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青年はその瞳に空を映した
大勢の人間に囲まれた一人の青年が見えた。数十人では利かない、数百人はいる。特殊な形状のヘルメットを被り、両手に銃身の長い銃が抱えられていた。それを迎え撃つ青年は身の丈ほどある大剣を自在に操り、兵士を次々に薙ぎ払っていた。
暗転。丘の上に横たわる青年が居た。曇天から降り注ぐ雨の音が段々と強くなる。流れ出た血が雨に流されて色を失っていく。呆然と青年を見つめていた青い瞳の青年が空に向かって泣き叫んだ。
おまえが 俺の生きた証 俺の誇りや夢 全部やる
トモダチ だろ?
つうっと頬を流れ落ちる涙の理由を自分へ問いかける。今しがた見ていた夢のせいだと気づくまで時間は要さなかった。
キリカは何かを掴もうとして手を伸ばしていた。決して届くはずのない、薄暗いテントの天井に。やがてだるくなってきた腕をぱたりと下ろした。
怖い夢を見た時は泣き叫ぶ事もあった。家族から何事かと駆けつけられることも。だが、先程の夢で出した声は現実にならなかったようだ。悲鳴を上げようものならすぐに仲間が来るはずだ。
重い溜息を肺から押し出す。身体に纏わり付く汗の気持ち悪さもあり、すぐ眠りにつけそうにはなかった。
今夜キャンプに選んだ場所の近くには川が流れている。そこで顔を洗うがてら身体を拭くことにしよう。バッグから洗い立てのタオルを取り出し、外へ出る。
今夜の見張りに気づかれないよう出たつもりが、窺い見た際にばっちりと目が合ってしまう。どうしたのかと聞かれ、まさか泣いていたとは言えず。顔を洗ってくるとだけ伝えてキリカは川下へ急いだ。
*
「嫌な夢でも見た?」
川下から戻ってきたキリカに見張り番のバッツは開口一番にそう尋ねた。
何故バレたのか。返しに困っていたキリカは手招きにとりあえず隣に座った。横から伸びてきた手がキリカの頭をぽんぽんと叩く。
「なんでわかったの」
「コワイ顔してたから」
この薄暗い中でよく表情がわかるものだ。そう感心している最中、バッツの口元がにんまりと笑む。
「ウ・ソ。こんな夜中に起きてきたからそうだと思ってさ。ほらっ」
夜風を防ぐために羽織っていた自らのマントを広げてもう一人分包み込む。深紅のマントが炎に照らされて燃えているような色を見せた。こうやって肩を抱き寄せるのが好きなようで、さらには猫のようにすり寄ってくる。ふと微かに嗅ぎ覚えのある香水が鼻を掠めた。甘すぎないムスクのようだ。
「やな夢見たときは誰かが側に居た方が良いだろ?」
「ん……今夜の見張りがバッツで良かったなって。ちょっと思った」
「ちょっとだけ?」
「うそ。バッツが居てくれて良かった」
さっきのお返しだと言わんばかりに可愛らしく笑う。そんな恋人に怒る気などこれっぽっちも起きない。惚れた弱みだから仕方ないと頭を掻いた。
「……誰かに会うとそれが引き金になるのかしら。急に色々思い出してしまって」
あの青年の夢を見たのも昨日偶然顔を合わせたカオス側の戦士の影響だとわかっていた。青年の形見であるバスターソードを掲げる彼の姿。それは瓜二つと呼べるほど似ていた。
薄暗い鈍色の空に覆われた彼の世界は悲しい色に染まっているようだった。それを違う世界を生きてきた男に話した所で歴史が変わるわけでもない。
多くは語らないでおこうと決めていた。それを察してなのかはわからないが、バッツの両腕がキリカをぎゅっと強く抱きしめた。小さな肩に顎を乗せてくるので、短い髪が首をくすぐってくる。
「忘れちゃえばいいのにな」
優しい声が静かに響いた。それはゆっくりと内側で溶けていくようだった。
「自分の事だけで精一杯なのに、何人もの記憶まで背負うの大変だろ。だったらその分空っぽにした方がキリカは辛くない」
「それだとバッツの事まで忘れちゃうわよ」
「……やっぱ今のなし。俺の事は忘れちゃダメ」
「都合良くそうなればいいけどね」
しばらく会話を続けている間、人肌の温かさにキリカはうとうとしていた。このまま眠ってしまいそうだと言えば同じような返答。これ以上見張りに引っ付いたままでは仕事にならない。そう思い離れようとするが、相手にまた抱き寄せられる。危うく鼻をぶつけそうにもなった。そんなのもお構いなしにバッツは抱き枕よろしくぎゅうぎゅうとしてくる。
「もうすこし」
「そう言って一時間ぐらいこうだった時もあるんだけど」
「そうだっけ?」
汗に混じるムスクの香りが漂った。この香りは意外と好きかもしれない。ぼんやりそう考えていると、自然と口から出ていた。
「バッツのつけてるやつ、結構好き」
「んー?ああ、香水。バーのマスターに貰ったやつ。その日の気分でつけてんだ」
「お日様のイメージだったから、ちょっと意外。チョコボや干し草とか」
「どっちがいい?」
「どっちも」
ぽつりと呟くのを最後にキリカは瞼を閉じた。つい先刻まで夢に怯えていたことなどすっかり忘れてしまっていた。
また怖い夢を見たらここに来ればいい。今度はそう言われる夢を見たとか。
大勢の人間に囲まれた一人の青年が見えた。数十人では利かない、数百人はいる。特殊な形状のヘルメットを被り、両手に銃身の長い銃が抱えられていた。それを迎え撃つ青年は身の丈ほどある大剣を自在に操り、兵士を次々に薙ぎ払っていた。
暗転。丘の上に横たわる青年が居た。曇天から降り注ぐ雨の音が段々と強くなる。流れ出た血が雨に流されて色を失っていく。呆然と青年を見つめていた青い瞳の青年が空に向かって泣き叫んだ。
おまえが 俺の生きた証 俺の誇りや夢 全部やる
トモダチ だろ?
つうっと頬を流れ落ちる涙の理由を自分へ問いかける。今しがた見ていた夢のせいだと気づくまで時間は要さなかった。
キリカは何かを掴もうとして手を伸ばしていた。決して届くはずのない、薄暗いテントの天井に。やがてだるくなってきた腕をぱたりと下ろした。
怖い夢を見た時は泣き叫ぶ事もあった。家族から何事かと駆けつけられることも。だが、先程の夢で出した声は現実にならなかったようだ。悲鳴を上げようものならすぐに仲間が来るはずだ。
重い溜息を肺から押し出す。身体に纏わり付く汗の気持ち悪さもあり、すぐ眠りにつけそうにはなかった。
今夜キャンプに選んだ場所の近くには川が流れている。そこで顔を洗うがてら身体を拭くことにしよう。バッグから洗い立てのタオルを取り出し、外へ出る。
今夜の見張りに気づかれないよう出たつもりが、窺い見た際にばっちりと目が合ってしまう。どうしたのかと聞かれ、まさか泣いていたとは言えず。顔を洗ってくるとだけ伝えてキリカは川下へ急いだ。
*
「嫌な夢でも見た?」
川下から戻ってきたキリカに見張り番のバッツは開口一番にそう尋ねた。
何故バレたのか。返しに困っていたキリカは手招きにとりあえず隣に座った。横から伸びてきた手がキリカの頭をぽんぽんと叩く。
「なんでわかったの」
「コワイ顔してたから」
この薄暗い中でよく表情がわかるものだ。そう感心している最中、バッツの口元がにんまりと笑む。
「ウ・ソ。こんな夜中に起きてきたからそうだと思ってさ。ほらっ」
夜風を防ぐために羽織っていた自らのマントを広げてもう一人分包み込む。深紅のマントが炎に照らされて燃えているような色を見せた。こうやって肩を抱き寄せるのが好きなようで、さらには猫のようにすり寄ってくる。ふと微かに嗅ぎ覚えのある香水が鼻を掠めた。甘すぎないムスクのようだ。
「やな夢見たときは誰かが側に居た方が良いだろ?」
「ん……今夜の見張りがバッツで良かったなって。ちょっと思った」
「ちょっとだけ?」
「うそ。バッツが居てくれて良かった」
さっきのお返しだと言わんばかりに可愛らしく笑う。そんな恋人に怒る気などこれっぽっちも起きない。惚れた弱みだから仕方ないと頭を掻いた。
「……誰かに会うとそれが引き金になるのかしら。急に色々思い出してしまって」
あの青年の夢を見たのも昨日偶然顔を合わせたカオス側の戦士の影響だとわかっていた。青年の形見であるバスターソードを掲げる彼の姿。それは瓜二つと呼べるほど似ていた。
薄暗い鈍色の空に覆われた彼の世界は悲しい色に染まっているようだった。それを違う世界を生きてきた男に話した所で歴史が変わるわけでもない。
多くは語らないでおこうと決めていた。それを察してなのかはわからないが、バッツの両腕がキリカをぎゅっと強く抱きしめた。小さな肩に顎を乗せてくるので、短い髪が首をくすぐってくる。
「忘れちゃえばいいのにな」
優しい声が静かに響いた。それはゆっくりと内側で溶けていくようだった。
「自分の事だけで精一杯なのに、何人もの記憶まで背負うの大変だろ。だったらその分空っぽにした方がキリカは辛くない」
「それだとバッツの事まで忘れちゃうわよ」
「……やっぱ今のなし。俺の事は忘れちゃダメ」
「都合良くそうなればいいけどね」
しばらく会話を続けている間、人肌の温かさにキリカはうとうとしていた。このまま眠ってしまいそうだと言えば同じような返答。これ以上見張りに引っ付いたままでは仕事にならない。そう思い離れようとするが、相手にまた抱き寄せられる。危うく鼻をぶつけそうにもなった。そんなのもお構いなしにバッツは抱き枕よろしくぎゅうぎゅうとしてくる。
「もうすこし」
「そう言って一時間ぐらいこうだった時もあるんだけど」
「そうだっけ?」
汗に混じるムスクの香りが漂った。この香りは意外と好きかもしれない。ぼんやりそう考えていると、自然と口から出ていた。
「バッツのつけてるやつ、結構好き」
「んー?ああ、香水。バーのマスターに貰ったやつ。その日の気分でつけてんだ」
「お日様のイメージだったから、ちょっと意外。チョコボや干し草とか」
「どっちがいい?」
「どっちも」
ぽつりと呟くのを最後にキリカは瞼を閉じた。つい先刻まで夢に怯えていたことなどすっかり忘れてしまっていた。
また怖い夢を見たらここに来ればいい。今度はそう言われる夢を見たとか。