度こそ沈黙を守ることにした。
二人が話している間、マリオンの方をちらっと盗見る。ストリートの反対側で子どもたちの相手をしているようだった。俺はその隙に返事が来てないかスマホを覗いた。
相手とのトーク画面にはタワーを出る前と何一つ変化のない画面。俺のメッセージだけが連なっている状態だ。相手からの返事は一切ない。ただ、既読の印だけはついている。見るだけ見て、無視する。今日という日だけは毎年こうなんだよな、あいつは。
再度メッセージを送っておこうかと、その内容を考えている端で、レンと霧華ちゃんの会話が頭に入ってきた。
「手袋の礼にはならないかもしれない…俺の所属チームで焼いた」
「クッキー…すごい、可愛い。絵が上手なのね」
「それはメンターが描いた」
「あ…この猫ちゃん、もしかして」
「…上手くは描けなかった」
「ううん。すごく可愛い。特徴が二匹ともちゃんと出てる。これ、貰ってもいいの?」
「今日はハロウィンだろ。……それは霧華が、喜ぶと思ったから」
「ありがとう、レンくん」
「……こっちこそ」
俺はスマホに打ち込んだメッセージを送信してから、二人の方へ目を向けた。霧華ちゃんは嬉しそうに笑ってたし、レンの表情もいつになく優しい顔つきだった。その表情、普段見たことないぞ俺。
まぁ、幸せそうで何よりだよ。羨ましい限りだまったく。
市民に配るクッキーを焼いている時、レンがハチワレ猫のアイシングを描いていた時の集中力は凄まじかったもんな。俺も一つ真似て、アイシングに細工してみたけど。渡す相手が来なきゃ意味がないんだよな。周囲をいくら見渡しても、穂香の姿は見当たらないし。この様子だと今年も家に引きこもってるんだろう。
いつの間にか溜息をスマホの画面に吹きかけていた。
「ガストさん、お疲れですか…?」
「え?…あ、あぁいや……これは別に。そうだ、霧華ちゃんはこの後どうするんだ」
「エリオスタワーで姉さんと待ち合わせます」
「と、いうことは…ハロウィン・リーグの観戦だな」
「はい。二人共頑張ってくださいね、観客席から応援してます。…それにその衣装、レンくんもガストさんもよく似合ってます」
「褒めてくれてサンキュ。霧華ちゃんが応援してくれるなら、これは頑張らないといけないよな、レン」
「…いちいち俺に話を振らないでくれ。言われなくてもわかってる」
さっきの笑みは完全に消えていて、いつもの無愛想なレンに戻っていた。ぷいっとそっぽを向いて歩き出しちまった。気のせいか、少し耳が赤くなっているような。それ指摘したらまた怒られそうだから言わないでおこう。
さてと、そろそろ雑談も切り上げないとマリオンの鞭が飛んできそうだな。
「ごめん。俺もそろそろ行かないと。ハロウィン・リーグが始まる前までにお菓子配って歩かないといけないんだ」
「あ…こちらこそ引き留めてすみませんでした。……久しぶりのリーグ観戦、とても楽しみなんです。それに今年は特別に…」
そう言いかけて、口元を上品に抑えた。これは内緒だったという風に、にこにこ笑って誤魔化している。霧華ちゃんって陽だまりみたいだよな。だから猫に好かれるのか。彼女のおかげでレンも少しは丸くなってきてるみたいだし。
「きっと、ガストさんたちもびっくりすると思います。楽しみにしててください」
「ああ…なんかわかんねぇけど、それを励みに頑張るか。霧華ちゃんも楽しんでってくれよ」
「はい」
今年のハロウィン・リーグは例年とは一味違うサプライズがあるらしい。良いサプライズなら大歓迎だな。
タワー方面に向かう霧華ちゃんを見送りながら、ホント元気になって良かったと思う。色々あって、一時はどうなるかと思ったし。あの二人も良い方向に進むといいな。
それから俺は反対側のストリートで子どもたちにお菓子を配って歩いていた。少年たちには「かっこいい!」と褒めてもらったりもした。
なんだかんだで、この格好は気に入っている。衣装の作りだって、素人の俺にでもわかるくらい拘っているし、是非ともあいつに見てもらいたい。家から出ないなら、ネット中継でリーグを見てくれとも伝えたいが。絶対に見ないな。うん。これだけは断言できる。
穂香は大が付くほどのハロウィン嫌いだ。その理由を聞いたら、日本にいた時に菓子をあげたにもかかわらず、酷い悪戯されたとかで。それ以来ハロウィン当日は親しい友人にすら会わないようにしていると苦い顔で話していた。だから今こうして無視され続けてるってわけだ。メッセージに既読が付くだけマシだと思うようにしている。まぁ、誰にだってトラウマはあるしな。
「うわっ、見て見て!なんかかっこいいヴァンパイアがいる!」
「ホントだ~!イケメンヴァンパイア!」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、進行方向から歩いてくる二人連れの女の子と目が合った。その瞬間に小走りで距離を詰めらたせいで、思わず身を後ろに引きたくなる。
「あの〜すみません。トリックオアトリートしてもいいですか?」
「ヴァンパイアさんの名前はなんていうんですか?っていうか何歳?付き合ってる人いますか~?連絡先教えてくださーい。あ、そうだ今から私たちとハロウィンパーティー行きませんか?」
ちょ、ちょっと待ってくれ。なんだこの状況。この子たちから妙な圧を感じる。なんか色々聞かれたけど、付き合ってる人とか、連絡先がどうのとか。どう対応すりゃいいんだ。
対応に困っているところに、偶然レンが通りかかった。咄嗟に声を上げて助けを求める。
「おい、レン!…こっちだこっち!」
俺の声は確かにレンに届いていた。こっちを見たし、目もあった。それなのにだ、見なかったフリをして去っていく。おいおい、絶対に気づいてただろ今の。お前も無視するのかよ。今日の乙女座、占い最下位な気がしてならない。
一瞬で過ぎ去った助けに頼ることもできなくなったし、とりあえずこの場をなんとか切り抜けないと。どうするよ。グイグイ来てるぞこの女の子たち。
とりあえず、一歩後ろへ下がる。が、その開いた一歩の距離を向こうに詰められる。これは逃げられそうにないっつーか、市民から逃げ出したってのがマリオンにバレたら何回打たれるか分からないぞ。だからって、気軽に答えていいもんじゃないだろうし、それに俺は。
穂香の顔がふっと頭に浮かんできた。
「……わ、悪いんだけどさ。その、好きな……あ、いや彼女…いるんだよ」
「えー。うそぉ。そうなの?ざんねーん」
何気ないその発言で嘘が秒でバレたのかと内心バクバクしていた。相手の出方に身構えていると、もう一人の女の子が俺の方を見ながらやけにニヤニヤと笑っていた。
「へぇ~。そっかー。真面目なヴァンパイアさんね。一途っていうか。うん。がんばって~」
「えー勿体ないってば」
「ほらほら、行くよ。じゃあね~。ハッピーハロウィーン」
意味深に笑っていた子がもう一人の腕を引っ張っていく。なんだかわからないが、とにかく助かった。嫌な汗が噴き出している。リーグ前だってのに、変な汗かいちまった。
でも、この場を乗り切る手段とはいえ、勝手に彼女だなんて嘘を吐いた。バレたら怒られるかもな。でも、近いうちには。そう考えては伝えられず今に至るわけだが。不甲斐ない自分が情けなくて、落ち込みそうになる。
それにしたって、最近顔見てないんだよな。こっちはハロウィン・リーグに向けてトレーニング量増えたし、パトロール中も出くわすこともなかった。
今日はハロウィンだから返事がくるどころか、会ってくれる可能性はゼロに等しいだろうな。それでも、せっかく頑張って作ったクッキーだ。特別に細工したアイシングが無駄になるのもなんか残念だ。
相変わらず既読のみがつくトーク画面を見つめ、一人頷く。ハロウィン・リーグが終わって、チームのパーティーが終わった後にでも連絡入れてみるか。ダメ元で家まで足も運んでみるか。門前払いされないよう、今のうちに祈っておくか。
自分の格好を見返して、今の俺が祈りを捧げるのは可笑しいかと、人知れず苦笑いを浮かべた。
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