名コナ
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Lost woman 01
朝日が昇り、町並みが色づいていく。
現代社会特有である朝の通勤ラッシュでごった返す光景が遠い昔から続いてきた。学生、会社員、子どもを保育園に送る母親。
このあまりにも見慣れた景色はきっと何処へ行っても同じようなものなんだろう、と。
やがて日が沈み、そしてまた日が昇る。その繰返し。
このありふれた日常は疑いようもない現実。けど、此処は私にとって残酷なまでに虚構の世界だ。
……なんてことは、誰にも話したことがない。ふざけても、真面目にも、愚痴のように吐き出したこともない。話した所で『なんだコイツは。頭の打ち所でも悪かったのか』『厨二病をまだ拗らせているのか』だとかで憐れみの目を向けられるだけだから。
私は別次元の平行世界から渡ってきました。
その信実を知っているのも信じているのも只の一人、私だけだ。
一点の曇りがない窓ガラス。内と外で隔たりのない風景を見ていた。
この世界を生きる人々にとっては何の変哲もない日常生活。ちょうど下校時間なのかランドセルを背負った小学生が友達に笑いかけながら走っていく。若かりし自分にもあんな無邪気な時期があった。それがこんな澄ました大人になるなんて、予想もしていなかっただろうに。
「お待たせ致しました。サンドイッチセットでございます」
不意にかけられた言葉にぴくりと肩が反応した。声のする方を見上げると、殆ど金に近い茶髪のウェイター―そのせいか肌の色が目立つ。否、髪の色が一層引き立っている―が銀のトレイを片手に立っていた。
私はテーブルの上に置いたままのカバーをかけた文庫本を慌てて退かす。ウェイターが「恐れ入ります」とニコリと笑った。テーブルにサンドイッチが乗った皿とホットコーヒーが用意された。
「ありがとうございます。……あの、何か?」
注文の品は全て揃っている。愛想の良いウェイターは伝票をテーブルの隅に伏せた。これ以上の接客は望んでいない。けど、このウェイターは私の顔をじっと見てくる。
「いえ、何の本を読んでいらっしゃるのかと思いまして」
「……昔読んだ小説。本屋で見つけて、懐かしいから買ったんです」
「へえ…それほどそのお話が好きなんですね」
「まあ、そうですね。気に入っています」
「僕も結構本を読むんですよ。面白い本があったら今度教えてもらえませんか」
考えておきます。無難にそう返した私はコーヒーカップに手を伸ばした。その動作で私の意図を汲み取ったウェイターは愛想の良い笑みをまた浮かべて「ごゆっくりどうぞ」と言ってカウンターの奥へと戻った。
砂糖もミルクも入れずに口をつけたコーヒーはコクと苦みが際立つ。この絶妙な味のバランスが好きで、それだけの理由でこの喫茶ポアロに立ち寄っている。本当は近寄りたくないのだけど。
ソファの上に退かした文庫本を鞄にしまった。これ以上余計な詮索をされたくないもの。
朝日が昇り、町並みが色づいていく。
現代社会特有である朝の通勤ラッシュでごった返す光景が遠い昔から続いてきた。学生、会社員、子どもを保育園に送る母親。
このあまりにも見慣れた景色はきっと何処へ行っても同じようなものなんだろう、と。
やがて日が沈み、そしてまた日が昇る。その繰返し。
このありふれた日常は疑いようもない現実。けど、此処は私にとって残酷なまでに虚構の世界だ。
……なんてことは、誰にも話したことがない。ふざけても、真面目にも、愚痴のように吐き出したこともない。話した所で『なんだコイツは。頭の打ち所でも悪かったのか』『厨二病をまだ拗らせているのか』だとかで憐れみの目を向けられるだけだから。
私は別次元の平行世界から渡ってきました。
その信実を知っているのも信じているのも只の一人、私だけだ。
一点の曇りがない窓ガラス。内と外で隔たりのない風景を見ていた。
この世界を生きる人々にとっては何の変哲もない日常生活。ちょうど下校時間なのかランドセルを背負った小学生が友達に笑いかけながら走っていく。若かりし自分にもあんな無邪気な時期があった。それがこんな澄ました大人になるなんて、予想もしていなかっただろうに。
「お待たせ致しました。サンドイッチセットでございます」
不意にかけられた言葉にぴくりと肩が反応した。声のする方を見上げると、殆ど金に近い茶髪のウェイター―そのせいか肌の色が目立つ。否、髪の色が一層引き立っている―が銀のトレイを片手に立っていた。
私はテーブルの上に置いたままのカバーをかけた文庫本を慌てて退かす。ウェイターが「恐れ入ります」とニコリと笑った。テーブルにサンドイッチが乗った皿とホットコーヒーが用意された。
「ありがとうございます。……あの、何か?」
注文の品は全て揃っている。愛想の良いウェイターは伝票をテーブルの隅に伏せた。これ以上の接客は望んでいない。けど、このウェイターは私の顔をじっと見てくる。
「いえ、何の本を読んでいらっしゃるのかと思いまして」
「……昔読んだ小説。本屋で見つけて、懐かしいから買ったんです」
「へえ…それほどそのお話が好きなんですね」
「まあ、そうですね。気に入っています」
「僕も結構本を読むんですよ。面白い本があったら今度教えてもらえませんか」
考えておきます。無難にそう返した私はコーヒーカップに手を伸ばした。その動作で私の意図を汲み取ったウェイターは愛想の良い笑みをまた浮かべて「ごゆっくりどうぞ」と言ってカウンターの奥へと戻った。
砂糖もミルクも入れずに口をつけたコーヒーはコクと苦みが際立つ。この絶妙な味のバランスが好きで、それだけの理由でこの喫茶ポアロに立ち寄っている。本当は近寄りたくないのだけど。
ソファの上に退かした文庫本を鞄にしまった。これ以上余計な詮索をされたくないもの。
