封神演義(WJ)
名前変換
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1.私の名を呼ぶ声
「霧華」
その名前を呼ばれた私は刹那胸がどきりと鳴ったような気がした。
恋愛の過程でよく経験するもの、とは全く違う。何とも言い難い感情だが、比喩するならば敢えて避けていた知人に思いがけず声を掛けられたものに近い。
この青年と初めて顔を逢わせたのはちょうど一ヶ月前のことだ。雪が酷い夕暮れ時だった。
氷点下よりもほんの僅か気温が高いせいで雪の粒が軟らかくなる。傘をささなければコートも色が変わるほど濡れてしまう。この時期にはよくあること。冬将軍が本気を出すまでサラサラの雪にはなることはない。
みぞれが降りしきる中、私は家路を急いでいた。折り畳み傘を前に傾けながら足跡の残る雪道を歩いた。
前方の視界が遮られるので、周囲には充分注意を払っていたつもりだった。けれど、数秒の強い風に私は歩みを止めた。傘が飛ばされないように柄を握りしめる。ふと足元へ向けた視線。誰かが私の前に立っていた。
まるでその青年は一陣の風のように現れたのだ。
この青年の境遇は実に摩訶不思議である。
恰好もさながら、容姿が若いのに反して言動がとても、なんというか、若者とは思えない。若者、といっても十五から十七歳ぐらいにも見える。
ただ、発言の中に垣間見る知識、 物事の捉え方、考え方は私よりも遙かに上だ。大人ぶっているだけかと思いきやそうではない。
私が名前を名乗った時に彼は目を細めて微笑んでこう言ったのだ。
「霧華と言うのか。うむ、良い響きの名だ。ご両親もさぞ愛情を込めて名づけたのであろうな」
予想だにしない返しに私は面喰らい、気の抜けたお礼しか口にできなかった。
そんな経緯が初対面であったものだから、彼に名を呼ばれるたびに妙な気分になる。少し気恥ずかしいのもあるけれど。
「霧華、聞こえておらぬのか?」
私の名を呼ぶ声に振り向くと、その先には怪訝そに眉を顰める例の青年、太公望。どうやら彼は何度も私を呼んでいた様。ぼうっと考え事に耽っていたのか気づかなかった。
「随分呆けていたようだが。何か考え事か?」
「そう、ね。……貴方が私の家に転がり込んでからもう一か月も経つんだな、って」
名前を呼ばれる毎にむず痒い思いをしている、なんてことは言えたものではない。かといって出鱈目な嘘で繕ってもこの青年はすぐに見抜いてしまう。
彼は人の心理を察しやすい。それでいて気づいていない振りをするので、少々性質が悪い。
強ち嘘ではない話題を提供したことに幸いにも怪しむ素振りは見せなかった。顎に手を添えて思案に耽る仕草。後にぽつりと感慨深く呟いた。
「月日が経つのは早いことよ」
「本当に」
「しかし、よくこんな怪しい男を家にあげたのう」
「雪で濡れていたし、寒そうにしてたから、とても」
「ふむ、おぬしの慈悲深い心のおかげで今こうしてわしは温かい部屋におる。感謝しておるぞ」
「どう致しまして」
外はしんしんと雪が降り続いていた。雪がまた積もりそうだ。
あの時、この人に手を差し伸べていなかったら。どうなっていたのだろうか。きっと彼の事だ、話術巧みに操り別の誰かの家に転がり込んでいるに違いない。そして私は今まで通りの何の変哲もない生活を送っていただろう。
「さて、今夜の晩御飯は何が良いですか太公望さま」
「……様はやめい。あれがいいのう。こう寒いと温かい鍋が恋しくなる」
「野菜と焼き豆腐の鍋ね。お出汁は昆布と醤油になるけどいい?」
「構わんよ。霧華の作る飯は美味いからのう」
綻んだ少年のような笑みを浮かべるものだから、自然と私の頬も緩む。
今年の冬は昨年よりも温かくなりそうな気がした。
「霧華」
その名前を呼ばれた私は刹那胸がどきりと鳴ったような気がした。
恋愛の過程でよく経験するもの、とは全く違う。何とも言い難い感情だが、比喩するならば敢えて避けていた知人に思いがけず声を掛けられたものに近い。
この青年と初めて顔を逢わせたのはちょうど一ヶ月前のことだ。雪が酷い夕暮れ時だった。
氷点下よりもほんの僅か気温が高いせいで雪の粒が軟らかくなる。傘をささなければコートも色が変わるほど濡れてしまう。この時期にはよくあること。冬将軍が本気を出すまでサラサラの雪にはなることはない。
みぞれが降りしきる中、私は家路を急いでいた。折り畳み傘を前に傾けながら足跡の残る雪道を歩いた。
前方の視界が遮られるので、周囲には充分注意を払っていたつもりだった。けれど、数秒の強い風に私は歩みを止めた。傘が飛ばされないように柄を握りしめる。ふと足元へ向けた視線。誰かが私の前に立っていた。
まるでその青年は一陣の風のように現れたのだ。
この青年の境遇は実に摩訶不思議である。
恰好もさながら、容姿が若いのに反して言動がとても、なんというか、若者とは思えない。若者、といっても十五から十七歳ぐらいにも見える。
ただ、発言の中に垣間見る知識、 物事の捉え方、考え方は私よりも遙かに上だ。大人ぶっているだけかと思いきやそうではない。
私が名前を名乗った時に彼は目を細めて微笑んでこう言ったのだ。
「霧華と言うのか。うむ、良い響きの名だ。ご両親もさぞ愛情を込めて名づけたのであろうな」
予想だにしない返しに私は面喰らい、気の抜けたお礼しか口にできなかった。
そんな経緯が初対面であったものだから、彼に名を呼ばれるたびに妙な気分になる。少し気恥ずかしいのもあるけれど。
「霧華、聞こえておらぬのか?」
私の名を呼ぶ声に振り向くと、その先には怪訝そに眉を顰める例の青年、太公望。どうやら彼は何度も私を呼んでいた様。ぼうっと考え事に耽っていたのか気づかなかった。
「随分呆けていたようだが。何か考え事か?」
「そう、ね。……貴方が私の家に転がり込んでからもう一か月も経つんだな、って」
名前を呼ばれる毎にむず痒い思いをしている、なんてことは言えたものではない。かといって出鱈目な嘘で繕ってもこの青年はすぐに見抜いてしまう。
彼は人の心理を察しやすい。それでいて気づいていない振りをするので、少々性質が悪い。
強ち嘘ではない話題を提供したことに幸いにも怪しむ素振りは見せなかった。顎に手を添えて思案に耽る仕草。後にぽつりと感慨深く呟いた。
「月日が経つのは早いことよ」
「本当に」
「しかし、よくこんな怪しい男を家にあげたのう」
「雪で濡れていたし、寒そうにしてたから、とても」
「ふむ、おぬしの慈悲深い心のおかげで今こうしてわしは温かい部屋におる。感謝しておるぞ」
「どう致しまして」
外はしんしんと雪が降り続いていた。雪がまた積もりそうだ。
あの時、この人に手を差し伸べていなかったら。どうなっていたのだろうか。きっと彼の事だ、話術巧みに操り別の誰かの家に転がり込んでいるに違いない。そして私は今まで通りの何の変哲もない生活を送っていただろう。
「さて、今夜の晩御飯は何が良いですか太公望さま」
「……様はやめい。あれがいいのう。こう寒いと温かい鍋が恋しくなる」
「野菜と焼き豆腐の鍋ね。お出汁は昆布と醤油になるけどいい?」
「構わんよ。霧華の作る飯は美味いからのう」
綻んだ少年のような笑みを浮かべるものだから、自然と私の頬も緩む。
今年の冬は昨年よりも温かくなりそうな気がした。