封神演義(WJ)
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2.甘いものに目がないんです
オーブンレンジが焼き上がりを報せる音を発した。扉を開けると漂う甘く香ばしい匂い。
パイ生地の焼き具合もちょうど良い。初挑戦にしては上出来だった。
両手に厚手のミトンを嵌めてオーブン皿を掴み、鍋敷きの上に乗せる。荒熱を冷ましてから切り分けよう。
居候が来てからお菓子を作る機会がぐっと増えるようになった。一人暮らしでは偶に、気が向いた時にしか作ることはなかった。それも手軽に作れるクッキー程度のもの。本格的な焼き菓子を作るようになったのは紛れもなく彼の影響。
太公望という人は兎に角甘い物が好きだ。クッキー、マフィン、シフォンケーキ、スコーン。洋菓子に限らず和菓子も作れるようになってしまった。お菓子のレパートリーのみ増えていく。
彼は桃が好きだと言うので、本当はピーチパイを考えていた。けれど、この真冬の時期に桃は入手困難。今の時代、手に入れようと思えばできるがそれなりの対価が必要だ。では桃の缶詰でと思案も巡らせてみたものの、先ずはオーソドックスに慣れてからコツを掴んだ頃に作ろうという結論に至った。
「良い匂いがするのう」
噂をすれば。当人がキッチンに顔を覗かせにやってきた。甘い香りにつられてきたのだろう。湯船から上がったばかりで彼の全身からホカホカと湯気が立ち、消えていく。
彼はオーブン皿を見つめ、小首を傾げた。
「何を作っているのだ?」
「アップルパイ」
私がそう端的に答えると、ぱあっと顔を輝かせた。まるで少年のように無垢な笑顔。嬉しさのあまり今にも母親に飛びついてきそうな、そんな様子。つい昨日リクエストした物がこんなにも早く実現したせいだろう。偶然にも材料が揃っていたから。
こんなにもいい笑顔を見せてくれる。”美味しい”という言葉は本当に魔法のようだと思った。その一言だけで嬉しくなるのだから。
私は粗熱が冷めたアップルパイを切り分けようとケーキ用のナイフに手を伸ばそうとした。すると、甘い香りに混ざる爽やかな石鹸の香りがふわりと近づいた。それもそのはず。私の背中にぴったりと彼が抱きついてきた。お腹に回された温かい腕。熱がじわりと伝わってくる。彼の濡れた短い髪が首筋に触れて少し冷たさを感じる。
「霧華にも香ばしい匂いが移っておる。……今夜はこの香りと共に眠りにつきたいのう」
この人はどれだけ甘い物が好きなのか。きっと誰もが厭きれるほど、大が三つつくほど好きなんだろう。
子犬のようにすり寄ってくる頭。くすぐったくて仕方がない。しばらくしても離れる気配が見られない。
「アップルパイ、冷めてしまうわ。せっかくの焼きたてなのに……焼きたてはサクサクでリンゴが甘くてジューシーでとっても美味しいのに。……眠たいなら明日にする?明日のおやつは冷めきったボソボソの残念なアップルパイになっているだろうけど」
「否、今食すに決まっておろう」
「じゃあ食器棚からお皿を二枚お願いね」
「うむ」
意外なことにすんなりと言う事を聞いてくれた。本当、無邪気な子どものような一面がある。真剣な表情とこれを比べていたらおかしくてつい笑みを零した。
アップルパイと眠りたいなら枕元に置いて、とも思ったけれど。夜中に間食するだろうから彼には伝えないことにした。
オーブンレンジが焼き上がりを報せる音を発した。扉を開けると漂う甘く香ばしい匂い。
パイ生地の焼き具合もちょうど良い。初挑戦にしては上出来だった。
両手に厚手のミトンを嵌めてオーブン皿を掴み、鍋敷きの上に乗せる。荒熱を冷ましてから切り分けよう。
居候が来てからお菓子を作る機会がぐっと増えるようになった。一人暮らしでは偶に、気が向いた時にしか作ることはなかった。それも手軽に作れるクッキー程度のもの。本格的な焼き菓子を作るようになったのは紛れもなく彼の影響。
太公望という人は兎に角甘い物が好きだ。クッキー、マフィン、シフォンケーキ、スコーン。洋菓子に限らず和菓子も作れるようになってしまった。お菓子のレパートリーのみ増えていく。
彼は桃が好きだと言うので、本当はピーチパイを考えていた。けれど、この真冬の時期に桃は入手困難。今の時代、手に入れようと思えばできるがそれなりの対価が必要だ。では桃の缶詰でと思案も巡らせてみたものの、先ずはオーソドックスに慣れてからコツを掴んだ頃に作ろうという結論に至った。
「良い匂いがするのう」
噂をすれば。当人がキッチンに顔を覗かせにやってきた。甘い香りにつられてきたのだろう。湯船から上がったばかりで彼の全身からホカホカと湯気が立ち、消えていく。
彼はオーブン皿を見つめ、小首を傾げた。
「何を作っているのだ?」
「アップルパイ」
私がそう端的に答えると、ぱあっと顔を輝かせた。まるで少年のように無垢な笑顔。嬉しさのあまり今にも母親に飛びついてきそうな、そんな様子。つい昨日リクエストした物がこんなにも早く実現したせいだろう。偶然にも材料が揃っていたから。
こんなにもいい笑顔を見せてくれる。”美味しい”という言葉は本当に魔法のようだと思った。その一言だけで嬉しくなるのだから。
私は粗熱が冷めたアップルパイを切り分けようとケーキ用のナイフに手を伸ばそうとした。すると、甘い香りに混ざる爽やかな石鹸の香りがふわりと近づいた。それもそのはず。私の背中にぴったりと彼が抱きついてきた。お腹に回された温かい腕。熱がじわりと伝わってくる。彼の濡れた短い髪が首筋に触れて少し冷たさを感じる。
「霧華にも香ばしい匂いが移っておる。……今夜はこの香りと共に眠りにつきたいのう」
この人はどれだけ甘い物が好きなのか。きっと誰もが厭きれるほど、大が三つつくほど好きなんだろう。
子犬のようにすり寄ってくる頭。くすぐったくて仕方がない。しばらくしても離れる気配が見られない。
「アップルパイ、冷めてしまうわ。せっかくの焼きたてなのに……焼きたてはサクサクでリンゴが甘くてジューシーでとっても美味しいのに。……眠たいなら明日にする?明日のおやつは冷めきったボソボソの残念なアップルパイになっているだろうけど」
「否、今食すに決まっておろう」
「じゃあ食器棚からお皿を二枚お願いね」
「うむ」
意外なことにすんなりと言う事を聞いてくれた。本当、無邪気な子どものような一面がある。真剣な表情とこれを比べていたらおかしくてつい笑みを零した。
アップルパイと眠りたいなら枕元に置いて、とも思ったけれど。夜中に間食するだろうから彼には伝えないことにした。